馳せるモノ ≪景時side≫ 鎌倉に着いた。 あれだね。 オレを待つ人がいない、オレの大切な人たちもいない土地はどこか違っていて。 遠い記憶だけが溢れ出す。 そんなに大層なものではないけれど、オレが過ごした時間が駆け抜けた。 (ここにあるのは・・・もう思い出だけなんだなぁ・・・・・・) 泣いていた朔を見つけた野原や子供の頃の遊び場は少しだけ様変わりをしていて。 だけど、オレの記憶ではこの場所の風景は変わっていなくて。 古い記憶が次々と呼び起こされる。 珍しく口数が少なくなっていたらしいオレを、九郎が気遣うのが面白い。 別に、無理して供をしているわけじゃないんだけどね。 「景時・・・その・・・・・・なんだ。帰りは多少無理してでも早く帰ろう」 「まあね〜〜〜。そうしようか」 話を合わせながら、ある事にオレは気づいた。 オレもなんだけれど、九郎にとっても京こそが帰るべき場所らしい。 だってね? 九郎は帰ると言ったんだから。鎌倉は九郎の居場所ではないってことでしょ。 それについては触れないままで頼朝様の私邸を目指した。 そんなこんなで、略式とはいえ整えられている見合いの席へと九郎が向かった。 オレも従者としてオマケで。 オレがいる、いないはどうでもいいけど。 九郎が何も話さない時は場を盛り上げないといけない・・・かな。 それこそどうでもいい話題を考えながら、やたら張り切っている政子様を眺めた。 気合が服装に表れている。 こういう時って、政子様が着飾っても違うよなぁとか。 緊張している九郎のやや後ろに控え、ぼんやりと部屋の中から外へと視線を移した。 「そう硬くならずともよいだろう、九郎」 「は、はいっ」 頼朝様の言葉に九郎の緊張が更に増す。 あ〜らら。 若い者だけで話させる・・・といっても、これじゃ九郎は話せないねぇ。 それにしても、比企家のご息女でしたか。 頼朝様の乳母を勤めていた人の家系ということは、頼朝様にとって結果は問題じゃない。 本当に九郎に似合う女性って、どんな人だろうな〜と考えていた。 「義経殿には許婚が居られるとか・・・・・・」 「おほほほ。その噂は嘘ですわ。だって、その噂の相手はそこにいる景時の妻ですもの」 比企氏の心配をあっさり撥ねつける政子様の目が怖い。 いつのまにそんなに九郎の親代わりの心境に!? けれど、九郎の耳が赤くなったのをオレは見逃しはしなかった。 ほとんど政子様の仕切りで進んでいた九郎の見合いの席。 オレは九郎の耳が赤くなったのに気づいてから、周囲の会話なんて耳に入らなくて。 九郎に一番ヒドイ事をしていたのはオレだったんじゃないかって。 昔、オレが源氏軍の暗殺を請負っていたことを知られた時に九郎に謝られた。 何も知らなくてすまなかったって。 別にそんなのはオレが選んだ道だったんだから仕方ない。 オレが弱くてそうなってしまったんだから。 それは今の件とは話が違う。 オレはどこかで九郎の想いに気づかないフリをしていなかったか? 九郎がちゃんを好きだとしたら、都合が悪いからだ。 オレも彼女が好きだから。 こんな時でさえオレは君に頼っていて。 大丈夫だよと・・・両手を広げて迎えてくれる君の姿を思い浮かべる。 あの頃から何も変わっていない自分が情けない。 もう少しでオレなんてと言いそうになった時─── 「申し上げます。梶原殿に急ぎの文使いが」 「・・・オレ?失礼いたします」 なんだ、なんだ?京で何事かあったのか?! 頼朝様たちの御前を失礼して簀子へ出る。 それにしたって、普通は早馬で文じゃないだろうと文箱を開ける。 今から京に戻るとしても、何日かかるか・・・・・・。 『景時さんへ 沙羅ちゃんがパパの似顔絵を描いたよ! あんまり可愛いから、急いで届けてもらいますね』 「ははっ・・・これがオレなんだ。沙羅にはこう見えてる?」 そう思って見ない限りは、単なる墨の線と点。 ちゃんが気を利かせて沙羅からもオレにと頑張ったんだろうな。 二人が真っ黒になって笑いながらこれを描いていたのだろう姿が目に浮かぶ。 「ちゃん・・・・・・オレね・・・・・・」 君が書いたであろう文の続きが読めなくて。 何事も無かったのならばと部屋へ戻ると、九郎が意を決したように姿勢を正していた。 「兄上、お願いがございます」 「・・・申してみよ」 オレが戻るのを待っていたかのような事態についていけない。 「はい・・・・・・私はまだ気持ちが今の自分に追いついていないと感じるのです。 だから・・・・・・」 九郎を見つめる頼朝様の瞳が笑ってる。 やっぱり、これってさ・・・最初からそういうことか。 「ならば、自分で妻を探せばいい。政子は九郎の世話を焼きたかったようだが・・・な」 「そうですわ。ちっともこちらへ顔を見せないではありませんか。九郎は鎌倉殿の弟ですよ。 少しはこちらへ自ら報告に来るとかありましょうに」 「そっ・・・その・・・・・・」 九郎を玩具に・・・いや、いや。 九郎の顔が見たかったって言えばいいのに。 この二人にも困ったもんだね。 「景時も・・・母親がこちらにいなくなってから、あまり鎌倉へは足を向けないようだが」 「はあ・・・妻が身重ですので・・・心配でして・・・・・・」 事実だから仕方ない。 鎌倉がどうこうではなく、オレは外出したくない。ただそれだけ。 「・・・急ぎの文とやらはどうしたのだ?」 「急ぎというほどではございませんので・・・・・・」 誤魔化そうにも頼朝様に手を出されては見せない訳にはいかない。 渋々文箱を御前へと置いた。 「景時はこれをすべて読んだのか?」 「は?・・・いえ・・・・・・その・・・大事ではなかったようなので・・・・・・」 沙羅が描いたというオレの絵しかまだ見ていない。 頼朝様がオレ宛の文を政子様へと手渡してしまった。 何が書かれているんだろうか。 「・・・景時は幸せ者ね?そうですわね。九郎が早く妻を娶っては鎌倉へ益々足が遠退いて しまいますわね。西国を任せているのですから、こちらで娘を紹介しても京へ連れて行く でしょう?つまらないこと」 「政子様?」 政子様がオレの文を文箱へと戻して返して下さった。 何が何だかわからないが、このまま九郎とオレは京へ帰ってもよさそうだ。 さっさと鎌倉を立つと、途中の宿でようやくちゃんからの文を読むことが出来た。 『景時さんがいないと、お腹が重くて大変なのに寄りかかる人がいないの。早く帰って 来て下さい。九郎さんのお嫁さんはいつから京へ来られそうかな。お友だちになれたら いいなって思います。それと、沙羅ちゃんが遊び相手の九郎さんがいなくてつまんない みたいなの。九郎さんにも出来るだけ早く顔を見せに来て下さいって伝えてね。 何でもいいから早く帰って来てね。私が貴方の帰りを一番待ってます ![]() 九郎に伝えるのもいいんだけど。いっそ文を見せてみようと。 そう考えて文を九郎へ広げて見せる。 九郎が誰を好きでも、オレはちゃんが好きで。 ちゃんもオレを好きだと言ってくれた事実は変わらない。 そんな簡単な事をこの文は気づかせてくれた。 「・・・沙羅が待っていてくれるのか。ならば急がねばならんな」 「え〜っと。まあ・・・そうみたいなんだけどさ」 ちゃんはどうでもいいわけ? 九郎が好きなのは沙羅って事? 新たな不安が押し寄せる鎌倉からの帰り道。 沙羅と君からの文が心の支え。 早く帰るからね〜〜〜。 |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!
あとがき:馳せるのは想い。わからないのは気持ち。 (2007.04.22サイト掲載)