誕生日だよね? そろそろだよな〜と思う。 昨年は・・・さ。戦の最中で・・・匂い袋をもらったんだったよな─── 「ちゃん。あのさ・・・そろそろ桃の季節だよね・・・・・・」 何の気配も見せないに、珍しく景時から探りを入れる。 「わ〜!景時さん、覚えていてくれたの?!嬉しいな〜。大丈夫ですよ?ちゃんと準備してるから」 が任せろとでもいう様に、軽く胸を叩く仕種を見せる。 「そ、そうなんだ。その・・・無理しなくても・・・・・・」 「え〜?無理して無いですよ!たくさん練習して、腕が痺れちゃってますけど」 (・・・ん?腕が痺れる・・・モノ?) 景時が尋ねたかったのは、景時の誕生日についてだ。 昨年は船上でお手製の匂い袋をもらった。 「そんなに頑張らなくても、オレは気にしないよ?」 久々の休日に、庭でと洗濯を楽しんでいる最中だ。 並んで洗濯物を干すのは、会話も出来るので楽しさ倍増の景時。 「え〜〜〜。大丈夫ですよ。段々コツも掴んできたし!後は、当日のお楽しみですよ」 「ん〜。当日かぁ・・・・・・」 あと数日後には景時の誕生日である。 新年にすでに年齢を重ねている勘定なのだが、の世界には誕生日という風習がある事を昨年学んだ。 「そう!こちらでは、お雛様じゃなくって上巳っていうんですよね。チーズケーキ、上手に焼けるように なったんですよ〜。食べて下さいね!一人で作れる様になったの」 機嫌よくが洗濯物を広げている隣で、景時の気分は急降下だった。 (あ、あはは。そっちね・・・・・・そっちか・・・・・・) 景時との会話は合っているようで噛合っていなかったのだ。 けれど、チーズケーキについては確かに約束した覚えがある。 に食べさせてもらった、不可思議な味の食べ物に間違いない。 「もちろん!丸ごと食べちゃうよ〜〜〜。・・・ちゃんが食べさせてくれるの?」 食べ方には色々ある。景時にとって重要なのは、どのように食べるかだ。 「ええっ?!だって・・・去年は・・・船だったから、お箸とか数が足りないかなとか。そのぅ・・・ 状況がそうさせたっていうか・・・・・・」 朔に煽られた兵たちに見張られ、期待に満ちた視線にが折れたというべきだろう。 「な〜んだ!また二人で食べようねって、そういう意味だと思っていたのになぁ〜。ざ〜んねん!」 たった今思い出したであろう約束を、自分に都合よく利用する景時。 ガクリと首を項垂れる。 いかにも悲しそうな表情だが、その背にはなにやら尻尾が見え隠れしているかのよう。 演技に気づかないが、小声で了承した。 「・・・少しだけ・・・ですからね」 「やった!あれはね〜。楽しいね!いいことだ〜、うん、うん、うん!」 ひとり納得の景時。ようやくは乗せられた事を覚る。 「景時さん!騙しましたね〜〜?!」 「あれ〜?そんなコトないけどな〜〜〜。だって、約束でしょ?」 屈んでの鼻先へ軽く指を伸ばす景時。続いて額へキスした。 「〜〜〜誤魔化されませんからね?特大のケーキ焼くんだから!全部食べて下さいねっ!!!」 捨て台詞を残し、が小走りに逃げた。その耳が赤くなっていたのを景時は見逃していない。 が本気で怒っているのではないのはわかっていた。 「あ〜〜あ!大きければそれだけたくさん食べさせてもらえるだけだよ〜?オレ、頑張っちゃうし」 胃袋の問題は何とかなりそうである。 「ただねぇ・・・・・・」 懐から匂い袋を取り出す。 「これがあるんだから、そう欲張っちゃダメだな。さ〜てと」 今日はと出かける約束をしたのだ。 先に部屋に戻って着替えているのだろうと景時も庭を後にした。 “誕生日”については、それきり思い出さなくなっていた。 数日が過ぎ、雛祭りの日の午後。 「明かりをつけましょ・・・って、明かりはつけなくても点いてるんだよ〜〜〜」 お雛様の歌を唄いかけたが自ら歌詞を訂正する。 ただいま、お雛様を折り紙で作成している所だ。朔と白龍が首を傾げる。 「・・・?」 「あっ、ごめんなさい。あのね、私たちの世界では電気っていうのでお部屋を明るくしていたから。 こちらでは普通に油で明り取りしてるんだもん」 雪洞など用意せずとも、燈台がある。炎の柔らかな明かりを毎日見ているのだ。 「・・・そうなの?それで・・・上巳はいいけれど。兄上の・・・はどうするの?」 「えっ?それはもちろん、驚かせるのにワザと忘れたフリしてるんだしぃ・・・・・・ちょっと可哀想?」 からは言わないつもりである。けれど、景時もそんな素振りは見せない。 先日一緒に出かけたのだが、ついに景時の欲しいモノはわからずじまい。 景時の欲しいモノを調べるのに失敗していた。 可哀想なのはなのか、景時なのか? 「・・・兄上の事ですもの・・・案外覚えているかもね」 景時が一番沈んでいた時期だ。が景時の闇に明かりを燈した日々。 を撃った景時を信用出来なくなり、兄を詰った朔。 後でからの贈り物が景時の唯一の信じられるお守りだったと告げられた時は、朔も返事に困った。 だけが最後まで景時を信じ、景時もまた、お守りを頼みにあの一瞬に賭けた。 「う〜ん。そうは思うんだけど・・・ちっとも何にもないの。景時さんなら、何か頂戴くらい言ってくれる かな〜って期待してたのにぃ。欲しいモノ、何にもないのかな?」 時々我侭らしきを言うようになった景時。には嬉しい事だ。 何でも抱え込んでしまう景時の荷物を、少しでも分けてもらえるのならといつも考えている。 ただし、我侭の種類が時には困った方向になりつつあるのだが。 「兄上の欲しいものは、もう無いのではないかしら。が兄上のお嫁さんになってくれたわけだし」 景時にとって、以上に恋い焦がれて欲するモノは無かったからこそ壇ノ浦での最後があったのだ。 そうでなければ、とっくに諦めて、場合によっては自害を選んでいたであろう。 「え〜っと、朔。それってモノじゃなくて事実っていうか・・・こう・・・モノだよ、モノ。例えばね? これとか。景時さんにもらった髪飾り。こういう感じのモノ。形が手で触れて、残るものだよ」 軽く髪を結ったの頭には、景時からの贈り物である簪が差されている。 簪に手を伸ばして指差し、例を朔へ見せる。 「・・・ふぅ。着物で十分でしょ。が縫ったのだから」 「でもさ〜、それは私が勝手に考えたものだから。出来れば欲しいモノをあげたいんだよね」 贈り物を考えるのは楽しい。昔は将臣や譲といつもプレゼント交換をしていたのだ。 欲しいモノを探るのも楽しみのひとつ。 今年は景時が欲しがっているモノを贈りたいと探りを入れていたのだが─── 「あら、あら。すっかりあてられてしまったわ。白龍。向こうで今日の午後の準備をしましょう。皆様に お越しいただくようにお願いしているし。譲殿を手伝わないとね」 「朔?!」 白龍の手を引き、折り終えた内裏様を置いて朔が部屋を出て行った。 「だって・・・私ばっかりなんだもん。景時さんが喜ぶ顔、見たいよ・・・・・・」 鎌倉など遠方へ出かけた際には土産をくれる景時。仕事で行ったにもかかわらずだ。 また、に似合いそうだったという理由で小物を手に帰宅する。 今年は裁縫もそこそこ上達したので、春らしい色の反物で景時の着物を縫った。 昨年の匂い袋に比べれば、かなり上達した・・・と思っている。 ただし、景時が欲しいとは言っていないのだ。が決めた贈りモノでしかない。 まずは目先のイベントだ。 「・・・・・・皆がそろう予定だし。頑張らなきゃ!」 本日、上巳の儀を梶原邸にて開催予定。久しぶりの全員集合─── 「遅くなって悪かったね!ご所望の桃は、この通り」 桃の枝を手に、ヒノエが梶原邸へ到着した。 「うわわ!ありがとう、ヒノエくん。桃って桃だね〜。ピンクが濃い」 桃の枝を手に取ると、が顔を近づける。 「ふうん?桃はいいけど、桃をお運びさせていただいた熊野の使者に褒美は?」 ヒノエが軽く片目を閉じた。 「・・・ヒノエくん。その癖、直しなよ〜〜〜。女の子が勘違いしちゃうから。もうね、先生来てくれてるの。 後は九郎さんたちだけなんだ。将臣くんたちは元々遅くなるって言ってたから」 日当たりのいい南の大部屋へ案内しながら庭を眺めれば、春の訪れを感じさせる花の気配。 「姫君は・・・幸せかい?」 前を歩くに問いかける。が満面の笑みで振り返る。 「もちろん!めちゃ幸せ〜!・・・・・・なんだけど・・・・・・」 「何か気掛かりでも?」 言葉を切ったに首を傾げてさらに問いかけるヒノエ。 「うん・・・景時さんの欲しいモノって、何だと思う?」 「・・・・・・はぁ〜?」 これ以上はないくらいの無意味な質問に、ヒノエらしからぬ間抜けた声が漏れた。 「あのね、弁慶さんや将臣くんに景時さんの欲しいモノを探ってもらおうかな〜って頼んだの。そうしたらね、もう あるから無いって言うんだよね。朔に聞いても誤魔化されちゃって。でもさ、他の人に頼むと、まんま景時さんに 聞きに行っちゃいそうで。景時さんに内緒で知りたかったんだ」 ヒノエならばと縋る気持ちでが打ち明ける。最後の頼みの綱である。 「あははははは!姫君は足元が見えていない様だね?」 腹へ手を当ててヒノエが馬鹿笑い。 「・・・ヒノエくん。そんなに笑わなくてもいいじゃない。真剣なんだよ?」 の口が尖った。 「っく!く、苦しい〜。姫君の考えは、俺の予想を超えすぎだよ。だったら、俺が協力してもいいけど?ただし!」 立てた人差し指をの前に見せる。 「ただし?!」 身を乗り出してがヒノエの顔色を窺う。 「俺が何を準備しても文句は言わない事。これが守れるなら、すぐにでも景時が一番欲しいモノをご用意致しましょう」 「ホント?!ヒノエくん、知ってるの?!」 首を縦に振りながら、がヒノエの指に飛びついた。 「ああ。少なくとも・・・姫君以外は全員知ってるね。ただ、姫君が文句を言うのでは?って、黙ってただけさ」 がヒノエから離れた。 「・・・・・・すっごく変なモノじゃないでしょうね?生き物とか?」 景時の式神であるサンショウウオまでならにとってもセーフの範囲だ。 けれど、爬虫類系はあまり得意ではない。あまり不気味な類はご遠慮申し上げたい。 「おっ、勘がイイね。生き物には違いないな。俺にとっても魅力的だね」 「そうなの?!じゃあ・・・ヒノエくんも欲しいんだよね?」 ヒノエも欲しいモノを景時のために用意してもらうのには気が引ける。 「それは心配しなくていいよ。生き物にも都合があるしね」 「都合〜?!何、それ」 生き物の都合とは、また難解な言葉である。 「池が無いとダメとか、条件が大変な生き物なの〜?」 「ま、そんなトコ。明日には用意できるからさ。姫君は安心して待ってな!まずは美味い酒でも飲ませてくれよ」 片手を口元へ近づけて、酒を飲む仕種をして見せるヒノエ。 「あっ!そうだった。ごめんなさい。熊野から来てもらったばかりだったのに。ご飯は?先に何か食べる?!」 予定では昨日到着のはずだったヒノエが遅れてきたのだ。 ヒノエの手首を掴むと、部屋まで急いで案内する。 「あ〜〜っと。遅れたけど、それは別件で京で用事が出来たからでさ。メシは皆とがいいかな」 「そう?!じゃ、そうしよう。・・・用事、大丈夫?」 忙しいのに無理をさせたかと、の表情が曇る。 「ああ、そんな顔しないで欲しいな。用事はね、もう済んでるからさ。後は楽しく・・・がいいな」 「ホント?!よかった〜〜〜」 知らぬはと景時ばかりなり。 は最初の相談相手を間違っていたのだ。弁慶に相談したのだから─── 「美味しいなぁ〜〜〜。お雛様ねっ。いいねっ、お雛様〜〜〜っと!」 口を忙しく動かす景時。なんといっても、隣にいるに食べさせてもらっている状況だ。 行事など関係無しで楽しい事は間違いない。 「・・・そういえば、どうして上巳って言うの?」 行事をしておきながら、肝心の事柄について知らない。 お雛様とは女の子がいる家での小さなパーティーくらいに考えていた。 「ああ。それはね、上旬の巳の日だから」 「・・・そうなんですか?!知らなかった〜〜〜」 また景時へケーキを食べさせる。 「・・・んっ、うん。・・・・・・で、女の子が遊ぶ人形があるでしょ?あれに厄をのせて祓う厄払いだね。 今頃将臣くんたちはさ、曲水の宴だろうけど。あっちは和歌を詠んで、こう川に流すみたいな〜。春の宴だね」 食べながら説明を続ける景時。将臣と敦盛だけはまだ梶原邸へ来ていない。 「・・・歌ねぇ?俺はのんびりこういう方が楽しいけどね」 軽く盃を掲げて、一息で飲み干すヒノエ。 「ヒノエ。折角の桃花酒ですよ?もう少し楽しみながら頂いたらどうです?」 飲めば飲めるだろうに、弁慶は食事を楽しみながらといった風情。 九郎はあからさまに宮廷の行事に出席せずに済んだのが嬉しそうだ。 「でも、先輩の家って変わってましたよね。菱餅じゃなくてケーキでしたもんね」 譲が思う向こうの世界での常識にもややズレている感がある家の雛祭りの食事。 幼い頃から出入りしていたので、そう違和感があったわけではないが、考えてみれば変だ。 「そうなんだよね。小さい頃からこれが普通って思っちゃってて。友達の家で違うのに驚いたよ〜。どこかで色々 な行事が混ざっちゃったのかなぁ?」 地方にもよるだろうが、菱餅、白酒、雛あられに蛤のお吸い物。 組み合わせは様々であろうと、大枠ではそれぞれ意味があり、昔からあるものなのだ。 突然のチーズケーキにどのようないわれがあるのだろうか? 「たぶん、先輩が喜んだとか・・・案外そういったものなんじゃないですか」 白龍におかわりのケーキを取り分ける譲。 見た目に反して大食い。元の体の大きさを考えれば、それも道理である。 「・・・かも〜。ママって変な人だもん。」 「へ〜、お前が言ったの、覚えてないんだ。おばさんな、お前が食べたいって騒いだから仕方なく作ったんだぜ?」 軽く片手を上げて、将臣と敦盛が遅れて部屋へ入ってきた。 「そうなの?」 「ああ。だから、手作り。丸くないとケーキじゃないって言ったのはオマエ。おじさんが急いで買ってきたショート ケーキにも不満で駄々捏ねたんだ」 肩を竦める将臣。譲は幼かったから覚えていないとしても、が覚えていないのは知らなかった。 家の雛祭りにチーズケーキの謎は、あっさり解けてしまった。 「いらっしゃ〜〜〜い!待ってたよ」 景時が手で席を勧めるまでもなく、将臣は腰を下ろすと盃を手に取る。 「さんきゅっ!・・・一応な〜、帝の後見役としては宴に出ないわけにはいかねぇんだが、あっちは堅苦しくて。 景時の家が一番落ち着くってのも、どうかとは思うけどな。ここは居心地いいわ」 ちゃっかり肘枕になり、着いた早々に酒を飲み始める将臣。 「将臣くん!そんなに楽にしないでよ。自分の家みたいにぃ」 が将臣の背を叩く。 「あいてっ。ひでぇの」 気にせず手酌で酒を飲む将臣。 「まあ、まあ。ちゃん!過ごしやすいなんて言ってもらえちゃうと嬉しいよ、オレは」 景時に手招きされ、再び景時の隣に座る。 「まあ・・・確かにここは過ごしやすいな・・・・・・」 将臣を擁護するわけではないが、九郎もこの雰囲気が気に入っている。 人が集まる場所というものは、広いだけが条件ではない。 「全員がそろったようですし。楽しく・・・ね?」 弁慶の言葉に全員が頷く。昨年の雛祭りとは違い、穏やかな気分で迎える春の一日となった。 景時の誕生日当日、いつも通りの梶原邸にヒノエの声が響く。 「姫君!出てきなよ。例の・・・用意できたぜ?」 庭からを呼びつける声。 の足音が聞こえ、簀子へと出てきた。 「ヒノエくん?!どうしたの〜?」 「ん?約束しただろ。今日なんだろ、景時のさ」 は景時の誕生日まではヒノエには話していない。けれど、その事実を忘れていた。 「うん。そうなの。・・・間に合っちゃった!」 軽く手を合わせると、嬉しそうに階のヒノエへ近づく。 「で、これから姫君は俺の言う事聞かないとだからな?」 「うん。約束したもんね。大丈夫!文句は言わないから」 景時の欲しいモノが間に合った喜びで、辻褄が合っていない部分に気づかないまま諾の返事をしてしまった。 「じゃ、始めるか。朔ちゃん、いいってさ」 ヒノエに呼ばれて隣の部屋から簀子へ出てきたのは朔だった。 「えっ?朔・・・・・・が持ってるの?」 「私は持っていないわよ。でも、用意する事は出来るの。さ、こちらへどうぞ」 朔に手を引かれて部屋へ入ると、並んでいるのは着物と化粧道具。 「・・・これが欲しいモノ?」 景時に女装の趣味が?!と一瞬顔が強張る。 「間接的に・・・かしら。たまにはも化粧をしてお出迎えはどう?兄上の誕生日ですもの!」 遠まわしに景時が喜ぶだろうという意味を込めて、誕生日を強調する朔。 も褒められた時の事を思い出し、少しばかり顔を赤くして頷いた。 (綺麗だよって・・・また言ってくれるかな?) 普段はまったく化粧をしないのだ。 景時は“綺麗”に抵抗があるらしく、“可愛い”と言われる事の方が多い。 期待を胸に秘めたが、大きく頷いて着替えと化粧を了承した。 朔の着せ替え人形決定である。 ヒノエが用意したモノ、まずは着物と化粧品。数日前に梶原邸への訪問が遅れた理由でもある。 弁慶の指示通りに事は進んでいた。 「ヒノエ殿。見ていただける?」 すっかり部屋で寛いでの支度を待っていたヒノエ。 朔に連れられて部屋へ入ってきた人物からは、剣を握り、怨霊を封印する勇ましい姿は想像できない。 「うわ・・・さすがだね。うん。景時も喜ぶんじゃないかな?」 いつもの様に褒めたいが、景時より先に褒めるわけにはいかない。 「そ、そうかな。えっと・・・誕生日は帰ってきてから驚かせようって。着替え、早すぎかな?」 景時が出仕して半時しかたっていない。今から今夜のご馳走を作ったり準備をと考えていたのだ。 「準備・・・ね。それなら心配いらないし。先に姫君は自分で考えた贈り物の準備をしなよ。また着替えて、 景時が帰る前に綺麗にすればいいだろ?着てみて似合わなければ、換えてもらおうと思っていたからさ」 の考えはわかっているかの様に話を合わせるヒノエ。 「そ、そうなんだ。この着物・・・ごめんね?わざわざ用意してもらっちゃって」 「いや〜?朔ちゃんが・・・ね。その方がいいって言うから」 初めから用意してあったとは言わずに、いかにも思いつきである様に話を濁す。 「いいからさ。その・・・着替える前に用意しなよ。そうしたらさ、それと一緒に渡せるように頼まれていた モノ、ここに用意しておくから」 ヒノエがまずはの準備が先と急かす。 「う、うん。あのね、着物と匂い袋新しいの作ってあるの!篭に準備してくる」 着飾った姿のまま、は贈り物を揃えに部屋を出て行く。 「あ〜あ。姫君を騙すのは、心が痛むな〜。ね?朔ちゃん」 ヒノエの話術を感心して聞いていた朔が口を開く。 「あら。全員共犯ですものね?私、ヒノエ殿の様にはとても、とても」 袖で口元を隠す朔。見えない内側では笑っているのだろう。 「・・・まったく。俺が平気でしてるみたいじゃん。・・・そうだけどさ。そろそろ景時が戻ってくるな。 仕上げの準備、将臣でいいんだよな?」 ヒノエがごろりと転がれば、隣の部屋から将臣と譲が姿を現す。 「おう!バッチリ練習した。それに・・・こいつも早起きして準備してたしな」 親指で譲を指差す。譲の手には、なにやら箱らしきものが包まれている。 「白龍にもちゃんとあるからな」 譲の手元を眺めていた白龍の頭を軽く撫でる。 「うん!」 将臣が書状を懐から取り出した。 「で、これが清涼寺の方の別荘の地図と書付。敦盛に手配してもらったから」 「おっ!いいね〜。後は弁慶待ちか。九郎は来られるの?」 出来るだけ大勢で送り出したい。 「大丈夫だろ。そろそろ敦盛も来るだろうし。ほら、リズ先生も一緒に来た」 庭からリズヴァーンと敦盛が歩いてくるのが見える。 「うわ〜〜〜。これって結局、景時より姫君が主役みたいだ」 「そう言うなって。景時も何気に気にしてるからな。こういうのもイイだろ」 がこの世界に残った事を気にしている。 時折、将臣には話し易いのか、景時からは不安な気持ちが見え隠れしていた。 「悪い幼馴染だよな〜」 「悪い幼馴染って?あれ〜〜?将臣くんだ。先生と敦盛さんまで!どうしたんですか?!」 篭を手に、が戻ってくる。もちろん朔によって着飾られた状態のままでだ。 「うわ・・・馬子にもい・・・・・・」 将臣が最後まで言い切る前に、譲の拳が将臣の後頭部へ。 「イテッ!・・・いて〜〜〜」 頭を擦りながらその場にしゃがみ込む将臣。譲が一歩前へ進み出た。 「先輩。景時さんの誕生日って話を聞いてきたんですよ。何か俺たちも用意できたらな〜って」 意外にも、譲は表情一つ変えずに嘘を言った。 「そうなの?!わ〜。そうなんだ。・・・皆も参加してくれるの?」 本気で信じている。あまり広めて強制にはしたくなかったために言わないでいたのだ。 「もちろんですよ。それで・・・何か手伝う事がないかなって。ほら、夕餉を豪華に作るとか」 「そうなの!ご飯ね、今日は景時さんの好きなモノ、た〜くさん作ろうかなって」 譲がいれば心強い。 さらにが喜んでいると、庭から聞き覚えのある声が響く。 「こんにちは、さん。いや・・・まだ、おはようございますでもいいかな?」 のんびりとした口調で弁慶が姿を現した。その後ろには九郎と─── 「景時さん?!ええっ?!急な遠出とか?準備しなきゃですよね?」 九郎と弁慶、景時の組み合わせとなれば、源氏で火急の用事が出来たとしか思えない。 行き先は鎌倉かとが景時の支度を整えようと振り返ると、そこに居たのは将臣。 「将臣くん!急いでるの!」 「ああ。俺も急ぎだ」 にやわらかな帯状の布を巻きつけ、譲に何度も教えられたリボン結びを完成させる。 「な、何してるのよぅ!遊んでいる場合じゃなくって!」 腕ごと結ばれてしまったは、動きようがなくその場に立ち尽くす。 「用意が出来たようですね。景時、僕達からの贈りモノですよ。そうですね・・・この生き物は 大変珍しくて。景時が居ないとダメな種類らしいです。それと、時々は出湯に連れて行かないと、 退屈だろうし、外へ出ることも大切ですよ?」 本日、朝一番で弁慶に諭された景時。 が消えてしまうのではないかという不安な気持ちは解る。 二人の小さなすれ違いについては、観月の宴などで解っていたからだ。 ならば二人で新しい事を探せと言われて、弁慶と九郎に連れられて来たのが梶原邸であった。 「その・・・ごめんね、ちゃん。オレね、ちゃんを閉じ込めたいけど、それじゃダメで。 不安は違う形で解消しろっていうから・・・着いてきたら家だったみたい」 新しい事でも教えてくれるのかと思えば、違うらしい。 景時にも事態が飲み込めていない。 「ああ!僕とした事が、大切な説明が漏れていたようです。今日は景時の誕生日なのでしたね。 その贈りモノなんですよ。まずは僕達の贈りモノを受け取っていただいて・・・・・・」 景時の背を突き飛ばす弁慶。 よろけながらも景時がの傍まで歩み寄る。 「そ・・・その・・・ちゃん、綺麗だね。それに・・・これ、天女様みたい」 羽衣で結ばれている。 が贈りモノというのは解せないが、まずは大切に抱きしめた。 「んじゃ、続き。これが書付。お前達の行き先は清涼寺の傍の帝の別荘。今は和泉式部縁の梅が 見頃だから二人で散歩。食事は昼には譲の特製お花見弁当がソコ。景時は今日と明日は休みだ。 一泊で別荘近くの出湯にでも行って来い。それと・・・から景時へ贈り物があるらしいから。 それは現地でもらえ。・・・・・・で?準備出来たか?」 将臣が書付を景時に手渡すと、庭を指差す。 庭先に景時の愛馬が用意され、その背には既に荷が着けられていた。 「・・・うわ・・・行く準備されてるし。参ったね〜」 景時には事の次第が飲み込めた。 けれど、は羽衣で結ばれて以来、事態に思考が追いついていない。 将臣に結ばれた時点で、自身が贈りモノで珍しい生き物と覚るべきなのだが、これだけの 人数に騙されているのだ。口をパクパクとさせているだけで、動く気配すら見せない。 「オレってば幸せ者じゃない?豪華だな〜。夫婦水入らずってコトね!御意っ!」 さっさとを抱き上げて、階を降りる景時。 馬に乗る前に、振り返り仲間へ挨拶する。 「最高の誕生日をありがとう!オレね、もう大丈夫だから。二人でココでの初めてをたくさん重ねれば いいんだよね。・・・過去ばかり振り返ってたら進めないね!」 に結ばれている羽衣を一度解くと、今度は胴だけに巻き付けての背で結びなおす。 「ちゃんとちゃんの時間を貰いました。ありがと!」 素早くを抱えて馬に乗ると、景時とは小旅行へと旅立った。 「ふう。皆様お疲れ様でした。これで!新年には新しい出来事が・・・ね?そうすれば、うっとおしい 貴族の方々も諦めて下さるでしょう」 弁慶が仲間に頭を下げる。 すべて弁慶の仕切りで行なわれた今回の作戦は、別の名称があったのだ。 『梶原家、子宝祈願』─── 「ややこが生まれれば、がこの家の嫁というのに誰も文句はございませんわよね」 梶原家を覗き見する、無粋で無礼な貴族たちに証明できるのだ。 景時とが真実夫婦である事を。 「二人の道中は案ずるな。天狗に協力を頼んである・・・・・・」 リズヴァーン、鞍馬の友人に警護を頼んだのだ。山の神はの封印対象外である。 しかも、悪い人間には悪戯して良しと言ってある。景時との邪魔をするのが悪い人間と吹き込んだ。 「向こうの食事の手配も完璧です。こちらから気の利いた女房を先に行かせてありますので」 敦盛が完璧に手配したのだ。景時とは何不自由なく過ごせるはずである。 九郎が顔を真っ赤にしてしゃがみ込んだ。 「・・・どうして、こう・・・そっとしておかん。まったく・・・・・・」 「そうは言うけどな?も心配してるんだ。景時が不安に思っている事を。二人だけの時間が贈りモノ ってのは、いいアイデアだったと思うけどな」 将臣が大きく伸びをして九郎に意見する。 「詭弁だ・・・楽しんでいるだけだろう?」 景時の休みを承諾したものの、ここまでお膳立てする仲間に加わるのにはやや抵抗がある。 「ま、それもあるわな〜。少しはこちらも楽しまないと、やりがいないだろ?」 「そう、そう。京に着いた早々、呼び出しされて。楽しくなけりゃ手伝わないって!姫君が俺にまで聞いた んだぜ〜?景時が欲しいモノを贈りたくて」 譲はとくに加勢するわけではないが、ただ黙って頷いている。 白龍に至っては、が嬉しければ何でもいいのだ。 「・・・・・・あまり余計になる程は手助けしない事だな。弁慶!戻るぞ」 耳まで赤くなっている九郎がさっさと歩き出す。 「・・・九郎。今日は少し稽古するか?」 リズヴァーンが小声で言ったにもかかわらず、九郎の足がピタリと止まった。 「・・・・・・先生!本当ですか?それでは、向こうで!守護邸の方でお願いしますっ!」 「うむ」 九郎とリズヴァーンが二人並んで庭から姿を消した。 「さて。僕も行かないと九郎の機嫌が悪くなりますからね。今回はありがとうございました」 「あ。俺も帰る。姫君が帰ってくるまでいたいけど・・・・・・あいつらが睨んでるからな〜」 庭の片隅でヒノエの部下がヒノエに逃げられないように睨みを利かせている。 「皆様、ありがとうございました。もう兄上もこれで迷いは無いかと・・・・・・」 朔とて、裏ではかなり手を貸していたのだ。けれど、景時の心までは立ち入れない。 「ええ。景時にとっても・・・毎年いい日になりそうですね?」 「はい」 弁慶と朔は軽く視線を交わした。毎年の悪戯にはいい口実だ。 最強コンビが密かに結成されていた。 「後は兄上が正直になれば・・・・・・ね?」 青空を見上げる朔。 今回の誕生日にしても、景時が自らに欲しいモノを打ち明けてもよかったのだ。 と二人で過ごす時間が欲しいと。 家でもいいだろうが、譲や将臣に話を聞くにつけ、にとっては二人きりとは思えない環境 なのだと思い知らされる。 『新婚ってのはな〜。普通は二人で暮らして、朝から晩までウザイくらいにいちゃいちゃとか じゃねぇの?流石に身近に例はなかったけどよ。まあ・・・こう使用人が多いのはな〜〜』 『・・・そういうものなのですか?』 『本当に二人きりと、二人にするには差がありますからね』 (本当に二人きりですもの!弁慶殿に相談しておいてよかったわ!) 珍しく朔が手を合わせて軽く飛び跳ねる。 「朔?どうしたの?」 「何でもないのよ、白龍。二人が幸せだと、私達も嬉しくなるわね」 「うん!神子、今頃わくわくしてる。伝わるよ」 白龍は両手を拳にして、が楽しんでいるだろう様子を朔へ伝える。 「そうね。龍神温泉以来の出湯ですもの・・・・・・」 白龍と手を繋ぐ朔。 「だな〜。そういや、あん時はもう、は景時がいいって言ってたな」 将臣がうっかり聞こえていた内容を話してしまう。 「・・・将臣殿。それは・・・あちらで、詳しく、お伺いしたいものですわね?」 景時が居ない今、朔の小言のターゲットは将臣に移っていた。 余計な事は言うべきではない。沈黙は金なり─── |
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まさかの展開(笑)望美ちゃんが隠し事するのって無理そうだなと思うのです。→後編へ (2006.03.03サイト掲載)