仮初めの宿 「・・・今日はお風呂なしだよね?」 「そうなるな。気になるならば・・・・・・桶に湯でももらうか?」 知盛と自分達の部屋へ戻って来た。 戻ったはいいが、食後に風呂に入れない事に気づいた。 しばし考え込む。 「髪も結んでたし。明日は・・・お風呂あるかな?」 知盛と眠る時が気になるだけの話。 それに、部屋付きの女房が居なく体が自由に動かないとなれば、知盛に迷惑をかけて しまう。他にも問題があるにはあるのだ。 (・・・迷惑かけるどころか・・・悪戯されるって・・・・・・) 一応は学習している。知盛の前で油断は禁物。 風呂の存在だけを確認できればいい。 「ああ。明日は・・・・・・雪見御所に俺の対が残っているだろう・・・・・・」 几帳面な経正が仕切っているのだ。知盛の対は元通りになっていることだろう。 「うん。・・・・・・話はいつするの?」 褥の上を転がりながらのに対し、知盛は片足を立てて座り、膝に肘を乗せて外の 気配を探りつつを眺めている。 「そうだな・・・・・・銀、桜。少し外してろ」 式神に聞かれても問題は無いのだが、視線が多いのはいただけない。 二匹は素直に命令通りに姿を消した。 「あら。聞かれたくない内容なの〜〜〜?」 知盛が座っている所まで転がりつくと、知盛の足を軽く叩く。 「・・・聞かれてもいいが・・・そう褒められた内容ではない・・・な」 を抱えて自分の膝へ座らせる知盛。 「・・・遠まわしに言わなくてもいいよ?あれでしょ、福原にも涼風さんみたいな人が たくさんいたって話とか?」 しっかり知盛に寄りかかると、を支えている知盛の手を撫でる。 「・・・怒ったのか?」 抱えている姿勢はの表情が見えない。 「あはは。怒る理由はないんだけど・・・過去はね、変えられないし。だけど!今度は 知盛が逃げるんだよ?」 「・・・俺が・・・逃げる?」 笑っているの肩へ顎を乗せる知盛。 すると、が知盛の頬を撫でた。 「そうだよ。斬っちゃ駄目だからね。知盛が相手から逃げればいいんだよ。触られたら 怒るからね?知盛が回避すること。こ〜してイイのは私だけだよ?」 首を少しだけ後ろにすれば、知盛の顔がある。軽く唇を触れ合わせた。 「・・・クッ、ここと・・・共寝をしなければいいのか?」 再びキスをし、に触れる。 「また捻くれて!手も着ている着物も全部駄目なの!触られる前に走って私のトコへ逃げて 来るんだってば!」 片手を拳にして知盛の膝を叩く。 (ちょっとも駄目なんだから!) わざとはぐらかす知盛に焦れる。 知盛は知盛で、の束縛を快く感じている。 「・・・クッ、畏まりました」 「わかればイイの。わかれば」 の機嫌が悪くならない事に拍子抜けだが、“逃げろ”との厳命である。 (・・・俺に・・・逃げろ・・・か・・・・・・) 一族が京を離れる時も、離れるくらいなら京を戦場にして散りたかった。 ただ、一族は見捨てられない。 清盛も当時は福原へ退いても巻き返せると計算していたのだ。 誰も逆らえる者はいなかった。 「・・・逃げるのは・・・あまり得手では無いがな・・・・・・」 回想に囚われ、つい口から言葉が漏れる。 「・・・あのね、得意とか不得意の話じゃないの。知盛が逃げてよ。私、まだ知盛を探しに 出歩けないんだから。元気だったら知盛をいつでも迎えにいけるんだけど」 首を反らしながら知盛の膝を抓る。 「迎え・・・?」 「そ!旦那様を迎えに行って何が悪いの?知盛が浮気したい場合は止め様がないけどさ。知盛が 嫌なのに追いかけられてるなら、妻が夫を守らなきゃでしょ」 の理屈が可笑しくて、つい頬を合わせる。 「守る・・・ねぇ?」 「守るの!いい妻でしょ。よかったね〜、知盛」 “よかった”の一言で片付けられてしまった。 あまりにあっさりし過ぎて、余計に心配だ。 「は・・・有川をどう想っている?」 「へ?将臣くん?譲くん?」 有川といわれれば、にとっては二人になる。 「ああ・・・言葉が足りなかったな。は俺の浮気の話をするが・・・はどうなんだ?」 「どうって、どう?何?浮気の定義?」 浮気を疑われているという考えにはたどり着かないに、知盛の質問の意味が正しく伝わる 事は無い。 「・・・将臣を・・・どう想っている?」 「ああ、そういう意味。だったら好きだよ?小さい頃から知ってるし。でもね〜、好きの範囲って 知盛が思うほど簡単じゃないよ?しいていうなら、知盛に対する好きと将臣くんや譲くんに対する 好きって、好きの場所が最初から違うから比較にならないよ」 あっさり違いを述べると、楽しそうに首を振る。 知盛のヤキモチとも取れなくないし、また、他に興味を持ち始めた証拠でもあるのだ。 「場所・・・・・・」 知盛にとっての場所は不明。その存在の大きさの違いだけを理解しているだけだ。 「うん。知盛って、嫌いじゃないモノが多いんだろうね。好きなモノと、嫌いじゃないモノは違う ことを覚えた方がイイと思うよ。もう寝よ〜?明日も早起きなんだよ?二日続けて早起きさんは 大変なんだから」 考えはまとまらないが、が疲れているのだけは確かだ。 言われるままに褥に転がり、枕を提供するとが大人しくなる。 「久しぶりにお向かいさんで寝られそう。おやすみっ!」 さっさと休む体制になると、すぐに寝息を立て始める。 一方の知盛は、の言葉を反芻する。 (好きの場所・・・・・・か。初めから違う範囲・・・・・・) 自ら欲したのは、生きている証だけだった。 死ななければ生きているという事だけが自分の存在を確認できる術だった知盛にとって、好きか 嫌いかなどはさして問題では無かったのだ。 不快でなければいい程度の微々たる事。 眠っているを眺めれば、まったくのいつも通りである。 (・・・クッ・・・また難しい事を・・・・・・・・・・・・) が使う言葉はさして難しくは無いのだが、その意味は図りかねる。 考えている内に、いつしか知盛も眠りについていた。 「おはよ〜って・・・・・・今日はどうしようか?」 半分寝ぼけているを抱えた知盛が景時たちの部屋へ出発のためにやって来た。 「梶原殿ならば・・・共に行けるでしょう?」 将臣と譲には正直厳しいだろうが、景時ならば知盛と行動を共にできるはずだ。 本日は二組に分かれてと考えている知盛。 「それで何とかなるのか?」 将臣も気づいて知盛に尋ねる。 将臣と何も知らない譲に後から来いというからには、勝算が無ければ認められない。 「梶原殿と・・・チビ次第だな。コイツは問題ないだろう・・・・・・」 知盛の首に腕を回して、夢現状態の。 (が言う意味が・・・俺は違うというならば、他は俺とは違うという事なのだろう?) 唯一無二ならば、他は選ばれない。 知盛が余裕の笑みを見せると、景時と将臣が納得して頷いた。 「じゃ、オレが白龍を乗せてついていこうかなっ。と、いうわけで。将臣君と譲君は後から住吉に 来てね〜。で、そこでお弁当食べてから皆で一気に福原へ行こう。日が高いうちに着けるでしょ」 軽い口調で景時がその場をまとめ、早々と宿を後にした。 今日もかなり早く馬を駆けているのだが、まったくは動じていない。 蹄が地面を蹴る音が煩いのでそう話も出来ないが、を見る限り心配はなさそうだ。 「・・・腰・・・痛いか?」 「だいじょーぶ!住吉詣でだもん。頑張るよ」 物語で読んだ土地へ異世界とはいえ行けるのだ。 興味が先行して、痛みも我慢できる。 軽く篭を撫でて式神たちを気遣いながらも、早く着かないかと前だけを見つめていた。 少しだけ遠回り。住吉の地に存在しモノは何?─── |
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あとがき:住吉は行った事がなかったりするのです。生田神社はあるんですよ。ハンズの裏手のあの場所!←記憶、あってるか心配(汗) (2006.05.13サイト掲載)