暗黒の空から あの知盛が舞台に立つ─── かつての平家の実態を知るものならば意外。 戦での知盛しか知らない下々の者達からしても意外。 ただ、その美丈夫が立つ傍らの存在がすべてを納得させるチカラを持つ。 女性に対し勇猛という表現はしないだろうが、常に戦の先頭に立っていたに対し兵士たちが 寄せていた信頼は、生命の遣り取りをしていた中での出来事故に深いものがある。 そのが時々舞っていたのを誰もが眺めていた。 それは誰かに披露するためのものではなく。 ただの練習とするには厳かであり。 剣を握る手に扇を持ち、深夜月明かりの下で舞を舞う。 そこにあるのは強さではなく、儚さ─── 刹那とは生死の間に存在する感覚。 今があるから。 その後は各々が考えるべき事─── 「へえ・・・・・・姫君は・・・相変わらずだ」 「あいつは・・・よくわかんねぇよ。恐らく、本人もわかってない」 ヒノエは熊野で頼んだことがある。 陽の光の下での舞が見たいと思った。 月明かりの下にあるは手の届かない存在にしか見えなかったからだ。 昼のの舞を見られるならばと好奇心から熊野で頼んだのだが、結果は変わらなかった。 ヒノエが視線を移すと、リズヴァーンはどことなく口元が笑んでいる。 譲も普段とそうは変わらないが憧れを眺める視線。 白龍は子供の姿をしているが瞳が金色になって輝いている。 の舞の前では偽りの姿は保てないらしい。 ただ、景時だけが穏やかにと知盛を見つめる。 その実、二人の向こうにあるだろう存在を気にかけつつとはヒノエもわかっている。 熊野で神職をしていたからこそヒノエにはわかる気配を、景時は式神により感じているのだろう。 (住吉の神様まで・・・ね。龍神の神子は確かに魅力的だからね) 再びと知盛へと視線を移し、酒を口へ含んだ。 二人が舞い終えると、一瞬の間の後に歓声が起こる。 「・・・えへ」 が知盛を見上げて微笑む。 知盛は僅かに首を傾げると、静かに扇を閉じてを抱き上げた。 「なあに?」 「少し休め。宴はまだまだ続く」 夕刻から始まった宴の終わりなど誰にもわからない。 歓迎といいながら酒が入れば全員が潰れるまでなど常の事だからだ。 「え〜〜〜。大丈夫だよ」 唇を尖らせるに軽く口づけると、 「クッ・・・宴が見える場所には居る。ならばいいだろう?」 の言いたいことなどお見通しだ。 「うん。それならいい」 寝殿の斜めにあたる対の一室へと二人で入った。 を抱えて横になると、その髪を梳きながら口づけを繰り返す知盛。 知盛からは宴の様子が几帳の隙間を通し、御簾の向こうが僅かながら窺える。 「・・・り・・・ねちゃいそ・・・・・・」 「ああ。少し・・・眠るといい・・・・・・」 元からを寝かしつけるつもりでこちらへ隠れたのだ。 宴で人が少なくなっている知盛の部屋よりは、警備もそれなりにされている寝殿に近い方がいい。 「寒いか?」 「・・・くない・・・よ」 もそもそとが知盛の袖に潜り込む。 簀子の気配を察し、さり気なくの耳の辺りを手で塞いだ。 「兄上。神子様・・・・・・今宵の舞は見事でございました」 御簾越しに声をかけてきたのは重衡だ。 「わざわざのお越しとは・・・夫婦の邪魔はするものではないな」 起き上がりもせず、の唇を啄ばみ続ける知盛。 「・・・本日は私も楽を任されましたので、褒美を強請りに参りました」 「褒美・・・か。それは、それは。俺より還内府殿にでも強請るんだな」 知盛の声に反応し、一瞬の目蓋が開かれた。 「・・・どうした?」 「ん・・・いい声。何かしゃべって?」 知盛の喉辺りに手を添えると、再び目蓋が閉じられる。 会話の内容を理解する程の目覚めではなかったらしい。 御簾内へ入ってきた重衡に構うことなく、の耳朶辺りへ口づけながらその名を呼ぶ。 程なく満足したのか、が笑んだままで眠りに落ちた。 「私は神子様に褒美を頂きたかったのですが・・・・・・」 几帳越しでも眠っている気配はわかるものだ。 知盛に身を預け、規則正しく呼吸をしているの背中が僅かに見える。 「せいぜい言葉を賜る程度だろうがな」 「どうでしょうか?」 重衡が知盛へと視線を送る。 知盛は相手にするつもりはないらしく、相変わらずを構っているだけだ。 先に口を開いたのは重衡。 「兄上がこちらへと来たのは、私から神子様を遠ざけたいからでしょう?」 「・・・クッ・・・お前を意識しての事ではない。わからないか?」 「なっ・・・・・・」 重衡が立ち上がろうとすると爽やかな風が駆け抜け、知盛たちがいる部屋だけが異空間へと繋がる。 「相変わらず態度が悪い男だな」 「そのように我らを挑発するとは。そなたの舞は見事であったが、今となっては腹が立つ」 「人にのせられてどうする。無事に弟君も見つかったようだな」 住吉三神がその姿を現した。 「覗き見は趣味が悪いと思ったまで。妻を抱くことに何か?」 神々を前にしても起き上がることをしない知盛。 に至っては気分よく眠っているままだ。 知盛といるという事が、にとってどれだけ安心であるかが窺い知れる。 「やはり態度が悪い男だ」 にふられた表筒男命が知盛を見ながら顔を顰めた。 「私が何をしたとしても、お気に召すとも思えませぬが・・・・・・」 口の端を上げながら、の耳朶を甘噛みして見せる。 いよいよ腹を立てたのだろう表筒男命の眉間に皺が寄る。 「・・・神子姫も休んでおるなら用はない」 それきり姿を消してしまった。 「やれ、やれ。あれは短気でいかん。今宵の舞の褒美に忠告をな。屋島に気をつけられよ。因果とは 巡るものなり。御霊を運命の輪に戻すがいい。さすればこの地は救われよう」 中筒男命は穏やかに知盛に向かって用向きを告げる。 「それは・・・・・・」 「そなたも気づいておろう?神子姫はこの地の龍に呼ばれてここにいる」 知盛が目を伏せ、を抱きしめた。 「俺の・・・欠片だ。誰が呼ぼうとも俺のモノだ」 「そのようだな」 知盛が中筒男命と底筒男命へ視線を向ける。 重衡は動くことすらできないでいるのに、知盛はその口元を優雅に笑んだものにしていた。 「忠告だけなら子供の使い・・・だな?」 「ほんに図々しい男だ。表筒男命でなくとも腹が立つだろう」 口では腹が立つといいながら、中々どうして肩を竦めただけで笑っている二神。 「嫌なら何かして見せろよ」 「まあ・・・手に負えん時は呼ぶがいい。一度くらいは聞き届けてやろう」 二神は頷き合うと、再び風を起こして消え去った。 「兄上・・・今のは・・・・・・」 「お前など俺の相手にならんと言っただろう?ただ人など俺の相手ではない。不愉快なだけで・・・な」 目を見開いて驚いている重衡を無視して、の背をやんわりと撫でる。 腰が痛い時は妙な姿勢で寝ていたものだ。 ようやく治ってきたかと、自然に口が笑んでしまう。 「神をも恐れぬ兄上を頼もしいと思った時もございましたが・・・私は南都の御仏を・・・・・・」 「くだらん。所詮人が作りしもの。お前はかつて木であったものに執着するとでも?ただの木像だ」 眼前での封印を見せられている知盛としては、偶像崇拝に興味はない。 「俺が信じるのは己の内に在りしモノのみだ」 そう知盛が言い切った時にの手が知盛の頬へと伸びた。 「ね・・・キスして?今日は・・・えっちしようね」 まだ寝ぼけているのだろう。 そして、他に人がいるとは考えていないらしいの様子に、知盛の口の端が上がる。 「強請られるまでもないが・・・な」 何度か口づけを交わすうちに、が目覚めてきたのがわかる。 知盛はその耳元へ重衡の用向きを伝えた。 「重衡が楽の褒美を賜りたいと言っているが?」 目を擦りながら知盛に抱きつき、の口が開いた。 「う・・・ん。・・・めったに知盛の舞なんてみられなかったと思うし・・・ご褒美だよね」 温もりが気持ちよいのか、は目覚めそうで目覚めない。が─── 「・・・クッ。既に褒美は与えてあるとの仰せらしいが?」 知盛が重衡へ視線を移せば、重衡が大きな溜息を吐いた。 「神子様は・・・本当につれないお方ですね。なぜ兄上様だけが・・・・・・」 「お前の想いは感傷だ。なぜ俺を兄と思う?お前は記憶を失くしていたのだろう?それすら覚えていないか」 重衡の視線が辺りを彷徨う。 確かにこの地へ歩いてきた。それまでの己はどこで何をしていたのだろうか。 重衡の不安げな気配を察した知盛が、その謎解きをする。 「お前はに助けられたんだ。コイツはお前の暴挙を止めただけだと思っているが・・・のチカラで 取り戻したんだ。生まれてからこの地に至るまでの記憶を。お前が執着しているのは母上や一族への思慕だ」 「・・・っ・・・私は・・・・・・」 片膝で立ち上がる重衡。 執着と言われると幼さを感じずにはいられない。 公達として振る舞い、戦でも大将を任された重衡の未熟な部分を言い当てられ、不快さが表情に出てしまう。 「そういう顔をするなよ・・・・・・例え暗闇で光を見つけたのだとしても・・・な」 「何をご存知なのですか?!兄上は・・・・・・」 繰り返し見る大火の夢。 少しの脅しのつもりが、運悪く強風で大火になってしまった。 逃げ惑う人々を眺めるだけしかできなかった重衡。 幾度も繰り返し夢見うちに、夢と現実の狭間を越えていた。 (私は罪の償いからも逃げていた・・・・・・) 目覚めた時、最初にに叩かれ諭された。 『償いもしないで死んじゃおうっていうのは、自分を甘やかしているんです』 「死ぬこともままならなかった私に・・・光を与えて下さいました・・・・・・」 「クッ・・・俺などは暗闇の空を無理矢理裂いてその姿をお見せ下さったがな?」 壇ノ浦で知盛を気絶させたのはだ。 そして、覚醒した知盛に痛みを与えのたのも。 痛みは生きている証と教えられた。 「龍神の神子様は危なかしくて目が離せん」 少し声が大きくなっていたのだろう。 目覚めたがぼんやりと首を動かした。 「・・・知盛?」 「少しは休めたか?」 目覚めたがいいそうなことはわかっているが、まずは休ませたかったのだ。 「ん。あのね〜?・・・・・・あれ?」 が振り返ると、そこには重衡が座っている。 静かに起き上がりながら、目覚めるまでの自分の行動を反芻し始めた。 「ちょっと待って。いつから重衡さんっていたの?」 「お前が眠ってすぐ」 が軽く一度頷く。 眠っていては知らなくとも道理だ。 「・・・って事は・・・・・・」 寝ぼけながらではあるが、知盛に何かを言った気がする。 そんな考え込んでいるに対し、無常なひと言が重衡から発せられた。 「神子様?今宵は兄上と“えっち”とやらをされるそうですが・・・それは・・・・・・」 聞いた事のない言葉が気になっていて尋ねただけだ。 悪気があっての事ではないが、の顔が瞬時に強張った。 「知盛の馬鹿ーーーっ!誰かいるならいるって言ってくれたって〜!!!」 軽くではあるが、横になったままでいる知盛の脇腹辺りを叩きまくる。 「やれ、やれ。重衡のお陰でとんだとばっちりだ。だから夫婦の邪魔はするなと言ったんだ」 面倒そうに片手を動かすと、の手首を掴んで動きを封じる。 重衡の方はその場で軽く頭を下げた。 「申し訳ございません。私が尋ねたことがご不快だったのですね」 「いえ。そのぅ・・・そうじゃなくて・・・えっと・・・・・・」 知盛に言うのはいいが、その意味を他の人に説明するには憚られる内容だ。 困っているの視線が宙に迷う。 「生憎だがお前には関係のない事だ。、寝殿へ戻って夕餉にするか?」 助け舟を出し、知盛がの手の甲へと口づけた。 その一連の動きで、逆にその意味を理解してしまった重衡。 「お供させていただきますよ。楽しいお話を伺いたいものです」 「お話もいいですけど・・・譲くんのご飯は美味しいんですよ。しっかり食べて元気になって 下さいね?」 話がそれて安心したが重衡へ声をかける。 「ええ。もちろんです。よろしいですね?兄上様」 「・・・好きにしろ」 重衡の態度には構わずに知盛がを抱き上げた。 一難去ってまた一難の予感? |
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あとがき:まあ・・・いろいろ登場するものです。せっかくですし(笑) (2007.05.08サイト掲載)