お試し





「わざわざすまなかったね」
 行成の書斎であるが、足を組んで座り、すっかり寛いでいる雅幸。
 誰が部屋の主か、今この部屋を訪れた者ならば判断に迷うだろう。
 それ程に違和感がない。
「くっ・・・ある意味、わざわざではないのをご存知の貴方に言われてもね」
 翡翠が楽しげに口元へ拳を当て笑いを漏らす。
 雅幸の機嫌がよいのが手に取るようにわかるからこそである。
「それにしても・・・学校の敷地内にとは問題ありますね?」
 行成が話題を切り出した。


「ふん?別に・・・そんな事だろうとは思っていたからね」
「先に入籍して校内で公表していては、今更夫婦ではありませんでしたとはならないでしょう?
まったく。一番性質が悪い」
 いくら藤原一族の力をもってして戸籍操作が可能だとしても、周囲に先に認知されて
いては手出しが出来ない。
 それだけの人数の口封じなど不可能である。
 景時の戸籍を用意させておきながら、抹消したり出来ないよう確たるものにする効果もある。
 それこそが外観というものだ。
 より多くの人数に知れている方、先に証拠が揃っている方が証明に有利。

「・・・ちゃんの気持ちを利用して、上手く誘導しましたからね。雅幸さんが」
 純粋に娘を大切に想っているのだろうが、時にその娘の気持ちをも利用する強かさ。
 雅幸の行動はまったくもって理解の範疇を越える。

「やれ、やれ。ここでも私に分が悪いのかい?花奈とだけで手がいっぱいだよ」
 両手を上げる雅幸に、
「ほう・・・景時の名前がないようですが」
 翡翠がその真意を図るべく、わざと景時の名前を出した。

「わかっているだろうに。景時君は私の息子だよ。そして、私の一番の理解者でもある。
に関しては彼にすべて任せたいし、任せるつもりだ。あれだけ面倒な娘に付き合おうという
貴重な人材だからね。本当に・・・以上に突拍子もなくて」
 今回の事では景時に騙された気がしなくもない。


 『・・・が誰かに誘拐されたらどうする?』


 先に年末に藤原家で釘を刺しておいたが、それでもあの愚かな男ならするだろうという予感はあった。
 貴純は雅幸も尊敬に値する人物だが、跡継ぎである晴純の行動に関して口を出さずにいる。
 ならばと雅幸も貴純には何も言わずにいた。
 晴純が行動を起こすまでは、待ってもいいと考えたからだ。


 『ははっ・・・誘拐って、ちゃんの場合は、ちゃん自身が目的ですからね』


 敵の必要としているモノを理解している。
 は人質にはなれないし、ならない。景時が憂慮しているのは別のところだ。
 そして───


 『たぶん・・・ですけど。ま、なんとかなります。ちゃんがオレを信じてくれている限りは。
  ・・・何だかちゃん頼みで、他にアテがないみたいですけど』


 軽い言葉に隠された仄かな自信。
 それを試してみたくなった。
 景時ならばどうするのか。どこまで出来るのか。何が起きるのか───



 いざ待ち受けていると、純頼のあまりにわかりやすい行動に拍子抜けだ。
 晴純の手勢で純頼が出来そうな範囲は限られているとはいえ、自分の手を汚さない方法でしか
来られないのだと、改めて晴純の性格を認識した程度。
 も雅幸の予想通りにひとりで切り抜けようとして失敗してくれた。
 残すは景時の行動を見守るばかりと、張り巡らせていた情報網にかかる報告を聞いていた。



「接触事故程度で切り抜けるかと思ったんだか・・・・・・何も起きなかったね」
 それなりにバランスがとれるよう手駒を与えたが、何もなしだとしたらどうしただろうか。
 それぐらい興味深い結果に終った今回の事件。
「・・・雅幸さんにも何も?」
「いや?京都での事は聞いているけれど。ここまでするつもりはなかったんだろう。それだけだね」
 行成の疑問はもっともだが、景時はどちらかというと雅幸に近しいと考えている。
 ただ、かなり慎重派なのは手に取るようにわかるので、不確定要素が多い今回の術については
雅幸に何も告げられていなかったと想像できる。まさにただそれだけである。

「貴方にも言わなかったと・・・それは・・・・・・」
 翡翠にとっても興味深い景時の行動。
 一度手の内を見せてしまえば次は使えない。
 それを今回見せてしまったのだから、それが何を意味するのか。

「いや?何かあるとは思っていたから、まったくというものでもないよ。それに・・・彼の事だ。
今回がこれなら、次はどこまで考えているんだろうね?も知らないところで真面目に修行を
していたようだし。実に痛快な結果だったよ」
 行成の書斎である。
 勝手に他人の家の棚から酒を取り出し、さっさと口に含んでいる。
 雅幸がここまで上機嫌なのも珍しい。
 すぐに行成は盛子へ内線で冷酒の用意を言いつけた。



「将臣君についても、実に面白かったよ」
 用意された冷酒の盃を行成が配ると、最初に酒を手に取ったのは雅幸。
 そのまま行成、翡翠の順に、各々の盃へ雅幸の手ずから酒が注がれた。

「あれは・・・イイ男に育ったねぇ・・・昔から人の気持ちを読むのが上手かった」
 利用するのではなく、相手に納得させる。
 時に惹きつけるほどの統率力をみせるのが将臣の魅力。

「お褒めに預かり。少しばかり抜けているのと、まだまだ思慮にかけますが」
「そうかな?私にとっても気になる存在ですよ」
 翡翠が盃を掲げ、一息に飲み干す。
「そう。それならばよかったよ。あの娘も彼らの事はとても信頼しているからね。幼馴染というだけで
はなく、神子と八葉というだけもでなく。私にはもっと強い絆があるように思うね。・・・君も含め」
 雅幸には想像しかできない異世界での出来事。
 にどれだけの試練が与えられていたのか。
 それを支えてくれた仲間との絆は、こちらでの“友情”という言葉で片付けられるものではないだろう。
 時間軸が違うとしても、八葉と神子という役目を負った者同士の絆も同様。
 語らずとも通じる何かがあるのは想像に難くない。 

「雅幸殿が信頼しているのならば、そう心配ではなかったでしょう?」
「案外君は擦れているからわからないな。そう・・・君たちはと訂正しておこう。友雅も翡翠も私の
手には負えない。だからこそ頼もしく思っているよ」
 翡翠へお礼の品であるメモが手渡される。

「私からの贈り物が届くまでに帰るんだね」
「・・・どうも貴方には私のやり方が通用しないな。そう・・・それは景時にも感じた。将臣が青龍と
言われても、私の知る天の青龍とも違う。唯一、天の白虎は真面目なところが似ているかな」
 雅幸からのメモを読み、目を細める翡翠。
 あの僅かな時間でいつの間に手配したのか、翡翠にというよりは、花梨への気遣いの贈り物が
メモには記されている。


「景時君とちゃんには・・・・・・」
「すぐに京都で会うでしょうから、挨拶はしませんよ。・・・景時と少し話しをしたいけれど、いま、姫君と
引き離すのは気の毒だ。次は舞台が変わる。貴方が動かしたいのは別のお方でしょう?それとも・・・・・・」
 行成に答えた翡翠は、そのまま視線を雅幸へ合わせる。
「詮索は好きじゃないな。ただ、あの人は動かない。あの人が望んでいるのは、景時君がしようとしている事の
方の様だよ。抜きではなしえないし、まして、晴純殿では話しにならない。どの可能性も捨てられないから
動かないだけなのだろう。案外臆病なのかな?」
 口の端を僅かに上げる。
 それを見て大きな溜息を吐くのは行成だ。なんといっても紫子の父親の話をしているのだから。
 翡翠は二人の様子に肩を竦める。
「私はそろそろお暇するとしますよ。行成殿が遊ばれるのを眺めるのも悪くはないけれどね」
「・・・翡翠殿」
 立ち上がった翡翠を恨めしそうに見上げる行成。

「見世物ではございませんよ?」
「ご謙遜を。十分に楽しい余興ですよ。いつもならばね」
 妖艶に翡翠が微笑めば、雅幸は笑って片手を振り、帰るよう仕種で追い払う。

「我が家の可愛い若夫婦や憐れな行成の話より、君の奥方様のところへさっさとお帰り」
「もちろんそうさせていただきます。それでは」
 わざとらしく振り返り、優雅に礼を取ってから部屋を出て行く翡翠。
 雅幸と二人残された行成は苦笑いをするしかない。


「さて、行成。何時までお付き合いいただけるのかな?」
 冷酒の盃を掲げてみせる雅幸。
 溜息まじりにその盃へと酒を注ぐ行成。
「時間も場所もないでしょうに。いつまでも、どこまでもとしか言えませんよ。ただ、紫子の事だけが」
「問題ない。会長は愚か者ではないし、紫子姫は聡明だ。私たちにも理解があるのだから、恩知らずな行為を
するつもりはないよ。・・・兄上様の件はまったく別件として扱う。ただねぇ・・・こちらも花奈に言われて
いるから、あまり大っぴらに仕返しが出来なくて困っているんだ」
 そのツケが行成で遊ぶという事なのだろう。
 いずれにしても、花奈に対しひたすら心の中で感謝をする。
 雅幸が行成の頼みなど素直に聞くわけがない。

「朝まで・・・ですか?」
「若いねぇ、行成は。私はもう徹夜は勘弁して欲しい年齢でね?」
 の自覚を促がす意味でも、此度の事は必要だったと思っている。
 ところが、景時は誰よりも先に周囲へ詫びた。その上、を抱きしめて庇ったのだ。

を安心させてくれて。私たちには本気の証明かな。彼が傍にいてくれるならば・・・・・・)

「王子様・・・か」
「今度は思い出話ですか?」
 王子様といえば、の七五三の時のキーワードだ。

「いや・・・今かな。王子様はとても優秀だ」
「将臣も言ってましたよ。見た目よりとても強いのだと。ちゃんがいるとね」
 力よりも心が。攻撃ではなく防御に。
 勝てなくとも負けはしないという粘り強さが景時にはあるのだろう。

「あのお転婆娘が少しは大人しくしてくれるといいけれど」
 面倒そうに足を組み替えて欠伸をしているが、口元は笑んでいる。
 行成は密かに胸を撫で下ろしていた。











 の温もりを感じながら景時が目覚める。

「あ・・・オレとしたことが・・・・・・」

 迂闊にもより先に眠ってしまったらしい。
 寝入った時の記憶がないのだ。
 僅かながら動いてしまった腕の位置を気にしつつ、の寝顔を覗き込む。


(よかった・・・・・・よく寝てるね)


 異世界での旅路、の眠りは浅かったのだろう。
 誰かが起き出すと気配を感じるのか目覚めていたように思う。
 ところが、今は景時のパジャマを握り締めたままで眠っている。


「・・・くっ・・・すっごい無防備すぎ」
 有川家ということで景時も心許していた部分はある。
 けれど、はそれどころではなく許しきっているのがわかる。
 何故ならば、今日は学校があるというのに、目覚まし時計のアラームをセットしていない。
 時計をみれば六時なので、時間的にまったく問題はないが、いつもなら目覚めている。


(誰かが起こしてくれるって前提だよなぁ・・・・・・)


 昨日、の母親が弁当を確約してくれた。
 そして、父親も学校に行くだけでいいと言ってくれた。
 それがにとってどのような意味を持つのか見せつけられた気分だ。


(普通なら・・・まだ親の庇護下にいる年齢だもんな・・・・・・)


 景時たちが存在していた時代・世界の常識を押し付けるつもりはない。
 逆に、こちらでの“常識”を知るにつけ、の頑張りぶりに頭が下がるばかり。


「それでも・・・君の傍にいたいんだ。いいかな」
 抱きしめるとの額へキスをする。
 動かされた事によりの目蓋が動き出した。

「おはよぉ・・・とき・・・さん・・・・・・も、朝?」
 まだ寝ぼけているのか、目を擦りながら景時に擦り寄ってくる。
「おっはよ〜。朝だよ。でもね、支度するだけでOK」
 今度はの頬にキスをして、抱えたまま起き上がる。

「・・・・・・あ、そうでしたね」
 胡坐で座る景時の上でがようやく目覚めた。





「おはようございます!」
 仲良くリビングルームへ移動すると、既に雅幸と行成は寛いでいる。
「おはよう。よく眠れた・・・みたいだね?」
 景時との満面の笑顔を見た雅幸が、からかいがてら挨拶をする。
「ママは?」
「ん〜?お弁当作りかな。まあ、ほとんど譲君にお任せ状態みたいだけれどね」
 コーヒー片手にのんびりとしたものだ。
「げげげっ!いくら何でもそれは・・・行って来る!」
 スリッパの音を小さく響かせながらがキッチンへと向かった。
 何となく空いてる席に座り、景時が改めて昨日の礼を述べる。
 雅幸と行成は黙って頷いた。

 すぐに景時の分のコーヒーを盛子が置いて行く。
 足りない人物が気になる景時。
 将臣と同じく寝坊しそうなタイプではあるが、意味の無い寝坊はしないだろう。
 
「あの・・・・・・」
「ああ。翡翠ならば昨夜のうちに帰ったよ。すぐに京都で会うだろうから挨拶は省かせて
もらうとの言伝、確かに伝えたからね?」
 予想通りだったと景時が軽く頭を下げながら了承の合図をする。

「いいもんですなぁ。家のは片方はまだ起きてこないし、片方は台所の主になってしまって。
朝から息子と寛いで話などできそうもない」
 天井へ一瞬視線を移した行成。
 将臣の事を起こすつもりは無いらしい。

「譲君は・・・朝練いいんですか?」
「ああ。今日はいいらしいね。集中したい時にしたいようにするからと言っていたよ。
譲にとっては台所の方が優先らしくてね。・・・紫子の事を言えないと思うんだが」
 何がといって、に喜ばれたいのだろう。
 今度は行成の視線はダイニングの向こう、キッチンへと向けられている。

「あはは!何だかわかります。いつもそうでした。野宿の時も、しっかり朝ご飯作りを
していましたから。考えてみれば、自然と役割が決まっていたように思います」
 当時を思い出した景時。
 梶原邸でも台所頭になっていたなと、つい口元が緩む。

「ところで・・・景時君は翡翠に何を?」
「あ、バレてました?オレはメールで洋二に春先の楽しみがありつつ、身体に良いお菓子を
頼みました。翡翠さんの部下の方へ伝言してあるので、今日の夕方には届きます」
 の会話を聞いてからした事。
 翡翠への礼を兼ねた花梨への贈り物。もちろんヒントはのひと言による。
 まさか雅幸に気づかれているとは考えていなかった。
「私は別のモノにして正解かな。・・・息子はいいもんだね?」
 雅幸が翡翠に手渡したメモは、行成にも意味がわかった。
 しかし、景時はその場にいなかった。
 行成が景時を見ていると、
ちゃんと花梨ちゃんはメル友なんです。昨夜、花梨ちゃんがイライラしている話を
詳しくちゃんが教えてくれたから、食べ物というのはすぐに思いついて。洋二ならすぐに
動いてくれるかなと。翡翠さんにですけれど、お礼は相手が一番嬉しいモノをさり気なくが
いいなと思っているから、花梨ちゃんが喜べば、自然とお礼になるかなと考えたんです」
 その考えと内容をあっさり明かした。

「・・・ふう。これじゃ益々大変になるだろうに。しごかれるよ?」
 誰にとは言い難い行成。
「え〜っと・・・・・・何とかなります」
 景時がカップをテーブルへ置くと、丁度話に割って入るようにが景時の隣へと座り込む。

「景時さん、大変!お弁当のおかず、めっちゃ美味しい。お昼まで我慢しなきゃだよ?」
「あははは!お弁当は確実にお昼に食べられるんだから、いいんじゃないかな?」
 今を逃すと食べられないという訳ではない。
「あ、そっか。でもね、何か悔しいかも。やっぱり譲くん、上手なの。ちょっとムカツキ」
 手を握り拳にして、その美味しさをうったえたいのか、悔しさを伝えたいのか。

「落ち着きがないねぇ、は。それを言いに来たの?」
「あ、そうだ。朝ご飯の支度が整いましたって呼びに来たんだ。今日は和風、時々洋風ご飯で
可愛いです!」
 張り切って朝食のメニューではなく、テーマらしきを宣言する。

「なんだい?それは」
「見ればわかるの!パパは別に好き嫌いないでしょ!さ、おじ様も行きましょう。景時さんも」
 に急かされ、早々に移動して朝食となった。







 一人足りないままの登校となる。
 将臣は景時たちが出かける頃に起きてきたからだ。
 それがいつも通りといえばいつも通り。
 さらに、途中から譲は先に行ってしまった。
「・・・いつもこうでしたっけ?」
「ん〜〜〜。二人がいつも通りって嬉しいよね」
 景時とての問いの意味はわかっている。
 けれど、わざわざ考えながら行動しては、それこそわざとらしくなってしまう。
「いつもはいつもだから、いつもなんですケド・・・・・・」
「うん。いつも。いつも手を繋いで〜〜〜」
 手はどうだったかあやしいものだが、その繋いでいる二人の手を離させる手刀。

「き〜〜った!朝から熱すぎ〜〜〜。通学路なのにっ。おはようございます、梶原先生!
おはよっ。
「くるみちゃん!どぉ〜したの?」
 振り返ればのクラスメイトのくるみがいた。

「え?二人でファーストフードで朝ご飯の次はこう来たな〜と思って。ちょっとだけ邪魔をしたく
なったので、実行してみました」
 そうして景時との間に割り込む。

「え〜〜〜っ。ヒドイなぁ、もう。・・・と、思ったけど。少しだけ先に行かせてもらうね。じゃ、
帰りに!」
 電話をする仕種をしてみせると、軽やかに景時だけが駆けて行く。

「あれれ?そこまで邪魔するつもりじゃ・・・・・・」
 くるみが気まずそうにを見ると、は笑っていた。
「大丈夫。今日は帰り一緒だもん。夕飯はまだ決めてないけど、買い物行こうかな〜って」
「そう?そうならいいんだけど・・・・・・」
「気にしなくていいよ。夕飯決められないから逃げたんだよ。何でも美味しいとか言って、すぐに
誤魔化すんだから」
 夕飯の話題ではなかったが、普段の遣り取りを思い出し、話して聞かせる

「・・・朝からご馳走様。私が決めてあげるよ。ラーメンとか」
「家より外で食べた方が確実に美味しくて早いじゃない。そぉ〜ゆ〜のじゃなくて。何だろ?
和食にしたいんだけどなぁ」
 レパートリーを増やしたいのは山々だが、自身が食べたことが無いものは作れない。
「図書館で料理本でも借りれば?」
「な〜るほど。言ってみるものだね〜。それがさ、譲くんが相変わらずお料理上手で悔しくて。
何かこう・・・新しいおかずを作ってみたかったんだよね〜〜〜」
 今朝の事を考えると、益々やる気が出てくる。
「微妙な・・・男の子の方が上手っていうのがイタイとこだよね。譲君なら仕方ないか〜って
感じだけど」
「うん。譲君があんなにお料理上手で疑問を持たなかった自分が不思議。ママなんて、普通に
おやつのプリンとかもらって喜んでたし」
 朝からおしゃべりに花を咲かせ、学校での一日が始まった。
 まさにいつも通りの週末特有の賑やかさ。
 将臣の遅刻も、授業中の居眠りも、普段と変わらず。
 ただ一点、純頼の欠席を除いて───







「今日は食べて帰ろうよ」
「・・・景時さん。私、制服だよ?」
「それが何か?」
 の視線に気づいているのか、いないのか。
 景時は鼻歌を歌いながらご機嫌だ。
 時折手を振り別れの挨拶をする生徒に、手を振り返したりしている。
 穏やかな放課後、すでに平穏に一日が終った帰り道。
 鼻歌はご愛嬌というものだろう。

「何かありました?いいこと」
「え?ああ。あったのかな。なかったのかな。叱られなかったよ〜、佐藤先生に。お父さんに
感謝だよね〜」
 の肩が下がる。

「外食はしません!家計は節約が基本なのっ」
「え〜〜〜っ。今日はさ・・・そのぅ・・・・・・」
 景時の指がの背中のある一点に触れる。

「・・・っ!なっ、景時さん!!!」
「だってさ〜。せっかくの週末だよ?お休みだよ〜?」
 このままでは景時に何をされるかわからない。
 の背に一筋の汗。今、まさに決断の時。



「邪魔だ!お前ら揃ってウチ。家に来るに決まってるっての。アホか」



 今朝の出来事は予兆だったのか、くるみと同じ事を将臣にされる。
 手刀で繋いでいた手を離されるが、そう強い力でもないためすぐに元通りになる。
「将臣君だ。ヒドイなぁ〜。だってさぁ〜、週末だよ?」
「知るかっ!母さんの機嫌が最悪に決まってるだろうが。いいから来い。俺様の平和な生活の
ために来い。・・・・・・夜は邪魔させないから」
 最後の部分は小声で景時に耳打ちする。
 二人用の部屋があるのだから、そこはそれである。

「そっか。ちゃんがいるならどこで夕飯でもいいよ〜。行こうか〜〜〜」
 上手く将臣に誘導されてしまった景時を止める術を持たない
 何を言おうとも、将臣にはあっさり、しっかり、流されるに決まっている。
 景時が陥落したからには有川家訪問は決定事項であり、再びの決断を迫られている。
 けれど、珍しく景時がより先に眠った事を思い出した。

(おじ様もパパも傍にいるから景時さんも安心して寝てたし。うん。きっとその方が・・・
あと一日くらい、ぐうぐう寝坊できたらいいよね)
 訪問を決めたからには、次にすべきは食事の確認。

「美味しいデザートあるかな?」
「ある。つか、山盛り。すっげ〜事になってるのは間違いない。今朝言ってたからな」
 あまりに譲が張り切ってしまったため、シェフの出番がなかった。
 よって、シェフが次こそはと気合も十分にメニューを書いていたのを知っている。
 そして、その中から紫子が厳選してディナーメニューを組み合わせていた。
 答えはひとつ。
 景時たちが有川家に来なければ迎えに行かされるのが将臣。
 だったら、ここで一緒に行く方が無駄が無い。


「じゃ、行く〜。デザート楽しみ」
「だよね〜。行こう、行こう。家で着替えてから行こう!将臣君も。車で行こうよ」
「バ〜カ。俺は帰るんだ。・・・駅から先に帰ってるから、必ず来い」


 いつもと違う組み合わせの帰り道。
 本日は三人。
 けれど、誰もが知っている。



「梶原先生、今日は実家コースなんだね」
の実家コースじゃねぇの?」
「有川君付だもん。嫁を連れての実家コースだよ」


 通学路では好き勝手に噂が広がる。
 噂をされても困らない。


「譲君は?」
「アイツはクラブ。・・・どうして駅まで一緒なんだか。しくじったな」
「いいの、いいの。着いてから別だし。オレは平気」
「ズルーイ!二人で仲良しで〜。将臣くんなんてね、景時さんは先生なんだから!
その態度も言葉もダメなんだよ!」
 が飛び跳ねて景時と将臣の肩を掴む。



「・・・あれだけ会話丸聞こえって」
「梶原先生、わかりやすっ!」
「この場合、気にしないモンの勝ちだよな。あれには敵わん」
「言えてる〜〜〜」


 クラスメイトどころか、校内で、駅で、電車内で有名になりつつある。


「今度、夕飯のメニューで賭けない?」
「いいね〜!のレパートリー少ないだろうし」
「賭けにならないじゃん」



 通学路も含めて変わらない風景。
 目立てば目立つほど都合がいい。
 景時の思惑通りである。
 恐らく将臣も気づいて協力してくれている。
 を覚えて欲しい。
 何かあった時に、すぐに見つけてもらえるよう───



「ウザっ。最悪だな。迎えの手間をケチったばかりに」
「そんなことないよ〜。・・・ウザって、何が?」
 が人混みで潰されないようガードしつつ、将臣と会話をする景時。
 その姿勢こそがと景時の邪魔を将臣がしているように見えるのだ。
 ウザイのは今の状態、最悪なのは計算違い。
「将臣くん。私たちが行かないのと、どっちがウザイ?」
 ここぞとばかりにが反撃に転じる。

「あ〜〜〜〜〜。どっちも微妙。面倒さ加減であっちか。ま、しゃーない。
あと二駅我慢するか」
「いつもどうしてるの?あ、バイトでこの時間のこの方向には乗らないか」
 電車の混雑の話と勘違いを装う。
「景時さん。将臣くんは彼女いないし、チョコももらえなかったし悲惨なの。だから
あまりイジメたら可哀想だよ?相手がいなくて拗ねてるんだから」
 が景時の誤解を解くため解説を加える。
 景時の計算通りにの言葉が引き出されたことにより、会話の内容を将臣に
関することへと移行させる。
 に関する必要以上の情報を周囲に披露すべきではないからだ。
「そういう意味?あらら。それはゴメンね〜〜〜」
「いないのも、もらえないのも勝手に決めるな。俺はいらなくて、もらわなかったんだ」
 彼女は不要でチョコレートは受け取らなかったらしい。

「わわわっ。強がってる!無理しちゃってるよ。何が駄目なんだろうね?」
「駄目人間扱いすんなっ!・・・っとに。その好奇心丸出しの目をやめろ」
 の額を軽く指で弾き、景時へ視線を向けた。

「コレ、何とかして下サイ」
「うん。可愛くてどうしようね?こんなに期待に満ち満ちの目で見られると、つるっと
何でも言いたくなっちゃうよね〜〜〜」
 将臣に弾かれた箇所を指で丁寧に撫でる。
 少しばかり赤くなっているが、痛みはなさそうだ。


「わかった!将臣くんはニブイんだよ」


 から導かれた結論には賛同できない二人。
 同時に笑ってしまったのは、によって引き出された偽りの無い心。


「・・・苦労すんな」
 景時の肩へ手を置き、行く末を案じる。
「そ〜でもない。オレの最強の神子様だからね!怖いものナシっ」
「あ〜〜〜っ!また二人だけ仲良しでズルイ。・・・でも、兄弟みたいかも」
 将臣は見た目より世話焼き体質であるのは知っている。
 やはり兄弟だと年長者が自然とその役目を負うのだろう。
 しかし、兄同士が揃った場合は───

「そうだよね。将臣君って、兄貴だよね〜。オレも兄上が出来て嬉しいなぁ」
「待て。お前だろう、兄貴は」
 景時があっさり認めたが、それは将臣にとって納得できる返事ではない。
「私から見るとね、どっちも」

「それは無理!」
 素早く景時と将臣が否定をする。

「へ?」
 首を傾げる

「オレは旦那様だよ〜。ちゃんの兄上じゃ嫌〜〜」
「俺だってこんな我侭な妹、ごめんだな」
 
 の片手が拳になり、小刻みに震えだす。
「二人とも我侭でウルサイですっ!」



 一番騒がしいのはだといわない辺りが、二人の兄たる性格によるもの。
 梶原邸でもあった、どこか懐かしい遣り取りのひと時を満喫した。










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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ

 あとがき:これが前半終わり〜みたいな!     (2008.09.16サイト掲載)




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