水に導かれ





「うわ・・・・・・う〜ん・・・これはさすがに・・・・・・」
 見れば見るほど金色の建物。
 修復してから、そう年月も経っていないのでまだまだ金色が褪せていない金閣寺。
「ぴっかぴかだ〜〜〜」
 写真よりは少しばかり黄金よりも白が多い金色ではあるが、金は金。
「中は・・・入れないのかぁ。残念だね。中までぴかぴかなのかなぁ?」
 ガイドブックではそこまで詳しくは書かれていない。
「どかな?近くまでなら行けそうですよ!覗いちゃいましょ〜」
 張り切って近づくものの、やはり中へは入れない。
 遠巻きに建物を眺め、池の周囲を歩く。
「池に浮かんでるみたいですね〜〜〜」
 やや深い緑色の池に移る金色の建築物。
「うん。緑と金ってすごい組み合わせ・・・・・・雪の白もか・・・・・・」
 今でこそ観光地だが、当時ならばひっそりと静かな場所だったのだろう。
 御室も近いし、山側といえば山である。


「・・・オレの知らない建物だ・・・・・・」
 景時が生きた時代より後にあたる時代の建造物。
 記憶の地図には記されていない建物である。
「うん。私もしらな〜い。足利さんが建てたんですよね」
 あまりにあっさりなの物言いに、景時が首を傾げる。
「えっと・・・知らないっていうのは・・・・・・」
「いいんですよ。ここにはここの歴史があって、こうなってるんですから。景時さんが
知らなくたって、問題なしっ!私なんて、初めて来たくらい知らないから同じ〜〜」
 ガイドブックを取り出した
 ぱらぱらとページを捲り、景時に見せる。

「ほら!こぉ〜んなにごちゃごちゃ書いてありますけど。学校のテストに出なければ、
知らなくてもいいんだもぉ〜ん。それくらいの事です!」
 言われてみれば、この世界の新しい地図も頭に入っているのだ。
 思い出と違う京都という世界の───

「そうだね。ちゃんとひとつ、ひとつ、順番に巡るからいいね」
「うん!でね、仁和寺に行って、晴明神社に行こう?安倍晴明さんって、景時さんの
先生みたいな人なんでしょ?」
 ガイドブックで西陣エリアの地図を見せて指差す
「い、いや〜。そんな稀代の陰陽師が先生って事はないんだけど・・・・・・その、
暦と占術に流派が分かれた頃の方で、十二神将を使役したってくらいのスゴイ人」
 安倍の邸があった辺りになるのだろう。
 晴明神社の場所を、地図の山の位置から推測する景時。

(・・・五行の気の確認が出来そうだしね)

「それで?今日のその後の予定は?」
 がさらにガイドブックを捲っていると、景時の携帯電話が鳴り出した。
「あ・・・ちょっと待ってて」
 誰からかわかっているが、誰かは言わないままで出る景時。


 『もしもし・・・って、どうしていうんだろうね?本当にこれは気になるなぁ〜』

(・・・そんな事、オレに聞かないで下さい・・・お父さん・・・・・・)
 ガクリと首を項垂れさせると、気を取り直して返事をする。
 電話をかけておきながら、独り言のような雅幸に。

「あの・・・何か急な・・・・・・」

 『ああ。そうといえば、そう。違うといえば違う。それは景時君が決めていいよ』

(オレ?!オレですか〜〜〜?!)
 からかわれているのが丸わかりだが、迂闊な返事はしない方がいいだろう。
 用件を切り出さないとなれば、答えはひとつだ。

「あの・・・明日・・・とか?」
 帰る日程に繋がるような言葉を選ぶ。

 『はっはっは!大正解かな。まあ・・・がいたいなら無理にとは言わないけれど』

 火急に確かめるべきは、が行きたい場所だ。
 出来れば今日、明日中で廻りきり、雅幸たちに合わせるべきだろう。
 少しだけ電話を離して切った素振りをして、ガイドブックと格闘しているを窺う。

ちゃん・・・行きたいトコ、ある?」
 ガイドブックから目を離し、景時を見つめる大きな瞳。


「それがぁ・・・・・・拝観申し込みしてないから、行きたくてもいけないの。また今度
しか無理なの。ど〜して一ヶ月前までなんでしょうね?しかも、往復はがきで」
 が開いているページは、拝観申し込みの仕方のページだった。
 行きたいと思っても、すぐに行けない場所があるらしい。

「じゃ・・・晴明神社の後はどうしようか?」
 今日の予定では、仁和寺、昼食、晴明神社といったところまでしか決まっていない。
「もう行きたいトコ、ないかも。景時さんは?」
 それならばと、景時がを誘導する。

「オレね、鳥羽のおじいちゃんの家に行きたいな〜って。ほら、本くれるっていうし。
今日か明日行って、送る手配をしたらさ、帰ってから楽しいな〜〜〜なんてね!」
 鳥羽で必要なモノをそろえて、そのまま鎌倉へ戻ればいい。
 次にいつ京都へ来られるかわからないのだから、今日、明日中に行ければ都合がいいのだ。
「あ〜〜〜!そうでした。おめでとうの挨拶しなきゃ。手ぶらでもいいよね、おじいちゃんの
お家だし。でも・・・何か持ってないのは、やっぱりヘン?図々しい?」
「あはは!ちゃん。京都の方に、京都で買ったものは変だよ。帰ってから鎌倉名物でも
何か送るのはどうかな?」
 残念ながら、何も準備していない。
 かといって、この辺りで慌てて購入しても意味が無い。
「・・・そうですよね。そうだ!元気に挨拶して。今回はいいですよねっ」
 パタリとガイドブックを閉じるとバッグへしまう

「じゃ、そうしよ〜。今から仁和寺へ行こう!」
「は〜い!」
 と手を繋ぐ時に、さり気なく携帯の電源を切った景時。
 雅幸に話の内容さえ伝わればいいのだ。に知られずに───

(お父さんなら、これでイイよね〜。ちゃんも、電話の件は忘れてるみたいだし)
 裏を返せば、景時の携帯電話の番号を知っている人は決まっている。
 も深く考えてはいないのだろう。誰からとも聞かれないままだ。

(後で洋二には帰るってメールしないとな〜。知ってるだろうけどさ)
 友人だと思うからこその気遣いである。
 会って別れを告げたいが、それはしない方がいいのだろう。
 今夜にでもメールをしようと心に留め置くことにした。


「景時・・・さん?どうしたの?」
「ん〜?洋二にもさ、何か鎌倉名物送りたいな〜って。突然届いたら、嬉しいかな?」
 電話の複線もある。が上手く勘違いをしてくれれば、なおさら好都合だ。
「・・・そうでした。あんなに突然押しかけてお世話になったのに。帰ったら、驚きのお菓子を
探して送りましょう!きっと研究しちゃうんですよ。私もたくさん味見ができるかもっ」
 嬉しそうに笑う
「毎日はちょっと・・・・・・」
「大丈夫です!一日だけたくさんお店巡りするから。毎日食べてたら太っちゃうし」
 軽く胸を叩いて、堂々と一日中お菓子を食べるという宣言をする

「・・・・・・ほどほどに見学させていただきマス」
「ひどぉ〜い!景時さんも食べようよぉ」
 追いかけっこをしたり、店を冷やかしたりしながら歩くと、いつの間にか目的地へ着いていた。





 時を越えたかの様な空間を保ち続ける仁和寺。
 厳かな空気に包まれる境内を散策すると、鐘楼だけが華美に映る。
「・・・景時さん」
「な〜に?」
 が顔を上げると、途端に景時と視線が合う。
「ど〜して御室って言うの?金閣寺とかは見た目でついたあだ名みたいなものだってわかるんだけど
・・・・・・。白龍たちと行った時に、御室って・・・・・・」
 仁和寺と呼ぶ者と、御室と呼ぶ者がいたのだ。
 その時は桜に見惚れて別段気にしていなかったが、よくよく考えれば気になる。
「あ〜・・・元号が仁和の時に勅願によって創建されたから、そのままついたのが寺の名前。でね、
出家した帝がそのままこのお寺に住居を建てたんだ。貴い方が住まう部屋で御所だったから御室御所。
短くして御室って言うのが別名。貴族には別名の方が通りが良かったからね」
「そぉ〜なんですね。ここってちっとも面影ないから違う場所みたい」
 白龍がに見せたくて、仲間を引き連れて仲良く花見をしたのが仁和寺だったのだ。
「うん。建物の位置からして違うけど、山の場所とかはそのままだよ」
「桜の季節に来たいなぁ・・・・・・そうしたら、桜が夢を見せてくれるかも」
 目を閉じて想像しているらしい
 ドサクサに紛れて景時がの額へ口づけた。

「・・・景時さんっ!」
「何かあったかな?」
 涼しい顔で雪が残る樹木の先端を見つめる景時。

「・・・・・・した〜!ちゅってした!」
「そ?すごいよ〜、あ〜んな天辺にまで雪があるよ〜」
「雪じゃありませんっ!」
 景時の肩を軽く叩く
「え〜?だってさ、お正月のお寺、空いているよ?」

 景時に言われて辺りを見回せば、普段から人がいないのか、寒いからなのか、正月だからなのか、
疎らにしか人影は確認できない。

「・・・・・・みんな初詣なんですよ、きっと。問題はそこじゃないですっ」
「じゃ、どこ?」
 悪戯が成功した子供の様な笑顔で、またも聞き返されてしまった
 これ以上の問答は勝ち目が無い。

 しばし考えた後に、右手で左手の手のひらを軽く叩く
「そぉ〜だ。これなら・・・・・・」
 景時の腕を取り、ぴたりと密着する
「これなら出来ないでしょ?べ〜〜〜だ!」
 ささやかな勝利宣言のつもりらしい。

(・・・ちゃんって、基本的に間違ってるよ・・・・・・)
 から傍に来てくれるのは、嬉しい事でしかないのだ。
 悪戯が成功するかどうかよりも、断然お得である。

「あらら〜、ほんとだ。これじゃあ・・・無理かな?」
 嬉しい気持ちを隠して、少しばかり悔しそうな表情をつくれば、の満足気な顔が見られる。
「でしょ〜?もう油断しませんからねっ。あっち見に行きましょう!」



 そのまま金堂などを巡り、遅めの昼食の後に晴明神社へと向かう。
 予想より小さな建物に、がガイドブックの写真と見比べている。
「・・・・・・堀川通り沿いじゃなくて、ちょこっと奥の道なんだぁ・・・小さい・・・・・・」
 鳥居分の幅しかない参道らしき場所。
 昔の一条戻り橋にあった欄干が置いてあるだけで、なんら他の神社との違いは見つけられない。
 狭い参道を歩き、路地を挟んだ奥の場所にひっそりと建っていた。

「お星様マークだ〜。新しい神社だから?」
 晴明桔梗紋といわれる五芒星である。
 は知らないらしく、子供の頃に書いた星の記号と勘違いをしている。
「あれはね、五芒星なんだよ。ほら、陰陽道で五行の相生や相克とか決まりがあったでしょ?」
「・・・これがそうなの?」
 思いっきり提燈に書かれている星印を指差す
「うん。一に曰く水、ニに曰く火、三に曰く木、四に曰く金、五に曰く土。順番あるんだよ」
 さらさらと流れるように述べる景時。陰陽道の初歩である。
「そんな感じだったかも〜。景時さんか朔に聞けばいいやって、ちゃんと覚えてなかったの」
 軽く舌を出すと、いつもしっかりしているの顔から、少し幼い顔に戻る。

「いいの、いいの。オレってば、こう見えても・・・・・・」
「立派な陰陽師さんですもんねっ!」
 が先に“立派”まで付け足して言い切る。
「敵わないな〜」
「ほんとの事ですよ〜」
 境内で笑いあっていると、禰宜らしき人物が近づいてくる。

「・・・・・・珍しい方がお出でのようですね。ようこそお越し下さいました」
「あ・・・どうも」
 軽く頭を下げる景時。
 お互いの力量は手に取るように判ってしまう。
「・・・修行というには、こちらではお相手できる者は居りませんが・・・・・・」
 一度は廃れてしまった陰陽道である。
 力のある術者はそうそう育っていないし、大半の資料が欠けてしまって現在に至る。
「いえ・・・五行の気を見に来た・・・というのが正しいのかな。京都は・・・気の廻りが途絶えて
いる場所と、そうでない場所があるようですし・・・・・・」
「そうでしたか。お時間はございますか?」
 何やら教えてくれそうな雰囲気に、景時がを窺えば、黙って頷かれた。
「・・・はい。今日はもう予定は無いので」
「それでは奥へどうぞ。まだ三箇日ですので、表は少々混雑しておりますから」
 小さいながらもそれなりに人々がお参りをしている境内から社務所へと案内される。


「景時さん・・・あの・・・・・・」
 この場所へ来たがったのはなのだ。
 けれど、思わぬ方向へと話が進んでしまっている。
「ん。大丈夫だよ。実はさ、オレにしてみれば渡りに船って感じ」
 予定通りなのだと告げる景時の言葉に安心したのか、が胸を撫で下ろす。
「よかった・・・私の所為でヘンな事になっちゃったのかなって」
「どちらかといえばオレの所為かな〜。オレがこの辺りの気を調べていたから」
「えっ・・・・・・・・・・・・」
 言葉が出なくなったの手を引き、部屋の中へと入った。





「ようこそお出で下さいました。・・・名は名乗らずともよろしいですよ?何か事情がおありなので
しょう。こちらで気を調べた程のお方ですから・・・・・・」
 いきなり“気を調べた”などという人物は初めてである。
 先程案内をしてくれた禰宜よりも格が上の人物に軽く頭を下げられた。恐らく宮司なのだろう。
 静かに景時が頭を下げた。
「オレは梶原景時と申します。事情はあるにはあるんですが・・・名前を隠すような事情ではないので。
出来ればこの社の由来と、水脈を護っていらした話を伺いたいなと思いまして」
 少しだけの背を押すと、も宮司へ頭を下げた。

「その・・・オレの大切な女性なんです。五行の気の影響を受けやすい体質で・・・それで・・・・・・」
 結界を張ると、少しだけの力の片鱗を具現化する景時。
 宮司は黙って頷いた。

「そういう事でしたか・・・それにしても・・・境内を歩かれただけでしょう?」
 参道から気配を感じていたのだ。だから禰宜を迎えに行かせた。
「まあ・・・そうですけど。水、ここで護っているでしょう?」
 軽く肩を竦めると、それ以外に答えは無いと言わんばかりに井戸の方向を指で指し示した。

「・・・・・・はっはっは。面白い方ですね。いいでしょう。確かにこの地を鎮守して参りました。普通は
外の方に話すことではないですが・・・・・・春を迎えたばかりですから」
 景時によって結界を張られているのだ。
 席を勧めると、そのまま陰で水脈を護っていた事などを語りだした。


「つまり・・・水の出口が塞がれてしまったのです。古くは貴船からの龍脈を。そして、アスファルトが土を、
人間の進化が木々を、空気を穢してしまった。火事は収めるものであって、火の意味を忘れてしまったのですよ。
他の土地よりはおけら火など風習として残ってはいますが」
 南へ抜ける水脈が寸断されてしまった。
 よって、龍脈か歪になってしまう。
 無理矢理ではあるが、井戸を出口として気を空へと放っていた。
「な〜るホド。ここって場所自体が結界で守護されてましたしね。・・・・・・鬼門封じでしょう?」
 京都御所が現在の場所へ移ったのは近代の話だ。
 平安期にはかなり西の地にあったのだ。よって、晴明神社の場所が御所の鬼門にあたる計算である。
 晴明が残したであろう呪いの名残を感じる。


(今でもって・・・・・・すごい呪いだよな・・・・・・)
 ご神体がどこかにあるのだろう。小さな気配ではあるが鳥居が境界線だ。
 境界線内で漂う神聖なる気配。


「数代前の宮司が、この辺りの土地を掘られた時に水脈の気の出口を変えたのですよ。地下鉄は便利ですがね」
 立ち上がると、禰宜に何やら手で指示をする。
「それと・・・この地の結界は私共で補いながら守護しております。晴明公の邸はここよりやや東でしたから。
かつて鬼門封じを施した場所がここだと伝わっております」
「あの・・・もしかして、邸の跡って小学校の傍のホテル辺りとか?」
 景時たちが宿泊しているホテルにあたる。
「・・・・・・お気づきでしたか。もしかして、お泊りは・・・・・・」
「はい。恐らく。年末に京都へ来た時から、歪みが酷い場所とそうではない場所があって。ホテルは・・・・・・
とても安定してましたから」
 に影響がまったくない部屋だったのだ。
 他の場所ではが多少気の波を受けてしまうのを景時が断って守っていた。



 その時、一度部屋を出ていた禰宜が小さな桐の箱を手に戻ってきた。
「そうそう、これをお持ちいただければ少しはお役に立てるのではないかと」
 差し出された箱を受け取ると、そのままへと手渡す景時。
「普通此方で配布させていただいているお守りとは別のものです。あれは私共で気を施すだけのものですが、
これは言い伝えがありまして、長い間お預かりしていたものなのです」
 見た目はただのお守り袋。
 中にある札の効果がまるで違うのは、景時にも判る。

 が不思議そうに目の前にかざして揺らして眺めている。
「これ・・・・・・なんだろう。懐かしい感じがする・・・・・・」
 も知っている感覚が指先から伝わるが、思い出せない。

 宮司が静かに微笑む。
「まさか・・・私の代で龍神の神子様にお目にかかれるとは思っておりませんでした。それは晴明公が残した
呪符ですよ。晴明公がご存命の時に書付と共に残されたモノです。・・・・・・どうぞ」
 今まで何も無かった宮司の手のひらに、文箱がひとつ。
 それを景時に向かって差し出す。

「・・・貴方ならばこの文箱は開けられると思います。誰にも開けられなかったし、代々これを受け継いできた
のがこの神社の宮司であり、陰陽師なのです」

 景時が手を伸ばす前に、ふわりと自然に景時の手のひらへ納まる文箱。
「うわ・・・・・・これ、オレが開けても?」
「ええ。文箱が貴方を選んだのですから、間違いないでしょう」

 数人の目に見守られながら、文箱の紐を解く景時。
 中からは一見普通の文。けれど、ざっと計算して千年の時を越えた文なのだ。
 料紙は色あせる事無く、あたかも、今書いたかの様で、とても信じられない。

「・・・これが?代々・・・・・・」
 文の墨はしっかりと過去を伝えていた。


「清めの花と似た作用があるらしいよ?」
 文から顔を上げると、景時がの疑問について説明した。
「あっ!そっか。あの時のスッキリした感じと似てたんだ〜〜〜。わ〜〜〜」
 の守り袋も同じく時を越えたものなのだろう。
 景時は再び続きを読み出した。







「お探しの答えは見つかりましたか?」
「・・・・・・その・・・いくつか質問をしても?」
 文を宮司へ差し出す景時。それは、読んでもかまわないという意思表示でもある。
「ええ。・・・・・・これは?」
「オレが持って帰るのもなんですし。それに・・・役目を終えれば消えるとありますから」
 宮司が文を読み終わるのを待つ間、の手にあるお守りに呪いを施す景時。
「・・・どうするの?」
「こうすれば、持ち忘れないからね〜」
 静かにの右腕にあてると、お守り袋がの体内へ取り込まれる。
「わっ!入っちゃったよ?!手品?手品なの?」
 まったく違和感はないし、景時がに悪事を働くとも思えない。
「ん〜っとね、これで頭痛がなくなるっていうお呪い。神社を出たらわかるよ?」
「ほんとに?すごぉ〜い」
 景時が言う事は、いとも簡単に信じる。手を叩いて喜んでいる。

「オレの力じゃないけどね。ね、ちゃん・・・・・・」
「何ですか?・・・・・・」
 景時を見上げたの目元を軽く手のひらで覆い隠す景時。
 ゆらりとが景時に寄りかかった。




「・・・神子様に聞かれたくないのですか?」
「ええ。彼女は・・・あまりにまっすぐで頑張ってしまうから。そして、オレの疑問は、本来このお守りの
役目をしていたはずの一族について・・・なんです」
 景時たちの背後に控えていた禰宜が姿を消すと、今までと違う空気に包まれる。



「え〜っと・・・・・・」
「あの禰宜でしたら大丈夫です。それに、もしもに供えて時空を変えさせていただきました」
 窓の外に日差しは無い。完全に遮断された空間にいるという事だ。

「やだなぁ〜、オレなんか足元にも及ばない・・・・・・」
 景時の比ではない力を見せ付けられ、溜息を吐く。
「いいえ。これは晴明公が残してくださった仕掛けの一つ。・・・随分とお取り巻きがお出での様でしたので」
 藤原家でつけさせているのであろう者達が、相変わらず景時との外出時にはいるのだ。
「あは・・・その・・・そんな感じなんですよね・・・・・・」
 気づかれているとは思っていたが、なんとも恥ずかしい。
「大変ですね・・・・・・質問の前に答えさせていただくと、龍脈を断ったのはあの一族です。だから・・・
ですよ。少なくとも、京都にいらっしゃる一族の方々からは後継者たる人物は誕生しないでしょう。自分たちで
龍脈を穢してしまったのですから」
 景時の目が見開かれた。
「それは、つまり・・・・・・」
「龍神から見放されたのですよ、あの一族は。・・・偶然力のある方が一時的にいたようですが・・・ね」
 文に書かれていた暗示めいた内容がすべて解けてしまった。


「それでは、あの後藤町の邸一帯は・・・・・・」
 歪みに歪んだ一帯。傍目には解らないが、の感覚を狂わせるには十分な狂いだ。
「出来もしない穢れ払いをしたからでしょう。・・・めったに女性が誕生しないのもそれが原因でしょうね」


(お父さんが言っていたのは、この事か・・・・・・)
 調べていたのは別の事だろうが、何らかのきっかけで片鱗を掴んでいたのだろう。
 雅幸の、星の一族をまったくあてにしていない態度と発言には根拠があったのだ。


「歪みを直す方法は・・・・・・」
 宮司は首を横に振る。
「古い時代からの歪みなのです。それが澱になってあの土地に染み付いている。我らの力ではとても・・・・・・」
 せめて浄化の手伝いをしたかったが、それは叶わないらしい。
 が、可能性は残されている。
「文に書かれていた事は、真実なのでしょうか?」
「・・・人はそんなに長く生きられませんから。ただ・・・・・・」
 これだけの呪いを施せるとなれば、書き手についての詐称は心配ない。
 問題は、誰も晴明に会った事は無いのだ。直接尋ねられればいいが、それこそ不可能。
 
「時は越えられずとも、異空間を移動する術を使ったという記録は残っています。もっとも、物語には当てもので
箱の中身を変化させたなど、普通は信じられない伝承ばかりですから。だからといって、それを否定する根拠も無い
といえば無いのでしょう」
 どちらでもいい。景時が決めるべきことだとでもいうように深く一度頷かれる。
 それでいて、不思議な力を見せ付けているのだから性質が悪い。
「我らの使命はただひとつなのですよ。“京の都を護れ”と・・・・・・それだけです。護ってくださる存在が現れ
たのです。微力ではございますが、私どもをお役立て下さい。地下の水脈の具現化の仕方は・・・こちらに」
 宮司の手より小さな水球が景時へと移動する。
「・・・これが・・・晴明公の残した・・・・・・」
 京都の地下を走る水脈の力である。にとって役立つに違いない。
 穢れ無き水の力───



 『星に連なる一族、その流れを分かつ。本流は道を誤り、その力を失う。支流は新たなる流れによりて力を取り戻す。
すべては龍神の導き。うつし世、歪みし時、その危機を救いし存在還る。その傍らには陰陽師あり。よって、我が力
ここに託す也。穢れの地に染まらぬ呪いを施し、先へ進め。清めの力消えし時まで』



 今一度、先程読んだ文の内容を反芻する。
(・・・陰陽師っていっても、オレとも限らないけどね。武士って書いてあるよりはオレっぽいし?)
 胸に手を当てれば、鼓動が響く。
(そう・・・判断は人にしか・・・オレにしか出来ない事・・・・・・)
 決意をした景時が両目を開いた。

「ま、そうですよね。・・・オレは信じる事にします。色々とありがとうございました」
 宮司へ頭を下げると、元の場所へと戻っていた。



「ここでお菓子を食べながら談笑していた様に見えていたはずですので、その様に」
「はい」
 景時が指を鳴らすとが目覚める。
「あれ?私・・・・・・」
ちゃん。食べながら寝ちゃったの?」
 の手には晴明の五芒星印の食べかけのどら焼き。
「・・・やだ!恥ずかしいぃ」
 俯いて残りを食べ始める
 景時は時間が経っていない演技を始める。
 外にいる見張りたちには、景時たちはここで話し込んでいた様にしか見えていなかっただろう。


「それで・・・こちらの井戸の角度なんですが・・・・・・・。あれ、何ですか?」


 ひとつ、ひとつ丁寧に質問に答える宮司。
 ここで知りたい事はすべて答えてもらえた事になる。





 気合を入れなおして、次は必要なモノを揃えるために鳥羽へ向かった。






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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ

 あとがき:ここで陰陽道が出てくると。これで晴明さんブームも下火なのかしら・・・・・・。     (2006.06.08サイト掲載、2010.05.01一部修正)




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