歓迎は酒盛り





 食事が済むと、譲の手配で将臣の対にかかる渡殿の一画に席が設けられている。
 立ち止まって庭を眺める程度の広さの場所だが、それなりに広さはとってある。
「先輩は大人しくして下さいね。俺は景時さんに伝言してきます」
 譲が行くより早く、知盛が引き止める。
「譲・・・梶原の兄上ならばコイツがいる・・・・・・」
 指で銀を呼び寄せると、
「いつでもどうぞって合図して来い」
 知盛の言葉に反応して銀が姿を消した。

「・・・すっかり知盛さんに懐いてますね」
 小さく笑うと、玉積に手で合図をして白湯と菓子を二人で並べ始める。


「・・・・・・お前、どこの者だ?」
 菓子を出された知盛が、玉積の手首を掴んで捻りあげた。

「っ・・・・・・私は・・・・・・」
「知盛っ!何して・・・・・・」
 手を伸ばして、知盛の手を離させようとするが、ビクともしない。

「・・・・・・これ・・・・・・触れるだろう?」
 ようやく玉積の手を離したかと思えば、今度は玉積の手のひらへ桜を置く知盛。
「あ・・・・・・」
 にも知盛の言いたいことがやっと理解できた様子。
 譲が間に割って入った。

「知盛さん。紹介が遅れた事は俺の責任です。この人は・・・先輩に会いたくてこちらで勤め始めた
んですよ?俺も最初は知らなくて。もう一人の人もですけど、先輩にとても感謝してるって。ただ、
他の女房さんたちと違って、出自が普通ってだけの事で。俺は気取って何もしない人より働き者で
頑張ってると思いますけどね。玉積さん、いい機会です。話してみては?」
 譲が玉積の背を押すと、おずおずと顔を上げてと知盛に再び深く頭を下げた。



「私は・・・この辺りで田畑を耕して生計を立てる程度の小さな家の者です。出自など述べられるほど
立派な血縁者もおりません。けれど・・・戦で私達も男手を取られてしまって・・・将来を約束した人も
先の戦に・・・・・・戻ってこなくて半ば諦めていたのですが・・・・・・」

 玉積の、いうなれば婚約者たる男は、腹に大痣、片腕にかすり傷で戻ってきたらしい。
 その腹の痣をつけたのがなのだと玉積は言う。

「・・・あの・・・それって、私ってば恨まれ・・・・・・」
「とんでもございません!!!神子様のおかげであの人は戻ってきたのですから。ありがとうございました」

 痣が残るほどの怪我をさせたというのに、玉積は涙を浮かべてに感謝をしている。
 の首はすっかり横に傾いていた。

「玉積さん。早く続きを言わないと、先輩わかってないですよ?」
 このままでは、益々の首が傾いてしまう。
 事情を知ってはいるが譲が代わりに言うよりも、玉積が直接話した方がいい。
 玉積の背を軽く叩くと、続きを促す。


「・・・神子様が・・・生きろと・・・おっしゃったから、帰れたと」





 生田の森で混戦になった。一度は退いた源氏軍が盛り返してきた時だ。
 間が悪く、が進む方向に玉積の今の夫である融がいた。
 正面で会ってしまっては、逃げるわけにはいかない。
「いざ、勝負!」
 鉄は貴重品だ。武士ならいざ知らず、数合わせの農民兵に刀は支給されない。
 刀の部分は僅かしかない三流品の薙刀程度である。
「・・・あのね〜、そんなんで勝負できると思ってるの?」
 一撃目でに薙刀を真っ二つに断たれ、残るは棒の部分のみとなってしまった。
 次は自分が斬られる番だと目を閉じた時に、腹部に激痛を感じた融。
 に蹴られ、目を開いた時には既に地面に仰向けに転がっていた。
「・・・言っておくけど。こんな意味の無い戦は私が終わらせる。必ず終わらせるから。生きる事を諦めないで、
大切な人の所へ戻る努力しなよ。斬られるの待つなんて、サイテーだし」
 そのままは戦火へと姿を消したらしい。





「お腹に・・・こう足の痕の様に・・・残っていて・・・笑いながらただいまと。神子様のおかげなのだと
話してくれたのです。それからは、相手から致命傷を受けないように逃げ続けていたらしく。戦が終われば、
戦わずともよい相手なのだからと、笑って言ったのです。・・・もしも機会があればお礼を申し上げたくて。
今回こちらで人を集めていたので、私ならもしかしたらお姿を拝見できる事もあろうかと・・・・・・」
 還内府が源氏の神子をつれて福原へ偵察に来るという事で、経正が邸の人手を新たに集めたのだ。

「そんな事・・・あったかもしれないけど・・・あの・・・ごめんなさい。そんなに痕が残っちゃってるなんて
考えたことなくってですね?そのぅ・・・接近戦は気合一発っていうか、力では負けちゃうから足技って言うか、
相手もびっくりの技をって言うか・・・・・・」
 真っ赤になってが口篭る。
 も剣の修行を怠ったりはしないが、それでも刀を交えたままの接近戦は動けなくなると力が無いので不利。
 出来るだけ相手より早く斬り込んで倒すに限る。
 いかにも下っ端の兵士は、武具すら持たされていない。
 そんな人を相手に斬りつける事は出来なかったがとった手段が蹴りである。
 よもや女人が足を上げるとは相手も思いも寄らないらしく、大抵がいい感じに鳩尾に入り倒れてくれた。


「・・・クッ、クッ、クッ」
 途中から知盛が下を向いて笑い出す。堪えるつもりもないのだろう。
 の蹴りを知っているからなのか、今更恥ずかしがっているに笑っているのかは不明。

「知盛〜〜〜?その笑い方は、なんとなく失礼じゃない?・・・えっと、それで玉積さんは譲くんの部屋の女房
さんになったんだ」
 玉積が首を横に振ると、再び一礼をして話し出す。
「私の様な者は台所の下仕事しかさせてもらえません。譲様に気づいていただけたので、この様に対でお仕えする
事が叶いましたが、本来ならば恐れ多く・・・・・・」
 またもが首を傾げると、知盛がの頭に手を置いた。
「・・・その者は本来田畑を耕しているのが仕事だ。手を見れば分かるだろう?だから銀と桜に驚かなかったんだ」
 は玉積の正面に移動し、桜を膝へ貰い受けると、玉積の両手を己の手のひらへ乗せる。

「神子様・・・・・・」
「働き者さんの手だもの。いいんだよ。それに、桜にも優しいし。玉積さんがいいなぁ、私」
 振り返る。知盛が大きく息を吐き出した。

「・・・だろうな。経正には俺から話す。事情さえ分かれば構わないさ・・・・・・」
 怪しんでいたのは事実。けれど、手を見て理由は分かったのだ。
 問題は、なぜここにいるかだった。
「やった!でも・・・玉積さんがいじめられちゃったら嫌だな・・・・・・」
 知盛の対にいる女房は、下流貴族や領主の娘である。
 平氏の邸勤めをしていなければ、この辺りでは人を使う身分なのだ。
 気位だけは相当に高かった。

「・・・後は譲がいればいいだろう。他の女房たちには経正の対へ行ってもらうさ」
「何だか、それも違う様な・・・・・・譲くんがどうして女房さんの替わりになるのよ」

 知盛が譲の顔を見る。続いて手元にある膳、さらに用意をしてきたのであろう用の衣。
「・・・クッ、クッ、クッ。・・・そのものだと思うが?」
 譲が眼鏡をかけ直しながら溜息を吐く。
「確かにそうですよね。びみょーな気持ちはしますが」
「うん!譲のご飯もおやつも美味しいよ」
 またも白龍の返事で場がまとめられる。
「白龍ったら!食べ物だけ〜?」
「先輩だって、変わらないでしょう?」
 さらりと核心をつかれ、が黙る。
 小さな笑いが起こった時に、銀が戻ってきた。



「・・・一曲奏でるか・・・・・・」
 庭の明かりを見ながら笛を手に持ち、端近に座りなおすと演奏を始める知盛。
 すぐに琵琶の音が知盛の笛の音に合わせるように追いかけてきた。


「・・・経正さんの琵琶だ・・・・・・三草山でも聞いたなぁ・・・・・・」
 玉積の膝に横になり、目を閉じる

 融に話を聞いて想像した源氏の神子とは大違いの
(お礼を申し上げるなど、叶わないと思っていたのに・・・・・・)
 玉積の膝で横になっているのが神子なのだ。
 あどけなさの残る横顔に、玉積の方が驚いてしまう。

(こんなにお若くて、可愛らしい神子様でしたのね・・・・・・)
 融とて力自慢の大男という身体ではないが、田畑で仕事をしている程度には力がある。
 その男を倒した神子というのだから、大女を想像しても致し方ない事ではある。
 つい、の頭を撫でてしまった。

 の目蓋が開き、玉積を見上げる。
「も、申し訳ございませんっ・・・・・・」
「ううん。違うの。髪ね、撫でられるのって気持ちいいから好きなの。知盛も玉積さんなら怒らないよ」
 再び目を閉じてしまった
 玉積が恐る恐る知盛の様子を窺えば、小さく頷かれた。
 笛を吹いていようとも、から目を離していなかったらしい。

 意を決して、再びの髪を梳けば、今度は瞳が開かれることなく閉じたままだ。
 このままでいいのだと続けていると、桜がの肩へ乗る。

「・・・桜・・・でしたわね?お友達になってくれる?」
 頭を撫でると、軽く頷く小さな生き物らしきモノ。
「ありがとう」
 挨拶を終えると、桜は白龍のところへ行ったり、好き勝手に遊び始める。
 
 玉積が顔を上げれば、欄干に寄りかかり笛を吹く公達。
 膝にはその北の方様と、話に聞いた事のある都の貴族の生活がそのまま再現されている。

(融に話したら、驚くかしら・・・・・・)
 今頃は家で寛いでいるだろう夫。
 譲の対で女房仕えをする事になったと話した時は、慌てていたものだ。
 働ける事にはなったものの下働きだった玉積が、いきなりの女房仕えなのだ。
 何かあったらと気が気ではない。

 玉積にしても、公達の相手をさせられる話は聞いていたが、譲にはそんな所がまったく見受けられなかった。
 他の対ではどうかは知らないが、少なくとも譲にはそのつもりはないらしい。
 その上、台所で一緒に料理まで作るのだ。
 台所に水汲みでもないのに男がいるのは不思議だが、譲の手つきは慣れたものだ。


 『・・・それは・・・変わってるな?農民と話までして下さるものなのか?』
 『とても気さくな方なの。平氏一門の方なのに。譲様って、神子様の幼馴染らしくて』
 『ああ。それならば、普通の貴族の方々とは違うんだろうな』


 妙に納得していた夫の態度がそれこそ不思議ではあった。
 を知るまでは───





「・・・知盛って、ほんっと憎たらしいよね。何でも出来ちゃってさ」
 知盛が笛を置くのと同時のの第一声。
は・・・ああ。出来ないのだったな?」
 知っていて挑発する知盛。
「・・・太鼓でも叩きましょうか?知盛殿っ!」
 直ぐにも出来そうな楽器となれば、打楽器しか思い浮かばなかったのだ。
「いえ、結構。調子が狂いそうでございますから・・・・・・」
 額に手をやり、笑い出す知盛。
 の頬が脹れる。

「馬鹿にした、馬鹿にした、馬鹿にした〜〜〜!」
 がジタバタと暴れていると、景時が渡殿を歩いてきた。


「どぉ〜も!助かっちゃった。いくら何でも楽ばかりはねぇ。・・・何してるの?ちゃん」
 褥で暴れているを抱え上げると、涙目で脹れている。
「・・・知盛が・・・私には太鼓も無理だって・・・・・・」
「太鼓?何?お祭りでもするの?」
「!!!ひどぉ〜い!景時さんまでぇぇぇぇぇ」
 訳も分からず、に暴れられたまま抱えている景時。
 知盛が立ち上がった。

「兄上様・・・・・・」
「あ、そうそう。そうだね。さっきはホントありがと。でね、もう一曲お願いしてもいいかな?それで
オレがこっちに来たんだよね。知盛殿の返事によっては、オレがこのまま休めるかがかかってるんだけど」
 を知盛へ預ける景時。
 すっかりご機嫌斜めのは、知盛と目も合わせない。

「それと。ちゃん?朔も楽器は出来ないから安心して。ちゃんは腰が直ったら、舞を披露するのは
どうかな?神泉苑での舞、綺麗だったよ?」
 が拗ねている理由に気づいている景時が、上手に話しを逸らす。
「・・・舞?」
 知盛が首を傾ける。
「そ!雨乞いの時さ〜、後白河法皇が九郎に我侭いってね。舞姫を出せって。ちゃんが春の神泉苑で
一差し舞ってくれたんだよね」
「うん!神子、とても綺麗だったよ」
 白龍が膝立ちで話しに加わる。
 今度は知盛の眉間に皺が寄った。
「・・・狸の前で舞ったのか?」
「狸って・・・知盛も何気に酷いよね。舞ったよ。九郎さんが困ってたから」
 その後に九郎の許婚と紹介された事は言わない
「ほう・・・・・・狸には・・・見せたのか。俺より先に・・・・・・」
 舞を舞うのに顔は隠さない。明らかに不機嫌な顔になる知盛。

「へ〜んな知盛。・・・・・・機嫌直して?笛、聴かせてよ」
 が軽く口づけると、知盛が目を見開く。
「・・・どうした?」
 人に見られるのは嫌だと、普段は主張するらしからぬ行動だ。
「うん。いいの。思った時にする事にしたから。・・・知盛って舞も出来る人?」
「そうだな・・・重衡や惟盛ほどではないが・・・な・・・・・・」
「もぉ〜!そうやって誰かを引き合いに出さないのっ。出来るかどうかだよ?」
 ある意味、知盛のコンプレックスなのだと思う。
 何にも夢中になれないのだ。だから、上手くはあるが、一番との称賛の声は得られない。
と・・・舞えるならば・・・ご覧にいれましょうか?」
「また我侭いってるよ、この人。いいよ。二人でみんなの前でご披露しようね」
 を欄干に寄りかからせて座らせると、隣に腰を下ろす知盛。
 笛を手に取り再び奏で始める。
 に捧げるつもりなのだろう。

 景時もその場に座り、参加した。
 ここまでの道程の無事と一日の終わりに感謝をしながら。

(・・・罠を仕掛けないと、捕まらなさそうなんだよなぁ・・・・・・)
 景時の本来の仕事は別にある。
 一時的には解決しているように見えるが、根が深いのだ。
(さて・・・どうするかな?)
 涼やかな音色に耳を傾けながらも、頭の中では別の事を考え続けていた。





 小さな演奏会は、静かに幕を閉じる───






Copyright © 2005-2006 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


 あとがき:景時くんは、本当に仕事で来てたんです!遊びじゃないです(笑)     (2006.08.13サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる