事実は小説より 「・・・パパ!?」 「おはよう、」 朝から訪問者というのに驚き、玄関を開けると正真正銘自分の父親で二度の 驚きを受けた。 「・・・平日だよ?今から学校なんだけど」 もうすぐ家を出ようと、そんな時間だ。 「ああ。知ってるよ?そのつもりで来たんだから。お茶はいらないよ」 「出さないけど・・・・・・」 出す暇など無いので即答である。 笑いながら雅幸が肩をすくめた。 「ここで待たせてもらうから、早く支度をしなさい」 「あっ、そうだった。景時さ〜ん!そろそろお家を出る時間〜」 床にスリッパの音を響かせながら室内へと小走りで戻る。 既に用意が出来ていた景時が先に玄関へとやって来た。 「おはようございます」 「おはよう、景時君。覚悟はいいかな?」 雅幸の悪戯な笑みに、穏やかに頷きつつ返事を返す。 「ええ。・・・・・・これでオレもひとつ隠し事が減って気が楽です」 「そういうものなのかな。そう気を揉むことでもないと思うが・・・・・・」 今回に限っては、が喜ぶかはあやしいが、藤原の者が考え付く手など既に 計算のうちだ。 「まあ・・・親が許可してるんだ。問題はないね」 鞄を片手に戻ってきたを見ると、まだまだ子供だと思う。 見た目だけならばという意味でだ。 異世界で修羅場を潜って戻ってきた愛娘は、精神面でしっかりしたと感じざる得ない。 (景時君が・・・支えてくれたからこそ・・・かな?) ついまじまじとの顔を見つめていた。 「なあに?問題ないって」 「ああ。今朝は車で行くから、車の中で話そう」 雅幸はさっさと玄関の外へと出てしまう。 「車?!パパ、車で来たの?中でって・・・・・・」 目を瞬かせるに対し、景時は鍵を片手にの背を押して玄関の外へと追いやる。 「ま!詳しくはお父さんの車でね〜っと」 しっかりと戸締りをして、雅幸運転の車での登校となった。 「は昨日、誰かさんに何か言われなかったかい?」 「えっ?!えっと・・・・・・」 地下駐車場から滑らかに一般道へと走り出る車中で、唐突に雅幸が切り出した。 「そのぅ・・・ちょっとは」 「ちょっと・・・ね。ふうん?今日はパパと景時君も学校へ行くから大丈夫」 バックミラー越しに雅幸が後部座席の景時を見ると、黙って頷くのが見える。 は助手席から後ろに座る景時を振り返る。 「景時さんも学校行くの?・・・・・・・何しに?」 再び視線を隣の父親へと戻す。 「もちろん二人の仲の説明に。・・・親が許可している婚姻は有効だよ?」 さらりと雅幸が本日の学校訪問の用件について言い切った。 「・・・・・・・・・・・・え?」 その間、どれほどの時間が過ぎただろうか、の脳内に事の次第がインプットされる までに、やや時間を要したが、まとめれば簡単な事だ。 よりにもよって雅幸は、景時とが結婚している事実を公表するために学校へ向かって いると、そういう事になる。 「ええ〜〜っ?!パパ?それって、それって・・・・・・私、学校で皆に知られちゃうの?」 手で頬を押さえながらが叫んだ。 「少し静かにしなさい。狭い車で朝から大声とは・・・仮にも一家の主婦だろう?まったく。 すまないね、景時君」 言葉はを窘めるものだが、その表情は面白がっている。 「・・・私次第って・・・こういう意味だったんだぁ・・・・・・うん!頑張る!」 隠すから弱点になるのだ。 にしてみれば、学校という狭いフィールドにいなくてはならないという現実がないのなら、 今すぐにでも景時の妻としての暮らしを選びたかった。 その選択が後々景時の負担となるのが嫌だったので、一年という時間に賭けた。 次第だというならば、それこそが杞憂である。 「それで・・・どうするの?言っちゃって大丈夫なの?私は友だちにからかわれたりするだけ だと思うけど・・・・・・」 仲良しの友人たちからは、からかい程度だろう。心無い生徒もいるだろうが、僅か一年だ。 景時にどこか引いた態度をされ続けた月日に比べれば、にとって辛い事ではない。 あんなに近くにいたのに、首を縦に振ってくれない景時のつれなさに耐えていた日々の もどかしさと、景時の求婚に対する己のお粗末な返事には、今でも逆鱗の使用をすべきだったと 悔やまれる。 (・・・・・・もっと早くに景時さんにわかってもらえるよう行動すべきだったし。お嫁に きての返事がいやって・・・ち、近くに顔があったせいだけど・・・・・・) お互いがお互いを見ていたというのに、なんとももったいない時を過ごしたものだ。 同じ過ちをしたくはない。 「の気持ちがしっかりしているなら大丈夫さ。それだけの事だよ」 雅幸からは肩透かしな回答しか得られなかったが、それでもいい。 「うん!友だちに嘘つかなくていいし。その・・・昨日ね?景時さんと暮らしているって学校に 言ってもいいのかな〜って感じで言われて・・・それで・・・・・・」 少なくとも、純頼の脅しはまったくもって無効になる。 「やっぱりそうか・・・・・・ごめんね?実はさ、先に学校には話しをしてあったんだ。ただね、 他の生徒への影響とかもあるから、正式発表は新学期が始まってからって約束でね〜?ほら。 転入してくるかな〜とは思ったけど、あまりに予想通りだったから、他に何かあるかな〜とか」 景時もの周囲を気にしていたらしい。 それでいて、しっかり秘密にする辺りが景時らしいといえばらしいのだが、 「景時さん。嘘は!吐いていませんでしたけど。隠し事も禁止にしようかな〜?」 がチラリと景時へ視線を向ける。 「いや、いや、いや。そのぅ・・・お父さん!」 慌てて助けを求めるべく、運転中の雅幸へと話を投げる。 「あははは!私が悪いみたいじゃないか。まあ・・・私が黙っているように言ったんだけどね。 はすぐに顔に出てしまうから、こういう事は相手に手の内を見せないのがポイントだよ」 またも主犯は雅幸だったのかと、が深い溜息を吐いた。 「・・・とりあえず。景時さんを変な事に巻き込まないでね。だったらイイよ」 「了解。そろそろ学校だ」 いつもと違う門からが通う高校の敷地へと入る。 外部駐車場の門は、生徒が登校する門とは別だ。 空いている駐車スペースへ車を止めて降り立った。 「は教室へ。私と景時君は校長先生と話をしてくるから。正式発表は月曜日だけど、今週は 今日で終わりだから問題ないね?」 の瞳が今朝ほどとは打って変わって、力強い輝きを放っている。 「うん!今日一日くらい平気!ありがとう、パパ。景時さん。行ってきます」 片手を振りながら、昇降口の方へと駆け出す後姿を見送る。 「・・・ちょっとココが痛いような」 景時が左胸を抑えた。 「おや?だいたい全部話したと思うけれど?」 雅幸が来客用の入り口へと足を向ける。 「そうなんですけど・・・・・・嘘は吐いていないけど、まだ言っていない事が・・・・・・」 足取りも重く、雅幸の後を着いて歩く。 「それこそ、今日でほぼ解決だし。来週の朝礼を待つまでもなくかな」 「はあ・・・そうですね・・・・・・」 真実が判明した後でに口を聞いてもらえなかったらと気が気でない景時。 それでも足は動いており、いつの間にか校長室に案内されていた。 「おはよう!」 「おはよう、。・・・今日、どこか来たの?駅から?」 いつもならば何人かと駅前で顔を合わせ、そのまま学校まで一緒に登校するのが常だ。 「今日はパパに送ってもらったの」 「そうなんだ〜」 ホームルームまでの時間、仲良しの友人たちと束の間のおしゃべりタイムとなる。 そんな時に純頼が教室へ入ってきた。 クラスメイトに挨拶をしながら、しっかりとの前へまでやって来た。 「おはよう、ちゃん」 「・・・おはようございます」 「そんな他人行儀な挨拶しなくてもいいよ?」 わざわざ他人行儀な挨拶をしたのだ。 理由も知っていて聞いてくるのが憎たらしいが、今日だけの我慢だ。 「だって、私は覚えてないですもん」 「だ〜よな〜。コイツ頭悪いから」 軽くの頭に手のひらが置かれた。 「将臣くん?」 「ああ。早いだろ〜〜〜」 将臣に言われて時計を見れば、何のことはなく、始業五分前である。 「・・・普通?」 「駆け込みじゃないだけマシ?」 とその友人の綾乃からツッコミを受ける。 「俺基準だからいいんだ。・・・おう!」 級友からかかる挨拶の声に、軽く片手を上げて返す将臣。 「ま、いいから座れ。そろそろ担任来るだろ」 「そうだね」 将臣に促がされてたちは自分の席に着く。 将臣は自分の席に座るため純頼の脇を通り、すれ違い様に囁いた。 「・・・アイツ怒らせると、色々壊れるぜ?」 「っ!」 純頼の顔が強張り、将臣を睨んだが、それもほんの一瞬の事だ。 「ここは京都ではないよ、将臣」 素知らぬ顔で将臣の隣の席へ座る。 「へえ?場所の問題だけだと思ってんだ。平和だな」 言いたい事だけ言うと、朝だというのに机に突っ伏して居眠りを始めた。 すぐに担任の教師が教室に現れ、将臣が来ている事に驚き、居眠りの注意もせずに 一時間目の授業となる。 将臣が起きていた授業は本日の時間割の半分だが、どの科目の教師も注意をしない。 面白くないながらも純頼なりに情報収集を始めると、一番面白くない結果になった。 『将臣は興味がない科目は寝ている。でも、得意科目のテストはいつも満点であり、 総合成績の順位はいつも上位ゆえに注意されない』 誰に聞いても共通の答えだ。 寝ていて平均点、他は満点というのも癇に障るが事実なのだろう。 (・・・相変わらず気に入らないよ、オマエは) 幼い時に、孫の中で何かと祖父に目をかけられていたのは将臣だ。 天才肌なのか、勘所がいいというか、判断が絶妙でいて面倒見もいい。 大人たちの信頼をすべて持っていかれたというコンプレックスがある。 (藤原総家も、星の一族も、僕が跡を継ぐべきものなのに・・・・・・) 主筋以外は、主筋へ仕えるべきだと思う。 それが崩れたのが雅幸の出現であり、紫子の嫁ぎ先とその相手である行成の存在で あり、その子供の将臣の誕生だと父親に教えられた。 本家のやり方に不満があると、ことごとく逆らう。 それでいてまるきり敵対する意思もみられない。 (龍神の神子さえ手に入れば・・・・・・) いつからか、予言の書が費えたのは知っていた。 一族が方向性を失いかけていた時、一縷の望みを託したのが菫の書付だ。 だが、それを最後にすべての先見の書付が無くなった。 (我々には次代が必要なんだ!) 父親の教えを守るため、まずはこちらでの名を上げるべく、放課後のクラブ活動に 精を出した。 その姿を監視がてら見ているのは譲の役目だ。 やはり弓では相手の方が長く習っているだけの事はあると思う。 (負けませんよ。俺の師匠の名にかけて・・・ね) 身体能力にそう差があるとは思えない。 残すところ、勝負時の粘り強さ。つまり、精神力にかかってくる。 (俺の弓は・・・守るべき人たちのために) 今までのように稽古事のひとつとは思っていない。 それは、異世界で経験した様々な事に起因する。 (・・・ついでに、母さんの件もあったよなぁ・・・・・・) 純頼が真ん中を外した的を見ながら、母の顔を思い出す。 (母さんは置いておいて。景時さんと先輩のためと思えばな) 譲も矢を数本手に取ると、純頼の背の方で射はじめた。 「今日のお夕飯は何にしようかな〜」 スキップしそうな勢いの帰り道、の携帯が鳴る。 「あれれ?景時さんからだ。もしもし〜?」 「あはは。もしもし〜?」 素早く出ると、景時の声がとても近くから聞える。 「・・・景時さん、お仕事は?」 「今日は・・・・・・終わったんだ!待ってたよ!!!」 の背後から手が伸び、そのまま携帯を取り上げられる。 「りゃ!?景時さん!」 振り返れば景時が立っていた。 「ちゃん・・・そのぅ・・・今日はさ、学校で・・・・・・」 「何にもなかったですよ!景時さんこそ、この時間にここにいるのって?」 景時と手を繋ぎながら、その顔を見上げる。 「今日は早く終わっていいってお父さんがね」 取りあえずは用意していた言い訳をそのまま口にした。 「そうなんだ〜。パパってば!」 まったく景時を疑うなど頭にないのだろう。 楽しそうに首を振りながら歩き出す。 「うん・・・でね、どこかで食事をしてから帰ろうって誘おうと思って」 「うふふ。先にメールしてくれればよかったのに」 は辺りを気にする事もなく、駅に向かって歩く。 景時は辺りで見られたくて。 「うん・・・・・・そうは思ったんだけど・・・驚かせたかったから」 心情のままに足を止めると、その場でを抱きしめた。 「景時さん!?ここ・・・駅前・・・・・・」 「うん・・・・・・車だから、一度帰って着替えたら、海沿いのお店まで出かけよう」 解き放たれて見上げた景時の表情は、いつもの景時に戻っている。 「景時さん・・・心配事があるなら・・・・・・」 「ないよ。ちゃんがオレといてくれるなら・・・何もないんだ」 軽く片目を閉じて、まるで何でもない事のように微笑まれる。 「ダメですよ?隠し事は・・・・・・」 先に歩き出した景時のコートを掴む。 「あはは。どうかな?夕飯はね、江ノ島まで行きたいから、早く行こうね」 「景時さん!!!」 景時がの手を取った。 「本当に・・・こうして二人でデートできて。幸せすぎってやつ?」 「もぉ〜〜〜!誤魔化して〜〜〜」 (今は言えないけれど。月曜日になったらわかっちゃうんだよなぁ・・・・・・) 「ここに行きたいな〜って思ってるんだ。どうかな?」 ポケットから予約を入れた店の掲載された雑誌の切り抜きをに手渡す。 「あっ!ここって・・・・・・」 「行きたいって言ってたよね?」 がテレビで特集されていたのを見て、口にしたのを覚えていたのだ。 「えへへ。おしゃれしなきゃ」 どうやら上手く騙されてくれたようだ。 本当はがこれ以上問い詰めないと決めたのだとしても、話題を中断するきっかけは 必要だ。 「そこはかなり難しい問題があるんだよなぁ。オレ以外には見せたくないっていうのも あるし・・・・・・でも、ちゃんは何を着ても可愛いんだからとも思うし」 顎に手を当てて考え込む景時。 「か・・・景時さん。変なところで悩んでません?ご飯食べに行くだけですよ?」 褒められているのは喜ばしいが、の着飾った姿を見せたくないという理由で中止に なっては敵わない。 「ん〜〜〜・・・・・・店ごと貸し切りとか?」 「景時さん!おバカな事言ってないで。早く帰ってご飯に行きましょう!」 これ以上景時が悩みを増やさないうちに行かなくては、せっかくのデートが台無しだ。 景時の手を取ると、駅前の駐車場方向へ急ぐ。 「やっぱり、おしゃれはしなくても・・・・・・」 「はい、はい、はい!取りあえずは早く帰りましょ〜〜〜」 いつの間にか主導。これが景時との日常─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:景時くんは、自らの策に溺れるのでありました。 (2006.12.16サイト掲載)