どういう事?こういう事!





 景時とが手を繋いで早めに有川邸の玄関を潜る。
 お互い一緒に暮らしたいと有川夫妻に相談する為だ。
「やっぱり・・・怒られちゃうかな?」
 が景時を見上げる。
「う〜ん。オレがしっかりしてないから・・・でも、二人なら早くここにも馴染めそうな気もす
るし。それに・・・・・・」
 景時がの耳へ唇を寄せる。
「気持ちは正直に・・・だよね?」
 以前が景時へ言った言葉を耳元で囁かれた。
 途端にの顔が赤くなり、黙って頷く。
「じゃ、行くよ?」
 繋いでいた手に力を込めると、行成の書斎の扉をノックした。



「二人の気持ちはわかったけど・・・・・・」
 一通り話し終えた景時と。しかし、紫子からは困惑の声。
「確かに。今のオレには、自分ひとりすらどうすることも出来ない状態です。それでも、
ちゃんと二人なら・・・頑張れるし、頑張りたいと思ってます」
 景時が行成を見つめる。しばらくして、行成の視線がへ移る。
ちゃんは・・・ご両親に話したいって・・・・・・本当に?」
 今までの経緯自体、現実だという説明が困難である。
 その上がしようとしている事は、例え実際の年齢が違うとはいえここでは17歳の
女子高生が同棲するという事。
 行成も紫子も、素直に賛成出来ないでいた。

 部屋の扉がノックされ、将臣と譲が顔を見せた。
「・・・・・・何?景時と、帰ってたんだ」
 将臣がスツールに腰を下ろす。
「・・・何か用があるのかい?」
 行成が将臣の方へ顔を向けた。
「いや、なんていうか俺と譲で話し合ったんだけど。っても、ほんの少し話ただけだけどさ。
景時とが離れて暮らすのは、ちょっとなって。向こうではさ、景時の家に集まって皆で
飯食ったり、しゃべったり。なんつーか、楽しかったんだよな。俺たちにしてみれば、こっち
の世界の方がもう違和感なんだ。何とか出来ないかなって」
「俺も・・・・・・何となく落ち着かないっていうか・・・・・・変な感じで・・・・・・」
 将臣と譲の様子に、紫子が溜息を吐く。
「だからって・・・ここで同じ事をすれば、ちゃんがどう思われてしまうかわかるでしょ?」
 景時はともかく、に対する世間の風当たりは厳しいものになるだろう。
「んな事は俺にだってわかるって。例えばの話、マンションの隣同士にして、壁をぶち抜くと
か、何かあるだろ〜、何かさぁ。そういうの考えたっていいじゃん!」
 将臣が大きく伸びをした。
「頭はさ、使うためについてんだろ?親父」
 父親に挑むような視線をぶつける将臣。
「・・・・・・確かにな。まったく、誰に似たんだか口だけは達者になって」
 子供の成長を頼もしく思いつつも、今後について考えをめぐらせる。

「いっそ正直にぶちまけてみるってのは?案外、色々嘘考えるよりいいかもしれないぜ?」
 将臣が黙っている行成に助言する。
「そ、そうかも!お父さんもお母さんもちょっと変ってるし・・・・・・」
 将臣の意見に追従し、も話に加わる。
ちゃんは、本当に全部話したいの?」
 紫子がの隣に座り、の手を取った。
「だ、だって。景時さんとの事、ちゃんと認めてもらいたくて・・・・・・嘘を吐き続けるのは・・・
すごく苦しいんです・・・・・・」
 が俯く。景時も苦渋の表情のまま俯いた。
 行成が自分の膝を叩いた。
「まあ・・・ちゃんのご両親は信じてくれるだろうけどね」
「へ?」
 からマヌケな声が漏れた。
「ん?ちゃんのお父さんも知ってるからね。ついでにね、他の元龍神の神子様方にも、
京都へ行けば会えなくもないんだ」
「それって・・・・・・」
 が行成と紫子を交互に見る。将臣と譲も同様だった。
 ただ、景時だけが何かに気づいていた。
「私から話しては叱られてしまうな。ちゃんのご両親にもこちらへ来てもらおうか」
 行成の言葉で、紫子が立ち上がりの家へ電話をかけた。

「ええ。よろしければこちらで夕食をご一緒に・・・・・・それに、主人が少しだけ・・・・・・はい。
お待ちしておりますわ」
 受話器を置くと、行成の隣に戻る紫子。
「・・・どうだった?」
「笑ってらしたわ。景時君に覚悟してもらわなきゃね」
 紫子が景時とにウインクをした。
「お、おば様?景時さんに覚悟って・・・・・・」
 がソファーから立ち上がる。
「あら。娘を嫁に出すんですもの。男親が怒らないわけないでしょ?」
 すまして紫子がに答えるが、その顔は笑っていた。
「お、おば様・・・その・・・結婚はまだ・・・だし・・・・・・」
 が真っ赤になってソファーに身を沈めた。
「全部話すとは、そういう事じゃないのかな?あちらの世界では夫婦だったんだろう?」
 行成までもが楽しそうにをからかう。
「親父も母さんもさ〜、まだ何か隠してそうだよな」
 将臣が二人を怪しむ。譲も賛同とばかりに黙って首をふる。
 景時も行成の言葉の意味に気づいていた。
(すべては決まっていた事なのだろうか?菫という星の一族の末裔は、どこまでの未来視を
子孫に残したのだろうか?)
 景時の頭の中では、一つの仮説が組み立てられていた。

 の誕生まで三十年。それは、菫が生きていた時代に降臨する龍神の神子の話。では、
ほかの時代に降臨するはずの龍神の神子に、こちらの世界で接触しなかったのだろうか?
 こちらの星の一族の末裔である藤原家の者が、当然他の神子が連れて来た地の白虎につ
いても何らかの関与をしているはずである。
(誰かが手を貸さなければ、生活は出来ないはずだよね───)
 の手を強く握ると、が景時を見上げた。
ちゃん。オレね、何とかなる気がしてきた」
「・・・・・・はい!」
 
 景時の様子の変化に気づきつつも、行成はの両親の到着を待つ。
(私からは話さない方がいいだろうしね───)
 紫子を見れば、同じ気持ちらしく黙って立ち上がるとお茶の用意を言いつけていた。



「久しぶりだね。いつも娘がお世話になって」
 行成の書斎に入るなり、の父・雅幸が挨拶をする。その後ろには母・花奈もいた。
「お父さん、お母さん」
 が立ち上がる。
「こちらこそ、いつもさんには無理をお願いしてばかりで」
 行成と紫子も立ち上がり挨拶をすると、奥のソファーを勧めた。
「将臣と譲はスツールをこちらに動かして座りなさい」
 さり気なくそれぞれの場所決めをすると、お茶のセットが運び込まれた。
「後はいいですから・・・夕食の準備をお願いね」
 紫子が受け取り、人払いをする。

「さて・・・雅幸さん、申し訳ないが・・・私には・・・いや、私たちにはもう無理ですよ?」
 行成の言葉に、雅幸が大きな溜息を吐いた。
「まったく・・・・・・に甘いねぇ?仕方ない。が成人するまではと思っていたが・・・・・・」
 雅幸が花奈を見ると、花奈が笑い出した。
「だから始めから一緒にしてあげしましょうよって言ったのに。ごめんね、

 ここまでの会話からは、の頭では何を言わんとしているのか理解が出来なかった。
「パ・・・じゃなくて。お父さん?お母さん?」
 目を瞬かせながら、の視線があちこちへと彷徨う。
、すまなかったね。私たちも知っていたんだ、今回の事は」

 の動きが止まった。
 景時の手がの肩を抱き寄せ軽く叩くと、が大きく息を吐き出した。
「どういう事?!どうしてお父さんが?」
 叫ぶに対し、将臣と譲は動かないまま。
 の背中を撫で、落ち着かせようとしているのは景時。
「話せば長いんだが。しかし、娘がこんなに早く嫁に行くのも寂しいものだね」
 いつもと変らぬとぼけた口調に、が焦れた。
「もぉ!お父さんってば!!!長いとかの問題じゃないでしょっ!」
「そうは言ってもねぇ?あ、紅茶をいただこうかな」
 興奮するに構わず、優雅に紅茶を飲み始める雅幸。
「お母さ〜ん。もう、わけわかんないよ!」
「そうねぇ〜、お母さんもわからないんだけど。ちゃん、いい人見つかってよかったわね」
 相変らず話が脱線する母の言葉に、が脱力した。
「も・・・いい。すっごく疲れた」
 景時に寄りかかり、が目を閉じる。
「確かにこれだけの情報では、理解しろという方が無理ですな?私から話しましょうか?」
「・・・私が長話をするのが嫌いなのを知っているだろう?」
 肩を竦める雅幸。どう考えても雅幸の方が偉そうな物言いである。
「お、お父・・・さん?」
 雅幸に手招きされるまま、は雅幸と花奈の間に座った。
「それでは・・・私から話しましょうか」
 行成がゆっくりした口調で語り始めた。

 そもそも、有川の家がここにある理由はかなり前の時代の予言により移住してきた。
 戦国の時代に予言の力を武将たちが欲しがり、星の一族は分家した。
 主家は紫子の家で藤原の名を継ぐ一族。姓を変え、関東に身を隠したのが有川の一族。
 予言通りに桜の木を見つけ、その側に居を構えて今に至る。
 藤原の家には、未来視の力を継ぐ者はなかったが、静かに力を蓄えた。
 一方、有川の家は段々と力のある後継者に恵まれなくなり子孫も増えずにいた。
 両家とも静かに歴史を伝え続けてきた時に、菫が現れた。
 どちらの家で娶るか?───
 しかし、先に出会ってしまったのは有川義孝の方であり、また未来視の力を継ぐのも有川
の家の方だった。
 その菫の予言によれば、龍神の神子がこの世界から誕生し、また戻ってくるとの事。
 先代から伝えられた宮家に縁のある龍神の神子の家系、元宮家と高倉家を再度調査し直
した時に、近年の分家の調査漏れを探し当てた。
 さらに予言を信じるならば、両家が縁者になるという。それがの父と母だった。
 当時藤原一族の総帥だった貴純が、それならばと京都から横浜へ次男を行かせた。
 突然の横浜の大学への編入学である。元々医師を目指していた純忠は喜んで移住した。

ちゃんのお父さんはね、頭がいいのに何事にも執着しなくて。頑張らない人だったねぇ」

 偶然にも同じ大学に通い知り合った雅幸と行成。先輩、後輩の間柄だった。
 当時の行成は、雅幸については知らされていなかった。

「よく使い走りさせられたなぁ・・・・・・」

 思わずが縮こまった。まさかそんな繋がりで有川家と仲が良かったとは。
 しかも、自分の父親がどうやら横暴。
(パパったら〜。家なんてあんなにちっさいのにエラソウだよ〜)
 の背中には冷汗が流れた。

「紫子とはね、何となく両家の間で婚約が決められていて。私は出逢うべくして出逢ったと思っ
ているんだが。紫子とちゃんのお母さんは同級生でね。不思議な縁だったね」

 当時の事を回想しているのか、行成は一度話を区切り紅茶を一口飲んだ。

 行成が大学を卒業した時に、紫子と正式に婚約が整えられ藤原の本家へ呼ばれた。
 そこですべての真実が総裁の貴純より明かされた。
 しかし、雅幸はたまたま横浜にいただけで本当は京都の生まれだった。
 花奈は京都生まれの京都育ち。
 
 どこで花奈と出会い、鎌倉へ住む事になるのか?───
 
 藤原家も、有川家も黙って見守る事にした。

「仕事といってもね、浮き沈みが激しいのはご免だし。そこそこ楽にサラリーマンをしたかったと
いうわけで鎌倉にね。もう色々な事に飽きてしまっていてね」
 雅幸がの頭を撫でた。
「・・・パパ!ちっとも話が繋がってないよぅ。ママとどこで?そこからだよ」
「ふむ。面倒だなぁ。花奈はね、駅で新幹線に乗れないでいたんだよ」

 家は血筋は良かったが、本家でありながら分家の者たちに資産を奪われ没落寸前。
 雅幸が学生時代に副業で一財をなし、復興させた京都の家に両親が住んでいる。

「京都の田舎暮らしに飽きてねぇ。丁度転勤の話があったから受けてみたんだよ」

 一度転勤先の下見に行こうとした時、大学を卒業して東京見物へ行く予定だった花奈と会った。
 友人と待ち合わせした改札とは違う改札で待っていて、時間がギリギリになってしまい慌ててい
た花奈。五分に一本は東京行きの新幹線が走る京都駅だ。
 花奈はホームもわからずウロウロしていた所を雅幸に声をかけられ、無事に新幹線に乗ることが
出来たのだった。

「あの時は、もう舞い上がっちゃってて。切符は持ってるんだから、何もギリギリになるまで待ってな
くてもよかったのよね」
 花奈は見た目はのんびりそうだが、意外と慌て者である。
「それじゃ会っただけだよ〜」
 から抗議の声が上がる。
「だって、同じ新幹線だったし」
「同じって・・・車両も席も違うでしょ?」
 の気持ちのよいツッコミが入る。将臣と譲もぜひそこが知りたかったのだ。
「友達にね、新幹線で会ったんだけど。パパに着いて行きたくて、ドタキャンして。パパを探したのよ、
ずぅ〜っと新幹線の中を。で、そのまま着いて行っちゃったの。だから、の気持ちわかるの〜」
 絶句。間違いなくこの人の血を引いていると思った瞬間。
「あの・・・お持ち帰りって事?」
 おずおずと将臣が雅幸に訊ねる。
「そうなるのかなぁ?でも、可愛くなかったら声はかけなかっただろうね」
 しれっと言い放つ雅幸。
「お互い京都だと思っていたら、パパったら横浜に転勤って言うし。悲しくて泣いちゃったら、その場で
家を買ってくれたの」
「は?」
「だから、あの家。また飽きたら何処かへ行くかもしれないしって。これで我慢してって」
「は?」
 の今の家は、父の衝動買いの産物という事になる。
「パパって・・・何してる人なの?いつも早く帰って来てたよね?出張は多かったけど・・・・・・」
 が雅幸を見上げた。
「サラリーマンだよ?ほら、日中フラフラしていると聞こえが悪いだろう?だからね。家だって、目立たな
いのが一番気楽だしね」
 聞こえが悪くないための隠れ蓑のサラリーマンと鎌倉の家。
「も、だめ・・・わかんないよ・・・・・・」
 が花奈の膝に沈んだ。
 代りにまた行成が説明を始めた。

 雅幸が学生の時に立ち上げた会社は大成功。そのままいくつか会社を増やし、そのうちの二つを
行成が譲り受けた。雅幸はその才能を藤原の総裁に気に入られ、グループ会社を任されたので雇われ
社長の肩書きもあるのだった。複数の社長業と会長職に名前がある。
 が生まれてから、雅幸と花奈の縁を貴純に聞かされた二人は、娘の将来を心配しつつも出来る
だけ一緒に時間を過ごせるように暮らしてきた。

「だからか〜。どうして海外出張あるんだろって思った事あるんだよね・・・・・・」
「偶には真面目に社長業もしないとね?」
 花奈の膝に頭を預けている娘を見つめる雅幸。
「でも、ママの家は?ママがいなくなっても平気だったの?」
は会った事ないものね、おじいちゃんとおばあちゃんに。家はね、京都でもかなり山の方の神社
の神主さんだったの。神社を継ぐのは嫌だったし。だから、家出同然で一週間後に帰った時、勘当され
ちゃった」
 親子の会話が少ないとは思わない、むしろ多めだったと思われるが、次々と明かされる父と母の過去
に、の頭はオーバーヒートしていた。

「夕食の後に続きを話しましょう」
 行成が提案をすると、雅幸から待ったがかかる。
「その前に。景時君に少しばかり。やはり定番のアレはして欲しいものだよね〜、父親としては」
「は?・・・・・・定番って・・・・・・」
 定番のアレで景時にわかろうはずもなく。
「可愛い、可愛いひとり娘を嫁に出すんだよ?」
 いつの間にか、しっかりとを抱えている雅幸。
「ちょっ、パパっ!景時さんに意地悪しないでよ」
 が暴れても動じることなく、景時の顔を見つめる雅幸。
 将臣が景時の耳に定番のセリフを囁いた。

 景時が床に座り、頭を下げた。
「お嬢さんを・・・、さんをオレに下さいっ」
 床に額をつけて待つこと数秒。
「・・・うん。いいよ?」
 あっさりを解放する雅幸。が景時の傍に駆け寄る。
「景時さん!いいんだよ、そんな事しなくたって」
「でも、ちゃんと暮らしたいし、結婚したいんだ。お許しいただけてよかった〜」
 景時が大きく息を吐き出した。
「うん。パパも、そんなにあっさり返事するなら、意地悪しなくったって・・・・・・」
 景時とソファーに座りながら、が雅幸を睨む。
「一応ね。大切な娘って言うのは本当だし。それに、が幸せならいいんだよ、私たちは。そろそろ
花奈と二人でのんびり旅行にも行きたいし。ぜひとも自立してもらわないと」
「ひどーい!そんなの、私要らないみたいだよ。いいもん、景時さんと暮らすから」
 が景時に抱きつくと、景時が真っ赤になっていた。
「景時君。我侭娘ですが、ぜひもらってやって下さい」
 雅幸の言葉に、景時が慌てて頭を下げた。
「大切にしますから・・・・・・オレの全部で・・・・・・」
「・・・案外泣き虫だからね。大変だと思うけど、相手をしてくれるかな?さ、夕食をいただこうかな」
 雅幸の言葉で、全員が立ち上がりダイニングへ向かった。





 夕食も終わり、また書斎へ戻る面々。
「さて。は何が知りたい?何でも行成おじさんに聞くといいよ」
 紅茶を飲みながら、寛いでいる雅幸。
「・・・パパ。その態度、よくないと思うよ」
 が雅幸を窘める。
「そうはいっても全部話したわけだし。今更仲良しご近所の演技をしなくてもいいだろう?」
「もぉいい。私ね、パパのお父さんとお母さんに会った記憶ないんだけど」
 雅幸がカップをテーブルに置いた。
「どうして私に聞きたいかな。まあ、小さい頃は何度か連れて行ったけどね。とにかく、どこの家にも女
の子が生まれていなくてね。の取り合いで可哀想だったから、連れて行かなくなったんだよ」
 またも意味不明である。しかも、雅幸の言葉を信じるならば、は大人気だったという事になる。
「続きは私が話しましょう」
 今度は紫子が話の後を引き継いだ。

 藤原家では、紫子が生まれるまで女児は生まれなかった。
 しかし、ようやく生まれた紫子も時が経てば成長してしまう。
 それではと次の誕生を待てば、紫子の兄たちの家でも女児は生まれない。
 有川家でも生まれず、とにかくどこの家でも女の子が欲しかった。
 行成と紫子の代で一応血縁の復活をしたが、どの家にも女児が生まれないことには変りがない。
 だから、雅幸が実家へ帰る時にを連れて藤原本家へも挨拶に行くと、非常に大変な事になった。
 が寝ていようが起きていようが、終始誰かがを構いまくる。
 それは、着せ替えであり、おもちゃであり、一緒に遊ぶのでも、ありとあらゆる事を誰がとするか
の争奪戦となった。
 その後実家へ帰れば、と遊ぶのを心待ちにしていた雅幸の両親によって、疲れているだろうに
が振り回された。

「雅幸さんがね、藤原の本家でキレちゃったの。『に会いたければ、鎌倉へどうぞ』って。実家でも
同じ事をおっしゃったそうで」
「それじゃ・・・みんな私の事を知ってるの?」
「知っているなんてものじゃないわ。で・も!私の許可なくちゃんに会ったら酷い目に合わせたけど」
 紫子が自分の事は棚上げで胸を張る。
「それって・・・・・・」
 が雅幸を見ると、肩を竦めた。
「別に私が頼んだわけじゃないよ?ただ、行成の事は信用してるし。紫子さんが本当にを大切にし
てくれているのは知ってるしね。くたくたになっているをひっぱり回すような事をする人には、何かが
あったとしても仕方ないだろうねぇ」
 意地悪な笑みを浮かべる雅幸を、将臣と譲は寒さを感じながら見ていた。
(この家どころか一族、他まで巻き込むほど中心だったのか・・・・・・)
(よく考えたら、先輩のお父さんこそ弁慶さんのような・・・・・・)
 軽く気温が二度下がった気がした将臣と譲。

「でもね、大きくなっちゃったらそれなりに別の問題が出て来ちゃってね。その・・・ちゃんをお嫁さんに
したいって、どこの家でも思っていたみたいで。だから、誰にも会わせないようにしていたの。家によく遊び
に来ていたでしょ?あれは、他の家の人に合わせないようにするためだったのよね〜」
ちゃんは可愛いから、紫子の兄上方が息子の嫁にと言い出すしね」
 行成と紫子が、の当時を思い出して頷き合っている。
「あの・・・それっていくつくらいの話ですか?」
 そんなに人気者だったなら、記憶があってもいいはずとは行成に訊ねる。
「そうだなぁ、七歳くらいだったかな。そうそう、ちゃんが雅幸さんをふったんだよ?あの時は面白かっ
たですね?雅幸さん」
 行成の言葉に、雅幸の口の端が上がる。
「煩いな。昔の事だよ」
 拗ね気味の雅幸の頬を花奈がつつく。
「そういえば、落ち込んでたわよね〜。にプロポーズなんてするから」
 七歳の記憶がそうそう残っている訳ではない。しかも、七歳児相手に周囲の大人達は何をしているのか。
(あ、頭いたぁ〜い・・・・・・)
 甘やかされて育った記憶はあったが、ここまでだったとは自身驚愕である。
(あれ?パパをふったって・・・・・・)
「私、パパをふったの?」
 が誰にというわけではなく口にした。
「ふったのよ〜、はね将臣くんも譲くんもふったのよ。驚いちゃった」
「そうだったわ〜。あの時、将臣も譲も泣いたのよね〜〜」
 花奈と紫子が楽しそうに当時の出来事を話し出した。



 七五三のお祝いの時、着物を着たを見た雅幸が、気分はもう花嫁の父になってしまい質問。
 嫁に出したくないので、を試したのだ。
はパパが好きかい?』
『うん。だぁ〜い好き』
『じゃあ、パパのお嫁さんになってくれるかな?』
『嫌だよ。の王子様が迎えに来てくれるんだもん』
『!』
 が男をふった初めての瞬間。この時から雅幸は覚悟を決めた。娘が王子様に掻っ攫われる事を。

 続いて譲が生意気にも花を持って登場。
ちゃん、僕のお嫁さんになって下さい』
『譲くんは王子様じゃないから嫌』
 譲、既ににふられていた六歳の秋。しかも王子様じゃないと断言。

 当時、一番の本命だった将臣もにアピール。手には千歳飴。
 食べ物でくる辺り、当時から頭が良く、観察眼は確かだった。
『ほら、やる!』
『ありがと。将臣くんにもあげるよ〜。白い方でいい?』
『あ、ああ。もらっとく。だから・・・これ・・・・・・』
 差し出したのは玩具の指輪。なかなか小道具の準備までいい。
 両家の大人が息を飲んで見守る中、はあっさりしたものだった。
『そ〜ゆ〜のは、一番大好きな人にもらわないといけないから。ごめんね』
 将臣撃沈。しかも、この時点ですらの一番ではなかった。



「運命ってあるのね〜って思ったわ。誰ともちゃんは付き合わなかったし。そういえば。あなたは
ちゃんに訊かなかったわね?」
 紫子が行成の方を向いた。
「私かい?私はちゃんが遊びに来てくれるだけで充分だったしね。それに、母の未来視を信じる
ならば、将臣と譲では役不足なのもわかっていたよ。ね?」
 行成がを見れば、は景時の背に顔を隠していた。
 雅幸が景時とを見る。
(景時君がの王子様なんだよねぇ?しかも、姫君自ら連れてきて)
 譲もを見つめる。
(俺、片想いかと思っていたら。とっくの昔にふられてたんですね・・・・・・。景時さんとの事、祝福出来
る気持ちにすぐなれましたしね)
 将臣もも見つめる。
(・・・・・・どうりでコイツに恋愛感情が起きないわけだよ。周囲には色々言われたけど。幼馴染以上に
はなれないわけだ)
 
 周囲からの視線を一身に集める景時。正しくは背中のに注がれるもの。
 心臓は限界だが、が選んだのは景時である。
 根性で背筋を伸ばして、背中にを庇いながら座っていた。
「・・・じゃ、いつから景時さんと一緒に住んでいいの?」
 ひょっこり景時の背から顔を出したが雅幸を見る。
「冬休みにでもマンションに越せばいいよ。アレは私の持ち物で、の為に空けておいたんだから」
「え?」
 が行成を見る。
「そうなんだ。マンションはちゃんのお父さんの持ち物でね。雅幸さんがそういうなら、ちゃんの
部屋に二人で越せばいいよ」
「・・・あの・・・私のって・・・じゃ、最初の予定の部屋は?」
「マンション一棟だから。部屋はどれでもいいってわけさ。祝日に二人で見に行って、好きな部屋に決め
なさい。の部屋にと思っていたのは最上階の部屋なんだけどね」
 知らぬは子供たちだけ。以前、景時の家が豪邸だと思ったが身近に豪邸に住めるのに住まない人物
がいようとは。
「ありがと!パパ。クリスマスに引越ししてもい?祝日にお部屋を決めて、家具も決めて。イヴは終業式
だから。午後なら家具が届いてもいいし。家の荷物は教科書だけ持ってくから」
 の顔が綻ぶ。この顔に全員が弱かった。
「何でもの好きにすればいいさ。景時君に迷惑かけるんじゃないよ?ま、今日の所は家に帰ろうか。
明日また学校から帰ったらこちらへお邪魔すればいいだろう?」
「うん。・・・また明日お邪魔します」
 が行成と紫子に頭を下げた。
「それは嬉しいねぇ」
 明日もが来るという約束を取り付け、ご機嫌の有川夫妻。
 全員でを玄関まで見送る。
 礼儀正しく礼をする花奈と。雅幸は先に歩き出していた。
 だけが景時の所へ戻ってきた。
「景時さん。明日、走って帰ってくるからね」
 景時の頬にキスをして走り去った。

「羨ましいねぇ?ところで・・・景時君からは何も質問をしなくてよかったのかな?」
 部屋へ戻りながら行成が景時に訊ねる。
「あ、はい。質問というより・・・他の白虎もお世話になってるんだろうなって。しかも、ちゃんについて
は、生まれる前から知っていたという話でしたし。途中から、ちゃんのお父さんが、他の白虎たちのお
世話をしているんじゃないかなって。星の一族の総裁に気に入られてとか、才があるのに表に出ない所と
か。オレの想像でしかないですけど・・・・・・」
 行成の目が見開かれた。
「ほう・・・君は頭がいいね。そうだよ、彼が会長職をしている会社を先の白虎二人がそれぞれ経営してい
る。君に任せたいといった会社も、元々は雅幸さんが起こした会社の一つだよ」
「この世界に生まれたわけじゃないですから。無理があるんでしょう、オレが存在するには・・・・・・」
 景時が寂しそうに微笑むのを見て、行成が景時の肩を叩く。
「こちらで準備されているという事は、存在してもいいという事だと思わないかい?」
「でも・・・ここまで無力だと・・・・・色々考えさせられます・・・・・・」
 俯く景時の背中を行成が叩く。
「君はちゃんに選ばれたんだよ?自信を持ちなさい。まあ、雅幸さんは天敵だろうけどね。彼は、本当
に頭がいいよ。しかも、態度はあんな風だけど、ちゃんに関してはとても敵わないよ」
 景時の顔が上がる。
「いえ、ちゃんを一番大切に幸せにするのはオレです。今は敵わなくても。認めてもらえるまで、オレの
精一杯で頑張ります。毎日彼女が笑っていられるように。それじゃ」
 景時が二階へ行くのを見送る行成。
「・・・雅幸さんの負けのようですよ。ちゃんの王子様は、見かけよりも強いかもしれないな」
 つぶやく行成の背後から声がかかる。
「親父も甘いよな〜。景時はな、がいるとものすっごく強いんだ。倒れそうで倒れないからみてれば?
明日は飛行機で札幌ラーメン食べて帰ってくるわ。夕方までに戻らないとが煩そうだし。おやすみ」
 将臣も二階へと消えていった。
「寂しいねぇ・・・・・・子供が成長してしまうのは」
 口では寂しいと言いながら、笑顔で書斎へ戻った。



 明日は月曜日。それぞれが動き出す───
 





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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ

 あとがき:説明ばっか。でも、こんなのもいいかなって。望美父のイメージは、態度でかい人(笑)母は朗らかだけど慌て者ってところで。
           (2005.5.29サイト掲載)




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