温泉万歳





 景時とだけが知らないうちに、温泉行きが決定していた。
「はあ〜?どうして突然温泉なの〜?」
 朝から梶原邸に集まった仲間を見回す景時。
「こほん!リズ先生の庵の近くには温泉がある。修行と慰労を
兼ねて一泊で行こうという話になってな」
 九郎があらかじめ弁慶に覚えさせられた台詞を言う。
「だって!オレ、今始めて知ったし〜。鞍馬は遠いよ〜?」
 景時が手を振り回す。
 察するに、ここから山までは遠いという事だろう。
「それは、馬で行くから問題ない。後は任せた」
 景時を置き去りにし、去ってゆく面々。
「さ、朔〜?女の子ひとりじゃ・・・・・・あれ?ちゃんは?」
 顔だけ振り向いた朔が、事も無げに言った。
「・・・まだ寝てますわ。は寝起きが悪いんですの」
 さっさと白龍の手を引いて行ってしまった。
「それって・・・・・・この家に残るのはオレとちゃんって事?」
 景時の背中に、冷たい汗が流れ落ちた。



 朝の出来事から半刻後、まったりとが起きた。
「う〜ん。あれ?・・・・・・寝坊!?朔、ひどいよ〜」
 が慌てて支度をし、台所へ向かう。
 そこには、朔も譲も居なく、顔見知りの下働きの者だけだった。
「お、おはようございます。私、寝坊しちゃって。手伝いますね!」
 襷掛けをしようとすると、やんわりと止められた。
「おはようございます。支度は出来ていますので。今日と明日は
神子様には、何もお手伝いいただかないようにとの事なので」
「えっ?誰がそんな事・・・・・・」
「朔様でございます」
(どういう事?)
 がぼんやり立っていると、膳が用意されていく。
「あ!運ぶくらいさせて下さい。いえ、したいんです」
 が膳を持とうとするのを、下働きの女が困惑顔で見ている
と、の背後から、付の女房の右近の声がした。
「では、お願いしますね」
 理由を知っていそうな右近を見つけ、が問いただす。
「右近さん!どうして急に手伝っちゃ駄目なんですか〜?」
「今日と明日は朔様がお出かけですので。心配だからだと思いま
すわ。そちらの膳をお願いします、神子様」
 膳のひとつを右近が持ち、その後ろをが着いて行く。
「あれ〜?でも、私今日寝坊してますよね。皆食べないで、待って
るの?え〜!起こしてくれればいいのにぃ!」
 恥かしさに、顔も赤くなる。
「いえ、よくお休みなら待つとの仰せでしたので」
「へ?いつも朔が、すっごい剣幕で起こしに来るのに?」
 なぞなぞを出された子供のように、の眉間に皺が寄る。
「景時様がです」
「景時さんが〜?」
 ますますの皺が深くなる頃には、いつも皆で食事をする部屋
の前に着いていた。
「失礼いたします」
 右近がさっさと戸を開けて、中へ入る。
 続いても入ると、そこには誰も居なかった。
 膳を置くと、右近が、
「神子様はここでお待ち下さい。景時様を呼んで参ります」
 戸を閉めると、居なくなってしまった。
「え?」
 ここにある膳は二つ。
(景時さんと、二人で朝ご飯なの〜?!)
 力が抜けて、その場に座り込んでしまった。



「おはよ〜、ちゃん。ごめんね〜、なんだか皆居ないんだよね」
 部屋へ入り、膳の前に座る景時。
「お、おはようございます・・・・・・あの・・・・・・」
 も膳の前に移動する。
 向かい合わせに座る二人。
(やだ〜、新婚さんの朝ご飯みたいだよぅ。ご飯、食べられない!)
 お腹は空いているが、食べ難い

(うわ〜、これって・・・・・・)
 自然と顔が緩んでしまう景時。
「なんか、こういうのいいね。うん」
「え?」
 の顔が上がる。
ちゃんとお向かいでご飯食べるの。ちゃん、オレの嫁さん
みたいで、嬉しいな〜なんて。いただきます!」
 手を合わせて、頭を下げる景時。おまじない効果絶大である。
「いただきます・・・・・・」
 も頭を下げた。
「・・・・・・あのね、今朝早く皆で温泉行くって。オレとちゃんだけ
留守番なんだって。冷たいよね〜」
「・・・ええっ!?」
 が茶碗を置いた。
「それって、それって・・・・・・」
「そ。だから、ちゃんも行きたかったら行っておいで?オレが留守
番すれば大丈夫だと思うし。誰かつけるから、馬で行けばさ、追いつく
と思うよ?」
 のんびり汁物を啜る景時。

(景時さんだけ置いていけないよ・・・・・・それに・・・・・・嫁さんみたいっ
て言ってくれたのに───)
 茶碗を持ち、元気にご飯を食べ始める
「景時さん!今日は私が寝坊しちゃったけど。一緒にお洗濯しましょう!
だって、お仕事お休みですよね?天気も良さそうだし」
「・・・・・・いいの?」
 景時が、申し訳なさそうな顔でを見つめる。
「私と過ごすのは、嫌ですか?」
 景時の首が、千切れんばかりにふられる。
「とととんでもない!オレ・・・すっごく嬉しいよ」
 膳を飛び越えて来そうな勢いだ。
「じゃ〜、今日は。お洗濯して。お散歩して。あ、留守番だから、遠くは
無理ですね。それから、お昼寝して。またこうしてご飯食べましょうね」
 景時の意識は途絶えていた。
ちゃんと二人きり───)
 黙々とご飯を食べ終らせ、がご飯を食べるのを眺めた。

「景時さん・・・あんまり見つめられると・・・食べ難いです・・・・・・」
 が俯いた。
「あ!ご、ごめんね〜。ほんと、オレ気が利かなくて。つい・・・・・・」
 首を庭の方へ向け、今日一日に思いを馳せる。
ちゃんと二人きり・・・・・・ん?!)
 突然景時が立ち上がり、庭を見回す。
「どうしたんですか?景時さん」
「ん?いや〜、いい天気だなぁ〜ってね!」
 伸びをして誤魔化すが、視線は庭木を中心に影を探す。
(リズ先生、隠れてますね〜?どこだ?)
 すべてがあやしい。今回の裏は、景時でも読めない。
(何かありそうではあるんだけどさ〜)
 と二人きりで一日を過ごしたことなどない景時。
(ま〜、何とかなるかな〜)

「景時さん!お待たせしました」
 振り返ると、朝ご飯を食べ終わったらしい。
 の前に座り、目を合わせる。
「ご馳走様でした!」
 二人声をそろえて、挨拶をした。



 二人で仲良く洗濯をし、風に揺れる洗濯物を眺めながら、簀子で転が
る景時と
「景時さんて、お休みの日は何してるんですか?」
「ん〜、洗濯して〜、何か作れないかな〜って考えるくらい?」
 片肘で、手に顔を乗せる姿勢になる。
「発明が趣味なんですよね〜。他にはないんですか〜?」
 がゴロゴロと景時の隣まで転がってきた。
「他ね〜、適当に何でもするかな?小さい時にさせられたから。でも、趣
味っていうと違うな。ちゃんは?」
「う〜んと。元の世界では、あった気もするんですけど。音楽聴いたり、
映画観たり。友達と遊園地とか、カラオケとか・・・・・・」
「そっか〜、こっちじゃ出来ないことばかりなんだね?」
 今度は両方の手で顔を支える景時。
 突然、腰の辺りが重くなった。
「へ?」
 顔を向けると、が景時に乗りかかっていた。
 丁度景時の背中にのお腹が乗っている。
ちゃん?」
 が手足をバタバタと動かし始めた。
「うぅ〜、お散歩行きましょうよぉ〜。ちょっとくらい家に居なくても、見つ
からないですよぅ〜」
 景時は、身体を反転させ仰向けになる。
 景時が動いた分、の身体が前に進む。
「ふにぃ〜〜〜」
 は、それでも起きずに景時に乗ったままだ。
「微妙な位置に居るんだよね〜、ちゃんが・・・・・・」
 景時の方を向く。さらに、景時の視線を追うと───
「きゃっ!」
 景時から、のお尻がよく見える状態に気がついて、身体を起こし
て正座した。
「・・・・・・おしいぃ〜。言わないほうがよかったかな?」
 景時が頭の後ろで手を組みながら笑っている。
「もう!」
 景時の腹を軽く叩いてから、景時の上に乗りかかると、軽く口づけた。
「もう一度、いい?」
 を待つ景時。が再び口づけると、景時に抱きしめられた。
「どこに行きたい?」
「手を繋いで歩けるところ!」
「御意〜ってね!東寺辺りなら市もあるかな」
 二人で起き上がり、散歩に出かけた。

 ただ手を繋いで歩くだけ。それだけなのだが。
(いいな〜、このままいられたらいいのに。それにしても、置いてけぼり
はヒドイよな〜。どういうこと?───)
 景時の心は浮き立っていた。しかし、引っかかる。いかにも何かあり
そうなこの状態で、明日まで持ちこたえられるのだろうか?
 
「景時さん!お風呂って無理かな〜?」
「お風呂?いや、出来るよ〜。それがどうしたの?」
「お家で温泉しませんか?」
 が、何か思いついたらしい。
「家で温泉?」
「そ〜です。お家で温泉。あの、重曹を入れれば炭酸はイケルと思うん
ですよね。でね〜、にごり湯にならないかな〜って」
「・・・・・・それは、まあ。なんとかいける・・・かな?」
 が景時に飛びつく。
「じゃ、後は花弁とか浮かべたらかわいいですよねっ」
「それも・・・・・・まあ、なんとかいける・・・かも」
 すっかり帰る気満々の
「景時さん!早く家に帰って、私たちも温泉しましょ〜」
 が景時の腕を引きながら歩き出した。
「ちょっ・・・ちゃん?!」
(私たち・・・もって!『も』って何〜?)
 久しぶりに鼻に激痛を覚える景時。
 そんな景時に気がつかず、の足は速くなっていた。



 家に着くなり、本日は湯浴みではなく、湯を張るように下働きの者に
言いつける。ついでに、重曹の準備も頼んだ。
「ところで、重曹ってどうなるの?」
 の話はいつも面白く、興味がある景時。
「えっと、私たちの世界では近所に温泉がないから。お家で温泉気分を
味わえる物があるんです。中でもシュワシュワ〜ってなるタイプが、肩こ
りとかに効く気がして好きなんですよ〜。それの替わりが重曹なの。成
分同じだから、たぶんいい感じなはずなんですよね〜。さらにお風呂で
リラックス・・・あ、ゆったりできる様に、色がついてたり、何か浮かべたり
するの!だから、にごり湯みたいにしたいんです!」
「なるほど、そういうわけね」
 景時は自室へ入るとゴソゴソと探し始めた。
「じゃ〜ん!これね、温泉の成分を一度調べたことがあって。まあ、効き
目は保証できないけど、にごりはするんだよね」
 箱をに手渡した。
「そうそう〜、こんな感じの粉なんです!すご〜い、景時さん」
 喜ぶ
「でね、こっちの箱が。造花なんだ」
 また箱を開けると、桜の花弁らしきが入っていた。
「これって・・・使っちゃっていいんですか?」
「もちろん!幻術用に改良しようと考えていたんだけど。考えていただけ
で終っちゃっててさ〜。もったいないでしょ?」
 照れくさそうに頬を掻く景時。
「わ〜、じゃあ。早速温泉しましょう!」
 景時の手を引いて風呂場へ向う
「ちょ、ちょっと!ちゃん〜?」
 慌てて足を踏ん張り止まる景時。
「・・・何ですか?」
 が振り返る。
「あの・・・・・・ちゃんが楽しめばいいよ。うん」
 目を合わせないようにする景時。
「それこそもったいないですよ?どうせ小袖着てるし。いきましょ〜!」
 にしてみれば、温水プール気分である。
 基本的に貴人は肌をみせない。風呂も小袖を着ていたりする。
 しかし、景時にしてみればもう大変な事態である。
「あ、その・・・でもさ・・・・・・」
「景時さん!温泉置いてけぼりなんですよ?私たちだって温泉しましょ」
 またもやにぐいぐいと腕を引かれてしまう景時。
(・・・・・・オレ、死ぬかも知れない───)
 景時の鼻の奥が、既に痛みを訴えていた。

「じゃ景時さんは、あっちで着替えてきて下さいね」
 箱を手に、が着替えの為に小部屋へ入っていった。
「・・・・・・ちゃん、オレを殺す気?」
 ひとり妄想で鼻が痛い景時。
 小袖はかなり薄い生地で、それがお湯で濡れたらどうなるか?
 の身体は透けることだろう。
「一緒に入る気・・・・・・だよねぇ・・・・・・・・・・・・」
 鼻血どころか、血流に異常を来たしそうだ。
 しかし、には逆らえず着替え始める景時。
「・・・行くしかないよね・・・・・・・・・・・・」
 思い切って風呂場の最後の戸を開けると、そこにはが居た。
 楽しそうにお湯を混ぜている。
 髪を上げていて、項が丸見え。
(これ・・・本気でまずいって!)
 景時の我慢が始まった。

「あ、景時さん!早く、早く。見てください。いい感じですよ〜」
 呼ばれるままに湯船に近づくと、白濁した湯に、桃色の花弁が浮んで
いて、春の温泉のようだ。
「お風呂大きいから、全部使っちゃいました!」
 空の箱を片付ける
「もう!立ってないで入りましょう!」
 に背中を押された。
「う、うん。そうだね」
 軽くお湯を被ってから、片足を入れる。

 シュワ───

「!?」
 足を引っ込めた景時をみて、が笑う。
「景時さん、それが気持ちいいんですってば!じゃぶんっと入らなきゃ!」
 言葉通り勢いよく湯に入る
「うひゃ〜ん。気持ちいいよぅ〜」
 湯の中で、固まる。じわじわとその感覚を楽しんでいるようだ。
 それを見て、景時も隣へ勢いよく入った。
「うわ〜、なんだろこれって」
 入った瞬間だけ皮膚に違和感がある。
「しゅわしゅわ〜ですよ!慣れれば気持ちいいですよ?」
 が寄りかかってきた。
ちゃんっ?!」
「頭が重くて〜」
「そっか、いいよ」
 肩にかかるの重みが気持ちいい。
「温泉、行きたかったな・・・・・・・・・・・・」
 がぽつりと呟く。
「うん。今度は・・・・・・そうだ。皆を出し抜いて。二人で行こうか?」
 なんとなく思いつきで返事をした。
「約束ですよ?」
「約束だね」
 のんびりと一日を過ごした。





 翌日、仲間が帰って来た。
「おかえり〜。お肌つるつるになった〜?」
 が朔に飛びついた。
「一日じゃ効果ないわよ」
 朔が笑った。

「すまなかったな」
 九郎が軽く景時に挨拶をする。
「とくに何も事件はなかったよ?」
 景時が報告をする。
「そうか。ご苦労だったな」
 九郎の顔が赤い。
 弁慶とヒノエを見る。
 表情には出ていないが、期待がありありとわかる。
 有川兄弟に至っては、将臣の口を譲が塞いでいる始末。
(そういうことか・・・・・・)
 景時は理解した。仲間の行動の真意を。
「あのね、オレたちも温泉を楽しんだから。気にしなくていいよ〜」
 しれっと手をふって、さっさと部屋へ引っ込んだ。
 これくらいの余裕がある素振はしておきたい。
「!?」
 意味がわからない面々の視線が、一斉にに注がれる。
「うん!私も景時さんと一緒に温泉したの!気持ちよかったんだ〜」
 も白龍を抱き上げ、朔の手を引いて部屋へ入ってしまった。

「・・・・・・・・・・・・一応、成功したのか?」
 将臣が口を開く。
「温泉というのが引っかかりますねぇ・・・・・・」
「出かけた風でもないぜ?部下を配置しておいたし」
 弁慶とヒノエも首を傾げる。
「だ、だいたい!ここまでお膳立てする必要はないだろうが!帰るぞ」
 九郎が首まで赤くして、帰って行く。
「ん〜、まあ良いほうに考えましょうか」
 弁慶の発言に、将臣が頷いた。
「だな!色々面白い話も出来たし。温泉万歳ってことで」
 


 仲間に見守られる、景時との恋の行方は?
 次回に期待・・・・・・?!





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≪遙かなるお題配布所≫からお題拝借。お題元はコチラからどうぞ。

 あとがき:何を企んでいたのか(笑)望美ちゃんはわかってませんですねv     (2005.3.12サイト掲載)




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