みんな仲良し 「へ〜。使い方簡単だね〜〜〜」 景時とは向かい合わせにカフェのテーブルに着いている。 「・・・・・・どぉ〜して見ただけでわかるの?」 「どうしてって言われても・・・なんとなく?ホラ!」 景時がデジタルカメラをへ向けてシャッターを押す。 軽やかな音がしてが画面に納まった。 「うわ〜。ホントに簡単だ。コレってスゴイね〜」 感心したように景時だけがデジタルカメラの画像を眺めている。 「やだぁ!変な顔でしょ。ね〜ってば!私が景時さんの写真を欲しかったんだよ〜」 必死にが手を伸ばしても、軽くかわされてしまい画像は見せてもらえない。 「これはさ、プリンターを早く買わないと!!!」 ひとり顎に手を当てて頷く景時。 「プリンター後でいいですよぉ。だから!私も撮るっ。撮るの!」 「え〜?オレ?う〜ん。顔の練習したらね。これは大きく印刷して部屋に貼らないと。待てよ・・・・・・」 の話を聞かずに一人想像の世界へ飛び立つ景時。 「ええっ?!景時さん?かーげーとぉーきぃーさんっ!何考えてるんですか!アイドルのポスターじゃ ないんだから、そんな大きくして貼らなくても・・・・・・」 時々景時の愛情が脱線するのには慣れたが、部屋中にの顔のアップは勘弁して欲しい。 本当にやりかねない凝性なのが景時なのだ。 「ね?毎日一緒なんだしぃ〜。写真は・・・ホラ!景時さんがお仕事してて、私が学校で離れている時 に顔を見たいな〜って。そういう時に眺めると・・・・・・」 「ああ!そうね、そうだね!声までついていると嬉しいよねっ。携帯あるしね」 が何を言っても墓穴を掘るだけだった。 「・・・・・・景時さん。日暮れまでちょっと時間あるし伏見に行きませんか?墨染のトコにね・・・・・・」 景時の頭上にだけに耳が見えた。 「ほんと?行く?一緒に行こうか〜。どこか似てるといいね?」 「景時さんたら!デジカメの話は聞えないフリなのにぃ」 が手を伸ばすと、手のひらへデジタルカメラが置かれた。 「そういう訳じゃないけど。都一番の絵師だって、こんなにそっくりの絵なんて描けないだろうしさ」 「う〜ん。写真・・・可愛く修正して欲しいなぁ」 「そんな必要はナシ!そのままで可愛いんだから。じゃ、行こうか!」 景時が立ち上がるのにつられても立ち上がる。 「場所・・・わかるの?地図と地下鉄マップ・・・・・・」 がバッグの中を探そうとすると、その手を取られた。 「新幹線で見てたからほぼ大丈夫。任せといて!・・・それじゃ、少し二人で散歩してきます」 隣のテーブルに座る雅幸と花奈へ了解を取り付ける。 「ああ。人が多いだろうから気をつけて」 見送られながら地下街を歩いて移動した。 「ね、どうしてそんなに頭にするするって覚えられるの?」 が周囲を見回しながら景時に手を引かれている。 「さぁ〜?地図はほんとにパッと見て覚えないとって思っていたからかな?多分、家に帰りたい気持ち が強いからだと思うよ」 (そう。何があっても・・・家族だけは守りたいと、そう思っていたから───) 「うぅ〜ん。その能力を英語に活かせたらラッキーなのにぃ。今頃ペラペラ〜って。私ね、地下って迷子に なっちゃうんだ。横浜の地下でもダメ」 「あはは!大丈夫。オレがいるし。そこから出て、駅まで少し歩こうか」 鴨川の橋を渡り、電車に乗る。目指すは墨染。 「明日はね、八坂神社で初詣しよ?ママに着付けしてもらって、お蕎麦食べたら出かけようね」 「明日って晦日だよね?初詣は元日・・・・・・」 景時に向かってが指を立てて左右に小さく振る。 「ちがぁ〜うんです。零時で暦は変わるでしょ?だから!」 「あぁ!そういう事」 深夜の外出に少し戸惑うが、とならば悪くない。 「楽しみだね〜。何するのか興味あるなぁ」 「え〜っと。甘酒飲んで、おみくじ引くの!」 「・・・・・・神様にお祈りじゃないの?」 本来の詣では、この時代にはないのだろうかと尋ねる。 「そうだった!今年もいい事ありますようにぃ〜ってお賽銭投げてお祈りもするんだよ」 「もって・・・それじゃ神様の方がついでみたいだね〜」 このようにモノが溢れて便利な世界ならば、あるいは神に願わずともいいのだろうかと考える。 「えっとね、神様に頼むのは大きな事で。後は自分で頑張るの。だから、神様がついでじゃなくて、 神様にしか出来ない事は神様!後は自分〜〜〜」 が景時の腕に寄りかかる。 「ちゃんらしいなぁ。そっか。じゃ、オレもそうしよう」 他の人間がどう考えているかはわからない。けれど、これがの美点なのだと思う。 だからこそ、景時がいた世界へ飛ばされても前向きでいられたのだと。 「あのね、明日は清水とか神泉苑とかを昼間に行って、夜は平安神宮も行くでしょ?でね、一度戻って朝 起きたら伏見稲荷に行きましょうね!」 すっかりの中でスケジュールが立てられているらしい。 「そ〜だね。そうしよう!」 龍神縁の地。そして、景時にも覚えがある地名。の気遣いが嬉しかった。 「なぁ〜んにも無い!こんなに狭かった?」 「そうだね〜、周りに家がたくさんあるしね。あの頃は、周囲は野原だったし・・・・・・」 駅から五分のその場所は、見落としてしまうそうな程、こじんまりと路面に山門が面しているだけだった。 「桜の季節じゃないですしね〜。でも、行ってみよう!」 小さくてガッカリしたのかと思えば、にとっては違ったらしい。中へ中へと歩む。 「ありゃ?桜も縮小気味?プチになってる・・・・・・」 「ちゃん。桜はね、接木をしながら代が変わるんだよ?だから・・・・・・何百年も同じ木ってわけじゃない から、これも何代目かの桜なんだろうね」 の首が項垂れた。 「・・・なんだ。桜だけでもずっと同じかと思ったのに」 「ほら。ここも途中で再興されたものらしいね」 立て看板の文字を読み終えた景時が指差す。 「八百年は無理?」 「う〜ん。厳しいかな?でも、いいんじゃない?接がれても元は繋がってるよ」 「そっか!景時さんってスゴイ!ここで写真撮りましょう。誰か居ないかな〜〜。シャッター押して欲しい」 近くで野菜を売っていた人物を捕まえて、シャッターを頼む。 誰とでもすぐに仲良くなるのは、の特技かもしれない。 「ありがとうございました〜」 「いえ、いえ。お二人でご旅行ですか?」 「はい!新婚旅行なんです!」 これには景時の方が驚いてしまった。 周囲に人がいなくなってからに問いかける景時。 「え〜っと・・・いつから新婚旅行?」 「今だけ新婚旅行!京都にいる時くらい、奥さんじゃダメ?鎌倉だと学校っていう現実があるから無理だけど。 京都なら・・・京ならいいでしょ?ダメ・・・ですか?」 景時を見上げるの視線が揺れている。 「ど〜しよ。オレ、嬉しすぎかも」 誰も居ないのをいい事に、その場でを抱き締める。 「えへへ。えっとね、次は・・・・・・御香宮にしますか?それとも・・・・・・」 京で二人で歩いた地名をが思い出そうとしているのがわかる。 「この辺りを色々散策しようか!そういうのどうかな?」 「はい!私、迷子になっちゃうから。手を繋いで歩こ?」 そのまま辺りをのんびりと散策する。 途中会った親切な老人に由来を聞けたりすると、懐かしさが増す。 思い出の地を現代の時間で巡る旅を終えて、最後に電車の窓から伏見稲荷を横目に市街地へと戻った。 街中で少し体を温めるべくカフェに寄ると、景時の携帯が震えた。 「・・・あれ?誰だろ」 ポケットから携帯を取り出すと、将臣からだった。 「将臣君みたいだ・・・・・・あれ?切れちゃった」 「景時さんたら。かけなおしてみるのは?」 景時が携帯を顎に当てて考える。 「ここはちょっとなぁ・・・でも、ちゃんを一人にするのはヤダ」 店の外でかけるには、店内にを残すことになる。 チェーン店のカフェなので、客層は若い故に心配なのだ。 「大丈夫ですよ?ガラスだから見えるし。それに、二人で出たら席がなくなっちゃう!」 「う〜ん。じゃ、パパッと行ってくるね?」 わざとの髪に軽く触れてから携帯を手に持ち店外へ向かう景時。 それを観ている視線は二つあった。 「もしもし?あ、将臣君?ごめんね〜、なんか携帯が震えてるな〜って思っていたら切れちゃった」 正直に自分の非を詫びる景時。 『ああ。別にこの方が都合が良かったし?モノは相談なんだけど、明日は初詣行くんだろ?』 本日仕入れたばかりの話題だ。 「う、うん。ちゃんと着物でね、八坂神社とかいくつか行こうかって・・・・・・」 『俺たちも一緒にいくから。じゃ、詳しくは今から会おうぜ。またな!』 「ちょっ・・・会おうぜって・・・・・・将臣君?!」 切られてしまった携帯を片手に景時は立ち尽くす。すると、新たに携帯が鳴る。 「えっ?!この音ってちゃん?!」 慌てて振り返れば、先程まで自分が座っていた席に将臣が座って景時に向かって片手を上げた。 「・・・そういうワケね。人が悪いなぁ〜〜〜」 慌てて店内へ戻った。 「よっ!そこで見かけてさ。お邪魔してるぜ?・・・譲!こっちだ」 コーヒーを二つ手にした譲が、将臣とによってキープされた隣の席へとやって来た。 「こんにちは、景時さん。お邪魔してしまってすいません。でも、二人を探していたんですよ」 テーブルにコーヒーを置くと、将臣を軽く蹴る譲。将臣は隣の席へと移動した。 「え〜っと?探してたって?」 の正面の席へ腰を下ろし、話を聞く事にした。 「と、いうわけで。おじさんの携帯は通じないし。まぁ、うちのオヤジは別にそう心配はしてなかったけど。 母さんが煩くて。が怒っていたらどうするんだってな。で?おじさんたちは?」 「パパとママとは京都駅で午後にわかれたから知らな〜い。・・・あれれ?パパ、携帯使っていたような・・・・・・」 雅幸は知っていて特定の電話に出なかった事になる。 「ま、あれだ。おじさんは怒ってんだろうな。怒ってるフリっぽいけど。は怒ってんのか?景時は?」 と景時が首を傾げる。 「え〜っと?怒ってるけど・・・別におば様の事じゃないよ?」 「オレは別になんとも思ってないし?」 がテーブルを叩く。 「景時さんは怒ってもいいんですっ!あんなイヤミばっかダラダラ聞かされて」 「ん〜。でもさ、今日はね。ちゃんと新婚旅行した場所と同じトコ行ったんだよね〜。もうご機嫌!」 景時の言葉で、譲の眉が反応する。 「・・・その節は・・・騙してくれましたね」 「あはは〜!もう過ぎたコトは気にしない、気にしない!」 景時が笑って手をひらひらと振りながら誤魔化すと、譲も笑い出す。 「嘘ですよ。景時さんらしいな〜。母さんがほんと二人に悪かったって気にしてまして・・・・・・」 「おば様は悪くないもの。それより、明日の初詣は何時に行くの?私と景時さんはね、着物なの。あっ!」 が嬉しそうに景時に向かって手招きをする。景時はの近くへ顔を近づけた。 「シャッター係ゲット!一緒に撮ってもらお?」 譲へがデジタルカメラを手渡す。 「譲くん!撮って、撮って!二人の写真が欲しかったの」 譲は二人をフレームに収めると、軽く声をかけてからシャッターを切った。 「はい、撮れましたよ」 「ありがと。え〜っと・・・・・・」 操作が出来ないは、そのまま景時へデジタルカメラを手渡す。 景時は難なく画面を切り替えて、へ今の写真を見せた。 「やった!明日もよろしくね?着物で撮ってもらおうね」 「・・・・・・カメラ担当かよ・・・ま、母さんも見たいっていうだろうし。いいか」 将臣が大きな欠伸をする。 「将臣くん!口に手を添えるくらいしなよ。で?明日は何時にする〜?年越蕎麦食べてからでイイ?」 「ああ。適当。携帯持ってるだろ?俺たちは脱出したいだけだから」 面倒な挨拶や両親との年越をしたくない将臣。 譲は巻き添えに近いが、多少抜け出したい気持ちもあった。 「そ〜なんだ。じゃあ景時さんか私の携帯に電話してね。楽しみ〜。いつも鎌倉だったし。京都ってどんな 感じなんだろうね?」 やや冷めかけのカフェ・モカを飲みながらが景時の方へ視線を移した。 「そうだなぁ、オレも初めて尽くしだし。楽しもうね!」 「そうですねっ!初めてってドキドキする〜」 将臣と譲はお互いに視線を合わせて肩を竦めた。これ以上はお邪魔なようだ。 「んじゃ!景時。スリとか悪いヤツも多いから気をつけろよ?」 「ありがと〜!気をつけるよ」 将臣と譲は店を出て行った。 「・・・悪いコトしちゃったなぁ。メールくらいすればよかったかな」 景時が通りを駅方向へ歩く二人の後姿を首を捻って眺める。 「どうしてですか?」 「ん〜?たぶんね、紫子さんが気にして、二人はオレたちを探すように言われてあちこち探していたんだと 思うよ〜」 だからこそ駅の傍で会ったともいえる。すれ違いで二人も伏見方面へ行っていたのかもしれない。 「え゛え゛っ?!だったら電話でも・・・・・・」 「目を見て話さないといけない事もあるでしょ?そういう事には厳しそうだよね、紫子さん」 が可愛いというのもあるだろうが、紫子も兄の考えを初めて知ったという事もあるのだろう。 (まぁ・・・お父さんは知ってて無視で。行成さんは無視されているのに気づいてるってトコかな・・・・・・紫子さん は直系だからなぁ・・・気にするよね。うん) 「景時さんって・・・よく見てる・・・・・・スゴイ」 景時の洞察力もさることながら、人に対する気配りは真似出来ないほど細かい。 「そうじゃないけど・・・・・・。夕飯はお父さんたちと食べようね。今日は何かな〜?」 「何だろう〜?こんな豪華なの初めてだよ?今までで一番豪華な家族旅行!」 小さく笑う。 「・・・オレも家族?」 「もちろん家族!」 テーブルの上で手を繋いで笑いあった。 「そうだぁ〜!お豆腐のお店がいいなって思ってたのにぃ」 四条河原の繁華街辺りを目指して歩く景時と。 がガイドブックでチェックしていたお店を思い出した。 「そっか。じゃあ・・・そこは明日のお昼にしようか。予約とかしておいた方がいいのかな〜」 「そうですね!そっかぁ〜、そうすればよかったんだ」 が安心したようにまたも周囲を見回しながら景時に手を引かれて歩き出す。 「え〜っと?錦市場だっけ?」 「うん!でも・・・あんまり食べ歩きしちゃうとお夕飯食べられなくなっちゃう・・・・・・」 は市場で細々と惣菜を買って食べたいらしい。 つい目を細めての頭部を眺めてしまう景時。 「大丈夫!夕飯は少なめで頼めばいいよ!やっぱりさ、オレがバリバリ働いてこっちに家買わないとね。そうすれば、 長い休みの時はのんびりできるしさ」 「それ素敵!・・・でも・・・・・・・・・・・・」 が俯く。 「心配ナシ!大丈夫だって。その代わり、いつもオレと一緒じゃないとね。危ないから」 素早くの髪へキスをして、何も無かったように歩き出す。 「なっ・・・今・・・・・・!」 慌てて周囲を確認するが、年末の買出しで混雑している路地では、誰も気にしていないようだった。 「で?生麩だっけ。あるといいね」 「うん!お餅も食べたいなぁ」 店先で声をかけられては試食をしながら狭い通路を進む。 活気ある賑わいが京の町中の物売りたちを思い起こさせ、しばらく二人は喧騒を楽しんだ。 「・・・食べすぎちゃった。どうしよ〜〜〜」 両頬に手を当てて、ムンクの叫びのポーズをする。 「そうだね〜。夕飯は遅く食べるとか・・・・・・少なめ決定だね」 「いいや。パパに電話しよ〜っと」 携帯を取り出すと、雅幸へかける。 (あ・・・・・・お父さん、出てくれるかな?) 将臣たちの話だと、携帯は繋がらなかったらしい。 しかし、様子をみればすぐにが用件を話し出す。 (な〜んだ。やっぱりワザとかぁ・・・・・・それにしても。ちゃんだと早いです、お父さん) 雅幸の携帯は、からだけは鳴るように設定されているのだろう。 つい景時の口元が緩む。 「そうなの。でね、他にもコロッケ買っちゃった。だから!お夕飯はね・・・・・・ええっ?!そんなのアリ?」 が静かになる。 「う、うん。わかった。他にも買ってもイイんだよね。うん・・・・・・そ〜する。でも、デザートは食べたい!ありがと!」 携帯をバッグへしまうと、が景時の腕に飛びついた。 「あのね〜、私たちの分は食材を買えば作ってくれるって。これもそのまま出してくれるようにしてあるって。さっすが だよね〜、ママってば。パパがね〜、ママが『たちは買い食いしてるわよ』って言うから。そうホテルの人にお願い しておいてくれたんだって!」 「そうか〜。じゃあ!何か買い物して帰ろう?何だか京都に住んでいるみたいで、楽しいよね」 景時の提案に、が赤くなる。 「えっと・・・・・・夫婦に見えるかな?」 「そうだなぁ・・・・・・」 頬の辺りを指で掻く景時。 「見えなくても、オレが自分から言っちゃうからイイかなっ!行こうか!」 手を繋いで、また市場の通路へと戻り買い物をしてからホテルへ戻った。 雅幸たちの部屋のチャイムを鳴らすと、花奈が二人を迎え入れた。 「あ・・・お客様・・・・・・」 雅幸の前には、景時と同じ年齢くらいのスーツ姿の男性がひとり座っている。 「いいんだよ。、彼にその買い物袋を渡すといいよ」 雅幸が指し示す方向には小さなキッチンの設備が部屋に設えてあり、料理人が二人。 若い方の弟子と思われる料理人の方がたちへ駆け寄ってきた。 「・・・お預かりいたします」 「あ。は、はい。あの・・・・・・」 が持つ小さな袋には、出来上がっている惣菜が入っている。 景時の袋には、素材ばかりが入っていた。 「パパ?あの・・・・・・」 手招きされるままにテーブルへ歩み寄る。 「こちらは菊池君。老舗の料亭の経理担当ってトコロかな。あちらは彼のお兄さんで八代目の跡取さんとお弟子さん」 簡単に紹介され、は改めて菊池に向かう。 「はじめまして。です。いつもパパがお世話になってます!」 「・・・。その挨拶は変じゃないかな?」 雅幸が額を押さえる。菊池が笑い出した。 「え〜?パパってば我侭大王だから、きっと迷惑かけてるでしょ〜〜。正しい挨拶だよ。ね?ママ」 「そうねぇ・・・今日もご迷惑かけてしまったし。まさかこんな大袈裟な事になるなんて。美味しいから嬉しいのだけれど」 ホテルの一室に料理台を用意してしまっているのだ。しかも、年末の忙しい時に料理人に出張サービスをさせている。 「ほんとだ・・・・・・パパってば大迷惑だよ」 「いえ。いつもお世話になっているのは私共の方ですから。まさかご家族で京都へお出でとは知らなくて」 菊池が兄の方を向くと、兄も口添えをする。 「料亭といっても小さいですし。オヤジも現役なので、問題ないですよ。逆に、行って来いと追い出されました。味を受け 継げているか試されて来いと・・・・・・」 手を休める事無く、苦笑いしながら経緯を語った。 「う〜ん。本物の料理人さんの手元が見られるチャンス!見ててもイ〜ですか?」 「どうぞ。お料理もリクエストがあれば承りますよ」 「やった!」 コートをソファーへ脱ぎ捨てて、が料理をしている台の前に陣取った。 「まったく。の方が迷惑だろうに・・・・・・。菊池君、こちらは息子の景時だよ」 雅幸が景時の紹介をする。 「はじめまして。菊池洋二です」 「はじめまして。梶原・・・景時です」 菊池が雅幸へ視線を戻す。 「その・・・社長にご子息は・・・・・・」 「ああ。の婿殿だから息子。もう決まっている事だから、君にはそう紹介したんだ。こちらでの事はすべて君にお任せ したいと思ってね」 雅幸に手で案内され、景時は菊池の隣に腰を下ろした。 「景時君。京都は古い街だから、百年、二百年くらいじゃ古い家とはいえないんだよ。彼の家は古い家でね。こちらでの 通りもいい。色々教わるといいよ」 「はい!よろしくお願いします。オレ・・・こちらは殆ど初めてなんですよ」 菊池は呼ばれた理由がようやくわかった。 景時が雅幸の後継者だという事だ。そして、菊池に望まれている使命も─── 「よろしくお願いします。私でよければいつでも用事を申しつけ下さい」 「やっ、そっ、そんな。出来れば年齢も近そうだし・・・友達とか・・・そういうのがイイなぁ〜なんて」 景時の反応に、菊池の方が困ってしまう。 「そういわれましても・・・・・・」 「友達!友達でお願いします。それがイイ。うん、そうなんです。そうじゃないと・・・オレ・・・・・・」 雅幸との落差に、菊池の方が態度を変える準備が出来ないでいた。 「景時さぁ〜ん。味見して?こっちと、こっち。どっちが美味しい?」 テーブルでの遣り取りをまったく聞いていなかったが割り込んでくる。 箸できんぴらを景時の口へ運ぶ。 「パパとママも食べてみる?」 雅幸と花奈には小皿が出されただけだった。 「わかりやすいねぇ・・・は」 自分で箸を手に取り、二種類のきんぴらを食べる雅幸。 「私は右かな。上品な味だね」 静かに箸を置く。花奈も同じ意見らしい。隣で頷いていた。 「う〜ん。そうなんだ。景時さんは?どっち?」 景時の背にもたれながら返事を促す。 「オレは・・・こっちは普通に食べて美味しい。こっちは、いつかちゃんが作ってくれたおにぎりにするとすっごくイイと 思うよ〜。だから、どっちも美味しいかな?」 「そうなんだ〜〜〜。そっか!おにぎりかぁ・・・・・・わかった!松田さんの方はおにぎり風味なんだ〜」 がお皿を持って、また料理台の方へ戻る。 「やれ、やれ。に味試しされるとは・・・・・・それにしても。兄上は七代目の味をよく受け継いでおられるね。いい出来だ」 正月用の簡単な御節を作りつつ、本日の夕食も作っているのだ。 雅幸が選んだのは菊池の兄、賢一が作った方という事だろう。 もうひとつは弟子の松田がが買った食材で作ったと想像できる。 「ありがとうございます。父も最近ようやく兄に出汁まで任せるようになりまして」 菊池が頭を下げた。 雅幸に認められるのは大変だ。悪い時は何も言わない人物だからだ。 その雅幸が認めた景時はといえば、どちらの良い所も褒めた。 「社長は・・・僕を試しましたね?」 日本酒を飲んでいた雅幸の視線はが松田と料理をしている方を向いたままだ。 「いや・・・まだ・・・かな?」 花奈は隣で笑っている。今度はに何を食べさせられるのか、景時の身を案じつつも楽しみである。 「は面白いよ。ね?景時君」 景時が静かに笑った。 「いつも明るいですよ。“面白い”なんて聞えたら大変ですよ。お父さん、夕飯抜きかも?」 「・・・・・・誰も言うなよ?まだ食事前だ」 テーブルで笑いが起きた時、またもが小皿を手にやって来る。 「景時さん!今度はね、こっちとこっち。どっちが好き?」 の質問の仕方が変わっているのに気づく雅幸。 (懲りないねぇ・・・・・・) 「う〜んと・・・・・・好きなのはこっち!こっちがちゃん作だね」 「ええっ?!どうして?どうしてわかるの?だって・・・材料同じだよ?私は焼いただけ・・・・・・」 は焼いただけで材料を調えたのは松田。もうひとつは八代目が焼いたもの。 「えっと・・・ちゃんの気持ち分違うかな?」 顔を赤らめながらもしっかり景時が言い切る。 「や、やだぁ!恥かしいよぅ・・・でも・・・同じっポイのにぃ。ママにも試そ〜っと」 一度料理台へ戻り、また一口サイズの出し巻き卵を二つ小皿に載せてが戻って来た。 「ママはどっち?どっちが美味しい?」 花奈が食べる様子を見守る。 「気持ちこっちが美味しいかしら?」 花奈が指差したのは、八代目作の方。 「・・・パパも試す?」 やや頬を膨らませたがつまらなさそうに雅幸を見る。 「いや、やめておこう。どちらの答えを出しても姫君はお気に召さないだろう?」 「・・・んべっ。パパの意地悪。いいもん・・・無理して美味しいって言わせても仕方ないんだし・・・・・・」 が項垂れる。 「ちゃん。あのね、誰かのためって・・・この場合オレのためだったりするんだけど。オレがわかるだけじゃダメ? それにさ、同じ材料で同じ出来栄えなら違う人が作る意味がないよ?」 の手を取り、軽くその甲を叩く。 「えっと・・・・・・」 「ちゃんが作る意味は?」 首を傾け、の答えを待つ。 「景時さんに美味しいって喜んでもらいたいの!」 「うん。美味しいよ。ありがとう」 景時の笑顔に、今度はが真っ赤になった。 「わ、私・・・・・・麩の出来具合見てくるっ」 すっかり取り乱したは、料理台へと小走りに戻った。 「は落ち着きがないわねぇ・・・ごめんなさいね、菊池さん」 花奈が溜め息を吐いた。 「いいえ。真っ直ぐなお嬢さんですね。梶原さん・・・いえ、景時さんが羨ましいかな?」 菊池が隣の景時の顔を覗き込む。 「ええっ?!やっ、その・・・オレも名前で呼んでもイイのかな〜。よろしくね、洋二さん?」 二人の様子に雅幸が笑い出す。 「男同士で“さん”もなんだろう?呼び捨てでもいいんじゃないかい?」 「あ・・・そっか。そうですね〜。じゃあ、これからはそうします。オレの事は景時でいいです」 景時が手を出すと、菊池もしっかりと手を出し握手をした。 「そう・・・ですね。そうしますか」 京都での足固め。第一歩は順調─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:ただいま12/30って事で。カレンダーに追いつかれそう。 (2005.12.11サイト掲載)