つながりは複雑





 日付が変わる時間を過ぎた頃、盛大な音が響きわたる。
 自分の腹の虫の合唱だと気づいたが飛び起きた。

「うぅ・・・音が・・・・・・げげっ!私のお腹とか?」

 起きるまでに時を要する人物とは思えない目覚めのよさに、起きていた知盛も一瞬言葉を
失っていた。
 横向きの姿勢で寝ていたが、背後にいるであろう知盛の方を静かに振り返る。

「・・・聞えた・・・よね?」
「・・・・・・聞えた・・・な。・・・・・・クッ、クッ、クッ」
 額に手を当て笑い出す知盛。

「もう、やだぁ〜!だって、だって、今何時?お弁当食べたのお昼だもん。仕方ないよ。
普通だよ、お腹空くのが」
 手足をジタバタさせながら、いい訳らしきを叫ぶ
 気になるのは知盛だけではない。ここは景時の部屋なのだ。視線を彷徨わせる

「・・・景時は外出している。俺しか聞いていない」
 の額へ手のひらをあてると、やや熱があるように感じられた。

(疲れたか・・・・・・)

「なあに?ね!台所ってどこかな?ご飯があれば、塩むすびくらい作れるよね」
 頭の中は食べることでいっぱいらしい。
 が病だと勘違いした玉積が置いていった着替えと薬湯が目に入った。

「譲が持ってきた膳が向こうにある。・・・食べるか?」
「えっ・・・・・・譲くん、動けるの?」
 景時が無事とは言っていたが、姿を見ていない。
 知盛に抱えられて邸に戻る時には、譲はもう運び込まれた後だったからだ。

「ああ。・・・・・・いい顔になってる・・・利き手はなんとか動きそうだ」
 他に表現出来ない面相になりそうなのだ。
 隠しても無駄とばかりに知盛はあえていい顔と言った。

「・・・・・・・・・・・・殴る。間違いなく殴り返すっ!譲くんがご飯作れなくなったら
どうしてくれるのよ!」
 譲の心配なのか、食事の心配なのかというの言葉に、またも知盛が笑い出す。

「・・・クッ、クッ、クッ・・・そう手を拳にするな。食べるんだろう?」
 の右拳を開かせると、腕輪が軽い音を立てる。
「あ・・・これ、着けたままだった。返さなきゃね」
 外すなとは言われたが、くれるとは言われていない。
 外そうと留め金に指をかけると止められた。

「外すなと・・・言っただろう?」
 やんわり手首を掴まれ、の手のひらにキスする知盛。
「う、うん。でも・・・何かのシルシに貸してくれたのかなって」
 にとっては、知盛が貸してくれた腕輪である。
「・・・敦盛も腕輪や髪飾りをしていただろう?」
 腕輪との手首の隙間へ指を通し、に腕輪が見えるようにする。

「う〜ん。わかんない。ヒノエくんならジャラジャラしてた気がするけど・・・・・・」
 敦盛の鎖は覚えているが、腕輪と言われると記憶にない。
 考え込んでゆく
 いよいよ眉間に皺を寄せたまま動かなくなった。

「そう・・・だな・・・俺も常にしてはいないしな・・・・・・一族の紋がこれだ」
 知盛が軽く指を上下させると、の腕も上下する。
 そして、腕輪の柄をじっと見つめる

「蝶なんだ・・・ふぅ〜ん。ホンモノは嫌いだけど、アクセサリーだと可愛いよね」
「気に入ったなら・・・していろ。そういう事だ」
 指を引き抜き、を抱き上げる知盛。
「・・・ううぅ・・・ちょっと痛い・・・・・・そういうって、どういう?」
 痛いと言われを片腕で抱える姿勢に直した知盛は、無言で膳が置いてある几帳の向こうへ歩く。
 を座らせてから膳を用意し、再びを引き寄せ知盛へ寄りかからせた。

「ね〜、これ・・・何?」
 平氏の家紋らしきが蝶だとはわかった。
 恐らく、持っているのが平氏の者だというシルシなのだとは思う。
 ただ、“そういう事”のひと言でまとめられたのが気に入らない。

「いいから・・・食べろ」
 膳をの前にさらに引き寄せて、話を終わらせようとする知盛。
「食べるけど・・・・・・知盛もまだだったの?」
 知盛の右手側にも知盛の膳がある。
 てっきり酒の膳かと思えば、食事の器が並んでいた。
「ああ。・・・・・・と食べようと・・・な」
 食事など、いつ、どこででもかまわない。
 たった一つの条件が満たされれば───

「むぅ〜〜。なんだかとっても可愛いコトしちゃって〜。ついでにコレ。言っちゃいなよ」
 箸を持った手を振り回す。腕輪をしている方の腕だ。
「・・・一族の者が生まれた時には・・・装飾具を贈る習慣がある。それがコレだ」
「うわ。あまりに簡単すぎて、ちっともわかんない説明だよ」
 が欲しい答えではないという気がする。

(ぜ〜ったいに聞き出すんだから!きっと何か意味が・・・・・・他の人に聞いてもわかるかも)
 そう思うと、知盛を追求するより食事が先である。
 今までしつこく知盛を睨んでいたが、膳に向かって食事を始める。

「・・・クッ・・・わかりやすいな・・・お前は」
 平氏の者なら誰でもいいのだと気づいたらしいの態度が面白く、知盛も食事を取る事にした。





 すっかり満腹になってもだるさが抜けない
 褥を転がって眠りを待つが、体はだるいのに眠りは訪れない。
「・・・景時さん、遅いね?」
 部屋の主がいないのに、たちがいるという変な状況でもある。
「景時は忙しいんだ。色々な?」
 わざと含みを持たせて言い放つと、さり気なく薬湯の入った碗を手に準備する知盛。
「・・・あれ?いつの間に景時さんを呼び捨て?」
 仰向けで動きを止めたが知盛を見上げた。

 知盛の手がの顎に添えられ、親指で唇に触れられる。
 軽く唇を開くと、知盛の顔が迫って来る。

(キスじゃ誤魔化されないよ〜だ。するけど・・・・・・)
 から唇を合わせると、苦い味が流れ込む。

「うにゃっ・・・・・・にっ・・・・・・にがぁ〜〜〜」
 何かを飲まされたとわかった時には遅かった。
「飲んだな?」
「・・・飲んだよ。これ・・・弁慶さんの熱さましの薬の味だ・・・・・・」
 知盛が軽く頷くので当たっているらしい。
「騙した〜。ひどぉ〜い。こんなのズルイよ。キスかと思ったのにぃ・・・・・・」
 が唇を尖らせて抗議する。
 知盛は肘をついて隣に横になると、の顔を覗き込んだ。

「しただろ・・・キス」
「違う。あれは薬飲まされたっていうの」
 ついと横を向かれてしまったので、顎を掴んで知盛の方へ向かせる。

「何がご不満だ?」
「全部。ぜ〜〜〜んぶ!!!・・・・・・」
 腕輪について話してくれない事も、キスではなかった事もすべて気に入らない。
 そして、一番気に入らないことをも思い出してしまった。



 目を見開いて動かなくなったの様子で、すべてがわかってしまった知盛。
 黙って抱え込むようにを抱き寄せた。
「・・・・・・
「・・・うん。平気だよ?触られちゃったけど・・・首につけられちゃったけど・・・・本気を出せば、
あんな人、塵に出来ちゃうもの・・・・・・それに、知盛がキスしてくれれば平気」
「そうか・・・・・・」


 はじめは軽く啄ばむだけのキスを繰り返していた二人。
 最後は苦味がなくなるまで、お互いの熱を確認しあう。
 二人の間の銀糸が切れた時に、ようやくが眠りついた。


「平気・・・か・・・・・・」
 の平気はあてにはならないが、それでも気丈にも耐えようとしている姿が意地らしい。
 つい項の辺りを指で撫でてしまう。

「俺は・・・平気ではないが・・・な・・・・・・」
 どんなにを抱きしめても、知盛を抱きしめ返す腕は無い。
 眠っているは人形のように動かない。
 イライラが募り、の腰紐に手をかけようとした瞬間、御簾が上がる音がした。





「ただいま〜って・・・言っても起きてるワケな〜いよね。あ。ご飯食べたんだ」
 戻ってきたらしい景時の小さいようで大きな独り言に救われた知盛。
 床を裸足で歩く音がし、景時が頭に手拭をのせた小袖姿で現れた。

「・・・・・・あらら、起きてたんだ。いや、寝てるね。・・・具合はどう?」
 起きているとは知盛に、寝ているとはへの言葉である。

「・・・少し熱があった・・・薬湯のおかげで眠ったところだ」
「あら〜。雨が降ってたしね。そっか」
 静かに腰を下ろし、屈みこんでの寝顔を確認する景時。
「うん。よく寝てるね。オレは向こうの塗籠で眠らせてもらうよ」
 風呂上りらしく、頭を拭きながら歩く景時の後姿に声をかける知盛。

「首尾は?」

 手拭を首へかけてから景時が振り返る。
「・・・オレね、こう見えてかなり怒ってたりするわけよ。でもさ、お兄ちゃんとしては妹の前では
キレイでいたいわけ。あ!見目がって意味じゃなくてね、公明正大ってコトね」
 もう少しで怒りをにぶつけそうになった知盛としては、返事が出来ない。
「つまり、怨霊にうなされて眠れなくてもさ、可愛い悪戯なわけ。な〜んちゃってね!おやすみ〜」
 景時は牢にいる賊たちに、しっかり追尾の式神をつけてきたらしい。
 少しばかりの悪戯つきで。


「・・・クッ、クッ、クッ・・・何日眠らせないおつもりなのか・・・・・・・」
 眠らないと人は衰弱し、また、限界を超えれば術などなくても幻覚を見る。
 悪戯と称して拷問のツボを突いている景時のやり方に、今までただ怒っていただけの自分が一番
らしくないと思い直した知盛。

(そう・・・怒りをぶつける相手が違うだろう?・・・・・・)
 薬による眠りのせいか、の寝相は大人しいものだ。
 胸に手を当てると、規則正しく脈打つのが知盛の手のひらへ伝わる。

は消えていない・・・・・・)
 が苦しくないよう抱きしめなおすと、眠りの淵を探すべく目蓋を閉じる。


 その晩、珍しくも夢で聞いた声は、聞き覚えのある声だった。
 『出来のいいお前が・・・俺を無視する父上も、尊敬される兄上も憎かったさ・・・・・・』
 遠い昔に、花の宴で投げつけられた言葉が耳の奥で木霊した。







「・・・これ・・・譲が?」
 将臣の対で朝餉をという事になっているらしく、寝所から普段の部屋へ行くと、しっかりと食事の
用意が整っている。
「譲!どこ隠れてんだよ。出て来い。お前もここで食え!」
 昨夜は白龍を預かり就寝した将臣。
 将臣も譲の姿を見ていないのだ。

「還内府殿。弟君様は・・・・・・」
 譲は塗籠に篭って、内から錠をかけてしまったらしい。

「・・・・・・ったく。台所でこんなの作ってる時点で顔見られてるじゃねぇかよ。アホか、あいつは」
 泣きそうな顔で将臣を見上げる白龍の頭を軽く撫でる。
「大丈夫だって。あいつは馬鹿だから、ブサイクな顔を見られたくないんだろうよ」
「・・・譲・・・怒ってない?」
 あの時、何も出来ないままで縛り上げられてしまった白龍。
 真実の姿を知らない賊たちに、子供は売れるとでも思われたのだろう。
 見事なまでに無傷だ。
「ん〜、怒ってるだろうケド。それは、譲が譲自身にだろうな。他の奴らが揃ったらメシにしような。
まずは・・・顔だ、顔。顔を洗うのからだ!」
 白龍を小脇に抱え、手水を使わずに井戸へ向かう将臣。
 水は冷たい方が気持ちがいいのだ。
「白龍は気にしないで、しっかり食って、しっかり働け。わかったな?」
 動きは粗野だが情が深い将臣らしく、しっかり白龍の世話をしていた。





「・・・・・・ふわぁ・・・・・・体痛い・・・これって・・・・・・筋肉痛?!」
 寝返りをしようとした体が悲鳴をあげたので、動き半端でが固まった。
「・・・痛いのか?」
「うん。めちゃ痛い。何だろう、背中・・・・・・」
 日頃使わぬ筋肉まで総動員して逃げまくったのだ。
 腰痛どころか全身が痛いのは当然といえば当然の結果だった。

「・・・知盛?」
 知盛の手が優しくの背を撫でている。
「痛いのだろう?」
「うん。でも、怪我じゃなくてね。・・・だぶん・・・ものすっごく変な動きしたんだと思う」

 知盛の姿が見えた時に、まさに気が抜けるという経験をしたのだ。
 それまでは腰痛も忘れるほどに夢中で戦っていた。
 龍神の力を使う決心までしたのに、手のひらに集めたはずの力は抱き上げられた時には無くなっていたのだ。

「腰は?」
「・・・わかんない。起きてみる・・・・・・っ・・・ダメかも」
 肘をついた姿勢より先に進めない。

「無理をするな・・・今日は俺がお世話申し上げるさ」
 先に立ち上がってからの脇へ腕を差し入れて一気に立たせる。
 ひとりで立つ事もつらいらしく、上体が揺れているを抱きしめると、額へ口づけた。

「す・・・・・・」
「謝らないで!」
 知盛の言葉を遮る

「知盛の所為じゃないよ。そうじゃないから。私、負けたと思ってないもん」
 下唇を噛み締めながら知盛を見上げるの瞳は、少しも揺らいでいない。

「私は・・・私が出来ること、すべきことをしに来たんだから。大丈夫だから。ほんとだよ?」
 知盛の衣を握り締め、必死に背伸びをするに応えてキスをする知盛。
 そのままを着替えさせると、素早く自分の身支度を整えた。



「景時さんは?」
 の目に入る範囲では、褥は一組しかない。
「景時は・・・・・・」
 子の刻もかなり過ぎてから帰って来たのだ。
 塗籠のある方を向くと、ちょうど景時が体を斜めにしたままで扉を開けて歩いてきた。


「おはよ〜・・・・・・オレさ、体が痛くってさ。病気かなぁ?」


 髪は寝癖で、衣も小袖の片方が肩から落ちそうな景時を見てが笑い出す。
「おはようございます!それって筋肉痛って言うんですよ?病気じゃないで〜す。鍛錬が足りないってヤツです」
 今にも閉じそうな目を必死に開けながら景時が顔を上げる。
「鍛錬かぁ・・・・・・そうね〜、剣術も馬術も向いてないよ、オレ」
 口では向いていないといいながら、知盛を後から馬で追いかけて追いついてきたのだ。

「・・・早いな」
「うん。寝坊するとね、朔が怖いから」
 も思い当たったらしく、景時と目を合わせて微笑む。
「大丈夫ですよ。言わないしぃ・・・・・・痛いのってドコですか?」
 知盛の腰につかまりようやく立っているだが、悪戯はしたい。
「え〜?一番痛いのはね、左の腕なんだけどね・・・・・・ここが・・・っぅ!」
 左肩より少しばかり下を押さえると痛いために顔を顰める。
「じゃ、景時さんは今日はそこ、鍛えなきゃ。ね!」
 景時が痛いと言っていた箇所を数度叩く
「あいたぁ〜!・・・・・・ヒドイよ、ちゃん。知盛も何かないわけ?」
 が何をするか知っていたであろう知盛が止めなかった事を仄めかす。

「さあ?・・・・・・景時の事より、の朝餉の方が心配だ」
「オレには冷たいんだから〜。・・・顔でも洗ってくる・・・・・・」
 頼りない足取りで歩く景時が御簾を上げると、玉積があと数歩で到着するところだった。

「おっはよ〜。昨日はどうも。朝餉は・・・・・・」
「はい。還内府様の対に準備が整ってございます。神子様のお支度を手伝いに参りました」
 景時が部屋の中を振り返る。
 の支度は既に知盛によって整えられていた。

「大丈夫みたい。知盛とちゃんは先に行ってて。オレは後から行くね〜」
 玉積を先導に知盛とが将臣の対へ渡るのを見送る景時。
「そ〜だ。銀を連れて行かないと・・・・・・オレも早く支度しよ〜っと」
 寝癖を撫で付けながら慌てて着替え始めた。





 本日の福原は、朝から日差しが眩しい。晴天なり───






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 あとがき:景時くんが格好イイのは何故?(笑)間違いなくこれは知盛×望美ですよ。ええ!     (2006.08.19サイト掲載)




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