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繋がりし絆 景時とが歩いてくるのを、車の前で待ち受ける雅幸と花奈。 「パパもママも!先に帰っちゃってズルイ!」 空いている方の手で、雅幸を指差す。 「・・・・・・人を指差すのは、お行儀が悪いよ?」 しれっとそれだけいうと、雅幸はさっさと車へ乗り込む。 車に近づくと景時の手を離れて、が母親に抱きついた。 「早かったわね?」 「うん!景時さんがね〜〜〜?・・・・・・わっ!」 叫び声を上げる。 玄関から駐車場まで景時とは手を繋いで歩いてきた。 では、その前は?─── 「やだぁ〜〜!皆の前で抱っこしてもらっちゃった!」 「えっ?!嫌だったの?」 の言葉に、景時が項垂れる。 「ちっ、ちがっ。あ、あの・・・あんな大勢の前で・・・や、もう・・・・・・恥かしいぃぃぃぃぃぃぃ」 しどろもどろに手を振り回して、最後はしゃがみこんでしまった。 「あ・・・そっち。それならいいや。オレのささやかな勝利宣言だし。お父さんを待たせてますし、車に 乗りましょうか」 景時は笑っている花奈へ声をかけると、しゃがんでいるを抱え上げて車へ乗せた。 屋敷を一通り見回すと、景時も乗り込んだ。 (オレは大切なもの、ひとつだけって決めたから。そんなにたくさんは持てないしね!) 先ほどの話を必至に両親に話して聞かせるをぼんやり眺めながら、景時はこちらの世界へ来る 決心をした日の事を思い出していた。 「ね〜、もう少し怒ろうよ、景時さぁ〜ん。ね?」 が景時の腕を掴んで揺すっても、ただ笑うばかり。ミラー越しに雅幸が声をかける。 「景時君?」 視線をゆっくりと鏡へ移し、雅幸と一瞬目を合わせた景時。 「結婚式は・・・どか〜んと派手に京都でもしないといけませんね」 「それで?」 景時の意図を考えながら雅幸が先を促す。 「ちゃんは可愛いから、何を着ても似合うと思うんですよね〜〜〜。ね?お母さん」 景時は花奈に同意を求める。花奈は笑うばかり。 「景時さん!さっきみたいのは、怒ってもいいんですよ?そういう話をしてたのにぃ・・・・・・」 が脱線してしまった話を戻すべく、またも件の話を持ち出した。 「だ・か・ら!結婚式は京都でもしてぇ〜、皆様にしっかり祝ってもらおうね!」 景時の満面の笑みを見てしまい、誤魔化すために俯く。 「・・・・・・いいもん。お祝いはうれしい事だからたくさんでも。それに、景時さんの奥さんって皆にみて もらえるって事だし・・・・・・」 自分こそが狙われているという自覚がない。どうしても景時中心に考えが戻るらしい。 「そこ!さっきの話はソコに繋がるんだな〜〜〜」 「ど〜して?」 立てた人差し指を左右にふる景時。 「・・・・・・夫婦ですって誓い合うのが結婚なんでしょ?それを祝ってもらうんだから。オレとしては、 堂々とちゃんと夫婦で、ずっと一緒です宣言のつもりなんだけどな〜」 ようやく話が繋がっていたとわかると、の機嫌が直った。 「えへへ。しよ〜、京都でも結婚式。神社とかでもいいよね〜〜〜」 肝心の祝ってもらうという部分について聞き逃しをしている。 祝わせるのと祝ってもらうのでは大違いだ。 雅幸だけが軽く口元に笑みを浮かべていた。 「星の一族さん家は終わったけど、パパのお家ってどんななの?パパが買い戻ししたんだよね?大きい お家なの?」 向かっている先の様子が気になりだしたのか、が雅幸に質問をした。 有川家で聞いた話が真実ならば、雅幸の一方的な『は京都へ来させない宣言』である。 親子の縁を切るとか、そういった深い溝は感じられない。 「もともとは・・・そうだね、家柄だけはよかったようなんだけれど・・・・・・」 戦後のどさくさで少しずつ土地の名義を書き換えられ、最後は屋敷があった土地まで親戚連中に銀行の 抵当へ入れられていた。雅幸が高校の頃には財産など殆ど無く、また両親は鷹揚で無頓着だった。 自力で大学へと考えたが、近くでは集中ができないと横浜へ出た。 「どうして横浜かといえば、経済の中心は東にあったから。でもね、東京は人が多そうで。騒々しいのは ごめんだ。一歩手前が私には丁度いいかなと横浜に決めたんだ」 バイトをしながらの大学生活。元々頭だけは学者肌の父親譲りで良かったらしく、何でもそこそこ出来た。 最初の資金運用は株。 「増やすなら、長い事待ってはいられないからね、手っ取り早いものから。それが大当たりで。すぐに学費 分くらいは稼いで、それを元手にさらに増やしたんだ。で、実家の土地屋敷を買い戻した。財産なんてもの は、住む場所があれば十分さ」 どうせならと、会社をいくつか興してみたらさらに大当たりだった。 「煩い親戚連中から離れるのと、出来れば見つからずに何かをしたかっただけなんだ。上手くいったもんだ」 大学を卒業して京都へ戻った。その時に入社したのが藤原グループの会社のひとつ。 別に、どこでもよかったのだ。自分の素性さえバレなければ。 複数の会社がある事や、資産を隠すには普通のサラリーマンに限る。 「普通にしていたのに、会長に見つかってしまってね。せっかく行成に会社を渡したのに、今度は会長から また会社を任されてしまったんだよ。面倒は嫌いなのにね。その時提示した条件が、普通のサラリーマン扱い をしてくれというものだったんだ。目立つのは、とにかく私にとって得策じゃなかったから」 勝手に作られていた借金の仕返しをしっかりと親戚連中へして、これで京都をいつ離れてもいいと思って いた矢先の横浜への転勤。自分の会社も放置しすぎではあったので、承知した。 「そうだな・・・・・・あれが無ければ花奈とは出会わなかったんだ。そう意味では、狡賢い親戚連中には感謝 すべきなのかな?」 今だから笑って話せる事もある。 「今でも行ってたの?パパだけ?」 「そうだね。藤原家へのご挨拶のついでくらいには」 絶縁したわけではない。 が小学生になって長期の休みがあっても京都にだけは連れてこなかっただけなのだ。 「ふぅ〜ん。でも、大きくなったら大丈夫だったんじゃない?」 小さな女の子は可愛いものだが、ある程度成長してしまえばそうそう相手にはしないだろうと思う。 「・・・・・・景時君なら分かると思うけれど。この街の気脈がにどう影響を及ぼすのかも心配だったのでね」 首都が東京へ移転されようとも、昔とすっかり風景が変わってしまおうとも。 この土地には脈々と龍脈の気流が流れている。 が将来の『龍神の神子』という事と、藤原家での温室破壊事件もあり遠ざけたのだ。 「そう・・・ですね。まして、正しく循環していないですから」 長い歴史で歪んでいる気脈。の爆発的に気を集めて放出する力は、の身体に負担がかかる。 「ふうん?でも、いいや。景時さんと一緒ならへ〜きだよ。向こうでもそうだったもん」 一番自分自身に無頓着なを心配しているのだ。雅幸も花奈も景時も。 は鼻歌を歌いながら景時にもたれて楽しそうで、すっかり新婚旅行気分の様子。 困った事だが、無自覚のモノに自覚させるほど困難な事は無い。 「・・・私にも見える力くらいあればよかったのに」 花奈がこっそり溜め息を吐く。 「いや・・・花奈に出ないですべてに譲ったのだろうね。君は悪くないよ」 雅幸が考えを述べる。 「そう・・・かしら?」 「それに、景時君しかにブレーキをかけられない。二人は離すべきではないだろうね」 (晴純さんがどのような手で来ても構いませんが、この街で二人は離さない方がいいですよ───) ミラー越しにはしゃぐと一緒に窓の外を眺めている景時を見る雅幸。 (星の一族の力など、今となっては不要なんですよ。歪んだ星の一族などはね) 「・・・嫌ねぇ。雅幸さんがそういう顔の時って、すっごい意地悪を考えてる時の顔だわ」 花奈が雅幸の頬をつついた。 「そうだったかな?何も君に意地悪をするわけじゃないから構わないだろう?」 のんびりとハンドルを右へきり、花奈を見ない。 「あまり跡取さんをからかってはダメよ?」 雅幸のしそうな事はわかっている。 今回のように家族に危害が加わるものだと、じんわり効く方法で相手をいびる。 「花奈こそ、私をどういう人間だと思っているんだろうねぇ?」 「最高の旦那様だけれど。自分より、家族に危害を加えられそうになると過剰反応だわね」 時々紫子と京都へ旅行した時に挨拶に訪れていたが、花奈もこの道は久しぶりである。 窓の外を眺めながら、昔の雅幸を思い出す。 雅幸を扱えるのは、今の会長くらいだろう。 公で比較される場面では、いつも晴純に僅差で負けるのだ。 負けようという意思を持っての負けである。 それ以外の場面では容赦なく晴純の会社を潰させたり邪魔をしていた事を知っている。 「どうかな・・・・・・私にとっての家族は、口では説明出来ないな・・・・・・・・・・・・」 藤原家と比べれば小さいが、それなりに大きな屋敷が見えてきた。 「ただ、金でしか痛みがわからない方には、金で教えて差し上げているだけだよ」 「・・・・・・今回は程々にね。紫子さんたちだって居たんだし、気になさるわ」 言っても無駄なら、せめて手加減しろとだけは言わないと後々心配である。 「さあ?行成辺りはもう覚悟してるさ。・・・・・・景時君、。あの上の家がそうだ」 京都の南、元の鳥羽離宮があった辺りになる。 「どれ〜?・・・・・・あれなの?!」 少し小高い丘にある建物は、家というよりは屋敷。 「そうだね。昔の貴族の別荘の名残なんじゃないのかな。そこまでは何も言い伝えが残っていないけれど。 あの建物自体は昭和のものらしいから、そんなに古くはないかな」 京都の基準で言えばそうだろう。しかし、の基準では相当に古い。 「・・・・・・パパ。お坊ちゃまだったんだね」 「あはは!言っただろう?見た目だけの没落した家だって」 そのまますぐに敷地内へ入り、車を玄関近くへと駐車した。 「さて。お昼はこっちで食べたいと言ってあるから、時間も丁度いいね」 雅幸がチャイムを鳴らさずに玄関を開ける。 「ただいま戻りましたよ。父さん、母さん」 すぐにそれとわかる人物が玄関へやって来る。 「まあ、まあ!花奈さんお久しぶりね」 の祖母にあたる温子が花奈の手を取った。 「よく来たな。えっと・・・・・・」 一名多いのは雅幸からの連絡で知っていた成範。 「はご存知ですよね。・・・・・・から紹介するといいよ」 雅幸は知らん顔で腕組みしている。 「うぅ。パパのケチんぼ。・・・・・・お久し・・・ぶりです。お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。あの・・・私の将来の旦那様の ・・・梶原景時さんデス」 真っ赤になりながらもしっかりと景時を紹介する。景時は黙って頭を下げた。 「・・・・・・は?」 しばしの間が空き、成範の脳内にも景時がの婚約者だと伝わったらしい。 「雅幸も突然可愛らしいお嫁さんを連れてきたものね。ちゃんだって素敵な旦那様を連れてきてもね?」 やはり女は度胸なのか、温子の方が素早く事の次第を理解し、尚且つ、景時をの夫と確定させていた。 「・・・ちゃんには驚かされるなぁ。もう、ちゃんとは呼べないかな?」 成範は、そういう事なら子供扱い出来ないと寂しそうである。 「やっ、その・・・まだまだ子供なので。はい、何とでも呼んで下さい」 記憶がない昔にしか会っていないのだ。しかし、そこは血縁者である。呼び方などどうでもいい。 「そうか。それは嬉しいねぇ。さてと、寒かったでしょう?・・・すぐに昼飯にするかい?」 「そうですね。食べながら話をしても差し支えなければ」 「どうしてそう固い口調なんだろうねぇ、この子は」 温子が雅幸の肩を叩く。 「・・・・・・朝から色々あったし、口調も簡単には戻りませんよ」 さっさと奥の部屋へ行ってしまう雅幸。 「あら、あら。ご機嫌斜めなのね?花奈さんも駄々っ子の子守が大変ね」 「いえ。とても頼りにしてます。今日のお昼はお母さんが?」 「そうなの。全部ではないけれど・・・・・・」 温子と花奈は話しながら台所の方へ。広い家ではあるが、お手伝いさんは一人しかいない。 「ちゃんはこの家を覚えているかな?最後に来たのはかなり小さかったからね。・・・・・・こちらですよ」 成範に手で先を示される景時。軽く頭を下げると、の手を取って後をついて歩く。 「・・・懐かしい感じの造りですね」 家は、昔ながらの日本家屋の二階建て造り。廊下があるのだ。 「そうですね・・・・・・。この家も雅幸が残したいと思ってくれなければ残らなかったかもしれない。私はどうもぼんやり していて、あれには苦労をかけてしまいました」 長い廊下の先には広い部屋があった。 客間だとわかるその場所で、さっさと雅幸が腰を下ろしていた。 「・・・雅幸。梶原さんに失礼だろう」 障子を開ける早々、成範が雅幸を窘めた。 「父さんの物言いの方が失礼ですよ?景時君は、いわば孫なんですから。お客様扱いしなくてもねぇ?」 成範が振り返って景時を見つめる。 「あ、その。何ていうか・・・・・・そう思っていただけるとオレも嬉しいです」 景時が照れながらもしっかり気持ちを告げた。 「私も・・・・・・普通がいい・・・なぁ・・・・・・」 景時に隠れながら、こそりとも思っていたことを口にする。 成範が微笑んだ。 「・・・・・・私の方が失礼だったかな?では、改めて。好きな場所にどうぞ。ただし、掘り炬燵だからね」 「えっ?!正座じゃなくていいの?ラッキー」 玄関で靴を脱いで心配だったのが、長時間の正座。 慣れている景時はいいだろうが、にとってはキツイ。 部屋の中央へ歩み寄り、ひらりと布団を捲る。 「わ・・・・・・足が痺れる心配しなくていいみたい」 ちゃっかりも座り、景時を手招きする。 「景時さん!広いから、二人で入れるからココ!ここがいいよ。お庭も雪が積もってて綺麗」 座ると硝子の部分から廊下を通り越し、さらに外との境の硝子の向こうの庭が見える。 「うん・・・・・・ここは静かですね」 誰も話さなければ、音らしい音は生活音以外にはなさそうだ。 「そうだろう?私はずっと学問一筋でね。文献の研究をしているんだよ。遠い昔の・・・・・・日本の歴史を伝えてくれる 片鱗を探してね」 「お祖父ちゃんって、学者さん?」 職業が気になったのか、が尋ねる。 「そうなのかな?時々は大学で講義をしたりしているが・・・・・・日頃は何もしとらんよ」 「ふ〜ん。難しそ・・・・・・」 顔を顰めた。が、突然明るい表情になり手を叩く。 「そ〜だ!お祖父ちゃんに勉強教われるかも!えへへ」 「私にかい?ちゃんの役に立てたら嬉しいねぇ」 障子が開いて、温子が盆を持って現れる。 「ちゃん。お祖父さんに聞いたら三時間は話されちゃうから止めた方がいいわよ〜。専門馬鹿っていうのかしら。 ちっともわかんない話をして喜んでいるのよ?いつも編集者の方にもご迷惑ばかりかけてるの」 小さな器を次々と並べだす。 「わ〜、私も手伝います!」 「ありがとう、ちゃん」 見よう見真似で、同じように各自の前に器を並べていく。 「懐石・・・なのかな?でも、一度に全部出しちゃうの?」 「お祖父さんは、待つのは嫌いな人なの。ね?」 成範が眉間に皺を寄せる。 「そう、余計なことは言わんでいい!」 「でも、こんなにたくさんで可愛いなら、私も一度に全部食べたいかも」 遅れて花奈も吸い物を盆にのせて現れた。 「あら、ったら。働き者のふりしてるわね?」 「そんなことないもん!いつも、ちゃんとしてますよぉ〜だ!」 ふざけながらもすべてを並べ終えて、食事を始める。 「それで?梶原さんが八葉のひとり・・・なんだね?まさかあの梶原さん・・・とはねぇ」 成範は日本史に詳しいのか、景時の顔を眺める。 「父さん、そう見るもんじゃないよ。私も名前で驚きはしたけれどね」 今度は雅幸が成範を窘めた。 「そうは言っても・・・・・・本当に別の世界があるなんてなぁ。竹取物語も、実話なのかもしれん・・・・・・」 成範は、ぶつぶつと考え込んでしまった。 「やれ、やれ。話にはならなさそうだ。景時君、すまないね。父は・・・もしかすると星の一族よりも伝承には詳しくてね。 古い京都の文献を調べるのが趣味で仕事なんだ。史学とも文学ともつかない内容・・・かな」 久しぶりに見る千枚漬に箸を伸ばし、音を立てて食べている雅幸。 「それじゃ・・・・・・」 「そう。私は別に星の一族がどうなんて、関係ないよ。だから気にしなくていいと言ったんだ。あちらには、もう力のある 跡継ぎも居なければ占者も居ない。・・・有川家とはこれまで通りのお付き合いを続けるけれどね。予言はもうないの だから、無理にあわせる必要もなくてね」 苦笑いするしかない景時。 「景時さんは景時さんだもん!ココの景時さんとか関係ないもん。私が知ってるのは、今私の隣にいる景時さんだけ なんだから。ややこしくしないで!」 が口を挟んだ。 「もう。の方が早口言葉みたい。そんなに景時さんの名前を連呼してややこしいのはの方よ?」 「はうぅ。だって、こっちの人とか変な事言うから・・・・・・。私の景時さんは、ここにいる景時さんだけなのっ!」 これ以上は近づけないという距離まで景時の方へ寄る。 「おい、おい。それじゃ景時君が食べ難いだろう?」 景時の右手側にが座っているので、空きがないと食べ難いのは確かだ。 「それじゃ・・・こうしますので」 しっかりに腕を組まれたままで食べ続ける景時。別に不自由もなさそうだった。 「面白いねぇ、景時君は」 景時の行動は、誰にも角が立たない。も満足だし、周囲も睦まじいのを見せ付けられて怒るはずもないのだ。 (不思議な人だねぇ・・・・・・透明か・・・・・・見習わないといけないかな?) 雅幸も、景時の影響か表情が和んでいた。 「それで?こちらには泊まらないの?いつまで京都にいる予定なの?」 温子が雅幸に問いかける。 「ま、適当に年始までこちらにいますよ。混雑は嫌いなので早めに帰ろうと思ってますけれどね」 「お着物はあるの?年始に着るなら・・・・・・」 雅幸が首を振った。 「そういうものはすべて花奈が用意してくれてるので。今回もこれでもう失礼しますよ」 「え〜〜っ。パパの部屋は?見たいよ〜、パパの部屋」 が口を挟む。 「・・・・・・はどうしてそう変なものが見たいんだい?」 花奈の部屋も見に行ったのだ。なぜ個人の部屋が見たいのだろうか? 「変かなぁ〜?部屋って、その人の空気を持ってるよ?パパの昔の写真とか見たいしぃ」 普通の事のようにが首を傾げる。 「ママは?ママはパパの部屋、知ってるの?」 花奈は諦めているのか、黙って頷いた。 「面白いかは次第ね?」 「え〜〜。それでも見たいぃぃぃぃ」 は雅幸が無理ならばと、温子の方を見る。 「廊下のつきあたりを右に行けば、全部雅幸が使ってた部屋よ」 「・・・・・・全部?パパってお部屋いくつもってるの?」 雅幸がと視線を合わせないように庭を眺める。 「・・・・・・いいよ、勝手に見ちゃうから」 「・・・待ちなさい。崩されても面倒だ。案内しよう。景時君も見るかい?欲しいモノがあればご自由にどうぞ」 立ち上がると、景時を手招きする雅幸。 「ずるぅ〜い!どうして景時さんにだけ“どうぞ”なのぉぉぉ」 「見ればわかるよ」 さっさと歩き出す雅幸。と景時はその後を追った。 「ここが何でも置き場。そうだね、主に本だね。古文書から株式投資本まで。本なら何でもここかな」 本棚にはぎっしりの本。さらに、入らない本はダンボールに半端に入れられていたり、床に積まれていたりしている。 「・・・・・・パパはお片づけ出来ない人なんだね」 白い目でが雅幸を見上げる。 「どうかな?適当にあるようだけれど、どこに何の本があるかは覚えているよ?母さんが余程移動させて掃除をして いなければの話だけれど」 はっきりいって、人間がひとり通れるだけの場所しか空いていない。 「こんなんじゃ地震があったら大変だよ」 「これだけぎっしりだと、重くてそうそう倒れないだろうねぇ・・・・・・」 の頭を軽く叩く。 「景時さ・・・・・・」 雅幸とが振り返ると、とある一箇所に釘付けになっている景時。 その本棚は、天文学から地理学、鉱石と景時の興味を惹く書籍で埋め尽くされていた。 「景時君、欲しい本があればいつでも持っていってくれてかまわないよ。こういうものは、そうそう新しければいいという モノでもないから、これでも十分に役に立つと思うしね」 「はいっ!図書館みたいですよね、ここ・・・・・・」 本棚に張り付く景時。 「・・・・・・景時さん。お家の空いてるお部屋をひとつ、本専用にしましょうね」 「えっ?!いいの?わ〜〜〜、ここの本全部読みたいなぁ〜〜〜」 が青ざめた。 「床・・・抜けない程度にして下さいね?」 壁が本棚で隠れているのだ。どれだけの本を読んだというのだろう。 「パパって・・・変人だよ、こんなに読んだなんて・・・・・・」 その場で回って部屋を見回す。本に囲まれた空間は、図書館よりも圧迫感がある。 「父さんの部屋よりマシと思うけれど。この家はね、テリトリーが分かれているんだ。廊下の向こうは父さんが全部使って いるんだ。私なんて少ないくらいだよ」 何でもない事のようにいうと、雅幸は本だらけの部屋を出て行く。 「ま、待ってパパ!景時さん、次いこう、次」 呼ばなければいつまでも本棚に張り付いていそうな景時の腕を取り、隣の部屋へ入る。 「・・・・・・パパは何がしたかった人?」 まるで関係ないモノ同士が混在している異空間としか言いようが無い部屋。 「そうだねぇ・・・芸術家は向いていないと早めにわかったけれど。スポーツもそれなりに・・・かな?」 使われていない楽器の数々に、見覚えのある道具まで様々なものが放置されている。 「パパも弓道してたの?」 「シャレでしたかな。“道”とつくものは、精神性を重んじるだろう?試しに一通りはしてみたのだけれど、面倒だったね」 諦めがいいのか、飽きっぽいのか?雅幸の場合はどちらとも言えそうだ。 「パパは科学者にもなれるね」 顕微鏡に望遠鏡、実験室のような器具まで揃っている。 「それは植物と遺伝子の研究をした時かな。景時君、こういうの好きかい?」 黙って首を縦に大きく振る景時。目はもう、面白いモノを見つけた子供のようだ。 「・・・・・・パパ。こういう普段いない場所じゃなくて。ふつ〜の部屋なんだよ、見たいのは」 「では、隣かな。一応向かいの部屋を倉庫にしているけれど、それはいいんだね?」 肩を竦めて、さらに隣の部屋へ移動する。 今までの溢れていたモノが嘘のように無い、机とベッドだけのシンプルな部屋だった。 「なぁ〜んにも置かないんだね」 「必要なものは出して使うからね」 さっそくが棚を見て回る。 「ないよ〜、アルバム。そういうのはどこ?」 ベッドに腰を下ろして欠伸をする雅幸を振り返る。 「ね〜、パパ!どこ?」 他に棚も引き出しも無いのだ。探しようがない。 「・・・ない。そういうものを大切だと思っていなかったんだよ。だから・・・・・・鎌倉にあるのが私の思い出だ」 「ええ〜?!そうなの?・・・・・・あっ!景時さんと写真撮ってない」 携帯でお互いを撮ったりはしたが、二人で撮った写真がない事に気づいた。 「え〜っと・・・携帯で撮ったよ?」 景時が携帯の待ち受けをに見せる。 ふざけて二人で撮ったりしたが、プリントアウトしたものは一枚もなかった。 「パパっ!デジカメ買いに行こうよ〜、皆で写真〜〜。ほらぁ」 座っている雅幸の手を引っ張る。 「カメラならどこかにあると思うけれど。デジカメなんてものは無かったからね。デジカメは花奈が持ってきてると思うよ」 「わ〜、いつ時代の人なんだろパパってば。でも、ママのじゃなくて私たち用のが欲しいなぁ」 雅幸がの頭を撫でる。 「そう言われてもね。が産まれる前までのものしかここにはないから。今日なら店も開いているだろうし、買い物に 行こうか」 景時との思い出をこれから記録するものが欲しいという意味だろう。 だったら、こちらで新しく始める二人に新しいモノを用意してあげたいと雅幸は思った。 「うん!」 が景時の手を取る。 「二人の想い出を残そう?でね〜、皆が来た時に見せびらかすの。向こうに写真持っていってもいいよね。デジカメは 持っていけなさそうだけど、写真なら平気そうじゃない?」 「これ・・・ダメなのかな?」 景時がと並んで撮って待ち受けに使っている画像を見る。 「や〜!もっと可愛い顔して写ってるのにしなきゃだもん。これ、突然シャッター切られたから変な顔だからヤダ〜」 景時としては、と頬を寄せて撮ったこの一枚をとても気に入っている。 「これは“写真”にはならないのかな?」 「出来るよ、パソコンとか使えば。そうだ〜、そういうモノ買って無かったね。鎌倉に帰ったら揃えましょうね!」 「もう帰ってしまうの?まだこちらにいるんでしょ?お着物姿・・・見たかったわ」 の手を離さない温子。 「・・・母さん。買い物に行くんですよ、無理を言わないで下さい」 今から着せ替えごっこが始まっては大変だ。雅幸が呆れ顔で止めに入る。 「お祖母ちゃん、私たちまだ京都にいるから。また来ると思うし。景時さんがパパの本とか欲しいっポイから」 成範が目を見開いて雅幸を見る。 「いいの・・・かい?」 「ええ。彼はすべてを託するに値する人物です。いつ景時君が来てもいいようにしておいていただけると」 「わかったよ。・・・景時君、いつでも雅幸の部屋のモノを見るなり持っていくなりするといい。大分古くて誇りっぽいだろう けれどね。百科事典などは、趣味でいくつもそろえたりしているから。大学生になってからは、揃えて邪魔になるとすぐに こちらへ送りつけられてね。倉庫代わりだよ、ここは」 に真意を気づかれないように、景時だけで来てもいいという意思を伝える。 「ありがとうございます!オレ・・・こう細々したもの大好きなんですよ」 「そ〜なの、お祖父ちゃん。向こうでもね、景時さんの秘密のお部屋あったんだよ〜〜〜。発明のお部屋が」 景時の腕にぶら下がりながら、が景時の発明好きを明かす。 「そうかい。それは・・・・・・家以外なら何でも分解なりしてくれてかまわんよ」 「あ、その・・・気をつけます・・・・・・」 景時が照れながら頭を掻いた。 を中心に動き始める─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:無事に対面終わり♪ようやく年末がくる?! (2005.10.17サイト掲載)