失せ物





 知盛に抱えられながら邸の門を潜った所で違和感を感じる
「知盛。・・・髪紐ある?」
「いや・・・はじめから無かったが?」
 知盛が抱き起こした時にはもう無かったのだ。
 言われてみれば、朝、知盛を送り出した時のは髪を紐で結えていた。
「やだ!ね、戻って!戻るの。髪紐、落としちゃった」
 今まで大人しかったのに、がパタパタと知盛の背を叩き出す。
「・・・いくらでも買ってやる。それに、この雨だ。諦めろ」
 今頃泥だらけで埋もれているか、通りすがりに拾われて持っていかれたか。
 知盛にとってはその程度の事だ。

「違うの!そういう問題じゃないんだから。戻って!探すんだってば!」
 ここまで泣かなかったが泣き出した。
「・・・・・・あの色の髪紐ならいくらでも取り寄せてやる。・・・泣くな」
 色が気に入ったと言っていたのだから、同じ色で編まれた髪紐を探せばいいだけと、軽く
考えていた。

「そんなの・・・同じじゃないもん・・・・・・違うのに・・・・・・」
 あまりに色々ありすぎて、いつものらしくなく大人しくなる。
 それを了承ととった知盛。
 微妙な感覚のズレが、二人の会話を失わせていた。





 玉積を呼びつけると、をつれて風呂へ入る知盛。
 黙って知盛に洗われている
 腕や足に枝や葉で擦れたのであろう切り傷がある。
 一番気になるのは項の痣だ。
 怒るべき相手はではない。
 精一杯怒りを閉じ込めて、丁寧にの項へ唇を這わせる。

「・・・知盛?」
 無表情というよりも、泣きそうな知盛にかける言葉が見つからない。
 黙っての背にいる知盛へ手を伸ばして、その頭を軽く撫でる。



「・・・大丈夫だよ。・・・・・・ごめんね?」
 冷えた体が温まった頃、知盛へ声をかけてみる。
「俺の事は・・・いい・・・・・・だから・・・・・・」
「うん。髪、乾かしてね。知盛がだよ?」
 今まで大切にされすぎて気づかなかった。
 八葉も源氏の兵士たちも、誰もがを大切にしてくれていたのだと、改めて気づかされた。

(そうだよね・・・そうなんだ・・・・・・今まで運が良かったんだよね)
 いい人ばかりに出会えたから、何も無かった。
 最初から敵意を持った人間にひとりで会った事がない。
 九郎たちとの初めての出会いも、不審者とは見られたが敵意は感じられなかった。
 まして、あのような粗暴な扱いを受けたことなど───

「あのね、知盛が来てくれた時、嬉しかったよ」
 白龍の、龍神の力を使わずに済んだ事。
 一時でも使おうとした自分をそう簡単に許したくはないが、使わないで済んだ事は大きい。

「・・・俺は・・・間に合ったのか?」
 将臣たちの前であれだけ堂々としていた知盛らしからぬ言葉。

「うん。でもね・・・ここ・・・毎日キスしてね?」
 思い出すと鳥肌が立つが、事実は消えない。
「ああ・・・・・・」
「毎日、毎日、ずーっとだよ。気持ち悪いの忘れるまで、ずぅーっと」
 どれだけの月日が必要かなど、にもわからない。
 約束は気持ちの整理のために欲しかった。
 言わなくても知盛はしてくれるだろうが、今のには必要だ。

(知盛がいてくれるっていう約束なの・・・・・・)

 が目を閉じると、知盛がを抱えて湯から上がる。
 待ち受けていた玉積に手伝わせながら着替えさせると、を抱え、玉積を従えて部屋へ戻る。
 玉積の手には銀と桜。



「おかえりなさいませ・・・・・・」
 口を聞くつもりもないらしい知盛。
 どちらかといえば、まだ居たのかという冷たい侮蔑の視線を向ける。
 女房たちを無視して、寝所にある旅支度で持ってきた篭を持つと黙って部屋を早足で出る。
 ここは知盛の対であるはずなのに、わずかに渡殿を通過する程度の時間の滞在である。
 目指すは景時の対だから、座ることすらしなかった。



「兄上・・・・・・」
 御簾の外で声をかけると、ひょっこりと景時が顔を出した。
「あらら。どうしちゃったの?ちょっと待ってて」
 景時が御簾を上げ、知盛たちを招き入れる。

「話があるとか?それとも・・・・・・」
「いえ・・・安心して寝られる場所へ来ただけですよ。兄上は、昨夜よく休んだ・・・でしょう?」
 も玉積もいる。
 そう多くを言わずに真意を伝える知盛。

「あらら。とりあえずちゃんは横になった方がいいね。塗籠に・・・・・・」
「や!暗いもん」
 が断固拒否とでも言うように首を横に振りまくる。
「ん〜。じゃ、そこへ褥を整えてもらおうか。玉積さん・・・でしたよね?」
「はい。すぐに」
 几帳の向こうへが寝る場所を整え始める玉積。
 上品ぶっている女房たちとは違い動きがよく、すぐに褥は整えられた。



「あの・・・白湯をお持ちしますので・・・・・・」
 他にも色々持ってきたいが、全部を言うのは憚られる。
「あ、どうも。じゃあさ、入る時に声をかけてもらえるかな?」
「はい」
 素早く退出すると、のために食事も用意しようと真っ直ぐ台所へ向かった。



・・・少し横になれ」
「景時さんのお部屋だよ?」
 知盛がここへを連れて来た理由がわからない。
「ああ。兄上の部屋だ。・・・安心して眠れるだろう?」
「・・・・・・うん」

 知盛に抱えられ、褥へ運ばれる。
 篭を開けて狩衣を出すと、へ手渡す知盛。
「少し・・・兄上と話がある。近くにはいるから大丈夫だな?」
 本当は嫌だが、大丈夫かといわれて否は言えない。

「あ〜っと・・・知盛殿。そこの円座に座ってもらってイイ?」
 景時が先ほどまで知盛が座っていた場所へ知盛を呼び戻す。
 は知盛の背中を目で追うしかできない。
 その時、知盛とを遮っていた几帳が動き出した。

ちゃ〜ん。コレぐらいで知盛殿見える?」
 景時は見えない。けれど、座っている知盛は見える。
「見える!ありがと、景時さん。・・・知盛」

 知盛が横になっているの方へ首だけを向ける。
「明日・・・探しに行ってもいい?」

(まだ・・・諦めていなかったのか・・・・・・)

「いいから・・・寝るんだ。探すどころか、起きられなくなる」
 不満なのか、は返事をせずに知盛の狩衣を頭から被ってしまった。

「ちょっと待った!ちゃん。銀を借りてもいい?ちょっと使いを頼みたいんだ」
 思い出したように手を軽く打ち鳴らすと、がいる方へ声をかける景時。

「・・・いいですよ。桜ちゃんは?」
「桜はちゃんとオヤスミナサイがいいね〜。・・・銀」
 景時に呼ばれ、の枕上から銀だけが姿を消した。



 銀が景時の手のひらにおさまると、景時が小さく手を動かす。
「これで・・・ちゃんに会話を聞かれる心配は無いよ。何か話してるんだろうな〜っていう
状態にしておいたから。声はするけど内容はわからないって感じかな。それと、知盛殿の予想
通り、昨夜からオレの部屋は結界張ってるし。女房さんたちも入れないようにしてある。簡単
には入れないから大丈夫。オレが術を解いた時にしかね。それより、こっちを先にするね」
 銀の頭を軽く撫でると、銀の姿が白い煙と共に消える。

「兄上?」
 銀をどこへ使いにやったのか気になる。
「ああ。銀ね、今日無理しちゃったから戻してあげないと。姿を保てなくなっちゃうんだ。
本来、呼ばれて、戻されて・・・なのに、銀は自分で時空をねじまげて知盛殿のところへ
移動したから。主の命令ナシで来たことだけでも驚きなのにね・・・・・・」
 銀が知盛を呼びに来たのは、の命令とは思えない。
 式神が自主的に動いたなど聞いた事が無い。
 さらに、間に合わないと判断し、最大の無茶をしでかしたのだ。
「それは・・・・・・」
「銀も桜も・・・精一杯頑張っちゃったんだね。ただ、桜は銀を引き戻す方だから。銀ほど
危ない状態じゃない。うおいちより先に来るなんて、予想外だったよ」
 景時の命で付いていた式神より早かったのだ。
「後で・・・労わないと・・・・・・」
「今まで通りでいいでしょ。それが嬉しかったんだと思うし。さて・・・オレに話だよね」
 景時が座りなおすと、知盛も座りなおした。





「・・・そう。ちゃんは巻き添えね。まあ・・・あんまり女人でそういうのは無いから
ねぇ・・・普通は」
 景時は知っている。荼吉尼天に取り付かれた政子の姿を。
 何らかの悪霊に取り付かれたか、本来の性格かはわからないが、ありえなくはない。
 普通はと言ってしまったのは、半分は無意識。
「賊は・・・牢か?」
「そう言ってたよ、将臣君たち」
 景時が探っている一件とは、完全に別件と判明したのだ。
 ここから先は知盛に任せるしかない。

「餌にして・・・じんわり甚振らせてもらうさ」
 珍しく知盛が唇を噛んでいる。
「え〜っと・・・差し出がましいだろうけれど、罪の償いはしてもらわなきゃだけどさ。せっかく
戦が終わったんだし、命はね。うん。大切だよ?」
「・・・クズみたいな者でもか?」
 景時が目蓋の辺りを指で掻きながら溜息を吐いた。

ちゃんが大切だというなら・・・その方がいい。命の長さは、本来人が決めるべきものでは
ないしね。まして、人同士で奪い合うのは・・・ね。ちゃんは、そう考えていると思うよ」
 
 肩膝を立てると、抱え込むように座りなおす知盛。
 に会話が聞えないとしても、口元を見られたくないらしい。


「兄上は・・・どうしてそんなにの気持ちがわかるんだ?」


 あの火急の事態でも冷静に森一帯に術をかけた景時。
 知盛は言われた通りに刀背打ちにしたが、斬り捨てても構わなかった。
 は術の中にいたため、知盛が斬ったように見えていたのだろう。
 を助けた知盛に最初に浴びせられた言葉は、知盛の行為を非難するものだった。


「ん〜?ちゃんとね、話していて思ったんだけど。彼女はこういう争いがない世界から来たらしく
てね。武器というものが日常には存在していないらしいんだ。夜、女の子がひとりでコンビニっていう
所へいっても大丈夫なくらい平和な世の中らしいよ」

 知盛がを見ると、もう眠っている。
 知盛にもが作り出した龍神の力の具現化の光は見えたのだ。
 一時程度は目覚めることはないだろう。
 聞えなくとも、口の動きで会話を知られる心配は無くなった。

「時期が時期だったけれど、最初に朔と会ってすぐに九郎と弁慶に会ったらしくて。九郎が弁慶をつけて
くれたから源氏の軍でも何も起きなかった。もっとも、神泉苑で法皇の命を断れなくて舞ってもらった時に、
九郎の許婚ってことになっちゃったからね。法皇がちゃんを手元に置きたがったから、方便なんだけど。
リズ先生も師匠として常に傍にいた。総大将の弟の許婚で、伝説の鬼の弟子となれば、そうそう無茶をやら
かす馬鹿もいなかったんだ。三草山の初陣で目の前で大きな封印の術を見せられたら、誰もが彼女を崇め
奉っていたよ。そういう存在って、敵方だった人の目にはどう映ったんだろうね・・・・・・」

 の力は誰のものでもないと言い切った。
 頼朝は神子が存在する処に神意有りと大義名分を持ち出した。
 そして、形の上では敵方となってしまった平氏にとっての龍神の神子は───

「・・・最早、神仏など恐れてどうなる・・・と。そこまで追い詰められてはいたさ」
 だからこそ、反魂の秘術を用いてでも一族の棟梁を復活させたのだ。
 平清盛という、一族とっては神よりも必要な存在を。

「今回の件はさ、知盛殿の女性関係が端を発していたわけだけど。平氏の一部の方には、快く思われていない
んじゃないかって、オレなんかは考えたけどね。ま!オレが源氏側だっていうのもあるんだろうけどさ」

 壇ノ浦まで行っていない平氏にかかわった者ならばあり得ない話ではない。
 あの禍々しい陰の気が渦巻く海を鎮めたのを目にしていないのならば───

「・・・連れ歩くべきか?」
「いや。それは嫌がるよ。ちゃんのしたい事と、知盛殿の仕事は同じじゃない。今回の件は、どこから
あの人数を集めたかなんだよ。それも、譲君をあんな風に出来る程の手練れをね。ちゃんも本調子だったら
こうはならなかったとしても、ある程度の人数で襲えば、龍神の神子を亡き者に出来ると思われたかもしれない」

 が白龍の陽の気を使いたがらない理由はわかっている。
 その規模さえ考えずに済んだなら、すぐにも賊は消し飛んでいただろう。

「俺が・・・悪い・・・・・・今朝、嫌な予感がしたのに・・・な・・・・・・」
「なに?予感って」
 
 門脇殿の話をする知盛。
 普段ならば人を殺めたのならそれで終わっている話だ。遺体など水からあがらなくても気にならない。
 遺体もあがらず、怨霊である人物も消えた門脇殿の断罪をした一件。

「ふ〜ん。気になるね。壇ノ浦か・・・・・・。あ。ちゃんが言ってた、探し物ってそれ?」
「いや・・・髪紐を失くしたらしい・・・今朝していた・・・・・・」
「ありゃ〜、それは大変だ。うおに!今度こそ出番だぞ〜」
 景時が声をかけると、文机の上にいたのであろううおにがその姿を現す。
「明日、陽が出てからちゃんの髪紐を探しに行くんだぞ。持ってこられそうなら持ってきて、無理な場所の
時はオレを呼びに戻っておいで。頼んだよ」
 景時の命を受けると、再び姿が見えなくなる。

「・・・あったとしても・・・泥だらけだと思うが?」
 明日には知盛も商人の手配をしようと考えていたのだ。
 それなのに、景時は式神を使って探そうとしている。
 またも意見が合わないことに、知盛が景時を視線で問いかける。

「・・・うん。でもさ、初めてもらったって喜んでいたから。汚れちゃったのは残念だけど、だからといって、
無くていいという事じゃないよ。モノってさ、その時の気持ちがよみがえらない?」
 
 モノに執着したのが初めての知盛にとって、という存在以外で執着しているモノは無い。
「興味が無い・・・・・・」
「そう?オレね、ちゃんの行動好きなんだ。こう・・・大切な昔を思い出させてくれるっていうか。あの衣を
抱いて寝てるのもね、子供の安心の見つけ方みたいじゃない?源氏物語で相手の衣といえば艶っぽい話になるけど、
もっとあたたかいモノを感じるんだよね」
 景時の座る位置からは几帳に阻まれては見えない。
 けれど、景時はがいるであろう辺りを穏やかな眼差しで見つめている。

 大きく伸びをすると、その場で仰向けに転がり額へ腕を乗せる知盛。
「敵いませんよ・・・・・・乳母が俺には感情が欠落していると・・・まあ・・・その通りなのでしょう」
「どうかな〜〜〜。ちゃんといる時、楽しそうに見えるケド。そういうのを感情っていうんじゃない?」
 まさに知ってるぞといわんばかりの笑みを浮かべて知盛を見つめ返す景時。

「まあね〜、今回の件は、朔の平手は覚悟してね。それはもう、オレにも止められないから。止めようがないし」
 大袈裟に両手を振って見せ、感知しないという態度を示す景時。
 これだけの騒ぎになってしまっては、隠し通すのは不可能だ。
 噂はあっという間に京までたどり着いてしまうだろう。

「・・・いくらでも。そんな罰で済むのなら」
 打たれたくらいで済まされるなら、そんな楽な話は無い。
「大丈夫だって。顔が歪むくらいだし。それより、オレの仕事手伝って?」
 可愛らしく両手を合わせて拝む仕種をしているが、今の知盛には脅迫に近い。
 それに、景時は朔に打たれた事があるらしいのも今の言葉でわかった。

(かなりキツイか・・・・・・クッ・・・それもまたいいだろうさ・・・・・・)

「・・・クッ・・・兄上様の願いとあらば、何なりと」
 口調が不真面目でも、景時から手伝いの要請なのだ。
 起き上がると、姿勢を正して座りなおした。


「実は・・・あ。玉積さんかな?」
 景時が話しをしようとすると、渡殿に気配を感じる。
 先に御簾を上げて外を窺えば、歩いて来るのは玉積と譲。

「お客さんだ。軽く夕餉を先にしようか。何も食べてなかったしね」





 話は中断。しばし、休憩となった。
 まだまだ宵の口の福原は雨模様───






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 あとがき:景時くんは、叱られ体質(笑)あっちも、こっちもややこしいですね〜。     (2006.08.16サイト掲載)




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