伏見稲荷にて 目覚まし音が聞こえる。 は首を動かすだけで、起きる気配が無い。 「う〜ん。もう少し眠らせてあげたいんだよな・・・・・・」 側にある目覚ましへ、どうにか手を伸ばす景時。 少し高めの電子音が止まった。 「・・・起こさないと・・・泣かせちゃいそうだよな・・・・・・」 何度も目覚ましを確認していたのだ。 必ず起きたいからこその行動であろう。 「・・・次のもそろそろかな」 眠っているを抱きしめ、軽くその頭を撫でる。 視線はがモーニングコールをセットした電話へ。 まもなくホテル備え付けの電話が鳴り、景時は素早く受話器を取ってから戻した。 「・・・ふぅ〜っ。・・・・・・参ったな・・・・・・」 休ませてあげたいが、起こす事に決めた景時。 の耳元で目覚めを促す。 「・・・おはよ、ちゃん。時間だよ?」 目覚めないのをいいことに、悪戯を加えることにした。 「おはよ、ちゃん・・・・・・」 まずは耳へ軽くキスする。 「おはよ、ちゃん・・・・・・」 続いて頬へキス。 何度か悪戯を繰り返すうちに、がぼんやり覚醒した。 「おはよ、ちゃん・・・・・・」 「んっ。はよ、景時さん・・・・・・」 腕を伸ばして、景時の輪郭を確認する。 「あ〜あ。起きちゃった・・・・・・次は唇って決めてたのにな」 「・・・何がですか?・・・・・・ふぁ〜〜〜〜」 両腕を伸ばして伸びをするの隙を突いて、景時がキスをした。 「・・・むぅ。ズルイ。ちゃんとしよ?」 「へ?」 目を閉じて待つ。景時は嬉しい誤算に、頬が緩みつつもしっかりとキスをした。 今朝は誰もがのんびりしているのだろう。 その中で、張り切って行動しているは目立つ。 「早く、早く!伏見へお参り行こう!」 手早く朝食を済ませて、地下鉄を乗り継いで移動をする。 街中もほとんどの店が開いていないせいか、静かなものだ。 「ふ〜ん。こんなに人がいないものなんだ・・・・・・」 「どうかな〜。だって、毎年テレビでランキングに入ってるよ?伏見稲荷。近くなったら混んでいそう」 明治神宮など、各地からの中継がされる神社の一つだ。 商売の神様として大変有名な伏見稲荷。移動は分散していても、行く場所は同じなのだ。 降車駅が近づくと、車窓からでも人混みが窺えた。 「うわ・・・これは・・・・・・ここに京都中の人が来てるみたいだね〜〜」 と手が離れたら、探すのは一苦労である。 「ですね〜。念のため、待ち合わせ場所を決めておきましょう?逸れたらそこに集合!」 流石にも離れない自信はないのか、自ら万が一の時のために提案をする。 生田の森での二の舞は御免だ。景時の手を煩わせたくは無い。 「・・・大丈夫。必ず見つけるから・・・・・・」 景時が繋いだ手に力を入れる。 「は、はい。その・・・お願いします」 真剣な表情に、それ以上は言葉を続けることが出来なかった。 「うわわ〜、帰りに寄り道しましょ?」 手を繋ぐどころか、景時がの腰をしっかりと抱えている。 いちゃいちゃに見えるといえば、見える。 けれど、景時が心配しているのがわかるので、も文句は言わない。 余所見をする余裕を見せるほどの絶対の信頼を寄せていた。 「あはは〜〜〜。ちゃんは寄り道好きだね!確かに・・・少しくらいは何か食べたいかな?」 緩やかな坂の裏参道に軒を連ねている商店街があり、太陽の下の賑わいは夜中とは違った高揚感が得られる。 「でしょ!でも・・・コンビニの肉まんも捨て難いかも」 「あらら。困ったね。帰りまでに決めないとねっ、とっ!」 に触れるのさえ許さないとばかりに景時がを護衛する。 急に押し寄せた波を除けた時だけは、強引にを引き寄せるしかなかった。 「ご、ごめんなさい」 景時に抱きつくような格好になってしまった。 「こういう場合は・・・ラッキーって言うんだよね?」 軽く片目を閉じる景時。 「普通だからラッキーじゃないよぉ。特別がラッキーなんですぅ」 「そう?じゃ、いつもしよ〜〜〜」 とぼけて歩き出す景時。その手は再び緩くの腰を支えたままだった。 「混んでる〜けど、地面は見えますね?」 いざ参拝という時に前方を見れば、人が圧縮するほどの混み様ではない。 「うん。神様の前で競い合ってもね〜。程々がいいよ」 無茶な押し合いをしない列に身を任せていると、自然と賽銭箱の前へたどり着く。 「ここは〜、商売の神様なんですよねっ!あ・・・・・・私、関係ない」 「まあ、まあ。何でもアリだよ、こういう所は。え〜っとね、ほら!家内安全とかあるしね」 からは見えないが、商売繁盛だけではないらしい。 「家内安全!家にピッタリ。家内安全にしよ〜〜っと」 願い事が決まったが軽く手のひらを打ち合わせると頭を下げた。 景時も黙って同じ動作をする。 (・・・・・・笑顔のちゃんと居られるのが・・・俺の家内安全です) 漠然としたものではない。が居なくては景時に“家庭”は無いのだ。 祈り終わると後者へ場所を譲り、そのまま境内を見て回る。 「おみくじぃ・・・どうしよ」 「一緒に引こうか?」 行列を見たためにが躊躇しているのだろうと、一緒を強調した。 「・・・並ぶよ?」 「いいよ。並ぶの嫌?」 首を横にふる。心配は別にあるらしい。 「じゃ、並ぼう!あの列がいいかな〜」 の手を引いて出来るだけ空いている列の最後尾に並ぶ。 「ドキドキするぅ」 一年の運試しだ。何が出るかは、それこそ運次第。 「そう?大丈夫でしょ。何があってもオレはちゃんといる〜〜〜」 満面の笑みを浮かべる景時を見たが赤面する。 「ずるい。そういうの・・・・・・私だっているもん。でも、これは、これなの!」 景時の言葉がとても嬉しいのだが、少しばかり素直に返事をしたくない。 「年末に二人の縁はぐるぐる結びになってるから。心配してないんだよね〜」 またも笑顔で景時がに微笑みかける。とうとうが折れた。 「どうしよ。一年待つの嫌だなぁ。・・・実質結婚出来る年なのにぃ」 親の承諾があれば結婚は可能なのだ。 学校側が認めるかどうかはまた別の次元の話であり、法的には問題ない。 が景時に抱きついた。 「うん?一緒に暮らしてるし。後は時間を待つだけなんだから・・・さ」 不安が無いわけではないが、に銃を向けたあの瞬間を思えば耐えられる。 を抱きしめながら、掴んだ幸せの大きさに酔っていた。 「あの・・・並んでますか?」 「は?」 振り返れば、後ろに並んでいるカップルらしき二人組みに声をかけられたのだと気づく。 前へ視線を戻せば、景時との前は列が進んでおり、かなり間が空いていた。 「あ、ごめんね〜。はい、はい。並んでます、並んでますよ〜〜〜」 そそくさと前へ進めば、次は景時たちの番だ。 が景時の腕を叩くと、景時が耳をへ寄せる。 「・・・やっちゃった!恥ずかしいね」 小声で後ろの二人を気にしながらもが告げる。 「いいの、いいの!新年はめでたいし〜」 後ろの二人など問題ではない。今日も遠くからの視線を感じているのだ。 「・・・外は恥ずかしいけど・・・京都は知り合いいないからいいや!」 いよいよ順番が回り、が先におみくじを引く。 続いて景時が引くのを待ってから、二人でその場を離れ、くじを開いた。 「中吉〜〜〜。努力しなさいだぁ」 この時期、大吉が多いはずなのに中吉である。微妙といえば微妙な運勢。 「・・・・・・オレも。努力しなさいかな?」 くじをに見せる景時。 「う〜ん。二人合わせたら大吉でいいよね!中が二個だもん。いいの。前向き、前向き!」 「そう、そう。帰りはどうする?」 参道を真っ直ぐ帰るか、寄り道するかで左右に分かれる。 「寄り道!何があるかな〜〜〜」 の心はもう商店街へと飛んでいるらしい。 「そうだなぁ。何か温かい飲み物とかいいね」 「でしょ!行こう〜」 そう急がずともかまわない。 のんびりと店先を見ては次の店先へと歩いていると、背後から叫び声が聞こえた。 「んぎゃっ!!!」 「えっ?!」 景時とが顔を見合わせ振り返ると、宙を舞う物体が二つ。 「景時さん!」 「任せて!」 キラキラと光る物体をが、白い物体を景時が無事にキャッチした。 「え〜っと・・・声は向こうからでしたよね?」 「あの二人かな?」 背の高い男性に支えられている女性が居た。 姿勢からして転びかかったのを支えられたのだとわかる。 「行ってみましょう!」 「そうだね〜」 景時とは、件の二人の方へ人混みを掻き分けながら近づいた。 「あの・・・大丈夫ですか?これ・・・飛んできたんですけど・・・・・・」 が携帯電話を女性へ差し出す。キラキラしていたものはストラップだった。 「わっ!ありがと〜〜〜。この人混みじゃ探せないかと・・・・・・」 両手で受け取ると、折りたたみを開いて待受け画面を見せるその女性。 「えっと・・・私の携帯の証明?」 隣に立つ男性と二人で撮った写真が待受けになっている。 「その・・・はい。壊れていなくてよかった・・・です・・・・・・」 景時も白い袋を差し出した。スーパーの袋に、買ったであろう食べ物が入っていた。 「わっ!そっちも?!ありがと〜・・・ございました。えっと・・・・・・」 どうみても自分より年上の男性と若い女性の二人連れ。 戸惑って連れ合いの男性を見上げると、軽く頭を叩かれる。 「すまなかったね・・・妻がご迷惑をおかけして。どうしてもあれもこれもと煩くてね」 「翡翠さんっ!お正月なんだから、楽しいでしょ〜〜。それより・・・・・・」 気になる気配を持った二人連れ。 ただし、質問の仕方によっては不気味にとられかねない。 「翡翠さん・・・あの・・・・・・」 「ああ、わかっているよ。・・・地の白虎殿は伏見がお好きかな?」 「えっ・・・それって・・・・・・」 今度はが景時を見上げた。 景時も気になっていたのだ。女性が包まれている龍神の神気と、男性が持つ四神の気配に。 「・・・その・・・思い当たる事があるにはあるんですが。雅幸という名前に心当たりは?」 の名前を告げるのは得策ではない。かといって、景時の名前では通じない。 他に共通点があり、不審ではないモノとすれば一つだけだ。 思い切って雅幸の名を告げる景時。 「そういう事か。それでは・・・隠れ家にご招待しよう。・・・後ろは気にしなくてもいい。 私の部下が何とかしてくれる。名乗り合うのは後にしよう、いいね?」 翡翠は花梨の手を取り前を歩き出す。景時もの手を取り、その後を着いて行った。 「近い・・・ですね」 普通のマンションである。ただし、意外にも伏見稲荷大社から近い。 「ああ。私が好きなのだよ、伏見が。邪魔されずに好きな場所に住むのは楽しいだろう?」 裏手にあたる入り口から素早くエレベーターに乗り込めば、最上階が二人の住まいらしく、 他の住人に会わない。エレベーター自体が直通で玄関の様なものなのだ。 花梨が玄関の鍵を開けると、景時とを招き入れる。 「どうぞ、どうぞ〜!何もないけど・・・お昼時だもの。何か食べていって!」 招かれるままに上がると、最後に翡翠が玄関を閉めた。 「え〜っと、お茶だよね。お茶」 リビングへ二人を案内すると、花梨はキッチンへと小走りする。 「あの・・・お構いなく・・・・・・」 が声をかけると、またもキッチンから叫び声が上がる。 「うぎゃっ!」 翡翠が額を押さえて立ち上がった。 「花梨。慌てなくていいから」 「でっ、でも!お客様って、あんまり来ないから・・・・・・」 半泣きで顔を上げる花梨。 も素早く立ち上がると、キッチンへと入る。 「あの・・・私しますよ?その・・・・・・」 零してしまった茶葉が広がる床。が振り返れば翡翠が立っていた。 「花梨は座っていなさい。私が片付けるから・・・さんだね?お願いしてもいいかな?」 「はい!新しいお茶は・・・・・・」 が戸惑っていると、視線で花梨がリビングへ行ったのを確認した翡翠が、高い棚から新しい お茶の袋を出して手渡した。 、 「これがいいな。花梨は今、大切な体でね・・・三ヶ月なのに落ち着きが無くて困っているんだ」 手早く零れている茶葉を掃き集める翡翠。 はお湯を沸かす準備をして、湯呑みを人数分揃える。 「わ!おめでとうございます。・・・さっき、大丈夫でした?伏見ですごい声・・・・・・」 翡翠が花梨を支えていたところしか見ていない。転んだ後か、転ぶ前かで大違いだ。 「・・・ああ。もちろん、転ばせたりはしないけれど。本人が手に持っていたものまではねぇ?」 「あはは。それはそうですよね。・・・さっきの、焼きソバでしたよね?お昼・・・何か作りますか?」 テーブルに置いてある焼きソバは二人分だ。景時とがいては食べ難いだろうと思われる。 「・・・招待したのに、作っていただくのかい?」 すっかり片付けを終えた翡翠が顎に手を当てて考えている。 「えっと・・・じゃあ。まずはお茶を飲んでからって事で!」 先に言った者勝ちとばかりにが予定を決める。 翡翠がリビングを見れば、心配そうに花梨が視線を向けていた。 「先に自己紹介をあちらでしないと妻が拗ねそうだ。申し訳ないね」 「いいえ!もうすぐお湯も沸きますから」 翡翠は先にリビングへ戻った。 「貴女に落ち着きがないばかりに、お客様にお茶を淹れていただくようだね?」 さり気なく花梨へ注意を促す。 「・・・はい。反省してます。ごめんなさい」 頭を下げる花梨。 先生と生徒の様な遣り取りに、つい景時も笑ってしまう。 「すまなかったね。彼女は雅幸殿の姫君なのだろう?つまり、君は・・・・・・」 景時が姿勢を正して翡翠へ向き合った。 「はい。お察しの通りかと・・・・・・」 「そう。後は姫君がお出でになってからがいいね」 翡翠と景時を交互に眺めていた花梨。 会話から伏見で思っていた事が正しいのだと、ひとり頷いていた。 「お待たせしました〜」 がお茶を淹れて来た。お茶を出す順番は翡翠、花梨、景時の順。 これには翡翠も苦笑いするしかなかった。 「お客様より先に頂いてしまったね?」 花梨の頬が膨らんだ。 「だってぇ!あんまりたくさんの事考えると、慌てちゃう」 「あ、あの!お茶の淹れ方だけはママ直伝で自信があるんです。だから・・・・・・」 が慌てて間に入ると、景時も追随する。 「そうなんですよ〜、ちゃんのお茶は美味しくてですね〜〜〜。毎日飲んでも飽きないかな〜」 翡翠と花梨が顔を見合わせる。 「すまなかったね。別に喧嘩を始めるわけではないが・・・・・・先に頂戴しよう」 翡翠がお茶を飲むのを見つめる三人。頷く様子に、花梨も湯呑みを手に取った。 「・・・うっそ!どうして〜?同じお茶だよね?」 花梨がへ視線を移す。 「えっ?お茶は・・・わからないですけど。お水も関係ありますよね。伏見は名水なんですよね」 お茶は出された茶葉を使ったのだから、には普段と同じか知りようも無い。 「花梨も正しいお茶の淹れ方を学んだ方がいいねぇ?」 翡翠が淹れるお茶と、花梨が淹れるお茶の味の違いは花梨にも自覚があった。 翡翠と比較されても無理と無視していた部分もある。 が、今日のお茶はが淹れたのだ。 「うわ〜、女らしぃ〜。私が高校生の頃なんて、な〜んにもしなかったよ?」 自慢にはならないが、素直に感心する花梨。 「えっと・・・その・・・ありがとうございます」 が俯く。景時はさっさと自分の分の湯呑みを手に取り、喉を潤していた。 「さて、本題に入ろうか。・・・さんだね?私は橘翡翠と名乗っているけれど、異世界から こちらへ来た二番目の地の白虎といった方がいいかな。こちらは妻で元龍神の神子の花梨」 長い髪を指で弄びながら、何でもない事のように自己紹介を済ませる。 「あっ・・・その・・・私もそうでした。元龍神の神子で・・・今は・・・高校生です。こちらは 景時さん・・・じゃなかった。婚約者の梶原景時さんです!」 先方に先に素性を知られているので、しっかり景時をフルネームで紹介し直す。 「そう・・・君がそうなのか・・・・・・」 不躾にならない程度に景時の姿をさらりと観察する翡翠。 お互い、相手については観察済みだ。 微妙な空気が流れた時、先に翡翠が笑い出した。 「はっはっは!狐と狸の前で宣言して来たのは君か。実に痛快だね」 翡翠の様子に、景時が空気が抜けた風船のように脱力する。 「薄紅の姫君。狐を言い負かして来たそうだね?・・・私も昼食会へ行くべきだったかな?」 翡翠が体を折って笑っている。その背を音がする程に大きく叩く花梨。 「行きたくないって我侭言っておいて!何言っちゃってるんですか!!!大体翡翠さんが我侭を言わな ければ、もっと早くちゃんに会えたのにぃ〜〜〜」 「・・・そうだったね。すまなかった。景時・・・と呼ばせてもらっても?」 「は、はい。何でもどうぞ!」 急いで返事をする景時。 雅幸の話によれば曲者らしいが、相手が心を開いてくれたのだ。警戒する理由は無い。 まだ笑いが残る表情の翡翠が景時を見た。 「花梨がね、暴れて話をややこしくしそうだったし、私は狸に会いたくなくてね。いつも薄紅の姫の 父君にはお世話になってはいたんだが・・・今回の集まりは遠慮をさせていただいたのだよ」 目尻の涙を軽く拭いながら、今度はへ視線を合わせる翡翠。 あまりの言われように花梨は怒りたいのだが、お客様の前だ。堪えぶりが右手の拳でわかる。 「えっと、パパは捻くれ者さんなので。いつもお世話になってます」 が頭を下げると、翡翠の瞳が見開かれた。 「・・・しっかりした姫君だねぇ。これからは、私も個人的に二人に協力させていただこう。昨年の お詫びもあるし・・・ね」 「ありがとうございます!」 今度は景時が頭を下げる。間違いなく頼れる味方を見つけたのだ。 しかも、景時と同じ異世界から来た人物。 「そう畏まったものでもないよ。・・・さて、花梨はこれが食べたかったのだね?」 テーブルにある焼きソバを指差す翡翠。 「あっ!そっ、そうなんだけど・・・これはこれで、別に昼食を・・・・・・」 景時とを招待したのだ。これだけで四人分にはなりえない。 「はいっ!冷蔵庫を漁ってもいいですか?何か作ります。そのぅ・・・あまり上手とはいえないです けど、お邪魔してるし。花梨さんは大切な体だし!」 手を上げて宣言する。 先に翡翠には仮承諾を得ているので、後はこの家の主婦の花梨の許可だけだ。 「ええっ?!どうして知ってるのぉ。・・・翡翠さん!!!またしゃべったんだね!」 妊娠について言われたくないかの様に翡翠の膝を抓る花梨。 「・・・そう怒るものではないよ?白菊は母としての自覚が無いから外堀から埋めているのだけれど」 そ知らぬ顔で軽く花梨の額へキスする翡翠。途端に花梨が大人しくなった。 「・・・また誤魔化された。いいよ、もう。ちゃん!一緒に作ろう?っていうか、教えてね」 「はい!こちらこそ、よろしくお願いしますね」 やはり女性が揃うと華がある。 二人は旧知の仲の様に、あれこれおしゃべりしながら料理を始めた。 「こちらは別の件で話を済ませないとね?」 「はい」 景時が座っていた場所を移動する。そう大声で話せる内容ではない。 「まずは君の疑問に答えようか。ここはね、花梨と私が気兼ねなく過ごせるように借りている部屋だ。 つまり、狸や狐には知られない様、自分の部下を使って準備をさせたから安全圏。それと、君達について いた虫も追い払ってある。・・・ここを知られるわけにはいかないからね。ついでの様なものだから、 気にしなくていい」 「はい。気配が無くなっていたから、それは。ただ、他にも・・・・・・」 その後ろには味方が居たはずなのだ。の父の部下までも撒いた事になってしまう。 「ああ。それは問題ない。元々私の部下がしていたし。私と交代・・・かな。昼食会以来、最後尾を固め ているのは私の部下達だから、私と行動している時点でここに居る事はわかっているだろう」 「それじゃ!」 翡翠が軽く頷いた。 「そうだね。今回の事は、すべて私ともう一人の地の白虎が協力させていただいている。初めは雅幸殿の 頼みだったからだが・・・・・・君は面白いねぇ?陰陽師でもあるんだって?」 見張られていたのが翡翠の部下というならば、すべて筒抜けなのだろう。 聞かれた事には偽り無く答えようと腹を決めた。 「はい。その・・・そう大層なものではないですが。京都の気脈が見える程度にはこちらでも力を使え そうです。ただし、歪みが酷いので、大技は危険ですね。式神も小さなものなら何とか」 「それは、それは。妻と薄紅の姫君はあの通りだし。いつでも遊びにどうぞ。部下が勝手に害虫駆除を するから連絡無しで構わないよ。まずは番号の交換かな」 およそ翡翠らしからぬストラップの携帯電話が取り出される。 花梨の携帯についていたものと色違いのデザイン。 「私の白菊が煩くてね。浮気防止らしい」 景時の視線に気づいて、先に説明をする翡翠。 「い、いえ!その・・・そういうの、女の子は好きみたいですね」 景時も携帯電話を取り出し、ストラップを見せる。お手製のおそろいの品。 「その様だ」 キッチンの二人に知られない様、こちらで小さな笑いを零しあった。 「お待たせしました〜!向こうに用意が出来たよ?」 キッチンカウンターの前には食卓がある。いつの間にかずらりと料理が並べられていた。 「・・・それで?花梨は何を?」 確かに料理が並んでいるのだが、花梨が作るには無理がある料理もある。 「失礼だな〜、翡翠さんは。そりゃあ・・・少しは手伝ってるんだよ、これでも」 手伝ったと言い切れないのが正直者の所以だろう。 「そんな事ないですよ!ただ・・・和食三昧になっちゃいました。お正月だから、飽きちゃってます?」 カウンター越しにが心配そうに三人の顔を眺めていると、花梨が手を左右に振る。 「無い!飽きないよ〜。だって、私作れないし。昨日もね、ハンバーグ」 作るには作っているという部分を強調する花梨。 「・・・と、いうわけでね。花梨は食材を刻むのが嫌いなのだよ。包丁を使わない料理が得意でね」 花梨に睨まれても気にせず翡翠か席に着く。続いて景時も席に着いた。 「え〜っと、それならよかったです。お節とか、お蕎麦とか。年末年始の定番オンパレードの時って、 普通にコンビニで肉まんとか思っちゃうし」 最後のおかずをテーブルに並べる。 花梨は充実した食卓を眺めると、翡翠の嫌味はさっさと忘れ、先に席に着いていた。 「だよねっ!でね、景時さんの妹さんの話題で。めちゃ可愛いんだって。皆でデザートの食べ歩きしたい ね〜って盛り上がってたの」 翡翠と景時の視線が一瞬合った。 (・・・甘いものは別腹・・・・・・) 浮かんだ言葉は同じと思われるが、翡翠と景時は暗黙の内に飲み込んだ。 「お待たせで〜したっ!」 景時の隣の席にが座る。 「いただきま〜〜す!」 待ちきれなかった花梨が、誰よりも早く箸を手に取った。 花梨が食べたかった焼きソバは、見事にプチサイズのオムそばに変身をとげている。 「やれ、やれ。客人に作ってもらって、一番に箸をつけるなんてね・・・・・・」 「いえ!嬉しいです。喜んでもらえると、次も頑張るぞ〜って思いますから。私もお腹空きました〜」 花梨以外の三人は、声をそろえて挨拶をしてから箸を手に取り食事を始めた。 新年には、新しい出会い─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:これが書きたくて伏見だったって話も(笑)バレバレでしたね! (2006.02.25サイト掲載)