観楓 ≪番外編≫ 梶原家の恒例行事になりつつある紅葉狩り。 いわく、“秋の遠足”であり、紅葉を眺めながら外でお弁当を食べる事である。 残念ながら今ではそれぞれが重要な仕事を任されており、全員参加にはならない。 けれど、仲間たちは上手く交代しながら参加をしてくれ、梶原家の子供たちを飽き させないようにしてくれている。 今年は子供たちも少し大きくなったので、懐かしの神護寺まで足を伸ばした。 「お家がとおい〜〜〜。めじるしはぁ・・・えっと・・・・・・」 沙羅の身長では背伸びをしたからといって風景が変わることはない。 それでもつま先立ちで我が家を探している娘を愛おしそうに見つめているのは、母 親である。 沙羅は好奇心旺盛で、自分で不思議な事を見つけては尋ねてくる。 「パパ!お家はどこ?」 「家か〜。家は小さいから見つからないよ〜〜〜」 景時の返事に思わず片方の肩が下がったのは、と将臣。 京でかなりの年月を過ごそうとも、こちらの住宅事情には今でも納得できていない。 たちの世界での豪邸に住んでいながら、小さいとの評価には、首を縦に振るこ とはできない。 (基準が違いすぎるんだよね・・・・・・) 景時に抱きあげられ、はしゃぐ沙羅を眺める視線を幼馴染へ移せば、あちらも同じ 気持ちか溜め息を吐いている。 さすがに内裏の場所はわかろうというもの。 おおよその方角から自宅の位置はわかる。 ただ、周囲も同様に広い邸ばかりで、確実に指差せる目印はなかった。 「母上」 「疲れちゃった?」 ようやく会話が成立するようになった長男、源太景季。 こちらは長女が元気すぎるのか、やや控えめに見える。 けれど、九郎の真似をしたがったり、真っ直ぐで頑固な一面もあるのが頼もしい。 「へいき。お家は?」 「向こうの方なんだけど。他にもお家がたくさんあるからわからないね」 抱き上げようとすると首を横に振られる。 景時になら素直に抱きあげられるのだろうにと考えていると、 「源太の家はあっち。あの辺りのどれかだろうな。ま、どれも似ていて区別つかねぇ ケド。方角は向こうだぜ」 将臣が抱き上げ、家がある方を指差してくれた。 「ママ。ここ、思い出の場所?」 「そうだよ。まだ沙羅ちゃんがママのお腹にいる時に、パパが連れて来てくれたの」 駆け寄る沙羅をしゃがんで抱きとめる。 おませな娘は、すぐに景時との馴れ初め話を聞きたがる。 「源太は?」 「源太は沙羅ちゃんの弟だもの。ずぅーっと後」 「ふうん?源太はあとなんだ」 わかった風な返事をしているが、源太が生まれるどころか、沙羅もこの世に誕生し ていない頃の話。 年齢順をどのように解釈したのだろうか。 「源太がお腹にいた時は・・・二尊院だったかな。お出かけ先」 「そうなの?沙羅は?」 やはり理解していないらしい。 源太がのお腹の中というなら、沙羅はもう誕生している。 「沙羅ちゃんは、九郎さんと二尊院のお庭で追いかけっこしてたよ」 「九郎さんと?ふぅ〜ん」 本日、九郎は仕事で来ていない。 弁慶は追いかけっこをしてくれるタイプではないと判じ、沙羅の視線が止まったの は将臣。 「将臣くん!沙羅と遊ぼう?」 言うよりも早く駆け出している。 「・・・あ〜あ。転ばせちまったら勘弁な」 頭をかくと、将臣が緩やかに走りだした。 「大変そうね」 敷物を広げ終えた朔がの隣にやって来る。 「将臣くんがね。沙羅ちゃんは後ろを見ながら走るから転んじゃうんだよね。全力で 前だけ向いて走って逃げるように教えてるのにな〜〜〜」 後ろを向くと速度が落ちてしまう。 それだけ追いつかれやすくなってしまうのだ。 もっとも、仲間たちは加減して追いかけてくれているから、そう簡単に捕まえはし ないので遊びが長く続く。 「白龍はいいの?」 「うん。私はいいよ。譲のところに戻る」 少しだけ背が伸びた白龍。 対の黒龍に合わせて成長した姿を保つようにしているのか、双子に見える。 それでも本質は変わっておらず、美味しい食事を作ってくれる人物の傍が一番気に 入っているようだ。 譲の方も弟が欲しかったのか、とにかくよく龍神たちの面倒をみており、将臣と譲 より、譲と龍神たちの方が兄弟らしいし、譲が双子の弟たちの兄だと近所では思われ てしまったのを、あえて訂正せずにいた。 ふと顔を上げると、源太は弁慶の後をついて歩いており、敷物には黒龍と譲、戻っ た白龍が座っている。 「朔。黒龍と紅葉を見たら?」 「うふふ。人がいると嫌みたいなの」 背が伸び始めたが故の悩み。 朔の隣に立つには、今少し足りない。 「・・・気持ちはわからなくもないけど。黒龍!!!」 わざと大声で呼びつけると、面倒そうに黒龍が近づいてきた。 「黒龍。朔と歩かないの?」 返事はないが、黒龍の視線はきちんとに向き合っている。 「言霊。大きくなりたいなら、早く大きくなりますようにって、かわらけ投げておい でよ。そういうものでしょう?」 が自分に言い聞かせるように実行してきたこと。 だから今があるのだと、続けていることのひとつ。 願いは口にする─── 「・・・わかった。朔」 朔へ向けて差し出された手は角度こそ下からだが、大人のそれと変わらなかった。 「ちゃんも!オレと歩こうよ」 「そうですね。沙羅ちゃんは追いかけっこで忙しそうだし。源太くんは弁慶さんから 薬草を教えてもらっているし」 梶原家の子供たちは日頃から両親に遊んでもらえるので、このような場合は見向き もされなくなる。 この成長は、少し寂しいが喜ばしいもの。 「でしょ〜?皆もいるけどデートしよう」 「また来年も・・・こうして紅葉を見に来られるといいですね」 どちらからともなく手を繋ぐ。 「見られるよ。次はどこがいいかな〜」 「どこでもいいの。家族で・・・仲間で出かける行事がひとつでも決まっているなら。 そうすれば、いつまでも一緒だもの」 景時の母の勧めで、紅葉だけのために遠出をしたのがはじまり。 また出かけたいと思ったのは、仲間たちと歩いた熊野路の思い出から。 家でもいいけれど─── 「時間が経った方がおむすびとか美味しくなるんですよね〜」 「塩味がしみこむからとか?確かに外だと一味違うかもね!いや、君が作ってくれる ものは、何でも美味しいんだけどね?」 景時のために必死に練習し、今では譲に頼らずとも料理が出来るようになった妻に 最大の賛辞を送る。 「・・・景時さんは、何でも褒めすぎなんです。もっとたくさん色々作れるようにな りたいのにな〜」 レパートリーに偏りが出てきているなと反省したばかり。 「いいの、いいの。好きな料理だと何度でも、毎日でも食べたいもんだよ」 子供たちに合わせられつつある中で、景時の分は別にひとつおかずが多い。 そんな気遣いが嬉しく、また、はいつまでも変わっていないなと思う。 (オレを見てくれる、見つけてくれる人───) 紅葉を眺めているようでも、時折子供たちの声に耳を傾けている様子に、家族を本 当に守っているのはなのだと、改めて考えさせられる。 「もう!毎日お家に帰ってくれば、普通に食べられるんです。珍しいものじゃありま せん!」 「そう、そう。家に帰れば・・・ね!それがオレにとって一番嬉しい事なんだ」 を抱き上げ、京の町を見下ろせる場所へ移動する。 「本当に・・・毎日こんなに楽しくていいのかな」 「もっと、も〜っと楽しくしなきゃ。最近はね、沙羅ちゃんがお手伝いしてくれるん です。今日のお弁当も、小さいおむすびは沙羅ちゃんが作ったの。お団子みたいにま るくなっちゃってるのに、それが可愛くて。パパに食べてもらうんだって」 先に明かしてしまってはと思うが、源太の相手をしてもらっていた間、沙羅がどん なに頑張ったのか話したかった。 「そっか〜。源太も何気に早起きだったしな〜」 を下ろすと、その背から包むように抱きしめた。 「うふふ。源太くんは、もしかしたら・・・ほとんど寝てないかも」 「なっ・・・そんなのわかるもんなの?」 赤子の時ならいざ知らず、今では夫婦の部屋と子供部屋は別。 が源太の部屋へ行ったのは、いつも通り朝になってから起こすためだけ。 「寝相。源太くんの褥がすっごくきれいすぎだったの。普通はもう少しぐちゃっとし てるんです。ね〜?寝られなくてコロコロしてる程度だったんですよ、きっと」 「あ、そういうこと」 の観察力には目を見張る。 けれど、だからこそ、景時の隠していた気持ちにも気づいてもらえた。 「私、そういうの見つけちゃっただけでも楽しくって。それって・・・いいことだと 思いませんか?」 景時を見上げる瞳。 澄んでいて、大切なものを見通しているように感じる。 「ほんとだ。楽しくて・・・いいね」 頬を合わせると、温もりが生まれた。 まさに、なんとなく遠くにある我が家を眺めていると─── 「沙羅も!」 景時に飛びついてくる何か。 飛び跳ねても、まだまだ腰のあたりにしか届かないでいる。 「え〜〜〜っ。パパとデートさせて〜?」 「どうしよ〜かな〜?」 の口調を真似て、今度はに抱きついてきた。 「隠れ鬼してるの?」 「ち、ちがうもん」 慌てている時点でわかってしまう。 「ふ〜ん。ママ、沙羅ちゃんはここって言っちゃおうかな〜〜〜?」 「だめ!沙羅、向こうに隠れるから。内緒ね。それならデートしてていいよ」 大きな木は、角度によっては沙羅を隠してくれる。 「じゃ、内緒。早く隠れておいで」 「うん!」 指きりをすると、沙羅が駆け出した。 「・・・あはは。沙羅は走るの好きだねぇ?」 追いかけっこの次が隠れ鬼。 外の遊びがの方が好きそうだ。 「そうなんです。うちの庭、もう沙羅の方が詳しいくらい」 「それはすごいな。厩だけは・・・・・・」 「はい。そこだけはダメって言ってあるし、みんなも気をつけてくれてますよ」 梶原家に働きにきてくれている人たち全員が沙羅の動きには気を配ってくれている し、自身も怪我などしないよう、かなり気をつけて見ている。 「そっか。源太は・・・・・・」 「源太くんには、もうひとつ部屋が必要かも。教えてもらった薬草とか集めてくるん です。景時さんの発明部屋みたいに、別に必要かな〜って考え中です」 思わず弁慶に貸してある部屋を思い浮かべる景時。 「・・・妙なのはないよね?」 「ないです。弁慶さんと違って、近所で採れる程度のものですもん。それに、押し花 とか、一生懸命作ってるみたい」 そちらはヒノエに教えられてのようだ。 男の子が花を集めるのは珍しいが、ヒノエに教えられたとなると答えは単純。 「そのうち君に贈り物とかありそうだね」 「えへへ。実は、密かに待ってるの。そろそろヒノエくんが来る頃だし。源太の事だ から、ヒノエくんに見てもらってからだろうし。景時さんに似て、慎重派ですもん」 ヒノエが褒めれば、すぐにでもに押し花が贈られるだろう。 男の子が、大好きな母親のために隠れて何かをしているのは可愛らしい。 知っていても、知らないふりをしてあげる時間すら愛おしいのは、景時とて同じ。 「沙羅のおにぎり、大切に食べないとな〜」 「ぱくって一口だから、とっても大切に食べないとですよ?沙羅の手で結べる大きさ ですもん」 紅葉のような小さな手で作られたおむすび。 景時の腹が膨れるには、相当の数が必要そう。 「う〜ん。まだまだ嫁にはやれないなぁ」 「あの。まだまだというか、全然無理」 の世界でなら幼稚園児の年頃。 とてもじゃないが、そんな先の話は想像がつかない。 「源太もね〜。気づけば“父上”なんて呼んでくれるから、嬉しくて、嬉しくて。ど うしたもんかなと思うんだよ。ある日突然、嫁さん連れてきたりしたら」 「そっちも全然無理」 今でも時々怖い夢を見たと夜中に泣きだすのだから、まだまだ男の子な年齢。 景時が考える心配は、まったく、どこにも、ちっとも必要がない。 「いいツッコミ。子供たちの先も知りたいけど。今は・・・君とのデートが優先」 「な〜んだ。泣いちゃうかと思いました。だって・・・・・・」 立ち直りが早くなったのは喜ばしい。 この件に関してだけは、突然スイッチが入った様に考え込み始めてしまう景時を止 める術を持たない。 「場合によっては泣かれそうだな」 「ヒ、ヒノエ君〜?」 軽々と沙羅を片腕に抱えて景時たちの傍へやって来るのは、今回の遠足に間に合い そうにないと文を寄こしてきた人物。 「よっ!久しぶりだね。ここへ来るのは一緒じゃなかったけど、途中参加ってことで」 「ことで!」 ヒノエの言葉の最後だけを真似て、沙羅が楽しげに笑っている。 「どっ、どうして・・・忙しいからダメそうって・・・・・・」 「ああ、仕事ね。デキる男は、姫君のお願いを叶えるものだよ。沙羅姫から言伝が届 いたからね。どうにか間に合って、この通り」 沙羅と頬ずりをしてみせられ、 「沙羅、ママが文を預けた人にたのんだもの。絶対きてねって伝えてって!」 最後は沙羅がヒノエの頬にキスするところを見せつけられてしまった。 「そ、そうだったんだ。沙羅!パパの方、こっちへおいで〜〜〜」 手を広げて待ち受けたのに、顔を背けられてしまった景時。 あまりにわかりやすい落ち込み方に、ヒノエの姿を見つけた時のの予感は的中。 潤んだ瞳での背にへばりつく景時をいかに慰めるか思案する。 「まあ、まあ。後から九郎も来るし。守護邸に寄ったら文箱に埋もれてるだけで、仕 事しているとはとても思えなくて誘ってきた。ついでに文遣いで来た敦盛も誘って。 リズ先生も、夕方には景時の家に着くってさ。鎌倉を出る日はそのままで、旅程を短 縮してくれてる。久しぶりに仲間が全員そろうのも、いいもんだろう?」 軽く片目を閉じられると、文句のひとつも言えなくなる。 「ありがと、ヒノエくん。無理させちゃったら悪いなと思って・・・・・・」 「こういうお誘いは、少し強引くらいが嬉しいもんだよ。沙羅姫。次は何をして遊び たいんだい?その前に、間抜けに姫を探し続けている将臣に声をかけてやらないとな」 探しているフリでも、こちらから声をかけてやらないとやめられない。 いつもながらヒノエには敵わないと思わされる。 そうして再びさりげなく景時とが二人きりにされた。 「みんなそろっちゃうなんて、嬉しいですね」 「う、うん」 少しばかり複雑なのだろう。 「ヒノエくんには、何でも知られちゃってるのかな〜って思うんです。熊野の烏さん たちはすごいなって」 「え?」 いつもなら景時を心配して慰めてくれる妻が、どういうわけか笑っている。 常とは違う様子に、景時は落ち込んでいた事も忘れ、向かい合うようにしての 肩を掴んだ。 「何か・・・あるの?」 「まだわからないの。でも・・・たぶん・・・・・・」 の視線の先は、沙羅と源太が仲間たちに囲まれて遊ぶ姿。 ついと景時を見上げた。 「景時さんに宿題。名前、考えておいてくださいね」 するりと景時の腕を抜け出し、譲が昼の用意を始めたのを手伝うべく敷物へ向かう。 これだけたっぷり遊んでもらえたら、子供たちのお腹が空くのも早そうだ。 まんまとおいていかれた格好になってしまった景時。 が残した言葉の意味が正しく脳に届くと、 「ええっ!?それって・・・そういう事?うわ〜〜〜〜」 紅葉より赤くなってその場に座り込んだ。 今年の紅葉狩り。 赤いのは紅葉だけではなく、来年には嬉しい知らせが届く予定─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!
あとがき:詳細を調べようがないのですが、結構子沢山ですよね?梶原さん。 (2009.11.23サイト掲載)