運命の出会い ≪番外編≫ 「母上」 洗濯ものをたたんでいるの傍へ源太がやってくる。 「お帰り〜。・・・どうしたの?」 正面に正座をした息子へ視線を向け、続きを促す。 わざわざ座ったのだから、帰宅の挨拶のためにここまで来たのでは なさそうだからだ。 「母上。私には姫と出会いがありません。どうすればいいのですか?」 「・・・はいぃ〜?」 源太の言う意味が脳まで達するのに時間を要してしまった。 「あのね?出会いって、源太はまだ七歳でしょう?」 出会いも何も、がいた世界なら小学生だ。 「姉上はもうヒノエ殿と出会っているとおっしゃいました。ヒノエ殿が姉上の “おうじさま”だとか。でしたら、私も姫との出会いがほしいのです」 よくよく確認すれば、童話の世界を夢見るお年頃の姉の影響らしい。 しかも、が寝かしつける時にしていた異世界の物語。 源太には“王子様”という意味がわからないのか、そこだけは語尾が 若干上がって疑問形になっていた。 「そう考えなくても会えるんだよ?だから出会い。いつも通りに過ごし ていたら会ったみたいな感じ。でも、出かければ会えるんでもなくて、 自然と時が来ればわかると思うんだけど・・・・・・」 頭を撫でてやると、納得しかねるのか首を傾げている。 「・・・母上は父上とそこで出会ったのですよね?」 指さす方向は、景時がかつて洗濯をしていた南向きの庭の一角。 「そう。私が景時さんを見つけたの。だから、源太が見つけなきゃって 頑張らなくても、お姫様の方が見つけてくれるかも。どうしたの?急に」 「私もだれかのいちばんになりたいのです」 「な〜んだ。でも、源太にとっての、とっておきの一番決められそう?」 真剣な眼差しには、真剣に応えねばならない。 この好きだけは、どれとも何とも比較できないぶっちぎりの好き。 そういう意味で質問をして返した。 「・・・わかりません」 「じゃ、源太にはまだ早いのかな。誰にも譲れない一番ができたら。 それがそうなの」 気配を感じ部屋の入り口を窺うと、景時が顔を出した。 「あ。やっぱり帰ってたのか。源太〜。父上を置いて帰ったらサビシイよ〜」 源太の姿を確認すると、ひらひらと戸口で手を振る。 心配だったが行き先の予想はついていたので、源太がいるならそれでいい。 そんな気持ちを伝えたくて、朔に言わせると“軽すぎる”仕種をしてみた。 「・・・ひとりで先に帰ってきちゃったのね?」 「・・・ごめんなさい」 疑問が頭の中をぐるぐるしていて、景時との約束を忘れてしまった。 守護邸で九郎に稽古をつけてもらい、続いて姉の退屈しのぎに付き合い、 一方的に話をされた挙句、ヒノエの姿を見つけると駆け出して行った姉に 取り残され、散々な一日だと思いつつ疑問が胸にじわじわと広がった。 その後はこの疑問に答えてくれそうな母の顔しか覚えていない。 ただ家を目指して足が動いていた。 一緒に帰ろうという、景時との約束を忘れて・・・だ。 両親から叱られるだろうかと目を堅く閉じて俯く。 「いいの、いいの。無事なんだし。門番が声をかけたのに気づかずに歩いて 行っちゃったって報告してきたから、たぶん家とは思ったし」 源太の隣に座ると、片膝へ軽々とのせる。 「で?何か楽しい話をしてたの?」 源太がと話したがるのは珍しい。 日頃、九郎について歩いている所為もあるかもしれない。 沙羅と違って、極端に甘え下手。 の方から無理矢理スキンシップを図っているのを知っている。 「それがね、源太も姫と・・・女の子と出会いたいんだって。私が庭で 景時さんに会ったみたいに。沙羅の王子様は、ヒノエくんっていうのが 発端らしいんだけど」 は源太の話をしたつもりだ。 いや、つもりだった。 話とは、受け手の自由に委ねられる部分が大きい。 「な、何だって?ヒノエ君なの?いつから?いつって、生まれる前から 家に出入りしてるんだから、いつもなにもないんだけど」 真っ青になって膝立ちになる景時に対し、膝から滑り落とされた源太は 上手く立ち上がり冷静そのもの。 この辺りの反射神経の良さはリズヴァーンとの稽古によるものだろう。 「父上。そうあわててもなにも変わりません。気になるならば、ちょくせつ 姉上にかくにんをすればいいではないですか。母上。私はもうしばらくまって みようとおもいます」 「あ、はい。それがいいと思うよ。・・・すぐに夕餉の時間だからね」 ぺこりと礼をして立ち去る姿は、黒龍に似ている。 妙にクールで切り替えが早いところがある。 「男の子って、成長が早いんだか、遅いんだか。沙羅はちょっとおませ さんですよね〜」 小さな後ろ姿を頼もしく見送っていたが、両手をついて項垂れている 夫の方をなんとかしなくてはならない。 「・・・ちゃん。沙羅がお嫁に行っちゃう・・・・・・」 「景時さん。沙羅ちゃん、まだ八歳なんですけど」 嫁も何も、にとってはようやく一人で寝られるようになっただけの愛娘。 余所で一人で泊まれるのか、あやしいものだ。 着替えだって一人ではできない。 「あ、そうか。まだ・・・いや。あと十年しかない!ちゃんが十八歳で 花嫁になったことを考えると、もう半分近い」 久しぶりの後ろ向きループの景時。 ここまでくると笑いたくて仕方ないのだが、ぐっと我慢する。 「大丈夫ですよ。でも、ヒノエくんだと熊野かぁ。少し遠いですね」 「熊野〜?!無理、だめ、そんなの絶対に反対」 手をクロスさせて無理っぷりを仕種で表現している。 「源太のお嫁さん、どんな女の子かな〜。楽しみですね」 「・・・可愛いに決まってる。だって、最近まで君と結婚できると信じて いたんだから。とっても可愛い女の子に違いないし、きっと面食いだよ?」 「初耳。そんな話」 がびっくり目で景時を見ると、しまったという表情になっている。 「・・・もうオレの・・・父上のお嫁さんだから、無理だって言い聞かせた。 ダメだったかなぁ?それで言い出したとか?」 途端に気まずさが襲ってきたのか、景時が人差し指をもじもじと動かしな がらを上目使いに見る。 「私も沙羅に言ったから、おあいこです。庭での話、何度も聞かせたもの」 初めて会ったのに、目が離せないの─── 「よ、よかった〜。そうか〜、沙羅はオレのお嫁さんになりたかったのか〜」 「そ〜ですよ。父上のお嫁さんって。でもね、沙羅って賢くてすぐに気づき ましたけど。父上のお嫁さんは私だから、みんな一緒で家族なんだって」 「ええっ?・・・そっか。女の子は案外あっさりしてるんだなぁ」 源太に説明するのは大変だった。 肝心な部分をぼかしすぎたのかもしれない。 「で〜?どこからヒノエ君?」 「それこそ簡単ですよ。ヒノエ君は女の子が欲しい言葉をくれるもの。だから、 沙羅にはよぉ〜く教えてあげたんです」 源太が居なくなって空いた景時の膝。 ちゃっかり座って抱きついた。 「何・・・を?その前に、ただいま」 「お帰りなさい。・・・今日もお疲れさまでした」 景時の頬へ口づけると、ようやく景時が帰宅したんだと実感がわく。 「心をくれる人にしなさいって。言葉がなくてもわかる様じゃないと、まだまだ よって。たくさん相手を見ていれば、自然とわかる事だし」 「・・・ははっ。なんとなくオレに厳しい一言だな〜なんて。今は違うけどね」 の頬へ手を添えて口づける。 「大好きだよ」 「私も大好きです。・・・ところで、沙羅は?」 帰宅の挨拶を聞いたのは、源太と景時のみ。 それこそ、この夕暮れに女の子が一人で出歩いていては危ない。 「ヒノエ君が送ってくれるって。何だか約束してたらしくって、二人でどこかへ 出かけたんだよね」 「じゃ、安心ですね。沙羅の本命は誰なのかなぁ。私ね、源太の修行について 行くのって、守護邸の誰に会いに行ってるのかな〜と思ってたんです」 「・・・ヒノエ君じゃないの?」 王子様の話の流れでいくと、該当者は一名にしか思えない。 「ヒノエくんは守護邸に常時いる人じゃないもの。王子様って、ヒノエくんの 見た目とか、仕種を言ってる気がするんです。私ね、九郎さんだとにらんでるの」 「・・・どうして?」 の推理にいまいち賛同しかねる。 無意識に知りたくないという反発もあるかもしれない。 「将臣くんと敦盛さんは内裏が仕事場。譲くんはよく家の台所にいるし。リズ 先生だって、毎日じゃないもの。ほら」 「・・・たまにしか会えないから守護邸の線はないの?」 やはり頭のどこかで否定しているようで、すんなりの意見を承諾できない。 「だって、沙羅だと・・・毎日でも相手の所に押しかけそう。私がママだもの。 で、守護邸で毎日の人」 に押し切られた景時としては言葉に詰まる。 「はぁ〜〜〜っ。九郎か・・・・・・」 「九郎さんがちっとも気づかないからズルズルっととか。・・・ありえそう」 あの口下手で照れ屋な青年は、幼い時より根気よく沙羅の相手をしている。 けれど、それは家族を知らない九郎にとっての仮の家族。 恋愛感情があって沙羅の相手をしていたのではなく、源太の世話と同列。 そんな事はや景時にはわかっても、沙羅には難しい。 「ふ〜〜〜っ。あの二人なら、どっちがどうでも信頼できるし、いいかなぁ。 ただ、九郎がオレの息子になるって事は、頼朝様ってオレの何になるのかな?」 「・・・それ、考えない方が。ヒノエくんだと、弁慶さんって何になるのとか、 すっごくややこしいじゃないですか」 婚姻により絆が結ばれると親族が増える。 この時代、親族同士や政略結婚は普通なのだが、仲間たちに限ってはそのような 婚姻とは無縁に感じるのだから、不思議なものだ。 心許せる仲間というのは、家族と変わらない絆がある。 だから、心を無視した繋がりのための行為が思い浮かばない。 「九郎にはさっさと他から嫁さん貰ってもらおう。オレは避けたい」 「え〜〜〜っ。別にいいじゃないですか。でも、沙羅が大きくなるの待っていたら、 九郎さんがおじさんになっちゃいますね」 さすがに二十歳以上離れているのは考えてしまう。 恋愛は良くても、結婚後に九郎が沙羅を置いて先立ってしまう可能性が高いのだから。 だったら多少早いと思っても、嫁に行かせてあげたい。 こちらでは貴族の姫君なら、十二、三歳でも嫁いでいる。 普通に十五歳程度で嫁入り済み。 など遅い部類に数えられるが、景時が熱心にたちの世界について 知ろうと努力してくれるため、お互いに無理なく過ごせている。 「ええっ!?じゃあ、オレっておじさん?」 「子供たちからはそうかも。いいじゃないですか。私にとってはずぅーっと 旦那様で変わらないんですから」 とて、近所の子供たちからはもう“おばさん”と呼ばれている。 に対する呼び名は、“沙羅ちゃんの母上”だったり、“隣のおばさん” だったり、“梶原殿の奥方”だったり、相手からの視点による。 今でも“神子”や“神子様”と呼ばれる事もあるが、どれでもいいのだ。 「私は私です。景時さんも景時さん。だから、いいんですよ」 「そっか。そうだね」 今のうちにと、思い切り抱きしめ合ってから軽くキスを交わす。 子供たちの前ですると、沙羅だと間に割り込まれ、源太だと一目散に逃げて行く。 景時と、二人だけの時間は貴重だ。 「・・・そろそろ沙羅ちゃんが帰ってくるかも」 ヒノエは約束を違えないし、沙羅が母親恋しくなる頃合いを心得てくれている。 「そうだね。今夜はヒノエ君も夕飯が一緒で賑やかそうだ」 来客は景時にとって好ましい。 仲間が変わらず集まってくれる家があり、よかったと思う。 家を守り、待っていてくれる人の存在が有り難く嬉しい。 「そろそろ私も手伝わなきゃ」 「う〜ん。オレも着替えてこよう。朔に叱られる前に」 梶原邸の夕餉は、招待をしていなくても人数が増えるのは常の事。 今日も仲間の一人が増える予定。 一人増えると、もっと増えるのはお約束。 賑やかな団らんが当たり前の日常こそ、景時が望んだ願い。 君のおかげで叶ったみたいだ─── 後は妹の小言を頂戴する前に、身支度を整えれば今日は完璧。 「よしっ!玄関で待っちゃおうかな〜」 愛娘の帰宅を待つ父の姿も梶原邸日常のひとコマ。 |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!
あとがき:源太は照れ屋だといいなぁ〜とか。またも未来を先に。 (2009.03.15サイト掲載)