バレンタイン 年始早々のテストも終わり、週末には外出したりと穏やかな日常に戻りつつあった一月。 二月ともなれば恒例の行事があるために、巷では再び落ち着かない空気が流れ出す。 行事の名前を言うならば、『バレンタインデー』と答えるべきだろう。 菓子業界の思惑があろうとも、溢れる情報に心弾ませる世の乙女たち。 一方で男性陣は、当日に何かが起こるか、起こらないかを想像して落ち着かなくなる。 もっとも、既に恋人同士や夫婦となれば落ち着かないほどのものではない。 「は買うの〜?作るの〜?」 雑誌を囲んで休み時間に談笑中のたちのグループ。 まずは綾乃が探りをいれる。 「か・・・買わないで作ってみようかなって思うんだけど。家でしてたらバレちゃうよね」 「案外バレてる方が喜びそうだよね〜、梶原先生だと」 はるかは景時の事なので、挙動不審にを付回すと考えている。 不安にさせるくらいなら、目の前で作ってあげればいいのではという考えだ。 「そっか。そうだよね。そうしようかな〜〜〜」 「私は買おう。ヘタなモノはあげられないし」 の気合を挫くわけではないが、くるみは早くも手作りを断念したらしい。 「ぐぐっ。・・・くるみちゃんってば、痛いところを」 「だってさぁ。お料理なんて、あんまりしないし。いきなり失敗したらへこむし」 正直な親友の言葉に、も再び考え込む。 やはり手作りをあげてみたいとは思うものの、失敗はへこむ。 「そぉ〜だ!譲君ならお料理上手なんじゃない?でさ、梶原家でチョコレート教室開催とか」 はるかの発言に、くるみと綾乃が頷く。 自然とに視線が集まり、も勢いづいたのか手作りに心が傾いた。 「だね!期末テストの前に作っちゃおうか。週末ウチに集合〜。・・・譲くんの予定が先だった」 が携帯を取り出すと、タイミングよく譲がたちの教室へやって来た。 「すみません。有川将臣は居ますか?」 「譲くん!ちょうどイイとこにきた〜。こっち、こっち」 通常、上級生の教室には入り難いものだが、将臣の忘れ物をいつも届けに来ている譲はフリーパス。 それでも入り口で声をかけるのは譲の律儀さから。 に手招きされるままに近くまでやって来た。 「ね、週末の予定は?土曜日とか」 「午前中は弓道部の練習がありますけど・・・・・・」 からの誘いに否はないが、その場にいる他の三人の上級生の視線が気になる。 「う〜ん。お昼に家へ来るの間に合いそう?」 「一時くらいでよければ。昼まで練習なんで、弁当食べずに行ってもそれが限界ですね」 譲に料理を振る舞うのは勇気がいるが、時間が勿体無い。 「じゃあ。家でお昼食べて?でね、チョコレートの作り方を教えて欲しいんだ。いつも譲くんの チョコチップクッキーとか美味しいんだもん。いいかな?」 「え、ええ。それは構わないですが・・・・・・」 少しだけ頬を染め、指で目元のメガネを押し上げてかけ直す。 「俺にも昼飯〜〜〜。景時の相手してやるから」 「・・・頼んでない」 教室へ戻ってきた将臣の意見を即座に却下する。 「ひっで〜の。譲クンは純情だから、こんなに大勢のお姉さまに囲まれたら緊張するだろ?俺が 助けてやるって。で?辞書持ってきたか?」 将臣が出した手に、古語辞典をのせる譲。 「だいたい、毎度辞書を貸す方が持ってくるのは変じゃないか?」 「いいんだって。二冊も家にはいらねぇし。俺は古文は好きじゃない。ほら、経済的」 軽く掲げ持つと、欠伸をしながら次の授業の準備を始める将臣。 辞書は枕代わりの位置に置かれている。 忘れ物をしていないというアピールだけのために辞書を必要としているのだ。 その様子に、誰もが小さな溜息を零した。 「なんだか本当に苦労してるよね〜、弟くんは」 「まあな。これがいいバランスなんだっての。ほら!そろそろ予鈴が鳴るぞ」 用事は済んだとばかりに譲へ向けて手で払う仕種をする将臣。 「・・・先輩。土曜日お邪魔しますね。材料は準備しておいてください。それと、作りたいチョコも 決めておいて下さいね。当日では間に合いませんから」 「了解!決めておくね」 笑顔で譲を送り出し、本日の最後の授業を受けた。 「土曜日に皆をお家に呼んでもいいですか?」 「ん〜?みんなって?」 二人仲良くスーパーで買い物中の景時と。 木曜日は職員会議がないので景時もそこそこ早く帰れるため、二人で帰宅途中に買出しというパターンが多い。 「綾乃に、はるかに、くるみちゃんの三人。それと、将臣くんと譲くんもお昼を食べにくるの」 「へえ?そんなに大勢分のお昼を作るの大変じゃない?」 ただ思った事を伝える。 「大変でも頑張る。前の日に少しは仕込みするし。土曜日は午前中にみんなでお買い物に行かなきゃだし」 「ふうん。だったら、オレの運転でよければ乗せていくよ」 がカートを押している景時を振り返った。 「嬉しいけど・・・景時さんに手伝ってもらっちゃ意味がないからダメなの。ごめんなさい」 「ええっ?!どうして?」 まさか拒否されるとは思わなかった景時がさらに尋ねる。 「だって、バレンタインのチョコ作るんだもの。お菓子の先生が譲くん。・・・将臣くんはついでですけど」 親友が言う通り、何でも景時には正直に言う事にした。 たしかにここで秘密にしたら、景時の事だ。 密かに悩むことだろう。 「そ、そ、そ、そうなんだ。うん。だったら・・・気をつけてってしか言えない・・・かな。あはは〜」 真っ赤になった景時の反応で、バレンタインがどのような内容なのかを知っている事も確認できた。 「そうなんです。今年は初めての手作りチョコにチャレンジだから。ちょっとだけ期待しないで待ってて下さい」 「いや〜、ちゃんの手作りっていうだけでドキドキだね」 カートに増えてゆく食材から、土曜日の昼はパスタなのだと察する景時。 麺を茹でるくらいは手伝えそうだ。 他には何があるかと考えを巡らせつつ、の後ろを着いて行く。 「どうしよう?譲くんが食べるなんて緊張する〜〜〜」 「そんなに心配することないのに。いつも美味しいよ?お弁当も」 パスタの他にはサラダとスープ、もうひとつくらいと思案中。 そんなの様子に、景時の方からリクエストをした。 「は〜い!タコが食べたいです。美味しかったアレがいい」 ふざけながら景時がに向かって手を上げた。 チョコレートを作るならばデザートは不要だろう。 サラダがあっても邪魔にならない一品でもある。 「あ、そうですね。タコのマリネはいいかも。じゃ、そうしましょう。土曜日のランチは決定ですね」 も納得のランチメニューが決まり、大量の荷物を抱えての帰宅となった。 気合が入りまくったが、少しだけ値段のはるスーパーの開店時間に合わせて出かけた土曜日の朝。 何故か入れ替わるように将臣が梶原家を訪れる。 「・・・で?景時はココで見てるつもりかよ?」 「ダメかなぁ?ちゃんを見ているの好きなんだけど」 リビングからキッチンが見える。 ソファーに座る景時に対し、将臣は自室のように寛いでラグに転がって肘枕だ。 確かにクラスの女生徒たちがチョコレートを作るのを眺めているのは妙かもしれない。 とはいえ、は景時の妻である。 「お昼はパスタなんだ。茹でるのとか手伝えそうだし」 「いいじゃん。友だちとワイワイ作るって。放っておけ」 将臣が指を動かして景時の視線を惹きつける。 「つか、最近あっちの動きがなくて、余計に妙。学校周辺じゃ動きがない」 「そうなんだよね〜〜〜。クラスでも慣れてきたみたいではあるんだけど。少し浮いてるよね」 景時に対して誰もが気軽に声をかけてくる。 そんなクラスの中で、ただ一人距離を置いた言葉遣いをしているのが純頼。 「・・・いいのかよ、ひとりで買い物いかせて」 「たぶん。くるみちゃんが迎えに来てくれたからいいかなってね。・・・周りに友だちがいるのに誘拐は 無理でしょ。女の子同士ってさ、あまり一人にはならないし」 尾行してとも考えたが、逆に友人同士にしてみるのはどうだろうと考え直した。 あまり束縛するのも本意ではないし、雅幸に先に話してある。 「それに。将臣君がウチに来てくれているってことは大丈夫って、そういうことでしょ?」 「チッ・・・喰えない奴。ま、そういう事。がいないトコで話をしたかったしな」 将臣がごろりと仰向けになると、景時を見た。 「春に・・・行くのか?」 「うん。桜を見に・・・ね。約束したから。それに、京都という町がちゃんを待っている気がする。 ちゃんにとってはあの町で制約が多いけれど、それは、かつて大切にしていた何かをあの一族が壊した 所為であって、別に彼女に害をなそうとしたくて不安定な気を放出しているじゃないんだ」 景時なりに龍脈が穢されている意味など、文献からより詳細に歴史を辿った。 導き出した結論は、の清浄さに惹かれて何かが動き出している。 目に見えるモノも、見えないモノも─── 「ばあさん、書付こそ残さなかったけどさ。小さい時から俺と譲に言い続けていた事があってな。 二人でを守れって。それって、アッチの世界へブッ飛ばされた時の事かと勝手に納得していたんだ。 だけどなぁ・・・二人って変なんだよ。八葉だぜ?ばあさんが星の一族だったなら、八葉を知らないワケ ないっての。二人ってのは、もしもお前がコッチに来なかった時の予防線だったんじゃねぇかって。 そう思うんだよなぁ・・・・・・」 将臣もこちらへ戻ったあの日から、考えを整理していた。 年末の藤原家での出来事は、将臣と菫の繋がりを一から思い出す切欠になった。 「そっか。そこまで龍神の神子のことを案じていらっしゃったのか・・・・・・」 「を・・・大切にしていた。ほとんど孫状態だったもんな。神子どうこうじゃないだろ」 「あはは。うん。オレも頑張るからさ。それに・・・そのうち皆を招待したいね」 この場合の皆が誰なのかは、言わずともわかっている。 「だな。ここの下の部屋がそうなんだろ?の事だからな。夏休みでも狙ってるんじゃないのか? 自分が休みじゃないととかな〜」 「そうか!そうしたらオレも夏休みだ〜。将臣君も譲君もだね〜」 将臣と話しをしている内に、買い物を済ませたたちが帰宅した。 「ただいま〜!皆も一緒ですよ」 玄関に気配を感じた時点で景時は駆け出しており、たちを出迎える。 「お帰り。みんな、いらっしゃい」 「お邪魔しま〜す」 景時が本当にを迎えに出てきたので、親友たちのテンションが瞬時に跳ね上がる。 「ほんとにいたーーーーーーー!!!」 叫ぶような声のボリュームに、景時が気おされて仰け反る。 その景時の背を支える手があった。 「・・・だから言ったんだ。俺が来てやるって。お前ら玄関でウルサイ。さっさと昼飯作れよ。もう 十一時過ぎてるんだからな?」 「有川君に言われなくたって、手伝うつもりでしたよ〜だ!」 「まあ、まあ。将臣くんなんていつもこんなんなんだから無視、無視。チョコレートの材料をしまって、 お昼の用意しよ〜」 が友人たちを先導し室内へ招き入れる。 「う〜ん。賑やかになりそう」 「だ・か・ら!賑やかどころかウルサイんだ。昼寝もままならねぇ」 遅れて景時と将臣がリビングへと戻った。 キッチンではを中心にお昼を作っている。 とはいえ、全員では効率が悪いので、くるみとはるかはテーブルへのセッティングを済ませると、 お茶の用意をして景時たちのところへとやって来た。 「梶原先生!お家ではどんな感じ?」 「へ?どんなって・・・こんな?」 出されたお茶を飲みながら、両手を広げてみせる景時。 「・・・服装について聞いたんじゃないのにぃ。っていつも惚気てるけど、よく考えたら家での話し しないんだよね〜。先生がどうしたって話しはするんだけど」 「ああ、そういう事。だったら、いつも通りだよ。あんな風に食事を作ってくれて。何が食べたいかとか、 どこへ買い物に行こうとか。だから、早めにオレの方からデートに誘ってるんだよね〜」 まさにいつも通りなのだ。 景時の前で気負うこともなく、景時との関係も友人に嘘をつき続けるのは嫌だと正直に言える、 そんな真っ直ぐさ。 「そっか〜。だよね〜、だもん。先生は?先生はいつも通り?」 「オレ?オレは・・・どうなんだろう。う〜ん」 顎へ手をあて考え出す景時。 くるみが見事にツッコミをした。 「考えてる時点でナイってことに気づこうよ、先生。きゃはは!」 「だ〜よねぇ。有川君なんて、先生の家なのに寝てるし。ホントに幼馴染なんだね?」 仰向けで寝転がっている将臣に、ソファーにあったのひざ掛けをかけてやった景時。 「なんかねぇ。気質ってあると思わない?将臣君ってやっぱりお兄ちゃんなんだよね。オレもついつい 頼っちゃって。よく妹に言われたんだ。どっちが年上かわからないって」 朔の小言を懐かしむ景時。 「へ〜〜〜。そういえば妹さんが居るっていってたよね。も親友だっていってた。こっちに来ないの?」 「ちょっと遠いからね。でも大丈夫。元気に暮らしてると思う」 穏やかに微笑む景時。 何かあれば白龍の事だ。に知らせにこないわけがない。 便りがないのが元気な証拠であると、そう信じられる。 「将臣くん、寝ちゃったんですね〜〜〜。しょ〜もな。景時さん、コーヒーする?」 将臣が寝てしまったのがキッチンから見えたらしい。 ひざ掛けではなく、ブランケットを将臣へかけてやる。 「みんな、コーヒー好き?オレね、こうゴリゴリ豆を挽いて淹れるの趣味なんだ」 「ええっ?!豆?」 コーヒーメーカーにミル機能がついているものもあるが、大抵は粉に挽かれたコーヒーを使用する。 豆からというのはまだまだ珍しい。 「よぉ〜し!豆挽き手伝ってね〜」 景時がキッチンへミルと豆を取りに行く。 「皆、お昼遅くなっちゃってごめんね?譲くんが一時だから、そのくらいでいい?」 ある程度準備も済み、時間が余ってしまった。 「だいじょーぶ!私たちが無理言って教えてもらう側なんだし。それに、先生はこだわり派なんだって わかったし。コーヒー豆をあんなに楽しそうに選んで」 言われてもキッチンの方を向く。 豆を決めて用意が出来たのか、ミルを手にした景時が戻ってくる。 「さ!誰か二人は頑張ってこれを回してくれるかな〜。本日のスペシャルブレンドは、モカベースだよ」 豆を量ってブレンドを考えたらしい。 「はいっ!私、してみたい」 くるみが素早くひとつを受け取る。 「私もしてみようかな〜」 綾乃もミルを受け取ると回し始める。 「・・・ないっ。私には何かないですか〜〜〜?」 手持ち無沙汰のはるかが声を上げると、 「はるかはミルクの方をしようよ。カフェで飲むラテみたいに出来るんだよ」 今度はがミルクを泡立てる準備を始める。 「なんか楽しい〜〜〜。いいなぁ、」 友人たちに羨ましがられ、カップの用意をしていたが照れる。 「えっと・・・うん。いいでしょ。いつもね、楽しいよ。景時さんは何にでも興味持っちゃうの。だけどね、 私も一緒にできるから楽しい」 「また惚気てるよ、この子は〜〜〜。でもいいよね、すっごく寛げちゃう家なんだもん。有川君が 寝ちゃう気持ちわかる。居心地がいいんだよね。家なんて、ママがキーキー煩いし。パパなんて どっかりトドみたいに寝てるし。弟はゲームばっかだし」 家が嫌いなわけではないが、梶原家のような穏やかさはないと感じるくるみ。 「じゃあ。くるみちゃんが新しいコトしてみるのはどう?ほら、これみたいに。お母さんの手伝いをして、 新しい料理を覚えて食べてもらってみたりとか」 最後の仕上げとお湯を用意してきた景時が、くるみに提案する。 「そう・・・ですよね。そっか。だからはスゴイんだ。私も頑張らなきゃ」 「ええっ?!どこから私?」 景時がコーヒーを淹れやすいよう、挽いたコーヒーをドリッパーにセットしていたが振り向く。 「やっぱり、先生は先生だなぁ。梶原先生みたいな先生が副担で嬉しいかも」 「そうだよね。質問しやすいのって、話しかけやすいからだよね」 景時とを代わる代わる見つめる視線に、二人が真っ赤になった。 「・・・出来たてコーヒーをご賞味あれってことで」 「そ、そ〜だよ。その・・・お家で飲むのも美味しいんだよ」 既にコーヒーの香りが満ちている部屋で、カップへ注がれたばかりのコーヒーを飲む。 眠っていた将臣がむくりと起き上がった。 「俺、ブラック」 「いきなりだなぁ。はい、ど〜ぞ!」 ソーサーごと景時に手渡された将臣が、まだ眠いのか半分閉じかけた目のままコーヒーを口へ含む。 「ん〜〜〜、半分起きてたんだけどな。こう・・・音はするのに起きれんって感じワカル?」 「もちろん。寝坊は楽しいからね」 景時が軽く片目を瞑って返事をすると、将臣が壁にかかる時計を見上げた。 「アイツ、走って来いっての。そろそろメシ〜?」 「そぉ〜だ。そろそろテーブルに並べるといい時間。皆はお茶しててね」 が立ち上がると綾乃も立ち、なんとなく台所仕事に慣れている二人が準備を始めた。 譲が帰ると同時に待ちかねていた将臣に急かされるように食事が始まる。 「う〜ん。にしちゃ上手くなったと思う」 「そ、そういうの褒めてないよぅ・・・・・・」 確かに以前は料理と呼ぶには相応しくない食べ物を作った記憶があるにはある。 「が料理したの見たことなかったもんな〜〜〜」 「だよね〜〜〜。お母さんに作ってもらったお弁当だったのは確かだよね〜〜〜」 次々とバラされるの過去。 「・・・先輩が包丁を使う手元は怖かったですけど。今ではそんな事もないですよ」 譲だけが一応フォローらしきをしてくれる。 「まあ、まあ。オレは嬉しいんだよね〜〜〜。だってさ、オレのためにって・・・嬉しすぎでしょ!」 満面の笑顔で景時がパスタを頬張る。 「先生の顔、ゆるゆる〜〜〜」 「しかも、今日は先生のた・め・に!手作りチョコだもんね〜〜〜」 くるみとはるかの言葉で、益々景時の表情が緩んでゆく。 「どうしようか〜〜〜。すっごく楽しみだよね〜」 景時の期待はピークになっているらしい。 「あ、あの・・・景時さん?私もさすがにチョコレートケーキ初めてだから。そんなに期待されると 困るっていうか・・・その・・・・・・」 「いいんだよ。オレが嬉しいのはオレの勝手だからさ!」 考えれば考えるほど、景時たちがいた世界ではは大変だったろうと思う。 それでもは景時と共にあることを選んでくれた。 今となってはすべて解決したが、そんな前向きなが不安に泣いたのだ。 (ほんとうにギリギリまで・・・自分の気持ちを隠して我慢していたんだろうな) 家族と離れる事になってもといたかった。 後悔はしていない。 振り返れば、もそれだけの気持ちと覚悟をして景時の妻になってくれたのだと嬉しくなる。 「そうだなぁ。作るトコは我慢して見ないようにするからね。今日は片付けにイイ人材がいるし。 ね?将臣君。オレね、まだ本が片付いてなくて、ちゃんに毎週末片付けしろって叱られ中なんだ」 「・・・すっげー失敗。お前の本っていったら、小さな図書館並なんだよなぁ。司書でも雇えっての」 将臣が思い切り嫌そうな顔をするが、景時はお構いナシに話しを進める。 「いや〜、悪いね。手伝ってもらえるなんて。こんなに優秀な司書がココに!助かるなぁ〜〜〜」 「話し聞け!・・・・っとに」 将臣の負けが確定し、親友たちが笑う。 「おっかしーの。有川君がパシリだなんて。いつも弟クンを扱き使ってるからだよ」 「そうです。少しは反省して下さい、兄さん」 涼しい顔で便乗する譲。 「へ〜、へ〜。後一年は我慢して下さい。さっさと卒業してやるから」 話題がいきつそれつつしながらも、和やかに食事が済んだ。 「と、いうわけで。ちゃんたちは台所〜。オレと将臣君は本の部屋〜。さ、始めるよ」 「しょ〜もな。いつまでも倉庫じゃ気の毒だから手伝ってやるとするか!」 景時たちが居なくなったリビングはとても広く感じる。 そのリビングで譲による各自の作成予定チョコレート菓子と、材料のチェックがされ、いよいよキッチンで 菓子作りが始まる。 時間が必要なものから順に手際よく作られてゆく様は、見事としか言いようが無い。 「譲くんって、プリンとかいつも作ってくれたけど、いつからお菓子まで作ってたのか記憶にないくらい 昔から作ってたよね?」 「ええ。もともとは祖母の影響ですけれど。手伝っているうちに素朴なおやつ系はほとんど覚えたんですよ。 ただ、母が洋菓子系統も好きだったので、そっちも作らされたといいますか・・・・・・」 譲は手を休めることなく返事をする。 「そうなんだ〜。譲君のお母様って、すっごいゴージャス美人な人でしょ?」 いわゆる三者面談で学校へ来た事がある紫子は、のクラスでは有名だ。 自分の息子である将臣の三者面談に来たのにもかかわらず、真っ先にに抱きついたのだから。 「美人といわれても・・・家にいるわけですから基準がどうかはわかりませんけど。いつもあんな風ですよ。 写真みると怖い時もありますけどね」 「ずぅーっと変わってないの、紫子おば様って。私の小さい時の写真からずっと。ほんっとに美人で そのまんまなんだよね〜。羨ましいっ」 の母も変わっていないが、どこかおっとりしてとぼけているので、美人ではあると思うが そう見えにくいところがある。 「譲君はお母さん似っぽいよね。コンタクトにすればいいのに」 綾乃がまじまじと譲の顔を覗き込む。 「えっと・・・いいんです、俺は。面倒なの苦手なんで・・・・・・」 真っ赤になって譲が俯く。 「なんか二人とも極端で面白い兄弟だよね。有川君って大雑把っていうかさ。譲君はコツコツ頑張ってそう。 でも、二人とも行動は違っても同じかな。なんとなく、大切にしてるものが同じっぽいよ」 はるかが確信をついてくる。 「そうだよね。二人とも、相手の気持ちとかその場の雰囲気をとっても大切にするよね」 も思っていた事だ。 「!手を止めないで混ぜないと〜〜〜。クッキーも作るんでしょう?」 「そうだった!パパとおじ様の分は日持ちするのにしたんだ。今年は期待されてないだろうけど」 そういいながら嬉しそうに生地を作る。 「嫁にだしちゃった娘からのチョコは期待できないよ。いかにも手抜きされそうだもん」 「もらえるだけ有り難がってもらえるかもよ?忘れられていなかったって」 「きゃはは!そうだね〜。のパパ、格好イイもんね」 女が集まればおしゃべりに花が咲くのは決まりごと。 譲はその中で必死に作り方を指導しつつ、どうにか一連の作業を終えることが出来た。 「さて。後は工夫してラッピングして下さい。どうにか形になってよかったです」 「う〜ん。やっぱり売ってるのってプロだよね。こうしてみると艶がイマイチとか」 チョコレートの輝きが違うのだ。 どこか曇っているチョコレートは、重厚さはあるものの見た目の美しさでは減点。 「いかにも手作りでいいと思います。味は確実に美味いから、問題ないですよ」 譲がはるかを励ます。 「だよね!頑張って先輩に渡してみる・・・・・・」 ラッピング用のシートを選び出すはるか。 くるみはとっくに包み終えて満足顔だ。 「私も上手くできてよかった〜。ありがとう、譲君」 綾乃も満足のいく出来栄えに、ついつい笑顔がこぼれる。 「さ〜て!私はケーキが上手くいって、チョコも完璧。クッキーも作ったから、少しお茶しようよ」 は友人たちと食べるクッキーも作った。 チョコレートケーキは景時のために焼いたので冷蔵庫へ直行している。 「手伝いますよ。紅茶・・・ですよね」 「うん。ありがとう、譲くん。みんなはリビングで座ってて?」 の言葉に素直に甘える友人たち。 「ありがと〜。普段しないことしたからヘトヘトだよ」 「あはは!はるか正直すぎ〜」 ペタリと座り込み、温かい紅茶を待ち受ける。 「ここお願いするね?景時さんたち呼んでくる」 が小走りに景時たちがいる部屋へ向かう。 譲が紅茶のセットをリビングのテーブルへ並べ始めると、自然と手伝いの手が増える。 「かわいいよね〜。ちゃんと自分たちのマグカップ用意してるし」 「だよね〜。なんかいいよね、たち。応援したくなる」 来客用のカップとは違う、おそろいのマグカップ。 柔らかな色使いのそれらが、彼らに似て見える。 「譲君、心配しないでね。三年生たちなんてすぐに卒業しちゃうし。うちのクラスで二人を守るから。 他がどうだって、私たち頑張るよ」 はるかが譲に向かって親指を立てる。 「ええ。俺も・・・お隣のちゃんを守れるなら。頑張ります」 「へ〜〜〜。小さい時はそう呼んでたんだ?」 くるみが興味を示すと、 「それはそうですよ。呼び捨てなんてありえないし、そんなに小さい時に先輩もなにもないでしょう?」 「エライなぁ。小さい時から礼儀ただしかったんだ。それなのに兄の方ときたら・・・・・・」 はるかが振り向くと、大欠伸の将臣が視界に入った。 「あれだよ」 しばしの沈黙のあとに笑いが起きた。 「オレ?!オレが面白かった?何かしたっけ?」 「ば〜か。大方譲が俺のネタでもバラしたんだろ?別にどうでもいいけどな〜。ありすぎてどれかわかんねぇ」 景時の背を叩くと、さっさと座ってクッキーへ手を伸ばす将臣。 「もぉ!いきなり笑わないでよ。まさか!クッキー不味かったとか?」 続いてが口元に手を当てて固まる。 「ん〜?普通。死にはしないだろう、たぶん」 将臣が次のクッキーへ手を伸ばすと─── 「そうじゃなくて。いいよ、もう。景時さん、お茶しよう?片付け頑張ったんですもんね」 景時の袖を引いて、と景時が並んで座る。 「みんな上手に作れた〜?」 紅茶を片手に景時が心配していたことを尋ねる。 「は〜い。お休みの日にお邪魔してしまってごめんなさ〜い」 「いや、いや、いや。みんな綺麗に包めてるみたいだし、よかったよ。もしもの時はどうしようかと、向こうで 密かに考えててさ〜。材料買いに行ってきてっていついわれるかとか・・・・・・」 「酷いよ、先生。信用ないな〜。譲君がいるから、失敗手前の寸止めでセーフに決まってるじゃない」 明るくはるかが笑うと、 「寸止め食わされるオトコの立場は?」 「有川君のじゃないのは確実だから安心して」 さっくりくるみがツッコミ返す。 「へ〜、へ〜。俺ってば労働報酬もなくて踏んだりな結果じゃね?」 「そうでもないよ。ちゃんと綾乃ちゃんの作った昼飯つきだったんだからさ」 「安っ!」 将臣がクッキーを頬張ってから後方へ倒れこみ、そのまま天井を仰ぐ。 「将臣く〜ん。寝ながら食べるのはお行儀が悪いよっ!」 ぺちりと額をに叩かれる。 「だ〜めだ。ここ俺に分がわりぃ。もう食うもん食ったから帰る。譲は俺のバイクの後ろに乗れ。母さんから 夕飯リクエストされてるだろ」 「そうだ。最近は中華が食べたいとか我がまま言うんですよ。しかも、どこで食べたのか変なメニューばかり」 昨夜の約束を思い出した譲が慌てて帰り支度を始める。 「エラすぎだよ、譲君」 「ほんと〜。兄は珍しくバイトじゃないんだと思ったら、先約あったんだ」 「譲君、ありがとうね〜。また来週、学校でね!」 下級生だが、将臣に辞書を届けたり教室に来るだろう譲に対する挨拶としては適切だ。 「ありがとね、譲くん。おじ様とおば様によろしくお伝え下さい」 「オレも〜。そのうち二人で行きますって。ヨロシクね」 玄関まで出て見送ると、将臣はさっさと行ってしまい、譲は丁寧に頭を下げてから立ち去る。 「う〜ん、面白い。不思議な兄弟だ〜」 「あはは。お休みに来てもらって悪い事しちゃったな。さて、皆はもう少しお茶をしたらオレが順番に送るよ。 そうすれば、帰りにちゃんとデート出来ちゃうんだな〜、これが」 景時がいかにももったいぶって言う。 「よかった〜。電車でチョコつぶれちゃったら残念って思ってたんです。お言葉に甘えちゃおう!」 「寒いしね!ラッキー」 飛び上がって喜ぶ生徒たちを眺める景時の視線は、いかにも先生だ。 「景時さん。お買い物しなきゃ。よく考えたら、洗剤も欲しいし」 「デートって先生が言ってるのに、主婦発言したよ〜、この子は」 「きゃはは!楽しそうでいいじゃない。デートだけど、生活も一緒なんだし仕方ないよ」 この世代の女の子のおしゃべりには花がある。 朔を思い出しながら耳を傾ける景時。 その空気をどこかで感じている。 華やぎの時間を今しばらく楽しみながら、バレンタイン前の土曜日が終わりを告げた。 |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:定番のイベントを。やっぱりね! (2008.02.09サイト掲載)