子供は正直 ≪番外編≫ 子供は正直すぎる。 いや、色々覚えている最中だから疑問が多い。 そして、その疑問を突然大人に投げかけてくる。 答えが簡単ならばいいのだが─── 「パパ。パパは〜、どうしてママのこと、“ちゃん”って呼ぶの?」 「・・・はいぃ〜?」 朔ではなく、愛娘からの鋭い問いかけに、一瞬言葉を失う景時。 どうしてといわれても、出会って名前を知って以来、そう呼び続けている。 妻になってからも呼び捨てに出来ないでいる景時を、はがゆいと感じたのだろうかと 焦る。 「それにぃ、沙羅のことは、沙羅だったり、沙羅ちゃんだったり。ね〜、どうして〜?」 「ええっと、なんでだろ?」 沙羅に対する呼び方など無自覚。 むしろ、そこに疑問を持つことが疑問だ。 そう言いたいのを堪えると、容赦なく次の疑問を投げつけられてしまう。 「だけど、源太は源太だよね?」 「そ、そうだね」 息子に“ちゃん”はつけないだろう。 景時自身そのような扱いを受けたことがないのだから、思いつきもしなかった。 「なのに、朔姉さまは朔って呼ぶね?どうして〜?」 「さ、朔はオレの妹だから・・・その・・・小さい時からそうだったし」 この先はぜひとも聞かないで欲しい。 そういった心の機微といったものが、無情にも伝わらないのが子供。 「ママはじゃなくていいの?九郎さんはママのこと、って。どうして?」 「え〜っと・・・・・・」 弁慶が源太を伴って薬草摘みに出かけた後、久しぶりに休みをもらえた景時は、沙羅と 二人での台所仕事が終わるのを待ちながら遊ぶことにした。 活発な長女の事、室内での毬遊びなどすぐに飽きてしまい、結局、寒空の下、庭先で唐 梅と雀を眺めながらのおしゃべり。 梅の小枝を沙羅の髪に挿してやったりと途中まではよかった。 にもと枝を手折った時、沙羅が得意の“なぜなぜどうして攻撃”を景時に仕掛けて きた。 「沙羅はぁ、ヒノエくんに姫君って呼ばれるの好き」 「そう?じゃ、これからはパパもそう呼ぼうか」 「パパはダメ」 女心となんとやら。 こんなに小さな娘の心までわからないとは、なんと情けないのかと首が前にガクリと落 ちてしまう。 その時─── 「沙羅ちゃん、お待たせ。お外は寒いでしょ〜?ほら」 がしゃがんでいる沙羅の背後から、その手を沙羅の頬へ触れさせた。 「ママ!もういいの?遊べる?」 「遊べるけど、お部屋の中にしましょうね。ママ、寒いのはいや〜」 とびついて来た沙羅を抱き上げ頬ずりをする。 「ママ、あったかいでしょ。沙羅ちゃんが冷たくなっちゃってるんだよ。だから、お外は おしまい。パパに可愛くしてもらったの?いい香りだね」 「ママのもあるよ。パパがもう一枝折って、“ちゃん”にもって」 娘から名前を呼ばれたのは初めてで、隣にいる人物を見上げると、 「い、いやぁ・・・これは君に」 真っ赤になっている景時から、髪に唐梅を挿してもらえた。 「ありがとう、景時さん」 「どういたしまして〜。寒いから中へ入ろうか」 の腕から沙羅を受け取り抱き上げる。 再び沙羅の攻撃が始まった。 「ね〜、ママはパパのこと、景時さんって呼ぶよね?」 「そうだね」 今はより高い位置にある沙羅の頭を撫でてやる。 ここにきて、先ほどの景時の困り顔と、沙羅がの名前を言った理由を理解した。 「九郎さんや将臣君は、景時って呼ぶよね?ママは景時って呼ばないの?それにね、みん なはママのこと、色んな風に呼ぶよ?どれが好き?」 「沙羅ちゃんは、どう呼ばれるのが好きなの?」 今回の疑問の出発点は、どう呼ばれるのが心地よいかにあるらしい。 ならば、沙羅はヒノエに姫と呼ばれるのが好きなのを知っているし、がどう呼ばれ たいのか、なぜ呼び名がバラバラなのかを知りたいだけだろうと推測する。 「ヒノエくんに姫君って呼ばれるの好き」 「じゃあ、九郎さんや将臣くんに沙羅って呼ばれるのは?」 手っ取り早く沙羅にもわかるように、呼び捨て組の内、ふたりの名前をあげる。 「好き。仲良しっぽい」 「そうなんだ。弁慶さんは沙羅ちゃんだよ?譲くんは・・・両方かな」 譲は沙羅を叱る時は呼び捨て、褒める時等はちゃん付けと呼び分けているようだ。 弁慶は、基本的に女性を呼び捨てにしないと決めている様子。 対して、リズヴァーンと敦盛は沙羅も源太も呼び捨てにしている。 「うんと・・・好き。みんな優しいもん」 「それなら簡単。呼ばれた方が嫌じゃなければいいの。でしょ?」 「そっか〜。じゃ、ママはパパに、“ちゃん”って呼ばれたいんだよね?」 どうやら本日の沙羅の攻撃に景時は完敗してしまったらしい。 照れながら頭を掻いている。 これはの出番だろうと、上手に話を流しにかかった。 「もちろん!ラブラブっぽいでしょ?」 「らぶらぶ〜〜〜?」 「とっても仲良し夫婦ですってこと。パパとママが仲良しじゃなかったらどうする?名前 も呼ばないし、おしゃべりもしないで、ツンツンしてるの」 可哀想だと思うが、物事には反対の事象もある。 試しに沙羅に仲良しではない場合についても言ってみた。 「やだ!だって、沙羅、お昼寝は真ん中がいい。・・・源太も真ん中がいいよ、きっと」 昼寝の時の真ん中は争奪戦になる。 大抵はと景時の間に入れるのだが、時々父親が母親を抱えて寝てしまう。 景時の背中側ではつまらないから、沙羅と源太はの隣を争わなくてはならない。 「大丈夫。パパとママの話じゃないから」 「だったらいい」 すっかり質問していた事を忘れてしまったのだろう。 鼻歌まじりで景時に抱かれて首を振っている。 「何して遊ぶ?」 「えっと、えっと・・・・・・」 いつもなら源太もいるが、源太は遊ぶというより、話をしたがる傾向にある。 沙羅とは違う意味で質問が多く、知りたがり。 だが、今日は源太は出かけており、白龍も譲と買い物へ出かけている。 沙羅が迷うのは当然であり─── 「げえむする!白と黒」 「オセロか〜。じゃあ、最初は沙羅ちゃんとパパね」 だと手加減が上手くないため沙羅が拗ねてしまう。 その点景時はオセロをよく理解しており、程よい差で勝つことに長けていた。 僅差での負けは次に繋がり、オセロを嫌いにならずにいる。 「よぉ〜し!本気の真剣勝負。勝った人が今日のお昼寝真ん中にしよう!」 「沙羅、頑張るもん!!!」 突如目の色を変えて沙羅が張り切りだす。 「え〜っ。偶にはパパが真ん中でもいいでしょ。負けないからね〜〜〜」 「や〜よ。源太もいないから、ほんとのほんとに真ん中だもん。沙羅、頑張る!」 言われてみればその通り。 三人なのだから、この場合、両親の間にいる位置が違ってくる。 子供二人が間というのではなく、正真正銘の真ん中。 「あ・・・そうか。沙羅とちゃんの間かぁ・・・・・・」 すっかり勝つ気になっている景時の呟きに、 「違うの!沙羅がパパの隣でママの隣の真ん中なの!」 沙羅が首を振って否を唱える。 「はい、はい。まだ勝負もしていないのに、言い合ってもしょうがないでしょ」 が景時の腕から沙羅を貰い受けて下ろしてやると、沙羅が一目散におもちゃ箱 へと駆け出す。 すぐに目的のオセロの道具を一式取り出し、駒を並べはじめた。 「あ〜らら。すっごくオレにとっても魅力的なご褒美なんだけどな」 張り切っている沙羅のために、本日、初めての負けを覚悟した景時。 に小さく耳打ちをすると、思いがけない返事が同じようにひそひそと返された。 「あるにはあるんですけどね。引き分けっていう手が」 「あ!それいいな。それにしよう。うん。さすがちゃんだ」 手を叩くと、沙羅の正面に座り込む景時。 出来る自信があるからこそだろう。 盤を眺めながら程よく駒を返しはじめる。 「うふふ。景時さんって、やっぱり譲っちゃうんだよね」 勝てるのに完全には勝たない。 けれど、本日だけは、負けられるのに負けもしない。 景時にしては珍しい主張。 「・・・仕方ないかな。私も真ん中だと嬉しいもん」 の背後に景時。 腕には子供たち。 景時が休みの時は、自然と昼寝の時間に家族がそろう。 にとっても真ん中はご褒美の場所。 沙羅が頑張りたい気持ちはよくわかる。 まだまだ小さな手で、景時お手製のオセロの駒を返している沙羅。 あえて手助けはしてやらない。 けれど、視線を感じた時は少しだけ次の手のヒントをあげる。 「えっとぉ・・・これ!」 「うわっ、やられた〜〜〜」 わざとらしすぎてわざとに見えない景時のセリフに、思わず笑いそうになる。 白熱した勝負は沙羅に疲れをもたらし、昼寝の時間より早く休憩となった。 「お疲れ様でした」 「いやいや。沙羅に悪いことしちゃったなぁ・・・・・・」 の膝で転寝をしている愛娘。 毎度引き分けているのも飽きが来る。 それでも負けず嫌いの性分から試合を投げる気はないらしく、集中しすぎの眠気で 駒を取り落とすまで頑張った。 「大丈夫ですよ。沙羅、オセロ好きだから。私も将棋とか碁とか難しくって。これは 簡単だからすぐに遊べたんですよね〜」 小学生のころから将臣と譲は囲碁も将棋も出来た。 残念ながらはルールが覚えられず、常に参加できない。 そうなると面白くないわけで、でも出来そうなゲームということでオセロが選 ばれ、いつしか正月には有川家でオセロのリーグ戦が定番となっていた。 それを思い出して景時に話すと、さっそくゲーム盤と駒を作ってくれ、懐かしくて 仲間たちに教えながら遊んだのは、源平の合戦も終結し、平和を満喫していた頃。 つい最近まで忘れていたのに、沙羅がどこからか見つけだし、今ではすっかり沙羅 の遊び道具となっている。 「だって・・・ねぇ?戦利品が良すぎちゃったからさ」 景時とてと沙羅の間に入ってみたい。 一度くらいはと夢見てしまった。 「それはそうなんですよね。でも・・・手を伸ばせば届くんです」 景時と、二人が共に腕を伸ばして手を繋げば、子供二人くらいの距離には十分。 ついと手を伸ばしてみせると、景時がの手に届く所まで離れて腕を伸ばしてみ せる。 「もう少し人数いけそうだね?」 「もぉ〜〜〜!実際、出来ないと困るんですぅ〜だ」 に宿る新たな生命。 家族が五人になると、中央を陣取る競争が激化しそうな気配。 「オレは・・・困らないよ。出来るって知ってるから」 沙羅を起こさないよう気遣いながらの隣に座り込む。 「休みの日に家族と昼寝ができるなんてさ。あの頃は・・・・・・」 の重みが景時の肩にかかる。 「真ん中は私も景時さんもしばらくは無理かもしれないけど。お隣は毎日ですからね。 まただんだん座っているのも大変になっちゃうんですから。抱っこして下さい」 「また君にだけ・・・・・・」 何をしてもに迷惑をかけているようで、気分が沈みかけたが、 「実は!景時さんは体験できないんですよ。すっごくドキドキでわくわくで待ち遠し いママの特権。大きくなったのがわかるし、嬉しいの」 笑顔で続きの言葉を封じられた。 「・・・確かに。どうして女の人だけ子を授かるんだろう?」 「そこなの?疑問点は。ヘンなの〜〜〜」 女性には当たり前に備わっているのだろうか、さして疑問はないらしい。 沙羅の頭を撫でている手を見つめていると、 「沙羅ちゃんも源太くんも、自分の足で歩いて、走るようになったんですよね」 呟きにも似たの問いかけに、つい頷いてしまう。 最初はだだ泣くだけの物体に戸惑った。 そのうち、いつ立ち上がるのか、歩くのか、話すのかと、目を離すのが惜しくなり、 今では会話が成立し、大人を困らせる質問をするほどに成長した。 「その・・・・・・ちゃんはさ」 「何ですか?“景時さん”」 景時が尋ねたいことなど丸わかり。 名前を強調して返事をする。 「う・・・ん。その・・・・・・」 「私、いつまでも名前で呼び合いたいので、“ちゃん”は嬉しいです。だって、 母上って呼ばれるより、断然私を必要としているっポイじゃないですか?」 ぐいぐいと頭で景時の肩を押しやる。 ただ肩に寄り掛かるだけでは足りないという合図に気づいてもらえ、は景時に包 み込むように抱かれ、背中を預ける事ができた。 「オレね、少し情けないな〜とか思われるかもしれないけど。出会って最初に君をどう 呼ぼうか、呼んでも嫌がられないか、必死に考えてから君の名前を口にしたんだ。だか ら、その時のままでいたいっていうか。・・・嬉しかったんだよ、笑顔で振り返って返 事をしてもらえて」 「そうだったんですか?景時さんて、誰でも名前で呼んでる感じだったから、あまり意 識しないように気をつけてたのに。特別だなんて思わないようにって」 初対面で名前を呼ばれるのは、普通なら“馴れ馴れしい”と憤るかもしれない。 けれど、相手を好ましいと思っているなら話は別。 近しい気がして嬉しいものにかわる。 けれど、誰にでもそうしていると知れば、また意味が変わるのだから、とかく面倒く さいのが恋というものだろう。 出来るだけ心にダメージがないよう、深読みしないよう気をつけていた。 「あ、それはね。大抵の部下とか仲間たちがさ、一族郎党みたいなもんだから。氏が同 じだから呼び分けるために呼んでたかな。九郎や弁慶もそうでしょ?例えば、三浦さん なんて呼ぼうものなら、それこそ、うじゃうじゃいるんだから。誰だよって聞き返され るのがおちだよ。・・・でも、戦場に女の子なんていないし。ほんと、ドキドキしなが ら朔の友達だから大丈夫って・・・君を名前で呼んだんだ」 明かされた真実に嬉しくなる。 「よかった・・・・・・」 「うん」 息を吐き出しながら景時に全体重を預けると、しっかりと支えてもらえた。 膝にいる沙羅の寝顔を、の肩から眺めているようだ。 「今日は・・・沙羅が真ん中かな。オセロ、起きたらしたいって言うかな?」 「どうでしょう?沙羅ちゃんは私に似て食いしん坊だから。お昼ご飯が先かも」 沙羅の髪を梳いてやると、気持ちがいいのかすり寄って来るだけで目覚めない。 「そっか〜。勝負関係無しで真ん中は嫌がらない?」 「大丈夫。けろっとしてますもん。そういうのは源太くんの方が気にするかも。沙羅に ゆずるところがあるんですよね。ヒノエくんの影響っていうか、女の子は大切にってい うか」 「は?」 沙羅の心配をしていたはずの景時が、沙羅へ伸ばそうとしていた手を引っ込めた。 「れでぃーなんとかってやつ?」 「そぉです。レディーファーストです。しっかり男の子してるから、それも何だか可笑 しくて。景時さんがいない時は、時々源太くんが真ん中になれるようにしてあげてるの。 景時さんがいる時は、頑張って男を見せようとしているみたいだから」 だから沙羅がの隣なのだ。 どうりで源太が真ん中という図があまり思い浮かばない。 「源太、案外気合入ってるな〜」 「案外じゃなくって、とっても。剣の修行もサボらないし。真面目なんですよね〜」 真面目なところはにではなく、景時に似たと思っている。 は瞬発力勝負は得意とするが、持久力はない。 毎日漢字の書き取りをして覚えるといったことは苦手分野で、何かのきっかけで一時 的に覚えたいと思えば能力を発揮するタイプ。 「ははっ。俺に似ないでよかった」 「ええっ!?景時さんにそっくりじゃないですか。真面目だし、優しいし」 「は?ありえないでしょ。自慢じゃないけど武術全般、大の苦手だし。朔にはヘタレと しか言われたことないし」 「得意、不得意は誰にだってあるんです。私だって、発明系の勉強しろって言われたら うなされちゃいますよ。それに、我侭は早いもの勝ちって思ってるし!」 互いの見解の相違に、思わず顔を見合わせ笑い出してしまった。 「・・・ま、いいかな。元気に育ってくれてるし」 「二人とも可愛いですもん。いいんですよ、きっと」 互いに唇を啄ばみ合っていると、小さな視線を感じた。 「らぶらぶ?」 「そう。らぶらぶ〜。沙羅は沙羅の王子様とするんだよ?だからママはほっぺに!」 目覚めた沙羅の頬に軽くキスをすると、くすぐったそうにしてから飛びついてきた。 「沙羅にも王子様いる?」 「いるよ。もっと大きくなったら会えるから。それまでは、パパとママの可愛い娘でい てね?」 「いいよ。・・・沙羅、お腹が空いたよ」 わかっているのか、いないのか。 気軽に返事をされてしまったが、これでいいのだろう。 「じゃあ・・・朔お姉ちゃんにお昼ご飯が出来ているか、聞きに行こうか」 「うん!沙羅ね〜、今日はぁ、たくさん食べられる」 「ほんとにぃ〜?じゃ、行こう」 沙羅を抱き上げようとすると、すかさず景時が沙羅を軽々と片腕で抱き上げた。 「パパと行こう!パパもね〜、お腹ぺこぺこで待てないから」 「うん。ママも行こう?」 「そうだね。みんなでお腹空いたよ〜って」 遊び過ぎて疲れてお腹が空いたなど、大人なら叱られてしまいそう。 が、朔は笑ってくれるに違いない。 沙羅を褒めて、景時には小言。 遊びの勝負で負けてやらなかったと知られれば、より一層景時が不利。 いつもの遣り取りがされるまで、あと数分。 「お腹空いたよ〜〜〜!」 今日も元気な声が梶原邸に響き渡った。 |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!
あとがき:あの突発さはどこから?と、よそさまの子供でもみていて楽しいですよね。 (2010.05.02サイト掲載)