聖水 「白滝姫?そういえば・・・何かの伝承があったな」 知盛が菊王丸を見ると、頷かれる。 「白龍が言うには・・・なんですけど。その泉の水なら先輩の神気と調和するんじゃないかって。 白龍も、この辺りは何かが変だと・・・・・・」 譲が知盛への為の白湯を手渡す。 「・・・チビ。どういう事だ?」 「わからない。ただ・・・不快・・・霧がかかっている・・・だから、清い水がいいと思って」 白龍の方が穢れに敏感だ。 実際、穢れていた重衡が敷地内へ入る前に気づいていたらしい。 「試すか・・・・・・」 一口分だけ口へ含むと、眠り続けているへ白湯を飲ませた。 「何も変わりませんね?」 真っ赤になって眼鏡をかけ直しながら、譲はから知盛へと視線を移す。 「いや・・・・・・」 知盛がの頬へ手を添えると、の顔が綻ぶ。 「・・・んふふ〜。お帰り〜、知盛。私ね、今日は頑張っちゃったんだけど、ひとつだけゴメンナサイ なんだよね〜」 気分よく目覚めたらしく、知盛以外の人間は眼中にない。 常ならば冷たくなって眠ったままだ。存外に効き目があったらしい。 「あのね、知盛の弟の重衡さんが見つかったの。でもね、何となく変な感じでね。すっごく暴れてて。 だから、軽く気絶させてから浄化しようと思ってたんだけど・・・・・・」 が謝りたいのは、が無茶したことではないらしい。 知盛は目を軽く見開いて続きを促がす。 「一発勝負に出るしかなくて・・・背中にね、こう一撃で。・・・起きられないみたい・・・かも?」 大変申し訳ないが、重衡が起き上がれないのは衰弱だけが原因ではない。 の見事な一撃による打撲も一因である。 「・・・・・・ハッ!放蕩息子はどうでもいい」 のこめかみ辺りへキスをすると、を抱えたままで床へ転がる知盛。 額に手をあて、笑い出した。 「・・・クッ、クッ、クッ」 「何笑ってるの〜?あ〜〜〜。おやつがある〜。譲くんだ!久しぶり・・・顔・・・黄色い」 こちらは打撲が治りかけで、腫れがひいた後は赤黄色くなっている。 「・・・ずっとここにいたんですけどね。今日はのんびり白龍リクエストのプリンを作ったんです。 食べますか?」 通常の倍のサイズのプリンが碗に入っているのが見える。 「食べる〜!いいな〜、白龍。もう食べてるよ。知盛、起こして?」 糖分は瞬間の脳の刺激にはもってこいだ。 気分が浮上するのは吸収率のよさからかは不明だが、眼前にあるのに食べられないのはストレスだ。 「具合は?」 「うん。なんだかスッキリ起きられたんだけど・・・なんでだろ?」 知盛が泉の水を飲ませたのは知らないらしい。 「チビ・・・いいもの見つけたな」 白龍へ言葉をかけてから、を抱えて起き上がるとプリンの碗をに持たせる。 白龍は知盛に褒められて照れている。 白龍にとって、誰かの役に立てるのは嬉しいのだ。 まして、のためにした事で褒められるのは、最上級の喜び。 「プリン〜!ハチミツ・・・・・・甘〜い。美味し〜〜」 満足気に食べると白龍を眺めているだけで楽しいものだ。 知盛と譲は会話もなくその場で寛いでいた。 「お邪魔しま〜す。知盛戻ってる?あっ!いいな〜、おやつ。オレにも!」 「景時さん、お疲れ様でした〜。これね、すっごく美味しいですよ」 が食べかけのプリン入りの碗を景時に見せる。 「ほんと?じゃ、後でいただこうかなっ。少しだけ知盛を借りてもイイ?」 景時はがイス代わりにしている人物の空き時間を確認する。 「いいですよ。知盛ったら仕事半分で帰ってきちゃったみたいだし。私は皆と遊んでますから!」 「うん!神子、今日は何をする?」 白龍が頷き、銀と桜が飛び跳ねた。 「大丈夫。そんなに長い時間じゃないから。譲君。少しだけ頼むね」 「はい。お茶の用意をして待ってます」 譲が少しだけ座っていた場所を移動する。渡殿の気配が窺える方向だ。 知盛はを膝から下ろして白龍のすぐ前に座らせると、景時に続いて部屋を出た。 対の端の渡殿には家長が控えている。 そのまま三人で景時の部屋へと入ってから話を始めた。 「え〜っと。結局ねぇ・・・・・・豊成はこの近辺の生まれで、臨時の人手ってとこなんだよね。だから、 邸の北面の警備の中の一人で。利用したのはやっぱりあの多岐って女房さん。でね、他の仲間はベラベラ しゃべってくれたんだけど、豊成だけは口を割らないんだよね〜。あの多岐って女も食わせ物でね。女房 仲間を無理矢理。出自はいいんだけど、正妻腹じゃないらしくてね。だからこちらで女房をして、それなりの 公達の正室にって野望をお持ちのようだね。どうする?多岐と浮田。小戸は知っていたけど加わっていない。 しかも、行方がわからなくなってるらしい。同じく、話を知っていた安芸は重衡殿付きになってる」 何もしていないようでいて、あちこちに足を運んでいたらしい景時。 「こちらから・・・仕掛けるさ。そう・・・に見つからなければいい・・・・・・」 冷たい視線を庭木の先、寝殿の向こうへと向ける知盛。 「う〜ん。あまり賛成できないけど。あの女房さんは平氏の若君狙いで有名らしいね。ね?家長」 「はい・・・此度は経正様の対へとなりましたが、先ほど重衡様の対へ入るのを見かけました」 知盛が鼻で笑った。 「馬鹿は馬鹿か・・・・・・」 「まあさ、それはそれなんだけど。でさ、豊成の仲間の一人の茂光っていうのが、屋島の出身なんだ。屋島と いえば・・・・・・」 景時が人差し指を立てて知盛の注意をひく。 「屋島・・・まさか・・・・・・」 「屋島も因縁の地なんだよ。ちゃんが白龍の力を解放させた場所で、浜辺の怨霊を一掃した場所」 顎へ手を当てて考え込む。 「しかも、オレたちが到着してからは荷が消えていない。あの北の森には何もなかった。むしろ、白龍の話 だと清浄な場所ですらある。あの地には怨霊は出入りできない・・・と思う」 景時が調査結果をつらつらと話す。 「教経の邸の方がの身体にはいい・・・か」 「そういう事にはなりそうだね。教経殿もそう言っていたよ。あの辺りは、戦火を免れたのが不思議なくらい だって。考えてみればそうだよね〜。ここまで燃えたのに、ほんの目と鼻の先の森が残っているんだから」 景時の視線が、庭先の木々へと向けられる。 この邸とて、邸はほぼ全焼したのに、庭木は残ったのだ。 この付近の不思議な力の源があの泉なのだとすれば、辻褄が合う。 「それと、そもそもの事件の方は、数日でヒノエ君が到着する。港の準備は整っているんだけど、オレたちが 着いてから何も起こらないから、事件の突破口がなくてさ〜。知盛が言っていた話と、オレの考えを合わせると、 ちゃんを誘き寄せるためとも考えられるんだよね。確かに資材が欲しいのかもとも思うけど。それにしちゃ、 わざわざここへ着いたモノを消すんだ。この前のように船で運んだ時なら、海賊みたいに船ごと掻っ攫った方が 楽なのに」 言われてみればもっともだ。 陸へ運び込んだものを再び運ぶにはかなりの労力がいる。 海から来たものならば、船のうちに奪う方が効率がいい。 「・・・目的は、か?」 「そこはオレの勝手な推測。ただね、普通じゃ考えられない事象をわざわざ起こしているっていうのがね。盗む なら、盗めばいいんだよ。こっそりと。これじゃ盗んでますって宣伝してるようなもんだよ」 景時が両手を上げて肩を竦めた。 「屋島・・・だな」 「そ〜ね〜。ヒノエ君が着いてからお願いしようかと思う。船はヒノエ君が本職だから。それに、出来れば 八葉が揃ってからがいいかもしれない。あまり推測で先走ると、迷路に迷い込むから」 どちらかといえば頭脳派の景時の言葉には重みがある。 既に多岐の件、重衡の件、荷物の件と、三つも異常事態が重なっているのだ。 目を閉じて考え込む知盛に向かって、景時がさらに軽い口調で話しかける。 「ねえ、ねえ。豊成に何しちゃうつもり〜?まさかザックリしちゃわないよね?」 視線を感じた知盛が、ゆっくりと目蓋を開く。 「さあ・・・な。その時に考えるさ・・・・・・」 「へ〜〜〜。知盛にしちゃ行き当たりばったりなご意見だね」 考えがあるにはあるのだろう。 ただ、当人を目の前にした時に、理性が残っているかはわからないといったところかと、注意深く様子を 観察する景時。 「足・・・折れていただろう?」 「そ〜ね〜。いいんじゃない?脱走できなくて。それより、食事に毒を盛られないように気をつけてあげてた くらいだよ。尋問する前に死なれちゃ困るしね〜」 涼しい顔で、さらりと言い返す景時。 知盛の目が見開かれた。 「あの女性は・・・少し変だと思う。思い込みが激しいだけで、あそこまで出来るかな?オレなんかにはそこまで 執着する野望なんてものはないから、わからないんだろうけどね」 多岐という女は、手ごわく狡賢いというよりは、狂っている─── 「あれは・・・生きた人間なのか?」 「そこの判断はちょっとねぇ。どうすればわかるんだか・・・・・・」 何が難しいといって、平家で御霊(みたま)を呼び戻した怨霊に限っては、とかく判断しかねる。 「クッ・・・怨霊でも斬れるぜ?」 口の端を上げて微笑みかける知盛。腕自慢のようでいて、そうではない。 「まぁ〜た、また〜。怨霊だ・か・ら。でしょ?」 人は斬れない。怨霊ならば、斬れる。それだけの違いだ。 の気持ちを思いやっての意味が隠されている。 少し離れた場所で知盛と景時を見ていた家長が、こっそり溜息を吐く。 お互いをけん制しているのか、分担を決めているのか、大変わかりにくいが仲だけはいいらしい。 「兄上は・・・お人が悪い」 「そういう時だけ兄上って言うの、どうなのさ?」 しばしの間の後、笑い出す二人。 「それに。朔が来るからね〜。知盛だけが叱られますようにっ」 “ぱんっ”と手を打ち鳴らして、拝む姿勢をする景時。 「その件は覚悟が出来ているからいい」 「つまんないな〜。少しはビクビクしてよ。オレなんて、今からここがバクバクしてるよ〜」 何をしていたのかと詰られそうで、考えるだけで鼓動が早くなる。 ついつい左胸に手を当ててしまう。 「あのぅ・・・梶原様の妹御・・・の話でござますよね?」 恐る恐る口を挟む家長。 「ああ。見た目は淑女なんだが・・・・・・も敵わない方でな」 景時の顔を見れば、見た目はそう悪い部類ではないのだろうと想像がつく。 しかし、も敵わぬ相手となると、想像がつかない。 首を捻る家長を見て、再び知盛と景時が笑い出した。 「そう変な人じゃないから心配しないでね?すっごく可愛いから、それは保証する。ただねぇ・・・きちっと していないと嫌っていう性格なんだよね〜。こう・・・汚すとか散らかすって言葉が大嫌いな感じ?」 何となく母である按察使を思い浮かべて家長が頷いた。 「大変頼もしいお方なのですね」 知盛までもが認めている人物ともなれば、いずれ紹介してもらえるだろうと再び控える家長。 「うん。あとはね、ちゃんが何より大切なんだよね〜。その二つだけ注意すれば叱られないからね〜」 そのような忠告が出来るくらいならば景時こそ両方守ればいいのに、きちんとだけは出来ないらしい。 妙な三人組の会合は、僅かな時間で終わりを告げた。 「お帰り〜、知盛」 床でゴロゴロと転がっているのはと白龍だ。 譲はきちんと正座をしており、いかにもきちんとする派としない派の二種類に分類がされている。 廂で控えた家長は、軽くこめかみあたりを押さえた。 「クッ・・・俺も参加するか・・・・・・」 の背後へ肘枕で転がる知盛。 景時は譲が用意してくれたプリンを食べながら、三人の様子を眺める。 「あれだね。川の字みたいだね〜。ほら、ちょうどちゃんが真ん中でさ〜」 「そうかもしれないですね。・・・いや、あそこで違うって主張してますよ?」 譲が指差す先では銀と桜が数に入れろと飛び跳ねている。 「クッ・・・そう騒ぐな。戯言だ・・・・・・」 知盛が呟くと、二匹は大人しくなった。 「しいていうなら・・・かわに点々で、がわ・・・とか?」 「それ、まったく意味不明です。景時さん」 瞬時に景時が譲に指摘され、周囲に笑いが起きた。 「つまんないよ、景時さん。オヤジだよぅ?それじゃ。白龍!あやとりの続きしようか?」 「うん!今度は私からだよ」 白龍が銀と桜が遊んでいた紐を掴んで起き上がった。 「知盛〜。私ね、まだ一人で座ってるの大変なの」 ころりと知盛の方を向くと、知盛の返事を待つ。 「・・・クッ、クッ、クッ・・・畏まりましたよ、姫君」 その場で起き上がると、足の間に挟みこむようにを抱えて座る知盛。 の座る場所が決まると、紐で何やら形を作った白龍がその前に座り込む。 「神子の番!」 「は〜い。うわ、それからきたか〜」 上手く指に絡めて白龍の指から紐を取り去る。 続いて白龍が形を変えて取り上げるの繰り返しだ。 「へ〜〜〜。上手いもんだね」 「先輩は祖母とよくしてましたからね。白龍は俺と練習してたんだものな!」 白龍の師匠としては、勝負の行方が気になる譲。 外はやや湿度を含んだ空気だが、室内では和やかに勝負が続けられていた、重衡帰還の日の福原。 その晩から、はうなされる事になった。 |
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あとがき:重衡くんが変・・・・・・。神子、強すぎ(汗) (2007.01.13サイト掲載)