結束





 やや遠浅の位置で船を止め、小船で岸へとやって来た一団。
 一番早い小船から降りてきたのは、かつて知ったる赤い髪の身軽な頭領。
「よう!姫君、元気そうじゃん。ご機嫌麗しく・・・っと、まずは将臣に挨拶が先かな?」
 一応は熊野別当という自覚があるらしく、平氏の総領たる者の名をだした。
「う〜ん。ヒノエくん。もう私の手を取っている時点で順番が違うと思うよ?変わってな〜い」
 が声を上げて笑うのも無理はなく、将臣の前を素通りしての手を取り、恭しく口づけたのだ。
 それを無視といわずして何と言うのだろうか。

「かな?将臣。少し遅くなっちまって悪かったな。一応今回の分」
 海に向けて手を広げるヒノエ。荷物はまだ船にあるままだ。
「さんきゅ!遠いとこ、悪かったな。ついでに言うと、俺もそう長い挨拶はしたくねぇから」
 片手を上げると、ヒノエも片手を上げ、互いの手と手を打ち合わせた。

「マジで将臣たちが来てるとは思わなかったよ。兄さんも姫君と睦まじく・・・らしいね?」
 の背に立つ人物にようやく視線を向けるヒノエ。
「悪いが・・・新婚なものでな・・・・・・」
 ヒノエが口づけたの手にさり気なく触れている。

「こわいねぇ・・・迂闊に贈り物なんて渡さないでよかったよ。・・・首がポンと飛ぶってね」
 そういって首の辺りで手を横切らせるものの、指を鳴らして部下へと合図をする。
「俺様の首は高くつくぜ〜?っていうのはご存知だろうから。姫君に贈り物と唐菓子をどうぞ」
 部下がの前に差し出した箱は、大きな箱の上に小さな小箱が重ねてある。
「えっと・・・ありがと、ヒノエくん」
 小さな箱のひとつを手に取る
 中から現れたのは竹細工の透かしも見事な細工の扇だった。
「うわ・・・・・・綺麗・・・・・・」
「これから夏だしね。暑い時にどうぞ。もうひとつは朔ちゃんの分。来るんだろ?とお揃いだよ」
 軽く片目を閉じるヒノエ。
「ええっ?!だったら、ヒノエくんから渡した方がいいよ。だって・・・・・・」
「いいの、いいの。そう堅苦しいもんじゃないんだから」
 浜辺で会話をしていると、馬の嘶きが響く。
 景時とリズヴァーン、遅れて家長が馬で浜辺へと近づいてきていた。





「いらっしゃ〜い!待ってたよ」
 景時がヒノエに近づくと、定番の挨拶とばかりにヒノエと手を打ち鳴らす。
「まあね。ちょっと遅くなっちまったけど・・・・・・」
 さりげなく景時に近づき耳打ちをする。


 『それなりに収穫アリだし』


 すぐに離れて、常の如く話し出す。
「九郎たちも来るんだって?また皆で揃うとは思わなかったよ。まあ・・・こいつらも姫君に会いたく
て煩いの、なんの。今日はいつもは留守居役の隼人を連れてきたくらい。いつもは俺の代理なんだけど、
今回は熊野別当が出向いているっていう名目があるから俺の代理は不要ってことで。隼人!」
 ヒノエが呼びつけると、すぐに将臣と景時の前に膝をついて頭を垂れた。
 に土産を渡した男だ。
 体躯はかなりがっしりしており、肌も浅黒く、いかにも海の男らしい。

「・・・毎日泳いでますって感じの人だね〜。いや〜、オレは・・・・・・」
「あ、問題ない。知ってるから。こいつ、景時と俺の連絡役にするから。将臣も顔だけは知っておいて
くれよ」
 ヒノエがかなり簡単に説明を加える。
「ああ。OK!ヒノエたちは近場の邸に滞在してもらうようになるんだが・・・・・・」
 雪見御所の敷地内は九郎たちを受け入れるのでヒノエの部下たちまでは迎え入れられない。
 敷地の外の一番近い邸に全員をと、事前に経正と取り決めていた。
「ああ。どうせ交替で船にいるから、飯さえあればどこでもいいぜ?どっちかって〜と、海の近くにして
くれた方が嬉しいんだけどな。何なら、その見張り用の邸とか。あれで十分」
 ヒノエが指差しているのは、港の監視用の邸宅のひとつだ。
「経正!ヒノエがこっちも使いたいってさ。どうだ?」
「ええ。こちらですと使用人が少ないので、今から手配を・・・・・・」
 ヒノエが軽く手を顔の前で左右に振る。
「いいの、いいの。こいつら、酒飲んで寝るだけ。屋根がありゃ十分。お気遣いなく」
 海を見張りたい理由があるのだ。
 さりげなくここにいられる正統な理由が欲しい。
「そうですか。すぐにでもどうぞ。まずは今宵は宴を催しますので、丘の方へお越しいただきたいのです
が、いかがでしょうか?お疲れでしたらまた別の日に」
 経正がさりげなく歓迎の意を伝える。
「実は譲の飯に期待をかけて来たんだ。俺はそっちでいいんだろう?」
「ああ。だろうと思った。今頃、譲が知らせを受けて張り切ってると思うぜ〜?」
 ヒノエがどのようにして九郎たちの来訪の予定を知ったかについては、あえて言及しない。
 後はいかにして話をする時間をつくるかなのだが───


「・・・っくしゅんっ!!!」
 の盛大なくしゃみが響いた。


「兄上。私は熊野別当殿をご案内しながら邸に戻りたいと思うのですが・・・・・・」
 大切そうにを袖の中へと隠し、ヒノエに向かって視線を送る知盛。
「そうだな〜。久しぶりにまずは姫君と語らいたいかな?それに、ここにいるとが帰れなくなるぜ?」
 ヒノエが振り返ると、目を輝かせたヒノエの部下たちがと知盛を見つめている。


「ひでぇ〜言われようですぜ〜?頭。あっしらだって・・・なぁ?」
「神子様と知盛様を船旅で見守ってきたのはあっしらですぜ〜?」
「そう、そう。見せつけられ・・・違った。途中で別れてからというもの、心配で、心配で」
 心配よりは単に知りたがりともとれる話を始める面々。
 景時が間に割って入った。


「ちょーっと待った!ちゃんは昨日まで熱があったから。話は宴の時でいいかな〜?それにね、あれ
以降でみんなが興味ありそうな話題をひとつ提供しておくから!後でコアラを見せてもらうといいよ?」
 さも何かあるとでもいう含みを持たせた景時の言葉。
 景時がたちが先に戻れるよう上手く立ち回る。
 誰もがはじめての言葉について囁きあっているうちに、知盛たちは先に邸を目指して出立していた。


「ま!考えててよね〜。オレは・・・お先っ!」
 ちゃっかり馬に乗り、素早く後を追う景時。
 将臣も予想の範囲なのだろう。片手を上げて見送っている。
「うまいよな〜、景時。しっかし・・・コアラなんてわかるかっての。経正。荷物来たから、今日は早く
上がって今後の計画つめようぜ〜」
 いよいよ新しい荷物がついた。ヒノエの配慮で陸揚げされないままの状態だ。

(船のままが楽だよな〜、実際)
 海上の船を振り返って見つめる将臣。
 陸へ半分上陸してきたヒノエの部下たちは、景時に出された宿題の様なものに頭を捻っている。
 彼らはこちらの寄せ集めの下働きとは訳が違う。

(今はふざけてるけどな・・・・・・)
 金で寝返るような近隣の日雇い武士に頼るしかなかった平氏の最後を思うと複雑な思いがする。
 不足を補うだけの人材は、今回のに対するような事件を起こすだけで忠誠には程遠い。

「なあ・・・経正。俺たちがしてきたことはさ・・・・・・」
 京の方角を見つめる将臣のいいたい事がわかったのだろう。
 経正が付き従いながら頷く。
「ええ。あの義経殿の様な方こそが・・・必要なのでしょう。東に鎌倉殿がいるならば、西は彼のお方に」
「ああ。金子じゃ心許無いんだよな、実際。ここいらで今までのやり方を改めないと・・・な」
 今回、別件ではあるが九郎が出向いてくれるのは渡りに船だ。
 資材が消える事件の結末がどうなろうとも、九郎が西国の大将として活躍してくれれば、あらゆるものに
対して治まりがいい。

(東に対しても面目が立つしな・・・・・・俺が考えるのは、朝廷の政の切り離しだけでいい)
 幼い帝にこれ以上の負担はかけられない。
 頼朝を征夷大将軍としたのだから、朝廷の仕事は神の血筋である皇族の行事だけにしたいのだ。

「いずれにしても。この面倒が片付けば、いい方向に時代が流れそうだ。いっちょやるか!」
 大きく伸びをすると、下働きを監督するために見回りを始めた。





「姫君。こっちには慣れたかい?」
「うん!それがね〜、案外世間は狭いって思い知ったの・・・・・・」
 ヒノエに玉積の夫君との出会い話をして聞かせる
 ヒノエも始めこそ笑いを堪えていたが、あれだけ豪快な蹴りをして相手が無傷なわけがない。
 ついに最後は声を上げて笑い出した。

「あ〜っはっは!姫君?この辺りには他にもそういう人がいるんじゃないかって思わなかったのかい?」
「げ!・・・そう・・・だよね。かも〜〜〜」
 の頬が引きつった。

「そう妻を責めないでいただきたい。・・・一番の被害者は私では?」
 さり気に後頭部に手を添えて見せる知盛。
 現場にいた景時とヒノエは、それこそがツボに入ったらしい。

「あははははっ!だよね〜、すっごい一撃。まさかあんなの投げるなんてさ〜」
「姫君は足だけではなく、腕にも自信があったんだったな」
 景時とヒノエの笑いぶりに、が唇を尖らせる。
「そんな古い話で盛り上がらないでよ。もう治ってるし・・・いいの〜」
 知盛に抱きついて見上げれば、その額へと唇が降りてきた。

「あ〜、あ〜。単に惚気たかっただけかよ〜。まあ・・・俺は障害がある方が燃えるケドね」
 ヒノエの視線に気づかなかったのはだけだろう。
 またもくしゃみをひとつしたからだ。
 降り出しては止む程度の小雨だが、今のには少々厳しい。
「すまないが・・・先に戻らせてもらう」
 知盛がさらに馬を奔らせる。すぐに菊王丸もつき従う。
「うわ〜、客を置いて行くなよ!」
 続いてヒノエ。苦笑いをしながら景時と家長も後に続いた。





 邸の門を潜ると、すぐにを按察使に預ける。
「少し冷えたようだ。風呂と髪を頼む。・・・客人の案内もだ」
 ヒノエの案内まで任せると、部屋へ向かう。
 知盛は雨で濡れた衣を手早く着替えてヒノエを待ち受けた。



「入らせてもらうよ」
 挨拶らしき声の後、ヒノエが知盛の前に姿を見せる。
 着替えを済ませてからきたヒノエが、勧められるままに知盛の前へ腰を下ろす。
「俺としては色々言いたいこともあるにはあるんだけどね。姫君は元気そうだし・・・ね」
 ヒノエの睨みを受け止め、黙って頭を下げる知盛。
 そこへ景時と家長もやって来た。
「お邪魔しま〜〜すってね!あらら〜、もう話が始まってるとか?」
 かなり軽い口調でヒノエの隣に座り込む景時。
 家長は入り口に控えていた。
「ふう。景時がいるとまともに話できね〜や。ま、いいよ」
「あっ!何ソレ。傷つくな〜〜〜。ちょっと待ってね」
 軽く手を動かして呪いを施す。

「さ〜て。これでいいかな?もともとこの部屋には結界張ってあるしね〜」
「はやっ!珍しく気が利いてるよな〜〜〜」
 ヒノエが指を鳴らすと、知盛が顔を上げた。

「まあさ、俺も熊野じゃ神職もしているからね。本当は遅くても昨日着く予定だったんだぜ?
ただね、屋島の方角に禍々しいものを感じたから、寄り道してたら予定通りに今日ってだけ」
 が戻ってくるまでの間のわずかな時間しかない。
 最初にヒノエが知盛に尋ねた事は、景時が知盛に尋ねた事とほぼ同じ。



「ところで・・・平家の怨霊ってさ、いわゆる一門の者の場合は、人とどう区別すんの?
封印の場合はよくても、ただ斬っただけじゃ復活するのかい?他への影響は?そして・・・・・・」



 アンタの兄弟や親戚って、他はどうなっている?───


 知盛は口元に手を当て考え出す。
 夢で聞いた声の主について思い出そうと、記憶の糸を辿りはじめた。






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 あとがき:こんな展開でひとつ。結末は見えてますが。あれ?     (2007.04.08サイト掲載)




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