無鉄砲 「先輩・・・もう歩けないんでしょう?」 「・・・うっ・・・・・・うん・・・・・・」 散歩に出たまではよかったのだが、歩いた道は、同じ距離を戻らなければならないのが散歩。 行きっぱなしでは、いつまで経っても帰れない。 「はい。乗って下さい」 譲がしゃがんでに背中を見せる。 「えっとぉ・・・いいよ、恥ずかしいし・・・その・・・・・・」 いい年して幼馴染に背負われるのは、かなり恥ずかしい。 しかも、今まで気にした事はなかったが譲とて男性なのだと気づいてしまったのだ。 (いつのまに・・・譲くんも男の子だったんだなぁ・・・・・・) 身長は中学生で追い抜かれていた。 それでも、お隣の小さな男の子というイメージがずっとあったのだ。 突然広い背中を見せられて、の鼓動は跳ね上がっていた。 待ちくたびれた譲が立ち上がり、と向かい合う。 「いいですか?先輩。ここにいても、誰がいつ迎えに来てくれるかわかりません。迎えならいい ですけど、迎えではない人たちといつ会うかもわからないんですよ?」 平氏の将の邸が点在するので、それなりに警備の武士がいるにはいるがそれも各邸の周辺のみ。 この時代、自分の身は自分で守るしかないのだ。 日暮れともなれば盗賊や夜盗など、ありとあらゆる犯罪天国になってしまう。 だってわかっているのだ。 (私の我侭でもっと迷惑かけるより・・・イイよね?) 「うん・・・わかった。ごめんね、譲くん・・・・・・」 ようやくが背負われる事を承諾した。 「いいえ。それじゃ、帰りましょう」 来る時は緩やかな上り坂、帰りは下り坂となる。 邸を目指して散歩を続けた。 「着きました。ついでですから、このまま部屋まで送りますよ」 を背負ったままで譲が表門を軽く会釈して通り過ぎる。 もう顔を覚えられているらしく、引き止められる事なくすんなり通過。 「えっと・・・お弁当の続きしようよ。だから・・・譲くんと白龍の部屋は?」 知盛が居ない時に、あの部屋にひとりでは居たくない。 しかし、そうは言えない。 「いいですよ。じゃ、そうしましょう。知盛さんの部屋の人へ伝言を頼んでおきますね」 が戻っていないとなれば、騒ぎになってしまう。 譲は譲で、知盛への気遣いを見せる。 「ありがと!じゃ、おしゃべりしながら食べよ〜ね。出来ればおやつも」 「うん!食べるっ」 白龍も食べる事には賛成だ。 「まったく二人とも・・・おやつには早すぎです。今日は何も作っていないけど、お菓子くらいは あるでしょうから貰ってきますね」 譲がせっせとと白龍の世話をした。 しばし遡る事数刻前。 「よ〜し。これでそろった・・・か?通盛は老けたな〜、どうした?」 「失礼でございましょう?貴方がお戻り下さらないから、経正殿とて、あのように・・・・・・」 隣に立つ経正の顔を凝視する将臣。 頬が少しばかり痩せた・・・ような気もする。 「ま、こんなもんだったかな?体調悪い時は言えよ。・・・言われてもどうにもできねぇケド。一応 陰陽師がいるから、陰の気のバランス取ってくれるくらいはいけるだろ?」 残念ながら、全員が人というわけではない。 怨霊である経正や通盛の体調についての知識は将臣にはない。 「相変わらずいい加減ですねぇ、還内府殿は」 教経が笑い出す。 「つか、お前もな。あいっかわらず笑い上戸だ。悪い、紹介が遅れた。源氏の軍奉行兼陰陽師の景時。 名前くらいは知ってるだろ?」 景時の背を押して、平氏の武将へ紹介する。 「へ〜〜〜、この方が噂の・・・・・・」 教経が景時の全身を隅々まで眺める。 「え〜っと・・・噂とは・・・なんでございましょう?」 視線が嫌味なものなのではなく、あきらかに面白がっているのだ。 「これは不躾な事をしてしまいました。お許し下さい。何でも・・・面白いモノを発明されるとか?」 「ええっ?!どこからそんな・・・・・・」 そうたくさん成功しているわけではない景時の発明。 笑いの意味は、失敗の発明を知っているとしか思えない。 「と、ある筋からですよ。戦の世でなければ、私とて興味がないわけではございません。今度、ぜひ 見せて頂きたい」 差し出された手を握り返す景時。 「・・・その、そう大きな失敗をしない程度に考えますので」 「だよな〜。景時もさ、折角修復した邸とか壊すなよ?」 「・・・御意」 ぺこりと景時が頭を下げたのを合図に、その場で全員が笑い出した。 将臣を中心に、数日後には届くであろう熊野からの物資の話や各自の担当が決められる。 「で、いいな。・・・知盛、逃げるなよ?それから、重衡の件は生田へ人を置く」 重衡が生きているというのは、吉報である。 ただし、本人が記憶を忘れたがって彷徨っているという部分を除いてだ。 「ああ。都には母上もいらっしゃる。もしもの時は京へ連れて行くのもいいだろうさ・・・・・・」 母ならば、あるいは重衡の迷いに手を伸ばせるかもしれないと思う。 (・・・重衡を可愛がっていたからな) 重衡も何事にも秀でていたが、愛想が良かったために知盛とは違った幼少期を過ごしている。 昔を一瞬だけ思い出し、浸る間も無く経正へ視線を向けた。 「経正。話がある・・・・・・」 「あ、俺も。少しいいか?」 知盛と将臣、二人から用事があるらしい。 経正が頷いて仲間の和から少し離れれば、知盛が先に用件を口にした。 「経正・・・俺の部屋の女房達、全員入れ替えろ。気が利かない。ついでに、こいつを見て逃げ出す のも困るんだ」 手のひらにいる銀を経正へ見せる知盛。 「これは・・・式神でございましょうか?いや・・・これは、これは。見た目が少々女人には無理が ありましょう」 経正にとっても問題はないが、女性に見せる生き物としては可愛さが足りないとは思う。 「が可愛がっている式神だ。こいつと、こいつの連れがいる。ああ煩い女房達の相手をする暇は 無い・・・・・・ウザイ」 「煩いとは・・・知盛殿のお相手が務まる者を選んだつもりですが・・・・・・」 とにかく彼方此方へ夜歩きされないよう、知盛が満足しそうな女房を顔で選んだのだ。 経正にすれば、あれ以上の女房を探すのは、この田舎では難しい。 「お相手は必要ないんだ。俺には妻がいるしな。が過ごしやすい様に動く女房を用意してくれ」 この話はここまでとばかりに知盛が銀を肩へ乗せると背を向けた。 「畏まりました。しばし猶予を頂きますが、ご希望に添う様に・・・・・・還内府殿のご用向きは?」 「んあ?ああ・・・俺もなぁ・・・俺のトコは、無理矢理こないのはいいんだけどな。寝所に座って 居られるのもなぁ?経正が言ったんだろ?呼ばれたらすぐってのは。譲もな、慌ててこっちへ白龍と 逃げてくるし。マジそういうのいいから。ほんっと勘弁してくれ!おちおち寝てらんねぇし」 溜息を吐く経正。 「しかし・・・一門の総領に跡継ぎが居ないのも・・・我らとて、このような身体でなければ代われる のですが・・・・・・このまま血を絶やすのは・・・・・・」 すっかり都の貴族感覚に戻っている経正に、慌てて将臣が手で制す。 「待った!俺は違うから!忘れてるだろ?ほら〜、血の問題なら、忠度殿とか、教経とか、知盛とか! あっち。あっちに言ってくれ。俺は違うから!!!」 ようやく思い出したらしい経正が、扇で口元を隠した。 「・・・そうでございました。すっかり重盛殿がいらっしゃるつもりになってしまって。そうですね、 知盛殿がおりましたね・・・・・・」 血筋からいえば、知盛こそが清盛の子息なのだ。 将臣は重盛に似ているだけの異世界人。 「ああ。そうだ。ついでに重衡も戻ってくるかもしれねぇし?清盛の血っていうなら、そっち。だから、 頼むっ。夜は部屋から下がるように言ってくれ。俺は一人で寝たいんだ」 とはいえ、昨晩は仲良く譲と白龍と共に眠ったのだ。 人がいる事は問題では無く、誰がいるかが問題だった。 「畏まりました。しかし、必要な時はいつでも申し付け下さい」 「いらんっての。それより、港は大分直ってるけど、海岸の方がさ・・・・・・」 その後は自然に仕事の話へとなる。 知盛が持ち場を放棄して邸へ戻ったのは、その一刻後だった。 「・・・?」 飛び出ての出迎えはなくとも、部屋に居ると思っていた知盛。 御簾を上げても、の姿は無かった。 「お帰りなさいませ。北の方様は、還内府殿の対の弟君のお部屋かと・・・・・・」 いかにももったいぶっての言い回しに、一瞬知盛の眉が動く。 「が浮気をしていますとでも言いたげだな・・・・・・」 「そうは申しておりません。・・・弟君に背負われて、仲睦まじくお戻りではございましたが」 御簾を上げていた手を戻して、一度部屋へ入る知盛。 「相手にされないのが面白くない・・・か・・・・・・」 わざと多岐の前で膝を付き、扇を使って多岐の顎を持ち上げる。 「・・・相手が出来ないのは北の方様の方でございましょう。私共は何も・・・・・・」 「配慮だ。丸二日馬で移動したんだ。愛しの妻に無理をさせなかっただけだぜ?」 僅かに口の端をあげて笑うと、立ち上がる知盛。 「そう夫婦の間に立ち入るものではないがな・・・・・・好きにしろ」 今度は音を立てて御簾を上げると、さっさと部屋を出て行ってしまった。 「あ・・・知盛さん。おかえりなさい。先輩は・・・・・・」 廂で弓の道具の手入れをしていた譲が、静かに部屋を指差した。 知盛が視線を向けると、白龍と一緒に衣に包まって昼寝をしているが目に入る。 軽く口元を緩めると、そのまま譲の隣へと腰を下ろした。 「・・・遠くまで歩いたのか?」 「あ・・・もしかして、背負って帰って来たのを聞きましたか?俺がついていながらすみません。 北側の山の森までと思っていたんですけど・・・・・・」 額を押さえて笑う知盛。 「・・・クッ、クッ、クッ・・・・・・が上へ行きたいって?」 「ええ。それで・・・・・・神社とお邸は見えたんですけど、そこで先輩の足が止まって。それで」 つい知盛と視線を合わせられない譲。 何も悪い事はしていないのだが、と密着状態だったのは紛れも無い事実なのだ。 「・・・かまわんさ。今度、教経に紹介する・・・・・・それが教経の邸だ」 「教経・・・さん・・・・・・ああっ!能登守の教経?八艘とび・・・・・・」 残念ながら、九郎が八艘とびをした所は見ていない。 よって、壇ノ浦でも教経に対する記憶が無い。 「クッ・・・譲も将臣の様だな。・・・先見の力でもあるのか?・・・・・・まあいい・・・・・・ 面白い男だぜ?イトコ殿は」 「そうですよね、敦盛もイトコなんですよね〜。何が何だか・・・・・・」 兄弟の人数からして半端じゃない。 それがさらに増えるのだから、学校の一クラスの人数以上を覚えないとならない親戚付合いとなる。 「・・・そうだな。譲もここじゃ一門の者になってるし。実際、胤の行き先など誰もわからんさ」 きちんとした婚姻制度がある譲の世界の常識は、こちらではまったく通用しない。 「兄さんがさらりと弟って紹介しちゃいましたからね。もう訂正する気も失せましたよ」 「クッ・・・だろうな。しばらくはを頼むな」 「ええ。先輩にとっては弁当係にしか思われてないですけど」 を頼む─── それは、の見張りであり、を守る事であり、に無茶をさせない事である。 しっかり理解しているからこそ、知盛にとぼけた返事が出来るのだ。 「クッ・・・確かに食事は大切だ・・・・・・」 「そうだ!知盛さんに何も出してなかったですね。白湯・・・持ってきます」 知盛の返事も聞かずに譲が足音を立てないように簀子を歩いていった。 「・・・クッ・・・女だったらよかったのに・・・な」 知盛の部屋の女房達も譲くらい気が利けばいいのにと、つい口から零れてしまった。 「・・・知盛ってば、譲くんに手を出す気?そういう趣味もあるの?」 目だけを開いたが、視線で知盛を責める。 「起きたのか・・・・・・」 の隣へと移動すると、白龍を起こさない様にを膝へ抱え上げた。 「・・・それで?本日は無理をして遠出をされたようだな?」 が発言する前に制するべく、知盛が口を開いた。 「うっ・・・思ったより歩けなかっただけでぇ・・・遠くには行ってないもん!」 知盛の服を掴むと、そのまま揺する。 「誤魔化さないで。知盛って・・・・・・」 「・・・譲が俺の対の女房ならばと思っただけだ。も気兼ねないだろう?」 寝起きのの髪を手で梳き始める知盛。 も早々と納得したのか、大人しく知盛の肩へ寄りかかる。 知盛ならばどちらもいけそうだが、男でもいいという噂は聞いた事が無いからだ。 「それならい〜もん。違うなら。・・・ね、温泉は?」 「・・・クッ・・・・・・よく覚えておいでだな。邸の東にある」 知盛の視界の端に、渡殿を歩く譲が入る。 「そうなんだ〜。じゃ、行こう?入ろうよ」 「さあ・・・どうするかな・・・・・・」 「先輩、起きたんですね。よかった、念の為に用意してきて」 知盛へ先に白湯を出す譲。続いて。 膳を少し離れた場所へ置くと、眠っている白龍の衣をかけ直した。 「・・・何か知盛が言った意味わかるかも。譲くんが女の子だったらなぁ。ずっと一緒 でもOKって感じ」 そうすれば、何でも頼めただろう。 譲にとっては有り難くない。恐らく、今まで以上に様々な事を頼まれるに違いない。 「クッ、クッ、クッ。無茶なのはの方だな・・・・・・」 焼きもちかと思えば、とて今度は知盛が焼きもちを妬きたい様な事を言うのだ。 「あの・・・何の冗談なんです?俺に女装しろとか、そういう・・・・・・」 訝しげに知盛との表情を窺う譲。 「違うよ〜。譲くんの奥さんはナマケモノさんでもいいから楽だねって話。ね、知盛」 「はさぞかし忙しいのだろうな・・・・・・」 「・・・ムカつきぃ」 寄りかかっていた体を離す。 「知盛の嫌味んぼっ!どぉ〜せ私はおんぶに抱っこに手間がかかりますよぉ〜だ」 が離れた分、を抱き寄せて返す知盛。 「俺に責任がある事は仕方ないだろう?そう剥れるな・・・・・・」 さり気なくの腰部を擦る。 が大人しくなったのを確認してから空いた手で白湯を飲んだ。 「俺の奥さんの心配はどうでもいいんですけどね。そんな事、考える余裕無いし」 テキパキと弓の道具を片付ける譲。 「ほう・・・余裕が無いとは・・・・・・」 「俺がいた世界じゃ十代で結婚って考えないですよ」 彼女もいなかった譲が、全部すっとばしで結婚など夢物語だ。 「そうなんだよねぇ。私も自分に驚いてるよ。何もしなくていいからこそなんだろうけど」 料理に掃除、洗濯などの家事全般が突然身に降りかかったらと、考えるだけで恐ろしい。 が小さく身震いする。 「クッ・・・何もしないのか?」 「うん。普通はね、旦那様のためにご飯・・・あ・・・・・・」 困ったことに、知盛のために料理を作るという約束を思い出してしまった。 「あっ・・・で話を切らないで下さいよ、先輩。ものすごく気になるじゃないですか」 辺りを片付けていたはずの譲の視線がへ注がれる。 「え〜っと・・・譲くん。そのぅ・・・お料理、後で教えてね?」 「ええっ?!先輩にですか?!!」 譲は手に持っていた道具が入った袋を床へ落としていた。 「・・・あの。何だかとっても失礼じゃない?譲くんの態度って」 が片眉を上げ、口元を引き攣らせながら譲を睨む。 「その・・・いや・・・人間、向き、不向きというものが・・・・・・」 さり気なく部屋の入り口方面を確認し、逃げ道を確保する。 「で?私がどっちって言いたいのかな?」 「いえ・・・先輩が料理をしているところは見た事がなかったな〜と思っただけで」 チラリと知盛の表情を窺う。 間違いなくの手料理を食べなくてはならない人物は知盛なのだ。 「大丈夫だって!人間、やれば出来るもんだよ」 が言うと、妙な説得力があるのが性質が悪い。 「俺もまだこちらの台所には慣れていないので。先輩の具合ももう少し良くなってからに しましょうか」 遠回しに時期を先送りにする。 「そ〜だね。今日は・・・温泉行くから少しは良くなると思う。ね〜!」 「ああ・・・そうだな・・・・・・日が落ちる前でもいいだろう。譲、邪魔したな」 知盛が片腕でを抱え上げると、軽く手を上げて退出の合図をする。 素早く譲が知盛が通り易いように御簾を上げた。 「それじゃ・・・今日の夕餉は少し早目がいいですか?」 知盛がクスリと笑みを漏らす。 「・・・譲。俺の対に働きに来い。適任だ」 「え〜っとね、今日はさっぱり系が食べたいな」 知盛にスカウトされ、にはリクエストをされてしまった譲。 軽く眼鏡をかけ直すと、 「対の件は兄さんに聞いてみますけど・・・白龍付きならOKです。さっぱり系も了解ですよ」 「やった〜!デザートも付けてね〜」 歩き出している知盛の背で、が手を振りながら喜びを表す。 口元が笑んでいる知盛の表情を見逃したのは、大変惜しい。 密かに表情が豊かになった事に気づいているのは、平氏の一門の者の中でも数名のみ─── |
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あとがき:行ったきりかえらないのは遭難という・・・・・・。 (2006.07.03サイト掲載)