流転 「朝から機嫌がいいね。何かあったのかい?」 笑顔で景時と手を繋ぐ愛娘を見る雅幸。 「何もな〜いもん!変なパパ。ところで、藤原さんちってドコ?」 機嫌がいい理由は、景時を見張りつつイチャイチャしようという目論見なだけ。 「・・・そういえばそうだね。今の京都だと、元々は迎賓館辺りの土地だったらしいよ。平安末期に 嵐山の方で戦火を逃れて、南北朝の頃に藤原本家は市内へ戻ってるんだ。嵐山はそのまま別 荘があるけれどね。それからは時代の流れに従いつつ現在の場所・・・・・・昨日も通ったよ。覚え がないかい?」 景時を見上げる。景色を見てはいたが、邸を見た記憶はない。 「・・・・・・お邸って通ったっけ?」 「着物を買いに行った時の途中の・・・・・・」 賀茂川を渡る前の、塀に囲まれ竹林が見えた所が一軒の家とするならば相当に広い。 「そうだね。住所では“後藤町”となる辺りかな。そういう事さ」 (後の藤原で後藤ね・・・・・・いかにもだ) 町ひとつが藤原の土地という事になる。 (それを今でも守っている一族・・・・・・) 相手の大きさと歴史を改めて思い知らされる。 事業内容や現在の事については雅幸に話を聞いていたが、邸ひとつの歴史をとっても、景時の 頭の中で想像していたものと現実はかけ離れていた。 「ぜんっぜんわかんないけどいいや。今日も車?」 土地勘がないが心配なのは、移動手段。 「はせっかちさんね?そんなに早く行きたいの?」 花奈が笑う。 「面倒なんだもん。それにぃ・・・・・・」 またも景時を見上げる。 その様子で、の考えがわかった花奈と雅幸。 (心配なのは、の方なのだけどね・・・・・・) 「私もそんなに行きたい所じゃない事だし。面倒は早く済ませようか」 雅幸が軽くの頭を叩く。 「下に車を回してくるよ」 「わかった〜」 一人機嫌がいい様子は心配だが、には細かいことは言わないと決めている。 (なりに心配事もあるようだしね) それがどう影響を及ぼすかを考えると、今から可笑しいがそのままにしておく事にした。 (行成には丁度いいお返しだ) 花奈の実家へ藤原が手を貸していた事を知らないわけではないが、神事については初耳だった。 (三倍返しは基本だからね?) 今回の三倍返しに関しては、真実“仕返し”を考えてはいない。 ただ、やられっぱなしも腹が立つ。 これからが起こすであろう騒動には巻き込まれてもらう腹積もりだ。 「さて・・・こちらはいいけれど、あちらはどうだろうね?」 そのまま駐車場で数箇所へ連絡を取り始めた。 「ね、パパ変じゃなかった?」 「そうね〜、がお行儀悪くしたらどうしようってママも思ったわ〜」 花奈は雅幸に輪をかけてとぼけている。天然な時もあるので判別し難い。 「大丈夫だよ。朔にたくさん教わったから・・・・・・半分くらい忘れてるけど・・・・・・」 「忘れていては意味がないわね〜〜〜。もう大人だから、の恥はが恥かしいだけだし」 花奈の言葉にの頬が脹れた。 「・・・・・・恥かしくない様に頑張るもん。景時さんに嫌われちゃわないように」 「ええっ?!オレ?オレはちっとも恥かしくないけど。いや、オレの方がいつも朔に叱られてて・・・・・・」 どっちがどうでも違いはないなと花奈は小さく笑った。 「仕事以外でここへ来るのは嫌だねぇ・・・・・・」 門を潜ってからも道は続いている。ようやく駐車場があり、建物が見えた。 「パパ・・・これって家?そりゃ・・・景時さんの家も広かったけど・・・・・・・・・・・・」 「迷子にならないよう気をつけなさい」 帰りの手段を確保すべく、雅幸は自分で車を駐車場へ入れた。 「覚悟はいいかな?」 「大げさだよぅ、パパってば。それにぃ、景時さんはもう道を覚えてると思うし」 が景時を見上げると、少しだけ繋いだ手に力が込められた。 「お待ちしておりました。大旦那様が奥でお待ちです」 「紫子姫のご一家は?」 「・・・先にお見えになってございます」 玄関で執事に迎えられるが、雅幸だけは慣れたもので勝手に歩いて行ってしまう。 「ちょっ・・・パパ!」 「いいから、こちらだよ。靴はそのままでいいから」 花奈だけをエスコートし、先を歩く雅幸を見ている事しか出来ない。 ホテルのロビーと変わらない豪華な作りの玄関で、景時はの手を離さず歩き出す。 「たぶん・・・お父さんの真似をしろって事だと思うけど。オレたちはこれで行こうか」 花奈は雅幸の腕に手を添えて歩いている。 景時とは手を繋いでいた。 「うん!私たちらしいのがいいよねっ」 も安心したのか、周囲をキョロキョロ見回しつつも景時に連れられて歩き出した。 「会長、雅幸です。入りますよ?」 扉の前で雅幸が声を上げると、内側から扉が開かれた。 「今年は挨拶に来ないつもりかと思ったが・・・・・・逃げずに来たか」 一番奥の席に座る老人が雅幸へ声をかける。 「おやおや。毎年欠かさずご挨拶に来ていますよ?家族連れは久しぶりかもしれませんがね」 勧められるままに近くの席へ腰を下ろす雅幸。 向かいには一族の者と思われる人物たちが勢ぞろいして座っていた。 「・・・口の減らない奴め。大分久しぶりだな・・・花奈さんでしたな?」 「お久しぶりです。私の実家の方にまで気にかけていただき・・・・・・」 花奈が貴純へ頭を下げる。 「いやいや。そこの男の機嫌を損ね無い様にもあるのだがね?貴女を家族と思っているのも事実だよ」 手で勧められてから花奈は雅幸の隣の席へ腰を下ろした。 「・・・雅幸は・・・私に紹介をしないつもりかい?」 「そういうわけではないですが。知っているものをわざわざ紹介しなくともよろしいでしょう?晴純さんから 報告があがっているでしょうし」 面倒そうに肩を竦める雅幸。 「やれやれ。晴純が上手くやらないから、さっそく機嫌を損ねているではないか」 貴純が雅幸の正面に座る晴純に視線を移す。 「そうは仰っても・・・純頼と昨日会ってますし。紫子と行成さんにも責任はあるかと思いますがね」 今度は末席に座っている妹家族の方へ視線が集まる。 「紫子姫に責任がいくのは本意ではないので・・・娘のと。婚約者の梶原景時くんですよ。そこへ座る といいよ?年寄りの話は長いからね」 雅幸がに席を指差した。 席が用意されているのだから、知ってるだろうと言わんばかりの横柄な態度を貴純へとり続ける雅幸。 いかにも機嫌を損ねている様子に、晴純がこっそり溜め息を吐いた。 「えっと・・・初めまして!じゃなかった・・・・・・です。こんにちは」 が貴純へ向かって挨拶すると、景時も続いて頭を下げる。 「梶原・・・景時です。お世話になっています・・・・・・ご挨拶が遅れまして・・・・・・」 「はっはっは!雅幸と違って、礼儀正しい娘さんだ。それに・・・梶原殿でしたな。星の一族の長をしている 藤原貴純です。仕事は引退しましたがね、一族についてはまだ引継ぎ中でしてな。そっちが長男の晴純と、 次男の純忠。これとは面識がおありの様だ」 貴純に示される方へ順に御辞儀をする景時。 「三男の直純と、四男は家出中なのでここにはおりませんが・・・・・・。それと長女の紫子はご存知ですな」 話には聞いていたが、それぞれの子息を連れており、見事に男ばかりのテーブルになっていた。 「まあ・・・話の内容が内容なので。必要最小限の人数にしたつもりですが、思ったより多いなあ?それに、 彼らは来ないのかい?」 「声はかけましたが・・・・・・今来なければ、来るつもりはないという事でしょう」 晴純が貴純へ向かい答えた。 「彼ららしい。景時君、残念だけど先代の八葉たちとは会えなさそうだ。また別の機会に・・・ね」 雅幸が景時へ笑いかける。ようやく花奈の隣に、その隣に景時という順番で腰を下ろした。 の隣が空席にならないよう、わざと景時が下がって座ったのだった。 「さて。年寄りの長話は嫌だと言われてはな。現当主の晴純から、まとめて跡取の紹介を」 話をふられて、晴純から各家の跡取息子の紹介がされる。 「私の家から。昨日、お目にかかっているかと思いますが長男の純頼です。忠純の長男の純長君。二人とも 将臣君とさんと同じ高校二年生。続いて、直純の長男の純信君。家出中の康純の長男の純友君。この 二人は、譲君と同じ高校一年生。有川家については省略させていただくよ」 簡潔に紹介されて面々を見れば、いかにもと年齢が近く景時にとっては恋敵続出である。 がまったく関心を示していないのが救いだった。 「それで・・・だ。有川家では、譲君を跡取でいいのかな?」 「はい。仕事は将臣に、星の一族については譲にと考えています。現に、譲には夢見による先見の兆候が みられますし・・・・・・久しぶりに力のある者が誕生したわけですから」 行成が、子息を二人連れの理由を話した。 「・・・将臣君もじゃないのかい?」 晴純が行成を見る。 「どうも将臣の夢見は、神子の力によるところが大きく、また、先見ではないようです。どちらかといえば、 夢入りの能力のようでして・・・・・・」 「ほう・・・それでも貴重な能力には変わりがないだろう」 貴純が興味を示す。 「ただ、はっきりしないのですよ。自らその能力が使えているわけでもなく。試させましたが、さんの夢 以外には入れていません」 「ふむ。しかし、一考の価値はあるだろう」 貴純が将臣と譲を見比べた。 「跡取は二人でいいだろう、有川家は。もしかすると、将臣君の子供に現れる可能性もあるしな」 ここにいる人間をとばして次代の話を始める貴純。 「会長。能力者が欲しかったのはわかりますが・・・・・・今、生きてここに存在しているのは私たちです。あまり 未来の話をしても仕方ないでしょう?・・・・・・会長が見られる未来とも限らない話なのに」 貴純に向かってさらりと意見を述べると、そのまま晴純の方を見る雅幸。 「挨拶に来ただけですし。もこの通り無事ですよ。しっかり婿君を連れて、毎日楽しそうだ。それでいい じゃありませんか?そんなに途切れた続きが気になりますか?用がなければ失礼したいのですがね」 貴純が静かに頷いた。 「気になるものさ。今までは予見の書があったのだ。書がなくなる前には、必ず能力者が生まれて次代を指し 示したのだぞ?それが・・・・・・」 「菫姫の書いた書を最後に先がないのですから。それが何を意味するのか、私たちは考えなければならない とは思わないのかい?」 貴純の言葉を晴純がそのまま引き継いだ。 雅幸が大きな溜め息をついた。 「普通なら・・・先が見える事はないのですよ。昔話にもあったじゃないですか。己の未来が大金持ちと知って、 努力をしなくなった男は、占いに振り回され貧乏のままという。結果として、はここにいて。景時君もこちら の世界へ来てはくれましたが。それは二人が掴んできた未来だと、私はそう思っていますので」 指で机を叩いており、時間の無駄という態度だ。 「だが・・・星の一族の誰かと、龍神の神子が結ばれれば能力者が生まれないとも限らないでしょう?」 雅幸が晴純を睨みつけた。 「そういうお考えなのでしたら、私も態度を改めないといけませんね。は私と花奈の娘ですよ?それに、 最悪は景時君には申し訳ないが、あちらの世界へを連れて戻ってもらいます。私の力が足りないのなら それしかありませんしね」 雅幸の態度がいよいよ悪くなり、辺りの空気が気まずいものになった。 「さんもまだお若いし、景時さんにしてもこちらで生活しているうちに気が変わらないとも限らないでしょう? そういう場合はいいのではないかな?それこそ未来は決まっていないという事でしょう?」 晴純だけは退くつもりがないらしく、まだ言葉を続けた。 「都合がいい事で。予見の書を信じるならば、と景時君の事も決まっている未来でしょうに・・・ね?」 一瞬だけ晴純の口元が歪んだ。 「。こちらではお前をどうしても花嫁に迎えたいらしい。私は力不足でね。もしもの時は、パパとママの事は 気にしないで、景時君とあちらの世界へ戻りなさい」 わざとらしく大欠伸をして脚を組みかえる雅幸。 それをみた貴純は苦笑いで晴純がなおも何か言おうとするのを手で制した。 「雅幸、そう怒るな。晴純も悪気があったわけではない。ただ、在りし物が無いのは不安なのだ。昼も用意させて いるのだから、せめて食べてから帰ってはどうだ?」 「それで?そこに他のご子息方もそろうという寸法ですか。どうもこういうやり方は好きじゃありませんね」 雅幸が立ち上がろうとすると、先に紫子が立ち上がり口を開いた。 「お父様も、お兄様も大人気ないですわね。二人がこちらへ来てくれているのに。こういうつまらない集まりでした ら、私、来なくてもよかったわね。それに、私はちゃんの味方であって、藤原の家はどうでもいいといえば、 いいのでしてよ?もう嫁に出ている事ですし。本日を限りに、ご縁を切らせていただきますわ」 一人娘に怒りをぶつけられ、いよいよ貴純が折れるしかなくなった。 「待ちなさい、紫子。次代については・・・・・・後ほど話し合うとして。せっかくこれだけの人数が集まったんだ。食事 くらいはしていきなさい」 「お食事が不快になるような事をなさるのは、お父様たちの方でしょう?これじゃ、せっかく京都旅行を楽しみにして いたちゃんに悪いと思わないの?」 景時と思い出の地を旅しようとしていたの話を聞いていた紫子。 こうなる事が予想できなかったわけでもないのに、“星の一族”という繋がりを信じたのだ。 拳を握り締める紫子の隣で、将臣が姿勢を崩した。 「ったくよ〜、母さんまでそんなに大声出してたら、も困るって!いいじゃんか、言いたい事くらい言わせておけ ば。はちっとも景時と離れるなんて考えていないだろうし、俺たちだってなぁ?」 「そうですよ。景時さんと先輩のいる場所が俺たちの集まる場所なんですから。二人が向こうへというのなら、一緒に 行った方が楽しそうですしね」 譲もここぞとばかりに星の一族の跡取放棄発言をした。 「・・・・・・一体何なんだ、その連携の良さは・・・・・・」 晴純が溜め息を吐くと、純忠までもが口を開いた。 「まあ・・・私もこういう集まりだと知っていれば、わざわざ来なかったでしょうし。それに、家でさんと景時さんの お子さんを出産してくれる約束をしてもらったのに。そもそも父上が悪いんですよ、つまらない話をされるから」 「・・・・は?!お前はいつのまにそんな約束を・・・・・・」 「うちの名医が張り切ってましてね。なかなか良い医者に来てもらうのは難しいですから、辞められたら困るなあ」 独り言のように呟くと、そのままお茶を飲み始める純忠。 晴純ひとりが眉間に皺を寄せた。 「・・・言いたい事があるなら、直純と純友君もどうぞ」 話をふられたものの、直純には話がないらしい。軽く横に首が振られた。 純友はおずおずと口を開く。 「その・・・・・・僕はこちらでお世話になっているだけなので。ただ、小さい頃によく遊んだちゃんが来るっていう から、懐かしいなぁと・・・・・・」 一度を見ると、そのまま俯いた。 「君たちは後の事を考えなくて済むんだから、それでもいいだろうさ・・・・・・」 晴純は純頼の肩を叩く。 「私は・・・純頼に何かを残さなければならないんだ。何も無いのに“星の一族”だっていうなら、意味もないだろう?」 頭を抱えて、そのまま背もたれにもたれた。 「あのぅ・・・・・・話が見えないんですけど」 静まった中で、が様子を窺いながら言葉を紡いだ。 「すまなかったね、さん。せっかく久しぶりに・・・十年ぶりくらいに会えたのに」 貴純がに視線を向けた。 「でも・・・何かお困りなんですよね?」 「いいんだ、は気にしなくて」 雅幸が割り込んだ。 「でも・・・パパ。こんなに気まずいままでバイバイって・・・嫌だよ」 「困った娘だね。景時君と引き離されてもいいのかい?嫌だろう?」 雅幸が溜め息混じりに、が星の一族に同情すると起こるであろう未来を述べる。 「だって・・・離れないもん。景時さんは私を選んでくれたんだし・・・・・・私も、景時さんじゃないと嫌だったから、景時 さんにこっちへ来てもらうようになっちゃったんだし・・・・・・。話が・・・何かが変な感じだよ?」 雅幸が突然笑い出す。 「晴純さん。にはまったく話の内容が伝わっていないようですよ?つまり・・・考えには無いという事らしい」 黙っていた花奈もこれには溜め息を吐くしかなかった。 「の耳って・・・どうなってるのかしら?お母さんよりすごいわ」 しみじみと隣に座るを見つめた。 「えっ?!何?・・・何か・・・間違っちゃった?やだ〜!どうしよぉ」 景時の腕を掴んで顔を隠す。 「バ〜カ!天然なのはいつもの事だろ?お前に合わせられるのは景時しかいねえって話だ」 将臣も笑うしかない。味方をしていたつもりが、しっかりが話をまとめてしまったのだ。 「ちゃんって・・・・・・可愛いわぁ〜」 紫子の中で、またも着せ替えモードに突入した事を悟る譲は、静かに溜め息を吐く。 が紫子に連れまわされないようにしないと、景時に迷惑になる。 「さん。つまり、こういう事です。この世界で、貴女の前の代に当たる龍神の神子の予言までしか我々の手元に はなかった。そこへ菫と名乗る違う世界の星の一族が現れ、新たなる予言を残した。ずっと予言を探していたのです よ、私たちは。しかし、菫姫によってもたらされた予言には、さんの事までしか書かれていなかった。再び次代の 予言が手元にない状態だという事です」 晴純の説明で、ようやく事の次第を理解したが手を叩いた。 「じゃあ、あれですね?また向こうの世界とか、違う世界から誰か来ちゃうかもって話ですか?」 「いえ、そうではなくて。予見出来る者がいないのならば、予見者が生まれる一番可能性の高い組み合わせをという 話をして・・・・・・」 またもが手を叩く。 「譲君が予見しちゃうかもですよね?それとも・・・将臣くんとか?よかったですね〜、次の人がいて」 ここまで来ると、わざと話をはぐらかしているようにしか思えないが、根気よく説明を続ける晴純。 「その二人は、自分の意志で予見や夢見が出来るわけではないようなので。だったら、龍神の神子である貴女と子孫 を残してもらえば、可能性が高まるのではという話で・・・・・・または他の星の一族でもと」 が首を傾げる。 「変ですよ、それ。だって、この時代に予見する人が居ないのは、もう龍神の神子がこの時代からは生まれないから ってだけかもしれないし。そうしたら、星の一族さんもしばらくは仕事がなくてラッキーって感じじゃないの?待たなくて いいんですよね?」 一言で、その場に居た誰もが絶句した。 龍神の神子がいない可能性─── 確かに、遠い昔には何代も何もしないままの一族もいたのだ。 龍神の神子が存在する時代のほうが稀有な事である。 「はっはっは!確かに、不必要だから予見者がいないという事も考えられなくもないな。流石は神子様だ」 貴純が高笑いをすると、がキョトンとした目で雅幸の方を覗き込む。 「パパ・・・私、何か失敗しちゃった?恥かしい感じ?」 雅幸の袖を引っ張り、小声で花奈越しに雅幸に尋ねる。 「いや・・・失敗はしていないが・・・・・・には敵わないね、まったく」 見上げれば花奈も笑っている。続いて景時の袖を引いて耳元でこっそり尋ねる。 「ね、何?何が変なの?笑われちゃってるのって私?」 世話になりっぱなしなので、どうにも口が挟めず黙っていた景時。 それが、の一言で未来が開けたような気分に変えられてしまったのだ。 「う〜ん。あれだね、色々な考え方や感じ方があるって事かな?」 「もぉ〜。そんなんじゃわかんないよ。でもさ、先代の神子様と八葉の人たちには会いたかったよね」 が何を考えているかなど、にしかわかろうはずもなく。 景時がこっそりの耳元へ囁くと、も景時の耳へ小声で返した。 黙って繋がれている手を見つめる景時。 「ところで・・・・・・さんはずっと景時さんと手を繋いでいたのかな?」 景時の視線の先を見て、貴純がに話しかけた。 「えっと・・・そのぅ・・・おまじないなんです。だから・・・こうしていないと心配っていうか・・・・・・」 「おまじないとは?」 龍神の神子のおまじないともなれば、誰でも興味が湧くものだ。 その内容を知っている家族は別にすればの話。 「いや・・・ちょっと・・・そのぅ・・・ここでは言い難い内容って言いますか・・・景時さんに聞かれちゃうっていうか」 真っ赤になって俯くを見ると、益々期待が高まる。 自然、藤原家の面々の視線はに集中した。 「そんなに見られても困るんですけど・・・・・・これはそのぅ・・・浮気防止っていうか・・・・・・ちゃんと恋人同士に見える ようにっていうか・・・・・・えっと・・・・・・」 始めは小声でぼそぼそと説明していただが、突然顔を上げてきっぱりと宣言した。 「景時さん大好きっていうおまじないなんです!」 将臣と譲はまたかという表情。有川夫妻も特に動じてはいない。 夫妻も、が朝からこれだけを心配していた事に気づいているので、涼しい顔でお茶を飲む。 晴純だけがすっきりしなかった。 ここまで言い争ったりしたのは、まるで無意味な事になったのだ。 振り返れば、雅幸に仕掛けられたとも取れなくも無いこの状態。 の思考を占めているのは、景時の事だけだったという事実。 (やはり、君が一番食えない男だよ、雅幸) 藤原家の跡取として必死に頑張っているものを、いつでも簡単に越えられてしまう。 (腹の中で笑っていたんだろう?) 一見、晴純が勝者の様に世間では思われていても、今回のように実際に思い通りに事を動かすのは常に雅幸の方。 さえ手に入れば、父親にも周囲にも真に認められるような気がしていたのだ。 「さん。永遠は無いんですよ?」 「無いけど・・・・・・無くならないものもありますよ?えっと・・・晴純おじ様って呼んでいいのかな。あの・・・気持ちはね、 その人が持ったまま消えるから、見えなくなるけど無くならないと思いませんか?」 「何?」 晴純が片眉を上げる。 「その・・・好きって想っていた時間の想い出は残って・・・それってその人の中では消えなくて。もしも記憶喪失になっ ちゃっても体のどこかでは覚えていて。その人が死んでもって言い方変かもだけど、やっぱりその人の中に残って 消えないし、消せないモノかなぁ〜って」 「やはり見えないものは無いんですよ」 「だったら・・・・・・おじ様はどうして星の一族を残したいの?見えない・・・ですよね?絆とかって。別にもういつ神子が 光臨するかもわからないなら、続けなくてもいい事なのに続けたいのって、どうしてですか?」 星の一族の存在理由─── 龍神の神子に仕える事が使命。 では、その神子がいない時は?神子が光臨しなくなった時は? 「私たちは・・・龍神の神子に仕えて・・・・・・」 が首を傾げる。 「だって、おじ様の話だと永遠は無いんですよね?じゃあ、龍神の神子が、その存在が不要になって現れなくなったら 星の一族の人ってどうすればいいんですか?それでも神子に仕えるんですか?神子もいないのに?」 永遠は無いと言っておきながら、“龍神の神子”という存在そのものが無くなる可能性を考えていなかった。 まさに、今まで何のために“星の一族”は続いていたというのだろうか? 「それでも・・・それが使命なれば・・・・・・」 「永遠が無いのなら、使命も消えますよ?神子も存在しない時代の星の一族の人って、どうしてその存在がまた光臨 するって信じていられたんでしょうね?予見の書があったから?それだけで?」 一言発すれば、原点から覆されるような言の葉で返されてしまう。 晴純は、ただ自分のしていた仕事や時間に想いを馳せるしかなくなっていた。 (私は何のために?跡取だから?それでは───) 「あのぅ・・・自分でどうしたいかって・・・ないんですか?」 の晴純を畳み掛ける最後通告のような言葉に、雅幸が笑い出した。 「、それくらいに。そうですね・・・・・・晴純さんが答えを見つけられたらにしないと、には勝てませんよ」 雅幸が立ち上がりながら続ける。 「もしも・・・が家に帰らなかったりする様な事があれば・・・失礼かとは思いますが、一番にこちらを疑いますので。 それだけの発言を現当主様はされておいでだ。さて、私たちは実家へ挨拶に行かなくてはならないので、失礼します」 と景時を促し、部屋の出口へ向かう雅幸と花奈。 「雅幸!だったら君は答えを持っているのか?」 晴純が席を立ち、雅幸を呼び止める。 「・・・・・・困った方ですね。答えは各々違うものですよ?それすらお分かりにならないとは」 首を左右にふり、花奈の手を引いて出て行ってしまった。 「では、景時君に聞こう。君はどうなんだ?何故こちらへ来た?星の一族がいると信じてじゃないのか?」 譲が口を挟もうとしたのを、将臣が止める。 と手を繋いだまま、景時が入り口で振り返って立ち止まる。 「あの・・・オレは知らなかったです。星の一族がどうとかなんて。ただ・・・家族より、仲間よりもちゃんといたかった。 それだけなんです。そりゃ不安もあったけど・・・・・・ちゃんもオレといたいって言ってくれたから・・・・・・」 突然が自分の背に景時を隠すように立った。 「景時さんは、向こうへ全部置いてきてくれたんです!そんな言い方って酷い!!!」 の全身からゆらりと白い光が溢れ出す。 「待て!、お前ここ京都だっ・・・・・・」 慌てて将臣が止めようとするよりも早く、景時がの背からを抱き締めた。 「・・・ちゃん。オレ平気だから。ちゃん、傍にいてくれるんでしょ?」 が泣きながら景時の手を掴んだ。 「違うもん。景時さんが嫌って言っても追いかけるんだもん」 景時が何事かをに囁くと、が景時に抱きついた。 「あ〜っと。京都はわりと五行の気も多めなんで。あまりちゃんを刺激しないで下さいね?」 を子供抱きしたまま景時も部屋を出て行く。 扉が閉まるのを確認して、将臣と譲が大きな溜め息を吐いた。 「・・・危ねぇっつの。が本気出したら、家が飛ぶぜ?覚えてねぇの?」 将臣は汗を拭えたが、譲は椅子から滑り落ちた。 「・・・・・・・・・・・・威力は小さい頃の比じゃない・・・だろ?兄さん」 「・・・・・・まあな」 将臣が譲を引っ張り上げた。 「お兄様は、そろそろ新しいお家が欲しかったご様子ね?」 紫子が冷たい視線を晴純へ向けた。 (ここまで雅幸さんを怒らせたの・・・か?それより・・・・・・) 行成は、ひとり頭の中で今後の行動を考える。 昨日、雅幸の機嫌を損ねたのはわかっていた。そして、今日の出来事。 景時のおかげで本家の破壊は免れたが、多少の損害が出てもいいと考えていたと想像がつく。 「会長。雅幸さんのご機嫌をさらに損ねてしまったようですね?」 行成が会長である貴純と、社長である晴純を交互に見る。 貴純は笑っていたが、晴純は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 「私は鎌倉で近所ですから、これ以上の被害は避けたいので。失礼します」 行成が席を立つと、紫子も席を立った。 「あら。私も帰りますわ。将臣と譲も帰るでしょ?」 「ああ。京都は色々物騒だからな〜〜〜」 有川一家も部屋を出て行ってしまった。 「晴純。あまり滅多な事はするなよ?雅幸は・・・・・・お前では手に負えん」 貴純が静かに跡取息子の現当主へ意見する。 「しかし、それでは!」 手で制され、晴純は大人しく席に着いた。 「・・・・・・さんだけが、産まれる前から神子に立つ事が先にわかっていた理由を探す方が先 なのかもしれん。・・・そして、菫さんがこちらへ来た理由も。我々が考えるより、深い意味があった のだとしたら・・・・・・未来を読み違える」 純頼が溜め息を吐いた。 「せっかくあんなに可愛く成長したちゃんと結婚できるチャンスだったのになぁ・・・・・・」 「それを言うなら、俺だって!だいたい、純頼はちゃんをからかい過ぎて温室壊されただろ」 純信が幼い頃の事件を持ち出す。 「あれはお前だって譲をからかったじゃないか」 が京都での記憶がない理由。 庭で迷子になったと譲を、本家の子供たちがからかったのだ。 と譲が手を繋いでいた事へのヤキモチなのだが、迷子の二人は心細くて手を繋いでいた。 離せるわけがない。 帰り道を教えてもらえないばかりか、譲に嫌がらせをする子供たち。 怒り爆発で温室を吹っ飛ばしたのがだった。 真っ先に駆けつけた将臣は、他家の子供たちを殴り倒し、後から駆けつけた大人たちは驚愕した。 僅か六歳にしてチカラを発揮したのだ。 自身は怒り過ぎたのと、体に対してチカラが多すぎて気絶したため記憶がない。 「とにかく。家は壊されないよう、雅幸たちの機嫌をとっておけ!仕事で小出しに嫌がらせされても面倒 なのだからな」 自分の事は棚上げで貴純は部屋を後にする。 本日の昼食会、中止決定 ─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:ひとつ謎解き。望美ちゃんは、他人のために怒れる人ですv (2005.9.20サイト掲載)