誕生日ですね! やられた!・・・って感じ。 ちゃんもオレに秘密で頑張っていたみたいだけど。 相手が悪かったね?皆に騙されていたのは、君の方だったみたいだね─── 「ちゃん!ちゃ〜〜ん!そろそろこっち向いて欲しいなぁ〜〜〜」 向くも何も、景時が横抱きに抱えて馬に乗っているのだ。 がパッカリ口を開けたままというだけの話。向いていないというのとも違う。 「え〜っとね。ちゃんを改めてもらってしまいました!もうね、オレのなの」 今まで、何に対して恐怖していたのだろう? に選ばれ、仲間に見守られていたのに。 景時が勝手に怖がっていたのだ。 と離別の日が来るのではないかと─── 「珍しい生き物?それが景時さんの欲しいモノ?・・・・・・」 ヒノエと弁慶の言葉を頭の中で反芻する。 口から漏れているのはご愛嬌である。 「景時さんが居ないとダメな生き物って・・・・・・」 が景時を見上げると、景時と瞳が合う。 「・・・こんなの贈りモノじゃありませんっ!私は景時さんの奥さんなの!モノじゃなくて妻! 妻なのぉ!」 は自分が今、どこにいるかを忘れて大声で宣言した。 「・・・あははは〜〜・・・、ちゃん。まだ・・・町中だったりするんだけど」 馬で通れる街道を選んでいるが、それなりに人通りがある真昼の京の通り。 視線は馬上の二人に集中していた。 景時の乾いた笑いは、この後のの反応を憂慮してのものである。 落ち込ませては、これからの旅路に差し障る。 「やっ、やだ〜〜!どうして?えっと・・・家にいたのにぃ・・・・・・」 梶原邸からの記憶は寸断されていたらしい。 「うん。でもさ、清涼寺の梅を見てきたら〜って。お弁当つきで送り出されちゃったし」 慌てて顔を隠すを、しっかり抱え直す景時。の耳に口元を寄せた。 『イイよね?二人でお泊りデート』 の頭部から湯気が見えるようだ。 は景時に抱きつき、赤面している顔を隠して馬に揺られていた。 「ちゃん。そろそろ人も少なくなったし・・・オレはこの姿勢嬉しいけど、苦しいでしょ?」 呼吸が止まっているのかというくらい隙間なく、ぴったりと景時に抱きついているのだ。 「ね?そろそろ顔上げてみない?梅の香りもするしね、お天気いいよ?青空!」 何とかの顔を上げさせたくて、興味を引きそうな風景を探す。 「・・・・・・もん」 「へ?」 景時の胸元でもごもごと話すを窺う。 「・・・・・・デートは普通だもん」 「え〜っと。それは・・・この前も市をフラフラしたけどさ」 確かに二人で歩いた。歩いたのだが、今回は意味が違う。 「お泊り・・・だよ?温泉つきの」 家の周辺を歩いてまた帰るのではない。外泊である。 「!・・・そういえばそうですね。熊野で温泉楽しかったですよね」 ようやくが顔を上げた。 「うん。楽しかったね。夏だったからなぁ・・・汗をサッパリ流せてよかったよね」 「ですよね〜。汗サッパリ!お肌すべすべ〜」 景時の傍を歩くのに、汗臭いのでは?と、緊張しながら毎日歩いていたのだ。 今ではそんな心配もなく、風呂まで用意してもらい、日々安心して景時に飛びつける。 「・・・もしかして、私ってば贅沢者ですよね?」 大切にされているのはわかっている。 どれだけ大切にされているかがわかっていなかったのでは? が景時をじっと見つめた。 「な、何?どうしちゃったの?贅沢って・・・別にそんなに華美にはしてないよね?」 武士の暮らしは地味なものだ。幸いにも食材には困らないだけの身分はある。 京の貴族に比べれば、邸の広さは厩が必要だから広いだけ。 そう華美な家財道具もなければ、着る物もない。 「ううん。私、とっても大切にしてもらってますよ?その・・・今日もね、結局皆に手伝って もらってるし・・・・・・誕生日・・・・・・」 が準備したかった景時の誕生日にはならなかった。 けれど、景時が欲しかったモノは、目に見えるものでは無いと教えられた。 「そう?だって、初めに言い出したのはちゃんなんじゃないの?オレ、仲間に生まれた日を 言った覚えないよ?その・・・去年もさ」 昨年はこっそりから匂い袋をもらって終わった誕生日。 他の八葉は知らない事だ。 「あ・・・・・・だって、景時さんの欲しいモノをあげたいな〜って。だから、弁慶さんに探って もらおうって。いつも一番長く一緒だしぃ・・・そのぅ・・・・・・」 「あらら。それは少し計算が違うな〜。家にいる時間の方が長いよ?流石に寝ている時間抜きって 言われると難しいけどね」 の額と額を合わせる景時。 「・・・・・・抜き!寝ている間は覚えて無いですもん。やっぱり九郎さんと弁慶さんの方が長く 一緒ですよ」 「参ったな〜〜〜。オレは夢でも逢いたいのに。ちゃん、冷たいっ!」 ふざけて泣き真似をする景時。 「べ〜〜だ。騙されません。・・・ね、梅って梅ですよね?」 梅を見て来いとは、梶原邸にも梅があるのだ。 わざわざ言うからには、珍しい梅なのかと気になる。 「ああ。清涼寺の本堂の傍に梅があるんだ。昔、和泉式部が東北院の端に梅を植えて愛でたとされ る話から、こちらも同じように軒端から眺められるので“軒端の梅”と呼ばれているんだ。色がね、 桃の様な紅に近いのがいいらしいよ」 山の方とはいえ、梅には少しばかり時期が遅い。景時にも咲いているかは定かではなかった。 「ふ〜〜〜ん。和泉式部さん・・・えっと・・・何の人だったっけな〜〜〜」 日本史の定番といえば、清少納言か紫式部である。 和泉式部は名前だけ掠める様な場合も少なくない。 本人の作品よりも、その生涯の方が有名な平安時代の女流歌人である。 「ん?歌をね・・・詠まれた方だね」 「あっ、そっか!何か有名なのがありましたよね」 は思い出せないが、景時ならばと景時を見上げる。 「そうだね・・・哀歌なのか・・・恋歌なのか・・・悩ましい歌だよ・・・・・・」 儚くなるならば、いま一度あなたに逢いたいと─── 「えっと・・・・・・私はね、先はわからないけど。毎日元気で楽しく暮らすの。そうすれば、 一緒じゃなくて失敗した〜ってならないでしょ?大好きな人と毎日、楽しくだよ!」 景時が一瞬見せた悲しげな表情に、が必死に自分の考えを話す。 それは、景時と暮らし続ける決意の表れそのもの。 「そうだね。今日の続きだからね、明日はさ」 の強さの源なのだろう。今出来る事、したい事を言葉に出来る。 (ずっと傍に・・・って、約束したもんね・・・・・・) を抱える腕に力を込めた。 「そろそろ着くよ」 景時の指差す方向を見れば、木々が色づいている。 「わ・・・ふわふわ。空から浮かび上がってる・・・・・・」 空の青から切り取れそうなほど紅い梅の花。 届かないと分かっていても手を伸ばしたくなる。 「・・・綺麗だね。ちゃんにピッタリ」 馬から下り、境内を歩く。誰も居ない境内に二人の足音だけが響く。 「今日の着物に似てるかも。・・・あれ?この着物って・・・・・・」 の持ち物ではない。しかも、羽衣付だ。 「そ〜だ!これってさ、何?この羽衣に意味があるんだよね?」 景時がの羽衣に触れる。 いわゆるの背に蝶結びになっているそれは、羽の様に見えなくも無い。 「あっ・・・そっ、それは・・・その・・・プレゼントにはリボンをつけるんだよ?だから」 「プレゼントは贈り物の事だよね。りぼん?」 顎に手を当て、景時が首を傾げた。意味をとても知りたがっている様子。 この場合、早めに説明をしないと景時の質問の矛先は将臣か譲へとなる。 (将臣くんに訊かれたら大変!・・・えっと・・・・・・) 「贈り物はね、綺麗な紙で包んで。可愛い紐で蝶結び?をするの。その紐の名前がリボンで・・・ だから・・・これ・・・・・・」 が口篭る。将臣がいた時点で用心すべきだったのだ。 (将臣くんのバカッ!これじゃ、まるで・・・・・・) の予想を違うことなく、景時の推理は帰結した。 「ああ!そうか!ちゃんがプレゼントだもんね。だから羽衣でリボンにしたのか〜。な〜る ホド。そういう意味ね〜〜〜。イタダキマスって意味か!」 軽く手を打ち鳴らす景時。 さらりと言っているが、素晴らしく景時に都合よく、に都合の悪い内容だ。 「きゃーーーっ!何、声に出して言っちゃってるんですかっ!」 背伸びをして景時の口を塞ぐ。その手を景時に取られてしまった。 「誰もいないよ?それに・・・・・・」 の指先に口づける景時。 「・・・オレ、誕生日」 の両目がこれ以上無いくらいに見開かれた。 景時に返す言葉を必死に考えているのだろう。 「ね?今日は、オレの誕生日」 小首を傾げての返事待ち中。 「なっ、だって・・・あるの!そう、あるんです。私から景時さんへの贈り物!!!」 まだプレゼントを渡していなかった事を思い出した。 「うん。それは、ソレ。だってさ・・・オレが皆にもらったのはちゃんだよ?」 「・・・でっ、でっ、でっ、でも・・・・・・」 両手を掴まれているので逃げられない。 「もう・・・オレのモノ・・・だよ?」 大きな溜息を吐く。 「・・・そーです。そうだって、いつも言ってるのに。何だか初めて!景時さんに、オレのって 主張されるの。すっごく嬉しいかも〜」 するりと景時の手から逃れると、から景時に抱きついた。 「うわわ!そっ、そういうものなの?その・・・独占欲とか、嫌じゃないの?」 ヤキモチも度を越せばうっとおしいと思われるのでは?と、危惧していたのだ。 「嫌じゃないですよ?だってね・・・景時さんも私のモノ!・・・どうですか?嫌?」 「あ〜〜〜、嫌じゃないね。いい感じだ!」 誰も居ないのをいい事に、そのままへ口づけた。 「・・・お外だよ?」 「うん。誰もいないから。二人っきりだよ?」 外は恥ずかしいから、二人だけの時はイチャイチャしてもいいという約束。 が周囲を見回せば、確かに誰もいなかった。 「今回は!お誕生日だし、いい事にします」 くるりと景時に背を向け、梅の方へ歩き出す。 「お誕生日・・・ね。な〜んでも今日なら誕生日ぃ〜〜〜♪」 の背を眺めながら景時も歩く。 梅の木の下はとても香りが良く、また、下から見上げる空は格別だ。 「そうだ!別荘ってどこなんでしょうね?」 振り返る。景時が後ろにいる事を疑わない行動。 「来る時通ったよ。今から行く?」 を背後から抱きしめ、その髪に口づける。 「え〜〜〜っと。お弁当ももってるし・・・・・・いい場所ないかな〜って」 境内の梅は見事なのだが、ここで弁当を広げるには物寂しい。 「別荘の・・・庭で・・・とか?」 「そっか!外がいいな〜って思ってたの。素敵!」 軽くの耳へキスしてから景時が顔を上げた。 「行ってみようか。オレも別荘は持って無いからな〜〜〜」 鎌倉の家は、対外的には本宅である。 「京邸は別荘じゃないんですか?」 家を持っている人が他に持っている家が別荘という認識の。 「あれは・・・別邸かな。待てよ・・・鎌倉の家が別邸か。こっちに住む事にしたんだから。 別荘は避暑に使う家だね。・・・ちゃん、別荘欲しい?」 「夏、平気でしたよ?でも、今年は夏休みがあれば二人で出かけられますね?」 七夕の時に約束したのだ。 「そうだった!今年こそ九郎から休みもらって・・・鎌倉へ行こうか?」 海は海でも、の世界の面影残る鎌倉がいいと思う。 「ほんとに?ほんとの、ほんと?」 「もちろん!九郎より先に弁慶に頼もうっと。その方が確実」 景時が口元に人差し指を立てた。 「うふふ。大丈夫ですよ。早めに二人へ同時に頼めば。鎌倉へのお使いもしますよって」 「その手があった!何だか夏休み出来ちゃいそうだな〜〜〜」 夏の予定を話している内に別荘へ着いた。 「こじんまり?」 「そうだね〜。でも、避暑だけの為には・・・・・・」 二人が顔を見合わせる。 「広すぎですよねぇ?」 貴族の邸宅のミニチュア版なのだ。東西の対に寝殿と、形は貴族の邸そのもの。 内裏の広さからすれば狭いというだけ。 庭先で話していると、女房がひとり出てきた。 「梶原様。・・・敦盛様からこちらでお待ちするように言い付かりました鈴鹿と申します」 簀子で礼をとられ、景時とも頭を下げた。 「あの・・・今日はよろしくお願いします!」 「勿体無い事です。私は食事のご用意などをさせていただくだけで、あちらにおりますので。 お急ぎの時はお呼び下さい」 手の示す対は、北の奥と思われる。 景時たちが東の対で過ごすとなれば、かなり離れている。 「えっと・・・・・・」 近くに人がいない生活は久しぶりだ。戸惑うに対し、景時はいつも通りの態度。 「そ!じゃ、よろしく〜。庭で昼にしたいんだけど・・・白湯を用意してもらっても?」 景時がさっさと用件を告げる。 「すぐにお持ちいたします。・・・・・・敷物もすぐに」 鈴鹿は足音を立てずに立ち去った。 「たぶんね、彼女だけが表に出てくる役目なんだろうね。二人にしろって言われてるんじゃ ないのかな?」 鈴鹿がいなくなれば、ここには二人しかいない。 「やっ、やだ。そんな・・・・・・嬉しいかも」 小声のつもりだろうが、景時には聞こえたの呟き。景時がの額へキスした。 「お弁当前に荷物を先に降ろすから。ちゃんはお弁当を食べる場所を決めてね」 「はい!」 景時が馬から荷物を降ろし簀子へと置いている間に、が橋を渡り軽く庭を歩く。 別荘の庭にも梅がある。池が眺められる梅の傍にと決めた。 その時、鈴鹿が敷物を手にの傍へとやって来た。 「どちらに致しましょう?」 「えっと・・・ここがいいかなって。私もしますね」 二人で敷物を広げると、鈴鹿は軽く頭を下げて戻って行く。 「・・・お宿の人って思えば、熊野の時と同じなんだ」 宿の人は頼めばしてくれる。頼まなければ部屋を貸してくれるだけ。 「そ〜だ!白湯ももらいに行こ〜〜っと」 敷物が敷いてあれば景時ならわかるはずと、は台所を探しに駆け出した。 「あれ〜〜?ちゃ〜〜〜ん」 荷物を降ろし、東の対の部屋へ置いてきた景時。弁当だけを手に庭へ足を踏み入れた。 けれど、庭にの姿は確認出来ない。 「向こうが見えないほど広い庭でもないんだけどな・・・・・・ん?」 寝殿からすぐの梅の木の下に、敷物が広げられている。 「ん〜。場所はあれみたいだな〜」 敷物を目指して最短距離を歩く景時。庭を斜めに横断すると、敷物に腰を下ろす。 すぐにが膳へ白湯の碗をのせて早歩きで戻って来た。 「景時さん!場所、すぐにわかりました?」 嬉しそうにが景時の隣に座る。 「うん。場所はわかったけど。ちゃんがいないから心配した〜〜〜」 「だって!もしも二人暮らしなら・・・私がするんですよ〜?」 が白湯の入った碗を景時へ差し出す。 が下働きの様な仕事をすることにはやや抵抗を感じる景時。 「貴族のお姫様みたいな暮らしは無理だけどさ・・・その・・・ちゃんが何でもしなきゃ いけないような暮らしはさせないから」 今は源氏の軍奉行の職があるが、職がなければ景時とて町民の様な暮らしをするしかない。 それでも、こちらへ残ってくれたに不自由はさせたくない。 「・・・あの・・・二人が普通なんだよ?景時さんのお家みたいに、たくさんの下働きの人が いて、何でもしてもらっちゃうなんて、お金持ちさんなんだよ?」 「う〜ん。家はそう裕福ともいえないんだけど・・・・・・」 に苦労をかけているのではと思う事もある。 宮中の華やかさに比べれば、何も無いに等しい。 「私がしたら嫌?私がして、景時さんが喜んでくれるのが嬉しいんだよ?それにね、二人暮らし ならこんな感じかなって」 「そっか。二人暮らしね。二人・・・・・・ええっ?!」 にとっては日常だった事である。景時にとっては非日常の話である。 の首が傾いた。 「ね〜〜〜?二人だったら、私がお家をしっかり守って。お家の事もするんですよ?」 「うわ・・・・・・二人っきりって・・・・・・」 今までの世界の話を聞いていなかったわけではない。 だだ、真実二人の時に話されると、景時の中でありもしない現実を夢見てしまう。 口元を手で隠し、動揺を覚られないようにするだけで精一杯だった。 「譲くんのお弁当、久しぶりぃ〜。お料理の先生のお弁当は何かな〜〜〜」 春らしい散らし寿司のおにぎりや、揚げ物など、いかにも定番でありながら可愛らしく料理が 詰め込まれた弁当。 「景時さん!すっごく可愛いよ〜〜〜。どれから食べましょうか?鶉の卵って、こっちにもある んですね!そっか〜〜〜」 超ミニサイズの目玉焼きが存在を主張している。 景時に箸を手渡すと、は小皿を持って考え込む。 「景時さんはどれが食べたいですか?取りますよ〜」 今日だけは二人─── 結論が出た景時。 「オレは・・・全部!全部がいい」 「え〜〜!じゃ、こっちから少しずつね?」 料理を取り分けるの手元を眺める景時。 (家族の最小単位って・・・二人なんだよなぁ・・・・・・) 今まで自分が守ってきた家族は、父親から見ての家族だったのだ。 景時の家族というならば、今はだけである。 (君は・・・ご両親にとても大切に育てられたんだね・・・・・・) が普通と言っている事。それが意外にも難しい。 「うわ・・・譲君の味だ・・・・・・」 どこかがいつもと違う。 「美味しいですねっ。やっぱり譲くんは上手〜〜〜」 笑顔で料理を頬張る。 「ちゃん。今日は・・・なし?あれ、しようよ〜〜〜」 すっかり皿を空けた景時は、へ皿を出さずに自分の口を開く。 「・・・景時さん。ご飯だよ?ケーキじゃないよ?」 「だって・・・誕生日・・・・・・」 またも誕生日である。本日に限って、事あるごとに言われる事は間違いない。 も景時に甘えられるのは、密かに嬉しかったりするのだ。 「わかりました。誕生日ですもんね!」 「やった!オレね、卵焼きがイイ」 春めいた日差しの下で、遅めの昼食を楽しみながら食べた。 「お誕生日だし・・・夕餉に何が食べたいですか?」 部屋で荷を解きながら、が景時に問いかける。 「え?ああ。それは・・・たぶん、自然にご飯が届きそうだよね?」 「ええっ?!そうなんですか?」 本気では、今朝の弁慶他の話を聞いていなかったらしい。 「二人で楽しんで来いって。ちゃんも、気にしないで・・・・・・」 「誕生日のケーキぃぃぃぃ!ケーキが無いじゃないですかっ!!!」 が立ち上がって、手を拳にする。 「け、けえき?ケーキなら、上巳に・・・・・・」 「違うの!誕生日のケーキ!焼こうと思ってたのにぃ・・・・・・」 立ち上がったかと思えば、今度は膝と手をついて項垂れる。 「あ〜っと・・・そ、そうなの。誕生日にはケーキなんだ・・・・・・」 「そーです。去年は出来なかったから、今年はって思っていたのにぃ」 落ち込みかけている。 景時は慌てて周囲を見回すと、が用意した篭を見つけた。 「ちゃん!ちゃんの贈り物ってな〜に?何をくれるの?」 の後ろにある篭を指差すと、も篭へと視線を移す。 「あ・・・そうだ。景時さん、着替えます?私ね、景時さんに着物を縫ったの!」 篭を手に取り、景時の前に差し出す。 「えっと・・・開けていいの?」 篭を挟んで向かい合って座っている状態の景時と。 「はい!」 の目の前で篭の紐を解き、蓋を取った。 「うわ!・・・春色だね」 今までもが縫ってくれてはいたのだが、春の柔らかな新緑を思わせる色だ。 手に取ると、匂い袋が着物の間から零れ落ちた。 「あ・・・・・・これ・・・・・・」 着物を篭へ戻し、零れ落ちた匂い袋を手に取り顔の前で軽く振るってみる。 「梅香だ・・・・・・」 香りを胸いっぱいに吸い込む。 「えっと・・・今年は上手に出来たんですよ?それに、おそろいなの」 懐から同じ匂い袋を取り出す。 「同じだ!去年のもココにいつも持ってるんだ〜」 腰につけてある匂い袋をへ見せる景時。 「うん。えっと・・・毎年お誕生日に新しいのにしましょう?でね、オソロイ」 昨年は材料も技量も時間も無かった中での景時の誕生日。 匂い袋は中の香を替えればいいのだが、袋も傷まないわけではない。 「ええっ!毎年・・・くれるの?」 「そうですよ。毎年にしましょうね?匂いも無くなっちゃうし。袋もね、可愛い端切れがあったら 新しくしたいし」 (毎年・・・なんだ・・・・・・オレの誕生日・・・・・・) ふんわりと胸が温かい。 「ありがとう。着物、着てみちゃおうかな!そしたらさ、温泉に行かない?」 まだ日は高いのだが、外が明るい時間に入浴できるのが休日の醍醐味ともいえる。 「えっと・・・温泉は・・・外・・・ですよね?」 景時の着替えを手伝いながら、が考え込む。 「・・・外以外の温泉って、あるの?」 「えっ?」 景時の返答に、が驚く。 「龍神温泉だって、外だったでしょ?ちゃんの世界では、違うの?」 「その・・・外は露天風呂って感じで特別なの・・・・・・」 昼間の温泉である。 龍神温泉の時は夕方で、日が傾いていたから恥ずかしさ半減だったのだ。 この明るさで外は、姿が見えてしまう不安がある。 俯くの頭へ景時が頬を寄せた。 「ふ〜ん。一緒に入るから心配しないで?」 「・・・・・・一緒って何ですか?!」 「アイテッ!」 「きゃっ!ごめんなさいっ」 が勢いよく頭を上げ景時から半歩離れたために、景時にの頭部がぶつかった。 顎を擦りながら、景時が着替えを続ける。 「温泉は一緒でしょ。・・・龍神温泉では別だったけど。分けてある所と、同じ所があるよ。あの 場合は皆もいたし・・・ね」 (・・・一緒が普通なの?!じゃ・・・今までって・・・・・・) またも新知識である。仲間は常にを気遣っていたということになる。 着替えも隠れてする程なのだ。誰もがの恥ずかしがりぶりを認識していた。 「えっと、えっと・・・一緒はちょっと・・・・・・」 「え?ダメだよ、一人になんてさせられないし」 着替えが済んだ景時がを抱き締める。 「今日は朔もいないし。ちゃんをひとりになんて、ぜーーーったいダメ!」 ここで否といえば、温泉には入れそうもない。 かといって、諾といえば、真昼の温泉に景時と・・・となる。 、二者択一を迫られている。 (ど、どうすればいいの〜。助けて!朔ぅぅぅ!!!) 親友の名前を何度も心の中で呼ぶが、返事があろうハズがない。 「ね〜?行こう、行こう。もちろん、二人しか入らないように頼むし!結界も張るし!っていうか、 もう結界あるし!!!」 リズヴァーンの庵の前の結界と同じ気配の結界が張り巡らされている。 人が極端に少ないのもその為だ。 (ほ〜んと。お気遣いいただいちゃって〜。有難くご利用させていただきます) 心の中で合掌する景時。 「景時さん?!」 「はい、行こうね〜。ここのすぐ裏手にあるみたいなんだよね。山を眺めながら温泉〜♪」 機嫌よく歩き出す景時に手を引かれ、も温泉に行く羽目になった。 「誰もいないですね?」 「もちろん!ちゃんをオレ以外には見せませんっ!」 を横抱きで膝に乗せ入る温泉にご満悦の景時。 やや濁った湯が景時の楽しみを奪っているが、それはそれである。 「お家より広くて楽々ですね〜」 景時が一緒に入りたがるので入る時もあるが、正直狭い。 今日の姿勢は景時の肩に寄り掛かれても楽だ。 「家にも温泉欲しいね?でもな〜、ちゃんは見せたくないし。でもさ・・・・・・」 明る事は、目に楽しい。 「しろ〜いね。・・・温泉でたら・・・・・・」 「・・・どこ見てるんですか!」 景時の視線を胸元に感じ、手で景時の目元を覆う。 「うわわ。温泉でたら、何しようか?」 目隠しをされても、懲りずにに触れる景時。 「何もしませんっ!・・・・・・じゃなくて、お昼寝決定!お休みには休んで下さい?」 目隠しの手を離し、景時の肩へ頭を乗せた。 「そりゃあ、お休みだけどさぁ〜〜〜」 景時の頭の中では、別の予定が組まれている。 「のんびり・・・庭を眺めて。鳥の声を聞いて。・・・ごろごろしましょ?」 一人でも出来るが、時間があるからこそ何もしないを二人でしたい。 微妙に触れ合いたい内容がすれ違っている二人だった。 「ごろごろ〜〜〜」 簀子に褥を敷いて、肘をついて転がり庭を眺める景時と。 「・・・何かエサがあれば、鳥が来るかな?」 「どうかな〜。してみる?」 景時が立ち上がろうとすると、が景時の袖を引っ張る。 「いいの。ここでゴロゴロなの」 手を伸ばして、完全にうつ伏せで足を動かす。 に寄り添う様に近づいて目を閉じる景時。 「・・・ちゃんの匂いがする・・・・・・」 眠るつもりもなくとった行動だったが、景時はそのまま眠りに落ちた。 「・・・頑張りすぎだよ?景時さんは」 少しだけ体を動かして、用意していた衣を二人で被る様にかける。 日が傾けば、途端に寒くなる。その為の準備だったのだが、役に立った。 (休むのはね、気持ちもなんだからね?) そっと景時の髪に触れ、頭を撫で続ける。 景時が目覚めるまで─── 「ふわ〜〜。ごめんね〜。オレ。寝ちゃってたみたいで・・・・・・」 「うん。お休みだもん。いいんですよ?」 ちゃっかりを抱き寄せる景時。 夕日が二人の顔をオレンジ色に染めている。 「来年の誕生日も、ちゃんをもらお〜〜〜」 「それ、無理です」 「ええっ?!」 思わずの顔を凝視する景時。 「・・・だって、今年あげちゃったもん。何回もなんて、私はひとりだから無理です!来年は 欲しいモノを先に言って下さいね?私、頑張って用意するから。ケーキもちゃんと!」 今年は隠したのが裏目に出てしまい、が考えていた誕生日とは違ってしまった。 まさか自分が贈り物にされるとは予想できず、少々悔しい。 (来年は騙されないんだから!私が景時さんを一番に祝うの!) 「え〜っと・・・そうなの?じゃあさ、続きももらいたいな〜〜〜。あれ、もう一度結ぼう」 羽衣を手に景時が簀子へ戻ってきた。 「もう一度結んで〜〜〜、続きの分があるからね!」 くるりとの体を返しながら、羽衣を蝶結びにする。 「さて!誕生日の内にいただかないと。と、いう訳で。今夜は仲良し決定!その前に夕餉」 を抱え上げ、部屋へと戻る景時。 (そのうち家族を増やさないといけないね〜) 最高の誕生日をありがとう。 毎年、君に見守られて年を重ねるのだろう。 何個になるのかな・・・匂い袋。 全部が大切な思い出になる。 目に見えなくても、残るものがあると思うから─── |
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視点の変化がテーマ。そう大げさな話でもないんですが、切り口かなって。お誕生日おめでとう、景時くん! (2006.03.03サイト掲載)