月の微笑     其の四





 日が昇り、一日の始まりを告げる時刻。
 それぞれがどんな夜を過ごしたかは不明だが、一応朝食の席には景時を除く全員が揃った。
 あまりにも静かな食事に、誰もが気まずいが話しをするのもわざとらしい。
 口火を切ったのはヒノエだった。

「・・・・・・で?今から大倉御所へ行くとして。その場で捕らえられたらどうすんのさ?」
 九郎が目を閉じた。
「・・・そう・・・だな。ここまで送ってもらえただけでも有難い。後は俺が一人で兄上に・・・いや。
鎌倉殿にお会いして、平泉は秀衡殿に任せていただけるよう願い出てくる」
 弁慶が溜め息を吐く。
「九郎。いい加減、成長して下さい。君一人をやるくらいなら、誰もここまで・・・鎌倉まで来ない
ですよ?」
 九郎が音を立てて箸を置いた。
「この後の事は心配しないでくれ。俺の問題だ。皆は・・・を送ってやってくれ。すまないが、
俺は見送りに行けそうもない・・・・・・」
 へ頭を下げる九郎。
 下を向いていたが顔を上げる。
「九郎さん。私、最後までちゃんと見届けてから向こうへ帰りたい。帰るなら・・・昨日だって帰れ
たんだよ?皆が、本当にしたい事をして暮らせるのを見届けてからって思ってます。それに、
まだ私には何か使命が残されている気がするんだ・・・・・・だって、宝玉が元に戻ってないよ」
 八葉たちは、それぞれが自分の宝玉に触れた。
「・・・ね?白い玉だったんでしょ?それがまだ皆にある事に、何か意味があるんだよ」
「私にも・・・宝玉の意味はわからないけれど。確かにまだ何かあるのかもしれないね・・・・・・」
 白龍にもわからないらしい。
「怨霊はもう・・・そんなに力があるモノは残っていないし。異国の邪神も封印されたのに、まだ
何か他にあるというの・・・・・・」
 朔が眉間に皺を寄せ、目を閉じた。

「心配症だなぁ〜、朔は。封印の力は消えていない感じだし、きっと何とかなるよ。ただ、何の為
かがわからないのは不安なんだけどね。でもさ、先代の神子様も使命を果たしたから宝玉が
菫お祖母ちゃんの手にあったって考えるのが普通でしょ?まだ戻ってないって事は、私にまだ
何か用事があるっポイと思うし」
「僕もそう思いますよ。さんには申し訳ないけれど、少し調べた方が良さそうですね」
 弁慶も気にはなっていた。
 が、平泉では書物ひとつ取り寄せるのにも一苦労だったので調べが進まなかったのだ。
「鎌倉なら・・・京との行き来がありますし、智恵者もいるかもしれませんしね」
 譲が眼鏡をかけなおす。
「・・・確かにこんなん埋まったままってのもなんだしな!それに、さっさと元の宝玉に戻して星の
一族に返しちまいたよな〜」
 将臣が首を回して解す仕種をした。

「それじゃ、皆で行くって事でいいね」
 ヒノエが軽く口笛を吹き、決定事項として指を鳴らす。
「・・・初めからそのつもりのくせに、そういう態度はよくないですよ?ヒノエ」
 弁慶からいつもの小さな笑いが零れる。
「まあね。一応の確認ってやつ?同じく考えているか確認しておかないと、たまぁ〜に団体行動
乱す奴がいるからね」
 ヒノエが九郎を見ると、九郎の顔色が朱に染まる。

「なっ、そっ!俺はただ・・・これからは、一人でもきちんと・・・・・・」
 九郎が身振り手振りで説明しようとしているのを、リズヴァーンと敦盛が素気無く遮る。
「・・・・・・浅慮だったな」
「・・・仲間の意志は無視すべきでない」
 息を飲む九郎。何も言い返せなかった。

「え〜っと?九郎さんで遊ぶのはダメですよ?途中から、九郎さんで楽しんでません?」
 がさり気なく助け舟を出してやると、ヒノエが茶化した。
「へぇ〜。姫君は九郎には優しいね?」
 顎に手を当てて意地の悪い笑みを浮かべる。
「ヒノエくん。先に言っておきますけど、鎌倉でも女の子にホイホイ声かけちゃダメなんだからね」
「・・・はい、はい。姫君は俺にだけ厳しいんだよな〜」
 今まで平泉に居た時の様な空気に戻ったのは一瞬で、景時が部屋へやって来てまたも静かに
なってしまった。



「おっはよ〜。頼朝様の使者が来たよ。皆で大倉御所へ行けるからさ、半時後に出られるように
準備頼むね〜〜〜。・・・・・・ところで、皆の用事聞いてなかったよね?」
 誰に尋ねるのがいいかと、景時が見回す。
「用事は直接鎌倉殿に申し上げる」
 九郎は短く言い切り、そのまま部屋を出て行った。
「あ〜〜、そうね。うん、だよね〜。じゃ、行く頃に・・・ね・・・・・・」
 気まずい空気の中、景時が部屋を出て行った。

「・・・九郎に稽古をつけてこよう」
 リズブァーンが九郎を探してくれるらしい。
「・・・・・・それでは、リズ先生に九郎の事はお任せして。後は半時後まで自由にしましょうか」
 弁慶がその場を仕切った。
 しかし、誰もが半端なままで食事を終えて席を立つだけとなった。





 庭でリズヴァーンに稽古をつけられている九郎を、階に座って眺める
 その隣には、銀が控えていた。
「銀・・・鎌倉に着いてから無口だよね?・・・あ!九郎さんらしくないなぁ・・・・・・」
 激しく打ち込まれ、九郎が剣を落とした。また拾い、リズヴァーンに向かっていく。
「・・・・・・何かが・・・私を呼ぶのです。しかし・・・」
 が銀を手招きする。
「ここ。銀ここに座って」
 隣を手で叩いて示す。
「・・・はい」
 大人しく隣に座る銀。
「あの・・・無理な感じなら、平泉に帰っても大丈夫だよ?皆いるし。報告なら、皆それぞれ何とか
上手くいきましたって言えば怒られないですよ?」
 銀を見上げる。
「・・・それでは嘘になってしまいます。主に嘘は申せません」
「忠義者なんだね、銀は」
 元は平氏の武将であるのに、今は他人に仕えている。

(記憶・・・戻ったら戻ったで苦しむのかな・・・・・・重衡さん)

 は手のひらを銀の額へ当てた。
「神子様?」
「え〜っと。大丈夫です、何とかなるもんですよ?」
 銀を元気付ける為、自分に言い聞かせるために言葉にしてみる。
「・・・これでは童のようですね。私としては、こちらの方が」
 銀がの手を取って口づけようとすると、勢いよくが手を引いた。
「うきゃっ!油断も隙もないんだから〜。銀も、そういう事を誰にでもしたらいけないですからね!」
 真っ赤になりながらもは銀を窘める。
「お叱りを受けてしまいました・・・・・・」
 言葉と違って、銀の顔は笑っていた。





「それじゃ、行こうか」
 景時を先頭に大倉御所へ向かう。
 
 たちにとっては、似ていながら在りし物がない不思議な街並み。
 気持ちを切り替える為にも、出来るだけ周囲を見回す
「転ぶぞ、ば〜か!」
 将臣がに手を差し出して、二人は手を繋いだ。
「・・・転ばないもん」
 景時を見ないように、出来るだけ距離をおいてまた周囲を眺める。

(宝玉、どうして戻ってくれないのかな・・・・・・・・・・・・)
 将臣に手を引かれるままに歩くだけだった。
 頭では最後なのだから、景時の姿を少しでも多く見ておきたいと思う。
 けれど、の目は見ないよう街並みへ向いてしまう。

(ほんと、体って正直。見たいのに、見たくないんだよね・・・・・・)
 そのうちに一際大きな建物が視界に入る。どうやら目的地に着いたらしい。

 九郎に弁慶に朔、還内府に敦盛、知盛に似た銀、そして伝説の鬼。さらに白龍の神子付だ。
 景時の後を歩く仲間たちの顔ぶれは、あまりにも源氏で有名すぎた。
 ざわめく中を常には評定の場となる部屋を目指して進む景時の後を歩く一同。
 
「じゃ、こっちで待ってて。頼朝様に知らせてくるよ」
 警備の者たちに囲まれて部屋に取り残される。

「・・・・・・話を聞いて下さるだろうか」
「さあ・・・どうでしょうね」
 弁慶にもわからない。ただ、殺すつもりなら機会はここまでに何度もあったのだ。
「とりあえず、お出ではいただけそうですけれどね」
 床に座って頼朝が来るのを待った。



 床が軋む音がして、頼朝が姿を現す。すぐ後に景時が控えた。
「九郎・・・久しいな」
 九郎は頭を下げたまま挨拶を返す。
「鎌倉殿にはお変わりなく・・・・・・突然の来訪にも関わらず、お目通りをいただき有り難き幸せ」
 九郎が臣下の礼を取る。
「どうした、他人行儀だな」
「・・・私は一臣下に過ぎません。・・・この度は、願いがあり参りました。関所破りの罰については、
後でこの身に受けますゆえ、お願いの儀、お聞き届け下さい」
 頭を上げずに言葉を続ける九郎。

「・・・白龍の神子もお出でとは。どうされた?」
「私も頼朝さんにお願いがあって来ました」
 の方は、しっかりと顔を上げて頼朝に視線を合わせている。

「・・・・・・九郎の方から聞こう。申してみよ」
「はっ」
 再度深々と礼をしてから九郎が面を上げた。
「奥州の統治につきまして、藤原氏が居りますのに、この度、葛西殿を派遣された件、お取り消し
いただきたく。私が邪魔であるならば、この鎌倉で謹慎でも何でも致します。私は秀衡殿に恩あ
る身。これでは、秀衡殿に顔向け出来ません」
 頼朝の口元が薄く笑みを浮かべた。
「・・・あれは、この鎌倉との使いくらいに思えばよい」
 一番は九郎の見張りの為である。秀衡の件は、これ以上土地を荒れさせると民の反感を買う。
 それくらいならば、数年ぐらいは任せておく位の心積もりだ。
「ですが!」
「・・・・・・諄い。そう深読みせずとも、秀衡に任せる」
 不満は残るものの、九郎はこれ以上否とは言えなかった。

「龍神の神子様は・・・そのお力を泰衡殿に奪われたと聞いたが・・・・・・・・・・・・」
 頼朝がへ視線を移す。
 が返事をする前に銀が突然苦しみ出した。

「・・・っ・・・・・・・・・体が・・・・・・・っ、あっ」
「銀?!」
 が駆け寄ろうとするが、将臣に止められる。
 銀の体からは瘴気が立ち昇り、その皮膚には紋様が浮き上がっていた。

「重衡!・・・・・・九郎、この鎌倉へ禍を持ち込みおったな・・・・・・」
 頼朝が首をしゃくると、武士たちが銀を取り囲む。
 しかし、瘴気にやられて次々と倒れてゆく。

「白龍?!」
 朔の隣では、白龍までもが苦しみだしていた。

「兄上!禍とは・・・何の事ですか?!」
 九郎が頼朝に近づこうとすると、間に景時が入り、九郎と頼朝の間を隔てる。
「頼朝様、ただいま結界を張りますので・・・・・・」



「あなた。九郎殿たちがいらしているのでしょう?私もお話がしたいですわ・・・・・・」
 何も知らない政子が部屋へ入ると、苦しんでいる銀と視線がぶつかる。
「っ・・・重衡殿、どうしてここに・・・・・・」
 政子も頼朝を銀の瘴気から庇うように立ちはだかる。


「・・・・・・やっぱり、こいつは重衡みたいだな」
 の腕を掴んだまま、将臣が敦盛を見た。
「・・・ええ。何やら術を施されてお出でのようです。あるいは、私ならば近づけるやもしれません」
 敦盛が近づこうとすると、が叫ぶ。
「ダメっ!私が・・・私が何とかするからっ。政子さん!どうして銀の名前を知ってるんですか?彼に
何をしたの?」
 が政子へ向かって叫んだ。

「うわぁぁぁぁっ!・・・・・・っ、炎が・・・あれは・・・・・・・・・」
 銀が頭を抱えて身を捩りながら床を転げる。


「・・・私が・・・私が奥州へ仕掛けた罠。重衡殿の魂魄に呪詛の種を植えつけました・・・・・・彼の者の
記憶と引き換えに・・・・・・。今の私にはどうする事も出来ないわ・・・・・・」
 政子が不気味なものでも見るように銀を睨みつける。

「そんな・・・・・・。だったら、私が何とかするしかない!」
 が将臣の手を振り払う。
?!なっ・・・待て!」

 銀の許へ駆け寄ると、その手を掴もうとするが振り払われる。
「・・・神子・・・様・・・・・・どうか・・・どうか・・・お逃げ下さい・・・・・・・っ・・・・・・」
「そんなの出来ないよ!皆、力を貸して。銀!・・・・・・重衡さんっ!!!」
 手が駄目ならとばかりに、が銀を抱き締めた。

「神子っ!!!」
 白龍の叫びを無視して、は天上の神へ祈りを捧げる。
 鈴の音が聞こえる彼方へ向けて───





 銀とが白い光の柱に包まれた。
「ぐっ・・・・・・っ・・・・・・貴女は・・・・・・十六夜の・・・君・・・・・・」
 銀がを抱き締め返した。
「そうだよ!重衡さん、だから・・・・・・戻ってきて・・・・・・」
 呪いによって魂魄から禍へと変化しかかった銀の魂を、必死にが繋ぎ止める。

「・・・またお会いできましたね・・・・・・・・・待っていましたよ、姫君・・・・・・」
「私は・・・貴方を救うのが・・・最後の役目だったみたい・・・・・・」
 そのままと銀は気を失って床へ倒れた。



「これが白龍の神子の力か・・・・・・我が手に欲しいものだ・・・・・・」
 頼朝が九郎の前へと歩み寄る。

「どうだ、九郎。白龍の神子を娶り、鎌倉で暮らしては。これだけの力だ。龍神の加護を奥州へ
やるのは惜しまれる・・・・・・」
「鎌倉殿!何を馬鹿な・・・・・・は俺たちの仲間です!!!」
 九郎がムキになって反論した。
「・・・つまらんな。直接本人に問うか・・・・・・・・・・・・」
 視線の先には、意識のない銀に抱き締められたまま倒れている

(わざわざ九郎の傍に置かずともよい───)

 
 頼朝の目の前に倒れている政子を起こしたのは景時だった。
(頼朝様───貴方はまだ力を欲するのですか───)
 こうならないように必死に守ってきたのに、頼朝の眼前で龍神の神子の力を使われては言い
訳のしようがない景時。
 政子が徐々に意識を取り戻した。





 仲間に囲まれた中で、先に目を覚ましたのは銀だった。
「・・・・・・ここは・・・十六夜の姫君?!」
 を抱え起き上がる銀。
「・・・少し失礼しますよ。ああ、それ以上は動かさないで下さい」
 の手を取り脈を見る弁慶。
「大丈夫。一気に龍神の力と八葉の力を集めたので体に負担が掛かったのでしょう」
 の顔へ手をかざせば、気を失ってるとはいえ呼吸は穏やかだ。
 仲間へ向かって頷いて無事を知らせる弁慶。


「ふぅ〜っ。驚いたぜ。なんか、体が引っ張られたよなぁ・・・・・・」
 将臣が胡坐になった。
「・・・俺としては、の事を『十六夜の姫君』とか呼んでる方が気になるんだケド」
 しっかりヒノエは銀を睨みつける。
「・・・ヒノエ。銀は・・・平重衡殿なのだ。そう睨むな」
 敦盛がヒノエの肩を叩いた。
「・・・・・・へ?」
 誰に確認すればいいのかと、将臣を見るヒノエ。
「・・・だな。重衡。お前、生きてたんだな。他人の空似にしちゃ、似すぎてると思ったぜ。記憶戻っ
たのか?」
 将臣が銀へ問いかけた。



 の顔を愛しそうに眺めていた銀が、ようやく顔を上げて仲間たちの方を向いた。
「・・・・・・はい。福原で・・・敗走して・・・気づいたら捕らえられ鎌倉に。その後は・・・・・・己の罪に苛ま
れて過去を消したくて。・・・多くの命を消し去った罪を。政子様が私に過去を消して下さると・・・・・・」
「ふうん?ま、その後は、泰衡殿に拾われたってわけか。で?どうしてを、その・・・“いざよい”と
か呼んでるんだ?知り合いだったのか?」
 将臣も、が過去へと跳んでいた事は知らない。

「還内府殿がお出でになった後の・・・春の宴にて・・・・・・十六夜の月の下で私たちは会ったのです・・・・・・」
 銀がの髪を空いている手で梳き始める。
「・・・突然現れて、どうしてきたかはわからないと仰せになられて。あまりにも涼やかなお声でしたので、
共に花見をとお誘い申し上げたところ、そのまま光と共に消えられたのです。また会えるという約束だけを
私に残して、姿を消された月の姫君・・・・・・それがこのお方、白龍の神子様でした」


 景時の肩が震える。
(・・・平重衡殿だったのか・・・・・・それにしても、いつの話なんだ?)
 景時よりも前に重衡に会っていたというのだろうか?
 宇治川で朔に会ったのがこちらの世界へ来た最初と聞いている。
 その後は常に仲間と行動をしていたのだ。重衡と会う機会は無いと思われる。

 景時の心の声が聞こえたわけでは無く、将臣にも時間軸が不明らしい。
 続いて銀へ問いかける。
「・・・・・・俺がって・・・四年前の冬だよな?その後・・・・・・たちがこっちへ来たのは去年の冬で・・・・・・」
 重衡の言う事が事実ならば、たちがここへ来た時期と計算が合わない。
「墨俣川の戦へ向かう前の・・・花の宴です・・・・・・平参議の・・・兄上の邸で・・・・・・」
 間違いなく四年前の事を話している。
「しっかり記憶が戻ってるってのはわかったけどな・・・・・・」
 頭を掻き毟る将臣。
 銀こと重衡が言ってる事はあっている。ただ、との接点について理解できない。
 不可思議に静かな空気が流れる中、の目蓋が震えた。



「んっ・・・・・・頭・・・クラクラする・・・・・・」
 目を開くと、いきなり銀の顔が飛び込んでくる。
「うぎゃっ!何、何、何、近すぎっ!!!」
 体を起こすと、四足で銀の腕から逃げ出す。朔の背に隠れた。

「ふふっ。酷いですね、十六夜の君は。・・・私の顔に驚かれたのですか?そんなに酷いつくりなのでしょうか?」
 顔に自信があるからこその言葉に気づかない
「やっ、その、むしろ逆で心臓に悪いっていうか、フェイントっていうか、それは近づけちゃいけない顔って
いうか。・・・あれ?銀、無事だったんだね?記憶も戻ってるの?じゃあ、もう過去を知っても大丈夫って事
なんだよ。だから、自分で選んで下さいね。“重衡”として生きるか、“銀”として生きるか。過去は失ってい
ても、事実は変わらなかったでしょう?間違ったところからやり直せばいいんですよ」

 
 呪詛が発動しかかった大量の瘴気によって、頼朝の部下は全員倒れているのだ。
 その中心にいたと銀が無事だったのは奇跡のような出来事で、誰もが驚き感謝の気持ちで二人が目覚め
るのを待っていたのに、は常と変わらなかった。


「・・・・・・先輩。先輩が無事でよかったです」
 譲がとりあえず空気の流れを変えてみた。
 朝起きたのと変わらない反応をされて、半ば拍子抜けに近い。
「・・・。お前はこの場の空気がわかってないだろ?ここでボケかますな!」
 将臣が首をしゃくると、頼朝がたちを見ているのが視界に入る。
 さらに、龍神の力が呪詛を封印する際に光と風が吹き抜けた為、部屋の中は几帳等が薙ぎ倒されていた。
「あ!え〜っと・・・・・・お部屋、ちょっと壊しちゃってすいませんでした」
 が頼朝に頭を下げる。
 問題はそこでもなかったために、八葉他、仲間たちは大笑いになる。


「あれだよな〜、姫君はオレたちを驚かすの好きなんだな。・・・敵わないよ」
 ヒノエが腹部を押さえて笑う。
!部屋は直せるが、人はそうはいかないんだ!!!この、馬鹿!」
 九郎は、心配しすぎで怒りの方向へ感情が動いた。
「神子、自分の心配をしてくれ。貴女は・・・・・・・・・・・・」
 敦盛の言葉を弁慶が引き継いだ。
「少々無鉄砲すぎました・・・ね?」
「ほんとに。ったら」
 朔は親友を抱き締めた。

「あの・・・そのぅ・・・・・・心配かけてごめんなさいでした」
 ようやく事態を飲み込んだが、小さくなって謝る。

「無事ならばいい」
 リズヴァーンが全員の気持ちを代弁してまとめた。





「白龍の神子。その力、我に捧げる気はないか?さすれば、仲間たちが鎌倉に住まう事を認めてもいい」
 頼朝がの目を見ると、は立ち上がり、頼朝の前まで歩む。
「頼朝さん。だったら、頼朝さんのその統治の力を私にくれますか?」
 が片手を頼朝へ差し出す。まるで手のひらにその力をのせろとでもいうように───

「面白い。そなたも力を欲するというのか・・・・・・」
 頼朝が腕組みをする。残念ながらこの部屋で残っている部下は景時のみ。傍らには政子がいる。
「勘違いしないで下さい。力は武力という意味でも、権力という意味でもないですよ?頼朝さんに、皆がつい
て行きたいなぁ〜って思っちゃう行動力と魅力っていうのかな?別に、力だけでこんなに多くの御家人の人
たちが頼朝さんに味方しているわけじゃないと思いませんか?気づいてますか?その力です」
 なおも出せといわんばかりに手を出す
「力は・・・その人に与えられしモノ。それをどう使うかが与えられた課題で使命だと私はこの世界で学びまし
た。だから・・・私のこの龍神の力による封印の力は私のモノで、誰にも譲れるモノではないんです。・・・そし
て、私はこの世界での使命を、今、すべて終えようとしているのだと思っています」

 頼朝が組んでいた腕を解くと、その腕に政子が寄り添った。
「・・・白龍の神子は、面白い事を考えつくな。だが、そなたの力が私に向かうことも考えねばなるまい?」
 平氏との戦では怨霊を封印するために源氏に組した龍神の神子。
 また戦いが起きた時、その力は誰の側にあるのだというのだろうか?

 は返事をしないまま、頼朝に背を向け仲間の許へ歩み寄る。

「頼朝さんは、大切なモノを見落としてますよ?私が傷ついたら、私の事を心配してくれる仲間が私にはいま
す。もしも、家族がここに居れば、同じように心配してくれる。私も仲間の誰かが傷ついているなら、駆けつけ
たいと思ってます。頼朝さんが傷ついた時に、隣に居てくれる人は誰ですか?一人は政子さんです。でも、
他にもいるのに、貴方はそれを信じようとしていない。大切な人の存在を───」
 が九郎の背中を押して頼朝の前に立たせる。

「九郎さんの剣は、毎日稽古して身につけた九郎さんの力です。たくさんの本を読んで兵法を覚えたのも九郎
さんの力です。九郎さんはその力を、頼朝さんの為に使い続けてたんですよ?頼朝さんの、民が暮らしやすい
世の中をつくりたいという理想に共鳴して。なのに、頼朝さんは九郎さんを信じられなかったんですよね?九郎
さんは、頼朝さんが傷ついてる時に、間違いなく手を差し伸べてくれる人なのに」

 九郎は俯いたままで頼朝の顔を見ない。
 頼朝は目を閉じて大きく空気を肺に入れてから吐き出すと、再び目を開く。
 その手が九郎の頭にのせられた───

「九郎。鎌倉で手伝ってくれるか?」

 九郎がその顔を上げる。

「九郎のお家を用意しないといけませんわね。景時、よろしくね。九郎も・・・これからは私の事、姉と呼んでくださ
いな?家が見つかるまでは、こちらで暮らしましょうね」
 政子の言葉で九郎の顔が真っ赤になった。

「よかったね!九郎さん。えっと・・・それとお願いがあるんですけど・・・・・・」
 が九郎の背から前へ進み出た。
「何だ。申してみよ」
 頼朝が頷くのを確認して、が口を開いた。
「源平の戦で、私たちって頑張ったと思うんです。私たちにも恩賞下さい」
「・・・・・・・・・はっはっは!そうであったな・・・・・・さすれば、何が望みだ?」
 こう言われては、頼朝も出せないとは言えなかった。

「皆がしたい事が出来るように。それが私の望みです。後の恩賞は、皆からそれぞれ聞いて下さい」
「・・・よかろう。それで?龍神の神子はこれからどうするつもりだ?」
 
 軽く微笑む
「え〜っと、まずは呪詛に中てられちゃった人たちを助けて。・・・・・・それから帰ります」
 まっすぐ白龍と朔の許へ歩むと、二人の手を取る。

「力を貸してね?」
「もちろんだよ」
「ええ」
 三人が手を繋ぎ輪になり、一気に気を高める。
 辺りに光の粉が舞い降りてきた。
 その粉に触れた者から順に意識を取り戻す。



「神子様・・・・・・」
 に向かって手を合わせる者、頭を下げる者と様々だが、一時は戦で共に戦ったのだ。
 誰も九郎やに剣を向けたかった訳では無かった。

「よかった。大丈夫ですよ、ちょこっと穢れにあったって感じくらいだし」
 が笑いかけると、誰もが安心したように胸を撫で下ろした。
 頼朝をみれば、もう九郎にもにも剣を向けなくてよいのだと、再び胸を撫で下ろす源氏の武士たち。



「神子様、これを・・・・・・私の傍に落ちておりました」
 浄化が終わったに、銀が白い玉を差し出す。
「・・・これって・・・・・・龍の宝玉?!戻ってるの?」
 が声を上げると、八葉の誰もが頷く。

「ほら。銀の呪詛をが祓った時に・・・・・・すっげ〜引っ張られる感じがしたんだよな」
 将臣がの手から宝玉を摘まむと、朔へ預けた。
「わりぃんだけどよ、星の一族に返しておいてくれるか?」
「ええ。責任を持って預かります」
 両手でしっかりと包み込む朔。





「じゃ、そろそろ行くか。俺はしめっポイのは嫌だからな。挨拶はしないぜ?」
 軽く片手を上げる将臣。
「すっげ〜横着」
 ヒノエが将臣の肩を叩く。
「まあな、譲は?」

 仲間の視線が譲に集まる。
「僕は・・・その・・・・・・お世話になりました。ここまで何とかやってこられたのも、皆が居たからだ
と思います・・・・・・」
「はちみつプリン食べられなくなるね・・・・・・」
 白龍が名残惜しそうに譲の手を取る。
「白龍。私がつくり方を覚えたから・・・・・・」
 敦盛が白龍を慰めた。

「で?は?」
 将臣がの背を押す。

「私は・・・・・・うん。皆のおかげで、全部の役目を終えられてよかった。それと・・・・・・」
 が頼朝の方を向く。
「頼朝さん。私の世界にも鎌倉っていう場所があって、私たち、そこから来たんです。だから・・・・・・」
 が両手を胸の前で合わせると、今度は無数の小さな光の玉が舞い上がり消えた。
「鎌倉の地が、この国が平和になりますようにとの祈りを置いていきますね」
「・・・・・・そうか」
 光の玉が消えた方向を見上げる頼朝。外は青空が広がっているのだろう。
 開け放たれた戸から入る日差しに目を細める。





「さて!白龍。私の望みを叶えて下さい。私は・・・元の世界へ帰りたい」
 が両手を左右に伸ばし、将臣と譲の二人と手を繋ぐ。
「うん、わかった。神子の願い叶えるよ。皆を送ってくるね」
 白龍がに微笑みかけると、銀色の風が三人を包んだ。
 三人が光る球体に包まれると、徐々に姿が霞んでゆく。



ちゃん?!君は・・・・・・君が帰るのは!」
 景時が駆け寄るが、手が届く寸前ですべての光が消え、白龍も姿を消した。





 景時がその場に手をつくと、香袋が景時の服から零れ落ちた。

(オレは・・・もう・・・君に会えないのか?遠くで消息を知る事も許されない・・・・・・)
 床の上で手を拳にする。あまりに力を入れすぎで、腕が震え出していた。

「兄上・・・・・・それはが作った・・・・・・」
 京邸でが景時の為にと作った香袋に朔は見覚えがあった。
 拾い上げると、景時の前に置く。
「まだ・・・持っていらしたのね・・・・・・だったら、何故・・・・・・」
 朔が景時の隣に座り、その背を撫でた。
 聞かなくとも答えはわかっているが、どうして景時はを選べなかったのだろうと思うのだ。

 弁慶が景時の前に立ち見下ろす。
「・・・僕の忠告をちゃんと聞かないからですよ?銀の道は閉ざされると言ったでしょう?」
 そのまま九郎の隣へと歩を進める。

は・・・帰ってしまったんだな・・・・・・俺たちに、こんなに多くのものを残して」
 三人と白龍が消えた辺りの床を見つめているままの九郎。
「ええ。だからこそ、力を合わせて鎌倉殿の手伝いをしなければなりません。皆が住みやすい
平和な国をというのが、彼女の願いでもあるのですから」

(景時がいるからこそ、祈りをこの地に残していったのでしょう?さん───)
 弁慶も九郎と同じ場所を見つめながら、心の中でへ問いかけた。



「じゃ、俺は熊野へ帰らせてもらうぜ?そうそう、鎌倉殿。俺の恩賞は、鎌倉への出入り自由を」
 ヒノエが頼朝を見れば、黙って頷く頼朝と目が合う。
「ま、熊野は交易も盛んだしね。情報もそれなりに持ってるから悪い話ではないと思いますよ。
それでは、お先に失礼」
 仲間へ手を振ると、ヒノエが部屋を出て行った。

「他の者は・・・何が望みだ?」
 頼朝が辺りを見回すが、誰も申し出る気配は無かった。
「ならば・・・関所の出入りの自由と、住まいたい場所があれば家を用意しよう。他に何かあれば
後日申し出るがよい」
 頼朝は景時に気づかないフリをしてゆっくりと部屋を出て行った。



 政子が景時の前に座ると、景時がのろのろと姿勢を正して座りなおす。
「景時は臆病者ね?私、まだ間に合うと言ったのに・・・・・・」
 景時の拳を開くと、その手に香袋をのせる政子。

「・・・私には・・・その資格が無いのです・・・・・・だから・・・・・・・・・」
「こんなウジウジさんでは、長尾氏もご息女を嫁に出したくは無いでしょうね。私からお断りをして
おいて差し上げますわ。自分で嫁は探しなさいな」
 政子は立ち上がると、頼朝の後を追った。
 


 政子とて、景時の想いに気づかなかったわけではない。
 だが、御家人同士の繋がりを強固にする為という頼朝の考えを否定する事も出来なかったのだ。

(景時が自分の想いを告げないから、余計に事が捩れてしまったのですよ?)

「あなた。景時の件なのですけど・・・・・・」
 頼朝に追いついた政子。別室で景時の嫁取りの件について撤回の申し出をした。





「九郎。僕は景時の家に預けてある生薬を取りに京へ向かおうと思っているのですけど。リズ先生も、
庵は京でしたよね?ご一緒しませんか。それから、朔殿。宝玉をお預かりしましょうか?」
 気持ちを切り替えるべく、弁慶が早々とやるべき事に取り掛かる。
「え?ええ・・・・・・でも・・・・・・これはもう少し持っていたい。が頑張った証なのだもの・・・・・・」
 朔が握っていた片手を開けると、ぼんやりと輝きを放つ白い宝玉。
「そう・・・ですね。そう急がなくとも、いいかもしれませんね。僕は知り合いの所へ行ってきます。敦盛
くんもどうですか?」
 俯いていた敦盛が顔を上げた。
「そう・・・ですね。薬の仕入れならば手伝います」
「ええ。こちらでも薬師の仕事をして、町の人の役に立ちたいですから。お願いします。それでは」
 弁慶と敦盛も評定の部屋を出て行く。
 周囲では、倒れた几帳や道具の片付けを始める武士の足音が響いている。

「先生。しばらくこちらにいらっしゃるのでしたら、ぜひ兵の鍛錬の指導をお願いします。・・・・・・兄上に
許可をもらって参りますので・・・・・・」
「そうだな・・・しばらくは神子の祈りの気配を感じる鎌倉に留まろう」
 九郎が頭を下げる。
「ありがとうございます!・・・銀はこれからどうするんだ?」
「私は・・・銀として罪を償いながら奥州にて仕えたいと思います」
 九郎とリズヴァーンへ深々と頭を下げる銀。
「そう・・・か」
「はい。皆様にご挨拶が出来ずに心苦しいですが、これで戻らせていただきます」
「俺から皆に伝えておく。それと・・・御館にありがとうと・・・伝えてくれ」
「畏まりました。それでは」
 再び頭を下げると、銀も去っていく。
 その後姿が消えてから、九郎も頼朝へ許可をもらいに頼朝の私室へと走っていった。

「景時。神子の望みはわかっているだろう?」
 リズヴァーンもそれだけ言うと姿を消した。





 の願い───
 頭の中で何度も繰り返し思い出すのは、泣かせてしまった事。そして───

『いいんです。景時さんがここで幸せに暮らしてるなら・・・・・・』

(君がこの世界にいなくて、どうしてオレが幸せになれるって言うんだい?)
 自分がしてきた事は、間違っていたのだとようやく気づく。
 が最後に消えた辺りの床を撫でると、ふわりと梅の香りがした。

「もう・・・ちゃんはこの世界に居ないんだね・・・・・・・・・・・・」
「・・・そう・・・ですわね。兄上の手には何か残りましたか?」
 泣きそうな顔で朔が景時に問いかける。

「何も。・・・何も残らなかった・・・・かな・・・・・・」
 再び床を撫でても、周囲の片付けの喧騒に紛れて、梅の香りがする事は無かった。





 全部失くしてから気づくなんて。
 オレが破った約束の重みを、今になって知ったよ。
 君との想い出までもが、音を立てて崩れてしまう程に───






Copyright © 2005- 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


『十六夜記』景時蜜月EDの空白部分はこうだといいな!

 あとがき:ここが一番暗さの極みってトコでしょうか?これくらい景時は自分の心を騙していたかなって。     (2005.10.28サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる