朧月夜の晩に





「知盛〜〜〜!ど〜して一緒じゃないの〜」
 入浴を終えたが小走りに部屋へと入ってくる。

。客人の前だ」
 口では客人の前といいながら、知盛は片手をに差し伸べる。
 のための席は用意されていない。
 座る場所は知盛の膝だというのはこの部屋での決まりごとだ。
 迷うことなく知盛の膝へと座った
 すぐに按察使によってひざ掛け代わりの衣がかけられた。

「・・・姫君〜。相変わらず大胆だね?」
 に何があったかは知っているヒノエ。
 変わらぬ態度ならば、がすべてを許している証拠に他ならない。


(何かがかわったというならば・・・それもよしだよな)
 顛末も知っているからこそ、に起きた事件については口にしない事に決めている。
 知盛が大切そうにを片腕で支え、もう片方の手はの手を握っている。
 それでいいのだと納得した。


「そう?大胆〜?それはおいておいて。知盛ぃ〜、ど〜してお風呂一人?知盛は?」
「客人がいるといっただろう?」
 洗い立ての髪の香りを楽しむかのように、の髪に顔を埋める。
 どちらも相変わらずというべきだったと苦笑いのヒノエ。
 そんなヒノエを無視しては知盛へ話しかけている。
「お客さ〜んって、ヒノエくんでしょ?お客さんじゃないし〜〜〜」
「ま、確かに。ちょっと荷物の報告があったんでね」
 ヒノエがさり気なく仕事だったといえば、も納得した。

 客ではないといわれる意味は二種類ある。
 の性格からして、この場合の意味は良い方だとわかっている。
 仲間であるヒノエを来客に数えないのは、いかにもらしい。
「なんだ。それより、それより〜」
 が按察使に視線を合わせると、程なく別の者によってヒノエの土産である唐菓子と
白湯が届けられる。

「熊野別当殿からのお土産でございます」
「わ〜い!こういうお菓子だったんだ〜。ありがと〜、ヒノエくん」
 干菓子であるが、可愛い細工がしてある。
 が式神を呼び寄せ、菓子をひとつ割って分け与えると、
「食べ過ぎないように、半分こだよ?」
 銀と桜は頷いて、誰よりも先に菓子を食べ始めた。

「・・・それ・・・景時の式神だよなぁ?」
「そ〜だよ。ちゃんがとっても可愛がってくれてるんだ」
 見た目が見た目なので、ヒノエも一瞬言葉をためらったようだ。
 景時の性格を反映してか、見た目はどうでも穏やかなものだ。
「へえ〜〜〜。それが・・・ね。景時。飛ぶのは出せないのか?」
「うわ〜。そんな高等な技、オレの方がもたないよ〜」
 とんでもないというように顔の前で手を左右に振る。


「ね、ヒノエくん。どうして九郎さんたちが来るって知ってたの?ずっと船だったんだよね?」
 いきなりのの質問に、ヒノエの目が見開かれる。
 すぐにその瞳は柔らかい眼差しに変わるが、誰もがの言葉に驚いていた。


「・・・姫君は、時々鋭すぎて驚かされるね。船のイイところは何だと思う?」
 質問に質問で返されてしまい、が首を傾げる。
「え〜っと・・・川とかあれば陸より近道?海は断然陸より早かったよね?」
「まあ・・・早く着くかどうかは条件によるけどね。要は・・・水の上は相手が同じ条件がない
場合、逃げるのに都合がイイってこと。だからこそ、陸での情報を手に入れ、時には上陸せずに
逃げられる。余分な騒動に巻き込まれなくて済むだろう?それこそが船の利点だよ」
 軽く片目を閉じて、でもわかるように説明をする。
 ただし、肝心の情報の入手方法については話を逸らしてだ。
「そうだね〜!すごいね、船ってそうだよね。ふ〜〜ん。だからヒノエくんは船なんだ〜」
 ヒノエの片方の肩が下がる。
 “だから”とは、どのような解釈に対しての結論なのだろうかとツッコミしたいところだ。 

「まあ・・・九郎たちは明日か明後日くらいだと思うよ〜。陸を馬でだし?」
 リズヴァーンの奔らせ方はかなり特殊な部類だ。
 あれだけ飛ばすと、馬の方がもたない。

「・・・朔の分、とっておきたいな〜〜〜」
 菓子の山が無くならないうちにが除けようとすると、按察使がその手を止めた。
「神子様。ご用意してございますよ。本日は半分ほどしかお出ししてございませんから」
 のしたい事などお見通しなのだろう。按察使が小さく頷いた。
「やった!これ、美味しいですもんね。ありがとうございます」
 が安心して次のひとつを口へと頬張った。





 かつての旅の話から近況報告まで、話題には事欠かない。
 しばし談笑をして過ごした面々。
 陽が傾きかけた頃にリズヴァーンと白龍も加わるが、元からそう話をする方ではない二人。
 将臣が帰宅して輪に加わり、夕餉を兼ねた宴会の準備が出来たと告げられた。
「んじゃ、ヒノエ。案内するぜ」
「いや〜、還内府様自ら御案内いただいちゃ目立つから面倒だな〜」
 膝に手をかけると、立ち上がるヒノエ。
「そういうなって。譲がはりきって食事の用意してたらしいから。だから来られなかったんだぜ?」
 あまりにもわかり易い譲の行動。
 期待されれば応えたい。
 料理が食べたいといわれたからには、海の食材を使いたい放題で頑張っていた。
「・・・ここのお抱え料理人になったとか?」
「ま、そんなもんだな。お前らは後からちゃんと来いよ?」
 景時たちに声をかけながら、本日の主賓を案内していく将臣。

「ちゃんとって・・・行くもん。ね?知盛」
 知盛を振り返る
「ああ。舞を・・・披露するのだったな」
「そうなの?!そりゃあ・・・ぜひ見なくっちゃだね」
 景時が立ち上がると、すぐに家長も立ち上がり御簾を上げて景時の退出の準備をする。
「景時さん、もう行っちゃうの?」
 が景時の後姿に声をかける。
「そ!ちゃんは、ごちゃごちゃとした最初のお約束が終わってからがいいよ?オレも部屋に
戻って〜、九郎への報告書を書いてから参加するし。このまま飲んだら絶対に忘れるからね」
 本当は別の用事がある。
 ヒノエとは短時間しか接触できないとなれば答えはひとつだ。
 詳細な報告はヒノエの部下である隼人から聞ける。
 景時は廂に菊王丸と控えていた隼人にだけ視線を投げかけた。





「えっと・・・宴だから、着替えなきゃ?でも・・・知盛と舞うには・・・・・・」
 考え込んでいるの前に、知盛との衣装が広げられた。
「わ・・・・・・按察使さん、これって・・・・・・」
「若君よりご用意せよとのことでしたので、揃えさせていただきました」
 の装束は藤重、知盛の装束も間の色を変えた藤重で対になっている。
「・・・知盛サ〜ン?どうして紫色なんですか〜〜〜?」
 美しい装束ではあるが、その基本色が紫というのがいただけない。
 細い目つきでが知盛を睨んだ。
「クッ、クッ、クッ・・・・・・そう深読みするな。・・・藤には少し遅いが、重ねの色は別だ」
 の視線は知盛から按察使へと移動する。
 こういう事に関しては知盛の口車に乗ると痛い目に合うからだ。
 按察使が微笑んだので妙な魂胆はないのはわかった。
「着替えます!」
 が立ち上がり、几帳の陰へと移動する。
 按察使がの支度をするので時間はかからない。
 知盛にしても、そう時間はかからなかった。







「ふうん?思ったより地味じゃないね」
 ヒノエが盃を空にすると女房がすぐさま酒を注ぐ。
 歓迎の宴といわれても、そう大層な宴会を期待していたわけではない。
 かつての平家全盛期の華やかさには欠けるが、そこそこに宴が整えられていた事が意外だった。

「まあな。ようやくここまでだ。・・・戦の場合は片づけからだからな。手間が余計にかかる」
 更地に建物を復興するのとは違う。人を集め、土地を均してからだ。
 将臣は帝と中宮を預かる身。
 京でその地位を確たるものにするのが優先だった。
 福原については経正に処理を任せきりで悪いとは思っていたが、体はひとつしかない。
 平家の総領は将臣という事になっている。
 総領の視察ともなれば、自然と士気も上がろうというものだ。
 ようやく経正の支援に来られたと、将臣も酒を口に含む。

「俺としちゃ、ここを中継にしなくてもいいんだけどさ。まあ、港は多けりゃ便利」
 正直なところ、熊野から瀬戸内海を抜ける時の港は豊富にある。
 ただ、いつでも立ち寄れる場所は多くても邪魔にはならない。
「そういうなって。また南の交易の渡来品がここへ届くようにするからさ」
 清盛が大宰府の地を大陸との交易に選んだのは、陸路と海路の両方を福原ならば選べるからだ。
「熊野は自分たちで取引できるからそれはいいんだけどね。ただ、仲間がいるとなれば話は変わる」
「計算高いよな〜、ヒノエは。まあ・・・そこが頭領たるなんとやらってな」
 気心がしれた間柄で駆け引きは無用だ。
「いいんだよ。姫君がいるとあいつ等の士気も上がるしな。なんつうか・・・姫君には誰も頭が上がん
ないよな」
 の突飛な行動はヒノエの予想を常に上回る。
 運動能力にも頭脳にも自信があったヒノエが敗北せざる得ない相手なのだ。
 いつまでも自分に正直なを羨ましく感じていた。
 そんなに思いを寄せていたことを自覚したが、知盛との仲を応援する役目を選んだのは
賢さからだろう。

「・・・将臣も俺様も報われないよなぁ」
 微かに笑いを零しつつ将臣がヒノエの盃に酒を注いだ。
「ついでに譲もか?」
「ああ、そうだ。いたね、譲も」
 うっかり譲をついで扱いしてしまったが、結局は誰もがと結ばれることは無かったのだ。
 確認をしたことはないが、他の八葉の仲間たちもを好ましいと思っていたに違いない。

「俺の場合は近すぎて関係を壊したくなかったってのもあるけどな。お前は誰にでも声かけてた所為だ」
「あっ、ひでぇの。俺は可愛い子に声をかけるのは礼儀だと思うけど?」
 将臣とヒノエの後頭部で音が鳴る。
 譲が軽くではあるが二人の頭を叩いた音だ。

「馬鹿ばかり言ってないで、兄さんは平家の総領だろ。ヒノエも主賓らしく、それなりの礼を弁えろよ」
 文句を言いながら新しい料理の膳を整える譲。
「譲〜、そんな顔で言っても説得力ないケド?男前になったな〜」
「ウルサイ。いいから食え」
 ヒノエに頭を撫でられた譲がその手を振り払った。
「へ〜、へ〜。譲はあれだね。姫君の前でだけイイコちゃんしてるから・・・・・・」
「黙れ。食べさせないぞ?」
 さすがにからかいが過ぎたとヒノエも口をつぐんだ。



「お待たせしました〜って・・・どうしたの?」
 知盛に抱えられて遅れて宴に参加した
 その場の空気の微妙さに首を傾げた。
「いや・・・綺麗だね、姫君。舞を見せてくれるんだって?」
「そ〜なの。でも、その前にぃ・・・・・・」
 知盛がを下ろすと、がヒノエの部下たちの方へ近づいた。

「お久しぶり〜〜〜!みんな元気だった?」
「神子様!!!」
 ふつう高貴なる者の傍には近づけないのだが、その高貴な存在とされるが拘っていないのだ。
 誰もが気安くのそばへと集まってくる。

「いや〜、今日は着飾って・・・・・・あたっ!」
「余計な事いうなっ!神子様〜、相変わらずのいちゃいちゃっぷりで」
「今日もお綺麗です、神子様」
「神子様、また舞を見せて下さいよ!」

 言いたい放題の輪の中心にがいる。
 遠くからそれを眺めるのは楽しいものだ。
「あ〜あ。あいつ等、俺を差し置いて遠慮がねぇな〜」
「まあいいんじゃないかな〜。問題はこの後だし」
 いつのまに宴に参加をしていたのか、景時が隣に立っていた。

「知盛。そろそろ質問がでると思うよ〜?コアラ」
 悪戯な笑みを浮かべて景時が楽しそうに知盛へ視線を送る。
「なんだよ、そのコアラってのは」
 ヒノエにとっては初聞きの言葉である。
「さ〜?そのうちわかると思うよ。うん。オレは譲君の美味しい料理を食べよ〜っと!」
 さっさと自分の膳の前に座ると、酒よりも食事とばかりに景時が箸を手に取った。



「神子様・・・その・・・“こあら”をご存知で?」
「こあ・・・ら〜?・・・・・・ああ!コアラ!コアラはね、こういう動物で・・・・・・」
 小筆を手に取ると、簡単な木とそれにしがみつく生き物を紙に描き付ける。

「こぉ〜んな生き物がね、遠い南の国にはいるんだよ。でね、地面にいると敵が多いから、木の高い
ところにしがみついて・・・ユーカリっていう葉っぱを好きな時に好きなように食べてて・・・・・・」
 コアラの説明を知っている範囲で始めただが、そこから自分と知盛の関係について気づいてしまった。


(私・・・無意識に知盛に守られてる・・・・・・知盛にしがみつくのって・・・・・・)


「神子様?」
「・・・・・・あ、ゴメンナサイ。でね?腰が痛いときに、こういう風に知盛にしがみついてたの」
 さらりとがいった言葉に、ヒノエの部下たちの間にざわめきが起きる。


「・・・立ったままで?」
 勇気ある者がさらに質問をする。
「座って。知盛にぎゅって。腰が痛かった時に、後ろに反らない方が楽だったから」
 事実をそのまま言っているだけなので、には周囲の空気の色めきぶりがわからない。


「・・・座って?」
「うん。座って」
 またもざわめくが、ますますわからない


「その・・・神子様?どちら向きで・・・・・・」
「向かい合ってだよ?背中にしがみついたら、ただのおんぶだよ?」
「おお〜〜〜〜、それもそうだ」
 不気味なほどに同じ方向にそろって揺れている。

「・・・なんか、すっごく仲良しさんだね?みんな。タイミングピッタリに首振っちゃって」
 一斉に縦に首を振るのだから、にしたらそちらの方が不思議で興味がある。

「いや〜、それは・・・・・・」
 口篭るヒノエの部下たちを眺めていると、
「・・・クッ・・・お見せした方が早いだろうに」
 の背後に知盛が立っていた。



 知盛を見上げると、その衣を掴んで引く。
「知盛もこっちに来たんだ。見せてもいいけど・・・もうそんなに腰痛くないし・・・・・・」
「いいから、来い」
 欄干側に腰を下ろし、を手招きする知盛。
 四足でが移動して、常の如く知盛の膝の上に向かい合って座った。

「これ・・・コアラ。さっきの絵と同じでしょ?」
 首だけ振り返ったが目にしたのは、全員が視線を逸らして赤くなっているところだ。
「・・・今度は赤くなるのまでおそろ〜い。どうしちゃったの?みんな・・・・・・」
 首を捻ったままは辛いので、すぐに知盛と向き合う。

「クッ・・・この後すぐに舞を披露する・・・・・・雨も上がった。舞台へ降りるぞ」
「えへへ。こっちの開けた廂のトコかと思ってたけど。よかったね、今だけでも雨が止んで」
 舞台の用意はしてあった。朝から雨模様だったので、ギリギリまで決断が延ばされた。
 幸いにも天候が回復したので、天への奉納の意味もこめ管弦より舞を先にとなった。



「じゃ、行こう?知盛」
「ああ。・・・おしとやかに・・・頼む」
「・・・喧嘩売ってる?」
 按察使に扇を渡され、知盛はを抱き上げて悠々と庭先の舞台へと移動する。
 楽を任された者たちが廂で待ち構えている前を通るのだ。
 少し挑発するくらいの方が知盛には都合がいい。
 そうとは知らないはおしとやかを実行中。

「クッ・・・顔を隠してのご登場とは・・・・・・あの朧なる月の如くだな」
「いいの。皆には戦ってるトコとか知られてるもん。奥方様として成長した私を知ってもらうの!」
 自ら成長したと豪語する

(・・・まあ・・・思うのは自由だ)
 普通は自分で自分を褒めたりはしないものだ。

「さっき一回しか合わせてないから。頑張ろうねっ!」
 舞台に着くと知盛と背中合わせで立つ
 このまま曲が奏でられるのを待てばいい。



 ちょうど雲が流れ、月がその姿を見せた時に楽の音があたりに響きだす。
 開かれた舞扇からは零れる月の光。
 誰もがその華やぎの空間に惹きこまれた───






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 あとがき:十六夜じゃなくても二人が舞う展開をご用意(笑)     (2007.04.28サイト掲載)




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