縁の糸





「あの・・・すみませんでした!」
「気にするな・・・俺の落ち度だ。・・・男前になったな?」
 部屋へ入るなり、景時と知盛へ土下座をした譲。
 知盛が先に許しの言葉を言ったことが意外だった。

「譲君、頑張ったよね〜。それさ、明日は左目見えないね?」
 まんまと目蓋が腫れあがりかけている。
 譲の視界は既に通常の半分だろう。
 景時がからかう口調で譲の顔を指差す。

「いいんです、俺のことなんかどうでも。先輩は・・・・・・」
「心配するな。向こうで眠っている。しばらくは起きないだろう・・・・・・どうした?」
 そわそわと落ち着かない様子の玉積に声をかける知盛。

「は、はい。あの・・・お食事と着替えと・・・傷薬を・・・・・・」
 小さな傷ばかりだったので薬は無くても問題ないと思っていた知盛。
 玉積はの腕や足に切り傷があったのに気づいていたらしい。
 心遣いが嬉しくもあり、任せることにした。

「・・・頼んでもいいか?は一度眠ると起きない。塗ってやってくれ」
「はい!」
 玉積が几帳の向こうへと消える。

「あれは・・・弁慶の?」
「ええ。俺が薬は一式持たされていましたし。玉積さんが食事の用意に台所へ来て、話に
出たから・・・・・・これ・・・簡単なものばかりですみません」
 体も痛いだろうに、譲は台所で食事を作っていたらしい。
「大丈夫なの?」
「ダメでも俺か玉積さんが作ったものしか先輩には食べさせたくないですから」
 キッパリと言い切り、景時と知盛の前に膳を整える譲。
 の分は、布巾がかけられ除けられている。

「・・・いつから気づいてた?」
 幸いな事に、几帳よりこちら側の話は几帳の向こう側の人間には聞えない。
 景時は譲がどこまで気づいているのか探りを入れる。

「ボコられた時にですよ。・・・・・・豊成って人の頼みなのと、女を紹介してもらえるって
言ってましたから。豊成って人の恋人っていうんですか?その人に。そういう集団ってことなん
でしょう?」
 痛みで顔を顰めつつも殴られながら聞えていた会話から推理していたらしく、景時たちの答え
を待っている譲。

「そ。アタリだと思う。ただし、証拠が無い。しかも、その豊成って男は何も言わないんだ。
ただ目障りだったとしか」
 景時が将臣から聞いた尋問の結果をあっさりと譲に告げる。

「なっ!そんな馬鹿な・・・先輩をそんな風に・・・・・・」
 拳にした手をついて、膝立ちになる譲。
「いるよ。いるんだ。結果は和議になったけど、亡くなった人もいれば、家を失った人もいる。
この辺りは元々が平氏の統括地だ。源氏は侵略者でしかないんだよ?」
 いかにも軍奉行らしい冷静な分析だが、譲はすべての真実を知っているだけに納得できない。

「・・・そんな人のために、先輩は・・・先輩がどんなに頑張ったか・・・・・・」
「うん。京には認めてくれた平氏の人もいるよね。いいんじゃない?全部上手くなんて無理だよ。
何でも単純に割り切れたなら・・・戦は起きないよ」
 いかにも大人の発言に、自分の幼さを指摘された様で譲が床を拳で叩いた。

「あらら。それ以上怪我を悪くさせたらもったいないよ?せっかくあの戦でも生き残ったんだ。
生きている人は、やる事あるでしょ?これ、いただくよ」
 景時は膳にあるおにぎりに手をつけると、美味しそうに頬張りはじめる。


「・・・すまなかったな・・・譲。邸の近くならばと・・・俺が甘かった」
 知盛が譲の頭に手を置いた。
「・・・っ・・・俺が・・・弱いから・・・・・・」
「俺が何も手を打たなかった。その油断が・・・な・・・・・・」
 不穏な感情を持つ者は、すべて秘密裏に処分しておくべきだったのだと悔やまれる。
 涼風の時の口論が知盛の判断を鈍らせた。
 秘密は最後まで秘密で、誰にも知られないままの方が珍しい性質のものだ。
 
に知られて無視されるのを・・・これほど怖いと思っていたとは・・・な・・・・・・)
 俯いている譲の額を指でついて顔を上げさせた。


「ちょっと待った!!!あのね、ああいう事した方が悪いんだって。ここで謝りあうくらいなら、
きっちり償ってもらおうよ」
 まるでのような前向き発言の景時に、知盛も譲もつい頷いてしまった。
「それじゃこの件はそういう事で。一番ツライのはちゃんだしね。オレたちは・・・ね。
食べないと明日、もたないよ」
 雨が上がれば仕事だ。
 それこそやる事だけは山積みである。

「・・・俺はが目覚めた時に・・・・・・」
 白湯だけを取り、膳を横へ除ける知盛。
 譲が布巾をかけて、の膳の隣へと移した。

「俺、明日の事もあるので先に休ませてもらいます。・・・玉積さん?」
 譲が几帳の向こうから顔を出した玉積に気づき声をかける。
「はい・・・あの・・・・・・知盛様に・・・・・・」
 傷の手当も終わったし、寝汗も拭ったのだがの様子が変なのだ。
 このまま去るのは躊躇われた。



「玉積は戻れ。後は俺が・・・・・・」
 立ち上がるとすぐにの隣へ座り、静かに額を撫でる。
 やや汗ばんでいるが、疲れてうなされているようだ。
「・・・問題ない。よくある事だ・・・・・・」
 体は冷たいのに、額には汗が滲んでいる。
 玉積が辞したのを待ち、の耳元で繰り返しの名を呼ぶ。

「・・・。ここだ。ここにいる・・・・・・」



「・・・り・・・・・・の・・・・・・」

 

 大きく息を吸い込んでから、深く吐き出される。
 それからは再び穏やかに眠っている
 衾をかけなおしてから景時の前へ戻れば、景時の膳はきれいに平らげられていた。





「大丈夫そう?」
「・・・ああ。もう・・・・・・後は腹が減れば起きる」
「う〜ん。実に健康的だ・・・・・・」
 顎へ手を当てた景時が几帳の方を向くと静かに微笑む。
 が、すぐに表情を引き締めて知盛へ向き直った。

「さて、本題に入らないと。オレの件は、経正殿からの依頼なんだ。将臣君も知っている。
ただ、彼が動くと目立つからね。知らないフリしてもらって、実働はオレ。表で将臣君に
目立ってもらうと楽だからね〜」
 自分を指差し、今まで隠密行動をしていた事を明かす。
「この辺り見てもらってるからわかると思うけど、京に比べて復興が遅いでしょ。それって、
福原へ手配したはずの資材が、到着した翌日に消えるからなんだよね。変でしょ」
 両手を軽く上げると、お手上げぶりを仕種で見せる。

「消える・・・とは・・・・・・」
「そう。無くなるとか盗まれるなんて可愛いものじゃない。消えるんだってさ。しかもね、
この前消えたのは、ヒノエ君に細工してもらったのに、消えた資材は売られた形跡もない。
これって、どういう事なんだろ〜って調査中。ただ、知盛殿の言葉である事にさっき思い
あたっちゃったんだよね。あのさ、怨霊使いの人って、まだいるの?」
 大勢で資材を運べば嫌でも目立つ。そんな目撃情報はひとつもない。
 木材を燃やしたとしたら、それも目立つ。
 とにかく跡形も無く消えるのだ。

 海を見ながら調べたことを頭の中でまとめ考えていた。
 ふと、福原にあって京にないものを思いついたのだ。
 そして、知盛の予感の話だ。


 『帝を亡き者にしようとした教盛殿を教経が斬り捨てた。ただ、巻き添えをくった経盛殿も
 一緒に壇ノ浦へ沈んだ。それだけの事なんだが・・・・・・経盛殿は、怨霊だったのに、
 それきり戻らなかった理由が誰にもわからない』


「いる・・・かもしれんが・・・・・・あの最後では・・・・・・」
 清盛が海を巻き上げ辺りを薙ぎ倒した最後の戦い。
 黒き力の限界を超えた時、すべて吹き飛ばされた様に見えた。
 事実、それなりの宝物と呪術を使って復活させた平家の武将の怨霊しか姿を留めていなかった。

「術者は生身の人ばかりだ。それに・・・呪術が使える勾玉を待たなければ、術は使えない」
「へ〜、小道具がいるんだね。そっか。陰陽師みたいに修行は要らないのかな?」
 景時の術は、景時の修行と銃による術式の賜物だ。
 誰でも簡単に出来るモノではない。
「ああ。父上から額に呪を施され、勾玉を分け与えられた者ならば誰でも・・・・・・」
「ふう・・・ん。清盛公から賜る呪と勾玉・・・ね」
 三種の神器ではない宝珠。それが何を意味するのか───



「う〜ん。試しに今度はヒノエ君が着き次第、怨霊に反応する呪いを資材につけてみる。それでダメ
ならまた何か考えないとなぁ・・・・・・嫌な感じがするんだよね、この事件は」
 景時が万歳をしてから、頭の上で手を組んだ。
「・・・俺もですよ、兄上」
 知盛の胸に嫌な空気が流れ込む、妙な感じがする。

(まだ・・・何か・・・忘れている事が?)
 気にかかりつつも、手がかりがあるわけではない。
 首を捻っている景時に視線を戻した。

「ついでに変なこと聞いてもいいかな?」
「・・・クッ、兄上らしくない。何でもお尋ね下さい」
 景時の性格からして、疑問は解決するまで忘れないだろう。
 先ほどの嫌な感じが無くなり、つい笑いも零れる。
「例えばなんだけど、経正殿なんてさ、言われなきゃ怨霊だなんてわからなかった。それなのに、小松
内府殿・・・重盛殿は、どうして黄泉還り出来なかったのかなって謎なんだよね。子息の惟盛殿は復活
出来てるしさ〜。何が違ったんだと思う?」
 知盛とて気になっていた。
 なぜ一門の総領たる重盛だけが還らなかったのかと。
 清盛にすれば、甥よりも息子の復活こそ願っていたに違いないのだ。

「重盛兄上は・・・病で亡くなられたからな・・・・・・」
「それが知盛殿が考える、他の方々との違い?」
 さすがに知盛も考えていたかと、結論に結びつける。
「ああ。晩年は熱病で、手首など枯れ木のようだった・・・御霊が体に戻れなかったとしか・・・・・・」
 受け皿である体が魂魄を受け入れなかったのだろう。
 弾かれた魂がどこへ消えたかは景時にもわからない。
「そっか。・・・仲良しだった?」
 時々どこか懐かしむような視線を将臣へ向けている知盛を見たことがある。

 静かに首を左右に振る知盛。
「年が離れすぎていたから父上の様な存在だった。仲良しとはいかない・・・・・・一門の総領に」
「ふ〜ん。それならオレは・・・年が近いから、こうしよう!・・・知盛」
 景時が手を差し出しながら知盛に向かって微笑む。

「これから面倒な事が起きると思う。オレは何よりも家族が大切で。ちゃんはオレの妹。今日みたいな
緊急時にいちいち考えながら話してられないしぃ〜。もう面倒なのや堅苦しいのはナシでどう?」
 首を傾げながら知盛の返事を待つ。


「・・・クッ・・・わかった。そうさせてもらうぜ?景時」
 景時と握手を交わし、口調も砕けたものになった。
「よかった〜。嫌だとか言われたらどうしようかと・・・でもさ、この方が楽だしいいよね。友だちっぽくて」
「友人・・・というものは、持ち合わせたことがない・・・わからん」
 知盛には友人と呼べる人物はいなかった。
 宮中でもほとんどが一族のものばかり。そもそも、源氏や藤原といった敵対する一族と友人は難しい。
「そ?でも、今までがもう仲間だったしね。一応、友人はオレが一番って事かな?・・・もしかしたらさ、ちゃん
の力が必要な事態になるかもしれないしさ。何があっても、全部諦めないようにしないといけないじゃない?ちゃん
に叱られると堪えるからね〜。こう、胸にグサリとくるんだよ」
 胸を押さえて前かがみになり、痛いという仕種をしてみせる景時。
「・・・クッ・・・景時はに叱られたことがあり・・・朔殿には打たれたことある・・・というわけか」
「ええっ?!どこで聞いちゃったの、そんな話」
 体を反らしながら景時が驚いているのが、より一層可笑しさを誘う。

「景時が言ったんだ・・・自分でな」
「あらら〜。まぁ〜たツルツルっと言っちゃったか。ま、いいや。そういうことだから。・・・痛いからね?」
 身体的な痛みよりも精神的に痛い思いをするから胸なのだ。

(知盛も・・・もう知ってるね)
 によってもたらされた痛みに変わる感情を知ったはずだ。

「どちらの覚悟も出来ている」
 知盛が自分で自分の両頬を軽く叩いてみせると、小さな乾いた音が立つ。
「あらら。平手は左右ですか。オレはまだ片方だしぃ?・・・今夜、少しあの北の森を調べてきたいんだ。ここに
オレの代わりの気配を残していくからさ。もしもの時は桜を寄越してもらえるかな?」
 懐から人型の形代を取り出し、気配の偽造のための呪いの準備をする景時。

「・・・俺とに気を使っているなら・・・・・・」
「いや?それは無いから気にしないで。あの清浄な森でっていうのが引っかかるんだよね。それにさ、将臣君たちの
前では出来なかったけど。牢の人たちにこっそりシルシをつけたいしね。あの人たちが人か怨霊かなんて、オレには
見ただけではわからないし・・・・・・先に手を打ちまくらないと、お兄ちゃん失格って言われそ〜」
 最後に景時が形代へ息を吹きかけると、小さいながら動き出す。

「これでこの部屋の外からはオレが文机で何かしているように見えてると思う。じゃあ、後はよろしく〜〜。有明の
月を拝む前には戻るよ」
 御簾を少しだけ上げて身を滑らせるように外へ出て行く景時。

「・・・クッ・・・面白い男だな」
 女の話には弱いのに、抜け出すのは手馴れたものだ。
 そして、家族の話になるとよく笑う。

(友人で家族か・・・・・・)
 景時に家族と認められ、友人とも認められたのが今夜だったのだと思う。
 お互いの手の内をすべてさらすことはないが、守るべきものは同じだ。
 家族は表面の縁だけでもなれる。婚儀のお披露目をするだけで家族だからだ。



 の隣へ転がり、そろりと髪を払いのける。
 仄かな明かりしかなく、はっきりとは見えないが痣がある辺りに口づける。

(シルシのつもりが、余計な目印になったな・・・・・・)
 申し訳なくもあり、苦々しい気持ちもする。
 風呂で慰められたのは、知盛の方なのだ。


には悪いが・・・・・・アイツだけは・・・・・・)
 背後の女をどう誘き寄せるかを考えるだけで気分が高揚する。 





 綺麗な赤を見せてくれよ?───





 知盛には、月が深紅の涙を流しているように見えていた。






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 あとがき:“縁”は“えにし”と呼んでいただけると雰囲気でるかな〜と。ずるずるっと続いているものですしね。     (2006.08.17サイト掲載)




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