初めての種類





 傍目には喧嘩でも、ある程度騒いだら落ち着いてしまうのがだ。
 知盛がからかうので事が大きくなる場合もあるが、今朝方の程度ならば単なるじゃれあいである。
 今ではを抱えて座り庭を眺めている知盛と、式神たちと貝合をして遊ぶ
「もぉ〜。よく考えたらさ、二対一だもん。私が不利だよ〜」
 連敗記録更新中のと、得意げに飛び跳ねる銀と桜。
「もう一回する〜?」
 が貝を集めたところで、先触れの女房が簀子へやって来た。


「申し上げます。お待ちかねの者、参りました」
「・・・通せ」
 通せと返事をした割には動く気配がない知盛。
「・・・誰か来るの?」
「ああ。・・・俺が呼んだ」
 誰がと聞いたのに、またも返事を誤魔化された
 それでも、知盛が呼んだのならば妙な人物ではないだろうと知盛に抱えられたままでいた。



「遅くなりました。この度は・・・・・・」
「挨拶はいい。その辺に全部並べろ」
「畏まりました」
 簀子で挨拶すらさせてもらえずに廂へ進む事になり、急いで篭から布を出し商品を並べ始める。

「・・・あれって・・・・・・」
 布に並べられてゆくのは髪飾りの類だ。
 知盛に呼ばれて来たのは商人なのだとわかる。
「あの髪紐は・・・按察使が何とかしてくれるだろう。福原で初めてというのは・・・いかがかな?」
「すっごいキザ。・・・ありがと」
 知盛なりにを気遣ってくれたのだろう。その気持ちが何よりも嬉しいのだ。

「ね、知盛・・・・・・」
「ああ。俺が・・・選ばせていただくさ」
 の髪をひと房手に取り口づけると、少しばかり部屋の方を向いて座りなおす。
 そろそろ季節は夏になる。
 が欲しがっていた色の組み合わせの髪紐もあるにはあるが、手に取ったのは別の色目だ。
「銀糸、淡い紫・・・・・・これがいい」
「わ〜・・・知盛みたいな色だね・・・・・・あ!」
 相変わらず言葉が足りないと思うのだが、何となく知盛の気持ちがわかった気がする
 振り返り見上げれば、自然と見つめ合う状態になる。

「・・・いつも一緒?」
「さあ・・・な。夏は涼しげな色がいい・・・・・・若紫の君に」
 瞬時にが赤くなる。
 まだ覚えていたのかという驚きと、知盛の口の端の上がり具合がわざわざ言ったのだとわかるからだ。
「お馬鹿っ!どうしてそういう事ばっかり・・・・・・」
 が暴れる前に銀と桜は簀子へ避難をする。
 菊王丸に興味があるらしく、二匹はその側へ寄った。
 一方のは、暴れようと片手を振り上げたところで知盛に動きを封じられてしまう。
 腕を動かせないよう腕ごと抱きしめられてしまった。

「・・・・・・何よ。知盛がスケベなのが悪いんでしょ!」
「今日は・・・大人しくするんだ。痛みが増すぞ・・・・・・」
 体の痛みは、後からくる類が多い。
 が言っていた筋肉の痛みもそうだが、安心してからくる疲れもある。

「どうしよぅ・・・弁慶さんに叱られちゃう」
 今度は青ざめる

「弁慶殿に・・・何を?」
 問いただすつもりもなく声をかけた。
「だって・・・前にね、僕の薬はそんなに効きが悪いのでしょうかって・・・・・・でね、弁慶さんの
言いつけを守らなかったって正直に言ったら・・・・・・」



 以前、怪我をした時に熱を持つほど酷く斬られたことがあり、傷薬をこまめに塗り、清潔にしておくよう
言われたのだ。
 ついうっかり塗り忘れ、清潔どころか天候も悪かったために泥だらけ、再び痛みを覚えで傷口をみれば
化膿していた。

 『治すつもりがない人を看るほど、甲斐のないことはないですね?』

 笑顔で言われたのが、怒られるよりも数倍堪えた
 あの九郎ですらその場を逃げ出したのだ。
 その後はお約束のように傷口を開いて膿を出されて、毎度呼んでもいないのに弁慶が現れては薬を塗られて
包帯を替えられる始末。
 情けないやら、恐ろしいやらで、傷は五日ですっかり塞がった。



「こ、怖かったんだよ〜。こう・・・腕に包帯を巻いてもらっている時に、にこ〜って微笑まれるんだけど、
今度こそ言いつけ守れよ〜?みたいにしか見えないの!」
「・・・クッ、クッ、クッ・・・ハッ!あの弁慶殿をそこまで怒らせたか」
 腰が治っていないのはの所為ばかりではない。
 そういう意味で大人しくといったのではなかったが、熱が上がるよりはいいと知盛は弁慶の名を使う事にした。

「そう・・・だな。まだひとりで立てないとなれば・・・薬の効き目は疑われるだろう・・・な?」
 わざとらしくの腰部を擦る知盛。
「ヤバイっ!どうしよ〜、弁慶さん、いつ着いちゃうの?」
「さあ?・・・姉上様もお出でだろうから・・・・・・準備も含めて最短で五日だな」
 の頬が引きつった。
「たった五日・・・・・・げげっ!」
 弁慶に叱られ、朔に余罪がバレる日まで残り五日なのだ。
 すっかりしょげて小さくなる

「・・・クッ・・・今日は・・・静かに。おい、そこの桜色が入っているのを全部だ。玉積・・・だったな」
 商人に知盛が買う髪紐を指示した後、玉積を呼びつける。
「こちらの対の女房たちで好きなのがあれば買え。按察使にもそう言伝を頼む。譲の見舞いに行く」
「はっ、はい!」
 玉積が按察使への伝言と譲の対の先触れを頼みに部屋を辞した。



「・・・?」
 ほうけているに声をかけるが返事がない。
 余程恐ろしい想像をしているらしい。

「口は・・・閉じた方がいい・・・・・・」
 静かに唇を合わせると、ようやくが動いた。
「ちょっ・・・何してるのよっ!」
 手で知盛の顔を押しやる
「何とは・・・口が開いていらっしゃったので、てっきり私を待っていらっしゃるのかと」
 軽くの髪を手櫛で梳くと、買ったばかりの髪紐で結ぶ。
「・・・都合がイイんだから。べ〜だ!」
「クッ・・・そう誘うなよ・・・・・・譲の見舞いに行きたくないのか?」
 目を瞬かせた後にが笑顔になる。

「行くっ!・・・朔が来るまでにおしとやかも実行しなきゃ」
 小さく握り拳にしている決心ぶりが微笑ましい。
 丁度知盛の対へやって来た按察使が二人の遣り取りを離れて眺めていた。

「若君・・・・・・」
「ああ。玉積、の支度を」
 按察使の後から戻ってきた玉積へ指示すると、玉積がせっせとの為に薄衣や扇を用意する。
 その間に知盛は簀子へ出ると、庭を向いて立った。


「・・・別段問題のなさそうな者は辞めさせました。例の者達は経正様の対へ。それと、経正様が神子様に
直にお詫びを申し上げに伺いたいとの事で・・・・・・」
「首を撥ねられていいなら来いと言っておけ。他は・・・まだ時機じゃない・・・・・・」
 昔の知盛と変わらぬ冷たい言葉に身が竦む。
 按察使が選んだ腹心の女房が多岐たちを見張りつつ、按察使も邸中の内向きについて目配りをしている。
 それらは将臣に頼まれ、今朝決まったばかりの事だ。
 その場にいなかっただろうに、知盛にはすべてわかっていたらしい。
 庭を向いたのはに会話を聞かれないための注意だろう。
 知盛に報告をと機会を窺っていた按察使に難なくあわせてきたのだ。
「若君・・・・・・」
「何だ。・・・家長が戻ったら、俺の従者に戻せと但馬守に言っておけ。貸しただけでアレは俺の従者だ」
 今回の件で経正と知盛の間に亀裂が生じてしまった事は誰の目にも明らかだ。
 按察使が何とか取り成そうと口を開きかけると、室内から大きな音がする。

 振り返った知盛は穏やかな眼差しに変わる。
「クッ・・・あれでは・・・起きられないな」
 玉積の手を借りて立ち上がろうとしたのが、二人で倒れてしまったらしい。
 が玉積の上に乗ってしまっているので、玉積も手を貸せないのだ。

 素早くを抱えて立たせると、空いている手を玉積へと差し伸べる知盛。
「ありがと。知盛」
「恐れ多いことにございます!」
 潮が引くよりも早く玉積が部屋の端へ遠ざかる。

 肩を竦めてから空いていた手もの背に回すと、が笑い出した。
「玉積さんに逃げられちゃったね?」
「ああ」
 そう深く考えて差し伸べた手ではなかったのだが、つい出ていたのは確かだ。
「別に知盛が嫌いであ〜んな端っこまで行っちゃったんじゃないよ?ね!玉積さん。驚いたんですよね!」
 首が取れそうなほど頷きまくる玉積。よほど驚いたらしい。
 簀子で見ていた按察使は涙ぐんでいる。

(若君が・・・なんと人らしく・・・・・・)
 無関心は時に冷酷である。その知盛が以外の人間をも気遣うようになってきているのだ。

「・・・まあ・・・いいさ。銀、桜。来い」
 ぴょこぴょこと知盛との近くへやって来ると、最後に大きく飛び跳ねて肩へと乗る。

「譲の見舞いに行く。後は任せた」
 銀たちがいるのとは反対の肩へを担ぐ。
「ひゃっ!何これ〜〜〜!!!これじゃ荷物扱いだよぅ」
「・・・クッ・・・姫君扱いは、まだ無理・・・だな」
 按察使に手渡された薄衣を被らせて仕上げだ。

「この姿勢、案外楽だけどね。・・・いってきまぁ〜す!」
 対にいる女房にちに知盛の背中から手を振る
 誰にでも変わらぬ態度の北の方は奇異なる存在で、手を振り返していたのは按察使だけだった。



「按察使様・・・・・・私たち、ご挨拶が・・・・・・」
 玉積以外の女房は、いまだに対の主人に挨拶も出来ないでいる。
 それなのに、髪飾りを自由に買えと言い置かれてしまったのだ。
「構いませんよ。こちらの対で守るべき事は簡単です。神子様のお過ごしやすいように・・・後は、お二人の
邪魔をしないこと・・・かしら。早くあちらからお選びなさい」
 商品を広げたままで困っている商人の為にひと声かける。
 
 賢い者ばかりで、知盛が見ていた色は避けて選んでいる。
(あら、あら。思ったより気のつく者ばかりのようですね・・・・・・よかったこと・・・・・・)
 目を細めながら北西の対の方を向く。

(部屋割りは・・・西へは敦盛様とヒノエ様にしましょう。東へ源氏の方々と・・・・・・)
 弁慶の部屋が悩ましい。けれど、案外西でいいのではと思い直す。
(弁慶様ならば、西の方が・・・何かと便利でございましょう)
 情報収集にはもってこいだろう。
 景時と知盛の対とは反対の西に弁慶の部屋を用意する事にした。
 景時と打ち合わせをした時に、考えがまったく同じで笑うことになったのは後での話である。





「譲く〜ん!具合はどう?お見舞いに来たよ〜〜〜」
 許可なく御簾を上げて室内へ入るが、人がいた形跡がない。

「・・・いないみたい?」
「いや・・・・・・いた事は・・・いたな」
 微かに残る気配がある。出て行って間もないといったところだろう。

「どこ行っちゃったのかな〜?」
 辺りを見回すが、近くにはいないようだ。


(ここにいなくて・・・行きそうな場所・・・・・・井戸か・・・・・・)
 を抱えなおすと、さっさと部屋を出て階を降りる。

「誰か、履物を」
 すぐに菊王丸が駆けつけて、知盛の履物を階下へ揃える。
「・・・上出来」
「わ〜、菊王丸さんって、準備いいんですね〜」
 に“さん”付けで呼ばれた菊王丸の顔が強張る。

「神子様・・・私の事は菊王丸と・・・・・・」
「え〜〜〜っ。じゃあ!菊王丸くんにしますね。決定!」
 知盛の背中でのん気な会話が繰り広げられていたが、井戸が見えると井戸端でしゃがんで頭から水浴びを
している人物がいた。

「譲・・・・・・」
「・・・っ・・・知盛さん?!」
 眼鏡をしていないので、人が立っているのだけがぼんやりと見える。
「ああ。見舞いに部屋を訪ねたらいなかったのでな・・・傷を冷やすならここだろう?」
「ええ。兄さんが煩いし・・・笑われるのわかってますから・・・・・・先輩?!」
 眼鏡をかけると、知盛の肩にのっている人物の背が目に入る。
「あ、譲く〜ん?その・・・具合はどう?私はね、また腰をやっちゃっただけで、ぜんぜん元気なんだ。
あの・・・ありがとうね?だから・・・お礼と・・・お見舞いなの。あ!ご飯はね、昨夜のも今朝のも美味し
かったよ!おかずがね、久しぶりに海シリーズだったし。えっとね・・・・・・知盛。これじゃ譲くんに
お尻向けてるってば」
 知盛の背を叩いて向きを変えるようアピールする
 けれど、知盛は動かない。
・・・譲にも都合がある。そう暴れるな」
「えっ・・・・・・」
 は知盛の後ろに控えている菊王丸に視線を合わせると、静かに頷かれる。

「うん。譲くん。あの・・・痛かったら、ご飯無理して作らなくてもいいからね」
「大丈夫ですよ。顔が痛いだけですから。手は・・・一応無事なんです。かばってましたし。ただ、顔って
こんなに腫れるものなんだな〜って感心しているところです」
「え゛え゛っ!そんなぁ・・・譲くんの顔が戻らなかったらどうしよぅ・・・・・・」
 は顔を見せてもらえないので想像だけだ。
 時に想像は膨らみすぎる傾向にある。
「三日で戻るさ。傷の方が治りが後だろう・・・・・・向こうはの従者の菊王丸だ。こちらは還内府殿の
弟君の譲」
 菊王丸が前へ進み出て、譲へ頭を下げる。
「・・・・・・あ、俺は・・・頭を下げてもらうような者じゃないし。先輩のオマケくらいで」
 手を出して握手を交わす二人。

「譲・・・義経殿たちがこちらへ来るそうだ」
「えっ・・・・・・八葉が揃うって事ですか?そう・・・ですか」
 譲は頭の中で冷静に分析を始める。
 今回の件で西国の大将が動くとは思えない。動く方が大事になってしまう。
 別の何かがあるので、見舞いと称して都合よく利用したと考えるべきだろう。
「そ〜なんだよ、譲くん!朔に叱られる前に・・・おしとやかにしなきゃなの」
 がいるおかげで、話の方向が上手く逸れる。
「だったら・・・先輩は二、三日は邸から出ないことですね。・・・まして、抜け出そうなんて考えない事です」

 知盛に髪紐を探してもらえなかったら抜け出そうとしていたにはかなり効き目がある言葉だ。
 思わず肩が揺れるほど動揺してしまったが、知盛の肩の上でである。

「ほう・・・北の方様は、脱走をするおつもりだったか」
「ちっ、違っ・・・その・・・・・・」
 一番知られたくない人物に知られてしまい、さらにの動揺は広がる。

「はぁ〜〜〜っ。・・・先輩。せめて俺の顔が治るまでは大人しく頼みます。・・・メシ、抜きにしますよ?」
 これまたにとっては避けたい事態で、受け入れられない事だ。

「やだっ、ご飯抜きなんて耐えられないっ。やだぁ〜〜〜!静かにするから、ご飯作って〜〜〜」
「はい、はい。約束しましたからね。それじゃ、昼飯の支度しますから」
 頭へ手拭を被ると、髪を拭きながら譲は台所へ向かって歩いていってしまった。


 譲の姿が見えなくなったところで知盛が再び歩き出す。
 目指すは庭の一角なのだが、今日はずっと菊王丸がついてくる。

(まあ・・・いいか・・・・・・)
 知盛お気に入りの昼寝の場所へと移動した。





 木陰での寛ぎのひとときを満喫?───






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 あとがき:出したい人が多すぎて困る〜(笑)     (2006.11.23サイト掲載)




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