格好イイって?  ≪番外編≫





「母上!九郎殿とリズ先生に剣術を習いに行ってきます」
 特別厳しく躾けた覚えもないが、何かときちんとしている源太。
 その背伸びぶりが可愛いので、そのままにさせている。
 いつもならこれで駆けて行くのだが───

「は〜い。気をつけて行って来るんだよ?・・・・・・なあに?」
 洗濯物を干していたは振り返ってから返事をしたのだが、そのに近づいてくる。
 何かあるのかと、干していた手を下ろして源太に向き合った。

「母上は・・・リズ先生と同じくらい強いと伺いました。どうして父上は・・・・・・」
 常々思っていた疑問を口にする。
 今では毎朝の稽古はしていないが、時々源太について守護邸へ顔を出す
 源太の憧れである九郎との打ち合いは、源太から見ても上級者同士なのがわかる。
「誰に聞いたのかはどうでもいいよ。源太は父上が剣術を苦手だと嫌なの?」
 そっと頭を撫でながら、源太の答えを待つ。
「だって・・・梶原家は武家なのに・・・・・・」
「ふうん?馬術も上手で、陰陽術も出来るのよ。他の人は陰陽術を使えないね?」
 俯いてしまったのは、源太なりに考えるところがあるのだろうと思う。
 源太の言い分もわかるのだが、強さとはそれだけで決められるものではない。

「・・・源太の判断基準は、剣術だけってことか〜。そのうちわかるよ?景時さんの格好
よさが」
「・・・母上がなぜ父上に嫁いだのかわかりません。私なら・・・・・・」
 指で源太の額を軽く弾いた。

「源太がもっと大人になったらわかるから、好きに思えばいいよ。ほら。守護邸に行かな
くていいの?約束に遅れちゃうぞ〜〜〜」
 怒っていないという意味で、源太の頬を両手で挟み込み、互いの額を合わせる。
「・・・行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
 いつも通りの足音を聞いてから、再び洗濯物を手に取った。







「へぇ〜〜〜。上手いもんだね。ちゃんに似たかな〜〜〜」
 リズヴァーンと剣術の稽古をしている源太を、階で九郎と並んで座ってみている景時。
 本日はリズヴァーンが稽古をつけてくれる、数少ない貴重な日だ。
「そうだな、筋はいいぞ?それに・・・気持ちが真っ直ぐで。いい使い手になりそうだ」
「オレに似なくてよかったよ〜〜〜」
 景時が安堵の溜息を吐いた時、二人の前に稽古を終えた源太が戻ってきた。

「父上は・・・剣術が苦手で恥ずかしくはないのですか?」
 京の町中で噂を聞いてしまった。
 剣が苦手な軍奉行の話を。
 それが誰あろう自分の父であることが恥ずかしかった。

「う〜ん。恥ずかしいねぇ?でもなぁ、苦手なモノは苦手なんだよねぇ〜〜〜」
 あまりにのんびりとした答えに、源太が唇を噛み締める。
「父上は悔しくないのですか?噂をご存知ないからっ!!!」
 木刀を放り投げ、駆け出して行ってしまった。


「あらら。参ったね〜。嫌われちゃったかな・・・っと」
 立ち上がる景時を心配そうに見上げる九郎。
「その・・・なんだ。噂というものはだな。勝手に・・・・・・」
「わかってるよ。ただねぇ、武家なのに剣術が苦手ってのは、源太には嫌かもね。・・・
ちょっと探しに行ってもイイ?」
 源太が消えた方向を指差す。
「馬鹿者!さっさと行け!!!追いつかなくなるぞ」
「御意〜〜〜。ありがと、九郎」
 九郎が景時の後ろ姿を見送ると、階の近くにリズヴァーンがやって来る。

「先生・・・・・・」
「案ずるな。神子と景時の子だ。すぐにわかる。真の強さというものが何か」
「そう・・・ですね。今度は俺に稽古をつけて下さい」
 予定通り、今度は九郎がリズヴァーンに稽古をつけてもらった。







「父上なんて、いつも軽くて。朔姉さまに、いつも、いつも叱られてて」
 ぶつぶつと不満を零しながら京の町を歩く源太。
「あれ・・・・・・ここは・・・・・・」
 あまりに動揺して走ったので、どこから来たのかも覚えていない。
 辺りを見回しながら佇んでいると、いきなり肩を叩かれた。
「よっ!」
「ぎゃっ!」
「何だよ、ぎゃっとはご挨拶だな。こんなトコにひとりでいたら誘拐されるぞ」
 驚きのあまり飛び跳ねた源太が振り返ると、そこには将臣と敦盛がいた。
「将臣殿・・・敦盛殿も・・・・・・」
「何だよ、情けないな。半泣きか?しょ〜もな。敦盛。コイツ送ってくるから、先戻って
てくれ。ついでに守護邸の景時のトコにも繋ぎをつけといてくれ」
 敦盛に言い置くと、軽々と源太を負ぶって歩き出す将臣。

「あの・・・・・・」
「なんだ?話でもあるのか?まあ・・・寄り道してやらなくもないケド?」
 団子の暖簾を顎でしゃくると、源太の瞳が輝きだす。
「ははっ。現金なヤツ。少し寄ってくか」

 幼い時は家出をしたくなる事があるものだ。
 その類だろうと将臣は源太の話を聞く事にした。



「・・・変ですよね?武家の主が剣術を苦手だなんて」
「そうか?馬は相当乗れるし、喧嘩もそこそこ強いし。ただ剣がダメってだけだろ?」
「だって!!!」
 よくある事だ。
 親に完璧を求めてしまう年頃なのだろう。
 何でも親から教わっていた時期を過ぎ、師と仰ぐ人物がたくさん出来て世界が広がる。
 今まで一番信頼していた親に出来ない事がある部分を見てしまったための動揺。

はぼけっとしてるし。景時は分かりにくいしなぁ・・・・・・)
 野性的といえば聞こえがいいが、は物事の本質を無意識で掴むのに長けている。
 どうにも細かな説明に向いていない。
 しかも、景時は景時で、普段は妻にべったりで、中々手の内を見せないタイプ。
 子供に二人を正しく理解してもらうのは、困難なように思われ───

「バカだなぁ?源太は。喧嘩で・・・勝負で一番大切な事は何だ?」
「勝負は・・・勝たなくてはなりません」

(男らしいセリフを即座に言いやがる。まあ・・・間違っちゃいないが)
 九郎に似た真っ直ぐな答えは、誰を思い描いての発言か丸わかり。
 源太の頭に軽く手を置いた。

「お前は戦に行ったことがないからな。別に剣だけがエモノってもんじゃない。それぞれ
得意な武器で勝負しに行くんだ。命をかけるんだからな。稽古だけなんだぜ?剣なら剣と
決めて相手と戦えるのは」
 将臣の言いたいことはなんとなく理解できるが釈然としない。
「あそこに説明に丁度イイのがいるな〜。よっ!今帰りか?」
 薬箱を持って通りを歩く人物に手を振る。

「おや?珍しい組み合わせですね。こんにちは」
「こんにちは・・・弁慶殿」
 源太が剣術の師と仰いでいるのは九郎。
 学問や医術の心得に関しては、弁慶を心の師としている。

「それで?二人で何の相談ですか?」
 源太の隣に座ると、お茶だけを注文する。
「相談っちゅうか・・・景時についてだな」
「それは珍しい相談内容ですね」
 常の如くクスクスと笑い出す弁慶。
 察しがついたらしい。
「町の噂でも聞きかじりましたか?あれは・・・半分はやっかみですから」
 弁慶もつい源太の頭を撫でてしまう。
 あまりに素直に育っているこの小さな武士にとって、日頃知ることのないだろう負の感情
を説明してやるのは、少々厄介かもしれない。

「やっかみ?」
「そう。源太の父上が羨ましくて、わざと貶めて言っているという意味です」
 ちょんと源太の鼻先に指で触れてから、お茶を一口含んで息を吐き出す。
 拗ねてしまった源太の悩みをどうすれば解決してやれるのか考えねばならない。

「でも、父上が剣術を苦手にしているのは事実です」
「そうですか。源太は景時の他の面に目を向けられないでいる様ですね?」
 別々の物を比較して優劣を判じるのは難しい。
 そこをどう説明すれば理解を得られるのか。
 将臣もそれが説明できず、弁慶を呼び止めたのだと思う。
 大人ふたりが顔を見合わせて考えていると、
「そういうことならお任せあれ!」
 どこからともなくヒノエが現れ、将臣の皿から団子を一串奪った。

「きましたよ・・・鼻のいい方が」
「それこそご挨拶だな。源太は明日一日、俺様とこっそり景時の仕事を観察しようぜ?」
 ヒノエが指を鳴らしながら提案する。
「それが一番早いですね」
「だな。おい、源太。男の約束だからな?秘密にして、いつも通り稽古って言って明日も家
を出てくるんだぞ?」
 将臣に妙な約束をさせられたが、八葉の誰かと出かけるのに否を言われた試しが無い。
 ひとりじゃなければいい約束だから、その点は心配をしていない。
 
(姉上に叱られるかな・・・でも・・・・・・)
 ヒノエと出かけるとお姫様になれると言って喜ぶ姉にだけは、絶対にバレないようにしよ
うと、心の中で堅く誓う。

「はい!守護邸へ行けばいいですか?」
「そうだな。いつもの道を歩いてくれれば、途中で拾うから。景時に見つかったら、意味が
ないだろう?」
 片目を閉じられると、源太でも鼓動が跳ねる。
 姉の沙羅がヒノエに弱いのが解る気がした。







「行ってきます」
「はい、いってらっしゃい・・・・・・」
 珍しく行き先や誰に会うかも言わないばかりか、木刀も持っていない。
 源太としては精一杯いつも通りに振舞ったつもりだろうが、余計な事を言わないように気
をつけたのが裏目に出ていた。

「・・・手ぶらでどこへ行くんだろ?」
 足取りも軽やかに駆けて行ったので、知らない場所ではなさそうだ。
 しかし、せめて誰とくらいは知らないと居場所もわからない。

「・・・後つけちゃおうかな〜。そうだ!」
 思いついたら即行動あるのみ。
 ぱんと手を合わせると、朔がいる台所へ向かう。
 とて出かける時は行き先を言わなければならないし、ひとりでは行かせてもらえない。
 弁慶が約束の薬を早く届けてくれないかと家の門で待ち伏せをした。





「おはよう、源太。ちゃんと来たな!」
 まさにいつも源太が守護邸に行く時の通り道にヒノエが立っていた。
「おはようございます!あの・・・・・・」
「行くぜ?」
「はい」
 ヒノエの数歩後ろを着いて行く。
 どうしてこの道を通ると知っていたのかは、尋ねても時間の無駄だろう。

「今日の景時の予定も仕入れてあるから、多少遅れても大丈夫」
 景時が出仕した時刻からは大幅に遅れている。
 それでも大丈夫なのだと言う。
「父上は・・・・・・」
「もう守護邸での仕事は終わって、見回り中。働くね〜〜〜、源太の父上様は」
 文を書いたり分けたりしているのを見せても仕方ない。
 それも仕事の一部ではあるが、源太が知りたいのは別の事。
 外での景時を見せた方が早い。



「ほら。もう橋の上にいるよ」
 本日の予定は川沿いに北上し、堤防を確認しつつの情報収集らしい。
 鴨川に架かる橋の上から水面を覗きこんでいる景時の姿が見える。
 下にいる人々に声をかけているらしく、手を振ったりと、とてもじゃないが仕事をする
姿にしては緊張感が無さ過ぎる。
 景時の部下たちの方が忙しそうだ。

「父上は遊んでいるのですか?」
「そう見えるかい?じゃ、ひとつ考えるための手掛かりをやるか。源太はさ、偉そうに横
柄な態度で話しかけられたらどうする?そんなヤツに何か尋ねられたりしたら?」
 町中で時々嫌な貴族をみる。
 道の真ん中を牛車で通り、大変とっても迷惑なのに偉そうだ。
 そのくせ自分より偉い人とすれ違うと、即座に道をあけたりしている。

「・・・絶対に何も話したくない」
「ははっ。絶対か。・・・源太の父上にはどうだい?」
 言われて橋の上を再び見ると、景時の姿が無い。
 辺りを見回すと、もう川岸で子供たちに囲まれていた。

「父上には・・・何でも話せます。あの・・・今日の事は言ってないけど」
「そっか。初めての秘密ってやつなんだ。男は自分で責任を持てる時は、黙っているのも
アリなんだぜ?覚えるように」
 景時たちが川上へ移動したのを確認し、充分に距離を置いてから先ほどまで景時がいた
川岸へ降りた。



「よっ!景時が来てたね。何かあった?」
「おや?お前さん、久しぶりだね。梶原様は、堤防と橋の見回りだよ。梅雨前に危ない箇
所を出来るだけ直しておいて下さるそうだ。今日は何かいい話はないのかい?」
 何の事は無い。
 ヒノエもこの付近の人々とは顔見知りだ。
「悪いね。今日はコイツの付き添いなんだ。明日には俺の船がつくから、楽しみにしてて
くれよ。いいスルメ届けるからさ。子供たちには金平糖があるんだ」
 川下の方を指差しながら宣伝する。
「ほう・・・そりゃいい。畑のみんなにも伝えておくよ」
「で?付き添いの仕事は、どちらの若君なんだい?」
 源太の着ている物は、高級ではないが安ものでもない。
 身綺麗にしている時点でそこそこ名のある家の者だとわかってしまう。

「源太っていうんだ。景時のご子息だよ」
 簡単に明かされた源太の素性。
 周囲の反応は大きく、しばらくはヒノエも口を挟めなかった。

「さすが梶原様の若君だ。俺たち庶民の味方だな」
「子供たちにも優しくてな。いい父上様でよかったな」
「こう・・・天気も占って下さったり、畑の方も助かってるんだ」
「もうこんなに大きくなったのか。お転婆な姉上様は元気かい?」
 まったくもって源太に質問の隙を与えてくれない。
 見兼ねたヒノエが助け舟を出した。


「悪いんだけど、源太が聞きたいのは、景時の剣術が下手って事についてらしいんだ」
 ヒノエが声を張り上げると、途端に辺りが静まり返った。


「・・・剣術なら義経殿がいるだろう?」
「そうだ、そうだ。梶原様は、あの・・・銃?をお使いなんだし・・・・・・」
 誰も景時を悪く言う者はいないし、それどころか、尋ねる前は褒め言葉ばかりだった。

「若君は剣術が好きなら、神子様に習うのはどうだい?ああいう術みたいなのをパパッと
したければ、梶原様に習えばいいし。何なら両方習うのは?」
 周囲がどっと沸く。

「だって・・・武士なのに・・・・・・」
「そうは言うが、梶原様はわし等の生活を心配して下さって、本当に良いお方だよ?戦の
後、ここいら辺は荒れ野原だった。貴族様も高いところから何かはして下さっているんだ
ろうが、若君の父上はここで堤防を作ったり、橋を直したり。一緒に握り飯も食べたさ。
夜盗を捕まえたり、喧嘩の仲裁、怨霊も祓って下さる。とっても働き者の軍奉行様だ」
 源太はそんな景時を知らない。
 だが、知らない者たちが気兼ねなく源太に話してくれるのは、景時の息子だからという
のは分かる。

「父上・・・格好いい?母上は父上を格好いいって・・・・・・」
 単純に他人に尋ねてみたかった。
 普段、梶原家を訪れたりする知り合いではなく、源太がまったく知らない人に。
 ただそれだけなのだ。
 それなのに、周囲はまたも歓声と笑い声に包まれてしまった。


「兄さんは神子様に頼まれたのかい?」
「いや。若君たっての希望でお供をさせていただいているんだ」
 ヒノエと源太の組み合わせの理由がわかったのだろう。
 周囲はひとしきり笑い終えると、景時が去った方角を指差す。

「格好いい奴の順番は人それぞれだからはっきりとは言えねぇが、若君の父上は格好いい
ぜ?もうしばらく仕事をしているところをみてみるんだな。もっとも、その質問は若君の
母上にしても無駄だろうがな!」
「違いない!神子様じゃ、梶原様が一番と言うに決まってら」
 源太の知らない父と母の姿が、まだまだありそうだ。
 大きく頷くと、
「ありがとうございました。もう少し父上を見て考えてみます」
 源太は川沿いを上流に向かって歩き始めた。

「漁の邪魔して悪かったね。こんなわけで、放っておけなくてさ」
 ヒノエが片目を閉じると、周りは微笑み、頷いてくれる。
「まあ・・・坊主にゃわかりにくいわな。後で聞かせてくれるんだろう?」
「もちろん!明日、顛末の報告に上がらせていただきますってな。じゃ」
 口笛を吹くと、源太の背中を追いかけた。



 どこへ行っても景時の周囲に人が集まる。
 それを遠巻きに眺めたのは、もう何度目かわからない。
 景時が何かを言うと、部下が増えたり減ったりしているのまで見える。
「ヒノエ殿・・・父上の仕事って・・・・・・」
「鎌倉で取り仕切る事になったからな。まだまだあっちもそっちもゴタゴタしてるから、
誰もしたがらない。だから景時が動いてると、まあ・・・そんなわけだ」
 源太の隣に現れて質問に答えたのは将臣。
「本当は父上の仕事ではないのですか?」
「まあな。西国の事は九郎が決めていい事になってはいるが、人手は足りないし、誰もし
たがらない。源太の父上は、見て見ぬふりはしたくないんだとさ」
 残念ながら政権が鎌倉に移動してしまった今、将臣にもどうにも出来ない。
 将臣の仕事は、朝廷と幕府に溝が出来ないよう調整するのが主な役目。
 町中にまで気を配る余裕がないのが申し訳ないが、空き時間があればこうして様子を見
て回り、手伝い程度ではあるが出来る事をしている。

「将臣。様子が変だ」
「あ。最近、川で溺れそうになったのが続いたって聞いてここへ来たんだった」
 土手から対岸を眺めていたのだが、景時が川の中へ溺れている子供を助けに入って行く。

「怨霊だったらヤバくないか?まともに行ったら・・・・・・」
「だが、何かしてるヒマはないな。行くぞ!」
 将臣とヒノエが駆け出すと同時に、源太も二人の背中を追う。
 大人なら腰までしか浸からない辺りで景時が子供を抱えあげて動きが取れないでいた。


「景時!どうした!」
「あ、将臣君、ヒノエ君。助かった〜。この子受け取って。何だか足が動かなくて変なん
だ。このままだと、手も使えなくてね」
「縄を子供の腰に巻け。すぐ引き上げる!」
 ヒノエが探してきた縄を投げつけると、景時が子供の腰へ巻きつける。
 即座に二人が橋の上から子供を引き上げた。

「さ〜て、心おきなく結界張っちゃうよ〜。あんまり悪さしないで欲しいな〜」
 銃を取り出すと、水面に一発撃ち込む。
 が、思ったよりも流れが速く、術の範囲が狭まってしまう。

「やば〜。川に入っちゃったのは失敗だったかな〜」
 川岸には部下たちがいる。
 無事に他の人々の避難は終わらせてくれたようだ。
 橋の上から親がいる土手の方へ移動したのか、景時が助けた子供と将臣やヒノエの姿も
見えた。


「将臣君!ヒノエ君!オレごとぶっ放しちゃってくれないかな?ここに何か居るんだけど、
オレの術じゃ無理っポイんだよね〜」
 残すところ、八葉の力しか頼れない。
 相手が怨霊ならば、景時の読み通り一時的でも消滅してくれるはず。

「馬鹿言ってんじゃねーっつの!待ってろ、今・・・・・・」
 飛び込もうとしていたヒノエの背中を掴み、思い留まらせる将臣。
 橋の上にいるのは───


「景時さん!今行くから!」
 躊躇うことなく橋から飛び降りたのは、誰あろう白龍の神子、だった。


 が景時に触れただけで、動かなかった足が動くようになる。
ちゃん・・・どうして・・・・・・」
「封印しちゃいましょう。手伝って下さい!」
 景時と協力技で怨霊を誘き出すと、その場でが封印をする。
 途端に澄んだ流れに戻り、川岸や橋の上から拍手が沸き起こった。


「よいしょっと!びしょ濡れだ。大丈夫?」
「景時さんもですよ?私は平気です」
 景時に抱きあげられたものの、既に全身ずぶ濡れ。
 景時の前髪に手を伸ばし、前が見えるように除けてやる。
「ありがと」
「いいえ。抱っこしてもらっちゃってますから」
 の笑顔が景時を安心させてくれた。


「父上!母上!!!」


 川岸から聞き覚えのある声がする。
「あれ〜?源太だ。そういえば、将臣君とヒノエ君が・・・弁慶までいるし」
「弁慶さんはお薬を配った帰りなんですよ」
「ふ〜ん。それで八葉大集合・・・って!何でちゃんがいるの?」
 ここでに会えて救われたが、そもそも家にいるはずの妻がいてはおかしい。
「その件については・・・後で」
「・・・御意」
 泣きながら近づいてくる源太に待ったをかけて、はしゃがんで源太の涙を拭って
やる。
「心配かけてごめんね?大丈夫よ。ほら。源太が濡れちゃうから、抱っこは無しだよ」
「は、はい」
 源太に声をかけるより先に、仕事の顔に戻った景時。
 がいればこそだ。
 源太はその背中を目で追った。

 景時は溺れていた男の子の無事を確認すると、が怨霊を封印した事を周囲に知らせ、
安全である事と、また怪異があった時は教えて欲しいと頼んでいる。
 子供は弁慶に診てもらえたので、もう心配はない。
 怖がる周囲への説明と人垣の整理は、将臣とヒノエが手伝ってくれた。

「梶原様!」
「ごめん、ごめん。ちょっと油断しちゃった。馬を二頭、用意してもらえるかな?送って
来たいんだけど」
「はっ、すぐに」
 部下に用事を頼み終えると、源太との所へ景時が戻って来る。

「ちょ〜っと待ってて。家まで送るから。で〜?源太はひとりで来たのかな?」
「あ、あの・・・・・・」
 源太は慌てて周囲を見回す。

「俺と散歩してたんだよ。そしたら将臣に会って。景時見つけたら川に浸かってたって感
じなんだけど。なあ?」
「そう、そう。向こう岸で会って話してたら、景時が川の真ん中で子供を抱えて立ってた
から、駆けつけてみたってワケよ」
 ヒノエの肩へ肘を置き、将臣もと源太がいる方へ戻って来ていた。

「ありがとうね、二人とも。岸にいた子供がひとり、引っ張り込まれちゃって。水の中に
入られちゃったらお終いだと思って、慌てて他の人を避難するように言って飛び込んだら、
オレの足があそこから動かなくなっちゃって。いや〜、焦ったのなんの。手も塞がってて
困ったもんだったよ」
 恐怖で暴れる子供を抱えていたのだ。
 片手だけでも使えればよかったが、そうはいかなかった。

「いいんじゃねぇの?最後は見事な夫婦連携プレーだったし」
「もう!茶化さないでよ、将臣くん。だけど、あそこから飛び込んだんだ〜。ひゃ〜〜」
 今さらだが、橋を見れば結構な高さ。

「熊野の滝よりは低いだろ。ほら、馬の用意が出来たみたいだぜ?ここは俺と弁慶に任せて、
景時は、ヒノエは源太を送るんだな。お前の部下は弁慶がいるから使わせてもらう」
 勝手に今後の予定を決めると、将臣は弁慶のいる場所へ行ってしまう。

「と、いう事らしいので。そっちはびしょ濡れ同士で馬に乗ってくれよな」
 ヒノエは源太と手を繋いで土手を上り、二頭のうちの一頭を貰い受けていた。

「・・・このままじゃ風邪ひいちゃうしね。取りあえず帰ろうか」
「はい。皆でお家に帰りましょう」
 源太の冒険を見守るつもりが、夫の窮地を見ようとは。
 も景時にあの場所にいた事についてどう説明しようか考えながら帰路についた。





「父上。あの・・・・・・」
「ごめん!先に母上とお風呂に入って来るから。ヒノエ君、源太のこと頼んでいい?ついで
に夕餉を食べてって。将臣君たちも来てくれるとは思うんだけど、伝えて欲しいな〜」
 を馬から降ろすと、そのまま横抱きにして景時はさっさと行ってしまう。
 まだ水温はかなり低い。の身体が冷え切って震えている方が優先だった。

「父上は怒っちゃいないから安心しな。おっと、姫君のお出ましだ」
「どうして源太とヒノエ殿が一緒なの?」
 ちゃっかりヒノエに飛びつき、源太をひと睨みする沙羅。

「まあ・・・沙羅姫の父君の手伝いをしたら、夕餉に招待されたってとこかな」
「わ〜い!じゃ、家で食べるのね?朔姉さまに知らせてくる!」
 ぴょんと簀子に飛び移ると、そのまま駆け出してしまう。
 源太の事はすっかり忘れてしまったらしい。

「それで?今は父上をどう思ってるんだい?」
「父上は・・・格好いいです。けど・・・・・・」
 下唇を噛みしめているのは、何も出来なかった自分に対する悔しさから。
 たった一日で、とても頼もしくなったものだとヒノエが目を細める。

「けど?」
「母上の方が格好いい気がします」
「そりゃ否定出来ないな。同意見だ」
 目を合わせ笑い合う。

「ヒノエ殿も格好いいです。すぐに縄が必要だって借りに行って」
「それで?男の子の水を吐き出させて手当をした弁慶も格好いいだろ?被害が広がらないよ
うにした将臣も。出来る事をしない奴が格好悪いんであって、剣術だけがすべてじゃない。
いい勉強したな?」
 源太の頭を撫でると、納得したのかニコニコと機嫌が良くなっている。
 そこへ沙羅が戻って来た。

「源太ばかりズルイ!私がヒノエ殿と遊ぶの!」
「まあ、まあ。沙羅姫。こういう時は、みんなでって言うのがイイ女だよ」
 沙羅の手を取り、その甲へ口づける。

「源太も。女の子には優しくするんだぜ?・・・そういう種類の格好よさは、後で教えてや
るからな」
 最後の方は小声で源太にだけ聞こえるように告げると、源太の耳が瞬時に赤くなった。

「ヒノエ殿、ようこそ。お世話をかけてしまったようで」
「いいや?偶然居合わせただけ。上がらせてもらうよ。後からみんなも来ると思う」
 朔が出迎えに出てくると、何事もなかったようにヒノエが上がり込む。
 片腕に沙羅を抱き、もう片方の手を源太に差し伸べる姿は、日頃の景時を見るようだ。

「すっかり二人のお気に入りですのね?」
「なんだ。朔ちゃんは気に入らない?」
 いわゆる言葉遊びの類で、朔を口説いているわけではない。
「もう。また軽口ばかり。そろそろ陽も暮れますから、室内でお待ち下さいね」
「はい、はいっと。相変わらず厳しいね〜、朔ちゃんは。なあ?」
 腕にいる沙羅に問いかけると、
「朔姉さまがしっかりしてるから、私たち安心なのよ?パパとママは簀子でお昼寝しちゃった
り、とっても心配なんだから」
「そうです。父上は母上の後をついて歩いてばかりです」
 梶原家の実態は、子供たちの方が詳しいことがわかった。





ちゃん、どうして橋の上にいたの?」
「今日は弁慶さんに傷薬を届けて貰う約束してたの。でね、今朝は源太が出かける時の様子
が変だったから、他にも薬を届けるついでがあるなら、私も一緒に連れて行って下さいって」
 
 待ち伏せをするまでもなく弁慶は薬を届けに来てくれた。
 そこで源太の様子が変だった話をすると、前日の団子屋での話を聞かせたくれた。
 がもうしばらく見守ろうとしていた事を、仲間たちは体験から学ばせようとしてくれ
ていた。
 景時から守護邸での話も聞いていたし、遠くからでもいいから源太の成長を見たいのだと
頼みこんで、追いついた場所が件の橋の上だった。

「・・・と、いうわけなんです。だから、後から着いたから・・・半分は偶然です」
「そうだったのか。何だかねぇ・・・失望させちゃったみたいで、どうしたもんかと考えて
はいたんだけど。剣術が苦手な事は変わらないし。オレはオレだしね?」
 源太には申し訳ないが、頑張っても出来ない事があるのを大人は知っている。
 それに代わるものをみつければいいという事もわかっているのは、ズルさだろうか。

「うふふ。いいんです。景時さんは景時さんなんだから!」
「そう思えるのも君のおかげなんだけどね。・・・今頃は沙羅が大はしゃぎだろうねぇ?」
 九郎が来れば状況は変わると思うのだが、今はヒノエしかいない。
 源太は沙羅に譲ってやるところがあり、どちらが年上かわからない。

「そうなんですよね〜。沙羅は女の子扱いしてくれるのが嬉しいみたい」
「みんなそう変わらないと思うんだけどな〜」
 仲間たちは誰もが梶原家の子供たちを大切にしくれている。
 景時からすれば、沙羅がヒノエを特別に思う理由がわからない。

「目に見えてわかる女の子扱いに弱いものなんです。さ、出ましょう?私もお台所を手伝わ
なきゃ。もしも譲くんが早く来てくれていたら楽なんですケド」
「もう来てくれてるよ。ヒノエ君、弁慶、将臣君の策だよ?確実だね。・・・お先!」
 に口づけると、頭に手拭を乗せて景時が先に風呂から上がる。
 の支度にかかる時間を考慮してくれる気遣いが嬉しい。

「や〜っぱり景時さん、優しいんだぁ」
 ぶくぶくと目元まで湯につかってから、も風呂から上がった。





「よっ!九郎たちも連れてきた」
「やるね〜、将臣。仕事が早い。まだおやつ食べてるとこ。景時たちは風呂」
 沙羅のままごとに付き合い、ヒノエは沙羅の旦那様役をしていた。

「そうか。源太は・・・お客様役をしているのか?」
「はい」
「俺も客になるとしよう」
 九郎は源太の隣に座ると、軽々と源太を膝上に乗せる。

「いい場所に座ったな〜、九郎は。俺たちはこちらで・・・これかな」
 酒を飲む仕種をする将臣。
 そこへ丁度譲がお茶の用意をしてきた。
「何だってそう飲むのが好きかな。すぐに食事だから、兄さんたちもお茶ですよ」
 譲が後から来た仲間たちに茶と菓子を並べていると、まだ髪が乾いていない景時が客間に
姿を見せた。

「いらっしゃ〜い、今日は色々とありがとうございました!譲君も悪かったね。ちゃん、
支度にもう少しかかっちゃうと思う」
「大丈夫ですよ。朔殿が切り盛りしてくれてますから。沙羅ちゃん。お手伝い出来るかい?」
 ヒノエの膝にいる沙羅に声をかける。
 沙羅にとって手伝いは、大人になったようで嬉しい事のひとつ。
「出来る!譲にい、なにすればいい?」
「景時さんのお茶とお菓子をお願いしたいから、一緒に台所へ行こう」
「はい!!!」
 譲に連れられて沙羅が部屋を出て行く。
 穏やかな時間の流れを感じ、誰もが心から寛いでいた。





 食事が済むと大人たちは酒盛りになる。
 はいつも通りに沙羅と源太を寝かしつけようとするが、子供たちはまだ遊びたくて、
目蓋をこすりながらも大人たちに混じってその場に留まっていた。
「ヒノエくん、ごめんね?重い?」
「大丈夫。軽いもんだよ」
 今日はずっとヒノエと一緒にいると決めているのか、沙羅は最初から最後までヒノエの膝
に居続けている。
「い・・・の。ヒノエ殿がいいって・・・言ってくれてる・・・ん・・・」
「はい、はい。沙羅ちゃんはヒノエくんが大好きだものね」
 ヒノエの盃に酒を足すと、静かにその場を離れた。

「源太も九郎を大好きだよね〜」
「しっ。・・・そろそろ俺に寄り掛からせる」
 源太は剣の師と仰ぐ九郎とリズヴァーンの間で頑張っていたが、もう船を漕いでいる。
 九郎がそっと源太の頭を自らの肩へ寄り掛からせると、あっさり揺れが止まった。
「・・・わかりやすいな〜、源太は。九郎みたいになりたいんだってさ」
「それは光栄だな」
 九郎にとっての“家族”はまだ無いが、源太の成長を見守るのは楽しい。

「だが・・・たまたま剣術に興味があるからだろうな」
「九郎の剣が好きなんだと思うよ?習いたいなら家だっていいんだし。そこは・・・ね」
 剣の強さでいえばリズヴァーンに師事すればいいし、相手が欲しければもいる。
 源太はこうあるべきという形から入るのが好きなようだ。
 そうなると、九郎こそが源太の思う“武士”の姿なのだと推測される。

「いいじゃん?一応、真の格好よさについてわかったみたいだし。出来る事、すべき事をし
ているヤツが格好いいんだってね!・・・問題は、姫君が一番格好いいと理解したトコだけ
ど、橋から飛び降りられたら誰も敵わないよな〜」
 ヒノエが源太の気持ちを代弁してやる。
 本日の冒険の結末は、誰もが知りたい事だからだ。

「・・・げげっ。そういう予定じゃ・・・・・・」
 が顔を引きつらせ、誰よりも聞かれたくなかった人物の様子を窺う。

。明日、その辺りをよぉ〜く聞かせていただくわね」
「ご、ごめんなさ〜い。だって、身体が勝手に動いてたんだもの・・・・・・」
 俯いて小さくなっている姿は、叱られた子供と変わらない。

「そう、そう。兄上もですわよ?兄上の事を源太君がどのように評したか、ご存知ですか?
の後をついて歩いているだけと言われた時は、恥ずかしくて目眩がしました」
「ははっ・・・当たってるのがなんとも・・・・・・」
 今度は景時が小さくなる。

「まあ、まあ。終わりよければといいますし。今日の所は、二人の寝顔に免じていただけま
せんか?沙羅もしっかり留守番していたようだし、源太は・・・男ぶりが上がりましたし」
 弁慶がとりまとめると、みんなが頷き、朔に許しを請う視線を送る。
 子供たちの寝顔が可愛らしく、朔もこの場でいつまでも怒るわけにはいかない。
「・・・仕方ございませんわね。これからも兄夫婦と子供たちをよろしくお願い致します」
 しっかり者の評判通り、丁寧な挨拶で笑いを誘いつつ場をしめられた。



 翌日から京の町では新たな噂が駆け巡る。
 京の町で一番格好いい人物は、白龍の神子様に決まったらしい。
 残念なのか、幸いなのか、この噂は源太の耳には届かなかった。










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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!

 あとがき:成長してるから持つ疑問。源太は見習おうと思える人がたくさんいて幸せです。     (2009.05.27サイト掲載/2009.05.16 Blog掲載分)




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