素直さ ≪景時side≫ オレにはあまり縁がなかったもの。 他人からの賞賛の言葉。 ところが、君だけは違う。 オレも驚いちゃうんだけど、褒めてくれたことしかない。 嘘とかは叱られるけど、非難めいた物ではないから除外ね。 気持ちに嘘は吐かないで─── これが・・・とても難しい。 いや、難しかった。 オレは、人を、仲間を騙すような仕事もしていたから。 自分の気持ちを殺すだけで済むなら、それが一番いいと信じていたから。 それは苦しいだけで、何処にもたどり着けそうになかったのに。 君だけがオレを見つけてくれたから。 家族がたくさんの事を教えてくれるから。 頑張るよ! 「沙羅ちゃ〜ん。ダメだって」 ちゃんは源太で手一杯だからね。 沙羅の相手をするようにって、九郎がお休みをくれた事だし。 今日も朝から追いかけっこ。 「きゃはは!きゃはは!ち〜〜!」 「汗だくだよ・・・沙羅〜〜〜〜〜」 流石にオレも限界で、床に膝をついたところにちゃんが。 「景時さん。大変そうですね?」 「うん。もうヘトヘト〜。沙羅にちっとも追いつかないよ」 源太は寝ているのかな? 立ち上がると、すやすやと眠っているのが見える。 「真面目すぎです。景時さんは背が高いから、かがむ姿勢分、疲れちゃうんですよ。 とっておきの秘策を教えてあげますね。耳、耳」 「あ、うん。わかった」 少しだけ膝を曲げながら首を傾げ、君の声が届くようにする。 内緒話みたいだ。 距離の近さがこそばゆい。 『時々休んじゃうと、向こうから来ますよ。それか、他の人とおしゃべり』 な〜るほど。 あんなに小さいのに、焼きもち焼くんだ。 「ほら。こっち見てる。沙羅は素直だから、こうしていれば突進してくるんです。 景時さんがいない時はね、朔とおしゃべりして気を惹いたりしてたの。もうお腹が爆発 寸前だったから、追いかけっこ、めちゃ大変だったの。それで」 「そ、そうか〜。沙羅がさ、戸を自分で開けちゃうんだよ。だから、朝から邸の簀子を ぐるりと一周させられて。いや〜、仕事より大変」 この額の汗がそれを証明してるよ。 ・・・普段の仕事でこんなに汗はかかない。 「お仕事と同じです。誰かが・・・嬉しいから頑張れる。沙羅ちゃんの場合は、成長して いることを見せてくれるから、それも嬉しくて」 さり気なく源太を抱かせてくれて。 少しは重くなったのかな?たぶん、ほんの僅か。 毎日だと忘れちゃうけどね。 これは嬉しい重み。抱っこは上手くなったな。 「こうしていれば、来ますよ」 ちゃんが膝をついて座り、両手を広げると、様子を窺っていた沙羅が突進してきた。 そんな笑顔で両手を広げられたら、オレだって突進したいよ・・・と、これは言わない。 ぐぐっと我慢してみせる。 これは大人として当然なので、気持ちに嘘は吐いていない。 言ったが最後、君が何も言わなくても、妹君からのキツ〜イお叱りがあるに違いないから。 「ま!ちゃ」 「そうだね。お茶にしようか?朔お姉ちゃんに美味しいほうじ茶を淹れてもらおうね」 ちゃんに抱っこされてご満悦とみた。 そんなに心配していなかったんだけど、もしかしたら九郎が言った通りかもしれない。 今まで毎日一緒だった母親との時間を突然減らされたら、そりゃ寂しいよな。 源太が悪いのでもない。難しいな、こういうの。 「景時さん。お茶にしましょう?そろそろ朔が・・・・・・」 「もちろん、用意しているわ。そろそろかと思って」 朔がお盆を手にしている理由がわかるのか、突如愛娘が南の部屋へ。 まだ覚束ない足取りだけれど、今度は確実に二本足のみ。 「おお〜っ。歩いてる!」 「そうなんですよね。逃げる時は、一番早い方法を選んでしてるみたいなんです。パパに似て、 とっても賢いの。大人からすれば、四足や隙間を通られるのって、掴まえにくい姿勢になるで しょう?」 またも自然に手を広げられ、つられて源太を預ける。 一瞬源太が欠伸をしたけど、目覚める感じじゃなくてよかった。 「知恵がつくのが早くって、ビックリです。・・・沙羅ちゃんをお願いしますね」 「わかった!」 沙羅を追い越さないよう、ゆっくり、ゆっくり後を歩く。 きっと、オレが先だとガッカリさせちゃうから。 「兄上ったら」 「優しいよね。ね〜、源太くん」 背中から賞賛の声。・・・朔は違うケド。 振り返るのは恥ずかしいからしない。 優しいのはオレじゃなくて、君だと思うよ。うん。 「うわ・・・沙羅は本当にお姉さんになったなぁ」 しゃんと座っている様子が可愛くて、それでいて可笑しい。 正座もどきの器用な座りっぷりに、つい頬が緩んでしまう。 「ぱ〜も、ちゃ」 「そうだね〜。お茶の時間にしよう!」 抱っこしたい気持ちを抑えて、沙羅の隣に座る。 ・・・なんだか辛い。思わず胸に手をあててみたり。 「いいな〜、沙羅ちゃん。私もパパのお隣いいですか?」 「や。こっち!」 ぷうと頬を膨らませて、沙羅は右側の床を叩く。 要するに・・・真ん中になりたいと。 オレも真ん中がいいなぁ・・・・・・。 これも黙っておこう。 朔がいるからには、確実に雷がオレに落ちる。 「じゃ、ママはこっちね」 「沙羅ちゃんは父上と母上が大好きなのよね。私たちは隣室へ行くわね」 黒龍と白龍は朔の後を追っていて。 一見餌付けされた動物みたいだけど・・・黒龍は違うんだよな。 朔の少し後ろを歩く背が頼もしく見える。 彼も・・・成長している。 その速度はゆるやかだとしても、だ。 「景時さん?どうかした?」 「いやぁ・・・抱っこって言われないのが、物足りないというか・・・寂しい?」 一度ゆっくり瞬きをしてから笑われた。 「やだぁ。景時さんが最初に言ったんですよ?沙羅がお姉さんになったって。だからこんなに 張り切っちゃってるのに。ね?沙羅は・・・まだ何も知らないから。見たこと、聞いたこと、 モノマネからだけど、そうするものなんだって覚えているんですよ。あまり変なコト出来ない なぁ〜って、気を使わなきゃなコトもあるんですけど。将臣くんと遊ぶと、変な仕種覚えて 困っちゃう。九郎さんと遊ぶと、姿勢が良くなったり。先生と遊ぶと、マントを着けたがったり。 とっても、とっても素直なんです」 沙羅の頭を撫でる君の手が優しくて。 気持ちが溢れて流れ出す。 オレが救われた、あの時の空気と同じ。 「沙羅〜。パパもしっかりさんになるからね。・・・でも、もうしばらくは遊んでね」 どっちが大人だかわからないなぁ。 でも、こうして無邪気に遊べる時を、どれだけ持てるのかわからないから。 「沙羅ちゃん。ママ、パパに抱っこしてもらおうかな〜」 「や!さ〜のん」 ちゃんが立ち上がると、沙羅が慌ててオレの膝にすがり付いてくれて。 方便に騙されちゃって、可哀想だけれど単純に嬉しい。 「よ〜し!抱っこでお庭へ行こうか。・・・少し散歩してくるよ」 「お願いします。源太くんは、おしめの頃合だから」 あ!源太にしたよ。 ここは沙羅を見習って。 「オレにも・・・頂戴」 少しかがんで頬を出せば。 「・・・パパさんの甘えん坊〜」 「いいの、いいの」 オレとしても、素直になると良い事があるって学んだばかりだし。 「さ〜も!さ〜にも」 「沙羅ちゃんにも・・・ちゅっ!今日は寒いから、泥んこはダメですからね」 「はい!」 わかってるのか、わかっていないのか、返事だけは大変よろしくて笑える。 待てよ。これって・・・・・・。 「あ〜〜〜、少し反省。これって、オレの真似だ。気をつけよう」 返事だけいいと朔に叱られてばかりなのはオレ。 「返事がいいのはいいことだもの。大丈夫ですよ」 しっかり見送られて庭へ降りれば、微かに春の気配。 「沙羅がお姉さんかぁ・・・・・・」 兄弟喧嘩とかするのかな。 どんな女の子になるのかな。 どんな・・・・・・。 これは考えない事に決めたんだった。 「春を探しに行こうか」 ふらりと庭を散策する。 そのうち四人で歩けるかな。 来年には叶うといいな。 後で君に話してみようと思う。 |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!
あとがき:成長が嬉しくて寂しい親心(笑) (2009.01.12サイト掲載)