騒動の予兆 「景時さん、定期はいいの?」 「ん〜?いいの、いいの。はい、お待たせ〜」 今日から景時は通勤、は通学だ。 景時が電車に乗るには切符が必要だったために、景時だけが切符を買うことになる。 その間、は待っていた。 「あのね、後ろの方が空いてるんだよ」 「そうなんだ。じゃあ、後ろ〜」 の後についてホームを若干後方へ移動する。 「これから・・・景時さんは帰りが遅くなっちゃうんだね?」 景時を見上げる。 「う〜ん。まだよくわかんないんだよね〜。普通はどうなんだろうね?」 素直にわからないと告げると、 「景時さんが帰ってくるまで、お家で一人なんだね・・・・・・」 休み中は常に二人でいたから気づかなかったが、これからはが家の鍵を開ける事になる。 花奈がを待っている家に帰るのではない。 かつての、朔か景時の母がいる家とも違う。 「仕事・・・近所の仕事ならいい?」 何とはなしに尋ねてしまった景時。 「お家を守るって意味をね、ちゃんとわかってなかったなぁ〜って思っただけ。大丈夫ですよ? ご飯作ったり、お洗濯物をたたんだり、忙しいもん」 が景時の肩へ寄りかかると、電車がホームに入ってきた。 僅か数駅での通う学校がある駅に着いてしまった。 「じゃあ・・・景時さん。気をつけてね?」 「ちゃんも・・・帰る時にメールするから」 電車から降りたを車内から見送る。 徐々に遠ざかる姿を見るにつけ、を騙しているのが心苦しい。 もっとも、今日だけなのだから許されようものだと思い直して景時も雅幸の待つ会社へ 向かった。 「み〜ちゃった!、あの人誰?前に学校に迎えに来てた人だよね?」 少し早い登校時間、友人に見つからないと思っていたが見つかってしまった。 「う、うん。あの・・・彼って言ったけど・・・・・・本当は婚約者・・・なの」 いくら何でも結婚しているとまではいえない。 「ええっ!?の家って、すっごい由緒正しき、どうこうって家?」 「ちっ、違うの。あの・・・小さい頃の約束で・・・遠くに行ってたんだけど、帰って来て くれて。それで・・・・・・」 事実は言えないので、説明すらどこか焦点が合わないのだが仕方ない。 「うわ〜。の幼馴染って、有川兄弟だけかと思ってた!ていうか、将臣君とくっつくと 思ってたのに」 友人に冷やかされ、が急いで訂正をする。 「将臣くんとはそんなんじゃなくて・・・だから・・・その・・・・・・」 「はい、はい、はい〜。朝から大声で道を塞ぐな、ソコ!」 とクラスメイトの頭を同時に叩く手があった。 「将臣くん?」 「有川君?」 振り返れば、遅刻魔の将臣が立っている。 「どうして早いの?」 「あ?ああ。今日は譲と一緒にまとめてそこで落とされた」 見れば道路の反対側に譲がいる。 「だからだ〜。将臣くんがこんなに早いの、雨降っちゃうよ」 「うるせ!先行くぞ〜」 朝一番に何が起きるのかを知っている将臣。 今日ばかりは遅刻は許されない。 よって無理矢理起床させられて送られたともいうが、その実、譲と打ち合わせもしていた。 と将臣は同学年の同クラス。 来年は受験一色になりそうな最後の悪あがきともいえる二年の冬の時期、ホームルームに 現れたのは担任の先生の他にもう一人─── 「転入生を紹介する。藤原純頼君だ。有川!有川の親戚なんだってな?席は有川の隣でいいな」 先生に指名され、将臣が片手を上げた。 「は〜い。母方の親戚で〜す。な〜〜〜?」 親しくはないのだが、わざとらしく話しかける。 「藤原純頼です。家は京都なんですが、希望の大学がこちらなので横浜の親戚を頼ってこちらへ 思い切って転校しました。向こうでは弓道をしていたので、こちらでも弓道部に入ろうと思って います。よろしく」 いかにも優等生を演じている。 「ちゃんも小さい頃から知っているので、同じクラスで心強いな」 わざとらしくの方を向いて微笑んでから席に着く。 「うわ〜。どうしての周りにはいい男がそろうかな?」 友人の一人がの顔を覗き込む。 「そろってなんかないもん。・・・・・・だし」 「え?」 最後が聞き取れなかった友人。 「カッコイイのは景時さんだけなのっ」 「あっそ。ごちそうさまでした。今日から授業だ〜!寝ないように頑張らなきゃだね」 挨拶と連絡事項程度でホームルームは終わり、次は早速授業が始まった。 「やあ、来たね」 「おはようございます。その・・・・・・」 雅幸が軽く景時の肩を叩いた。 「そう堅くならずに。ここは、いつでも来ていい場所で、遊び場くらいに思ってもらえばね」 景時が立つ場所は、大学と企業の共同技術研究所である。 一応はここのエンジニア職。 「モノ作り、好きなんだよね?」 「はい。好きは好きなんですけど・・・いいのかなぁ〜って」 カモフラージュ用の職場でもある。 景時の本業は、この企業に出仕している企業の専務という肩書きの方だ。 さらに、明日からは別の肩書きが増える。 「そう深く考えなくてもいいよ。大学のサークルみたいな会社だしね、ここは」 受付で軽く手を上げただけで中へ入ってしまう雅幸。 その後についているだけでフリーパスの景時。 (お父さんって・・・経営者向きだよなぁ・・・・・・) 複数の会社を持ちながら、それでいて技術の研究所への出資もしている。 新しいものが好きというだけでは片付けられない。 「所長に挨拶しようか」 「はい」 所長室に入ると、普段着の上に白衣といういかにもな服装の人物がいた。 景時とも話が合い、数人の技術者たちにも紹介される。 「みんなここに寝泊りするようなバカばかりだからね。面白いアイデアがあったらいつでも!」 「オレ、何でも最初に思いついた人って、スゴイな〜って思うんですよ」 景時を中心に輪が出来る。 所長と雅幸は少し離れた場所に移動した。 「私の息子をよろしく頼むよ」 「ふうん?そりゃ・・・ちゃんの旦那ってことだろ。いいさ。でもなぁ・・・彼はこっち側の 人間だと思うが?」 白衣の襟元を叩いてみせる。 「そうなんだろうが・・・これは彼の意思でもあるから。ポジションはしっかり用意しないといけ ないだろう?けれど、出来れば好きな事もして欲しい。そういう訳さ」 所長の高橋と雅幸は大学が同じだった。 高橋は進む方向が技術方面になってしまったため、学部を転部したという経歴の持ち主。 かなり珍しいタイプの人間だ。珍しいからこそ雅幸と友人になれた。 「研究費の・・・借りがあるからな」 「それは投資。借りなんて思っていないだろう?」 「ま、そうだな。今じゃそれなりに稼がせてやってるし」 せっかくの技術も売り込む才覚がなければ無駄になる。 お互いが得意分野で助け合う大切な仲間だ。 「そう長いことじゃないさ。の卒業までだから。後は・・・こちらに来る方が多いと思うし、 実際かなり成果を上げてくれると思うよ」 次の場所へ移動しなくてはならない。 軽く手を上げると、雅幸の合図に気づいた景時がやって来る。 「それじゃ、また。そう、そう。景時君。ここは年中無休だから、いつでも来ていいらしいよ」 「は?」 週休二日と聞いていたのに、それでは休みがないと景時が首を捻る。 「・・・実験が心配で寝泊りするヤツはいるし、機械を作れば昼でも電気をつけっぱなしで時計を 無視する輩ばかりなんでね。・・・人はどうかしらんが、建物は二十四時間、年中無休さ」 所長の言葉に景時が頷く。 時間を忘れて没頭する気持ちはとてもよくわかるのだ。 「そのうちオレも同じですよ、きっと」 「はははっ!楽しみにしてるよ」 豪快に送り出され、次の会社では役員会にだけ出席する。 ここは実質、翡翠の部下が切り盛りしてくれるらしい。 「その節は・・・・・・」 伏見で景時とを上手く誘導してくれた人物ではないかと挨拶をしてみる景時。 「・・・翡翠に頼まれただけですから。あの方に認められると、逆に大変ですよ?」 景時が出した手をしっかり握り返してくれる。 「あ〜〜〜っと。今のオレじゃ勝負にならないですけど。まずは一年後を見てやって下さい!」 なんとも前向き発言だ。 「何なりと申し付けてください。お頭との連絡係りとでも思っていただければ」 「とんでもない!あと一年だけ・・・オレの我ままにこんなに大勢の方々に協力してもらうんです。 早くオレが動き方を覚えないと。よろしくご指導下さい!」 こういうところが翡翠に気に入られたのだと思う。 己の現状分析の正確さと、目的のためには頭を下げられる潔さ。 「蛇の道は・・・と申しますからね。それは追々・・・・・・」 ここでも景時は周囲に好印象を与え、恙無く明日からの下地作りが終わった。 「・・・思ったより早く終わりましたね」 「ふ〜ん。何だかを迎えに行きたいって顔に書いてあるね?」 少しばかり寛ぐために入ったカフェ。 景時の思惑は雅幸によって言い当てられてしまった。 「将臣君がメールをくれたんです。やっぱり同じクラスに転入してきたって」 景時の言葉に雅幸が肩をすくめて返す。 「逆にクラス内じゃ何も出来ないだろう。・・・より多くの視界に入るという意味では正攻法 だけれどね。が見てなきゃ無意味だ」 コーヒーを口にする雅幸。 「あ〜〜〜〜・・・はい。夕飯のメニューとか考えていたりしそうですよね」 どちらかといえば集中型の。 残念ながら勉強や転入生ではなく、新しい生活サイクルに集中している事だろう。 「が料理を出来る様になっていた事が一番の驚きだったねぇ・・・・・・」 花奈と台所に立つ姿を見られるとは思っていなかった。 普通の基準はわからないが、あまり家の中の手伝いはしていなかったと思う。 そのが景時のために家で料理を作ったのだ。 しかも、異世界では毎日家事をこなしていたらしい。 「いつもオレが帰ると食事が出来てましたよ。その・・・好みはあまり出さないようにしてたんです。 戦だと、そう食べる物を選べないことも多かったですから。・・・気をつけていたつもりなのに、オレの 好物バレてました」 「あの大雑把さんがねぇ・・・よほど景時君の事を見ていたんだね?」 瞬時に景時が赤くなる。 「いや・・・その・・・オレも・・・・・・はい。ずっと見てました・・・・・・」 頭を掻きながら、残りのコーヒーを一気飲みして誤魔化した。 「それじゃ、そろそろ解放してあげなくてはいけないかな。私はもう一箇所寄り道したいのでね」 「え〜っと・・・・・・」 立ち上がった雅幸を見上げる景時。 「明日は家に行くから待っててくれるかな?」 「はい。お気をつけて。今日はありがとうございました」 立ち上がって頭を下げて雅幸を送り出した。 「さ〜て。オレも・・・今なら何時に帰れるかな〜」 時刻表を見ながら帰り時間を計算する。 すぐににメールをすると、そのまま店を出た。 「ちゃん。ちゃんは何かクラブに入っていないの?」 放課後になると、純頼がの隣へやって来る。 「・・・私はいいんです。色々忙しいから」 「ふうん?僕は弓道部に入ろうと思っているんだけど。譲君も確か弓道部だったよね?ちゃんも どうかな?それとも・・・・・・」 わざとらしくの耳元で囁く。 『例の彼と住んでいるって話してもいいのかな?』 の表情が蒼ざめる。 その時、将臣が教室へ戻ってきた。 「〜?帰るぞ。・・・・・・どうした?」 足早に近づくと、の前の席に腰掛け、の机に肘をついて純頼を見上げる。 「何?弓道部に入るんだろ?いいね〜、これでウチのガッコも全国制覇だな」 わざとらしく大声で周囲に聞えるように純頼の腕前について述べた。 「そうなの?すごいんだね〜、藤原君って」 「うちの弓道部、関東じゃ有名なんだぜ〜。もしかして、向こうで入賞してたとか?」 「スッゲー!お前さ運動部から引っ張りだこだろうな」 級友が純頼を取り囲み、自然にその場から離れることが出来た将臣と。 「オラ!帰るぞ。待ち合わせ・・・してるんだろ?」 「う、うん。でも・・・その・・・・・・」 純頼はと景時の事を知っているのだ。 (どうしよう・・・・・・そうだよね、京都で言っちゃったんだし。調べられていたなんて・・・・・・) 将臣に言い出せずに、その後ろをついて歩く。 「。ひとつ言っとくケドな、そういう顔すんな。アイツが何を言っても、明日には意味がなくなる。 つか、もう意味がないんだけどな」 軽くの頭を叩く。 「将臣くん?それって・・・・・・」 「いいから、いいから。どこで待ち合わせだ?ソコまで送る。まあ・・・アイツは今からクラブ活動で お忙しいだろうから関係ないけどな」 将臣がさっさと駅方向へ歩き出す。 「あの・・・ありがとうね?将臣くん」 「いや〜。俺が出来るのはここまで。後はお前次第。堂々としてろ」 駅前に二人が着くと、景時が立って待っていた。 「お帰り〜〜〜!」 景時が手を振っているのが笑いを誘う。 「・・・まだ帰ってないっての。じゃ、俺はバイトだから逆方向」 「ええっ?!そうなの?家にくればいいのに〜。ね?ちゃん」 ちゃっかりと手を繋ぎ、視線を合わせる。 「そ〜だよ、将臣くん。ご飯食べて行けば?その・・・・・・」 相談したい事があるのだが、景時の前で言い難い。 それでいて、外で話せる内容でもない。 「俺は忙しいんだ!早いとこ金貯めないと沖縄行けなくなるだろ。春先狙ってるんだ」 「ありえな〜い!受験生だよ?私たち」 が将臣を指差したまま固まった。 「ありえるんだって。俺は高望みしてないし。したい勉強だけ出来るのが大学だろ?問題ないだろうが〜。 今度こそ・・・じゃ・あ・な!」 さっさと階段を駆け上がりその場から去ってしまった。 「うん。確かに正論だ」 「将臣くんに騙されてるよ、景時さん!ほんっと人を丸め込むの上手いんだから〜」 景時とも家に帰るため、そのままホームへ入ってきた電車に乗った。 が台所に立つ間、景時は軽く辺りを掃除する。 特別に綺麗好きというわけではないが、がひとりですべてをする必要はないと思うからだ。 料理以外ならば景時も多少は出来る。 譲がプレゼントしてくれた本を頼りに、思いつくことをせっせと実行に移していた。 「で〜きた!景時さん。ご飯出来たよ〜」 姿が見えない旦那様へ声をかけると、風呂場にいたらしい。 「もう少しで終わるから〜〜〜」 「は〜い!」 何となく風呂掃除は景時の当番になっている。 気にせずはテーブルに食事を並べて、いつでも食べられるように支度を続けた。 「いただきます!」 挨拶をして食べ始める。 お互いが今日の出来事を話すのだが、の方が歯切れが悪い。 「ちゃん?心配事があるの?」 見当はついているが、の性格からして手に負えないと諦めるまで言いそうにない。 聞き出すコツは、軽く尋ねること。 「あの・・・転校したいかなって」 「ええっ?!どうしたの・・・・・・そんなに純頼君が嫌?意地悪された?」 同じクラスに純頼が転入した話は聞いた。 向こうがにどうでるかなどわかりきっている。 手は打ってあるが、まだには告げられない。 「そうじゃないんだけど・・・何か起きそうで嫌だな〜って」 と景時の事をネタに、無理な要求を突きつけてくるかもしれない。 学校が別なら解決するのではと思う。 ただし、向こうがまた転校してついてくる可能性は捨てきれない。 (・・・何も解決しないんだよね・・・藤原さんちって、本当に何でもできちゃう一族だった んだ・・・・・・どうしよう・・・景時さんに心配かけたくないのに・・・・・・) 取り合えずは明日だ。 また何かを言われたらと気が気でない。 「ちゃん。そんな顔しないで?明日・・・明日になればいい事があるよ」 「えっ・・・・・・」 景時も将臣と同じ事を言う。 「景時さんも将臣くんも、何を知っているの?」 不安げな瞳で景時を見つめる。 「う〜ん。彼は・・・何も出来はしないって事かな。先に切り札を出すわけにはいかないから 明日までは・・・ごめんね?」 今すぐにすべてを言いたい。 けれど、明日まではすべてを秘密裏に進めたい。 葛藤の末、明日になれば問題ないという事だけ告げることにした。 「わかった。景時さんを信じる。だから・・・転校の事は忘れて下さいね?」 大きく頷くと、食べ終えた食器を片付け始める。 「ごめんね?」 「平気!景時さんは私に嘘は言わないもん。そう約束しましたよね?明日の夜にはもう二人で笑って いるって事でしょう?」 景時の頬が引きつった。 「そ・・・そ・・・それはぁ・・・・・・う〜ん。微妙」 「ええっ!?何それー!!!」 がテーブルに手をついて、座っている景時に顔を近づける。 「いっ、いやぁ〜・・・・・・それこそちゃん次第?なんちゃって!」 頭を掻きながら、景時がの様子を窺う。 「もぉ・・・私なのぉ?わかりました。ど〜んと任せちゃって下さい」 「そう、そう。ど〜んとね?お風呂、一緒に入ろうね〜〜〜」 がまとめた食器をさっさと運んでしまう景時。 誤魔化された気がしないでもないが、景時が大丈夫と言ったのだ。 「うん。大丈夫。明日は・・・元気に学校いかなきゃ!」 小さく拳を握り締めて気合を入れなおすと、明日の朝の献立を考え始める。 まだまだ正月気分が抜けない一月。 気になる噂は、事実に凌駕されるのみ─── |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:景時くんは何でも屋さんなのでした。やはりきたなっていう展開! (2006.12.09サイト掲載)