華やぎ





「ね〜?可愛いでしょ。白龍の友達だよ」
「うん!銀と桜は友達だね」
 食事も済んでは朔の膝枕へ寝そべり、白龍はの前で銀と桜で遊んでいる。
 なんとも微笑ましい光景だ。
 男たちは廂にて、小さな宴を敦盛の笛を肴にはじめていた。



「いいね〜、うん、うん。女の子が並んでるのは実に華やかだよね〜。こう、笑い声とか」
「どこのオッサンだよ、景時は。アホか!」
 将臣が景時をからかう。
「いいじゃないの!いいっ。いいな〜、楽しげなふわふわっと元気になる感じがさ」
「そうは言っても・・・そんなに酷くなさそうでよかったですよね。先輩の具合」
 譲はもっぱら給仕担当で酒を注いで廻っている。
「・・・クッ。それは俺に対する嫌味なのか?譲」
 譲が慌てて首を振る。
「いえ、そんな・・・・・・。ただ、先輩は嘘をついても福原に行こうとするでしょう?」
 幼馴染だからこそ、騙されてしまうのだ。
「だよな・・・アイツ、性格悪くて。ツライ時ほど言わないからなぁ・・・・・・。ま、あの
様子なら知盛の看病がよかったか?」
 将臣が肘枕で知盛を見上げた。

「・・・何が言いたいのかわかりかねますよ、兄上」
 黙って盃を口元へ運ぶ知盛。静かに空に浮かぶ月を見上げた。

(月を手に入れたのは・・・俺の方だろう?)
 は知盛を『水に映る月』と評した事がある。
 水は揺らせば水面に何も映らなくなる。

「・・・クッ、クッ、クッ」
 盃に映る月を眺めながら笑う知盛。
「な〜に笑ってんだよ。だいたいなぁ?オマエがいつも騒動の・・・・・・」
 将臣の話に割り込む知盛。
「かの姫ですよ、騒動の元は。唯一私の水面を揺らす存在の・・・・・・」
「・・・そうだけどよ。敦盛!お前もこっち来て飲め。今度は知盛にやらせる」
 顎をしゃくる将臣。知盛に楽をさせようというのだ。

 軽く肩を竦めると、欄干に寄りかかり琵琶を手に取る。
「生憎と・・・兄上にお聞かせする楽は嗜みませんよ。・・・妻に捧げましょう」
「・・・っとに。イチイチ憎たらしいんだよな〜。いいからヤレ!とにかくヤレ!」
 盃を軽く持ち上げ、飲み始める将臣。
 福原までの行程を話し合いながらの宴となった。





「あっ・・・・・・知盛が弾いてる」
「あら・・・・・・」
 にせがまれると弾くようになったので、この対では知盛の琵琶がよく聴ける。
 かつてはあまりなかった事だ。
 事情を知っている按察使や三条は面白くて仕方ない。
 あの知盛が自ら琵琶を奏でようというのだから───

「あのね〜、あんまり音楽の上手下手ってわかんないんだけど、知盛の琵琶は綺麗だな〜って
思うんだよね」
 朔の膝で目を閉じる
「そうね・・・・・・とても上手よ・・・・・・」

の為の楽ですもの・・・・・・わからなくても、心地よいのでしょう?らしいわ)
 朔は静かにの頭を撫でる。
 寝てしまうかもしれないが、それでいいと思う。
(貴女には休みが必要よ。頑張りやさん)
 の寝息を確認すると、白龍へ手で静かにするよう合図をする。
 白龍は小さく頷いて、銀と桜と追いかけっこをするのを止めた。






「じゃ、そうだな。明後日に出発。出来れば一泊、長くて二泊程度で福原まででいいな?手配は・・・・・・」
「御意〜。オレがする。向こうへはヒノエ君が物資を運んでくれるし。源氏も平氏も無くなればいいね」
 景時は素直にそう思う。の願いが叶うならいいと。
「まあ・・・アイツが自分で行くからな〜。源氏も平氏もなく扱き使われるのは間違いないぜ?また
言われちまう。『働かざるもの食うべからず』ってな。しかも・・・自分棚上げで」
 思い出すだけで笑いが零れてしまう将臣。
 琵琶を静かに置いた知盛が嗜めた。
「笑うならば、もう少し静かにしていただけますか?起きてしまう・・・・・・」
 衣擦れの音をさせ、知盛が部屋の内へと静かに御簾を上げて入っていった。


「・・・・・・アイツの五感っておかしい。に関してだけ、よくもまぁ・・・・・・・・・」
 ようやくが眠っている事に気づいた将臣。
「そうだよね。とてもよく見ていると思う。だから安心なんだ・・・・・・オレさぁ、もう気分は父親だよ」
 景時も御簾の中の気配には気づいていた。
 けれど、知盛自ら腰を上げるとまでは考えていなかった。
「知盛殿が・・・人を気にする事だけでも珍しい・・・・・・それだけ心を動かされているのでしょう。神子は
不思議な方でした・・・・・・私は、景時殿の邸の庭で初めて会ったのですよ・・・神子と」
「へ?何、その話。・・・・・・知盛殿がヤキモチ妬いちゃうかもだね?」
 景時にはいつの事かわからず、首を捻る。
「笛を・・・私は都を離れる時にあるお方にお返ししようと思ったのです。けれど・・・好きなものは諦める
なと。私の手元にあるのが運命だと・・・・・・源氏の武士に追われた私を匿って下さいました」
 譲は既に聞いていたらしく、黙って頷いていた。
「へ〜〜。つか、それって・・・・・・いつの話だ?」
 敦盛が京にいた頃ともなれば、古い話だ。はこちらの世界へ来ているわけがない。
「・・・・・・昨年の春に・・・密かに京へ」
「うわ。よく捕まらなかったな〜。見つかったのがでよかったな」
 将臣も密かに都の情勢を探りに京にいたから、潜伏する大変さは経験済みだった。

「・・・・・・まるで知っていたみたいだね。ちゃんは」
 突然現れた人物を、そう簡単に信用して匿えるものだろうかと思わなくもない。
ちゃんならそれもアリか・・・・・・朔との出会いもそんな風だったって聞いてるし。ほ〜んと、ひと目
で何でも見抜かれちゃうよね〜」
 景時も見抜かれてしまった一人だ。

「だよな〜。知盛もさ、何が『媚びないから』だよ。実際、野生の獣対決だよな、あいつ等」
 知盛がこの場に居ないのをいい事に、将臣が二人とも『獣』であると評した。
「兄さん!まったく・・・どうしてこうデリカシーとかロマンチックが欠落してるんだろう」
 兄の後頭部へ軽くツッコミをする譲。
「・・・んだよ。じゃあ、アレだ。今度は譲く〜んのロマッチックな話でもしろよ。退屈してたんだ」
 次の話題の生贄は、譲になった。





「・・・朔殿、私が替わりましょう」
 朔の前に静かに腰を下ろす知盛。
「大丈夫ですわ。今動かすと起きてしまうかも・・・・・・」
 朔の心配を他所に、の手が何かを探し始める。
 それを見た知盛が小さく笑う。 
「・・・私を探しているようですから・・・・・・・・・・・・」
 そのまま様子を窺っていると、自ら知盛の膝へと移動する

「・・・とも・・・り・・・いた」
 知盛の直衣を掴むと、また寝息を立て始める。

 知盛が眉を上げて見せると、朔も小さく笑った。
ったら・・・・・・冷たいのね。いつも私の膝にいたのに」
「そう・・・なのですか?」
 知盛が朔の言葉に興味を示す。
「ええ。こちらの世界へ来て・・・・・・相手が怨霊であれ、人であれ、いきなり戦わなくてはならなかったの
ですから。夜は・・・よく魘されていて・・・・・・」
 ずれてしまった衣を静かにへかけなおす。
「そう・・・でしたか・・・・・・」
 普段の破天荒ぶりからは窺い知れない話だ。

「初めは・・・このつまらぬ現世に終止符を打ってくれそうだと。戦いたいという興味だったのかも知れない。
けれど・・・・・・どこかに・・・信念を感じるのですよ。その強さが心地よくもあり・・・隠したがっている
弱さが愛おしいと思うのですよ」
 朔が知盛へ視線を向けた。
「それで?知盛殿は、本当は何故白とお思いでしたの?ミニスカでは・・・納得いたしかねますわ」
 口元を隠して朔が笑う。この際だ、正直に聞いたみたいと思う。

「敵いませんね・・・姉上には。・・・壇ノ浦で目覚めて最初に見たものは、の顔と青い空だったのですよ。
の顔が白く輝き、眩しかったのでしょう。理由はとそう変わりませんよ・・・・・・」
 口の端を上げて笑う知盛。いつもの自信に満ちた態度だ。

「あら、あら。似た者同士・・・でしたのね。は密かに気にしていると思いますから打ち明けますけれど。
知盛殿の隣に似合うようになりたいそうですわ」
 との内緒話は、今では内緒にする必要はないと思う。
 朔はすべてではないにせよ、知盛に話しておくことにした。

「私の・・・ですか?」
「ええ。知盛殿の隣に。『源氏物語』に憧れているようですわ、の光の君」
「・・・クッ、それは信用がないという意味で?」
 光源氏といえば、数多の女人と関係を持った平安の貴族の代表格のような人物だ。
 過日の騒動を暗に責められているのかと、苦笑いの知盛。
「いいえ。は紫の上になりたいらしいですわよ?物語を詳しくは知らないらしいのに、光源氏の君が最後には
亡くなった紫の上だけを想い暮らしていた所だけ覚えていたらしくて。最後に想い出してもらえる“イイオンナ”を
目指しているそうですわ」
 目指しているだけで、の行動は違う思い出され方にしか繋がらないところが朔も笑うしかない。

「それでしたら・・・我ながら感情というものが無かったと気づかされたのですよ。最初も最後もだけですよ」
 知盛がの髪を梳くと、気持良さそうにの口元が緩む。
「あまりに手強くて・・・思い出す余裕などございませんが・・・・・・」
「あら。それはに言ってもよろしいのかしら?」
 朔が意地悪く知盛へ笑い返す。
「・・・クッ、姉上はお人が悪い。私が困る事をご存知でそう仰る。私を憐れとお思いでしたらご内密に・・・・・・」
「そうですわね。知盛殿がに怪我をさせられても何ですし。今後の様子を見て決めさせていただきますわ」
 白龍が譲の方へといなくなったのを確認してから知盛へ向き直る朔。


「私、何があってもの味方ですから。それだけは心に留め置き下さい。明日またお邪魔しますわ」
「姉上様・・・・・・またお話をお聞かせ願えると有り難いのですが」
 立ち上がった朔を見上げる知盛。
「そうですわね。がまた眠ってしまった時にでも・・・機会があれば・・・・・・」
 今にも何か言いたげな口元のを見て小さく微笑むと、景時がいる方へと静かに移動した。



「・・・・・・一番の恋敵は姉上のようだな?」
 朔の膝枕で寝ている事に、密かにヤキモチを妬いてこちらへ来た部分もある。
 が自ら知盛を探し当て移動した事で、少しばかり優越感を持っていたのだが、まだまだ朔ほどはと話して
いないと思い直す。

「・・・クッ、のんきなものだな」
 知盛の気持ちなどお構いなしで眠り続ける


 『じゃあどこで寝ろっていうのよぉぉぉ!他なんてないでしょっ!!!』


(嘘吐きだな・・・は・・・・・・)
 知盛が居なくとも寝ていたのだ。けれど、寝ていても知盛を探す

「・・・イイオンナどころか・・・ずるいオンナ・・・・・・」
 御簾の外を窺えば、宴会はお開きになったようだ。



「今日はこのままお休み・・・か・・・・・・」
 の脇へと手を差し入れ抱えると、寝所へと移動する。
 本日、少し早めの就寝───






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 あとがき:前フリ。オチが見えてきたような?(汗)     (2006.01.18サイト掲載)




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