月の微笑 其の六 「さあ、シャキシャキ話して!」 食事が終わり、リビングの二人掛けのソファー座っているのは将臣と譲。 譲の膝に白龍。 ラグの上に座っているのが景時と。 がテーブルを叩いた為、カップの中の紅茶が揺れた。 「・・・シャキシャキと言われても・・・なぁ?」 将臣が隣の譲の方を向く。 譲はそろりとの様子を窺う。が、の顔は笑っているが目が笑っていなかった。 (先輩・・・怖いです・・・・・・) 頭の片隅で弁慶の必殺ブラックスマイルを思い出しながら、譲が肘で将臣を突付く。 「兄さんが言い出したんだ。兄さんから説明すべきだよ!」 ここぞとばかりに首謀者は将臣だという事を強調する譲。 「なっ、おまえ・・・裏切り者!」 将臣は譲の肘を払い除けながら景時の様子を見れば、の隣に居られるだけで嬉しいのか、 こちらはクッキーを摘まみながら余裕の笑みを湛えていた。 の矛先がまだ景時に向けられていないからこその笑みであろう。 (ちっ。だったらさっさと話して、景時に任せるか!) 将臣が景時とに、こちらへ戻ってきてから今日までの顛末を語りだした。 「金曜日の夕方の渡り廊下に戻れただろ?でさ、は着いた途端に泣き出したから覚えていない だろうけど、時計見たか?少しだけ時間がズレてたんだよ。つまりは、この後の時間なら、白龍の力 は戻っているんだろうな〜〜って思ったんだよな」 が将臣を睨む。 「・・・どうしてそんなちょっとの時間がわかるのよ」 「ん?コレ。俺の時計、壊れてたんだよ。景時たちの世界へ着いた時にみた時間が十六時三十二分。 ダイバーズウォッチだぜ?それがこの時間で止まって壊れてたんだから、ものすごい衝撃だったんだ よな〜」 将臣が時計をしている腕を上げて、もう片方の手で腕時計を指差した。 それなりにこだわりがあるらしく、デジタル表示ではないものを好んでしていたのだ。 「・・・・・・だから?」 が首を傾げる。この手の話は、女性には解り難いらしい。景時は納得している様子だった。 「つまり、俺たちが戻って来た時間は十六時四十五分。この時間以降の白龍と俺たちには、京での記憶 もあれば、白龍も力があるんだろうなと。で、俺がを家まで送っただろ?白龍は譲とケーキの約束 をしていたらしくてな。ケーキを食べてから帰るってんで、引き止めてたんだ」 白龍は神様なのに、譲のケーキにつられてこちらに残っていたらしい。 が指でこめかみ辺りを解した。 「だから白龍が居たんだね。で?」 それなりにも納得したらしいのを見て取ると、将臣が話しを続けた。 「白龍の力があれば、また向こうへ戻るのも可能だろ?ただし。俺たちがすべてを解決した後の時間に 戻らないと、また白龍が力を取り戻すのを待たなくちゃならない。この辺りは賭けなんだけどな。土日を 使って、景時拉致計画を立てたってわけ。何もなしでこっちへ来てくれって言っても無理があるだろ? 家も、仕事も、戸籍も、必要らしきものは揃えて。・・・白龍の力でだけど。で、後は迎えに行くばかりって 事で、俺と白龍で景時の家に行った。ちょうど俺たちが帰った次の日くらいに行けたんだ」 将臣が肩を竦める。 景時がここにいる理由は理解できた。 だったら先に言ってくれればと、土日の苦悩を返せといいたい気持ちの。 「・・・どうして言ってくれなかったの?」 が将臣たちの方へ膝を進める。 「失敗したら笑えねぇし。仮説なんだから、失敗もありなんだぜ?たぶん〜とか、だいたい〜とか。それ くらいの可能性に賭けたんだからな。がらしくなく『帰る』なんて言うから、返って気になっちまって」 将臣が譲を見た。 「・・・そうですよ。いつだって先輩だけは景時さんを信じるって言っていたのに。どうしてあの時に限って 急に帰るとか言い出したのかなって」 譲が白龍にクッキーを取ってやると、一人話に加わらずにお菓子を堪能中の白龍。 「だ、だって。私が一方的に景時さんを追い掛け回していたような・・・・・・何だか自信が無くなっちゃって。 それに・・・皆も何も言わないし。すっごい気遣われてるのわかるし・・・・・・景時さんがお嫁さんもらうんだ な〜って思ったら、やっぱり私が勝手に追い回してたんだって・・・・・・」 今まで勢いよかったが、どんどん小さくなり、最後は真っ赤になってクッションを抱えて顔を隠して しまった。 「だとよ。景時は?そろそろお前の本気を見せろよな?あんまり溜めとくのはよくないぜ〜?」 これ以上に責められる事はないとなれば、将臣が強気で景時に話を促す。 「あっ・・・その・・・オレは・・・・・・。うん。どこからがいいかな。平泉の帰りから・・・かな」 景時が姿勢を正した。 「平泉の戦いの後、政子様から荼吉尼天の力は失われていた。それはそのまま報告するしかなくて。でも、 そうなれば頼朝様は、他の力をまた求めると思ったんだ。だから、ちゃんの力は泰衡殿が奪ったと、 そして、それは制御できないまま失われたようだと嘘を吐いた。幸い、政子様もずっと意識がなかったから、 あの大社に居た者以外は真相がわからないだろうってね」 景時が一度大きく息を吸い込む。 「他にも頼朝様は、九郎を恐れておいでだったんだ。九郎の剣ではなく、九郎の人を奮い立たせる魅力に。 頼朝様よりも信頼を得る者が居てはならない。それに、九郎は誰からも利用され易い立場だ。頼朝様は、 オレが平泉へ行かなければ、八葉は揃わず龍神の力も満たされない。それに、九郎の味方も増えないとの お考えだったのだろう。あの時点では、九郎の首を討ち取るより、兄弟の情を取ったと思わせた方が、より 多くの武士から鎌倉への賛同を得られる雰囲気だったし」 将臣が床へ胡坐で座りなおす。今となっては、椅子よりも楽らしい。 手を伸ばすと、紅茶を飲んだ。 「・・・そんなこったろうと思ったぜ。馬鹿だな〜〜〜」 将臣はクッキーを摘まむと口を動かした。 「うん。オレの考えが足りなかったんだよね。一番ちゃんを傷つける事しか出来なくて。オレからは何も 連絡出来なかったけれど、それだけ頼朝様が気にしているんだ。奥州の情報は事欠かなかった。だから、 皆が元気なのも知ってた。畑仕事とかまでしてたんだってね」 譲が目を見開く。 「そんな事まで伝わってたんですか・・・・・・」 景時が黙って頷く。 「関所には仕掛けがあってね。頼朝様、直々の命を受けたものは素通り出来るんだよ。それはその時によって 商人の格好だったり、修行僧だったりしてるけど」 「人を止めるだけじゃなくて、自分に必要なものだけ流す仕組みなのか・・・上手く出来てんだな〜〜〜」 将臣が関心したように頷いた。 「皆の様子をね、聞けるだけで満足してたんだ。元気なんだな〜って。勝手かもしれないけれど、頼朝様が 何か奥州へ仕掛けるにしても、オレに情報が伝わるでしょ?皆を守れてるつもりになってたんだよね」 が景時の手を取った。 「あの・・・辛いならいいですよ?話さなくても・・・・・・」 景時がの手を握り返す。 「ううん。聞いて欲しい。オレが馬鹿だった事、全部」 「・・・うん。わかりました」 がぴったりと景時の隣に移動する。手を繋いだまま─── (温かい・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・) 意を決した様にまた景時が語りだす。 「ある時、平氏の落人が九郎の庇護下にいるという噂が立ってね。そりゃ敦盛くんも八葉としているんだから、 それくらいの噂ならあるだろうな〜って。ところが、頼朝様はそう思われなくてね。疑われたのは、もと平氏で 今は鎌倉に組している一族だったんだ。オレなんて、真っ先に疑われてさ。だから・・・・・・表向きは、各家の 絆を深めるという名目で婚姻による間者あぶり出しの様な事になって・・・それで・・・・・・」 「景時にも嫁が来るはずだったと。しかも、同じ元平氏の血筋同士って理由がわかんねぇし」 将臣が頭を掻く。流石に将臣でも手に余るらしい。 「いや、それは簡単なんだよ。平氏同士をまとめるって意味で。何か暴動でも起こすなら、まとめて処分出来る いい口実になるだろ?頼朝様にとっては、一族全部の処分なんて簡単だ。それに、後顧の憂いを断った方が いい事を一番よくご存知なんだよ。頼朝様は幼き時に、池禅尼様のお言葉で亡き清盛公に助命していただいた から今があるんだ。だからなんだよ。簡単に同族の木曽すら裏切れた・・・・・・」 義仲が平氏討伐に出た時、頼朝は加勢しようとはしなかった。 平氏と義仲の共倒れを望んだのは、院だけではなかった。 「・・・そんなんで、よく最後にのいう事を聞いたもんだよな〜」 将臣が最後に見た頼朝を思い出す。 景時が静かに微笑んだ。 「・・・・・・頼朝様はね、義朝様が平治の乱で亡くなられて、元服してすぐから長く伊豆で配流の身だった。そこで 政子様と出会われたと聞いている。頼朝様の初めての家族なんだよね。それから九郎に会ったんだ。頼朝様も、 本当は何処かで家族が欲しかったんだよ・・・・・・。平泉の戦いの後に目覚めた政子様は、オレが知る政子様じゃな くてね。とてもお優しい方だよ。たぶん、初めはそういう方だったんだよ。だから・・・・・・頼朝様も、どこかで昔に戻り たい気持ちが芽生えてたんじゃないかな。切欠を作ったのがちゃんなんだよ、きっと・・・・・・」 もしかしたら、頼朝と景時は似ているのかもしれない思う。 ただ一つの願いのために、家族や大切な仲間までも犠牲にしてしまった。 政子も、ただ一人の人を大切にするあまりに、邪神に心を奪われてしまった。 一番大切な人の心を守れない事に気づかずに─── 「じゃ、あれだな。景時が居た世界も、皆が楽しくのんびり暮らせる様になりそうだな!それならいいんだ。最後 まで見届けられたわけじゃないから、そこが気になってはいたんだ」 将臣が大きく伸びをする。 「で?他に言いたい事は?」 さらに将臣が景時に問いかける。 「・・・えっと・・・その、来てくれて、ありがとう。オレ、もうどうなってもいいやって思ってて。でも、朔がね、オレの 手を引いてくれたんだ。それで・・・・・・死んだら駄目だよなぁって。でも、もうちゃんの声が聞けないのかとか、 色々考えてたら・・・・・・熱出ちゃってたみたいで。あは!」 照れ隠しなのか、頭を掻きながら誤魔化す景時。 「景時さん?!熱あったの?」 が景時の額に手を当てた。 「あれ?普通っぽいよ?」 「うん。こっち着いたら治ってた。白龍のおかげかな〜?」 景時がとにかく嬉しそうに笑ったのでは照れてしまい、手を離そうとしたが、その腕を景時に掴まれてしまった。 「ちゃんからオレに触れてくれるのって、最高に嬉しいなぁ〜とか思うんだよなぁ〜〜〜」 の手を両手で包んで、に向き直る景時。 「何より、オレが大切にしたかったのはちゃんなんだ。今頃になって君の後を追ってきて、迷惑かもしれないけど。 でも、オレは何一つ自分の気持ちを君に伝えてなかったから。それだけのためでもいいと思って!」 そのままに飛びつきそうな勢いの景時。 「景時、待てコラ!早すぎだ」 将臣が立ち上がる。 「うちの弟と白龍もいるんだ。俺の家にいるから、話が終わったら、携帯に電話しろ。明日は学校なんだからな。 譲にの家まで送らせるから」 将臣が白龍を抱えると、顔を真っ赤にした譲も立ち上がる。 「そういえば、将臣くんってホントに一人暮らしするの?」 が振り返って将臣を見上げた。 「ん?ああ。知り合いのお兄さんの隣の部屋がその人の友達の部屋で、空けておくのも物騒だから困ってるらしいって 事で。つまり、ここの隣が俺の家ってなるのかな。バイトの時間も気にしなくて済むし、助かったぜ」 の視線が厳しいものに変わる。 「・・・景時さんを利用しないでよ。いつから知り合いのお兄さんなのよ」 「そうでもねぇだろ。景時がお困りの際は、いつでも助けに来る予定だし?じゃあな、お二人さん!」 将臣たちがリビングから出て行くと、途端に静かになった。 「え〜っと・・・・・・どこまで話したっけかな」 二人にされると、緊張指数が高くなる景時。 「あのね・・・景時さんを玄関で見た時にね、もう・・・全部我慢していたものが無くなっちゃったの。会いに来てくれた だけでも嬉しくて。でね・・・・・・」 「ま、待って!オレから。オレが先に言いたいんだ。じゃなきゃ・・・・・・ここへ来た意味が無いんだ」 景時が両手を伸ばし、に待ったをかける。 「・・・えっと・・・じゃ、ちゃんと聞かせてもらいますね」 が正座し直した。 「オレは・・・オレはちゃんが好きです。だから君を追いかけてここまで来ました。今までたくさん嘘を吐いて、 悲しませて、ごめんっ!」 床に額が着くほど、景時がに向かって頭を下げた。 「や、やだ。景時さん、頭、頭上げて!そんなの、いいから。だって、これからこっちで大変かもなんだよ?皆と別れて、 家族と別れて来てくれたのに・・・謝らないで」 が景時の肩に触れ、顔を上げさせようと必死に押すと、ようやく景時の顔が見られた。 「許して・・・くれるの?」 泣きそうな顔で首を傾げる景時。 「景時さんこそ。私、景時さんを信じてたけど、それでもお嫁さんもらうって聞いたら・・・・・・だから・・・・・・」 「それはオレが悪いんだからいいの!婚儀の件も、政子様に取り消しされちゃって、自分で嫁を探せって。だから、 ちゃんがね、嫌じゃなければ・・・・・・」 しっかりとを抱き締める景時。 「その・・・・・・将来はそうだといいなぁ〜って思うんだけど。傍にいても・・・いいかな?」 の耳元で囁くと、真っ赤になっているの耳を抓んでみる。 「ダメ!ダメですっ。ダメなんだから!」 が暴れ出す。 よもや断られるとは考えていなかったために、呆然とその手を離す景時。 が心臓の辺りを手で押さえて、床に手をついた。 「と、止まっちゃいますから。私の心臓が・・・・・・景時さん・・・近すぎだし・・・こ、声も・・・・・・耳はダメ〜〜〜」 クッションの上にが崩れ落ちた。 「ちゃん?!何?どうしたの?」 景時が原因なのだが、わかっていない。 を抱きかかえての顔を覗き込む。 「きゃあ!近いぃぃぃぃ、ダメなんですってばぁ!」 両手で景時の顔を押しのける。 「ええっ?!具合が悪いんじゃなくて、オレの顔がダメなの?」 少しばかり傷ついたが、の体調が悪いのではないと納得しから離れた。 また床に手をついた姿勢の。 呼吸を整えるために、音が聞えるほど空気を吸って吐いてを繰り返している。 「あっ、あのですね。基本的な事なんですけど、手。手もそんなに繋いだ事ないのに、そういうのは・・・・・・近すぎって いうか・・・したことないっていうか・・・・・・その・・・嬉しいんですけど慣れていなくて・・・・・・」 景時が満面の笑顔で両手を広げる。 「じゃ、慣れようか!それに・・・・・・返事を聞かせてくれる?」 膝立ちになったが景時の胸に飛び込んだ。 「もう、ずるいです。離してあげませんからね!」 「あははっ。それは嬉しいな〜〜〜、それに。ちゃんとお揃いみたいだね」 を抱き締めつつ、ポケットから香袋を取り出す景時。 ソファーへ座ると、の目の前に香袋を翳した。 「・・・・・・それ・・・まだ持ってたんですか?」 「もちろん。それに・・・君が消えた後、この香りが一度だけふわって・・・・・・」 が自分のバッグを引き寄せ、携帯を取り出した。 それには景時が持っているものと同じ香袋がついていた。 「あのね・・・未練がましいかなって思ったんですけど。春まではって思ってつけたんです。春が来たら、本物の梅の 花が咲くでしょう?そうしたら、これも忘れなきゃって・・・・・・」 携帯を持っているの手を掴んで、自分の顔へ近づける景時。同じ香りがする。 「・・・よかった。間に合って」 の手の甲へ唇を落とすと、携帯を指差した。 「学校・・・なんだよね?そろそろ電話しないとね」 「・・・学校休んじゃいたいなぁ」 携帯電話を睨む。 「ダメだよ。オレも仕事らしいしさ。あ、そうだ。オレもね、それあるんだ」 を膝から下ろしてソファーへ座らせると、将臣に渡された箱を持ってきて開けてみせる景時。 「これ、そうだよね?」 「わ!ほんとだ。景時さんが携帯って・・・・・・うふふ。分解しちゃダメですからね?」 景時が照れくさそうに頬を掻いた。 「ん〜、一瞬考えたんだけど。まだしない方がいいかな〜ってね」 「貸して下さい!私の番号一番に登録する〜」 が右手に景時の携帯、左手にの携帯を持ち使い出した。 「わわわっ!起用だね〜、ちゃん」 余りの早い指の動きに、見ているしか出来ない景時。 「で〜きた!写真も撮ろうっと」 突然、携帯を景時に向けたかと思うと、小さく音がした。 「な、何!?」 「待ってて下さい。すぐに出来るから」 そのままは自分の携帯の待ち受けに景時の写真を設定した。 (ビックリ顔で可愛いぃ〜) 相好を崩しながら設定した画面を景時に向ける。 「わ〜、それってオレ?オレの顔って、こんな感じなんだ。へぇ〜〜〜」 景時がの携帯にある自分の顔を真剣に眺めている。 「・・・・・・オレにもして!ちゃんをオレの携帯にして!」 景時が自分の携帯をへ翳す。 「やっ、そんな・・・私の顔なんて・・・いいですよ、なくて!」 景時の手を押し戻す。さらに景時が押し返す。 「し・て!ずるいよ〜、オレには何もナシなんて。わかった!二人は?二人ならイイ?」 なおもへ向けて携帯を押し付ける景時。 「はぁ〜〜。私も欲しいから、いいや!じゃ、景時さんの方が腕が長いから・・・・・・ここをね、押して?」 景時に携帯を持たせ、が顔を景時の方へ近づける。 「これをこう向けて、ここを押すと撮れるんだね?」 「そ〜ですよ。押す前に撮るよって言って下さいね?」 「御意〜〜〜」 いかにもまだという風を装っていながら、突然景時がの頬へ口づけた瞬間に携帯から音がした。 カシャッ─── 「あ゛!」 「撮れたかな〜」 景時が携帯を見れば、いい具合にがビックリ目をしている。 そしてしっかり景時の唇はの頬にあった。 「何これ〜!ダメ、そんな変な顔は保存しないで〜〜〜!」 が景時の携帯を取り上げようとするが、身長差があるのでとても届かない。 「や〜だよ!これはオレのだし〜」 「やぁ〜!そんな変なの撮り直しだよ〜」 必死にジャンプするが、所詮届くのは景時の肘くらい。 「これで・・・よしっと!こんな感じでいいんだよね〜〜〜」 の手元を見ているだけで使い方がわかったらしい。 手を上げたままボタンを押して、しっかり待ち受けに設定されていた。 「ずるいですよ〜!使い方知ってて。騙された〜〜〜」 「だって〜、ちゃんと離れてた分、たくさん見たいんだ・・・・・・それに。これ、癖になりそう」 から景時に抱きつく姿勢になっている。 「きゃあ〜〜〜!」 「おっと!危なかったね〜」 景時から離れようとして倒れ掛かったを支える。 「そろそろちゃんを送らないと、お家の人に叱られちゃうかな」 時計はもう九時近かった。 「大丈夫。ひとりだったら叱られちゃうけど。譲くんか将臣くんがいれば叱られないもの」 が両手を合わせる。 「そっか。そのうち、オレも送りたいな。それと・・・アレを渡さなきゃね」 また景時が箱の中へ手を入れると、の手のひらに鍵を置いた。 「これがあればこの部屋に入れるんでしょ?二個あるし。・・・・・・いつでも来て欲しいな」 が手のひらの鍵から視線を景時へと移動させる。 「・・・いいの?明日も来ちゃうよ?明後日も。学校終わったら毎日来ちゃうよ?」 「うん。待っててくれるの嬉しいし。それに・・・ちゃんと毎日ちゃんの家まで送るから・・・・・・」 「大切にしますね!えっと・・・明日はママに紹介しちゃう!・・・・・・将臣くんに電話しなきゃ」 携帯をかけると、すぐに将臣が出た。 「もしもし?うん。帰る。そうなの?・・・・・・わかった。・・・うん。じゃ、行くね」 携帯をバッグへしまう。 家の鍵がついているキーホルダーを出すと、景時の部屋の鍵を増やしてからそれもしまった。 「将臣くんが、白龍が向こうへ帰るから部屋へ上がってだって。行こう?」 「帰っちゃうのか〜〜〜。そうだよなぁ、白龍は龍神様だったんだよな」 景時の部屋から将臣の部屋へと向かった。 「・・・・・・こっち、狭い」 がいきなりの感想を述べる。 「当たり前だ。そんなに広くたって、俺は寝るだけだしいいんだ」 ほとんどワンルームに近い、縦長の造りはどこからみても一人暮らし用だった。 「白龍、ほんとに帰っちゃうの?」 が白龍を抱きかかえた。 「うん!でも、また来るよ。譲が美味しいもの作ってくれるって」 振り返り、将臣を睨む。 「・・・白龍に何を吹き込んだの?」 「信用ねぇなぁ〜。白龍は力を取り戻したんだ。こいつ一人くらい、行き来は自由自在だとよ」 ここで将臣と譲は、ありとあらゆる事を白龍に問いかけた。 譲が作ったお菓子で釣りながら。 「だから。一度帰るくらにい思っとけって。白龍もこっちに遊びに来たいもんな!朔に景時は元気だって 伝えてくれよ?」 将臣がから白龍を奪い、両手で高く抱き上げた。 「うん。伝えるよ。神子も・・・景時と仲良しだって!」 「白龍ったら・・・・・・」 将臣が白龍を下ろすと、白龍がへ駆け寄る。 「神子が力を取り戻してくれたから、たくさんの事が出来るよ?だから、心配しないで」 「ありがとう、白龍。朔に、お兄ちゃんを下さいって伝えてね?」 「もう、こっちに来てるんだ。伝えるなら、お兄ちゃんをくれてありがとう・・・だろ」 将臣が景時を見れば、景時も頷いている。 「白龍。間違えるなよ?の伝言は、『お兄ちゃんをもらいました、ありがとう』だ」 将臣が白龍に訂正した。 「うん!大丈夫。覚えた」 大きく頷く白龍。 「お待たせ、白龍。ほら、美味しそうだろ?」 台所にいた譲が、ドーナツがたくさん入った紙袋を白龍に渡す。手作りドーナツだ。 「わ〜〜、こんなにたくさん!」 「ちゃんと皆で食べるんだぞ?」 譲はしゃがんで白龍の頭を撫でた。 「じゃ、そろそろ私は行くね。神子、幸せにね。何かあったら呼んで?きっと貴女の声、私に届く」 紙袋を両手で持った白龍が宙に浮き上がる。 「ありがとう。白龍、楽しかったよ。今度来たら、私も白龍に美味しいもの何か作るからね」 「うん!じゃあ、またね・・・・・・」 光の中へ白龍が消えて行く。 姿が段々とかすみ、光が小さくなるとやがて消えて元の部屋に戻った。 「帰っちまったな〜。またすぐに来るかもな。じゃ、譲。と帰れ。景時は少しばかり俺と話をしないとな。 景時の会社は藤沢だ。電車の知識も確認しねぇとな」 何か言いたそうだった景時の表情に気づいた将臣は、いかにもが納得しそうな言葉を選ぶ。 「じゃ、譲くん。帰ろう。景時さん!また明日ね」 すっかり明るい表情を取り戻した。 一度景時の手に触れてから、譲と帰って行った。 「何か言いたそうだな?」 「う、うん。その・・・・・・ちゃんの家に挨拶とか・・・したいなって。ちゃんを送るのはオレがしたい」 将臣がしばし考える。 「・・・だな。明日、の彼氏でぇ〜すって行って来い。の家なら平気だぞ。に彼氏が出来なくて 俺に相談するくらい面白い人だしな、の母親は」 将臣が思い出し笑いをする。 うちの娘、それなりに可愛いと思うのよ。どうして彼氏が出来ないのかしら?─── (さすがにコイツはニブイからとは言えなかったぜ・・・・・・) 将臣も譲もが好きだったのだ。 言い寄りそうな輩はすべて未然に防いでいたのだから、に彼氏が出来るわけが無い。 から誰かを好きになる以外を除いて─── 「景時なら、気に入られるよ。心配すんなって」 将臣が景時の肩を叩く。 「う、うん。その・・・ありがとね。これからはお隣さんだし、いろいろ教えて欲しいな」 「ああ。いつでもどうぞ。携帯も教えとくし」 将臣が携帯を取り出す。 「あ、オレさっきもしてもらった」 景時も携帯を取り出すと、将臣に手渡す。 「ははっ。ともう交換したのか。じゃ、俺と譲の番号もな。・・・・・・これでよしっと」 将臣が景時の携帯を返すと、景時が受け取った。 「すっげ〜待ち受けにしてんだな。もうヤキモチか?」 「オレの大切な人って印。ずっと・・・離れてたからさ、ここだけでもいつも一緒だと何だか嬉しいなって」 携帯のを景時が見つめる。 「景時って、案外ロマンチストなんだな。ま、仲良くやれよ」 「もちろん!じゃ、また」 「おう!またな」 時々隣の将臣に助けられながら、ようやくこの世界にも慣れてきた景時。 月日はいつの間にか、春を過ぎて夏へ向かおうとしていた。 「景時さん!こっち、こっち〜。ここがね、中華街への近道なの」 が景時の所まで戻り、景時の右手と自分の右手を繋ぐ。 「や、やだなぁ・・・恥かしいでしょ。みんな、見てるかもしれないよ?」 照れる景時。 はお構いなしで景時の顔を覗き込む。 「だって。この方が景時さんの傍にいられるし・・・それに。景時さんの彼女って見せつけないと心配だもん」 バランスが悪いので、景時は左手をの肩へ回した。 「あはは、君には敵わないな〜。うん。ホント、君を追ってこっちの世界に来て、よかったよ」 海の見える公園を横切りながら、本日の昼食を食べる予定の店を目指す景時と。 景時だって見せつけたいのだ。だから、このままで歩く。 「私も。景時さんが追いかけてきてくれて、嬉しかった。こうして二人で歩いてるの夢みたい!」 そう。夢みたいだよね。でも、これは夢じゃない。 仲間がいて、みんなのおかげでオレの願いは叶った。 そうだ・・・何よりも強い願いだったから、叶えさせてもらえたんだ。 叶わない夢なんて、ないのかもね─── 「オレにはこの手が必要だったからね」 の手を強く握り返した。 「えっと・・・私も。しっかり捕まえておかなきゃ。一番大切なの」 「ちゃんに捕まっちゃったのか〜。じゃ、捕まったシルシにね・・・・・・」 景時がの額へ口づけた。 「きゃっ。もぉ!景時さんたら。そうですよ。気づくの遅いですよ」 春風のような君の香りと、この温もりがオレをこの世界へ導いてくれた。 だから・・・今度はオレが捕まえるよ? 「月にも手が届きそうだよ。そうだな・・・月のお姫様を捕まえに来たんだ。逃がさないからね!」 「逃げませんよぉ〜だ。あ、逃げちゃうのも楽しいかも。だって、そうしたら追いかけてくれるんでしょう?」 が景時から逃げようとするが、右手を離してもらえなかった。 「こ〜ら!逃がさないって言ったでしょ〜。そういう事すると・・・・・・」 その場でを抱き締める景時。 ここはまだ、公園の敷地内だ。 「・・・・・・これって、ものすっごく恥かしいような?」 が景時を見上げる。 「そうかな?そうかも・・・・・・。ま、もうしちゃったし。こういう時は、自然と見ないフリしてくれるもんだよ」 軽くその場でキスをする。 「どうしよ・・・すっごい幸せ〜〜って感じぃ。景時さんとデートしてるの。たくさん、たくさんデートしなきゃ」 再び手を繋いで歩き出す二人。 「う〜ん。オレとしては、そろそろデートだけじゃなくて・・・一緒に住みたかったりするんだけどなぁ」 「まだ、ダメっ。いいでしょ、今だってほとんど毎日会ってるよ」 はまだ学生なのだ。同棲するには少々厳しい。 「じゃあさ・・・将来の予約したいな〜〜。それならイイ?」 「予約〜〜?」 の首がかなりの角度に傾く。 「待てよ・・・予約の予約・・・かな?お昼食べたら行こう」 本日の午後の予定。遊園地から宝石店へ変更。 購入したものは、指輪─── もう、待てないからね!早めに予約するよ。 自分で嫁さん見つけましたって、報告できたらいいなぁ。 オレの嫁さんですっ!って報告もアリかな! 幸せって口に出来る幸せが、ココにはあるんだ。 だから、オレは後悔してない。 だって、ココが約束の場所だから─── |
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『十六夜記』景時蜜月EDの空白部分はこうだといいな!
あとがき:ようやく完結。最後のシーンは景時蜜月EDのスチル参照って事でv 氷輪のその他細かい思いはコチラ。 (2005.10.29サイト掲載)