ひとり歩き  ≪景時side≫





 別に普段となんら変わった事なんてなかった。
 そんな朝。
 違いは沙羅が起きたって事くらい。
 昨日は遊び疲れて寝るのが早かったからね。
 そういう時に沙羅が起きるのが早いのは、それこそいつもの事で───


「ちゃ!」
「おっと!・・・沙羅、いま歩いてたよね?」
 いつ沙羅が転ぶとも限らない。
 よって、すぐ後ろをついて歩いていたちゃんに確認する。

「そ〜なんです。まだね、よちよちのよたよたなんですけど、さっき急に
立って歩き出したんですよ。ぜんぶで十歩!」
 手のひらを広げて十本の指で沙羅の十歩という仕種をしてみせられた。
 嬉しいんだろうな〜。
 毎日一緒に遊んでいないオレだってこんなに嬉しいんだから。
 よたよたのよちよちだろうと歩いた、初歩き記念日。
「沙羅ちゃ〜ん!すごい!すごいよ〜〜〜」
 今日は仕事に行くのを止めようかと思ったが、それは叶わなかった。





「でさ〜、こうね?歩いてオレのところまで来たんだよ!今朝なんて、
お見送りまでしてもらっちゃってさ〜〜〜」
 仕事はサボる事が出来なかった。
 ちゃんに笑顔で言われちゃったからね。


 『沙羅ちゃんも一緒にパパをお見送りしましょうね』


 先に言われたら行きたくないなんて言えやしない。
 仕方がないから守護邸にきたけれど、来たからには誰かに子供の成長を
話したいのは当然でしょ。



「景時。沙羅が歩いたというのはめでたい。が。もうその話は終わりだ」
「冷たいな〜、九郎は。わかった!まだ見てないから信じてないな〜?」
 いいじゃないの、まだ見てないくらい。
 嘘なんて言ってないし〜?

「信じる、信じないという議論はしていない。俺は忙しいんだ」
「そんな事言って、さっきからその書簡を開けてないね?」
 文箱から取り出した書簡を手に持ったままで、一向に読む気配がない。

「・・・・・・五月蝿い!向こうへ行け!弁慶、そいつをつまみ出せ」
「ヒドイ!いくら沙羅ちゃんの初歩きが見られなかったからって〜〜〜」
 嫌だ、嫌だ。
 男の焼きもちは格好悪いよ、九郎。

「景時。もうそれぐらいで九郎を解放して下さい。ちなみに・・・あの書簡は
鎌倉殿から九郎へ見合いの話ですから。ね?九郎」
 な〜るほど。それで九郎があんな顔してるのか。
 つい九郎の眉間に指で触ってしまう。

「ここ。痕になっちゃうよ〜?それにさ、もう少しにこやかにしないと
モテないからね?」
「うるさい!出て行けっ!!!」
 いよいよ文箱を投げつけられ、オレは九郎の仕事部屋を出る事にした。



「景時も九郎を逆撫でするような事を言わないで下さい。せっかく僕が
機嫌を取りながら仕事をさせているのに」
「そうは言ってもさ。そんなに嫌なわけ?見合い」
 九郎が誰かを好きになるってところが想像しにくいのは事実だけど。
 だからといって、そうならないのも違う気はする。
 が。
 九郎が頼朝様に逆らうことは無い。
 導かれる結論としては、九郎が悩んでいる理由がわかんないな〜って。

「・・・どうしちゃったわけ?」
「さあ・・・僕にも解りかねます。ただ・・・あの文は二度目なんです」
「あ!そっか。そうじゃなけりゃ見合いの文なんてわからないよね」
 思わず手を叩いてしまった。
 それって、一度は断わったってこと?
 オレの疑問は弁慶にも疑問らしく、ゆっくりと頷かれてしまった。





「弁慶!今から景時の家へ行ってくる。後は任せる」
「オレの家って・・・何しに?」
 さっきの今でオレの家って、話がまったく見えないんですが。
「馬鹿者!お前が沙羅が歩いたというから見に行こうと思ったまで。景時は
家に帰りたくないのか?」
 九郎の顔が微妙に怖い。機嫌が相当悪いね〜、こりゃ。
 原因らしいオレとしても、多少は弁慶に悪いとは思う。
「もちろん帰りたいけど・・・弁慶は?」
「弁慶までここを離れたら、誰が仕事を割り振るんだ?弁慶。すまないが、
弁慶はまた後で沙羅を見に行くといい。行くぞ!」
 振り返れば弁慶が微笑んでいる。
 九郎なりに何か考えがあるんだろう。
「待ってよ〜、九郎!!!」
 急いで小さくなっている九郎の後姿を追いかけた。







「・・・いらっしゃい?」
 あまりに思いつめた九郎の表情に、ちゃんまでどこかぎこちない。
 ところが───

「く!・・・っこ!!!」
 沙羅だけか九郎に抱っこを強請る。
 両手を広げて九郎へ向かって背伸びするのが可愛いんだ、これが。
 父上以外の男に抱っこを強請るとは!と言いたいけれど。
 そのひと言は飲み込んだ。
 ちゃんに叱られそうだし、第一、九郎が喜んで沙羅を抱き上げているから。
 沙羅が九郎の心を解きほぐしてくれるならそれもありだなと思った。



「沙羅は・・・母上と父上が好きか?」
 子供相手に何を尋ねたいんだろうとも思うけど。
 少しばかり九郎と沙羅が座る場所から距離を置いた。


「九郎さん・・・何かあったんですか?」
「いや〜、お見合い話を断わったんだけど、またきたみたいな?」
 オレの知る限りの情報を伝えてみる。
「そうだったんですか。もしかして、九郎さん、好きな人がいるんじゃ・・・・・・」
「へ?」
 思わぬちゃんの視点に、オレは九郎の普段の生活を出来る限り正確に詳細に
思い出す努力を始める。

「いっ、いや。女の人との接点なんてなかったと・・・思うよ?」
 助けたのとか、買い物した店の人とかは考えなくていいよな?
 使用人の中にいるっていうなら話は別だけど・・・まさか・・・ないよな。
 九郎の事だ。そんなの意識したら、顔だって真っ赤になるだろうし。
 オレがわからないなんてことは・・・ないと思いたい。
「ふうん?九郎さん、モテそうなのに。とっても優しいし、武術も頑張ってるし」
「そんなに褒めちゃうの?!」
 あまりにちゃんが褒めるもんだから、そっちの方が心配になった。

「景時さん・・・何を慌ててるんですか。パパなんですから」
「・・・ごめんなさい」
 ちゃんのお腹に触らされてしまった。
 そう、そう。次のやや子が生まれるほどに愛し合っているんだよ、オレたちは。

「探したいのかも・・・しれないですね。自分で誰かを好きになって。家族を持ちたい
のかな〜って。違うかな?」
 どこまでも優しいちゃんは、真剣に九郎の気持ちを考えている。
 そうか〜。そういうのもあるかもしれない。



 九郎の傍へ行くと、沙羅がオレに手を伸ばす。
「ぱ〜」
「はいよ〜。沙羅ちゃんは少しだけママのところにね?」
 オレが言うまでも無く、あっさり沙羅はちゃんを目がけて突進。
 まだまだ四足の方が楽みたいだ。




「景時。俺は・・・認めて欲しかったんだ」
「うん。知ってる。・・・オレもそうだったから」
 そうなんだよね。
 九郎がいま何を考えているかはわからないけれど。
 認めて欲しいという気持ちはわかる。すっごく。
 オレもずっと認めて欲しいと思っていたから。父上に。

「昔は父上に。そして・・・母上に。今は・・・・・・」
「頼朝様に・・・かい?それで?」
 九郎は愛情というものに慣れていない。
 寂しがりやのくせに他人を優先してしまうのが可愛くもあり。
 そんなところが弁慶のツボなんだろうけど。
 弁慶って、何気に世話好きだからね。
 九郎なんてもう可愛くて仕方がないんだろうね。

「沙羅が・・・俺にも手を伸ばしてくれる。それは俺だからなのか、俺ではなくとも
なのかと常々考えていた」
「ふうん」
 相槌を打つだけで続きを待つ。


「沙羅は・・・・・・愛情を待っているんじゃない。与えているのだと、そう思った」
 照れくさそうに向こうを向いてしまったけれど。
 まあね。言いたいことはなんとなくわかった。
 振り返れば、ちゃんと沙羅が近くに戻って来ていて。

「九郎さんって、考えすぎじゃないかなぁ?そりゃあ私だって、すっごく優しい彼氏が
出来たらとかって勝手な想像していた頃もあったけど。結局、どうしたいかなんです。
私は・・・景時さんが笑ってくれるのが嬉しいし。今は沙羅もいるの。ただいるって
だけでいい事もありますよ?別に与えるなんて大層なモノじゃなくったって。ね〜」
 沙羅と頬を摺り寄せて笑う君が居る。
 そう。オレには君と沙羅がいるから。
 ちょっとだけ九郎には悪いとは思うけれど、オレはなんだか自分に自信がついた。


 君の存在が。オレに勇気をくれたから───


「・・・・・・そうか。見合いの話があってな。兄上のためならばと思ったんだが」
 家同士の結びつきという意味でなら、三浦家辺りの娘さんとかありえるよね。
 政子様の実家の北条関係もあるかもしれない。
「きっかけはお見合いでも何でもいいんじゃないですか?戦の時だって恋するかも
しれないし。つり橋なんとかっていうのもあるみたいだし、色々ですよ」
 そう、そう。好きになるのなんて・・・へ?

ちゃん。その・・・つり橋なんとかって何?」
 何だかざわっとキタ。
 あまり良くない情報の予感がするんだけど、確認しないのはもっと良くない。

「正確な名前は忘れちゃったんですけど。つり橋を渡る時にドキドキってするでしょう?
そういう時に出会った人を好きになりやすいんですって。好きのドキドキと緊張の
ドキドキの区別がつかないっていうのかな?そんなやつです」
「そうか。も平家との戦の最中に景時に会ったんだったな」
 さらりと九郎がとんでもない事を言ってくれた。

「・・・別に・・・戦じゃなくても好きになったと思う」
「景時がそうだとは言っていないだろう。ムキになるな」
 九郎の馬鹿。だったら余計なひと言だよ。
 気になって気になって仕方なくなる。

「う〜ん。そうかも知れないですね。初めて会った時、なんだかほっとして嬉しかった
ような・・・ドキドキだったような・・・・・・振り向かれてドキッてしたような」
 ちゃんが考え込んでる!何てことだ!我が家の危機だよ。
ちゃんっ!その・・・オレは・・・・・・」
「ぱ!ぱ〜〜〜・・・・・・・」
 沙羅が歩いてオレのところへ来てくれた。
 そうだ。オレの家族。意味のない心配はご無用ってね!

「九郎!見た〜〜〜?沙羅ちゃんの歩き。可愛いでしょ〜〜〜。困る〜〜〜」
 九郎の呆れた視線もなんのその。
 我が家のお姫様が歩けるようになったんだよ。三歩だって歩きは歩き。
 膝が強くなったのかな?歩けるのって。

「・・・ズルイ。景時さん、沙羅ちゃんにすっごく優しい。私も〜〜〜」
 沙羅を抱き上げていると、背中にちゃんの体温。
「景時は幸せ者だな。・・・俺も行動してから考えてもいいのかもしれない」
 九郎が手招きするもんだから、沙羅がオレの手を離れてしまった。

「沙羅が大切にされているのを見ると、安心する」
「うん。大切だよ。オレとちゃんの子供だから」
 九郎が知りたいのは自分が愛されていたという証し。

「ね、九郎さん。ものすっごい美人さんかもしれないですよ?」
「・・・顔などで判断できるかっ!」
 とかいいながら。
 美人という言葉だけでそんなに反応するなんてさ〜。
 九郎は面食いかもしれないね。そのくせ照れやさんっと!
「じゃあ・・・すっごくブサイクだけど性格がいい人だったらいいの?」
「そう極端な事ばかり言って、俺をからかうな!」
 何だか九郎とちゃんが仲良しさ〜ん。

 ぺしっ!

「どうした?沙羅」
 明かに沙羅の機嫌が悪くなっている。
 突然、九郎の鼻先を叩いた。

「九郎さんが女の人の話してるからですよ。沙羅は九郎さんがお気になんだよね」
「はぁ?沙羅ちゃん?!どういう事?」
 そんなの聞いてないし知らない。
「・・・どうって、沙羅ちゃんはまだ満足に話せないし。無理言わないで下さい」
「・・・はい」
 また叱られた。どうもオレは叱られ体質らしい。


「九郎なんてよせって。いい男がここにいるんだし。な〜?」
「将臣くん?!また遊びに来たの?」
 またって何?それこそ聞いてな・・・おっと。また叱られる。
 急いで両手で口元を隠した。

「ん〜?沙羅が退屈してねぇか気になってな。近くに来たから寄り道がてら息抜き」
「サボってばっかり!」
 将臣君に抱き上げられて、すっかり沙羅の機嫌が直ってる。
 オレがいない時に、家で何が〜〜〜?!

「そう、そう。今度、九郎さんがお見合いするんだって」
!」
 九郎が慌ててるけど、無理。
 もう将臣君の目元は笑ってる。

「へ〜?それは、それは。ライバル一名減ってな。今日は猫見に行くか?ん?」
「きゃううっ!まさ〜」
 沙羅ちゃんが・・・あれじゃ将臣君の子供でもおかしくない懐きぶり。

「猫の方を気をつけてあげてね?沙羅ちゃん、手加減なしだから」
「おう!行くぞ〜〜〜」
 軽々と沙羅を抱きかかえて将臣君が庭へ戻っていく。


「いつも・・・将臣君と遊んでるの?」
「いつもって程じゃないですよ。ほんとについでって感じで。ただ、将臣くんが
いると動物に触れるから嬉しいみたい」
 確かに。将臣君に猫がよく懐いている。
 あれなら向こうから沙羅に触られに来てくれるだろう。


「・・・景時。明日、鎌倉へ立つ。今から支度をしておくんだな」
「明日〜?!そりゃまた急だね・・・・・・」
 庭先に立った九郎を眺めると、いつもの自信に溢れた顔に戻っている。
「文を書くより直接行った方が手間がかからん。明朝は日の出と共に出立だからな」
 あっさり悩みが解決したらしい九郎。

「九郎さん、美人に賭けたんだと思う。景時さんはどっちだと思います?」
 あんなに真剣に九郎のことを考えていたのに、今はもうすっかり賭けの対象に
しか思っていないらしい。
 そんな所が君らしくて───


「美人さんだと九郎がひと言も話せなさそうだからね。出会ってもお互いを理解
出来ないんじゃ進展は無理になっちゃうよね〜」
「じゃ、景時さんはブサイクさんに賭けます?でもなぁ。私は会えないんだから、
景時さん基準の判定結果なんですよね。景時さんって面食いさんじゃないから」
 ちゃんの唇が尖る。
 可愛いって言ってるのに信用してくれないオレの奥さんは。
 卑下しているのではなく、何やら基準があるらしい。
 だってね?

ちゃんは可愛いんだよ?」
「可愛いって、ブサカワでも可愛いですもん。何でもOKじゃないですか〜。
朔みたいに誰が見ても綺麗っていうのが美人さんなんですぅ〜だ。そりゃあ
建前は性格がいいのが一番って言いたいですよ?だけど・・・源太くんのお嫁さんが
すっごいブサイクだったら無理〜!きゃーーーーっ!!!」
 これまた少しだけ慌てものの君らしく、想像で疲れてしまったらしい。
「あはははははっ!ちゃんだって、オレと変わんないね〜?」
 沙羅の花嫁姿を想像して慌てていたオレと。

「・・・夫婦は似るんです。べ〜だ!私も猫と遊んでこようっと」
 軽く舌を出して階から庭へと降りていってしまった。
 オレがいない間に何事もないよう仲間に頼もうっと。
 それなら毎日家に来てくれて構わないからね?



 沙羅に忘れられないよう、帰ったらたくさん遊ばないとね。 






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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!

 あとがき:そろそろ一歳のお誕生日の頃ってことで。     (2007.04.07サイト掲載)




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