招かれし龍神の神子 雅幸と花奈が先に、景時とが後から石段を降りる。 すると、石段の前に立つ人物が二人、こちらを見上げていた。 「お父さん・・・・・・」 「花奈か・・・何しに来た。いや、それより・・・・・・」 直孝が数段石段を上り、の手首を掴んだ。 「うひゃっ!な、何?!」 「・・・・・・何者だ?」 景時がやんわりと直孝の手をから離させた。 「乱暴しないで下さい。花奈さんから説明していただかないと・・・・・・」 その背にを隠す。 「何?!」 直孝が石段の下を振り返る。 下から三人を見れば、花奈と雅幸が話をしているのは─── 「純頼君・・・知り合いなのかい?」 「ええ。父の・・・いえ、お祖父様の方が正しいのかな・・・・・・」 直孝がそれぞれ見回す。景時と、純頼と雅幸と花奈─── 「ここで話もなんだ。一度中へ」 花奈の父である直孝を先頭に、社務所へと招き入れられた。 社務所の奥へ通され、お茶と菓子を出される。 客扱いだが、それでも中へ入れたのは初めての事だった。 「花奈、説明しろ」 「説明って・・・・・・は私と雅幸さんの娘です」 直孝の目が見開かれる。 「その娘は神気を纏っているのだぞ?!見えないのか?お前には・・・・・・」 孫とは信じられず、ただを見つめる直孝。 残念だが、花奈には巫女としての能力は無かった。 「どういう事なんだ・・・・・・」 頭を抱える直孝。雅幸が口を開いた。 「話せば長くなるんですが・・・信じてもらえるかも分からない話をしてもよいでしょうか?」 幸いにもここに揃ったメンバーは、すべて藤原家の星の一族の関係者だ。 雅幸が予言の書の話から現在に至るまでの経緯を簡単に説明した。 「では・・・この娘が龍神の・・・・・・白龍の神子・・・・・・」 「そうなります。そして、景時君が地の白虎。彼は時空を越えた存在なんですよ・・・・・・」 雅幸の話が終わると、直孝はの手を取って黙って頭を下げた。 「山ノ神が・・・・・・貴女を包んでおられる・・・・・・まさか自分の孫だとは・・・・・・」 大きく息を吐き出すと、直孝が花奈と雅幸へ向き直る。 「すまなかった。今日は・・・家で母さんの昼飯でも食べて行くといい。婿殿・・・いや、雅幸君 と呼ばせてもらおう」 雅幸は静かに直孝へ頭を下げる。花奈は泣き出していた。 「・・・ところで。純頼君はどうしてここへ?今頃は晴純さんとご挨拶巡りをする時期じゃ・・・・・・」 「僕は射を頼まれただけですよ。神事で今日、矢を射る事になってまして・・・・・・」 雅幸が首を傾げた。 「行成たちは本家でお世話になっていないの?」 「叔父さんたちは別邸の方へ。お祖父様と一緒は嫌みたいで・・・・・・」 通じるものがあるのか、雅幸と純頼は目が合うと笑った。 「譲君も弓道をしていたよね?」 「・・・後から来ますよ、叔父さんたちは。僕が矢を射ると聞いたら、紫子さんが観たいとかで」 純頼は西日本の大会で優勝する腕前だ。この辺りでは一番という事になる。 その繋がりでここの神事を任されたのだとしたら─── 「わ〜、おば様たちも来るんだ。じゃ、私も後で舞を奉納しちゃおうかな〜。おじいちゃん、いいかな?」 誰もが息を飲む中、だけが普通に直孝を“おじいちゃん”と呼んだ。 「・・・龍神の神子様が舞われるのに否はございません。扇と装束をご用意いたしましょう」 直孝は立ち上がると、部屋を出て行った。 「ったら・・・もう順応してるんだから」 花奈も流石にの奔放さに呆れ顔だ。雪子の事もいきなり“おばあちゃん”と呼んでいた。 「だって、おじいちゃんでしょ?名前知らないもん。他に何て呼べばいいのよぅ」 当然だというかの様に堂々と胸を張る。 「は舞をどこで覚えたんだい?」 「朔がね、すっごい舞が上手で教わってたんだ。ね!」 景時に寄りかかる。 「そうそう、純頼君。これが私たちの娘の。隣が梶原景時さん」 「藤原純頼です。初めてじゃないんだけどね、小さい時に会ってるから。俺も高二だよ」 純頼がに手を差し出すと、も手を差し出して握手した。 「えっと・・・ごめんなさい。小さい時の事って、殆ど覚えてなくて」 「いいんです。・・・初めまして。まさか本当に予言をこの目で見られるなんて・・・・・・」 景時とも握手を交わす純頼。 「梶原・・・景時です。おまけみたいなものって事で・・・・・・」 「そんな事ないですよ。貴方はこの世界で生きるべくして来られたんです」 いかにも星の一族の血を引く藤原一族の者らしい心遣いをみせる純頼。 「ありがとうございます・・・・・・」 いつまでも握手を交わしている景時の服の袖を引っ張る。 「ん?何?」 二人の手が離れたのを確認すると、が首を横に振る。 「なんでもな〜い」 「そ?」 景時の手が誰にも触れていないのを目で確認した。 無意識の行動だった。 花奈の背に背を合わせてが座る。 「ね、おじいちゃんすごいね。何か見えちゃうんだ〜」 が後ろに反ると、花奈が反り返す。 「そうね、私にはそういうのがわからなくて。よく呆れられてたわ」 「ふ〜ん。私も急にだからよくわかんないよ。でもね、景時さんはちゃんとわかるんだ〜」 また反りながら話を続ける。 「すごいのね〜〜。八葉さんだからなのかしら?」 「違うよ〜、元々修行して頑張ってたからだよ。陰陽術とかね、パパパッて出来ちゃうの」 視線が景時に集中した。 「いやっ・・・その・・・こちらの世界では五行の気が足りないというか・・・流れが不安定というか・・・・・・」 慌てて手を振り回しながら否定をする景時。 「ね〜。五行の気までわかるんだ〜〜。格好いいでしょ?」 自慢げに花奈に話す。 景時本人ではなく、が自慢しているのが可笑しくてならない花奈は、笑いながら肯定した。 「そうね。立派な・・・婚約者殿だわね、景時さんは」 「そ〜なの。・・・・・・ええっ?!いつから婚約者?!」 が飛退いて正座した。 「あら、この子ったら。パパがお祖母ちゃんに紹介する時も言ったのに」 花奈が雅幸を見れば、こちらは苦笑いをしていた。 「ど〜しよ、景時さん!公認だよ、すっごいうれしぃ〜〜〜」 が景時に飛びつくと、ドアが開いて来訪者の声がした。 「んっとに馬鹿だな。じゃなきゃ同棲を親が許可するわけないだろうが」 「将臣くん!譲くんもだ〜!」 が振り返ると、後から行成と紫子も部屋へ入ってきた。 「・・・・・・遅いね、行成。知っていたのかい?」 雅幸が嫌そうな視線を行成へ送る。 「こちらでは引退を考えていらっしゃったようで。最後の神事くらいはと、弓が出来る者をお探しとの事で、 晴純さんがご子息を紹介されたらしいですよ」 とぼけて雅幸の前に座る行成。 「大狸どころか、狸は他にもいたわけか」 「いえ、俺・・・僕は偶然ですよ。こちらで今日お会いするとは思っていませんでしたから」 純頼が不穏な空気を感じて、口を挟んだ。 「雅幸さんが悪いんですよ?居留守ばかりで」 紫子も話しに加わった。 「やれ、やれ。私がすべて悪いとでも言いたそうだね。子狸さんたちは性質が悪い」 一気に脚を崩すと、溜め息を吐いてからお茶を啜る。 「違うよ、パパ。きっかけなの。景時さんがね、そういうのが必要な事もあるって。だから、景時さんが偉くて、 パパは助けてもらったんだよ。みんな仲良しになれて良かったよね〜」 の言葉に景時が真っ赤になって俯くと、しばしの間のあと、その場の全員が笑い出した。 「何?」 景時の背にぶら下がる。 「その・・・あんまり褒められすぎても恥かしいかな・・・・・・」 ひとり真夏のように頭から湯気が見えそうな状態の景時。 「あ〜〜、コホン。、惚気は程々に頼む。ツッコミもできねえしな」 しっかりと将臣がその場をまとめた。 ドアがノックされ、直孝が顔を出す。 「皆さん、たいしたものは無いですが昼の用意が出来ているので家の方へどうぞ」 行成たちは気を利かせてさっさと移動する。 「・・・花奈。母さんの料理は久しぶりだろう。ゆっくりしていきなさい。おまえの部屋もそのままにしてある。 神子様の着替えを手伝うように」 「おじいちゃん!神子様じゃなくて、って呼んで下さい。私、おじいちゃんの孫だよ?」 が直孝を見つめる。 「・・・そうだったな。は花奈に着替えを手伝ってもらうといい」 「はい!・・・ママの部屋かぁ〜。ちょっと興味あるぅ〜」 花奈を振り返り、が悪戯な笑みを浮かべる。 「・・・の期待するようなものはないわよ?」 の眉間を人差し指で軽く突く。 「べ〜だ。行こう、景時さん。おばあちゃんの手料理だよ?何かな〜」 景時の手を引いてもその場を後にする。 残された三人は、今までの想いを静かに語り合った。 「譲くんもすればいいのに。おじいちゃん、譲くんも八葉なんだよ〜」 食事後、が舞う前の神事の準備の話になり、またもが気楽に提案した。 「・・・・・・しかし、急には・・・・・・・・・」 直孝が譲を見ると、譲が了承した。 「道具があるなら・・・・・・出来なくもないですよ?」 「弓の道具ならば一式ありますので、どれでも選んで使って下さい」 直孝が純頼と譲を神事の準備室へ案内すべく立ち上がると、二人はその後をついて出て行った。 「ちゃんが言ってくれて助かったわ〜〜。ほら〜、賭けの事もあるし。純頼君の腕前を見ておきたかった のよね」 悪びれもせず、紫子が真相を明かす。 「え〜、だって。ここってリズ先生の庵のあった所だから。その方がいいかなって。それだけです」 も正直に真相を告げた。 「さ、。そろそろ巫女装束に着替えましょうか。袴は初めて・・・よね?」 「こっちではそうだ〜。私ね、着物も簡単になら着られるようになったんだよ〜」 花奈とも舞の準備の為に部屋を出た。 「景時君、ありがとう。君がここへ来ようと言ってくれたんだって?」 行成が景時に礼を述べる。 雅幸も声には出さないが、長年の痞えががとれたすっきりとした表情をしていた。 「いえ、その・・・オレも仲良くがいいかなって思って。それだけですから」 「ありがとう・・・・・・景時さん。ちゃんを大切に。花奈たちの事、頼みます」 雪子にまで頭を下げられ、困惑の景時。 「ま、俺たちもいるから安心しな!」 「どうして将臣がまとめるのかしら?失礼しました」 紫子が将臣の頭を叩いて雪子へ詫びると、しっかりその場を収めた。 観る者が居ない神事は数多い。今回の神事もそのひとつ。 用意された的に矢を射るだけのものだ。 恵みに感謝し、力に驕る事無かれという意味合いであり、天への証明といったもの。 純頼と譲が交互に的に矢を射る。どちらも中心を外すことはなかった。 続いて本殿の脇にある舞台にが立った。 この時期に舞を舞うのは珍しいため、特に準備されてはおらず、舞曲もCDしかない。 しかし、場所さえあればどこでも舞えるのが舞の良い所であり、が扇を広げると水を打った様に静かに なった。 山の霊気がの舞に慶び、静かに風を揺らし、雪を舞わせる不思議な空間─── 鞍馬の山奥で、時が止まったような時間を過ごした。 「さ、むぅ〜い!」 舞が終わると、途端にの表情がいつもの顔に戻る。 景時がコートを片手に舞台に近づくと、にダイブされた。 「うわっ!」 「わ〜い、温かい。脚が一番寒いんだよね〜〜。ブーツってさ、有難い履き物だって思ったよぅ」 を子供抱きしたまま景時が歩く。 「・・・は、ほんとにもう」 花奈は小言を諦めた。あれだけの舞を奉納してもらったのだ。文句も言い難い。 「ほら、花奈!早くちゃんを着替えさせておあげ。風邪をひいてしまうよ」 雪子に急かされ、景時の後を追いかける花奈。 「ん〜。を選ぶなんて、景時君は目が高いね」 親馬鹿気味の雅幸。 「奉納舞じゃなければ写真に撮れたのに・・・・・・」 残念そうな紫子。に関する記録は、紫子に並ぶもの無し。 「またの機会があるさ。そうだな・・・家にも舞台を作ろうか。弓道場を小さくすれば・・・・・・」 将臣と譲は静かに溜め息を吐き、純頼は父への報告の項目を増やした。 「おじいちゃん、おばあちゃん、また来るね!」 が車の窓から手を振ると、直孝が走り寄る。 「・・・いつだ?次は、いつ来てくれるんだい?」 手のひらを返したような父親の態度に、笑うしかない花奈。 「えっとね、桜を観に景時さんと来たいかも。パパとママは?」 「あら。私たちもいいのかしら?」 少しだけ優勢の花奈は、直孝の表情を窺う。 「・・・好きにしろ。ここはお前の家だ」 花奈の両親に見送られての帰り道は、行きとは違って賑やかなものになっていた。 「ね〜、ね〜、パパ。明日は?」 「ん〜?明日は藤原さんのところへ軽く挨拶して。パパの実家へ行ったらおしまいかな」 が花奈の肩を叩く。 「ね、ママ。いつ行くの?買い物」 「そうね〜、今日行く?晦日までっていうお店も多いけど、お夕飯までには時間もあるし」 出かけるには時間が足りないが、買い物には十分といった時間の空き具合だ。 「どこか行きたいところがあるのかい?」 運転中の雅幸は、振り返らずにに問いかける。 「わかんないからママにお任せなの。でも、一回チェックインしようよ〜。脚が浮腫んで痛いぃ」 「あ・・・靴脱ぐといいよ。痛いんだよね?」 「そ〜する」 ブーツを脱ぐと横になり、ちゃっかり景時の膝枕で眠る体勢。 「・・・・・・重ね重ね申し訳ないね」 雅幸が景時へ詫びると、 「いいのっ。景時さんがいいってしてくれてるんだから。着いたら起こしてね」 神子姫から我侭姫に戻ってしまったに敵う者は車中にいなかった。 チェックインを済ませると、荷物の確認などの為に部屋へ入る。 「わぁ・・・・・・広い・・・・・・」 京都のホテルは高さが無いので、景色はいたって普通。 しかし、街自体高い建物が無いので、そう違和感はなかった。 案内のスタッフに礼を述べると、はパタパタと戸を開け始める。 新居へ引越しした時もそうだが、どうやら女性はこういうものが気になるらしい。 景時はのんびりとソファーに腰掛けて、外へ視線を移す。 (オレが知っている世界とも、時代とも違う場所───でもさ・・・・・・) 先程の神社の例といい、景時がいた世界とたちの世界はお互いに影響しあっている様だ。 (あれだね・・・“共鳴”・・・・・・) 雪を眺めていると、隣が沈む。景時の隣にが座っていた。 「あのね〜、お風呂がこう・・・ゴロンして入れる広いバス付きだよ〜。外もね、雪じゃなければテラ スに出られたのにね」 この部屋中を見て回って満足したのか、がテーブルの上の菓子に手を伸ばす。 「あ・・・お茶淹れるね」 どこにいても変わらない。よく動き、よく笑う。 「ほうじ茶まであったよ〜。すごいね」 景時の前にお茶を置く。 「ありがと」 「えへへ。い〜の、お茶飲みたかったんだ」 また景時の隣に座ると、菓子を食べる。 「あのね〜、おいしい和菓子のお店とかあるみたいなんだけど、お正月は開いてないみたい」 ガイドブックをパラパラと捲る。 「あらら。それじゃ、食事も厳しそうだね〜」 「あのね、ホテルのプランについてるんだって。だから、ここへ戻れば困らないとは思うんだけど」 が景時を見上げた。 「でも・・・ちょこ買い食いしたいなぁ〜なんて!」 「?・・・ちょこ・・・買い食い?」 耳慣れない言葉に、景時がそのまま繰り返した。 「たぶんね、お店が出てると思うの。ちょこちょこ買い食いしながら歩くってコト!」 「あはは。そうしようか。じゃあ・・・今日の買い物は何を買いたいの?」 この後出かける予定が残っている。 「ヒミツ!ママたちは何してるんだろうね?」 別々に案内されたため、部屋番号しか知らない。 その時、部屋に備え付けの電話が鳴った。 「何だろ・・・ママかな」 が電話を取った。 「もしもし?・・・・・・うん。そ〜なんだ。じゃ、そっちで食べよ〜。外もいいけどね、今日は雪だし。 でもね、お出かけして〜、ちょっと近所をフラフラして〜、コンビニでお菓子仕入れて〜、それから 部屋に戻りたいんだ。・・・・・・買い物終わったら近所で降ろしてよ〜。うん・・・・・・だね。下?・・・・・・ わかった。少ししたら降りる」 「予定決まった?」 「うん。暗くなる前に買い物行ってこようって。ママがいつも頼むお店に電話したら、用意して待って ますって言ってくれたんだって。だから、今から車で行こうって」 が景時の手を引いて、景時をソファーから立たせた。 「で、帰りにちゃんとオレは散歩かな?」 「アタリ!ちょっぴり街を歩こうよ。夕飯はね、パパたちの部屋でなんだ。パパが家族だけがいいって 我侭言ったんだって。別にレストランでも一緒なのにね〜。意味わかんないよね、パパって」 出来るだけ小振りのバッグへ必要なモノを入れ替えた。 「で〜きたっと。景時さんは用意はいいの?」 「オレは何もないしね〜。後は・・・手を繋ぐだけって感じかな?」 差し出された手に手を重ねる。 「じゃ、いこ〜。楽しみ」 頭の中では景時に様々な着物を着せた姿を想像している。それを知らない景時。 「ここって・・・・・・」 「呉服屋さ〜ん!着物が欲しかったの」 手を引かれるままに歩く景時。 「ごめんなさいね、景時さん。に言われるまで忘れちゃってたの。用意しなきゃ〜って思っては いたんだけど・・・・・・」 花奈がすまなさそうに景時に頭を下げた。 「いっ、いえ!そんな、まったく!お構いなく!!!」 景時が慌てて手を左右に振ると、 「私が構うのぉ〜!景時さんと・・・初詣するんだからっ」 「ええっ?!初詣と着物って何の関係が・・・・・・」 初詣といえば初参りの事で、確かに大切な行事ではある。 「まあ、まあ。だけがそんなに意気込んでも仕方ないだろう?それより、早く店に入らないかい?」 慣れた手つきで暖簾のを上げて入ってゆく雅幸。 「わ・・・・・・入ってもいいの?」 開け放たれた店に入る事にしか慣れていないにとって、暖簾を上げて戸を開けて入る店には抵抗 があった。 「入らなきゃ買えないわよ?」 花奈に続いてと景時も店内へと足を踏み入れた。 「わ、これもいいなぁ〜。どうしよう・・・・・・」 母と娘は、着物の反物を好き放題に並べて迷い中。 雅幸と景時は用意されたお茶を飲みながら座って待つのみ。 「・・・いつもこんな感じで?」 店中の品物を広げかねない花奈の勢いに気圧され中の景時。 「・・・いや・・・もう少し控えめだったけど・・・がいるからねぇ・・・・・・」 花奈とならば二倍と計算したいところだが、相乗効果によりその騒がしさは三倍。 「それと・・・着物はこちらへ来なくなってから一緒に買いに来た事はなかったしね」 の七五三を境に、京都へは仕事で来ても花奈を連れ立って来ることはなかった。 「何か着物に思い入れでも?」 花奈がいつもや雅幸に着物を着せたという話をから聞いたのだ。 「ああ。花奈の家は神社だったろう?巫女装束で家の手伝いばかりで、着飾って家族で初詣に来るのを 見るばかりでつまらなかったらしいよ。自分も家族を持ったら、着物でって決めていたらしくてね」 雅幸が当時の花奈の意気込んだ話しぶりを思い出して笑った。 景時もその状況がなんとなく想像がついて、花奈との奮闘へ視線を移して笑う。 「オレも・・・ちゃんと着物を仕立てて初詣出来るようにならないとですね」 「それは時間がかかりそうだね・・・・・・」 雅幸が景時を見る。 「え?」 「が着物を仕立てるようになるまでに何年かかることやら」 首を竦めた。 「・・・・・・大丈夫ですよ。ちゃん、家でお裁縫してましたし」 雅幸の目が丸くなった。 「・・・ボタンひとつつけられなかったのに?」 「ボタン?家の事、だいたいちゃんがしてくれてましたよ。帰ると『おかえりなさい』って言われて、食事 の支度も出来ていて。たまの休みに家にいても、相手してもらえないくらい。オレ、つまらなくて後つけて歩 いてたら“ストーカー”って言われちゃって・・・・・・」 頭を掻きながら照れくさそうに景時が思い出を語る。 今では言葉の意味も分かる景時としては、当時を振り返るとかなり恥かしい。 「・・・・・・まったくあの娘は。言うに事欠いて“ストーカー”は酷いだろうに」 俯いて笑う雅幸。 「い、いえ。その・・・まさについて回るとしか言いようの無い事してましたし・・・・・・」 いよいよ汗まで吹き出てきた景時。 「ま、私も似たようなものかな。花奈がわりとマイペースだからね」 雅幸と景時は目を合わせて笑った。花奈とも反物を選び終えた様だった。 「ね、ね!景時さん、これいい感じだよね〜〜〜。次は浴衣を買いに来ようね!」 が三反ばかり手に景時に見せる。 「あ・・・その・・・ちゃんのは?」 「私のは・・・・・・あっち。ママが勝手に選んでた」 が見る方向へ視線を向けると、花奈が選んだらしい反物の山。 「・・・・・・どうやら私の分は一反しかないみたいだねぇ?」 色目からして用と思しきが三反と花奈用が二反。 「だって・・・パパはたくさんあるでしょ〜。でもね、ママはパパ用がもう一反欲しいみたいだよ〜」 いかにも花奈が遅いといわんばかりの。雅幸が大きく息を吐いて頷いた。 「わかったよ。それをママの所へ置いて、先に二人で帰るかい?地下鉄でもタクシーでも使えば帰れるだろ う?ただし。夕飯は部屋に来て欲しいな。七時にお願いしているから、それくらいにね」 「ありがとぉ〜パパ!」 が雅幸に抱きつく。 「景時さん、ちょっと待っててね」 反物を再び抱えてが花奈の選んだ山の隣に置くと、再び小走りに戻ってくる。 「パパ〜、ここどこ?」 「・・・知らないで車に乗っていたのかい?賀茂川を渡っただろう?すぐそこが下鴨神社だよ」 「うにゅぅ・・・・・・下鴨・・・糺の森だ〜!豆餅のお店も近い?!」 が地図を広げると、雅幸に指差される。 「今はこの辺り。が行きたいお店はここかな?四条まで出たければ京阪で行って、帰りはタクシーが 楽だね」 ルートを指でなぞられるが、は見ていない。しっかりと頭に覚えるのは景時。 「・・・景時さん、ど?」 「ん、覚えたよ」 「やった!」 雅幸が溜め息と伴にの額を指でつつく。 「そう何でも景時君に頼ったら駄目じゃないか」 「いいの!景時さん、パッて地図見ただけで覚えちゃうの特技だし。ね?」 景時が軽く頷くと、雅幸も頷き返す。 「の方が心配だね。迷惑かけるんじゃないよ?」 「べ〜〜〜だ!いこ、景時さん」 二人はそのまま店を出た。 「朔に舞を教わったなぁ〜〜〜」 「そうだったね・・・・・・」 家族を思い出さないわけではない。けれど、思い出を話せる相手がいるのが嬉しかった。 「あのね、別行動したかったのはぁ〜!豆餅食べたかったの〜。それと、お土産買おう?」 「お土産って・・・・・・」 有川家でも京都に来ている。土産とは、来ない人に買うものだ。 「もちろん!朔たちにだよ。いつかはわからないから、食べ物じゃないもので、良さそうだったら買っておくの。 そうしたら、いつ来てもらっても渡せるでしょ〜?前に話しましたよ〜?」 「ちゃん・・・・・・」 を抱き締めると、景時の背にの腕が回される。が、届かない。 「あれれ〜?あ、コートだからかぁ」 しんみりしそうな空気を吹き飛ばすの天然が発揮された。 「オレは余裕だけどね〜。急ごう、お店閉まっちゃうよ!」 「そうだった!きゃ〜」 手を繋いで雪道を走ると、古い商店街のような並びの道へ出る。 「ここ!」 「並ぼうか」 弊店間際の時間にも関わらず、店先には人が並んでいる。その列の最後尾に二人で並んだ。 「いくつ買うの?」 「え〜っと・・・景時さんも食べよ〜?パパとママにもだから・・・五個!」 「・・・計算変だよね?」 景時が指を使って指し示すと、が赤くなった。 「・・・私が二個なの」 「ええっ?!そんなに食べて大丈夫?」 どう大目に見てもがそんなに食べられるとは思えない。 「甘いものは別腹だもん・・・明日の朝でも食べられるもん・・・・・・」 旅先で嬉しいのだろうと察すると、そのまま店先の売り子から五個を購入する景時。 「えへへ。売っててよかった」 「じゃ、街中へ行ってみようか」 そのまま鴨川を渡り、電車に乗ると繁華街へ向かって歩く。 年の瀬の街中は、注連飾りが売られていたり、人通りも多く忙しない。 「あっちが清水寺なんだよね?」 「だね〜。・・・寒くない?」 「あ!景時さん、耳寒い?赤くなってるぅ〜。マフラーをね、巻き方変えたら少し違うかもだよ」 手招きされるままに屈むと、ぐるぐる巻きにされる景時。 「・・・・・・これって、顔隠れちゃってて怪しくない?」 「いいのっ!皆が景時さん見るんだもん。見せないのっ!手を繋いで完了〜」 アーケードをふらふらと歩く。将臣と寄ったデパートもある中心地だ。 「何がいいのかな〜。手袋とか冬に良さそうだよね。リズ先生は山の中にいるから、防寒グッズ とか。あ、そういうのだったら京都じゃなくてもいいのかぁ」 右に左にと忙しく辺りを見回すが転ばないかと、それだけが気がかりの景時。 「あ!!!」 「な、何?!」 突然立ち止まったを見つめる景時。 「お土産より、皆の洋服が必要っぽい・・・・・・あの格好じゃ買い物も出来ないし」 景時も、自分が最初に困ったのは服だったと思い出す。 「あ〜〜〜、そうかもね。でもさ、服ってサイズがいるんだよね・・・・・・待てよ」 「うん。私も朔とお母様はわかると思うし・・・白龍と黒龍は無くても自分たちで何とかするよ、多分」 神様が自分の事くらいなんとかしてくれなくては困る。 「オレもわからなくもないけど、オレより大きいリズ先生ってどうなんだろうね〜〜〜」 「あ゛・・・・・・」 顔を見合わせて笑う。 「リズ先生は後で考えよ〜。向こうでも使えて良さそうなものがいいよね。朔とお母様には鏡とかは どうかな?お化粧品とか」 「あ〜〜、いいかも」 まだ硝子を作る技術も発達していない時代の鏡は、大きなものは貴重である。 路地裏で小物を売る店に入り、口紅や鏡などを購入し散策は中断された。 「夕飯までに戻らなきゃ!」 タクシーでホテルへと向かう。雪景色の街並みは白く、厳かなる空気を放っている。 長い、長い一日はようやく終わろうとしていた─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:まとめ第一弾でしたv リズ先生ネタを。 (2005.8.31サイト掲載)