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悋気 朝食後に一度部屋へと戻った知盛と。 の手には式神たちの篭がある。 『だって・・・この子達が・・・・・・』 『いいんだ。銀と桜が嫌だというなら・・・向こうに出て行ってもらうまで。部屋の主は俺だ』 きっぱりと言い切った知盛。 は顔を上げはしたが、いまひとつ納得していないようだ。 『うん・・・・・・』 それきり会話もないまま渡殿を歩けば、もう対は目の前だった。 を抱き上げたままで部屋へと入る知盛。 「ひっ・・・・・・」 挨拶も出来ない女房たちを無視して、荷物がある場所まで歩くとを降ろす。 「・・・朔殿と約束したな?」 薄衣を手に取ると、バサリとの頭から被せる。 「うん、わかった。扇も?」 「・・・クッ、それはナシでいいぜ?どのみち外では役に立たん」 外で扇を使っている方が目立つ。 しかも、が約束を守って顔を隠しながら歩くとは思えない。 ただ、その姿を出来るだけ隠させたいから薄衣を被らせるだけなのだ。 「いつでも昼寝が出来る様にしておけ。出かける」 再びを抱き上げる知盛。 「どちらへ・・・・・・」 「行き先を言ったら何かの役に立つのか?」 知盛に睨まれた女房達は、大人しく床に平伏すしかなかった。 「それに・・・俺の相棒に慣れないのならば、ここには居ない方がいい」 知盛が目で合図をすると、銀が知盛の肩に乗る。 誰もが今度は声を上げずに耐えるしかなかった。 「いってらっしゃい!」 門の所でが将臣たちを見送る。 が見送っているのは全員のつもりなのだが、知盛には違うらしい。 ひとりだけ馬から降りて、再度を片腕で抱き寄せる。 「いい子にして早めに戻ってろ。・・・わかったな?」 の耳元で囁き、外で長時間フラフラするなと釘を刺す。 「早めって、そんなに遅くならないもん」 両手を知盛の胸に当て、腕を突っ張って離れようとする。 「・・・クッ、そう嫌がるな。間に合えば温泉でもと思っただけだ」 の顎へ手を添えて軽く口づけると、馬の方へ足を向ける知盛。 手っ取り早くにいう事をきかせるならば、食いつきがいい餌をぶら下げればいい。 「ほ、ほんとにっ?ほんとのほんと?」 手を伸ばして知盛の背を掴む。 知盛が首だけをへ向けた。 「俺は嘘は言わないぜ?」 「もぉ〜!いきなり嘘吐いてるよ、この人」 が叩くより早く知盛がを抱き上げた。 「そう人を嘘吐き呼ばわりするな・・・・・・」 心外だとでもいうように、軽く目を見開く。 「うぅ・・・だって・・・・・・」 まだまだ言ってやりたい事はあるのだが、福原へ着いた早々の喧嘩は避けたい。 「クッ・・・北の方様は素直じゃないな。温泉は本当だ。父上がすぐ近くに造らせたものがある」 周囲にへ何度も口づけるのを見せつけてから、ひらりと馬に乗って行ってしまった。 「・・・・・・外は恥ずかしいから嫌って言ったでしょぉぉぉぉぉ!馬鹿おとこぉぉぉ!!!」 意識を取り戻したが、遠くにある後姿目掛けて怒鳴った。 の叫びは、ある意味、外でなければキスをしているという宣伝でしかない。 知盛の口の端が上がっていたのが見えなかったのは幸いだ。 「・・・知盛。今度は何考えてるんだよ」 散々待たされたかと思えば、あっさり仕事へ向かう知盛が不可解でならない将臣。 「・・・さあ?・・・妻が大人しく私を待つように・・・・・・とか?」 誰もが頭の中で否定の語句を思い浮かべたが、口には出さない。 が大人しいなど、想像するのすら難しい。 「つまらんな・・・・・・」 知盛は一度だけ振り返ると、再び将臣達に着いて行った。 「ぜぇ・・・・・・はぁ〜〜〜っ。疲れた・・・・・・」 膝に手をついて、大きく呼吸を整えている。 まさか怒鳴らされる破目になるとは思っていなかったのだ。 怒鳴らなくともよいのだが、それではの怒りの行き場が無い。 言いたい放題叫びまくった為に、のどと肺が少々苦しい。 「・・・先輩。その・・・・・・」 邸の門前で新婚の花婿を怒鳴る花嫁の図─── (この世界でなくとも、あまり褒められた事じゃないよな?) 現代ならば、仕事へ行く知盛に玄関でスリッパでも投げつけるのだろうか? 譲の頭の中で、勝手にと知盛の新婚家庭の様子が出来上がる。 人差し指でこめかみの辺りを解す譲。 (何かが違うな・・・・・・それよりも・・・気をつけないとな・・・・・・) 「譲くんっ。行くよ」 既に白龍と手を繋いで、桜を肩へ乗せたが知盛たちが向かった海側とは反対の、山側へ足を 向けている。 「待って下さい!」 弁当片手に、の従者よろしく譲が後を追いかけた。 「う〜ん。何にもないね?あの森、気持ちよさそう・・・・・・」 戦火を免れた森が残っている。 「・・・神子!行こう?とてもきれいな水が湧いているよ」 「白龍、見えるのか?」 譲には森の入り口しか見えない。 「うん!きっと気に入る。とても・・・きれいな泉になっている」 白龍には見えているのだろう。真っ直ぐ森を指差している。 「そっか。白龍は水が綺麗なトコが好きなんだもんね。行こうか」 白龍の案内で木漏れ日が射す森を歩めば、途中にぽっかりと何も無い、ただ太陽の光が当たる 場所にでる。 「白龍?お水は?」 が見る限りでは、泉らしきものは無い。 白龍がすっと一箇所を指差す。 「あそこから・・・湧き出るよ」 指差す先を眺めていると、静かに水が辺りの草を濡らしはじめる。 じわじわとその量を増し、小さな水溜りとなり、さらに段々とその大きさを増してゆく。 「わ・・・手品みたい・・・砂漠のオアシスの蜃気楼ってこんなかな?」 振り返って譲を見る。譲は黙って首を横に振った。 「これは・・・蜃気楼ではなく、本物ですから・・・・・・白龍、どういうことだ?」 何もない場所だったのだ。 確かに、やや窪んでいたといえばそうなのだが、水は一滴たりとも無かった。 「神子の力・・・・・・ここには泉があったんだよ。白滝姫の泉が。戦火でその姿を隠していた」 白龍がそっと泉に手を差し入れると、水面に小さな波が立つ。 「え〜っと?隠すって?」 白龍の隣にしゃがみ込み、も泉に手を差し入れる。 「争いによる穢れを避けるために。ここに祀られている白滝姫が泉を隠した。でも、争いは終わった。 姿を現す力が欠けてしまっていたのを、神子の神気が補ったから」 両手で水を掬うとへ差し出す。 「飲むとか?」 「うん!」 白龍の手から水を飲むと、辺りが輝きだす。 「神子に・・・ありがとうって言ってる。この地は浄化されたよ」 「何もしてないのにぃ。来ただけだよ?」 譲の手を借りて、泉から少し離れた場所へ腰を下ろす。 「ううん。貴女の力が増したから。貴女が通る後には、道が出来ているよ」 小走りにの元へ戻ると、その膝へと転がる。 「道って・・・かたつむりじゃないんだから・・・・・・変なのぉ」 自分が歩いた後を振り返るが、にはその様な道は見えない。 「白龍。神気が増すって事は、陽の気が強いって事だよね?」 「そうだよ。神子の気質は陽。戦や争いは陰。均衡させるには神子の力が必要」 (やっぱり!私が力を使いすぎてしまうと、バランスが崩れる。それは・・・怨霊に対しても同じ) 不用意に力を使いすぎると、怨霊は封印をするまでも無く消し飛んでしまうという事だ。 それは、平氏一門の復活させられた人々にも当てはまる。 (怨霊の調査はいいけど・・・封印は景時さんに聞いてからにしなきゃ!) どれくらいの範囲に影響が出てしまうのか、には予想がつかない。 景時ならば力の使い方を知っていそうだ。また、知恵を授けてくれるだろう。 「ね、もう少しお散歩しよ?リスとかいないのかな〜」 「先輩・・・知盛さんに何て言われました?遅くなるなって言われたんでしょう?」 譲には聞えなかったが、の返事からしてそのような内容ではないかと推察できる。 「だってぇ・・・だったら譲くんのお弁当はなあに?まだお昼にはなってないよ?」 譲が持っている弁当の包みを指差す。 「これは。万が一のためです。先輩がお腹が空いたと騒いでからでは遅いですから」 しっかり、はっきり断言されてしまい、が項垂れる。 (食べ物の事しか考えていないって思われてるよ・・・私・・・・・・) 否定出来ない自分が悔しかったりするが、それと散歩は別だ。 「じゃあさ。もう少しここで休んで。あっちの坂道登ってみない?何かありそ〜〜〜」 「何かって・・・この辺りは殆んど平氏一門の方々の邸くらいでしょうし。誰の家かわからないですよ?」 譲も日本史は好きだが、特定の時代を殊更詳しく勉強した事など無く、福原京についての知識はあまり 持ち合わせていなかった。 「いいよ。わかんなきゃ聞けばいいしさ。お散歩、お散歩!」 本日は軽く邸の周囲の予定だったのだが、当初より少しばかりの遠出となった。 ゆるやかな坂を上れば、しばし滞在予定の雪見御所の邸一帯が見渡せた。 もう少し上れば、海まで見えるだろう。 けれど、の足ではこれ以上は進めなかった。 |
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あとがき:泉の伝説はあるらしい・・・です。白滝姫のお話。 (2006.06.13サイト掲載)