変わらぬもの 景時と二人で仲良く登校した後、教室で友人たちにからかわれる。 途中、他のクラスや学年の快く思っていない者たちからは、予想通り嫌味が浴びせられた。 けれど、そのような言葉など意味を持たない。 何故ならば─── 「やっぱり景時さんに迷惑かけちゃった」 「そうかな?言いたいヤツには言わせておけば?梶原先生って大らかそうだから、 ちっとも気にしてないかもだし。どちらかといえば、余計にベタベタするタイプ」 友人の意見に、しばしも考え込む。 「・・・・・・かも。すごいよ、くるみちゃん。会ったばかりでその洞察力」 「が鈍いんだよ。わかりやすい人だよね」 今度は綾乃が肩をすくめて言い切る。 「・・・私が鈍いのは認めるケドぉ・・・・・・」 元々の景時は話しやすくあっても、近づきやすいタイプではなかった。 どこか距離をとられていると感じていたものだ。 もっとも、それは互いの気持ちがわかるまでの話。 それ以後はに対していっそ過保護すぎるくらいだ。 「あんなに“ちゃん大好きオーラ”が漏れまくってるのに、まだそういう顔 するかねぇ?この子は」 はるかがの額を指で弾く。 「だってぇ・・・景時さん、ふらって居なくなっちゃいそうで・・・・・・」 「アンタのためにね。別にから離れるためじゃないと思うけど。まあ・・・その辺りは お昼に聞き出して上げるから。梶原先生、お昼に呼び出し決定!」 の周囲で繰り広げられる会話を聞いていた将臣が、密かに景時に同情していたのは 言うまでもない事だった。 「どうしてキライ〜?オレさ、それを知っていたら必死に勉強して他の科目の先生に なってたのにさ〜〜〜」 どちらが生徒で先生なのかという会話がなされているお昼の教室。 「え〜〜〜!理科なんて、意味わかんないですよ。ちっとも可愛くないし」 「可愛いって何基準だよ。それこそ意味わかんねぇ〜」 景時曰く、が好きな科目の先生になりたかったとの相談だ。 今更担当が変わるわけではないが、せめて理科を好きになって欲しいとのひと言から、 のクラスメイトたちの意見が飛び交う結果になっている。 「ほら、ほら。も何か言いなよ」 「えっと・・・その・・・景時さんの担当教科が苦手でも、それって景時さんが苦手って いう意味じゃないし・・・だから・・・・・・」 上手く説明できないが、景時は少しもに否定されたくないらしいのだとはわかる。 「・・・・・・そうかっ!科目とオレは別だよね?よかった〜〜〜。考えてみれば、 オレが担当じゃなくたって理科は苦手だったんだよね?な〜〜〜んだ」 胸に手を当てて大きな溜息を吐く景時。 クラス中が笑い出した。 「梶原先生マヌケ〜〜〜!しかも、既に尻に敷かれてら」 「つか、がちゃんと説明しないからだよ。梶原先生が心配するのって」 「そうか〜?まあ・・・自分が好きなモノ否定されたら不安にはなるよな」 どんどん方向がが悪いという向きになりつつありといったところで、くるみが 席を立って話をまとめた。 「結局、梶原先生はが好きって事でしょ?で、にちょっとも嫌われたくなくて。 できれば同じモノを好きだともっと嬉しいって。ね?」 「それっ!それが言いたかったんだよね〜〜〜」 景時がくるみの意見に手を上げて賛同の意を示す。 バカバカしくなったクラスメイトたちから脱力系の溜息が漏れた。 将臣と純頼だけが話の輪に加わらず、その様子を眺めている。 「将臣は・・・どうして話に加わらないんだい?」 「あ?俺はさっさとメシ食って、夕方からのバイトの体力を溜めとくだけだ。あいつ等、 いつもあんなもんだ。興味ねぇし」 机に突っ伏して昼寝を始める将臣。 純頼を見張るためというのでもなさそうだ。 まさに近づきたくないだけという空気がありありで、純頼もそれ以上は話しかけられず、 静かに教室を抜け出した。 (ここに居るのも不快だし・・・かといって、クラスで浮くのもね) 日本人にありがちな集団行動を乱すのは、まだ慣れていない環境ですべきではない。 それでもその輪に加わりたくないのであれば考えて行動する必要がある。 昼は別の場所に移動する理由を作らねばと、とりあえずは図書館へ向かった。 その後姿をさり気なく視界の端で捉えていた景時。 (君の気持ちはニセモノなんだよ。どんな時でも見ていたいのが本当じゃないのかな?) 九郎が許婚として紹介した時も。 ヒノエに口説かれていた時も。 言い出したらきりがない。 どんな時でもの相手が自分ではないという痛みを胸に秘めて見続けてきた。 そして、今がある。 「ね、ちゃん。オレね、今日の夕飯はオムライスがいい」 「オムライス?どうして急にオムライス?」 作る事については構わないが、突然の夕飯のリクエストに首を傾げる。 「うん。ケチャップでハートしてもらいたいから〜」 に教えてもらった好きの記号であるハートが欲しいという重大な理由がある。 顔を緩めて微笑みながら景時が告げる。 はるかがの肩へ手を置いた。 「が悪い。こんなに梶原先生が不安になっているのに、態度で示してあげないなんて」 「そう、そう。ここは何かからしてあげないと。明日からのテストより大切でしょ」 今度はくるみが空いているもう片方のの肩へと手を置く。 最後に綾乃がを指差して言った。 「がここで梶原先生に好きって言えば済むことじゃないの?」 「おお〜〜〜〜っ」 核心をついた綾乃の言葉に、地響きのようにクラスで歓声が上がった。 と、同時にの肩が震えだす。 「・・・私が景時さんを大好きなのなんて決まってるのに、教室で言わせないでよ!」 机に手をついて立ち上がった。 あんなにどよめいていた教室が静かになった。 「うん。オレもちゃんのこと、大好き」 ポツリとを見上げて景時が返事をする。 「・・・やだっ。またやっちゃった!これじゃ前と変わんな〜い!」 両手で顔を隠してが机に突っ伏した。 「前と?」 前とはどの前なのだろうかと景時が首を傾げる。 から返事は得られないで居ると、寝ていたハズの将臣が顔を上げた。 「アレだ。朝夷奈で。コイツ、お前が居ない時に宣言したんだ。お前に好きって言って 貰うまで諦めないとか叫んでな〜。・・・もう時効だからいいよな?」 の了承は取り付けていないが、さっさと将臣が真相をばらす。 「きゃーーーーっ!将臣くんの馬鹿ーーーーっ!!!」 絶叫後、息も絶え絶えにが再び机に突っ伏す。 「梶原先生。いいかげん、の気持ちを確認するの止めたらどうですか?わかっていて するなんて・・・・・・」 予想はしていたが景時との相手を好きすぎての盲目状態は、周囲を巻き込むだけに 迷惑に発展しかねない。 「だって!心配で、心配で」 「いや〜、一歩間違うとストーカー容疑ですから」 はるかの言葉に景時が手を叩く。 「それ、言われたかも。うん。間違いない」 辺りから溜息が漏れる。 いわゆる呆れた時に漏れてしまう脱力系の息。 「・・・大人なんですから、それが褒められた言葉でないって気づいて下さい」 「え〜〜〜。一緒にいたいだけなんだけどなぁ・・・・・・」 顔だけ見れば眉間に皺を寄せて考えており、かなり渋めでいい感じだ。 問題は悩みの内容の方である。 海人が景時の肩へと手を置いた。 「いいから、いいから。梶原先生はこのまんまがいいって。好きなだけに会いに教室に くればいいさ。な?みんな」 「・・・だな。面白いし。勉強聞いてもいいんですよね?先生」 「もちろん!逆に先生っぽくて嬉しい限り〜〜〜」 男子が景時を囲んで盛り上がる。 「・・・いいの?」 綾乃がの背を叩くと、俯いていた顔が上がった。 「いいも何も・・・かなり皆に溶け込んじゃってて・・・・・・いいのか・・・なぁ?」 先生と生徒の境目がない。 これで勤まるのだろうかと心配になる。 「じゃあさ!梶原先生って、英語ペラペラ?海外にいたんだろ?」 「いやぁ〜。ぺら〜くらい?オレね、研究室に篭もってたから、どうも世間がよくわかって ないみたいでさ。時々変な顔されちゃうんだよね。色々教えてくれると助かるな〜」 話題をそらさず、それでいて自分の変なところを誤魔化さずと、上手く話しの流れを作る 景時に、将臣は感心して耳だけを傾ける。 (助けなくてもぜんぜんOKって感じだよな。まあ・・・わかる気がするけどな) すぐに有川家でも家でも受け入れられた景時。 その周囲に溶け込む能力は相当である。 「向こうで恋人とかいなかったのかよ?」 「え?オレに?毎日ちゃんの写真眺めてたくらいなのに、そんなのないよ。そういえばさ〜、 小さい頃の写真しかなくて。友だちに見せたら変な顔されたっけね〜。こんなに可愛いのに」 いつの間に手に入れたのか、の七五三の写真をポケットから取り出した。 「景時さんっ!そんな写真、いつ・・・・・・」 「え〜?そんなの決まってるでしょ。ずっと持ってたんだから。この端が折れちゃって悔しかった よなぁ〜」 景時が古びた写真の端を撫でている。 「・・・梶原先生。それって、ロリコンと思われてたんだと思う」 「・・・だな。いくらなんでも、その写真はマズイ」 「何年その写真持ち歩いてたんだよ・・・色変わってるし・・・・・・」 明かに同情の視線が景時に集まる。 「だって・・・誰もオレにちゃんの写真送ってくれなくてさ〜。ね〜?将臣君」 さり気なく不満の視線を将臣に向ける景時。 再び、寝ていた将臣が起き上がる。 「俺に振るのか、その話を。どうして俺がなんかの写真をわざわざ撮って送るんだ?」 「なんかって何?!」 今度はが将臣に詰め寄る。 「誰だよ〜、景時に話ふったの。こいつら面倒なんだから放っておけって。いいじゃん、景時が 変態だって誰も困らねぇし」 「景時さんを変態さん扱いしないでよ!」 が将臣の耳を摘み上げる。 「いてっ!景時っ。コイツ止めろよ〜〜」 「まあ、まあ。オレに写真をくれなかった罰っていうのかな?オレってそんな風に思われちゃって いたんだって初めてわかったしぃ〜?いや〜。変態さん扱いされた視線だったのか、あれって」 頭を掻いている景時を生徒たちが笑う。 それはあたたかな笑いの渦。 将臣も景時の意図通りに動く事にした。 「そんなん、なんて変わってねぇ〜から必要ないだろ〜が!」 「変わったよ〜。こぉ〜んなに可愛いんだから。そう、そう。みんなに言っておくけど、オレの ちゃんだからね〜?」 景時が周囲の男子生徒を見回す。 「梶原先生・・・誰もに手を出さないって・・・・・・・・・・・・変態には勝てない」 最後の方は小さく呟いた海人。そこは景時に聞えなかったらしい。 「そ?それならいいんだ〜。これからもお昼にお邪魔してもイイ?」 「いいぜ。梶原先生おもしれ〜し。ただ、明日からはテストだから昼がない」 「ええっ?!そっか・・・そうだね!勉強しなきゃでしょ〜〜〜。がんばれ〜〜〜」 ひらひらと軽く手を振る景時。 「いや〜、質問受付決定っしょ!梶原先生。ちなみに、明日の古文とかな〜。先生、場合によっては 古典や日本史って言ってたよな?」 すかさず男子生徒が景時ににじり寄る。 「あ〜、うん。趣味に近いのかな?そういうの好きでね。とくに習ってはいないんだけど、免許だけは 取ってみたんだよね」 習う必要がないのだからとは言えはしない。 「・・・やだ、やだ。頭イイ奴って簡単そうに言うんだよな〜。俺の頭でもわかるように教えてくれよ!」 教科書を開いて景時の前へと出した。 「こういうのは〜、感覚で読めばいいんだよ。誰かがその時に思った事を格好つけて書いただけだから。 あれだ!皆が聞いている音楽の歌詞っていうの?あんなもんなんだよ、当時はね」 景時がポイントだけを書き出して説明を始める。 興味を持たせるところから始めるのだとしたら上手い導入だ。 残りの昼休みの時間は景時の古文ミニ講習会に変わっていた。 「オムライス〜〜〜〜!」 が作ったオムライスを食卓に見つけ、感嘆の声を上げる景時。 「・・・景時さんが食べたいって言ったんですよ?」 特大のハートをケチャップで書いた力作。 「そうだね〜。これをオレが食べていいんだよね〜〜〜」 満面の笑みで椅子に座り、視線はオムライスのハートに釘付けだ。 「だって・・・みんなの前で約束しちゃったし。景時さんの事、本当に大好きなんですからね?」 「うん。ごめんね〜?やっぱり同じ年頃の男の子がたくさんいるのを見ていると心配で」 殊勝な顔をしてはいるが、どこか疑わしいのだ。 それでも、の事を大切に思って教師という職業を選んでくれたのは間違いない。 「ふう。もういいです。そのかわり・・・しっかり食べて下さい」 「は〜い。いただきま〜す」 いつもの食卓だが、どこかいつもより楽しい食事の時間になっていた。 食後ははテスト勉強のために自室へ引き篭もっている。 景時の方は本を片付けながら純頼の態度について考えていた。 「・・・弓道がどうこうっていうのは別の話なんだろうけれど」 わざわざ転校してまでの近くへ来た純頼。 その真意はただひとつしかないのだろう。 「一族の為の自己犠牲って・・・自分がないってわからなくなってる証拠だよねぇ」 本を手にとっては軽くページを捲って、分類しながら床へ積み上げ、ある程度まとまると本棚へという 作業を繰り返す。 その時、景時の携帯がメールの受信を知らせた。 「はい、はいっと!」 携帯を見れば洋二からだ。 「あはは!面白いモノ返してきたね〜」 レストランでデザートの写真を送ったのが良かったのか、可愛らしい箱にデザートを詰めた写真を返してきた。 それは箱に詰める前提で作られたのだろう。 可愛らしいが取り出しやすく、箱庭のようにその中ですべてが完成されていた。 感心して眺めていると、今度は携帯が鳴る。 「はい、は〜い。随分と可愛くできたね?これならちゃんも大喜びって感じ」 景時の番号を知るものは限られているし、何よりディスプレイに発信者の名前が表示される。 電話は洋二からだ。 「そう?少しずつでいて可愛らしくてお土産にもなるという制約が先にあるからね。これでも考えに考えた方。 ついでに、多少の運搬では崩れないようにとかね」 「へ〜〜〜。で?これ、見せてもいいの?」 景時は床へ転がり天井を眺める。 「いや・・・まだかな。それ、本物を景時宛に送るからさんに見せてみて。写真じゃなくて本物を最初に 見て欲しいんだ」 先入観をもたれない状態での第一印象が知りたいらしい。 「わかった。夕方なら確実に家にいるから受け取れるよ」 「よろしく。俺も自分で何かを始めないといけないって思ってるから・・・さ」 洋二の気持ちはよくわかる。 景時に兄はいなかったが、先にすべき事を用意されている長男と、何もない次男の立場の違いは他家を見ていて よくわかっている。 「ありがとう・・・テスト期間だからね。すっごく喜ぶと思う」 何もこの時期である必要はないのに、この時期に届けられる新作のお土産用デザート。 「・・・やはり食えない男だな、お前って。またな」 「あはは。褒め言葉として受け取っておくよ。じゃあね」 携帯を置くと、軽く目を閉じる。 (そう・・・オレがこの世界へ来たかったのは・・・・・・君がいるから) の笑顔を思い浮かべると、勢いをつけて起き上がる。 「あまり根をつめてもね〜。コーヒーでも淹れて休憩してもらお〜っと」 今の景時に出来る事は案外少ない。 問題は、その出来る事をするかしないかだ。 豆を挽いてコーヒーを淹れていると、香りに誘われてが部屋から出てくる。 「景時さん・・・・あのね?数学がわからなくて・・・・・・」 「そうなの?じゃあさ、コーヒーで一息いれてから一緒に勉強しようか」 途端にが嬉しそうに微笑み、コーヒーカップを手に持っている景時に飛びついた。 「ありがとう、景時さん。本当はわからなくてイライラしてたの。そうしたらね、コーヒーの香りがしたから」 景時は片付けを中断しコーヒーを淹れているのだとわかったから、も部屋から出てきたのだ。 「そ?オレはね〜、まだダンボールひとつしか片付いてなくて、厭きちゃったから」 真実は違うのだろう。 それぐらいはにもわかる。 景時の気遣いは、とにかく相手に負担をかけない。 「そうだ!夜だけど、ちょっとくらいならチョコ食べてもいいですよね。とっておき食べましょう!」 冷蔵庫の扉を開ける。 「疲れたときは甘いものなんだっけ?」 「そ〜です。これから数学がんばるから」 小皿にチョコレートを並べてトレーに置くと、景時が淹れてくれたコーヒーのマグカップも二つ並べて トレーに乗せた。 「じゃあ。今から十五分だけ休憩したら勉強しよう!」 「は〜い」 トレーはさり気なく景時が運び、が先にソファーへ座る。 テスト前でも二人の時間は大切に─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:景時くんは頭がイイといつも思う。 (2007.03.22サイト掲載)