旅は道連れ、世は?





「ふぁぁぁぁぁ・・・・・・っ」
 特大の欠伸を繰り返す
 知盛に豪語した手前、寝坊は許されない。
 起きるには起きられた。が、眠気には抗えない。
 必死に目を擦りながら、敦盛の文と式神たちが入っている篭を抱える。
 募金箱の様に首から紐で下げてはいるのだが、何かを抱えないと馬の背で眠りそうだ。

「・・・クッ、落ちるなよ?」
 まだ町中なので、馬はのんびりと歩ませている。
 人を撥ねるわけにはいかない。
「んっ・・・大丈夫」
 知盛に支えられながら、馬に跨る
 京から離れれば馬を駆けさせるため、横抱きにはせず、知盛は自分の前にを座らせていた。

「・・・大丈夫なのかよ?」
 将臣が心配そうに知盛の馬と自分の馬を並ばせた。

「まあ・・・町中を出れば先に行かせてもらうさ。退屈しなければ寝ないだろう・・・・・・」
 知盛の口の端が上がる。この様な場合、将臣にとってはあまり嬉しくない事が起きる。
「程々に頼む。こっちは譲が一人で乗ってるからな」
 今回は譲が初めてひとりで馬を走らせている。
 まだまだ慣れていないので、疾走させるには無理があった。

「さあ?・・・梶原殿もお出でだ・・・問題は無いだろうさ・・・・・・」
 軽く振り向けば、白龍を乗せた景時が余所見をしながら着いて来ている。
 一応は源氏の代表なのだが、のんきなものだ。

「わかってるな?宿と途中の休憩」
 そろそろ郊外へ出る。知盛が馬を疾走させる前に再度確認を入れる将臣。
「ああ。適当に・・・途中の野原で昼寝でもしてるさ」
 そのまま手綱を引くと、馬を奔らせる知盛。将臣の文句はもう届かないだろう。


「・・・・・・やりやがった。ま!こっちは小走り程度で行くか。譲!走れそうか?」
 やや速度を落とし、譲の馬と並ぶ。
「あれは無理ですけどね。戦の時はそれなりに走らせていましたから・・・・・・」
 譲が見ている先には、既に知盛の馬の姿は無い。

「あらら。やっぱり速いね〜〜〜。本気出されちゃったみたい」
 景時は将臣と反対側の譲の脇へ馬を着ける。

「譲の馬に弁当があるんだ。そう無茶もしないだろうさ。俺たちも行くか!」
 将臣の掛け声で、疾走とはいかなてまでにも馬を走らせた。





「とっ、とっ、知盛!走らせるなら、今からとか、何とか言いなさいよ!!!」
 眠気も吹き飛ぶ程の風を顔へ受けながら、が文句を叫ぶ。
「・・・クッ。お目覚めか」
 を挟み込んでいる姿勢、かつ、片腕での腰を支えているので落とす事は無い。
 の文句は聞き入れられることなく、速度を上げられた。
 
「・・・言うだけ無駄だよ、この人」
 流れる遠方の景色を眺める。
 山ばかりなのでそう珍しいモノは何も無いが、日差しが夏の訪れを予感させる輝きを放っている。


「きらきらだぁ・・・・・・」


 相当の速度で馬を走らせているのだが、怖がることなく口を開けて木々から零れる日差しを眺める
「・・・舌を噛みたいなら構わないが」
「へ〜き。速いのは平気だってば。この揺れはね〜〜〜・・・・・・それと足かなぁ・・・・・・」
 揺れ具合が激しいのには慣れていない。
 未整備の道を走らせているのだから仕方ないが、戦時の様な緊張感が無い分揺れを余計に感じる。
 さらに、足で挟み込むように体を支えないと馬から落ちてしまいそうなのだ。
 足の内側の筋肉など、使う機会は日常生活には無い。

「・・・筋肉痛決定」

 姫君の様に抱えられているわけではないが、それなりに気遣われているのはわかる。
 手元の篭を見ると、思っていたより安定していた。

「銀と桜ちゃんも頑張ってね!」
 視線を進行方向へと真っ直ぐ向けた。
 本日の行程は西国街道を鳥羽から山崎へ抜け、さらに西を目指し、宿は為奈牧の先を予定していた。





「知盛〜〜〜、痛くなってきた〜〜〜」
 速さはいい。けれど、揺れは腰に良くない。が早めに訴える。
「・・・そうか。この先まで・・・待てるか?」
 知盛がいうからには、いい場所があるのだろうと素直に頷いた。
「・・・・・・少しの我慢だ」
 さらに速度を上げると、目指す野原が視界に入る。にも見えたのか、大人しく馬に掴まっていた。





 手綱を引き、馬を止めると素早く地面に降り立つ。
「・・・ほら」
 へ手を差し出し、馬から降りやすいように気遣う知盛。
「うん!」
 腰は痛いものの、自分で福原行きを決めたのだ。痛みについては何事も触れずに、久しぶりの地面に降り立った。

「ね、将臣くんたち遅いね?そろそろお昼時だよね〜〜〜」
 残念ながら、この時代の食事は朝晩二回。のように三食の認識は貴族の生活では薄い。
「・・・クッ、そう言うな。ここで休むぞ。将臣が見つけてくれるだろうさ」
 馬から少しだけ荷を解き、敷物を取り出すと木陰に広げる。
「転がれ」
 知盛は馬の世話をしなくてはならない。朝から奔らせていたのだ。
「・・・うん。銀と桜ちゃんも心配だし」
 よたよたと敷物へ移動すると、ころりと横になる
 続いて篭の蓋を開ければ、元気に二匹が飛び跳ねている。
「わわっ!待っててってば。今、解いてあげるから」
 痛いと可哀想だと、布で包んで紐で帯状に結んでおいたのだ。
 式神たちにとっては、巾着から顔だけ出している様なものだ。唯一可能な動きが飛び跳ねる事だった。

 式神二匹が敷物の上で飛び跳ねるのを眺めつつ、少し離れた場所で馬に水を遣ったり世話をしている知盛の
後姿を眺める

(・・・やっぱり知盛も武士に近いんだなぁ。綺麗な着物もいいけどさ)
 優雅な身のこなしを見ているのもいいのだが、こうして武将らしく軽装で動いている知盛の方がは好きだ。

 馬の手入れが終わった知盛が敷物の上に座り、の額を撫でた。
「・・・見惚れるほどいい男か?」
「うん」
 からかうつもりで言ったのに、よもや肯定の返事が来るとは思わなかった知盛の目が一瞬見開かれた。

「・・・クッ、面白い北の方様だ。お前が壇ノ浦で拾ったんだ。お前のものだろう?」
 の向かいに並ぶ様に寝転がると、式神たちは見張りがてら姿を消した。
「うん。でも、イイものはイイ。旦那様だと思うと、倍嬉しいもんだよ?」
 が敷物を叩くと、知盛が腕を伸ばした。
「・・・枕をご所望か?」
「えへへ。そ。皆が来るまでごろごろしよ」
 木陰で昼寝には丁度いい季節だ。
 式神も進んで見張り役を買って出たのだからと、知盛も寛ぐことに決めた。







「・・・あの馬、知盛のじゃね?」
 遠目ではあるが、木の傍に馬が一頭休んでいる。
「あ〜、そうかもね。うん。あの木陰なら休むのに良さそうだしね〜」
 景時の視界にも確認できた。
「・・・は、はやっ・・・・・・どれくらい前に着いていたんでしょうね?」
 知盛の馬が疾走ならば、譲の馬は走る程度。
「ま!行けばわかるって。・・・うおっ?!の饅頭!」
 将臣の顔に銀が張り付いた。知らせているつもりなのだろう。一方の桜は、ちゃっかり景時の肩に乗る。
「・・・あっそ。あの木で正解ってな!行くか」
「御意〜〜〜」
 遠くの大木を目指して、三人は再び馬を走らせた。





「・・・・・・寝てるよ、こいつら。危機感薄いな〜〜〜」
 将臣が馬から下りて敷物へ近づくと、知盛とは昼寝をしていた。
「いや、いや。一応見張りがいた事だし、大丈夫でしょ!・・・ありがと〜」
 景時の手のひらから、礼を言われて満足した桜がの頭上へと飛び降りる。
 すると、将臣の手に握られている銀が暴れだした。
「あ〜、はい、はい。お前も戻りたいってか?」
 手を開けば、すぐに銀が桜の隣へと飛び移る。
「・・・式神はいいとして。・・・起きろっての!」
 将臣が知盛を蹴る寸前に知盛の片手が上がる。将臣は足を引っ込めた。

「・・・散々人を待たせておいて、その態度か?が休んでるんだ。静かにしろ」
 首だけ向きを変えて、将臣を見上げる。

「どれだけ飛ばしたんだよ・・・ったく。で?大丈夫そうなのか?」
 将臣がを指差すと、知盛が頷いた。
「あっそ。じゃ、こっちでメシの用意でもしとくか。このペースなら早めに予定の宿に着けそうだしな」
 日が暮れてからの移動をしない様に行程を決めたのだ。早めに着くなら早く宿で休みたい。
「・・・そう・・・だな。朝に距離を稼げたからな。コイツの腹だけだな、問題は」
 将臣が笑い出す。
「そりゃ・・・一番の問題だぜ。譲次第だな〜。俺は馬の面倒でも見てくるわ」
 先に景時が馬の世話をしている方へと将臣が遠ざかった。



「飛ばすも何も・・・・・・長時間座るなんて、まだ無理・・・・・・」
 にとっては揺れるのが痛いと思っているのだろうが、揺れるから姿勢が変わるのだ。
 同じ姿勢を長時間続ける方が厳しい。
 知盛がの寝顔を眺めていると、突然、の両目が開いた。
「・・・お腹空いた。今朝、早かったもん。皆は?」
 むくりと起き上がると、辺りを見回し、やや裏手の木陰で弁当を広げて食事の準備をしている譲と白龍を
見つける
「いた!お弁当!!!」
 腰が痛かったハズの人物は、そのまま知盛の上に乗る。
「ね、お弁当来たよ?」

「・・・クッ、クッ、クッ。譲が気の毒だな、弁当扱いでは」
 の背を撫でつつ、その手は腰へと移動する。
「あ゛!だって、別にそういうんじゃ・・・・・・」
「では、何かな?」
 を抱えたまま起き上がると、ついでとばかりに立ち上がる知盛。いつもの子供抱きの状態になる。
「え〜っと。譲くんのお弁当は美味しいってコトだよ。白龍!」
 これ以上の問いかけをされないよう、白龍を呼ぶ
 白龍が小走りにやって来る。

「神子!お弁当がもうすぐだよ?それと・・・・・・」
 敷物へ膝をついて手を伸ばす白龍。
「銀と桜も、ご飯は食べられる?」
 手のひらに二匹を乗せ、に式神を見せる白龍。
「あ!忘れてた・・・・・・」
「・・・クッ・・・自分の腹だけで精一杯か」
 笑いながら知盛が譲が弁当を準備している敷物へと歩けば、その後ろを白龍が着いて歩く。
「白龍。ありがとう」
「うん!仲良し!」
 白龍は馬の世話をしている景時の方へ走ってゆく。仲良しぶりを多くの人に褒めてもらいたいのだろう。

「あ〜〜〜、いっちゃった・・・白龍ったら。白龍と同じ量は食べないよ。大丈夫かなぁ?」
 知盛の首にしがみ付きながら、が呟く。
「・・・さあな。譲・・・遅かったな」
「知盛さん!・・・速過ぎですよ、俺が顔を上げたら二人ともいませんでした」
 譲が知盛との座る場所を手で示した。
「・・・クッ、帰りには同じ速さで着いてくるんだな・・・・・・一日乗れば慣れただろう?」
 自分基準な男、知盛。が知盛の頭を軽く叩く。
「あのね。動物の乗り物なんて日常無かったんだから、無茶言わないで〜!譲くんは上手な方だよ」
 しっかり譲を擁護する。自転車と馬では訳が違うのだ。
「ああ、だろうな。譲は勘がいい」

「へ〜、知盛が譲を褒めてら。それじゃあ、譲君。もっとカッコイイ兄にメシ!」
 将臣が音を立てて敷物へ座る。
「兄さん!埃が入るだろ。静かに出来ない人だな」
「そ〜だよ。どうして将臣くんの方がカッコいいの?意味わかんない」
 にコアラ抱っこで言われても、かなり説得力に欠ける。

「・・・はもう少し自分を知れ。以上!景時〜!白龍!メシにしようぜ」
 将臣が景時と白龍を呼ぶ。





 午後には宿へ到着予定───








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 あとがき:ようやく出発。そして、すぐには着かないのです。だって、そんなのつまらないから(笑)     (2006.03.09サイト掲載)




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