取り仕切る





「退屈させちゃったかな?知盛の部屋、按察使さんが整えてくれたってさ」
 景時による結界つきなのだろう。それに───

「私が直接に会って、気の利いたものばかりをそろえました」
 按察使がを見て、微笑んでくれたのが何よりも心強かった。
「はい!按察使さんがいれば・・・怖いものナシです。失敗しても、次がありますもんね!」
 着替えひとつとっても一人では出来ないとしては、按察使は母親のようで安心するのだ。

「それと・・・今朝ね、うおにが見つけて来てくれたんだけど・・・さ」
 に見せにくそうに箱を開ける景時。
 泥縄の様になってしまっているが、の髪紐だった。

「これ!どこで・・・どうして?」
 箱を持ったの視線は景時に釘付けだ。

「う〜んと。昨夜知盛に聞いてさ、うおにに今朝探させて。昨日、あの辺りは馬も通ったから、道がね。
うおにがいうトコを掘ったら、あるにはあったんだけど・・・・・・」
 箱に入れて持ち帰ったものの、に見せるか迷いに迷って、結局見せることにした景時。

「ありがとうございました。これ・・・乾いたらもう少し落ちるかもだし・・・・・・」
 乾いても泥が白くなるだけで、綺麗にはならないと知っている。
 それでも髪紐を捨てたくないのだ。

(初めての・・・贈り物なんだもん)
 が箱の蓋を閉めようとした時、按察使がその手を止めた。

「神子様・・・元通りとはいきませんが、出来るだけ綺麗にいたしましょう。按察使にお預け下さいませ」
「ほんとですか?」
「ええ。丁寧に少しずつ泥を払えば・・・・・・いくらかは・・・・・・」
 按察使にも自信がないが、このまま乾いてもあんまりだ。
「えっと・・・お願いします!」
「確かにお預かりしましたよ。さあさ!お部屋は妻戸も格子も開け放たせて涼しくしてございますよ。
あちらでのんびり寛ぎなさいませ」
 按察使が変わった一番の事かもしれない。
 姫君、まして北の方ともなれば普通は顔を見られないようにするものだ。
 けれど、按察使はがしたいように整えてくれる。
 あまりに行儀が悪いのは叱られるが、大抵の事は許してくれていた。
「はい。知盛、お部屋へ行こう?」
 に笑顔が戻り嬉しいのだが、それは知盛によってでは無い事が腹立たしくもある。
 八つ当たりの行き先はひとつしかない。

(後で・・・じっくり甚振らせてもらうか・・・・・・)
 豊成の腕は斬っていない。そのかわり、足は折っておいたのだ。
 事実をに知られなければかまわないし、傷でなければ目立たないと思ってわざとした事だ。
 を襲った実行犯の首謀者を、確実に逃げられないようにしておいた知盛。

「知盛?何がおかしいの?」
 知盛の口元が笑んでいたのだ。
「いや・・・・・・部屋へ行ってから・・・な」
「行ってからって・・・・・・景時さん!景時さんの、今日の予定は?」
 知盛に抱えられた瞬間に、助けを求めるべくが景時の背へ向けて手を伸ばす。
 先に渡殿を歩いていた景時が振り返った。
「オレ?オレってば、ヒノエ君を待ったりぃ、九郎たちが来るんじゃお邸の対をどこか用意してもらわな
きゃなぁ〜とか手配もあるしぃ。なんだかとっても忙しくなっちゃったみたい。なんちゃって!サボリが
バレないように、大急ぎで何か適当に仕事を片付けに行ってきま〜すってね!・・・朔にはヒミツだよ?」
 軽く片目をつぶって見せると、知盛の対とは反対の渡殿へ足を向けて行ってしまう。

「やっ、やだ。景時さん!今日は・・・今日はこっちにお泊りに来てぇぇぇぇぇぇ!!!」
 何が心配といって、知盛と完全に二人きりにされるのはそれはそれで困るのだ。
 片手を軽くひらめかせて景時が遠ざかる。

「ほう・・・兄上が恋しいとは・・・・・・困った北の方様だな?」
 昨日までとは打って変わり、常日頃の余裕ありまくりの態度に戻った知盛。
「おっ・・・お兄ちゃんだもん。頼って何が悪いの?」
 知盛にヤキモチを焼かれないよう、なおかつ、自分に被害がないように言葉を選ぶ
 先導の按察使はかなり先を歩いており、もう対の角を曲がってしまった。

「悪くはないが・・・・・・」
 立ち止まるとを降ろして口づける。
「ここ・・・庭から見えるよ?」
「今・・・触れたい・・・・・・」
 
 誰かを頼った事などなかった。
 また、誰かに頼ろうなどとは、考えた事もなかった。

(仲間・・・か・・・・・・)
 の周囲の人間は、とても心が温かいと感じていた。

(あの按察使が・・・伝説の鬼を頼ってここへ来るとはな・・・・・・)
 早馬よりも速い馬に二人乗りだ。
 そのような無理をするなど想像すら出来なかったが、按察使は福原へ僅かな日数で来たかったのだろう。
 最短時間のために、リズヴァーンの馬に乗るという無理をしてまでだ。
 今頃になって、人から大切に思われていた自分に気づく知盛。

「んっ・・・・・・あのね、髪紐きれいにしてくれるって」
 知盛に抱きつき、見上げる
「ああ」
「知盛が景時さんに言ってくれたんでしょう?仲良しさんだもんね、景時さんと」
 昨夜からお互いを呼び捨てにし、言葉も砕けた調子になっている。
「・・・偶然・・・言わされただけだ」
「ふ〜ん。なんだ、そうだったんだ。でもよかった・・・さっき言いたかったの、探しに行きたいって」
 黙ってを抱きしめる知盛。

(物ではなく・・・モノをお求めか・・・・・・)
 が要求しているのは、またも目に見えない不確実なモノ。

「・・・面倒な女だな・・・・・・」
「なんか失礼しちゃう!面倒って・・・・・・」
 見上げれば知盛の目は笑んでいる。
 もしもが探しに行きたいと先程言えたなら、今度は何と答えてくれたのだろうか───


「面倒なのはぁ〜〜〜、朝ご飯もひとりで食べられない知盛サンの方です!お部屋へ行こ〜〜」
「ああ・・・・・・」
 再びを抱き上げると、対を目指して歩き出す。
 昨日までとは見違えてしまう、すべてが開け放たれ光が射しこむ涼しげな知盛の対。

「わ・・・夏っぽい。薄紫って綺麗だね・・・・・・」
 白地に銀糸と水色の刺繍の入った帳に、薄紫色の幅筋が掛けられている几帳。
 開け放たれているため、風で揺れているのがさらに涼しさを誘う。
 几帳のかけ布ひとつで同じ場所とは思えない変わりようだ。

「さあさ、こちらへ」
 廂の間に褥が用意されており、知盛がを寝かせる。
「お庭が見えるし、風も通って・・・気持ちイイね?」
「そう・・・だな・・・・・・」
 庭には知盛たちの移動と共にこちらへ来たのであろう菊王丸が階に控えた。

「菊王丸・・・簀子にて・・・・・・その距離ではに逃げられる」
 指で上がるように指示する知盛。
 の頬が脹れた。
「何よぅ・・・その私が脱走する様な言い方。やな感じぃ」
「だったら・・・もう少しおしとやかにしておくんだな。・・・朔殿も福原へお見えになるだろう?」
 の顔色が瞬時に変わる。
「なっ・・・それって脅迫・・・・・・」
「さあ・・・な・・・いいから寝ろ」
 の背中の方へ知盛も横になり、さりげなくを抱え込んで片手を褥につく姿勢になる。

「・・・何、この手」
 を抱える手ではない。どう見ても逃げないように抑えている手だ。
「この中でならば・・・ご自由に?」
 肘枕でさっさと眠ってしまった知盛。
 それでも腕はびくともせず、に出来るのは知盛が寝ている方を向くくらいである。


「何これーーー!信じられない。せっかく二人でおしゃべりとか・・・・・・」
 手を動かしたので、腕輪が小さな音を立てる。

「・・・そっか。知盛、昨夜、寝てないのかも・・・それに・・・・・・」
 が眠る時に何かを抱えるのが好きな事を知っていて準備されていた知盛の直衣。
 好きな香が焚かれている部屋を風が吹き抜ける、ただ静かな空間。

「按察使さん・・・その・・・ありがとうございました」
 眠ってしまった知盛へ衣をかけにきた按察使に礼を述べる。
 が被っている衣は知盛の腕の内側なので、が困っているのに気づいてくれたらしい。
「あら・・・何のことでございましょう?お部屋は・・・明るい方がいいですわ」
「それで・・・これ、何か知っていたら教えて下さい」
 知盛が寝ているので小声で尋ねつつ、腕を小さく振って見せた。
「まあ・・・おほほ。それは・・・とても喜ばしいですけれど・・・神子様は大変かもしれませんわね」
「え?大変なモノなんですか?・・・知盛に外すなって言われちゃった」
 袖で口元を隠して按察使が微笑む。
「大変といっても、何かが起きるという意味ではございません。そうですね、少しお話をいたしましょう」
 按察使はの顔が見える位置に座ると、の前についている知盛の手を見て再び微笑んだ。

「相国様が一門の者が生まれたら、紋様の装身具を贈るようにとお決めになったらしいのです。一族の繁栄は
一門の結束とのお考えからと伺っております」
「ふ〜ん。皆で同じ腕輪とかを必ずするって事ですか?」
 一門の者が皆で同じ品を持ち合うというのならば、制服のように目印になるといえばなると思える。
「いいえ。そうではなくて、各家から新しい一門の者へ何らかの装身具を贈る慣わしですので、同じ物では
ございません。紋様が同じだけでございます。ただ、その家のお世継ぎをと考えている女性にとなったのは、
通盛様からでしょうか」
「通盛さん?」
 またも覚えなくてはならない人物が増えたが、再び“盛”に戻ったと安心する
「はい。教盛様の嫡男で、教経様の兄上であらせられます。奥方様は、小宰相の局と呼ばれた藤原家の流れでも
名門の姫君でございました」
 過去形で話されたとすると、今はどうなのだろうとの瞳が揺れる。
「・・・今は、相国様のお力で・・・お二人とも生まれ変わっておいでですよ。通盛様は、それはもう小宰相様に
恋い焦がれて・・・ご自分の腕輪をお贈りになられたとか。お世継ぎを産んでいただきたいのだと恋文と共に」
 
 清盛が一族の繁栄と結束を願って装身具を贈り合うことに決めたことは理解した。
 やはり、何らかの装身具を持っているのが一族の者である証しという想像は当たっていた。
 この場合、蝶の模様が家紋であり、目印。
 通盛という平家の若者が恋文を送り続けた相手に、遊びではないという証明にそれを使ったらしいのもわかった。

「そうだったんですか・・・そういう意味・・・・・・って、はぁ?」
 肝心の部分が脳に到達するのに時間を要した
「あのですね・・・世継ぎって子供のことですよね?」
 世継ぎといえば跡継ぎ、跡継ぎといえば長男、長男は男の子供である。
 言葉の変換に時間がかかって、うっかり話が終わりそうになってしまった。

 の慌てぶりが面白く、口元を隠しながら按察使が頷く。
「知盛が?・・・・・・こんな大きな子供みたいなくせに、お父さんになりたいのかな〜?」
 正直、には自信がない。まだ親になるという自覚などまったくないのだ。
「若君は・・・まだ単なる独占欲だとお見受けしますけれど。そうなりたいと、先をお考えなのでしょう」
 知盛は子供を煩がる方で、近づきたがらなかった。
 それでも何かが変わってきているのだ。

「よかった。私・・・まだお母さんになる自信ないし・・・もう少し知盛と二人でいたいなって」
 素直なの反応に、按察使の頬も緩んでしまう。
 知盛の子供を腕に抱く日を夢見ているが、少し先でもいいと思えるのだ。
「それがよろしゅうございましょう。今の若君では・・・ややこまで目の敵にしそうですわ」
 褥についている知盛の手が雄弁に物語る。
 を守るというよりは、離さないための手にしか見えないのだ。

「そういえば、按察使さんの旦那様は・・・この近くでお仕事をしてるんですよね」
 知盛に聞いたが、何となく本人から聞きたい。
「ええ。こちらを任国にされてから長いので、先年までは顔を合わせていましたが。今は息子が京へ使いで顔を
見せるくらいで、しばらく夫とは会ってはいません」
「寂しく・・・ないですか?」
 半年近くも会っていない計算になるのだ。
「そうですわね・・・元気で暮らしているようですし、お互いお仕えしたい主に恵まれましたから。そうそう、
今度こちらへ息子が戻りましたらご紹介させていただきます。若君の従者のひとりにさせていただいております。
先の戦の後からはこちらへ留め置かれていますが・・・・・・」
「知盛が?でも・・・・・・」
 知盛に従者がいたというのは初耳である。
「若君は気に入らないとお役をすぐに変えられてしまいますし、若君についていけるだけの者もなかなかおりません。
・・・京では誰もおりませんわね。いてもお邪魔になりましょう」
「あ・・・・・・」
 ほとんどと二人で過ごしていたのだ。
 知盛の従者代わりというならば、それは譲だったのだと思い当たる。

「玉積。日向。皆の紹介は後ほどにしますから、後は頼みましたよ」
 按察使が立ち上がる。
「あの・・・忙しいですか?」
 もう少し話がしたいが、仕事があるならば引き止められない。
「申し訳ございません。京の皆様をお待ち申し上げる準備をしませんと・・・・・・」
「あ・・・そうですよね。景時さん、皆が来るって言ってたし。・・・あれ?どうして皆来るんだろう。まさか」
 按察使を見上げる

「神子様。昨日は大変でございましたね。それとは別ですよ?この按察使が今朝ついたのです。京を出立する前に
こちらへ皆様が来ることは決まっておりました」
「按察使さん・・・知って・・・・・・」
 一度立ち上がった按察使が、再びの前に座った。
「還内府様から直々にお話いただきました」
「そう・・・ですか。・・・・・・私、平気なんですよ?心配しないで下さいね」
 の手を握り締めると、目を閉じる。
「按察使が・・・あと一日早く到着していれば・・・・・・」
 はまだ知らないだろうが、恐らく首謀者は多岐であると結論は出ているのだ。
 知盛の不徳といえば原因はそうなるのだろうが、経正の配慮が裏目に出た事などが重なり合って起こってしまった。
「えっと・・・按察使さんが来てくれて、ほんっとに嬉しかったです。ここへ来る前に、ちゃんと覚悟していました。
一応源氏の神子って呼ばれちゃってたんですから、目の敵にされるのは仕方ないんです。知盛がいたこの部屋で、
こうしてのんびり過ごせて・・・そっちの方が嬉しいですもん。だから平気です」
「ほんとうに神子様はお優しい・・・・・・若君を信じてやって下さいませね」
 どこからか漏れてしまうだろう結末が一番の心配だ。
 知盛もそれを恐れているから、常よりもに執着しているのだろう。

「・・・それ、無理です。この人、大切な事なんにも言ってくれないし。この腕輪も、按察使さんに聞かなかったら、
単なる通行証かと思ったままでしたよ?」
 否といわれるとは思わなかったが、で大変らしい。
「若君は何と?」
「外すなと、これがあれば問題ないと、そういう事だってだけ。誰かに訊こうと思ったから、別にいいんですけどぉ。
何だか省きすぎだし、横着ですよね〜。どう思います?これで信用なんて無理っ!」
 が手のひらを扇ぐように左右に振る。

「・・・若君は怖いのですわ。そう・・・思いますよ」
 すべてを話して気持ちをも見せた時のの反応が、知盛の望むモノでなかった場合が怖いのだろう。
 言葉が多い方ではなかったが、より少なくなっているのはその所為だと思われる。

「・・・・・・余計な事を言わずに仕事しろ」
「知盛!?起きてたの?」
 振り返ろうにも、褥にあったはずの手はいつのまにかの腰に回されており動けない。

「・・・今・・・だ。俺を信用していない・・・という話だったな?」
 の声が心地よく響いて目覚めかけていたのに、その内容の不穏さに一気に目が覚めたのだ。
「う〜ん。信用・・・したいけど出来ないって話。知盛ってば・・・・・・あれ?按察使さん?」
 按察使はもう簀子を歩いている。

「クッ・・・仕事に行ったみたいだな?」
 知盛の表情は見えなくとも、憎たらしくも口の端を上げて笑っているのはわかるのだ。
 の貴重な情報源を遠ざけようとするのが気に入らない。


「知盛の馬鹿オトコぉぉぉ!もっと按察使さんとお話したかったのにぃぃぃぃ!!!」


 開けた放たれた知盛の対からは、の怒声と知盛の笑い声が響く。
 京の邸にいた時と変わらぬ二人に戻ったのだが、知らない者にはわかりにくい遣り取りだ。
 対の端では玉積と日向がおろおろしながら、簀子の端では菊王丸が俯いて聞かないふりを決め込んで見守る。


「・・・煩い口だな。塞ぐか・・・・・・」
「馬鹿ぁ!そうやっていつも、いつも・・・・・・」





 二人の間にだけ見えないけれど確かに繋がる何か。それこそが大切なモノ───






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 あとがき:平家さんが続出(笑)でも、登場人物は減らさないと大変(汗)     (2006.11.08サイト掲載)




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