退屈?  ≪番外編≫





「これで・・・よしっ!後は頼むね〜〜〜」
「はっ。すぐに」
 景時が丁寧に文箱へ文を収める。
 その箱を受け取った景時の部下は、そのまま京邸を後にし守護邸へと走った。

「ふぅ・・・終った・・・・・・ねむ・・・・・・」
 文机の前でそのまま後ろへ倒れこむ。
 気の緩みからか、胡坐で仰向けの姿勢のまま眠りについていた。





 どれぐらいの時間がたっただろうか。
 朝方眠りについた景時が目覚めた時は、もう昼も過ぎていた。
「あ・・・ちゃんかな・・・・・・」
 景時を動かすことが出来る人物は限られている。
 しかし、景時を動かせば景時が目覚めるのは確実。
 景時も武士の端くれ辺りにはいるので、他人の気配には敏感ではある。
 他人ではない気配という、その人物はひとりだけだ。
 景時を起こさずに衣をかけて、そのまま立ち去れるのはをおいて他にはいない。

「う〜ん。何日徹夜したんだかねぇ?」
 指折り数えてみるが、寝ていないというのは記憶もあやしい。
 昨日はいよいよフラフラしている景時を見かねて、自邸での仕事にしてくれたのは弁慶だ。
 それでも仕事を減らしてはくれない辺りが弁慶である。
 今年の夏はとくに暑かったために、旱魃による被害は甚大。
 その処理に追われまくっている最中、ようやく恵みの雨が降ったのは一昨日。

「白龍が悪いんじゃないんだけどね」
 京はそれほど気象について深刻ではなかった。
 ただし、龍神の力が及ぶ地域は極めて狭いらしい。
 西に東に、とにかく天災が多く、土地は干上がっていた。
 起き上がると机に肘をついて考える。



「・・・突然仕事が終わると、これはこれで退屈だなぁ」
 気が抜けるというのだろうか、考え事はしたくない。
 よって、趣味の発明も気がのらない。残るは───

「この時間に洗濯っていうのもなぁ・・・・・・」
 まだまだ暑いから、洗濯物の乾きは問題がない。
 あるとすれば、この暑い時間に庭で洗濯をするかどうかの判断だけだ。

「・・・退屈。ちゃんを捜そ〜っと」
 ぺたぺたと簀子を歩き出すと、がいる可能性が一番高い部屋へと突き進む。




ちゃ〜ん。・・・・・・あれれ?沙羅ちゃんは何をしてるのかな〜?」
 愛娘の小さな背中が目に入り、その隣に座り込む。
「父上、お目覚めですか」
「うん。起きたよ〜。母上はどこかな?」
 頭を撫でながら、一番知りたいことを尋ねる。
「・・・母上はお忙しいんです。だから沙羅もこうしてお手伝いしてるんです」
 言われて手元を覗き込めば、洗濯物をたたんでいるようだ。
 朔にしっかり教えられているだけあって、たたみ方はあっている。
 ただ、沙羅の手に余る大きさの洗濯物だけはどうしても上手くたためているとは言い難い。
 そこはご愛嬌というものだろう。
「えらいね〜、沙羅ちゃんは。それで?母上は・・・・・・」
 二度目の問いに、沙羅の頬が膨れた。

「沙羅だって・・・母上と遊びたいからこうしてお手伝いしてるのに!父上は何もしないで
母上、母上って。ズルイ!!!」
「うわぁ!ごっ、ごめん!ごめんね〜、沙羅。別にそういうつもりじゃ・・・・・・」
 慌てて抱き締めるが、沙羅の声が大きかったからか、が小走りにやって来た。



「沙羅ちゃん?どうしたの・・・・・・景時さん。起きられたんですか?ご飯は?」
 二人の様子が変ではあるが、守護邸に行ったきりだった景時が帰って来て、それでも寝ないで
仕事をしていたのを心配していたとしては、ようやく眠った景時がもう起きていた方に
気をとられてしまった。

「母上!あの・・・あの!忙しい?あのね、沙羅ね、お洗濯物たたんだよ」
 景時の腕をすり抜け、に飛びつく沙羅。
「わあ!ありがとう、沙羅ちゃん。ごめんね〜?一昨日雨だったから昨日張り切りすぎちゃった。
お手伝い、ありがとうね」
 頭を撫でてから抱き上げると、沙羅が嬉しそうににしがみ付く。
「遊べる?」
「ええっと・・・もう少し待ってて?パパのご飯の用意・・・・・・」
 そこまで言いかけて言葉を切る。
 沙羅の頬がぷっくりと膨らみ始めたからだ。

「父上はズルイ!何もしてないのに母上に大切にしてもらえて!!!」
 愚図りだした愛娘の背を撫でながら、が一呼吸おいて話し始めた。



「沙羅ちゃん?パパは・・・たくさんの人のためにお仕事していたんだよ?昨日、やっとお家に
帰ってきたんだよ。沙羅だって、父上のお顔を見るのは久しぶりって言っていたでしょう?
お仕事の邪魔をしないように、父上のお仕事部屋に行かないよう我慢したでしょう?
本当にパパはズルイと思う?」
 自分で納得しない限りは、この手の問題は無理に言い聞かせてもしこりが残る。
 出来るだけ答えを見つけやすいよう配慮したつもりだが相手は子供だ。
 大人でも他人を思い遣るのは難しいのに、厳しいだろうかとも思うが気づいて欲しかった。



「・・・でも・・・ズルイもん。沙羅は昨日ひとりで我慢したもん。だから今日はお手伝い
しようって。少しでも早く母上が沙羅と遊んでくれないかなって・・・・・・」
 涙声になっている沙羅に、はその背を撫でているだけで返事をしない。

(あと少し・・・厳しいかもしれないけれど、気づいて欲しい・・・・・・)
 頬ずりをすると体温が伝わる。
 無視の無言ではないシルシ。



 先に折れたのは景時だった。
「沙羅、ごめんね〜?父上は大人だからご飯は自分で作れるし、食べられるから。母上と
遊ぶといいよ。母上のお仕事は、朔お姉ちゃんがなんとかするから。じゃ!」
 軽く手を上げて部屋を出て行こうとする景時。
 沙羅は景時に悪いと思ったのか呼び止める。


「パパっ!待って」
「ん〜?」
 手を伸ばす沙羅を振り返る景時。
 沙羅は景時に対する呼び方を使い分けている。
 普段は周囲にならって“父上”と呼んでいるが、遊ぶ時は“パパ”と呼び、気を許している。


「あの・・・でも・・・沙羅だって・・・・・・」
 引き止めたはいいが、気持ちの整理がついて景時を止めたのではない。
 俯いてしまった沙羅にが助け舟を出す。


「沙羅ちゃん。ママとはいつでもお話できるよ?パパは・・・お仕事がお休みの時か、早く帰って
きた時だけだね?」
「あっ!!!」
 景時が必ず相手をしてるために、父親が不在でもあまりそれについて気にしたことはなかった沙羅。
 遊びたいのだが、誰と最初に遊べばいいのか迷いが生じる。
 自分を抱き上げているを振り返ったり、扉のところに立っている景時を見たりと、首が忙しく
動き、まだ揃わぬ髪が小さな音を立てている。


「・・・・・・じゃあ・・・父上もソレ、手伝うから。そうしたら早く三人で遊べるかな〜」
 景時がから沙羅を貰い受け、一度高く掲げてから軽く自らの肩辺りに抱える。
「ほんと?ほんとのホント?」
「うん。ほんと〜〜〜。だから、お手伝いを一緒にしよう」
 大量の洗濯物の前に二人並んで座る。

「と、いうわけで。ちゃんも頑張ってお仕事終わらせてね〜〜〜」
「ね〜〜〜」
 景時の真似をして、沙羅も右へ首を傾けて片手を振る。



「・・・うぷぷっ。ほんと、そっくりだよ。二人とも〜〜〜」
 が沙羅の頭を撫でると、嬉しそうに笑い出す。
「きゃはは!」

「オレにも!!!」
 一瞬の手が止まる。沙羅の視線も景時へ移った。

「ふぅ。仕方のないパパですね?とっても頑張っていたからパパもね」
「沙羅とおんなじ〜〜〜」
 景時もに頭を撫でられご満悦だ。

「おんなじ〜〜〜。ね?」
「ね〜〜〜」
 またも景時と沙羅が小首を傾げて同じ仕種をしている。


「さ!二人とも、お手伝をお願いします。ママもすぐにくるからね」
「すぐにというより、もういいわ。兄上のご飯なら、この握り飯だけで十分です!片付かないったら」
 いつの間に来ていたのだろうか、朔が握り飯の包みを持って立っていた。

「朔姉さま!」
 ぴょんと立ち上がると、沙羅が朔のもとへと走り寄る。
「沙羅ちゃんは自分からお手伝いをしてえらいわね。父上がこれを食べる間、面倒をみてあげて」
「はいっ!父上のご飯の用意する〜」
 朔から握り飯を受け取ると、そのまま景時へ手渡す。

「すぐにお茶と汁物の用意してくるからね。譲にぃのところへ行って来る」
 先ほどまでの愚図りはどこへやら。
 足取りも軽く部屋を飛び出していく沙羅。



「え〜っと・・・朔、ありがと。これ」
 握り飯を指差す景時。
「いいえ。用意していたのはですもの。私はこちらへ届けただけです。沙羅ちゃんにまで
世話をかけるなんて・・・情けない」
 特大の溜息を吐いてみせ、朔は自らの眉間に出来た皺を指で解す。

「いやぁ・・・まったく・・・面目ない・・・・・・次第で・・・はい・・・・・・」
 座っている景時が、様子を窺うように上目遣いになった。
「朔〜。景時さんはとっても頑張ってるし、ご飯はいつ起きてもいいように私が勝手にしてた事
なんだから。そんなに散らかしてないよぅ・・・お台所・・・・・・」
 綺麗好きの朔にとって、台所に片付かない握り飯があったのが気に触ったのかと、も詫びようと
すると、


「父上!今日の夕ご飯情報ですよ。あのね、譲にぃがおでんだって!」
 沙羅が転がるように部屋へ戻ってきて、先に景時のための白湯を置いた。
「父上。おでん・・・久しぶりね?ね!皆来るね!」
 大きな鍋を皆で囲むイメージがあるのだろう。
 沙羅にとってのおでんは来客のシルシ。
「そうか〜、おでんか〜。あれはいいね〜、楽しくて。よしっ!張り切って片付けたら、三人どころか
皆で遊べちゃうぞ〜〜〜」
 沙羅を抱えると、額を合わせてから膝へと座らせた。
「きゃはは!皆で遊ぶの。隠れ鬼?パパが鬼?」
「え〜〜、最初から鬼は疲れるから、それは九郎ってことにしよう。で!」
 景時が座り直す。

「まずは急いで食べないとな〜。沙羅、食べさせて?」
「仕方がないですね、父上は。はい!」
 景時の口元へ握り飯を差し出す小さな手。
 景時は大きな口を開いて一口齧りつく。

「おおっ!これは塩です。塩味です。そっちのは・・・・・・」
「食べかけにしたら、もったいないんだから。これが先」
 が言わなくても、愛娘がしっかりとの口調を真似て窘めている。



「・・・似てきたわね」
「ほんと、困った事に、困ったトコが私に」
 がコッソリ溜息を吐く。
「あら。両方によ?別に夕餉の献立情報なんてにとって特別重要じゃないでしょう?譲殿も、
守護邸で鍛錬してきたから、皆様がお見えになるのを知ったのでしょうし」
「そっか。そういえば、おでんなんて突然だもんね。沙羅もおでんってだけで皆が来るなんて」
 確かに仲間におでんの評判はよかったし、大人数の時には楽だとも思う。
 しかし、梶原邸へ来るという先触れの使者は到着していない。
「その辺りは兄上に似たのよね、きっと。・・・たぶん」
 普段の景時からは、そういった知性をまったく感じられない。
「よかった〜。慎重で賢いトコは景時さんに似て。見た目もだと朔に似て可愛くなるのになぁ」
「瞳も大きくて明るくて。に似てとても可愛いと思うわよ?」
 互いに互いを褒め称える。もっとも、朔の場合、景時に関して以外には賞賛する傾向がある。



 その時、会話に割り込む使者が庭先へ到着した。
「申し上げます!景時様に九郎様から・・・・・・」
「うん。もう知ってるからいい〜。もしも次も同じような使者が来たら、いつでもどうぞって。早く
来ないと隠れ鬼に参加できなくなるよってだけ伝えてね〜」
 沙羅と遊ぶのは誰にとっても心安らぐ時間。
 それに参加できないとなれば一大事である。
 庭の警備の者が慌てて先触れの使者へと言伝を返す。


「沙羅は先にパパと遊んでくれるんだよね?皆が来るまでは」
「うん。何して遊ぶ?あのね、木登りは叱られちゃうの」
「だっ、だめだよ!そんな危ないこと〜。そうだな〜、水遊びでもして涼もうか」
「わ〜い!お庭に用意してもらって来る!」
 

 少しだけ大きな盥にぬるま湯を入れてもらうだけ。
 いつでも沙羅が遊べるよう家の者たちは心得たもので、日向に水を張った盥を用意している。
 湯を沸かす時間すら待たせないという心配りが出来る者ばかり。
 すぐに残暑を乗り切るにもっとも適した遊びの準備が整った。


「よぉ〜し!ちゃんは足をつけるまではしていいからね」
「もぉ〜!景時さんのケチんぼ!」
 庭先で水浸しで遊ぶ景時と沙羅。
 それを階のところで足だけ水につけて眺める
 簀子では朔が眩しそうに外を見ては、その様子を確認する。

「黒龍は・・・いいの?」
「童と遊ぶほど暇ではないぞ」
 すっかり元に戻った黒龍が、朔に寄り添い立っている。
「うふふ。そんな事を言って。水が恋しくない?」
「京の水については白龍が見守っている。今日は奴の当番だ」
 黒龍が盥の水に反射する光を見守っていると、影が差す。


「あいつめ・・・サボってきた」
「ふぅ。白龍ったら」
 梶原邸の庭に龍の影が落ちる。
 怖がる者はいはしない。この家の守り神でもある龍神の本当の姿なのだから。


「はくりゅー!今日はね、皆が来るんだよ。それまで水遊びなの〜!」
 天へ向けて両手を上げる沙羅。
 今まで空を覆っていた影はなくなり、再び日差しが射すのと同時に子供の姿の白龍が降りてくる。
「私もいいの?」
「うん!」


 梶原邸の午後のおやつ時。
 徐々に仲間が増えてくる。
 風だけは秋色のある日の出来事───
 







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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→京で二人の子供が?!

 あとがき:先走って、成長した沙羅ちゃんとパパの日常を。     (2007.09.18サイト掲載)




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