開放感





 テストも終わり、イベントも終ったとなれば一端は落ち着きをとり戻す校内の空気。
 とはいえ、二月のイベントを切欠に登下校の風景が多少変わったりもしている。
 想いが通じ合えば、当然ながら一緒にいたいだろう。
 この季節、運動部でも文化部でもとっくに三年生は引退しており、とくに生徒が少ない。
 残された行事は来月初旬の卒業式ぐらい。
 二年生も一年生もどこかのびのびとしている。
 生徒はのんびりでも、教師にとっては三年生の合否連絡待ちであったり、新入生のための
入学準備があったり、それこそ、目の前に卒業式がある。
 忙しさに目が回る時期。


「今日も遅くなりそうなんだ。ごめんね?」
「うん。大丈夫ですよ。お買い物も週末してるから、そんなにないし。一応買い物によってから
帰りますけど。今なら夕ご飯のリクエストありですよ?」
 ホームルームの後、景時が廊下に出てきたを待ちうけ詫びる。
 今週はほぼ毎日この調子だ。
 ここで別れを惜しんでいると他の教師に迎えに来られてしまい、の方が大変恥ずかしい
思いをする。
 今にも泣きそうな顔での名前を叫ぶのだから、友人たちは笑うは、教師たちは怒るわで、
なんとも居心地が悪い。
「夕飯はね、今日は中華がいい〜。・・・でもさ、でもさ。ほら、荷物持ちに将臣君と帰ると
いいんじゃないかな?」
 景時の折角の提案であるが、将臣は大抵バイト。
「へ〜きです。買っても・・・牛乳くらいだもん。将臣くんはバイトですよ、きっと」
 確かに将臣の気配がない。


(今週はひとりにさせちゃうことが多すぎだよなぁ。外は翡翠さんの部下の人がいてくれるけど)


 校内で不穏な気配がないか一通り探るものの、いつもの放課後と変わりはなさそうだ。

「わかった。じゃあさ、家に着いたらメールしてね?」
「心配症なんだから〜〜〜。大丈夫ですよ」
 何度も振り返りながら職員室へ向かう景時のことを、廊下の角を曲がるまで見送る。
 姿が消えたのを確認したが教室の入り口に向かって振り返ると、途端にクラスメイトたちが
顔を出した。


「可愛いね〜、梶原先生。が今日はひとりだから心配なんだよね〜〜」
 くるみ、はるか、綾乃がこぞってからかう。
 なんのかんのと誰もがバレンタインの告白に成功していた。
 帰りがバラバラになってしまったのは残念だが仕方がないことだ。
 それでも、本当にひとりぼっちで帰る事になったのは今日が初めての
 毎日、誰かひとりぐらいは途中まで一緒だった。

「う〜ん。私って、そんなに危なっかしいのかなぁ?」
「さ〜?ただ心配ってだけじゃない?梶原先生の心配って、心配の意味が違うかもしれないし」
 がナンパされないかの心配だと暗に含めてくるみがからかう。
「まぁ・・・いっかぁ。今日はグレープフルーツが特売だった気がするから。二個だけ買おう
かな〜。うん」
 鞄を手に取ると、何故か将臣がまだ教室にいた。

。今日は家に来るか?」
「へ?ど〜して?」
 突然の申し出に首を傾げる

「あ〜?母さんの機嫌が悪いからにきまってんじゃん。オマエがいると俺が怒られない」
 の額を指で弾く。
「いたぁ〜〜い!将臣くん、今度は何しでかしたの?そういう時だけ私を利用して〜〜〜」
 が飛び跳ねながら将臣の額へ仕返ししようとするが、あっさり防御されてしまい叶わない。

「いいから、いいから。少し待ってろ。お前らもコイツは俺が見張っとくから安心して帰れ」
 くるみたちへ手で払う仕種をし、将臣が携帯片手に教室の出口へ向かう。
「ちょっと待ってろ。すぐ戻る」
「ちょっとって・・・勝手に決めないでよーーーっ!!!」
 の抗議も虚しく、耳へ携帯電話を当てたまま将臣の姿が消えた。


「へえ?梶原先生に頼まれてたりして。・・・じゃ、私はお先!約束あるから。ごめんね」
「私も。ごめんね?
「また明日!」
 次々に教室から軽やかに去ってゆく親友たちへ手を振り返し見送る


「ふう。皆いなくなっちゃった。いいなぁ、皆は。・・・一緒に帰れて」
 将臣が戻るまですることもなく、椅子に座るとすっかり傾いたオレンジ色の太陽を眺める。


「・・・私ばっかり我まま言っちゃだめだよね。景時さんだって慣れない仕事、頑張ってる」
 はるか異世界の時代とこちらの時代のギャップだけでも相当なものだ。
 それに加え、こちらで働いて収入を得ながら、の修行にも付き合ってくれている。


「水の次は何かなぁ・・・・・・」
 そんなに時間が経ったとは感じていなかったが、ぼんやりしていたため純頼の気配に気づく
のが遅れた。



「誰?!」
 教室には他に生徒の気配はない。
 この階自体に人の気配がほとんど感じられない。

「誰って・・・冷たいな。そんなに僕を警戒しなくてもいいのに。ね?ちゃん」
 教室の扉の位置に立っているのは純頼だ。
 他にも人がいるが、見覚えのない顔が二人。
 制服こそ着ているが、高校生というには少しばかり年齢が上に感じる。

「警戒っていうか・・・・・・何か用ですか?」
 確かに警戒をしているが、だからといって逃げる理由もない。
 立ち上がると正面から純頼を睨みつける。

「ほら。言葉が・・・なんていうのかな。そんなに睨まないでくれないかな」
「だったら、そんな変な人たちと教室に入ってこないことですね。弓道部はサボリですか?」
 勘が狂うからと、テスト期間のクラブ活動禁止期間以外、譲は弓道部を休んだりしない。
 純頼はそれだけ腕前に自信があるのだろうか。
 京都の神事で見た限りでは、どちらが上とも判断がつかない。
「サボリ・・・かな?別に学校じゃなくても弓はひけるしね。いいんだ」
 軽く手を上げたかと思うと、純頼の後ろに控えていた二名が前に進み出てくる。
 が構えると予想していたのだろう。
 素早く自らの口元にハンカチをあて、に向かってスプレーをかけた。


「なっ!・・・・・・けふっ・・・これ・・・目が・・・・・・」
 目がかすんだのは噴霧によるもの。
 それよりも、意識の方が霞んでゆく。
 膝を床についてしまい、純頼の足が近づくのを見たのを最後に目蓋を閉じた。


「やれ、やれ。少し可愛そうだけれど仕方ないな。学校を壊されちゃ言い訳できないしね」
 を抱き上げると、素早く非常口がある方へと歩み去る。
 このまま京都の本家まで戻るつもりだ。
 わざわざ今日を決行日にしたのも、会議がある事が事前にわかっており、景時が動けないと
踏んでの事。
 の友人たちについては偶然にも巻き込まずに済んだ程度であり、将臣がいなくなったのは
ただの幸運としかいいようがない。

「さ、お姫様。このまま京都へ御案内いたしますよ」
 後部座席にを抱えて乗り込むと、悠々と座る。
 教室にの鞄は置いたままだ。携帯もわざわざポケットから探り当て置いてきた。
 の居場所を知られないようにするのと、の連絡手段を奪うために。

「出来るだけ急いでくれ」
 運転席に声をかけると、窓枠へ肘をついて見慣れた風景が流れてゆくのを眺めていた。







「え?・・・・・・何・・・・・・」
 木曜日、本日はかねてより決まっていた卒業式のための臨時職員会議中だというのに、とつぜん
景時が立ち上がる。
 景時がつけた式神がひとつ戻ってきた。
 それは、景時が決めた範囲外へが移動をしたという事になる。
 今日の帰りは特別どこかへ行くという風はなかった。
「なっ・・・!急用を思い出したので、失礼します!」
 駆け出す景時を誰もひき止められなかった。


 
 と最後に話した場所に手がかりがないかと教室へ戻ると、将臣が舌打ちしながら
どこかへ電話をかけている。

「わりぃ。バイトキャンセルして代打頼んでた隙にやられた。え?あ・・・・・・だな。
教室になんか匂い残ってる。が無抵抗ってのもあり得ないし、そうならなんか薬。
鞄も携帯もある。GPSは無理。・・・ああ。景時隣にいる。・・・は?裏門へ?
行けばわかるって・・・・・・ま、いっか。コイツつれていけばいいんだろ。了解!」
 話しながら景時の服の袖を掴んで将臣が駆け出す。
 景時はの鞄と携帯を咄嗟に空いてる手で掴んでいた。


「将臣君!」
「ああ。わりぃ。油断した。・・・車があるらしい。中で話す!」
 何も学校の敷地内で走りながらする話ではない。
 すぐに覚った景時も黙って走る速度を上げて着いて行く。
 程なく行成の車があり、将臣が助手席へ、景時が後部座席へと乗り込んだ。



「・・・ここで待機してたとか?」
 運転手に話しかける将臣。
「とんでもございません。行成様から電話がございまして、有川家からこちらへ」
 どこで行成がこの事態を知ったのか、電話をかける前に将臣の携帯が鳴った。

「親父?!」

 『愚図だな?ま、こちらとしては予想の範囲だ。雅幸さんも承知してはいるが、後は
  景時君次第だね』

 いきなりの愚図扱い。そして、この事態は予想の範囲だという。

「え〜っと?とりあえずが誘拐されたのは・・・・・・」

 『わかっているよ。行き先は京都の本家だろう。名古屋を越える前に奪還するんだ。
  もう翡翠殿の部下は向かってくれている。先ほど高速の方角へ移動を確認したそうだ』

 はGPS機能搭載の携帯を所持していない。
 なぜにこうも正確に相手の位置がわかるかが不思議だ。

 『そうそう。必要な情報は与えておかないといかん。運転手の村上は元レーサーの腕前だ。
  それをどう使うかはお前たち次第。少なくとも純頼君に追いつくまではしてくれる』

「はぁ?そんなの知らねぇし、聞いてな・・・・・・」
 景時はどうしているだろうかと振り返ると、目を瞑り何かに意識を集中している。
 祈るように組み合わせている手は微動だにしない。

「ヘアピンか?・・・・・・あれは盲点だわな」
 が確実に身につけていて目立たないものに仕掛けがあるのだろう。
 鞄も携帯もないとなれば、かなり限定される。
 制服も移動には目立つから、真っ先に着替えさせられかねない。
 装飾品の類も疑われるだろうが、は身につけていない。

 『まあ・・・それもとだけ。景時君は?』

「んあ?なんか考えてる。わかんねぇ」
 実際、今度は窓の外を眺めているだけなのだから、将臣にはまったくわからない。

 『譲がクラブに純頼君がいないと電話をしてきてね。すぐに対応できたというわけさ』

「へえ?アイツも役に立ってたんだ。で?」

 『家で夕飯の支度をするだろうね。ちゃんの好きなモノを作るように言い含めてある』

 行成の言葉に将臣が笑い出す。
 それは、をつれて戻ってくることが前提の命令だからだ。

「一回切るわ。景時と何か考えてみる。無理ならヘルプコールするかもな」
 さっさと電話を切り、軽くシートを叩いて景時の注意を促がす。

「おい!」
「・・・あ、ああ。ごめん、ごめん。ちゃんの意識が無いみたいなんだよね」
 景時がしていたこと。
 の気配を探っていたらしい。

「・・・わかるのか?」
「うん。ある程度の距離まで近づいてくれれば、なんとかね。たぶん今だと五キロ以内」
 相手との距離をそこまで正確に掴んでいるのかと将臣が目を見開いた。

「確かにそれぐらいですね。向こうは高速に乗るつもりでしょう。厚木を目指してます」
 ナビに映し出されているのは、自分たちの位置だけではなく、相手の位置もだ。

「・・・・・・どういう仕掛けなんだか」
 村上の言葉に、自然と将臣の手が自らの額を押さえた。
 がいる場所が示されているというのはわかる。
 ただ、何がというのはヘアピンレベルとは思えなくなってきていた。

ちゃんに式神をつけてるんだ。その式神についてるモノがオレたちに彼女の位置を
教えてくれている。GPSとかいうんだったよね」
「おまっ・・・こんなに離れていて・・・・・・」
 景時の話では、そう遠くまでは術の効き目はないという事だった。

「オレとちゃんは夫婦だからね・・・・・・そして、神子と八葉でもある。今は師匠と弟子
・・・っていったら変なのかな。彼女の中の宝玉が反応しているんだ。それがオレの頼みの綱」
 晴明が残してくれた護符こそが二人を繋ぐ一番の絆。
 
「OK!で?そろそろ奪還方法を考えようぜ」
 将臣が地図を広げると、
「考えるまでもないんだ。ある程度近づけたなら・・・・・・ちゃんをここへ呼び寄せる。
そのためにはちゃんが意識を取り戻してくれるといいんだけど・・・・・・」
 景時が言い切った。



「は?ここって・・・走ってる車にか?」
 たっぷり時間が経った後、将臣が景時の言葉の意味を図りかねるように口を開く。
「そう。まだ試したことはないけれど、出来る。彼女はオレを信じてくれてる。だからオレは
今からある事を試そうと思っている。それこそが安倍晴明が残してくれた術式であり、彼女を
守るためのものなんだ。使い方はオレ次第ってこと。本来は、彼女の力が暴走しないように
周囲からの影響を遮るためのものなんだけれどね」
 将臣と話していながらもの気配を探っているのだろう。
 景時の視線は一点を見つめたまま。

「んじゃ・・・まずは近くまで追いつくとして。追いつくのは任せていいから、後は相手を
まくだけか。どこでまくかだよな・・・・・・」
 いくつかの高速のインターチェンジ名を地図上で追う。
 相手はそろそろ高速に乗ってしまっている。
 勝負は高速道路上になるのだが、名古屋までに奪還をやってのけなければならない限定つき。

「何で名古屋かな・・・・・・」
 理由は距離ではなさそうだ。
「・・・西は廃れた都だからだよ。京都の気が安定していないのもあるんだけれどね。どうも
そういう場所の気脈っていうのかな。あんまりよくないんだ、ちゃんには。術の安定から
いっても、できるだけ鎌倉に近い方がいい」
 将臣にもその意味が朧気に理解できる。
 かつて栄華を極めた平家一門が廃れる時に居合わせたのだ。
 その特有の輝きを失いつつある気配に逆らう事は出来なかった。

「んじゃ御殿場。ここを奪還ポイントにする。で、向こうがこの地点を通過して降りられなくなった
時にこっちは降りちまえばいい。高速ってそういうもん・・・だよな?」
 村上に確認すると頷かれる。
 こちらも目指すインターが見えていた。







「さてと。向こうもそろそろ気づいて追いかけてくるかな・・・・・・」
 高速にのったからといって油断はできないものの、追いつかれたからといって何かできるとも思えない。
 そもそももいるのだから、車に害をなすようなことは出来ないとの判断だ。

「ごめんね。でも・・・別に星の一族どうこうじゃなくて・・・君の事は好きなんだと思うよ」
 幼い時は好きな子ほどかまってしまうものだ。
 それが相手に嫌がられるとわかっていながら、相手が自分に向いてくれないことに感情がついていかずに
行為がエスカレートする。

「ただ・・・今はちょっと自信がないかな」
 に見て欲しかった。
 それは子供の時のことであり、今の自分の想いには自信が持てない。
 確かにを好きだとも可愛いとも思うが、周りに言われてなのか、自らの想いなのかわからなくなっている。
 手を伸ばしての髪に触れると、小さいながらも痛みが指先に走った。

「・・・何?」
 再び今度は肩に触れてみたが、何も起こらない。
 ただし、それはの目覚めを誘発してしまった。

「ん・・・・・・ここ・・・・・・」
 後部座席で眠っていたが目覚める。
 左には窓、右には純頼。
 霞む視界と頭の中が徐々に晴れてゆく。
「なっ・・・ここ、どこ?やだ、こんなとこ知らない!」
 窓にへばりついて周囲を見渡すが、なんといっても高速道路上の景色は不親切だ。
 ほとんどが壁に目隠しされており、空を見上げても場所のヒントはない。
「わからなくても問題はないよ。行き先は教えてあげる。京都だよ」
「それくらいわかります。そんなとこ行きたくないからココが知りたいんです!下ろして下さい」
 に睨まれようとも、何も出来ない事がわかっているからなのか余裕の純頼。
「ドアは・・・開かないんだ。外からしかね。今時はチャイルドロックというものがあるし。ああ、別に
ちゃんが子供って意味じゃないんだけど、ドアは開けられたくないし。ここで開けても危ないからね」
 さすがに一般道とは違うので、飛び降りることは出来ないとも思う。
 万一出られたとして、他の車を除けられない。
 別の手を考えるしかなさそうだ。
 精一杯純頼と距離を置き、窓によって座る。
 純頼も一瞬肩を竦めたものの、無理にに近づこうとは思っていないらしい。
 窓辺に肘をついて頬を抱え、外を眺める姿勢に戻った。


(私が何にも出来ないと思って!どこかで絶対に逃げちゃうんだから)
 さり気なくポケットを探るが携帯がない。
 鞄は当然ないから財布もなにもない。
 逃げたとして、すぐに誰かに連絡がとれる状態ではないのがわかった。

(・・・ムカツク〜!何よ、負けないんだから!!!)
 唇を噛み締め、心の中で思いつく限りの悪口を捲くし立てていると、不意に景時の笑い声が耳に木霊する。

(え・・・・・・景時さん?)
 必死に窓から外を見回すが、並走している車に景時はいない。



 『よかった、君が目覚めてくれて。ごめんね?嫌な思いさせちゃって』


 景時の声はするのに姿は無い。
 振り返ると、純頼は先ほどと変わらぬ姿勢でいる。
 景時の声がしたならば警戒しそうなものだ。
 他にも助手席にいる者、運転している者もなんら変わったところはないのだから、これはにだけ
なのだと覚る。


 『声は出さないで。今からオレが話すことを心を落ち着けて聞いてね?返事がしたい時は、さっき
  みたいに強く心の中で考えてくれればオレにもわかるから』

 笑いをかみ殺しているのか、景時の声はどこか楽しそうだ。

 『・・・知らないっ!さっきの聞えていたなんて、反則だもん』
 『ごめん、ごめん。あんまり面白くてさ。おかげで君が元気でいるのもわかって嬉しかったんだけどね』

 試しに抗議してみると、景時に伝わったらしい。
 会話が成立したことに胸を撫で下ろす

 『景時さん、どこにいるの?』
 『うん。君がいる車の少し後ろかな。わざと追いつかないよう距離を置いてるんだ』

 景時が近くにいるのだとわかっただけで心が落ち着く。

 『あの・・・ドアがね、開かないの』
 『知ってる。最初に慌ててたでしょ?君が目覚めてくれさえすれば、全部わかると思って待ってた。
  今の状態もなんとなくわかってるよ』

 しばし思考を停止する

 『・・・景時さんの意地悪』
 『その辺の抗議は後で聞くから。今は時間がないから協力してね?』

 あの景時がの話を遮るのだから、かなり差し迫っているのだろう。
 大人しく景色を眺めながら景時がいるであろう後方へと意識を集中する

 『ありがとう。さて、ここで修行の成果をどかんと派手に見せちゃおうとか思うんだけど。幸いな事に
  君はもう大きな水の気の玉を作れるからね。その中に入れるかな?』
 『・・・中に?苦しくならない?』
 『水の中ってワケじゃないからね。それは問題ないよ』

 確かに景時は言っていた。の水球がピンクで笑われた時に。
 水の気を具現化させているのだから、色がある必要はないのだと。
 そして、本物の水ではなく、気の集合体であるということも。

 『出来るよ。入ればいいんだね?わかった。他には?』
 景時の言葉なら信じられる。相手に対して無理は言わない人だ。

 『後はオレを信じて待ってて。何か標識が見えそう?御殿場の案内を通過した辺りで君を呼ぶから。
  そうしたらオレの姿を思い浮かべて、声がする方に手を伸ばして欲しい』
 『待ってるね。今からもう水球の中にいた方がいいんだよね?』
 『そう。その方がオレの声も伝わりやすいしね』



 窓の外ばかり見ているを不審に思ったのか、すぐ背後に純頼が近寄ってきた。
「何か見えるの?」
 隣の車中に知った顔はない。
 それだけしか確認できないうちにに突き飛ばされる。
「触らないで!来ないで!!!・・・私は、景時さんのところに帰りたいの!」
 に睨みつけられ、詰らなさそうに座り直す純頼。
「・・・そうは言うけれど・・・迎えにも来てくれない人なのに?」
 わざと煽るようなセリフを選ぶ。
「そんなのあなたに関係ない。私は・・・いつだって景時さんを追いかけた。だから、今度も私は
私の意志で景時さんのところへ帰るの!」
 そう言い放つと、の周囲が揺らぎはじめる。
 勘違いをした純頼が舌打ちをした。

「そう怒らないでくれないかな?君にも害が及ぶようなことは避けたいんだ」
 この場での怒りによる力の解放は、双方にとって好ましくない事態だ。
 の機嫌を取るべく、出来るだけ距離を取りつつ、その様子を窺う。

「君が嫌ならこうして・・・出来るだけ離れているし。ね?」
「・・・そうして下さい」
 再び窓の外を眺め出したに安心したのか、純頼はの背中を眺め息を吐き出した。

 純頼には揺らいで見えたの周囲に張られた水の気による結界。
 これこそが景時が待っていた奪還のための布石である。





「そろそろ・・・だな」
 将臣がナビゲーションの画面を眺めながら声をかけた。
「だね。ちゃんの視点から向こうがわかるからね。標識ではあと一キロ」
 より正確に距離を測っているのだろう。
 続いて将臣は村上に視線を向けると頷かれる。
「すぐにターンしますよ。それはお任せ下さい」
「俺だけなんにもしてねぇけど。ま、いっか!」
 わざと速度を落として左車線へ寄るのを確認しつつ、翡翠の部下と連絡をとる。


「で?成功したら休暇一週間でいい?」
「ええ。将臣殿が翡翠に交渉してくださるのでしょう?休みを下さるとは仰いましたが、日数は
言われませんでしたから。その辺りが翡翠のズルイところなのですよ」
 翡翠の部下は優秀な者ばかり。
 わざわざ景時たちのために京都から単身赴任の者も中にはいるのだ。
 あえてその者たちに今回の役目を任せたのは翡翠らしい。


 『そうだな・・・休暇が欲しい者は頑張ってはどうだい?どうせ目的地は京都なのだから』


 彼らの任務は純頼を京都まで送り届けることなのだという。
 そこにの救出は含まれていない。
 最初から将臣と景時だけでなんとかするだろうという計算と思われる。
 つまり、今回の件は、雅幸たちには予想の範囲で、試されているのは景時を筆頭に、将臣と譲も
含まれていると考えるべきだろう。
 さしあたっての問題は、現在協力してもらっている翡翠の部下たちの処遇だ。
 名乗り出た後に休みの日数について触れられていないことに気づいた。
 将臣は与えられた情報と人数ですぐに作戦を立てる。
 景時から奪還方法を聞いて、外堀を埋めるために。


「おう!任せとけ。どうせは春休みに京都行くってんだから。それなりにこちらも翡翠さんに
交渉しとく」
 翡翠の弱点はたったひとつ、花梨しかない。
 そして、その花梨はが大のお気に入り。も姉と慕う人物だ。
 さらに、花梨がとても行動的なのはから聞いている。

(会ってもいない人だけどな。タイプ的には敵に回したくねぇけど、非常事態)

「さ〜て。成功しなきゃ報酬はないんだからな。頼むぜ」
 軽く請負うと、電話を切った。



 指を鳴らすと、見えないはずの前方を睨みつける将臣。
 静かにその時を待つ景時。
 勝負の時が近づいていた。










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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ

 あとがき:事件です(笑)     (2008.06.22サイト掲載)




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