夕闇 ≪景時side≫ 陽が落ちるのが早い冬の時期。 誰もがうつむき加減に家路を急ぐというのに、とびきりの笑顔で駅に 向かってくる君を見つけた。 何だか、昨日の今日だったし。 学校での悩みがひとつは解決したしなと、つい悪戯心で素早く身を 隠してから携帯を取り出した。 「もしもし〜?」 先にメールをしてもよかったんだ。 それだと、君の驚く顔が見られないから、送るのを止めた。 オレがすぐ後ろにいるのにまったく気づいていない君の声が携帯から 耳に心地よく響く。 「あはは。もしもし〜?」 オレが電話をかけられるハズの時間ではないからね。 小首を傾げている後姿が可愛くて、つい笑ってしまった。 今のうちに距離を縮めて─── 「・・・景時さん、お仕事は?」 今だ! 素早く手を伸ばして、ちゃんの携帯電話を奪い取る。 驚いて振り向いた君の顔がすぐに笑顔に変わる。 この悪戯の大成功と、その笑顔が好きなのだと、オレの方が嬉しくなった。 「か、景時さん?そのぅ・・・・・・」 週末の海辺のレストランともなれば、客層は二極化される。 思いっきり幸せファミリーの団欒か、他は目に入らない恋人たちの語らいか。 もちろんオレたちの席は、海辺の特等席の方なわけで。 「ん〜?夜の海って、真っ黒だよね。もっとも、こっちの世界は明かりが多い から、そんなに怖くも感じないけどさ」 ちゃんが言いたいのは別の事だろう。 いいの、いいの。 隣のカップルがどうだろうと。 この店がとても気が利いているなと思った点は、向かい席ではなく、上手く 二人が海を眺められ、それでいてまったくの隣ではないという距離の席の配置。 大きな窓に対して、テーブルが並行ではないからこその絶好な位置関係。 「・・・うん。向こうでは夜真っ暗だったから、海じゃなくても怖くって。 油も大切にしなきゃだから贅沢できなくって・・・・・・」 ちゃんの座る席から、オレのやや後方にあたる場所の席が目に入るのは わかっている。 昔の癖で、顔を向けずとも盗み見するのが特技なのは秘密だけれど。 軍奉行なんて職は、相手の考えを先に読み取って味方を有利に導くものだ。 気配を探るのはお手の物。 それよりも、周りの気配に便乗してみようと策をめぐらせる方が忙しい。 そろりと手を伸ばして、ちゃんの手に触れてみる。 「・・・あっ!」 小さな声を上げられた。 これは・・・拒否されたかな?と、恐る恐るその表情を窺えば、真っ赤になって 俯いている。 そうだよね。オレもドキドキだった。 ここは、少しだけ落ち着かないね・・・ほんと。 オレの方から見える、ちゃんの背後にあたる席では既に大変な事になっている。 ちゃんが気づかないことを祈るばかりの状態だね。 一応、公共の場だし? オレは手を繋ぐで自粛。 「景時さん?その・・・ここね、とってもおしゃれなお店だね?ご飯も美味しかったし」 「そうだね。デザートはどんなのが来るんだろうね?」 そろそろ運ばれてくるだろうデザートの話題を持ち出してみる。 「コースにしちゃったから・・・きっとプレートに盛り合わせですよ?入り口で 写真みたもの」 君の予想通りに、目の前に運ばれてきたワゴンから好きなモノを取り分けてもらう 仕組みらしい。 「選べない・・・・・・」 あちこち目移りしているらしく、その輝くばかりの視線を独占しているケーキたちが 憎いと感じるのはオレがおかしいのかな? 「少しずつ全部をお願いできますか?ダメなら、オレの分と上手く選んでもらえると いいんですけど」 オレの注文は聞き届けられたらしい。 二人分のプレートには、すべてのケーキが少しずつ切り分けられ、とても綺麗に 盛り付けられた。 「わぁ・・・・・・どれがいいかな?」 食べる順番を考えている君を眺めながらコーヒーを一口。 ちゃん曰く、好きなモノからといっていたしね。 こうしてみていれば、君が好きなモノがわかるわけで─── 「はい!景時さん。これ、美味しいですよ」 はっきりいって、予想外の展開。 ちゃんが最初に食べたのはチョコレートケーキ。 そして、二口目だろうと考えていたそれは、オレの口元へと運ばれてきている。 嬉しいような、誇らしいような感覚。 口を開けるとふんわりとした甘さが広がった。 「うん。このチョコレートは甘くて苦いね?」 「たぶん、外のパウダーがビターなんですよ。しっとりスポンジで美味しい〜」 次の種類へとフォークを運び、一口食べてはオレに次の一口をくれるのが嬉しい。 確かにそうたくさん食べたくはないが、君の表情を見ていると、ついどんな味なのか 気になる。 それよりも、食べさせてもらっているこの状況が何より嬉しいといったら、笑われる? 「景時さん!こういうの、可愛いかも。あのね、小さなのがたくさん!お菓子のヒント」 「な〜るホド。お試しセットみたいなのも販売して、次の時は気に入ったものだけを たくさん買えるようにとか?」 「そう!菊池さんにアイデア提供!!!」 やっぱり、お菓子の専門家は女の子。 アイツも随分としっかりしたもんで、最強のアドバイザーに依頼をしたもんだ。 「これ、メールで送ってみるのは?」 「そっか。もうひとつのプレートの写真付きで送ってみようか」 携帯で写真を撮って、アイデアを書いて送信! 「うふふ。テストが終わったら、食べ歩きって約束してましたよね〜」 嬉しそうに話す君には申し訳ないけれど、現実が先だよなぁ。 「テストが終わったら・・・だよね?」 「は〜い。パパに嫌味言われないように、しっかりしなきゃ。景時さんもお片づけ!」 思わず頬が引きつった。 いわゆる、ヤブヘビってやつですね、これは。 「・・・オレなりに・・・はい。ちょこちょこと」 「読みながらはダメですからね?最初に片付けてから読みたい本をとるんですぅ〜」 痛いトコロをついてくるな〜。 「はい。気をつけます・・・はい」 「うふふ。見張っちゃいますからね」 ちゃんに見張られるなら大歓迎だよ。 テーブルで揺れているキャンドルの明かりを眺めながら、ふと遠くで暮らしている朔を 思い出す。 「朔もね、同じこといいますよ?ううん。朔だともっと厳しいかも」 オレが考えている事が伝わってしまったようだ。 「・・・朔だったら、片付け終わるまで追い立てられる・・・かな」 部屋で片づけをするオレの背後で、びしびし小言を頂戴しそうだ。 「朔を招待したら、今の、言いつけちゃいますよ?」 「うわわわっ!今のナシ!ナシにして〜〜〜」 ちゃんはオレの気持ちを感じとるチカラがあるのかな? いつも寂しいと思う時に、傍にいてくれるよね。 もう少しだけ暗い海を眺めてから家に帰ろう。 二人の家に─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:ふと思い出すことがありますよねという話でした。懐かしむ・・・という気持ちでしょうか。 (2006.12.17サイト掲載)