居心地が良すぎて  ≪景時side≫





 ずっと思っていた事を伝えられた。
 普段言えばいいものを・・・と、朔には呆れられたけど。
 つまり、今までにない感情なので、どうしていいのか迷っていた。
 幼い時、朔が父や母に大切にされていたのを眺めていたのと似て異なる。
 
 知らないうちに君に大切な居場所を作ってもらっていたから。
 その位置は少しも揺らいでいなかったのに、焼きもちみたいな変な感情。
 落ち着いて考えれば、それは不安という、あまりに漠然として掴めない
モノだったわけで───


「おかえりなさい、景時さん」
「ただいま〜。起きていていいの?」
「お昼寝、た〜くさんしたから大丈夫です」
 口ではそんな事をいってるけど、以前の君に比べるとゆっくりな動き。
 まだ本調子には遠いんだろうな〜。

「じゃ、こうしよう。掴まっててね。沙羅は?」
「沙羅は白龍とお絵かき。もう、紙なんて無視して描きたい放題。楽しい
みたいだから注意はしないでいるんです。後で床を雑巾がけすればいいし」
 片手で抱き上げると、きゅっと首に回される腕の温度に安心して。
 顔が見えないのは残念だけれど、声の振動が伝わる距離もいいなと思う。

 『子供たちが優先』

 そんなあるべき姿に縛られて、自分の気持ちの置きどころのなさなどは、
些細な事と流して我慢していたけど。
 言ってみると、こうして二人でいる時間を少しでも持てて嬉しかったり。
 君には何でも正直に伝えてみればよかったんだと、改めて思ったり。

 ・・・待てよ。床?

「床までじゃ・・・朔が怒りそうじゃない?」
「景時さん発明の水性の墨だから大丈夫です。拭けばすぐ落ちますよ」
「な〜るほど」
 以前に将臣君に頼まれて考えた墨の方か〜。
 水に溶ける紙と、水で消える塗料を考えたんだっけ。

「源太は?」
「そろそろ起きてご飯だと思うんです。今はお母様にお任せしてるの」
 どうやら沙羅は朔、源太は母上という分担になりつつある。
 確かに母上が沙羅を追いかけるのは気の毒だ。
 今日は源太の部屋が先に決定かな。

「じゃ、源太の寝顔を見てから沙羅と遊ぼうかな」
「ですね!源太くんにご飯をあげてから・・・行きますね?」
「ん!」
 部屋の前でちゃんを下ろして、軽くキスを交わす。
 ご褒美、ご褒美。
 特に何もない時は、今日みたいに早く帰らせてもらえてるし。
 楽しすぎて怖いな。


「母上?景時です。入りますよ」
「静かにね」
 静かに静かに部屋に入れば、両手を小さな拳にして眠る源太がいる。

「そろそろお目覚めだと思いますよ」
「ありがとうございました。起きたらご飯かなって」
 ちゃんに微笑んでから、チラリとオレを見る視線。
 わかってますよ、まったく。
 いくらオレでも、朔だけじゃなく、母上にまで小言をいただいたら、
へこみますって。

「源太の寝顔を見に来ただけですので、この後は沙羅と遊びますよ」
「そうなさい。私は台所の方を見てこようかしら」
 恥ずかしがりな彼女のために、人がいない方がいい。
 源太のご飯は、彼女の・・・なんだし。

「もう少し源太の顔を見てから行きます」
「そう?さんは無理をしないようにね」
 母上はちゃんの事をいつの間にか名前で呼ぶようになっていて。
 あの母上がねぇ・・・と思うけど、相手が君じゃなぁ。

「景時さん?」
「ああ。名前だな〜って思っただけ。前は“神子様”だったでしょ?」
 君は自分で居場所を作れるすごい人だなと思う。
「だって、景時さんのお嫁さんだもん」
「まあね!・・・起きたら泣きだすかな〜」
 まだ髪の毛なんか少なくて。
 頭なんてオレの手の方が余っちゃって。

「・・・可愛いなぁ。沙羅も可愛かったけど、また違うね」
 触れるのもビックリってなもんだったし。

「もしかすると、源太くんの方が泣き虫かも。沙羅ちゃんはご飯とかおし
めとか、要求が通るとピタッと泣きやんでわかりやすかったの。源太くん
はね、少しだけもにょっとしてる。でもね、抱っこすると静か」
「へ〜〜〜。もうそんなに違いがあるんだ。面白いね」
 確かに沙羅はお転婆だ。
 それは日に日に成長している証拠で嬉しいから、それでいいと思ってそ
のままにしている。
 あの朔も叱らないのだから、元気が一番!

「・・・源太はオレに似ちゃったのかなぁ」
 何だか可哀想だなと思ってしまうのは、勝手すぎるだろうか。

「それが・・・違うみたいなんです。お母様が違うって」
「違う?」
「あの・・・景時さんの方が、もっと泣き虫だったって・・・・・・」
 どれだけ情けないんだろうな、オレって。

「さすがに覚えてないな〜。赤子は泣くのが仕事です〜ってもんだよ」
 ちょんと源太の鼻先に触れる。
 まだまだ全部が小さくて。

「源太はいいね。もう家族の人形もあるし、留守でも心配ないかな」
「あ、ダメです。沙羅ちゃんのだから。最近では毎日遊ばないけど、おも
ちゃ箱から除けようとすると怒るんです。おもちゃ箱がお家みたい」
 家って・・・父、母、娘の人形の家がおもちゃ箱?
 変な事考えつくもんだな〜。

「源太くん人形も作って仲間に入れてもらわなきゃ」
「あ〜、そっか。そういうこと〜。試しに九郎とか作ったらどうなるかな」
 九郎は家族では無いから、どこにしまうんだろう?
 単純に興味があるなぁ。

「言ってませんでしたっけ?朔人形を作ったら、黒龍にあげられちゃって。
じゃあと思って、白龍と黒龍とお母様の人形も作ったんです。そうしたら、
黒龍人形は朔のところ、白龍人形は譲くんのところ、お母様の人形はお母
様に手渡し。沙羅ちゃんの基準がいまひとつ読めないんですけど、間違い
でもない感じで」
「白龍が譲君のところっていうのが笑えるねぇ・・・・・・」
 母上には悪いけど、母上は部屋にひとりきりだからだろうな。
 白龍も、何のかんのと譲君にべったりだからだろうし。
 朔と黒龍の関係に気づいている所は侮れない。
 見事にそれぞれの居場所を認識しているところが何とも。
 

 ───そう。単純でいい。細かい事を考えすぎるんだ、オレは。


「そろそろ沙羅の様子を見に行くね」
「はい」
 そろそろ目覚めのお時間。
 もう一度だけご褒美をもらってから、静かにその場を離れた。





 お絵かきで真っ黒な沙羅を見るのが楽しみだったりする。
 南の部屋では飛び出すように登場してみた。

「沙羅!ただいま〜〜〜」
「ぱ〜〜〜!!!」
 よたよたしつつも二足歩行。
 手を伸ばし近づいてくる愛娘を抱き上げると、まんまと頬に触れられる。
 冷やりとして濡れた感触が何であるのか、考えるまでもない。

「沙羅ちゃ〜ん。パパの顔、黒くしたいのかな?」
「きゃはは!」
 もう何だっていいというような部屋の中。
 顔まで汚れている白龍とは対照的に、朔と黒龍は被害なし。
 白龍も神様なんだけど、そこはね。

「・・・お帰りなさいませ、兄上」
「ただいま〜。沙羅の事、ありがとうね。代わるよ」
 オレも白龍と同じ運命を辿るのだろう。
 けれど、叱られるのはオレだけだな。

「では、私はの方に・・・・・・」
「あ、待って。今、源太が起きたばかりだと思う。その・・・・・・」
 ちゃん風に言うならば、“源太のご飯”だけど。
 旨い言葉はないもんかな〜、オレが言ってもいいような。

「わかりましたわ。少し時間をおいてからに致します。黒龍。ここを頼ん
でもいいかしら?」
「ああ」
 黒龍が残ってくれるのは助かる!

「じゃ、心置きなく。沙羅〜〜〜」
「きゃーーーーーっ!きゃはは!!!」
 沙羅が歩くそばから足あとがつき、オレもしてみたくなった。





「・・・すっごいコトになってますね?」
「まあね。でもさ、紙に残してみたんだ。どうかな?」
 染料は乾いた後に濡らすと消えてしまうが、紙は普通に丈夫な紙。
 今後、濡らさなければ問題ない。
 沙羅の足とオレの足を記念に紙に残してみた。
 朔に迎えに来られた沙羅と白龍は風呂場へ直行で、オレはひとり寂しく
雑巾がけ。
 しっかし・・・よく落ちる。我ながら大発明だ。

「これでも半分終わったんだよ?」
「ええっ!?それは・・・部屋が広すぎた所為ですね」
 怒るでもなく、源太を抱いたままの君が笑ってる。
 やっぱり嬉しいと思うんだ、こういう瞬間。

「お魚釣ると記念に魚拓?ってするんですよね。この場合、足拓?」
「・・・拓本とも少し違うしね。判〜?」
「ぺったんがいいです。そんな感じの音がするでしょう?」
 君の言葉はわかりやすい。
 じんわり伝わる響きがいい。

「源太の足、お風呂の前にしようか?」
「ほんとに?いいですね、それ。私のも並べて、家族の記念」
「すっごい宝物できちゃうね?」
 紙は色褪せてしまうのだろうけれど、それでも何かが残るだろう。

「家族の宝箱作りましょうか。沙羅ちゃんが描いた絵とかとってあるんで
すよ?初お絵かき記念に」
「君の宝箱より大きい箱にしないとね!四人分だし」
「私のは特別だもの・・・・・・」
 オレにも触らせてもらえない、彼女のとっておき。
 だけど、中に何があるのか知っている。
 一度だけ見せてもらったことがあるから。
 オレが書いた君宛の文とか、一緒に見た桜の花弁とかイロイロ。
 思い出すだけで照れるな。

「特別なんだ」
「特別です。あれは・・・私だけの宝物だから」
 オレたちの部屋には見覚えのある箱がある。
 子供たちの手に届かないよう、いつの間にか高い場所に移動されていて。
 埃を被ったりしていないのは、時々君が下ろしている証拠。
 オレが留守の時に宝物を眺めているのだろうか。
 下手くそな、恋文には程遠いオレの送った文や、紅葉の葉を。

「オレもあるよ。文箱が宝箱!」
「景時さんが遠出する度にもりもり書いちゃったから、満杯ですね」
「何なら一部屋専用にしてもいいかな。部屋は余ってるし」
 そう、空き部屋がある。
 ずーっと集めたら、それくらいになるんじゃないかな?

「大袈裟ですよ。そんなにはならないと思うんですけど・・・・・・」
「いや、いる!!!棚をつくって、使う場所を分けよう。棚ね、棚」
 だってさ、子供たち増えるし。
 箱どうこうより、しまう場所の確保が先だよな〜。
 沙羅の棚、源太の棚とかって分ける。


「よぉ〜し!張り切っちゃうよ〜〜〜」
「・・・朔に叱られない程度にして下さいね」

 駆け出したオレの背中に君の声が届く。
 だよね〜。
 ほどほどに張り切るよ、うん。
 朔だって、何に使うか知れば協力してくれると思う。

 オレの居場所はココにある!!!










Copyright © 2005-2009 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!

 あとがき:片づけてをしていて、手形、足形ぺったんが出てきてビックリ!     (2009.06.22サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる