福原、再び





「なぁ〜んにも無いけど、あるような?」
 生田まではも来た事がある。
 ただし、仲間と共に平氏を追捕しただけなので、道や地形に関する記憶が薄い。
「・・・クッ・・・そこが生田の森だ」
「う〜〜ん。ちょっと木が少ないし、神社が残ってるから薄っすら覚えてはいるケド」
 将臣たちと別行動で少しだけ生田へ寄り道をしてもらった
 予定では全員で生田だったが、住吉で予定より遅れたために変更となった。
 目当ては知盛と初めて会った生田神社の本殿付近。
 戦の時は、知盛を大将とした平氏の本陣があった所だ。

「あ〜〜〜、あの場所だ!あそこでいきなり勝負する事になっちゃったんだよね〜〜〜」
 が指差す先には、二人が初めて剣を交えた想い出の地。
「・・・十分戦うつもりのご様子だったと思うが?」
 仕掛けたのは知盛だが、は退かずに乗ってきたのだ。
「当たり前〜〜〜!逃げるの嫌だし。受けた勝負は負けない主義なの」
 負けないのと負けたくないのは微妙に違うが、が負ければ幼馴染をこの世界に留める事になる。
 それに、負ければこの世界の乱れをも正せないままという、いわば背水の陣状態だったのだ。


(・・・気合が違うのよ、気合が。もう、毎日が必死だったんだから)
 どんなに疲れていても、修行を怠った日は無い。
 恐怖に打ち勝つためには、自信が必要だった。
 己を信頼するために───

(また明日って・・・言いたかったから・・・・・・)
 眠るのが怖かった。眠りの前の挨拶で、再び会うことを約束し続けたかった。
 約束は守られるために存在する。


「・・・別に、知盛が私に負けたからどうこうって意味じゃないよ?」
 静かな背後に不審を感じ、振り返る
 知盛は別段気にした風の表情ではないが、何かを目で追っていた。

(あ・・・弟がいるって・・・・・・)

「ね、知盛。そんなにすぐには戻って来られないよ。毎日様子を見に来ればいいよ」
 慰めるつもりで言った訳ではない。なぜならば、神様との約束なのだ。
 どのような状態であれ、重衡がこの地に戻ってくることだけは確実といえる。
「・・・クッ・・・そう見えたか?別に重衡を心配しての事じゃないさ・・・・・・」
 軽く手綱を引けば馬がゆっくりと歩を進め出す。



(あいつは・・・戦に恐怖していたのだから・・・な・・・・・・)
 南都以来、重衡はまったく戦に対してやる気を見せなくなった。
 本意ではない出火が原因で多くの命を奪った事が堪えたらしい。


 『人を斬る感触には慣れたつもりでおりましたが・・・人が死んでいく記憶はまた別物の様です』

 
 火に包まれた人々が、逃げ戸惑いながら死んでいくのを眺めたのは、何も重衡だけではない。
 戦に火事は付き物だし、知盛とて何度も潜り抜けて来たから生きているのだ。


(馬鹿だな・・・記憶など、覚えていたくとも忘れてしまうのに・・・・・・)
 何事にも秀でていた知盛だが、幼い頃の記憶は曖昧だ。

(いつから何にも興味が無くなったのか・・・・・・)
 一度目にし耳にすれば記憶する便利な頭ではあったが、自分に関する記憶が少ないと思う。
 それだけ自分に興味が失せていた証拠でもある。



「・・・滝に落ちたんだったな」
「何?突然。そんなのちっちゃい頃の話しだし。こぉ〜〜んな滝じゃなくて、小さいのだよ?」
 知盛の言葉は、“誰が”なのかはわからないが、とりあえず自分の話をする
 手で適当に大きさを示して見せる。
「そうか・・・・・・将臣たちを追いかけるか」
 を抱え直すと再び馬を奔らせ、先行している将臣たちに雪見御所へ着く前に追いついた。








「還内府殿!」
 先触れからの連絡で、雪見御所の門前で経正が一行を待受けていた。
「よ!しばらく世話になるぜ」
 将臣が軽く馬から降りると、そのまま馬は兵士によって厩へと引かれて行く。
 他の面々も後に続いて馬から降りた。

「皆様、遠くまでようこそお出で下さいました。梶原殿・・・・・・でしたね?」
 経正が、まずは源氏の使いを優先させて挨拶に進み出る。
「あ・・・はい。梶原・・・景時です。しばらくご厄介になります」
 あえて源氏も出自をも省略する景時。
 差し出された手に、手を差し出して返せばしっかりが間に割り込む。
「こんにちは!経正さん。お土産があるんですよ?敦盛さんから文を預かってきました」
「これは、これは。神子様を文使いにとは、恐れ多い・・・・・・」
 龍神の神子であり知盛の妻であるは、敦盛よりも位は当然上である。
「え〜〜〜!私が敦盛さんに頼んで書いてもらったんだから当然ですよ。経正さんが喜ぶお土産を考えた
つもりなんですけどぉ・・・・・・」
 が文箱を見つめていると、経正が頷いて受け取った。
「一番の土産ですよ。ありがとうございます。そうですか、神子様が敦盛に・・・・・・」
 めったに文を寄越さないのだ。偶に届くのは、将臣の仕事の代筆の文ばかり。

「あの子は・・・元気で過ごしていますか?」
 経正の言葉に、がチラリと将臣を見る。
「すっごく扱き使われてます。将臣くんに」
っ!」
 すぐに知盛の背に隠れて、知らんふりを決め込む。得意の言い逃げだ。
 将臣は頭を掻きながら経正へ言い訳を始めた。

「その・・・何だ。文とかな、書いてる暇がないっちゅーか。俺がしゃべってる事を書いてもらってる・・・
・・・待てよ?他にもあるな・・・遣いもだし、手配も・・・・・・」
 将臣の気まずそうな様子に経正が笑い出した。
「大丈夫ですよ、還内府殿。あの子が皆様のお役に立てているならいいのです。お疲れでしょう。お部屋の
ご用意は出来ておりますので・・・・・・」
 軽く手を打ち鳴らせば、案内の者が進み出てくる。

「あ。さんきゅ!馬はなぁ〜〜、ケツが痛いんだよな。誰かさんが異常に飛ばすもんだから」
 片手を上げて、先に部屋へ向かう将臣。譲と白龍もすぐに後を追う。


「知盛殿・・・あまり神子様に無理を強いられては・・・・・・」
 将臣の様子からして、強行軍だったと思われる。
「・・・さあ?は楽しんでいたようだが?」
 知盛に掴まり立ちをしていたを、常の如く片手で抱え上げる。
 一瞬が顔を歪めた。

「神子様・・・具合が・・・・・・」
「あ。なんでもないです。その・・・少しだけ腰が痛いっていうか・・・旅はね、楽しかったんですよ」
 知盛にしがみ付きながら、が応える。
「神子様の部屋は向こうの対になりますので・・・・・・」
 経正が手で指し示した先の渡殿には、女房が控えている。
「それなら不要だ。俺の対でいい。このまま連れて行く」
「知盛殿?!」
 経正の静止を無視して知盛が歩き出すと、自然と知盛に抱えられていると向き合うことになる経正。
 が頷いて諾の意を示すと、経正も息を吐き出しながら手で女房へ指示を出した。

「さて。梶原殿の対は還内府殿と近い方がよろしいかと、隣にご用意いたしましたので」
「ありがとうございます。その・・・・・・お気遣いなく・・・・・・」
「とんでもない!このような遠方までお運びいただいたのですから。不都合があれば、何なりと仰って下さい」
 客人扱いに慣れていないわけではないが、貴族の邸に招かれる事はそう多くはなかった景時。
 丁寧に扱われると居心地が悪いのだが、旅の疲れがあるのか素直に部屋へと案内された。





「ここが知盛がいたお部屋?」
「ああ・・・・・・」
 先触れもなくいきなり御簾を上げて部屋へ入れば、数名の麗しい女房達が控えていた。
「知盛様・・・お久しゅうございます・・・・・・」

 挨拶に返事をする事無く、部屋の中央の褥に座る知盛。
 もちろんは膝の上。
 はどうしていいかわからず、とりあえず周囲に軽く会釈だけしてみた。

「どうした?」
「どうしたって・・・・・・」
 知盛の袖を引いて、耳元へ小声で話しかける。


 『ちょっとぉ。挨拶を無視ってよくないよ?それに、私どうすればいいの?』


 珍しくが緊張している。
 悪気はないが、つい笑いを零してしまった。
「・・・クッ、クッ、クッ・・・常の通りでいいと思うが?」
「・・・そ〜ですか。それは失礼しましたっ」
 顔を背ける
 知盛の手が伸びて、の顔を無理矢理に知盛の方へと向けさせる。
「何がご不満だ?」
「何にもっ!もうゴロンってしたい」
 寝転がれば知盛と離れられる。ついでに、正直腰が痛い。

「ふむ・・・・・・廂へ褥を用意しろ。が昼寝する」
「・・・畏まりました」
 風通しがいいのは部屋よりも廂の間だ。
 女房が廂へ褥の用意を始める。

「知盛・・・その・・・いいよ、そんなに気を使わなくても」
 寝所で十分だったのだ。
 どうにもこちらの女房には馴染めない。出来るだけ手を煩わせたくない。
「別に・・・・・・俺も昼寝をするだけだ」
「はぁ?知盛は働きなよ、丈夫で元気なんだし」
 知盛と離れたいのに、離れるどころかこのままでは密着状態になってしまう。

(ちょっとぉ!益々視線が痛いじゃない。どうして気づかないかな〜〜〜)
 先程から感じている居心地の悪さは、に対する値踏みするような視線なのだ。

「冷たい北の方様だな?兄上とて休んでおられるだろうさ・・・・・・」
 この場合の兄が将臣を指すのか、景時を指すのか、はたまた両方かは不明だ。
 けれど、気まずい空気が三割増しに感じられる

(・・・私のお部屋も用意してくれていたんだから・・・そっちにすればよかった)
 少しばかり後悔し始めるが、今更取り消しようもなく黙って知盛に連れられて廂へ出る。
 そのままの予想通りに知盛と並んで転がる羽目になった。



「・・・お庭、綺麗だね」
「・・・さあ?庭など眺めなかったからな」
 風景さえも気にせずにの背で寛ぐ人物は、どこまでも周囲に無関心だ。

(・・・・・・これだけの美人さん揃いって・・・しかも、私が居るのが場違いだよ)
 知盛に先に言われていたとはいえ、まさか部屋付きの女房全員とまでは考えていなかった。

(何人いるのよ、何人)
 疲れているせいか怒りの方向が定まらずに、どうでもいい事が頭を埋め尽くす。
 答えの出ない考えに振り回され、いつしかは眠りについていた。



「・・・寝たか・・・・・・おい。夕餉は譲が作れと言付けてくれ。新しい弟君だ。還内府の
対にいる。の好きなモノをと・・・・・・」
 一瞬一番近くに控えてた女房の肩が震える。
 清盛の息子は数多いが、また増えたらしいと覚る女房達。
「・・・畏まりました。すぐに」
 多岐は一番に新しい一門の若者の顔を拝すべく、素早く部屋を後にした。
 他の部屋付きの女房たちは、あまりに知盛がを気遣う様子が面白くない。
 とくに何か用事を言いつけられずとも、そのまま部屋に居座り続けていた。





 その日の夕餉は、知盛の対の女房たちが誰も目にしたことがない食事が並べられた。
 福原、一日目の夕刻───






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 あとがき:ようやく着いたよ・・・・・・。ぜぃ、ぜぃ。次は誰を出そうかな〜☆     (2006.05.29サイト掲載)




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