仮現





「・・・なんつうか・・・珍しい光景だよな」
「まあね〜、白龍がこっちにいるとは思わなかったな」
 景時が白龍を静かに抱き上げる。
 の枕上では、銀と桜が景時に向かって何かを訴えていた。

「あ・・・将臣君。銀と桜の紐を解いてやってくれるかな?動けないみたい」
 が篭で怪我をしないように布で包んでからゆるく結んであげた紐。
 これがあるので短いとはいえ足が動かせないでいる式神が二匹。
「・・・饅頭の紐か。ここを引けばいいんだよな〜」
 将臣が紐の端を引けば、途端に布が取れて銀と桜が景時の肩に乗った。

「あらら。何?」
 銀が乗る肩の方へ首を傾げる景時。
 銀と内緒話をしているように見えなくもない。

「・・・オレにはわからないなぁ・・・・・・銀たちの方が近いもんな〜。白龍が起きたら
聞いてみるよ」
 景時の言葉に安心したのか、銀と桜は元の篭に納まる。
「何?」
 将臣が景時を見る。
「ココじゃ何だし・・・向こうで・・・・・・」

 寝ていると思っていた知盛の両目が開かれた。
「・・・ここで・・・お願いいたしますよ、両兄上様?ただし、お静かに」
 の髪を撫でながらさり気なく耳の辺りを手で覆い、話を聞かれないように用心する。

「・・・最初から目を開けろっての。寝てるフリしやがって・・・・・・」
 将臣が静かにその場に座ると、景時もすぐ隣に静かに座る。
 景時に抱えられている白龍が目覚める気配はなかった。





「その・・・式神がね、住吉に不可思議なモノがいるっていうんだよね。それは悪いモノでは
ないらしいんだけど・・・・・・つまり・・・神様?らしきっていうか」
 
 景時の言いたい事はわかる。らしきという表現ではあるが、神がいるらしい。
 神が光臨しているというのは何かが起こる前兆なのだろうか?

 将臣が左右に首を動かし、軽く解してから口を開いた。
「何か・・・ヤバイ自然現象の前触れって意味か?地震とか津波とか竜巻とか」
 少なくとも台風の季節では無いので、突発で起きる自然災害を思いつくだけ並べ立てる。
「あ〜っと・・・そういう方向じゃなくて・・・・・・」
 白龍が目覚めれば神についての情報が得られるかもしれないとは思う。
 景時は自分の推理を口にし難く、続きが言えないでいた。


「・・・は俺のモノだぜ?住吉に詣でようと言ったのは確かに俺だが。別にを供物に
しようという意味ではないしな・・・・・・」


 知盛も景時と同じ結論に達していたらしい。
 景時が言えないでいた事を、知盛が神の思惑通りにはさせないと意思表明をしたのだ。

「・・・供物って・・・人間は供物に・・・・・・」
 人を供物にしないとは言い切れなくなった将臣。
 災害が起きれば、人柱を立てて厄を祓う時代だ。
 供物として人を捧げる事に、人々は違和感を持っていない。
「うん。そうなんだよね・・・住吉の神は、男神だしね・・・・・・」
 白龍も人形をとる時は青年だ。男神と考えて差し支えないだろう。
 は龍神である白龍の神子である。

「おがみってなんだよ。なむなむ〜ってアレか?」
 将臣は景時の言った意味を正しく理解していなかった。
「あ、そっか。男の神様をね、そう呼ぶんだよ。女の神様は女神様って」
 将臣たちの世界にはない言葉だったのだろうと、景時が説明を加える。
「あ〜〜〜、そういう事!女神は知ってたけど。逆は思いつかなかったな」
 軽く数度頷いて納得の将臣。
 一方の知盛の表情は厳しいものへと変わっていた。

「式神はね、ココでは仮の姿なんだ。この世界は階層がいくつかあって。オレたちより神様に
近い場所から来てくれているから、その存在を感じられるんだと思う。だから、白龍なら式神
たちよりもっと近いから何か感じるんじゃないかと思うんだけど・・・・・・」
 晴明のように十二神将を式神とする程の実力は無い。
 景時にも人外の事については推し量ることは難しかった。

「つまり・・・住吉の神がを供物にってか?」
「神子は古くは“かんなぎ”といって、その身に神を降ろして神託を告げる者なんだ。まさに
身に降ろすっていうのが子を宿すという、そのままの言い伝えもあるしね」
 通常は未婚の女性が神子なのもそのためだ。神の花嫁なのだから。
「・・・を嫁?こいつ、もう知盛の嫁だろ?」
「それはそうだけど。ちゃんは珍しいよ。・・・白龍のお嫁さんにならなかったんだから」
 白龍と結ばれずして、龍神との繋がりを保ち続ける
 極めて稀な存在としか言いようが無い。

(裏を返せば・・・揺らがぬ清浄さを保っているという事か・・・・・・)
 宮中の腐った貴族連中ならば話はそう難しくは無いのだが、人外のモノでは相手が悪い。
 良い神ばかりでもないのは過去の書物に記されている。
 
「まぁ・・・通過すれば何とかなるという話でもなさそうだしね。行くしかないんだろうなぁ」
 福原まで行くだけなら別の道を選べばよいが、それだけで済むとは考えられない。


は渡さない。それに・・・別件で少々面倒を残しているのですよ。先にに話して
許しを得ないと・・・・・・つけ込まれたら面倒なので・・・ね。両兄上様には、ぜひともご
協力を・・・・・・」
 頼まれているはずなのに、命令にしか聞こえない知盛の口調。
 口の端を上げている辺り余裕ぶってはいるが、協力というからには多少なりとも住吉あたりを
気にしてはいるらしい。

「へ〜、へ〜。頼りになる兄上様がの見張りくらいは手伝ってやるよ」
 大欠伸をする将臣。
 涼風の時も最後の面倒だけを押し付けられたのだ。また何かあっても今更だ。
「ふうん?面倒って・・・そうなのぉ?!ま、話すんだろうから大丈夫かな?」
 景時にも察しがついた。
 が闘志を燃やすだけだろうからそう障りがあるとは思えないが、目先の不安要素がある。

「人気者だね・・・・・・大変だ・・・・・・」
 眠っているの背中を見つめる景時。
 小さな背中に背負うものが多すぎるのだ。多少の我侭など、可愛いと思えてしまう。

「譲君が探しているといけないからオレたち戻るね」
 白龍を抱えたまま景時が立ち上がる。
「あ、俺も戻る。つまみ食いでもしてくるかな〜〜〜」
 将臣と景時が静かに部屋を出て行った。



「・・・男神・・・か」
 そう信心深い訳ではない。清盛のように彼方此方を参拝などした事がないのだ。
 けれど、の存在が今までの知盛の考えを揺るがすのだ。
「清らかなる神子が舞い降りし時・・・・・・・・・」
 戦乱の世を救いに現れる存在については、様々な伝承がある。
 その存在を目の当たりにしている今、人ならざるモノの存在をも否定し難い。


「俺の妻だ・・・・・・」
 が寝ている事を忘れて口づけると、に叩かれた。
「・・・・・・んっ・・・ぷはぁ〜っ。ちょっとぉ!寝ている人襲ってどうすんのよ!」
「クッ、まだ・・・だ・・・・・・」
 知盛が思うに未遂である。
「・・・・・・あっそ。寝てる時にはベロチュウしないで下さ〜い。窒息死するってば」
 文句を言いながらも知盛に擦り寄る
 まだ完全に目が覚めたわけではないらしい。
「だいたい・・・いつも・・・そ・・・・・・」

 がしっかり目覚めるまではと、腕枕をしたまま大人しく文句を受け付ける。
「・・・聞いてる?」
「ああ」
 適当に返事をすれば、満足したらい。
 いつもの様に姿勢を変えながら起きる準備に入った
「・・・・・・そろそろご飯?」
「ああ」
 一度きつく目を閉じると、大きく見開く
「起きなきゃ!ご飯食べないと元気がでませ〜ん」
「・・・クッ、今まで元気が無かった様な物言いだな・・・・・・」
 少し動きが制限されている方がを見張る側には丁度いい。
「腰痛治ったら庭で剣の稽古つけて、ボコボコにしてあげる!起こして〜〜〜」
 知盛の腕を軽く叩く。横になるのはいいが、起きるのが一番困難なのだ。



「・・・は・・・何を見ているんだろうな・・・・・・」
 先に身を起こした知盛が、を抱えて立たせた。
「知盛だよ。この部屋に他に誰もいないし。見えたら怖いって」
 の目の前に立つ美丈夫に、目に映る答えをそのまま述べ首を傾げる。
 やや質問の意図がわからないといった様子に、知盛が声を上げて笑い出した。

「・・・クッ、クッ、クッ・・・ハッ!そのような答えをしてもよろしいのかな?」
 を抱きしめると、頬を合わせてその存在を確認する。
 しかし、笑いは止まらない。

「・・・あのね、他に見えてもソレ、人じゃないから。・・・わかった!また悪戯した?
それとも・・・隠し事でしょ〜?さっさと吐きなさーーーい!!!」
 またも項に見えるように痕をつけられたのか、はたまた、内緒で何かをしようとしたのか、
考えられる事は二つ。
 眉間に皺が寄り、いよいよ知盛を睨む
 知盛はまるで堪えた様子も無く、少しだけ口の端を上げる。

「・・・白状したら、楽になるよ〜〜?」
 知盛の腰へ腕を回し、その背を数度叩く。
「・・・クッ・・・・・・楽に・・・なりたいものだな・・・・・・」
 耳元で囁かれ、一瞬首を竦める
「耳は駄目って言ったでしょ!耳は!・・・・・・それで?」
「・・・夕餉の後にゆるりと・・・いかがかな?・・・・・・」
 の前髪をかきあげると、その額へキスする。

「ん〜〜〜、わかった。何かとんでもない事言われそうだけどいいよ。ご飯が先ね!」
「ああ」
 とりあえず、の空腹を満たして機嫌がいいところで過去の不貞を告げるしかない。
 夕餉が不味い宿の食事ではなく、譲の食事に変わった事は知盛にとってラッキーだった。





(俺の事より・・・・・・が問題だな・・・・・・)
 福原へ行きたがったのはだ。何かが呼んだのか?の意思か?
(チビに変わった様子は無いな・・・・・・)
 譲の隣でいつも通りに食事をしている白龍。
 視線を移せば、知盛に寄りかかり食事中の。どちらもいつも通り、変わらない。


「・・・チビは仲間がいるとわかるのか?」
 徐に口を開く知盛。
「あ〜〜、コイツ八葉には電波だよな〜。レーダー並み」
 将臣がいつも白龍にみつけられた事を思い出した。
「仲間って?神子も八葉もわかるよ。それと龍神の仲間も」
 小さな姿の白龍の言葉は単純明快だ。

「そっか〜。龍神の仲間がいるの?」
 景時がさり気なく質問の奥行きを深める。
「うん!眷族が池や滝にいるんだよ。綺麗な水のトコ!」
 白龍にも仲間がいるらしい。
「女の子もいるの?」
「うん!龍姫もいるよ。遠い昔に遊んだ事ある。貴船の山で」
 遙か昔から京の町にある龍脈の源のひとつだ。
 景時が白龍の頭を撫でた。
「そっか〜。やっぱり女の子もいるんだね」
 白と黒で応龍。ならば、龍の性別の意味は?
 またも難題に自ら迷い込んでしまった景時。

「神域にいる神は?」
 知盛が質問の方向を変える。
「う〜〜ん。場合による。態々会う事はないから」

 景時の中で答えの糸口がつかめた。
 住まう層が違うならば出会わないという事だ。
 どちらかが近づかなければ相手を感じられないのだろう。
 白龍が住吉の神を感じないのだとすれば、白龍の住まう層と違うのだ。
 そして、相手が白龍に覚られないようにしている場合はわからない。
 式神は下級すぎて住吉の神に気づかれなかったと思われる。

「白龍はさ、大陸から来たんだよね」
「うん!昔、京を守るようにって。だから」
 どう頼まれたとか、細かい話はいらないのだ。
 白龍は大陸から来た、いわば異国の神様という情報の確認だけで十分だった。


「なあに?皆で白龍に質問しちゃって。なぜなぜ攻撃してる〜〜〜」
 すっかり食事が済んだが、お茶を飲みながら仲間の顔を見回す。

「せっかく神様つきで福原行くんだ。ぜひとも手伝っていただこうって話」
 将臣が話をそらす。譲にも覚られたくは無い。
「兄さん!白龍はこんなに小さいのに、何言ってるんだよ!」
「・・・譲。そいつ本当はデカイっての」
「あ・・・・・・」
 ついつい長く慣れ親しんだ今の小さな姿が本当の白龍と思い込んでしまう。

「小さい方が可愛いし、このままでいいよ」
 青年の姿で頬の傷を舐められた事があるとしては、小さい方が断然いい。
 間違いなく小さな白龍のままの方が揉め事が少ない。
 知盛が妙なヤキモチを妬いたりするとやっかいで仕方ない。
「そうですよね!白龍は小さい方が俺もいいな」
 譲は弟が欲しかったのだ。
 白龍は素直なので、まさに理想の弟である。
 いつの間にか小さな白龍を皆で褒め始め、上手く最初の話は濁された。





 神様の世界も色々あるらしい?───







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 あとがき:ネタもとは壇ノ浦の時に住吉大社から鏑矢が西へ飛んだという話です。     (2006.03.30サイト掲載)




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