感覚の違い





 翌日は、まんまとによって追い出される知盛。
 わざわざ朝餉を待っていたのに、食べ終わると同時に蹴り出された。

「知盛っ!昨日たくさん一緒にいられたから大丈夫なの!お仕事に行きなさいっ!!!」


 は出かけないという約束を取り付け、小雨の中、馬を歩ませる知盛。
「・・・だるいな」
「若君・・・頼みますから、もう少し顔をなんとか・・・・・・」
 まさにやる気が微塵も感じられない顔なのだ。
 家長としても知盛の顔までは取り繕えはしない。
 このままでは還内府から叱りを受けてしまうだろう。
「・・・若君・・・せめてお召し物くらいはきちんと・・・・・・」
「クッ・・・常の事だ・・・・・・」
 片袖を抜いて楽な着こなし方をしており、狩衣がなくても良さそうな状態。
 そのように知盛がだるそうにしていようとも、馬は進み続ける。
 程なく目的地である港まで着いてしまった。



「知盛、来たのか・・・・・・」
 軽く手を上げ、居場所を知らせる将臣。
 馬から降りた知盛が、だらだらとした歩みで近づいた。
「・・・に追い出された」
「あははははっ!だろうな〜。アイツ、素直じゃないから。んじゃ・・・・・・経正!
知盛の分担割り振れよ。早いとこ港だけでも整備終わらせようぜ」
 遠くで図面を広げていた経正を呼びつける将臣。
 経正は知盛の姿を確認すると、小走りに近づいてきた。

「知盛殿・・・この度の・・・・・・」
「伝言・・・聞いていなかったのか?・・・クッ、クッ、クッ・・・首がなくなってもいいと?」
 経正が静かに頷く。
「私の首ごときで済むのならば、いかようにでも。先の戦を収めてくださった神子様をあのような
目に遭わせてしまったとは・・・・・・」
「そうだな。イロイロと・・・勝手に・・・させていただく」
「知盛!お前はそうザクザク斬る気満々なの直せっての。いいから、今日の分担だ」
 将臣に話を中断され、そのまま仕事の話となった。







「退屈ぅ〜〜〜」
 小雨ではあるが、肌寒いというよりは湿気を感じる。
 知盛の単を抱えたままで廂を転がりながら過ごしている
「神子様。更衣も済んでいる事ですし、夏用のお召し物に着替えられては如何ですか?」
「夏って・・・これも脱いだら寝る時と同じですよね?」
 単に袴、薄い布の袿数枚と、これ以上は無いくらいの軽装である。
「いいえ。もっと薄い布がございます。それを重ねるので、ただ脱ぐのではありませんよ」
「そうなんですか〜?着せ替えごっこしてみようかなぁ・・・・・・」

 
 知盛が褒めてくれるだろうか?───


 普段はそう言葉があるわけではない。
 それでも、着物は京のの衣装箱に入りきらないほど按察使に用意させているのだ。
 知盛がに着せたいと思うからだとは感じている。


「ん〜〜〜・・・・・・着替えます!」
 廂の床の上に銀と桜を残して起き上がる。
 着替える前に気づくべきだったろうが、がこの世界、この時代の衣装に詳しいわけも無く、
偶然に早く帰ってきた知盛に、その姿を目撃される事になった。





「・・・マジ?これって・・・シースルー?!」
 着替えさせられてから己の全身の状態を覚った
 単袴はいい。問題は上だ。小袖も薄ければ、袿までもが透けて見える布地の薄物仕様。
「按察使さ〜ん。やっぱり着替え・・・・・・」
 足を出すのと、上半身が透け気味なのは微妙に露出の定義が違う。
 何となく胸元を押さえ気味で立っていた。

「ほう・・・夏衣か・・・・・・」
 いつ帰ったのか、知盛が几帳からの姿を眺めていた。
「知盛!?仕事は?」
「・・・雨足が強くなったのでな」
 サボリではないとの主張なのだろう。
 知盛は立って着付けされていたの前に進み出ると、の手を取り万歳をさせる。
「雨期が終わったなら・・・これも無くていい・・・・・・」
 知盛が手を揺らすと、が着ている薄物の袿の袖が揺れる。
「実際、暑くて着てられないと思うけどぉ・・・・・・」
 こう何枚も重ね着をさせられては、いくら布が薄くても涼しくは無い。
「本来は・・・単袴に薄物だけで過ごすというのもありなんだが?」
「・・・ひぃ〜〜っ!!!丸裸だよ、それじゃ!!!」
 絶句しているをよそに、知盛が按察使にさり気なく注意を促がす。
「按察使。外出時には常の支度に戻すように。ここだけの時はこれで構わん」
 はミニスカとは比べ物にならない恥ずかしさを覚える格好を想像したのか大人しい。
 を抱え、知盛はさっさと寝所に引き篭もった。



「せっかくのお支度が・・・・・・玉積は几帳を。日向は東の格子を」
 知盛が何をするかなどお見通しだ。
 衣装を着た姿を褒めればいいのに、それすら飛ばしてしまうのだろう。

(まったく・・・若君にも困ったものですこと・・・・・・)
 の体調が心配だが、今の知盛ならば無理強いはしないと思われる。
 知盛だけが眺めて楽しむにしても、万が一に備えて部屋の中が見えないよう配慮は忘れない
のが按察使の機転が利くところだ。

「菊王丸。そこは冷えますよ。母屋へお入りなさい」
「いいえ。こちらで銀と桜と共におりますゆえ・・・・・・」
「そうですか。白湯をお持ちしましょう」
 按察使が部屋の周囲に気を配りながら簀子を歩いて去って行く。

 廂ではやや居心地が悪いが、従者ならば主の命には従わねばならない。
 本来は階の下、または、簀子までしか召されることはないのだ。
 従者の控える場所には相応しくないのにいなくてはならない。
 菊王丸は庭木の葉に雨が当たる音を感じながら、その日の午後は見張りをして過ごした。







 翌日もは外出をしなかった。
 その歩みが遅かろうと、ようやく一人で歩けるほどに回復したのだ。
 知盛も心得てか、朝から出仕していた。
「菊王丸くんは、いつから教経さんの従者なんですか?」
「私は・・・京で野菜売りを・・・・・・」
「ええっ?!野菜作れちゃうんですか?」
 菊王丸の身のこなしからは、農作業は思い浮かばない。
「いえ・・・その・・・武家の食い扶持減らしで・・・・・・」
「・・・そうだったんですか。それで雇われて?」
「ええ。家人を募集していたので・・・そこで教経様の目に留まって、通盛様のお邸で」
 が大きく首を傾げる。
「どうして通盛さん?教経さんが面接したんですよね?」
「ええ。通盛様の婚儀を良く思わない者が多かったので、近くにいて不審に思われない従者を
お探しだったようです。その後、福原からは教経様の従者になりました」
「ふ〜ん。そうだったんですね」
 廂で知盛の狩衣を抱えて転がって話をしている
 菊王丸にしてみれば、顔を見せられているだけで困った事だ。
 はまったく気にしていないようだが、知盛にどう思われるかが心配で仕方のない距離。

「あのぅ・・・知盛の事、何か知ってます?えっとね、友だちがいないのは本人に聞いたんだけど」
 が話をしたかったのは、知盛についてだと理解した菊王丸。
「知盛様は、常に一族の先頭においででした。還内府様たちと常に行動されて。清盛様も知盛様を
頼りにされて・・・その・・・知盛様の母君は二位の尼御前様ですから」
「お母さんが違うってことでしたっけ。腹違いとか言ってたかも・・・・・・」
 清盛が数多の女人と関係をしていたのは、歴史でも有名な話だ。
 問題は、教科書の内容以外の詳細を知りたくとも、は日本史が嫌いだったので思い出せないと
いうより、まったく知らない。
「はい。重盛様・・・還内府様とは母君が違います」
「ふ〜ん。あと・・・教経さんって、知盛と仲良し?」
 親族とはいえ、人数が多ければ全員の仲がいいとは考えにくい。
「はい。お二人は武術の稽古を好まれていましたので。よく一緒に稽古をされていました」
「そうなんだ〜〜〜。・・・・・・何だか向こうが騒がしいですね?」
 ですら気づくほど邸内がざわめいている。
「左様ですね。・・・・・・見て参りましょうか?」
 菊王丸が立ち上がると、も起き上がる。
「いいです。私が行く〜。退屈だったし」
「それはなりません!知盛様に叱られてしまいます」
 止めようにも、に触れるのは菊王丸自身が出来ない。
「いいの、いいの。何があったのか見るだけにしますから」
 ひょこひょこと簀子を歩き出してしまい、仕方なくその後ろを着いて行く羽目になった。





 庭先にいる人物を室内へ招こうとして拒否されているらしい。
 見覚えのある銀糸の髪がの興味を惹く。
 しばし渡殿から様子を窺うと菊王丸。

「離せ!私は・・・・・・」
「重衡様!どうかお戻りを!!!」
 貴人相手なので、下男や警護の舎人たちもそう無理強いできないでいるらしい。

「ね・・・菊王丸くん。あの人って・・・・・・」
 が重衡を指差す。
 いつの間にか按察使もの隣へ駆けつけていた。
「神子様・・・若君の弟君・・・重衡様でございます」
「そうですよね。うん・・・似てる・・・・・・住吉の神様が見せてくれた人・・・・・・」
 按察使の言葉で重衡だと確信した。
「戻って来てくれた・・・・・・あっ!!!」
 さらに簀子の端まで移動して様子を窺っていたが、重衡は警護の者の刀を奪い暴れだしている。

「神子様・・・室内へ」
 刀に手をかけて菊王丸がの前へと立つ。
「う〜ん。気絶させた方が早そうだよ?あんなに怪我してるし。しかも、錯乱してる」
 怨霊に取り付かれた人の動きに似ているのだ。
 怪我をしているのに、まったく自分に頓着をしていない。

「しょ〜もな。知盛に叱られちゃうかな〜。でも、邸を守るのは私のお仕事だし!」
 袿を脱ぎ捨て、欄干から庭へと飛び降りる
 あまりの速さに菊王丸は一瞬出遅れてしまう。


「重衡さん!こっち、こっち!!!せっかくお家に帰れたんだから、大人しくして?知盛も
心配してたんだよ〜〜〜」
 剣を片手に、声を張り上げて注意をひきつける

「貴女は・・・・・・誰であろうと、私の罪は消えない。今更帰る場所は・・・・・・」
 に向かって刀を振り上げる重衡。
「ここなんだってば!!!」
 軽く受け流すと、背後へ廻り膝裏を蹴り上げる
 地面に膝をついた重衡の背中を剣の柄の部分で突き気絶させた。

「ふぅ。面倒な人〜。あの〜、誰かお部屋に運ぶの手伝って下さい。按察使さ〜ん!手当てと
お医者さん呼んで下さい。たぶん・・・ちょっとだけ本気出しすぎちゃったかもです」
 とっさの事とはいえ、力加減が出来なかったのだ。
 続いて自身がその場に座り込んでしまった。
「あれれ〜。立てないかも」
「神子様・・・失礼致します」
 菊王丸に抱き上げられ、階へと座らされた。

「神子様?若君とのお約束を破りましたね?」
 微笑みながら手桶の水での足を清めている按察使。
「だって・・・ぐずぐずしてたら、重衡さんが凶暴化しそうだったし。せっかく戻ってきたのに
逃げられてもって。あの・・・重衡さんの手当て、手伝います」
「・・・ふぅ。お止めしても無駄ですわね。重衡様の対は知盛様の傍ですから。支度をしてから
にしましょう。菊王丸、頼みますよ」
 按察使に呼ばれ、菊王丸がを抱き上げる。
 これ以上に何かがあっては、菊王丸の首だけではなく、教経の命までも危うい。
 知盛には後で詫びるとして、素早くを部屋へと運ぶ。

「うわわ!あの・・・一人で歩けます」
「なりません。今日までは安静にとのことでしたのに」
「・・・はい」
 静かになったを知盛の部屋で下ろすと、再び簀子で控えながら菊王丸は先ほどの出来事を
回想していた。

(・・・動きが見えなかった。それに・・・・・・)
 普段はひょこひょこと痛みを我慢しながら歩いていただろうに、土壇場で痛みすら凌駕する集中力と
度胸のよさ。相手の前に飛び出せるのは、腕に覚えがあるからだろう。


 『遠くなくコイツの勇ましい姿は見られるだろうさ・・・・・・』


 今ならば知盛の忠告の意味がわかる。
 庭でを見張っていては逃げられる。
 ほとんど変わらぬ立ち位置にいても、一瞬の飛び出しを止められなかったのだ。


「菊王丸く〜ん?お見舞いに行きましょ〜?」
 支度を整えたが、按察使と共に御簾内から顔を出した。
「はっ」
「歩けますから、大丈夫」
 按察使の腕につかまり、歩き出す
 痛い素振りを見せないつもりらしいが、やはりそれなりに痛みは残っているようだ。
「神子様・・・・・・」
「大丈夫、大丈夫!」
 手を貸そうと伸ばすが、に断わられた菊王丸。
 そのまま数歩送れて二人の後ろに付き従った。





 重衡の部屋では、浮田と安芸が重衡の身体を拭いていた。
「医師はまだですか?」
 按察使が堂々と先触れもなしに御簾を上げて入る。
「はい。もうすぐ・・・・・・」
 たちより少し遅れて医師が到着し、重衡の具合を診立てた。


「・・・滋養のある食べ物をゆるりとですな。傷の治りが悪いのはその所為でしょう」
 切り傷や火傷等が、所々化膿してしまっている。
 丁寧に消毒され、薬を塗って手当てが終了した。
「ありがとうございました。安芸、お見送りを」
 医師の見送りに安芸を行かせると、按察使は重衡の額の手拭を新たに絞り出したものと取り替える。
「熱が・・・あるようですね。お目覚めになったら熱さましもお飲みいただかないと」
 按察使が衾をかけなおす。
 几帳の辺りでは、浮田が医師の薬を飲めるように準備中だ。
「知盛と・・・似てますね」
 按察使の隣でも重衡の顔を覗き込む。
「区別がつかない者もおりましたよ。ただ・・・重衡様は女性に大変細やかな方でしたけれど」
「そうなんですか〜。マメ男なのに、顔にこぉ〜んな傷つくっちゃって」
 左頬に傷痕がある。そのうちに目立たなくなるであろうが、にしてみればもったいないと思う。

「顔を防御は基本なのにな〜」
 戦闘の時、どこを守るといって頭部だ。顔に怪我をするのは力量がないと思われても仕方ない。
 指で傷痕をなぞると、重衡の目蓋が微かに震えた。


「・・・・・・ここ・・・は」
「重衡さんのお部屋」
 が答えると、
「貴女は・・・・・・」
 重衡の目が見開かれ、暴れ出した。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
「煩いです!意味不明な叫びしないで下さい。私が悪いみたいじゃない」
 素早く重衡へ平手打ちをし、辺りを掻きむしる重衡の正気を取り戻させる。
「私は・・・私は・・・穢れているのです・・・・・・炎の中で人が・・・・・・」
「そんなの私だって見ました〜、三草山で」
 落ちてしまった手拭を、重衡の額へのせる
「違うのです・・・私が・・・・・・火を・・・あのような大火にするつもりは・・・・・・」
「つもりがないなら、最初からしなけりゃいいでしょ〜。木と紙ばっかな建物なんだもん。燃えるに
決まってるでしょ」
 今度は重衡の耳を引っ張る。まるで罰ゲームのようだ。
「そう・・・私は知っていて人々を見殺しにしたのです。私は生きていては・・・・・・」
 重衡の瞳は天井の一点を見つめている。天井の中に、過去が映るかのように。


「死んで楽しようっていうのは、かなり格好悪いですよ?」
 重衡を睨みつける。しばし二人は視線を交わしたままで動かなかった。



「・・・結局ね、償いもしないで死んじゃおうっていうのは、自分を甘やかしているんです」
 温くなった手拭を水で絞り出して、再び重衡の額へのせる。
「だから・・・残された人に何かしよ〜って。そう思わないのはズルイです。ちなみに、私は貴方の
お姉さんですよ?」
 ふざけて重衡の頬を指でつつくと、手を払われた。
「私に触れては穢れます!」
「・・・さっき叩いてとっくに触れてるし。それに、重衡さんはラッキーですよ。私ってば、龍神の
神子だったりするので。穢れを祓うのは得意です」
 重衡の片手を取り、その手の甲を撫でる

「貴女が・・・私の?・・・龍神の神子が?・・・・・・」
「うん。お姉さん。確かに黒い気配がたくさんある〜。暗いことばっかり考えてるから、その辺の
怨霊の悪い気を拾っちゃったんですよ?仕方ないな〜」
 が重衡の手を握り締め、気を集中する。
 二人の手が合わさった部分から光が溢れ出し、程なくその場にが横になってしまった。

「神子様?!」
 按察使がの肩を揺らす。
「・・・ちょっと眠くて・・・・・・寝ちゃいますね・・・・・・」
 重衡に添い寝をするようにが横になったままで動かなくなった。

「・・・ここでは若君がお怒りになるわね。菊王丸」
「はっ」
 前へ進み出たものの、が重衡の手を握り締めているのだ。
 按察使と菊王丸の視線を感じるものの、重衡も苦笑いをするしかない。
 誰もがを動かすことを諦めた時───



「ほう・・・放蕩息子のご帰還と聞きつけて戻ってみれば・・・・・・何やら楽しそうだな?」
 髪がしっとりと濡れたままで几帳から中の様子を眺めている知盛。


「兄上・・・・・・私は・・・・・・」
 重衡が痛みで起き上がれないでいると、知盛の方が按察使が空けた場所座り込み、を抱える。

?」
 軽く揺さぶるが、眠ってしまっている。
 の手は、しっかりと重衡の手を握り締めたままだ。
「その・・・私の姉上らしいのですが・・・・・・」
「・・・そうなるな」
 の手はそのままにして、重衡に返事をする。
「可愛らしい方ですね・・・父上のお胤でも、母が違うのならば・・・・・・」
「その姉ではない。俺の妻だ」
 わざとらしく重衡の目の前でに口づけると、の手が自然と重衡の手を離して知盛の狩衣を掴む。

「兄上・・・の?」
「ああ。源氏の神子が・・・だ」
 が寝やすいように抱えなおすと、子供をあやすように軽く頭を撫でた。
「そう・・・でしたか。還内府殿は・・・・・・」
「持ち場を全員が離れられないだろう?後で来るだろうさ。まあ・・・さっさと怪我を治して働くんだな」
 知盛が立ち上がると、重衡の視線がを追っているのに気づく。

「・・・何だ?」
「その姫君をお譲りいただけないでしょうか?」

 知盛は何でも重衡に与えていた。刀であろうと書であろうと、異国の陶器であろうと。
 それこそ、部屋付きの女房さえも重衡が欲しいといえば譲っていたのだ。だが───

「・・・クッ・・・聞えなかったのか?俺の妻だと言っただろう」
 それきり振り返る事無く、知盛はを連れて重衡の部屋を出て行ってしまった。



「・・・あの兄上が?」
 重衡が按察使を見上げる。
「ええ。若君はたった一人の姫を見つけられたのです。・・・今日は薬湯を飲んで御寝なさいませ」
 重衡に薬湯を飲ませて退出する按察使を、多岐が渡殿から見ていた。

(何でも・・・兄上に強請れば下さったのに・・・・・・かの姫だけは・・・・・・)
 薬が効いてきて目蓋が重いが、に浄化された時の心地よい気分が忘れられない重衡。
 次に額の手拭を取り替えた手は、多岐のものだった。





「・・・申し訳ございませんでした。私が・・・・・・」
「・・・クッ。だから・・・間に合わないと言ったんだ」
 菊王丸が項垂れながら知盛の後ろを歩く。
 幸いなのは、覚悟していたほどには知盛は怒っていない。
「重衡の浄化をしたのか?」
「はい。庭へ止めに行く段階で怨霊だと気づいていらっしゃったようで・・・見舞いにと仰るものですから」
 とても一人ではへの対応は無理だ。
 そもそも、を止めるのには捕まえるしかない。
 それには触れる事になる。触れれば知盛の機嫌が悪くなるという、なんとも難しい問題が残るのだ。
 今日は免れたが、次はわからない。
「そうか・・・どうもここがよくないようだな・・・・・・」
 の具合は、福原へ着いてからの方が悪いように感じる。

(景時の調査を待つか・・・・・・)
 対の曲がり角まで来ると、白龍の足音がする。
 振り返れば、譲の姿も見える。

「・・・どうした?」
「知盛さん!白龍のアイデアで・・・もしかしたらコレがいいのかもって」
 譲が手にしているのは、間違いなくおやつとお茶の用意だ。
「いつもの事だな」
 廂の間にてを抱えて座って待ち受ける知盛。
 ここ数日で顔の腫れが治まった譲がせっせとおやつの用意を始めた。





 雨音が耳に心地よく響く梅雨入りの恵みの雨───






Copyright © 2005-2006 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


 あとがき:年の瀬にようやっと登場。     (2006.12.31サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる