希望の光





「それで?どうして伏見へ?・・・私と花梨に会ったのは偶然なのだが・・・・・・」
 翡翠は元々面倒事が嫌いな性格だ。自分から行動する気はなかった。
 景時とに実際に会うまでは・・・の話ではある。

「えっと・・・その・・・私が向こうの世界にいた時に我侭で新婚旅行をしてもらって。
来た場所が伏見だったんです。だから・・・・・・」
 が真っ赤になりつつも、伏見に拘った理由を説明する。
「え〜〜〜!いいなっ。新婚旅行までしたの〜?私なんて、何にも無かった〜!!!」
 花梨が羨ましそうに溜息を吐く。
「・・・花梨。羨ましがるのは後にしなさい。こちらではまだ・・・なのだね」
 翡翠も花梨との入籍を待ったのだ。事情はわかっているつもりだ。
「は、はい。でも・・・その・・・私は籍だけでも入れたかったんです。まさかあんな風に
なっちゃうなんて思っていなくて。星の一族なのに・・・・・・」
 信頼出来る一族だと思っていたのに、まさか景時との結婚について快く思われていない
とは考えていなかったのだ。
「ふむ。まあ・・・あの狐さんでは仕方ないか」
 自分で切り開くほどの度量は無い。
 経営者として成功しては見えるが、基盤を受け継いだだけだ。
 翡翠の視線が景時へと移る。

「景時はその手に“希望”をお持ちのようだ。それに、薄紅の姫君の父上は優秀でいらっしゃる。
狐さんに化かされる心配は無いと思うけれどね。その点はご安心を。私も精一杯サポートさせて
いただきますよ?何といっても、あの狐を慌てさせた貴女のためならば・・・ね?」
 翡翠とて、の過去の事件は知っている。

(お馬鹿な狐さんだ・・・・・・こちらの神子様の力は、花梨の比ではないよ。だからこそ、
景時なんだ。それもわからないとはねぇ・・・・・・)

「あわわ!そんな、私何も言ってな・・・・・・藤原さんの家では・・・きゃーーーーっ!」
 景時に抱きついたのを思い出し、が叫び声を上げた。
「何?!何、何、何?!真っ赤だよ〜、ちゃん。白状しちゃいなよ!」
 花梨が人の悪い笑みを浮かべた。

「・・・だって。屁理屈ばっかで。神子も居ないのに仕えるだの。神子だったのは私なのに、私が
嫌だなって思うことばかり言われるし。・・・景時さんに、酷い言い方ばっかりして。でも、
景時さんが・・・みっ、皆の前で・・・・・・」
 続きが言い難いので俯く。景時が頭を掻いた。
「はい。オレが全員の前でちゃんを抱きしめて主張しました。ちゃんはオレと!結婚する
んだぞ〜みたいに。恋敵が勢揃いでしたので。結婚式もどかんとこちらで派手にしようと、お父さん
にもお話したばかりです。皆様に祝っていただかないと・・・と思いまして」
 息を飲む花梨と、景時の想いを理解する翡翠。

「ひゃ〜〜〜!景時さんって、そういうタイプに見えないのにっ。いいね、素敵だね!ちゃん、
よかったね〜〜〜」
 花梨には、景時が翡翠の様な真似をする様には見えなかったのだ。
 けれど、の事となれば別らしいとわかる。

(それだけ真剣なんだよね。よ〜〜〜し!)
 花梨の箸を持つ手に力が入るのを見た翡翠が、こっそり溜息を吐いた。

「・・・花梨。めったな事は考えなくていい。・・・どうも白菊がかかわると、事が大きくなるね?」
 早めに釘を刺す翡翠。
「うわ、ヒドイ!こんなに真剣な二人を手伝わないなんて、ヒトデナシだよ。ありえないってば」
 両手を握り拳にし、翡翠に訴えかける花梨。
「わかったから・・・少し大人しくしなさい。・・・・・・どうしてこう落ち着きがないのか」
 花梨の手を包み込む様に軽く叩く。

「花梨さんは大切な時期なんですよ?私はお姉さんが出来て嬉しいくらいです。心配しないで下さい」
 京都では悔しい思いもしたが、それ以上に多くの良い人々に出会えたと思う。
ちゃん・・・・・・」
 穏やかに微笑むを見た花梨が静かになる。

「翡翠さん。花梨さん。・・・私、お二人に会えたのは運命だと思うんです。だって、あの場所に、
あの時間にすれ違わなかったら、会えないんですよ?そんな少ない確率で、こうして声をかけてもらえて。
無視する事だって、出来たじゃないですか。きっと、伏見の神様の御利益!」
 景時の手に手を重ねる
「・・・オレも・・・そう思います。お二人には藤原家に対する立場があると思います。それなのに、
こうして一緒にご飯食べてるって、それだけで有難いです」
 双方ともに具体的に目立った行動は起こしていないが、雅幸の口ぶりではいつ対立してもおかしくない。
 引き金を引いてしまうのは、恐らく晴純の方だろう。
 今回に限っては、雅幸が先に仕掛ける理由は無い。
 罠を準備していたとしても、引っかかる方が悪いのだ。

「困ったね・・・これでは私がとても頑張らないと妻に離縁されそうだ」
 花梨の頭を撫でると、食事を続ける翡翠。
「やった!初めからそう言えば、私もちょっとは暴れるの控えようかな〜とか思うのにさ」
「ちょっとでは無いよ。一切控えてくれ」
 まったく翡翠の想いが伝わらない花梨に、翡翠がこめかみの辺りを軽く指で押さえる。


「いいなぁ〜。やっぱりお二人素敵〜」
 何でも話し合えている、すぐに思っている事を伝え合う、そんな雰囲気が心地よい。
 隣をみれば、景時がに頷いて返した。
「そ、そう?翡翠さんってハッキリしないんだよ?」
 花梨の言葉で、残りの三人の表情が微妙なものになる。
 笑いたいのだ。けれど、それはしてはならないと堪える。
「ん?どうしたの?それよりぃ、今日の予定は?無ければ家でこのままおしゃべりしよ?夕飯は翡翠さんに
なんとかさせるから」
 花梨がどんどん話を一人で決めてしまう。

「・・・花梨。少しは返事を待ちなさい」
「え〜〜〜。だって、二択で悩む事ないじゃない。このままか帰るかだよ?」
 花梨にしてみれば、二つから選べばいいので事は簡単なのだ。
 三択だと少し頭を使うらしい。

「あの・・・ご迷惑でなければ・・・花梨さんとおしゃべりしたいです!」
 予定らしい予定など、明日までない。
 景時と二人もいいが、せっかく龍神の神子に会えたのだ。
 学校の友達とは出来ない話が、女同士でたくさんできるチャンスである。
「きゃ〜〜!ちゃん、可愛い!あっちの私の部屋でおしゃべりしよ。あ、翡翠さん。適当にデザート
なんかも用意してね」
 作るつもりはまったくないらしい花梨。

「はい、はい。姫君の仰せのままに。外に出ないでくれるだけ有り難いよ」
 行動範囲がかなり限定される。翡翠の心臓も大分休まりそうだ。
「と、いうわけで。景時はこちらで私と・・・かな?」
「ぜひ、こちらでの生活のお話を。一応知識は龍神にもらったのですが・・・経験とは違うので」
 頷く翡翠。
「やはり君は頭がいいねぇ?自分の基準を持つのはいい事だよ。楽しくなりそうだ」

 元旦はのんびり過ごすのがいい。
 翡翠の隠れ家で、各々が有意義な時間を過ごした。








「今日は楽しかったですね!ここまで送ってもらっちゃったし」
 翡翠の部下によって、ホテルまで送り届けられた景時と
「だね。あ〜んな風にちゃんと家族になりたいな」
「そうですねっ!お腹いっぱい。あ、そうだ。パパたちは何してたのかな〜?寄ってみる?」
 もうすぐエレベーターが着いてしまう。
「新年のご挨拶をしないとね」
「あ!すっかりした気になってた。部屋にいるのかな〜〜〜」
 雅幸たちの部屋のチャイムを鳴らした。



「あら、帰って来たのね。夕飯は無いわよ?」
「・・・ご飯の話より、挨拶が先だよぅ。入れて」
 がさっさと部屋に入る。
 花奈は笑って手を部屋の方へ向けると、景時が頭を下げて入った。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 景時とがソファーで寛ぐ雅幸にそろって頭を下げた。

「・・・これはまたご丁寧に。私もしないといけないね?」
 花奈を手招きし、雅幸も立ち上がって景時とへ同じ挨拶を返した。

「ま、挨拶は挨拶として。お茶でもどうだい?今日は伏見へ行ったのかい?」
 雅幸が言うより早く、花奈はお茶の用意を始めている。
「知ってて聞くなんて、パパってヒネヒネ〜」
 景時の手を引きながら、隣のソファーへ座る。景時も隣に腰を降ろした。
「まあ・・・ね。まったくの偶然だけど、行き先は知っていたし、会わなくもないとは思っていたよ」
 普段着の雅幸が足を組んで座りなおす。
 先に置いてあったコーヒーカップの位置からして、雅幸と花奈は並んで座っていたらしいのが分かる。
「パパが一番の狸さんだよ、ほんと。・・・ママと初詣したの?」
 花奈が景時とにコーヒーを出した。

「・・・もちろん。手を繋いで詣でさせていただいたよ」
「あら。賭けに負けたのは雅幸さんですもの。そういう顔しなくてもいいんじゃない?」
 軽く雅幸の頬をつつくと、花奈もソファーに座った。
たちは楽しかった?初詣」
「うん!明日はおじ様たちがいる別荘へ行くの。ご挨拶に・・・あ、そうだ。着物持ってくる。脱いで
たたんだだけなんだよね〜」
 立ち上がると、は着物を取りに戻ってしまった。

「あら、あら。たためてるのかしら」
「大丈夫です。その・・・向こうでは着物でしたし・・・・・・」
「そういえばそうね。翡翠さんとお会いになったの?」
 花奈から尋ねられるとは思っていなかった景時。返事に間が空いてしまった。

「・・・はい。とても・・・頼りになる方でした」
 花奈が頷く隣で、雅幸が口元に拳を当てた。
「奥方には驚いただろう?実に活発な奥方様なんだ」
「はい。ちゃんと話があうようで・・・ずっと二人で楽しかったみたいです」
「みたい・・・です?」
 雅幸が首を傾げた。
「花梨ちゃんの部屋で二人で色々な話をしたらしいんですけど。内容はヒミツって言われました」
「そういう事か。じゃ、景時君は翡翠と二人で話をしたのか・・・面白い男だろう?」
 元が海賊なだけに、考えの幅の広さと頭の良さは会話も弾む。
「はい!」

 再び部屋のチャイムが鳴る。

「はい、はい。かしら」
 花奈が立つより早く景時がドアへと向かう。
 すぐにの手の荷物を受け取っていた。
「ありがと〜、景時さん」
「ごめんね?よく考えたら、二人分だったね」
 景時が着た着物もあるのだ。
「これくらい普通なの。私が景時さんの奥さんだもん。ママ、どこかにかける?」
「そうね、向こうに一緒にしましょうか。ママたちの着物もあるし」

 花奈が先に使っていない部屋のドアを開ける。
「うん。最後までしないと、来年着られなくなっちゃうもんね」
 が部屋に着物を置くと、景時も隣に置いた。
「あ、景時さんはいいよ?私がする〜。パパと遊んであげて?」
「遊ぶって・・・・・・」

 花奈もに同意する。
「そうね〜、雅幸さんも息子とお酒を飲みたかったみたいだし。少しだけ付き合ってあげて?」
「喜んで。オレ、誘ってみます」
 景時は元の客間へと戻った。


「手伝ってくれるの?」
 がたたんであった着物を広げる。
「ええ。これからはも覚えないといけないし。正絹は面倒だけど、きちんとお手入れすれば長く
着られるのよ」
 着物用のハンガーを取り出し、二人で着物の手入れを始めた。





「おや?景時君は追い出されてしまったのかい?」
 人の気配に雅幸が振り返る。
「はい。その・・・お正月ですし・・・少し飲みますか?」
「いいね。実はそのつもりで冷やしておいた。そこに座って」
 お正月用の限定酒を冷蔵庫に備えていたのだ。
 雅幸は立ち上がると冷蔵庫の扉を開く。
 景時は言われた通りに座って待つ。
 テーブルに並べられた御猪口が曇った。

「うわ・・・これも冷やして?」
「もちろん。この最初の一口が一番美味い」
 軽く瓶を開けると、二人分のお猪口に直接酒を注ぐ。
 小さな瓶も気温差で曇りだした。

「今年もよろしく。そうそう、言い忘れていたけど。先に籍だけいれるかもしれない。その時は
その様に・・・よろしく」
「は?」
 の卒業を待つために、一年後という話だったはずだ。
「戸籍も操作出来るくらいだからねぇ?先に証拠を残すのも大変なのだよ。外観が大切な場合も
大いに有り得るからね」
 何かの為の防御策のだと分かる。
 何かが起きないのが一番だが、先に出来る事はしておいた方がいい。
「はい!その方がオレも嬉しいです」
「あはは!もだろうねぇ。タブーなど、無いのかもしれないね」
 機嫌よく酒を飲む雅幸へ、無くなる頃に酒を注ぐ景時。


(・・・父上と酒を酌み交わすなら・・・こんな感じだったのかなぁ・・・・・・)
 雅幸にはさり気なく知略について教えられている。
 わざわざ用意して並べて教えられるのとは違う緊張と信頼。

(オレ・・・普通にちゃんの家族に混ざってる気がする・・・・・・)
 の父と母と思っていた。
 一番に景時を受け入れてくれたのは有川夫妻だが、景時を家族にしてくれたのは雅幸と花奈だ。
 遠い異世界に残してきた家族とは違う景時の新たな家族。


「・・・照れますね。オレ・・・自分の居場所があった事ってないんです・・・・・・」
 跡継ぎとしては失格だったのだ。跡継ぎで無いならば、居場所は無い。
 ただの血縁者としての存在。
 家はあったが、居場所はついに見つけられなかった。

(朔は・・・ずっと兄上ってオレの事を呼んでくれたんだよな・・・・・・)
 家族であると言われ続けている様で、嬉しい反面、逃げ出す事も出来なくなった。
 ただ、家を守らねばと、それだけを自分に言い聞かせて。


「居場所など・・・自分がいたい場所にいれば十分だと思うけどね。私は花奈と居場所を作ろうと
決めたけど?」
 軽く酒を飲み干す雅幸。

(もしかして・・・お父さんも同じ?)
 家の親戚とは顔を合わせていない。
 けれど、祖父母の様子からしてあまり普段から交流があるとも思えない。
 
(居場所を残して、居場所を作った人・・・・・・)
 京都の家を確保したのは両親のためであり、そこは雅幸の居場所とはしなかったのだ。

「オレ・・・運がイイので。人運っていうのかな・・・だから、大丈夫です。オレの守りたい人が
いる場所がオレの居場所です」
 名前こそ言わないが、景時にとって守りたい人は一人しかいない。
「それは、それは。こちらが照れてしまうね」


「ど〜してパパが照れるの?景時さん!お待たせっ!」
 景時の隣に音を立てて座る。しっかり景時の腕に腕を絡ませている。
「照れの元凶が戻ってきてしまった・・・は飲めなくてつまらないな」
 雅幸の頭部に、平手で花奈が圧力をかけた。
「まだ高校生の、しかも娘に何を言ってるの?はコーヒーで十分です。味もわからない人に
飲ませてももったいないでしょ?」
「ママ・・・それもなんか違う・・・・・・味覚の問題じゃないし・・・・・・」
 どこかとぼけている花奈にが項垂れた。
「あら、だって美味しいかわからない人に高いお酒飲ませても無駄じゃない。なんて、お酒
クサイっていつも逃げてるでしょ?」
 さり気なく花奈も飲む方に参加している。

「いいよ別に。そ〜だ!一人だけ豪華に紅茶にしよ〜〜っと」
 ひとり立ち上がり、お茶を淹れる

「やれ、やれ。どうしてこう・・・静かに外を眺めてとならないかな・・・・・・」
 景時とが来る前までは、雅幸と花奈は外を眺めてコーヒーを飲んでいたのだ。
 新しい年が無事に迎えられたと、静かに過ごしていたのだが───

「元来、娘とはこういうものかな?」
「自然と明るいのが・・・楽しいです」
 景時が返事をする頃に、が戻ってくる。
「な〜にぃ〜?三人でコソコソと」
 ついでに数枚のクッキーの袋を持ってきたらしく、そのままテーブルに置く。

「来年のお正月はがお節料理を作るって話さ」
「ええっ?!ママぁ〜〜〜〜」
 雅幸の言葉に、が花奈に助けを求める。
「そうね〜、それくらいしてもらわないと。楽しみだわ〜〜〜」
「そんなの、有り得ないよ。二人で旅行に行くからいないもんね〜だ!」
 景時の肩に寄りかかりながら、クッキーを頬張る。
「来年・・・かぁ・・・・・・」
 新年早々に来年の話である。景時にも想像が出来ない未来。

「とりあえず今年はのんびり家族団欒でいいじゃないか。明日の手土産は用意したのかい?」
「あ゛!すっかり忘れてた!」
 が背筋を伸ばして座り直す。
「・・・だろうと思ったよ。ママに用意してもらってあるから。部屋へ戻る時に持って行きなさい」
「さすがパパ!」
 が両手を合わせると、雅幸が溜息を吐いた。
「・・・こういう時だけ言わないで、いい加減に自分できちんと覚えなさい。まだ高校生とはいえ、
家を預かるつもりなのだろう?」
「はぁ〜い。ごめんなさい・・・・・・今度から気をつける」
 これからはだけの恥では無いと暗に言われたのがわかるからこそ、も反省しているのだ。

「・・・景時さん、ごめんね?」
「オレが気づかなきゃいけなかったね。ごめん、ごめん」
 一人にすべてを任せきりにするつもりはない。
「何でも二人で考えて決めなきゃいけないね〜〜〜」
 項垂れているの頭を軽く撫でる。
「・・・うん。ちょっとずつ覚えるね。いつもママがしてくれてたから」
「知ってたの。あら〜、知らないと思ってたわ」
 花奈が面白い事を聞いたとでもいう様に笑い出す。
「ママっ!そんなに笑わなくたって、いいでしょ。やっとわかったんだから・・・感謝してるもん」
「はい、はい。も色々覚えたようだし、雅幸さんもそれくらいにね?」
 花奈が雅幸の盃に酒を注いだ。
「・・・また私が悪者かい?新年早々、このパターンとは・・・参った!」
 額に手を当てながら酒を飲む雅幸。
「そ〜だよ。パパは先に言わないトコが意地悪なんですぅ〜だ!」
 調子づいたが言い返す、楽しいひと時を過ごした。







「明日は何を着ようかな〜」
 がクローゼットの中から服を選んでいる。
「これかな〜?えっとぉ・・・こっち?でも・・・これも・・・・・・」

 ハンガーを手にとっては戻す作業を繰り返しているを横目で見ながら、景時は自分の支度を整える。
 少しばかり鼻歌も出ている程度にご機嫌な状態。
 そのままバスルームでお湯を落としてからまた戻ってきた。

「あ!景時さんはお風呂じゃなくてシャワーね?酔いが回るよ〜」
「あらら。信用無いな〜。そんなに飲んでいないよ?お父さんだってそんなに飲んでないでしょ。いいお酒は
じっくり少しだけが美味しいんだな〜〜〜」
 景時が指を立てて解説する。
「・・・そういえば、景時さんって酔いつぶれたりした事無かった・・・・・・」
 

 仲間で飲んでいる時も、いつも介抱する側だった。
 九郎の様に寝てしまうことも無く、敦盛の様に頬を染めることも無く。
 ヒノエや将臣の様に饒舌になることも無く───


 景時の元へ駆け寄る
「あの・・・偶にはいいんですよ?べろべろんってなっちゃっても。その・・・羽目を外しても」
 景時の腰に抱きつき見上げれば、微笑み返されてしまった。

「うん。今日は飲んでる時点で羽目外しちゃってる。オレね、顔には出ないし、足にもこないんだよね。でもさ、
皆が笑ってるの見てるとやたら楽しくなっちゃうんだ。普段からヘラヘラだから、分かり難いでしょ」
 景時がに頬ずりする。
「・・・そういうのはホロ酔いっていうんです。もっと飲んだらって話なの!」
「もっと?う〜ん。飲まないんじゃなくて、飲めないのかなぁ?自然と止まるんだよね」
 景時の背を撫でる
「もぉ!心配だから、シャワーにして下さい。私は!お風呂に入りますけど」
「え〜〜〜、一緒じゃないの〜〜〜」
 ここでようやく景時が酔っている事に気づいた

(・・・もしかして、酔うととっても正直さん?)

「ダメです!景時さんを抱えられないもん。動けるうちに入ってください!」
「やだ」
 を離すどころか、益々腕の力を込められてしまう。
「景時さぁ〜ん?じゃ、こうしましょう。私は!お風呂。景時さんはシャワー。ね?」
「そんなの一緒じゃないし」
 酔っている割には騙されてくれない。
 次なる作戦を立てる

「そうだ!景時さんが先に入って、ぱぱっと出て。でね、後から私が出たら私の髪を乾かして下さい!
・・・・・・今日も可愛いの着るから」
「ホント?!じゃ、お先〜〜〜」
 上手く丸め込むと、は明日の服は最後に手にしたワンピースにしようと決めた。
 考えている時間は無くなったのだ。

(・・・景時さん、寝ちゃってくれるかな?)
 今度はベビードールを選びつつ、景時の気配を確かめる。

(大丈夫かな?・・・寝ちゃってくれるといいんだけど)
 アルコールで解放されている時に寝られれば気分もいいのでは?と単純に考える
 そう時間も経っていないと思うのに、景時の声がした。


ちゃ〜〜ん?どこぉ〜〜?え〜〜〜?置いてけぼり?オレ」


 寝室から慌てて飛び出すと、景時が両手を広げてを待受ける。
「いた〜!よかった」
 も景時を抱きしめた。
「いつもいますよ?景時さんの傍に」
「うん」
 景時の髪の雫がに落ちた。

「・・・景時さん。髪・・・濡れてる」
「あ・・・ごめん・・・・・・乾かします」
 首のタオルを手に取り、の濡れてしまった部分を軽く拭き取る。

「この後お風呂入るから、それはいいんですけど・・・乾かしてから寝て下さいね?」
「うん・・・・・・ちゃんの髪をね、乾かしたらね」
 ハンドタオルで髪の雫を拭く景時から、しっかりした返事が返ってきた。

「・・・パジャマに着替えるんだよ?風邪ひいちゃうから」
 きちんと前をあわせてあげたが、バスローブ姿のままでは疲れてしまう。
「うん・・・これでイ・・・・・・ちゃん、早くお風呂入ってきてね」
 
(・・・変な方向に酔ってません?)
 しっかりしているのだ。足も、返事も。ただ、発する言葉の内容に問題アリである。

「なるべく早く出るから。髪が先ですからね!」
「御意〜〜〜」
 約束したものの、心配で仕方ない。
 もさっさと入浴すべくバスルームへ向かった。





「う〜ん。口がヘン・・・・・・」
 いつもより滑らかな気がしてはいるのだが、止められない。
「お風呂上りのちゃんはぁ〜、いいニオイでふわふわ〜〜〜」
 妙な節をつけて歌いながら、言いつけを守って髪を乾かし始める景時。


「酔ってもいいって、初めて言われたなぁ・・・・・・」
 常に緊張を保てといわれて育てられた。
 頼朝の下で密命を実行していた頃は、更に・・・だ。
 相手より先に酔うなど、自らの命を危うくするだけである。

「いいんだ・・・オレ、酔っても・・・・・・」
 髪を乾かし終えた景時は、そのままソファーに転がる。

「いいんだってさ〜、酔っても」
 手を伸ばして天井を眺めれば、の手が優しく景時の目を覆った。



「うん。いいんだよ?私が待ってるから。うふふ。乾いてる。よかった」
 が景時の髪を撫でる。

「うわ〜!早い・・・ね?」
 ぼんやりの顔を眺めつつ、時計へ視線を移す。
 いつものなら、あと三十分は出てこない。
「そっかな?少しだけだよ。髪、乾かして下さい」
「も、もちろん!すぐに!」
 起き上がるとをソファーへ座らせた。



「景時さん、楽しい?」
「ん?何か言った?」
 風の音で聞こえなかったので、一度ドライヤーのスイッチをオフにして聞き返す。

「何も言ってないですよ?」
「あれ〜〜?おかしいな〜〜」
 再びの髪を乾かし始める景時。


(景時さん、酔うと可愛いかも)
 とにかく楽しそうなのだ。
 鼻歌の内容はわからないが、無意識に歌っているのだろう。

(楽しいならいいんだ〜〜〜。いいの、いいの。私の前では。皆にはヒミツ)
 も鼻歌が出てるのだが、ドライヤーの風でかき消される程度。


「お〜しまい!向こうへ行こう?」
「ダメです。これ片付けるから、先に行って下さいね?お水も飲みたいし」
「わかった〜〜」
 すっかり気が抜けている景時の様子が可愛くて、つい笑いが零れてしまう。


「大丈夫かな?」
 ドライヤーを片付けながら、冷蔵庫の水を飲んで寝室へ向かう。
 景時は先に眠っていた。


「か〜わいい!今日はゆっくり休んでね?いい夢を」
 軽く頬へキスをすると、景時の隣へ潜り込む。
 穏やかな元日の夜。
 後は初夢を見るだけ───







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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ

 あとがき:景時くんが酔うのがみたいぞって(笑)     (2006.03.20サイト掲載)




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