基本は四角に 「こ・・・こんな感じに入った・・・よ?」 知盛の狩衣をたたみ、篭に隙間なく詰め終ったところで朔へ見せる。 やや声が小さいのは、自信のなさの現われでもある。 「・・・高さを考えながら入れればもっと入るのよ?」 「あ、そうか。デコボコだもんね」 根気よくの作業を見守る面々。出先で出来なければ意味がない。 福原に着いてしまえば向こうには女房が雇われている事だろう。 常陸と近江は手助けしたい気持ちを抑えるのに必死で、手を祈るように合わせて 見守っている。 知盛も移動の荷物を自分で用意した事はない。 戦の時も、せいぜい自分の武具だけだ。 それなりに興味深く、の手元を眺めていた。 「わ・・・・・・もしかして、ひとつになるかも!」 は自分の篭を引き寄せると、知盛用の篭と並べる。 「なる!一個に。荷物は少ないのがイイんだよね。頑張ろ〜〜」 せっかく詰めた着物を、丁寧に一枚一枚床へと出し始める。 また一からやり直しだが、には苦ではないらしい。 実によく朔の言いつけは守る。 (・・・クッ、最初は嫌がっていたのに・・・な?) 始めてしまえば何にでも手を抜けない性格の。 自分なりに工夫もしているようだ。朔のへの視線がそれを物語っている。 (お任せするか・・・北の方に・・・・・・) 着たきりでも構わないと思っていたのだが、せっせと用意するが可愛らしい。 (どうしてオンナは着るものが気になるのだろうな?) は布を強請らない。しかし、着るものに興味がないわけではなさそうだ。 それなりに毎日支度を考えている。 知盛が選んだ着物ばかりなのだから、似合わないものはないとしても。 考えながら作業を続けているの背を眺めていた。 「やった!出来たよ〜〜。やれば出来るんだから!」 両手を上げて荷物が一つになった事を喜ぶ。 「とても上手く出来たわね。こんなに小さく入れられて」 「でしょ!二つは多いしぃ。向こうに行けば用意があるって知盛も言うし!」 座っている姿勢に限界だったのか、が朔の膝へ転がった。 「ふぅ〜。あとは!銀と桜の篭に何か敷いてあげなきゃ。そのまま篭じゃ痛いよね? 知盛は馬をすっごい走らせそうだから。こう・・・包む感じにもしたらいいかな」 手でくるりと包む仕種をしてみせる。 朔は危うく言いかけそうになった言葉を飲み込んだ。 (将臣殿ではないけれど・・・包んだら、それこそ“お饅頭”みたいね) の頭を撫でながら朔が小さく笑った。 「な〜に?変?でも・・・揺れたら篭の中でぶつかっちゃうよね?痛くて可哀想だよね」 朔を見上げる。 「違うの。そんなに大切にされて・・・銀も桜も兄上のところにはもう帰りたくない わね、きっと」 床に並んでいる二匹を見る。返事はないが、そんな風に見えなくも無い。 「それはないと思うよ?式神って、基本は主人に従うんでしょ?」 「従いたい主人ならね」 何気に厳しい言葉である。 「景時さんって、脳ある鷹さんタイプだと思うんだけどなぁ。めったに本気見せない だけだよ」 「鷹?」 朔が首を傾げた。 「そ。鷹はね、狩のとき以外は爪を隠してるって意味だったかな?必要じゃないときは 見せないんだよ。・・・出し惜しみ?!」 普段の軽さから、惜しみは無いと思うが、出していないのは正しいと思っている。 「・・・よく見てるな」 知盛が手のひらに銀をのせて、目の前に掲げて眺める。 見た目はサンショウウオだが、これだけ人語を解しているのだ。 主人である景時の陰陽師としての実力も相当なものだと思う。 「見てはいないけど・・・退く勇気って、頭イイ人にしか出来ないと思う。景時さんの 転進の指揮とか、一番犠牲を減らそうっていう考えは格好イイよ」 「それ・・・本人には言わないでね。調子に乗るから」 「あはは!朔ってば。お兄ちゃん、大好きのくせにぃ。でも、私のお兄ちゃんにもなって もらっちゃったもんね〜」 が少し赤くなった朔の頬へ手を伸ばした。 「・・・敵わないわね。いいの、兄上は・・・わかって下さってるわ」 朔が景時を信頼している事を。そして、つい口煩く言ってしまう事をも。 「だよね。景時さんって、知っていて言わないオトナなトコあるよね」 、大絶賛である。 「・・・。は兄上を過大評価しすぎだわ。それこそ・・・お洗濯とか、部下の方々には 見せられない姿も結構あるのよ」 家だからこそ見せる姿ともいえる。 けれど、源氏の軍奉行が下仕事をしていると噂になってはみっとも無い。 「そうかな〜?お家のコトしてくれるのって、奥さんになる人は嬉しいと思うけど。譲くんとか、 ここの女房さんたちに大人気だよ?お料理教室までしちゃってさ。そのうち可愛い恋人さんが 出来てそうで怖いよね〜〜〜。うわ〜、譲くんに彼女だって!きゃはは」 譲の気持ちに気づいていないが故の発言である。 そして、迂闊にも知盛の気持ちにも気づいていなかった。 「・・・の好みは、洗濯や料理をする男か?」 「へ?」 が首を知盛へと向けた。 「・・・突然、何言っちゃってるの?別に、知盛は洗濯しなくていいよ。そういうの期待してないし」 暗に出来ないと言われた様に感じる知盛。 「・・・期待・・・していない・・・か・・・・・・」 「うん。そういうの似合わないよ?いいんだよ、知盛は知盛で。お洒落さんのままで。あ・・・べ、別に 景時さんがお洒落さんじゃないとかそういうんじゃなくてね?え〜っと・・・・・・」 ここには朔もいるのだ。悪く取られては困るので、も言葉を考える。 「大丈夫よ。そういう意味とは思っていないから。そうね、少しばかり問題あるわよね。服装からして 軽すぎなのよ・・・ね」 跡取りとして戻ってきて以来、堅苦しい支度を極度に嫌う景時。 初めは陰陽術の為に何かあるのかと思ったが、どうもそうでは無いらしい。 「そっかな?楽でいいと思うけど。九郎さんみたいなのも“武士ですっ!”て感じでいいけど。似合えば いいんじゃないかな〜〜〜」 八葉たちはの服装は、各々個性的だ。真面目な支度は九郎と敦盛くらいだろう。 「知盛はね、格好いいから何でもいいの。でもね、だらんって袖を抜いてるのとか好きだよ?」 惚気ているのに気づいていない。朔は口元を袖で隠して笑いを堪えた。 「えっと・・・・・・皆も支度してるのかな?」 が朔と知盛の顔を交互に見る。 少なくとも知盛との衣類だけは終わった。他にあれば早めに行動しないと、明日には出かける。 「さあ?将臣は・・・大変だろうが。手配は梶原殿がして下さるそうだから・・・起きるだけだな」 景時が途中の宿から、行程まで手配しているはずだ。 の為にも最短の道をと、そう考えているだろう。知盛は馬を走らせればいいだけだ。 「・・・それもだけど・・・お弁当・・・譲くん、作ってくれるかなぁ?」 「の心配は、食事なのね?」 龍神の神子が狙われる可能性は無視なのかと、またも朔は袖で口元を隠した。 「・・・へん?途中、お腹空くと思うんだよね〜。一泊で福原へ行くにしてもさ。戦の最中じゃないんだから、 食べ物くらい美味しいモノ食べたいよぉ」 朔の膝から転がって知盛の許へと移動する。 知盛がしっかりとを抱えて、自らの膝へ座らせた。 「・・・クッ、心配するな。譲なら用意しているさ」 転がったために乱れてしまったの髪をやんわりと梳く。 「経正さんに京のお土産とかはいいの?手ぶらで行くのって、まずくない?」 これには、知盛と朔が顔を見合わせてしまった。 遊びに行くのではないのだ。 「・・・。その・・・福原へは・・・・・・」 どう説明すればと朔が言葉を選んでいると、 「そうだ!敦盛さんの文を届けちゃおうかな?そういうのもアリ?」 が手を叩く。経正の喜ぶものを届けたいのだ。 「・・・クッ、そうだな。それが一番喜ぶだろうが・・・・・・但馬守・・・経正殿を知っているのか?」 「うん!三草山で会ったもん。ね!朔」 が自慢げに朔へ視線を移す。 「そうね。・・・・・・経正殿は、兵を退いて下さったのです。無益な争いは避けましょうと・・・・・・」 が経正を信じたからこその退却であって、何もなしに退いたわけではない。 けれど、申し入れをしてきたのは経正の方だった。 「いい人だよね〜〜〜。ふんわり?やんわり?お兄ちゃんって感じ。敦盛さん、きっとすっごく可愛がられて いたんだろうなぁ」 二人の幼い頃を勝手に想像して、ひとり笑い出す。 「・・・まあ・・・あの兄弟は仲がよかったな・・・・・・」 「ふうん?知盛は兄弟と仲が悪かったの?」 わざわざあの兄弟はと言い置いたのだ。 「・・・クッ、失礼だな。・・・・・・だが・・・宗盛兄上とは意見が合わなかったな・・・・・・」 重盛以外の名が初めて出てきた。けれど、はあまり日本史が好きではなかった。 「と、知盛って、何人兄弟がいるの?!」 が大声を上げた。 「・・・そうだな・・・何人いるんだか・・・・・・父上はお盛んだったからな」 指折り数えてみるに、屋敷にいたのは七人。が、清盛の正妻と側室と認知している範囲の事だ。 後から出てくるのはよくある事で、実際、女子の場合は短期間に増えては嫁に出して減りと、都合よく政治の 道具にされていた。すぐに亡くなった兄もいたので、数えれば限が無い。 知盛の指が折れては戻り、戻っては折れている様子に、の目が丸くなった。 「あのぅ・・・・・・どうして指の数が、そんなに変わるの?」 すぐに答えが出ない様子に、が知盛の指を止めた。 「・・・さあ?今となっては、父上にお尋ねしないと・・・誰にもわからないさ・・・・・・」 この時代の貴族や武士にはいたって普通の事だ。 が日常知るところの、一夫一婦制は無い。 「え〜っと・・・そっか。そうだよね、そういう時代だったっけ・・・・・・」 ほんのりの頬が染まる。知盛の言う意味がわかったのだ。 何人と関係したかなど、本人以外知りようが無い。 「じゃあさ、他の人たちは?そのぅ・・・みんな福原?」 「・・・にも、いるだろうな。ただし、経正と同じだ」 怨霊として現世に呼び戻されたという事になる。 「・・・・・・でもさ、将臣くんって、重盛さんなんでしょ?」 ここで将臣が重盛では無いと、堂々と言えないために言葉を濁した。 「そうだな」 「・・・知盛と似て無いね?」 「腹違いだからな」 しばしが思案する。 (腹違い・・・腹違い・・・・・・あっ!そっか) 二位の尼君が知盛の母である。長男の重盛の母では無いという事だ。 「なんだ〜〜〜。納得した。じゃあさ、知盛のお母さんと同じ兄弟は?」 の興味の対象が移動した。 「さあ?・・・・・・何故そんなに尋ねる?」 「だって・・・知盛がお兄ちゃんしてるのみたい。そういえば、中宮様と仲良しだったよね」 およそ人間に興味がなさそうな知盛。だが、あの時は確かに楽しそうな気がしたのだ。 「兄・・・ねぇ?あまり兄弟を意識した事はないな・・・・・・重盛兄上以外は」 年が離れていた所為もあるが、一族の総領として、また武術の師としてみていた。 「・・・そうなの?お兄ちゃんっ子だったとか?」 兄弟がいないにとっては、それこそが羨ましい。 「邪魔な時もある・・・・・・でしょう?朔殿」 二人の遣り取りを見守っていた朔が笑って頷く。 邪魔は適切な表現ではないが、景時の行動にイライラする時もある。 良い時ばかりではないのだ。 そして、悪いときばかりではないからこそ、人が多い方が楽しい。 「そっかな〜?羨ましかったんだよ?お兄ちゃんって。経正さんにもお兄ちゃんになってもらおう!」 敦盛の帰りを待ちながら、しばらくは、菓子を摘まんでは話すといった時間を過ごした。 明日は出かける。久しぶりの遠出だ。戦ではない旅─── |
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あとがき:行きは真空パック詰め。帰りは宅急便で送るのが氷輪の出張方法!荷物が多いのはいやんです☆ (2006.02.18サイト掲載)