化身 「・・・ここ?」 予想より何も無い場所。 少しばかり遠回りをわざわざしたのに、が期待する煌びやかさとは無縁の土地だ。 「ああ。反橋を渡って鳥居の向こうから・・・だがな」 溢れる自然に囲まれたといえば聞えはいいが、戦火を逃れた森は青々と昼でも暗い。 「・・・・・・すっごく人がたくさんで、キラキラ賑やかかと思ったのに」 行幸でもあれば賑やかだろうが、普段は人気がない。 が考えていた、絵巻物の世界とは違っていた。 「止めるか?」 が行きたくないといえば、わざわざ住吉三神と対面などしなくて済む。 「ううん。わざわざ回ってもらったんだし。行く、行く〜・・・ところで、何の神様?」 肝心な部分を知らずに来たがったのかと、知盛との後ろで景時が笑いを零した。 「え〜っとね、お祓いの神様だけど海の神様で航海の神様で和歌の神様ってトコかな」 白龍は大人しく景時と手を繋いでいる。 何かを感じているが、口にしない様子。景時も気づかないフリを決め込む。 「じゃ、ヒノエくんのかわりにお祈りしてあげて。和歌は・・・私?海はぁ・・・京には無いけど、 全部に繋がってるからまとめて祈ってみよう!それに、お祓いだから穢れも祓えるんだよね」 両手を握り合わせて、しっかり祈るつもりの。 が行く気になっているならば仕方が無いと、知盛がを片腕で抱え上げる。 「りゃ?あ、歩けるよ?遅くても歩けるってば。そろそろ自分で歩いてみないと・・・・・・」 「いいから大人しくしろ」 と離れていては何かあった時の対処に困るのだ。 そのまま橋を渡りきり、鳥居を軽く見上げる。 「・・・チビ・・・行くぞ?」 「うん」 白龍が知盛の傍へ駆け寄り、袖を握り締める。 「どうしたの?白龍、怖い?」 「違うよ。ただ・・・神が居る・・・・・・」 白龍の返事にの目が見開かれ、そのまま知盛の後ろを歩く景時を見つめる。 「うん。そうらしいんだよね。だから・・・皆で行こうね」 いままで姿を見せていなかった景時の式神が姿を現した。 鳥居をくぐる瞬間の微かな違和感の後、辺りの音が掻き消える。 木漏れ日の音すら聞えそうなほどの静寂の彼方に、光り輝く姿が見えていた。 その姿は、とりあえず一人─── 「あの・・・住吉の神様ですか?」 物怖じせずにが問いかけた。 「ヒトは我をそう呼ぶ事もあるな。よく参られた・・・穢れなき龍神の神子殿。貴女を待っていた」 手を差し伸べられるが、は首を傾げるだけで近づかない。 「えっと・・・お参りに来ました。だから・・・・・・」 神様ならばが来ることを知っていたのだろうと納得する。 「そう。ずっとみていたよ。生田の森でも・・・・・・壇ノ浦でも・・・・・・異国の神が邪魔だけ れど。白い龍神の花嫁ではないのであろう?」 「白龍のお嫁さんじゃないです」 どこから花嫁の話が出てくるのか不明だが、返事をする。 「・・・私の神子にならないか?」 「・・・・・・へ?」 住吉詣でにやって来て、詣でるどころかまたも“神子”である。 つい眉間に皺が寄る。 「え〜っとですね、もう白龍の神子してるから他は無理ですよ?そんなにたくさん頑張れないし」 封印の次は日本全国を廻ってお祓いでもさせられるのかとが首を振って辞退する。 「貴女は何もしなくていいのだよ・・・そこの力を失った異国の神と私は違う。そうだろう?」 住吉神が白龍に向かって笑みを浮かべた。 「そこの異国の神は・・・あまりに力を失いすぎて記憶まで失くしている。貴女の様な清らかな乙女 に出会えたのは久しぶりなのだよ。私の神子になりなさい」 が振り返ると、白龍が俯いていた。 「え〜っと・・・白龍。気にしなくていいからね?私は白龍の神子でよかったって思ってるんだから」 正面へ体の向きを変えると、軽く深呼吸をする。 「私は、白龍だから神子を引き受けようって頑張ったんです。他は無理!」 しっかり、はっきり大きな声で宣言した。 「・・・神子でなくとも私の花嫁になればいいのだよ。ただし、他の神に見つかる前に」 再び手を差し伸べるが、の手が伸ばされる事はなかった。 「無理ですってば。もう旦那様は自分で見つけたし、お披露目も済んでるんですもん」 知盛の腕を取ると、そのまま寄りかかった。 「ヒトと私は比べるべくもないと思うが・・・・・・」 「そうです。比べるまでもなく知盛がいいんです。神様は無理を言ってはダメですよ?」 人差し指を立てて軽く左右に振る。 「・・・そなたは面白いな。ただ、私も久しぶりなのだよ?ヒトの世に交わるのは」 「でも、前には居たんでしょう?また現れますよ。神様は寿命長そうですもんね。私は、私と同じくら いの寿命の知盛がいいんです。そうじゃないと、先に逝っても心配だし。後に残ってもつまんないもの。 せ〜っかく平和のお願いに来たのに、神様のお願いをきくなんて予定に無いし」 段々との態度が大きくなる。 後ろで見ている景時にすれば冷や汗ものだ。 白龍に至っては、口出しするつもりはないらしい。 記憶が失われている事は事実だし、に無理を強いた自覚もあるのだ。 「つれない神子姫だな。・・・・・・そちらのだだ人が良いと・・・そういう事なのだな?」 「良いじゃなくて。他なんてないんです。そんな事より、ヒノエくんの無事とぉ、お祓いして下さい。 お祓い得意なんですよね?」 すっかりのペースに飲まれてしまった表筒男命を笑う声が響く。 「そなたの負けだな?残念だが、神子姫は手に入れられなんだか?」 またも本殿から人の姿を映した神が現れた。 「・・・兄者とて同じであろう?他は無いと言われてしまったのだから」 表筒男命が面白くなさそうに中筒男命に返事をした。 「さあ?試してみるがいいと言ったまでよ。・・・・・・そこの男は記憶を取り戻したのか?いや・・・ ・・・御霊の色が違うな・・・別人か」 双子の様な神たちが知盛を見ている。 知盛の表情を窺う。 何か思い当たるらしい知盛の一瞬の目の動きをみて、は知盛が動くのを待つことにした。 「・・・記憶を失くした事などないが・・・俺と見紛うならば、弟だ」 「ええっ?!知盛の弟?みたいかも〜・・・・・・って、記憶無いの?大変じゃない?」 忙しくもは知盛と神々に続きをせがむ様に交互に視線を向ける。 「ああ。生田の森で迷われていたので。私も此処を離れるか考えていたら貴女の清浄な気が満ちて 穢れが静まった。だからまだ此処に留まることにしたのだよ。その時一人で火の海を歩く男がいた」 表筒男命が知盛の顔を眺める。 「・・・似て異なるものだな。そう・・・あちらも戦上手ではあったが、戦いは望んでいなかった」 「・・・クッ、そうだな。俺は戦を望んでいた。あいつは、いつからか戦いに嫌気がさしていたみたい だな。・・・つまらん過去に囚われて」 吐き捨てる様に知盛が言い切ると、に頬を引っ張られた。 「またそういう言い方をする〜!ホントはどこかで気にしていたんでしょう?素直じゃないなぁ」 よくも伸びるという程に勢いをつけて引っ張り続ける手を、そっと離させる知盛。 「何が言いたい?」 「だからぁ。弟さんを心配してたって事でしょ。・・・神様は行き先知ってるの?」 振り返る先にはまたも一人神が増える。 「うわ・・・増えたよ・・・・・・三人で全員?」 底筒男命の登場で、住吉の三神がそろった。 「穢れなき神子殿。残念ながら彼はまだ彷徨っている。もう生田には居ない」 「え〜〜〜。だったら、探して?」 あまりの気軽な物言いに、底筒男命が微笑んだ。 「貴女は物怖じしないのだね?あの戦いを生き延びるというのは、そういう事か。神ですら逃げ出し たい戦いだった・・・国を分かつほどに大きな戦火であった」 軽く手を一振りすると、水面に重衡の姿が映る。 「わ!そっくりさんだ。・・・どこかなぁ?」 草木が生い茂る場所だけでは手がかりナシに近い。 「神子だけならば教えたが・・・神子を娶った羨ましい男に教える義理はない」 再び手を一振りすると、水面が元の状態に戻った。 誰も動かない中で、だけがしかめっ面をして叫んだ。 「ケチっ!そんなの、嫌がらせだよ。それに、私が知盛をもらったから、違うもん。平知盛は、龍神の 神子のが娶りましたが正しいのっ」 力いっぱいに叫んだために、やや顔が赤らみ呼吸が乱れてはいるものの視線は外さない。 しっかりと三神を睨みつけている。 「はっはっは!これでは我らに勝ち目がない。貴女の願いを聞き届けようか。まずは弟君は生田の森へ導 いて差し上げよう。ただし、記憶は本人が失くす事を望んでいる。我らが関知するところのものではない」 空へ掲げた手から矢が放たれる。 「わ・・・手品みたい。ありがとうございます。探しに行きますね」 途端ににっこりと微笑む。 ようやく見られた笑顔と共に清浄なる気が満ち始める。 「次の願いは何であらせられる?」 「戦の後の穢れを祓わないと。それに、海から荷物を運んでくれるヒノエくんの無事を。・・・私の 和歌の上達は自分でなんとか頑張りますから。その分で平和を」 「残念ながら、我らは三人だ。それに、最後の願いは人が自分で選び取るべき道。他は叶えよう」 また空に光が放たれる。 ひとつは人の念の穢れを浄化する光。ひとつは海の安全を約束する光。 三神、それぞれに願いを聞き届けた事になる。 「そう・・・ですよね。平和は・・・これから皆で頑張って築いていきますね。え〜っと、お賽銭を まだ投げてなかったかな〜なんて・・・・・・」 気まずそうに振り返れば、景時は居なかった。 さらに、の後ろに居たはずの知盛もいない。 「あ、あれ?え〜っと・・・白龍だけになっちゃってる・・・・・・」 が手を伸ばせば白龍も手を伸ばし自然と繋ぐ。 「ここは先程とはまた別の次元にあたるのだよ。異国の神・・・まだ京を守るのか?それ程に・・・彼の者 との約束が大切か・・・・・・」 白龍の姿が青年に戻る。 「私は・・・もう彼の者が誰であったか覚えていない。けれど、私は私の神子と約束をした。京を、この国 を守る事を。この国の人を見守ろうと思う」 「その身を削ってまでこの国に残るか・・・ならば残られよ。邪魔はしない」 底筒男命が姿を消す。 淡い微かな光が蛍のように辺りに漂う。 「わ・・・・・・消えちゃった」 光が無くなるのを確認すると、再び残りの二神に向き合う。 「神子殿。貴女の覚悟の程を、遠くから見守らせていただく。なに、京など空を翔ればすぐ。時々は遊びに 行かせていただこう」 「あはは!ぜひ。え〜っと・・・譲くんのご飯は美味しいですから」 「そうか。それは楽しみだ」 中筒男命も姿を消す。 「貴女の清らかな気を見つけた時は、心ときめいたものだった。せめてあの男と神子殿の邪魔はしないと 約束をしよう。・・・協力も出来ないけれどね」 軽くの手を取り、唇を寄せると表筒男命も姿を消した。 「え〜っと・・・手にちゅうされちゃったみたい?」 いつの間にか現世に戻っており、振り返れば知盛が立っていた。 一瞬眉間に皺を寄せたかと思うと、白龍を引き剥がしを抱えて手水舎まで歩む知盛。 そのまま柄杓で水をすくっての両手を洗い始めた。 「・・・わかりやすいなぁ、知盛ってば。住吉の神様をばい菌扱い?」 水は冷たいが、文句は無い。 「クッ・・・当然だろう?」 「う〜ん。真似された・・・・・・それはいいけど、お腹空いたね?」 顔を上げれば、景時と白龍。 そして、後から追いついてきた将臣と譲を見つける。 しばし休憩と歓談。目的地まであと半日─── |
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あとがき:何事もなく通過!重衡くんも仲間に加えたいが故の捻り出し技でした☆ (2006.05.14サイト掲載)