感覚差





 転寝をしている
 知盛が臀部を撫でても文句が出ない程度に眠っている。

(・・・静かなものだな・・・・・・)

 が声を出さないと、部屋の音が無い。
 控えの女房たちも部屋の入り口付近に座っているだけだ。
 そろそろ来るであろう客人を迎える準備を指示した。

「・・・・・・朔殿が来るかもしれない。準備を」
「はい・・・・・・」
 三条が小さく返事をし、部屋を後にする。
 目の端でそれを確認すると、再びが眠っているのを眺める。


「耳は・・・・・・駄目なんだったな?」
 を抱き締め、その項辺りで声を響かせる。
 身動ぎをするものの、は目覚めない。

「やれ、やれ・・・・・・声までお預けか?」
 残念だが、起こしたくはない。悪戯を諦めて、静かにその背を撫でていた。





「朔様がお見えでございます・・・・・・」
 伝言の女房の声より先に人の気配を感じていたので、の背を少しだけ強めに叩く。

「うぅ・・・・・・眠いよぉ・・・・・・」
 目元を擦りながら知盛の直衣を掴む
「・・・クッ、朔殿がお見えの様だが?」
「えっ?!起きるっ。って、いうか・・・座らせて!」
 今まで寝ていたとは思えない素早さでが知盛の隣に座ろうとする。

「・・・・・・その姿勢でいるつもりか?」
 正座で座るを見る知盛。
「もちろん!大丈夫だも〜ん」
 無理でも一人で座るつもりの
 すぐに先導してきた三条が合図をしてから御簾を上げ、朔が姿を見せた。



「ご機嫌いかが?知盛殿、。・・・・・・は具合はいいの?」
 知盛との前に用意された褥へと腰を下ろす朔。
「うん!もういいの。景時さんがオーバーに言ったんでしょ〜」
 ワザとらしく景時の名前を口にする。

「大袈裟にというわけではないけれど・・・・・・弁慶殿が朝早くからこちらへ伺う程、痛いのでしょう?
無理しないで、横になりなさい」
 疑わしげにの様子を窺う朔。
「へ〜きだよ。知盛も居てくれるし、今朝はね〜・・・っ!」
っ?!」
 
 バランスを崩したが顔面から倒れこむのを、知盛が片腕で受け止め防いだ。
「・・・・・・失礼した。はまだ一人では座れないのですよ」
 そのままを膝へと座らせ、軽く朔へ頭を下げる。
 口へ手を当て、叫んだ時のまま動けないでいる朔。

「あの・・・そのぅ・・・・・・」
 が恐る恐る目線を朔へと向けると、一転して朔の顔が不動明王に変わっていた。


っ!心配をかけなさせないつもりなの?そうやって、いつも、いつも、いつも!!!かなり前
から痛かったのでしょう?どうして言わないの。それに、私に心配をされるのは迷惑って事なの?」
 声を上げる朔。
 は首を竦めて小さくなり、その目は涙で潤んできた。


(・・・おや、おや。朔殿に叱られるのは堪えるらしい・・・・・・)


 しょぼくれてゆくに助け舟を出すことにした知盛。
「・・・姉上様。此度の件、私に責任がございます。お叱りでしたら私を・・・・・・」
「・・・・・・えっ?」
 突然の申し出に怒りの矛先を変えられず、朔はその目を瞬かせる。

「私がを手放せないのですよ。一人寝が出来なくなりましたので・・・理由はお察し下さい・・・・・・」
 知盛が言う意味を瞬時に理解した朔の頬が赤くなった。
 あの朔が驚いている表情を見られたのだ。してやったりではある。

「まっ!そ、そのぅ・・・私ったら、勘違いをしてしまって・・・・・・それよりも、姉上というのは・・・・・・」
 知盛の言葉の意味を、そのまま信じて朔が赤くなった。
 腰痛の原因は知盛にあると判断したのだ。それこそが知盛がの為に吐いた方便。
 巧く話の流れも変えられていた。

「景時殿が兄上なのですから。朔殿は姉上ではございませんか?」
「知盛。その丁寧口調変だよ。朔も気にしないで?知盛は、こうやって人をからかってばかりいるん
だから。意地悪なの」
 泣きそうだったのは誰だったのか?
 すっかりは立ち直り、今度は朔を宥める役になっていた。

「・・・・・・兄上の気持ちがようやくわかりました。知盛殿に姉上と呼ばれるのは、少々抵抗がありま
すわね。普通に朔とお呼び下さい」
「やだ!やだ、やだ、やだ〜〜〜!!!朔はお姉さんだから、朔殿だよ」
 今度はが駄々を捏ねる。

「・・・クッ。何がそんなに嫌なんだ?」
 知盛の指がの唇に触れる。
「・・・・・・わかんないけどやだ。駄目。すんごく私に抵抗がある」

 知盛との遣り取りを見ていた朔が笑い出す。
ったら。素直に言いなさい?知盛殿に名前を呼ばれるのはだけがいいのでしょう?」

 朔に核心をつかれ、が首まで赤くなる。
「なっ・・・そっ・・・そうなんだけど・・・でも・・・それはぁ・・・・・・・・・」
 俯いてはっきりしなくなる。

「その件は・・・そうですわね。朔殿でも姉上でも、が気にならない呼び方でお願いいたします」
 朔が知盛へ頭を下げる。さらにへ向き直った。
。名前の件よりも・・・・・・もしも私が病気になったら、は心配する?」
「するっ!そんなの心配に決まってるよ。朔、病気なの?」
 身を乗り出す。知盛が支えていなければ、今度こそ床に顔面直撃な勢いだ。

「そうではないわ。同じでしょう?私だって、が大切で心配なのよ?それを無理して元気なフリ
なんてしないでちょうだい。いいわね?」
 朔の視線が突き刺さる。が小さく頭を下げた。
「ごめんなさ・・・い・・・・・・だって・・・あんまり心配かけすぎちゃって・・・これ以上は・・・・・・」
「いいの。心配はしたい方が勝手にしてしまうものなのだから。楽な姿勢になったら、お土産のお菓子
があるのだけれど」
 しっかり食べ物でを釣る作戦を用意している。

(・・・流石・・・・・・朔殿はをよくご存知だ)
 知盛がの背で僅かに口元を緩ませていた。

「わわわっ!あのっ、コアラになるから待ってて」
 知盛の予想通り、まんまと引っ掛かる

「・・・クッ、“こあら”になるのか?」
「うん!して!!!」
 首だけ後を向いて知盛を急かす。
 言われるままにを抱えて、知盛はの顔が朔の方へ向くよう座りなおす。

「あの・・・・・・?」
「・・・こういう事なのですよ、朔殿」
 知盛の体は朔に対して横を向く事になる。
 それが知盛の肩口へ寄りかかるの顔が朔と向かい合わせになる姿勢なのだ。
 が期待に満ちた目を朔に向けた。目当てはお土産のお菓子。
 だが、朔のこめかみに青筋が浮き出てきていた。

「・・・・・・っ!おしとやかはどうしたのっ!!!」
「うひゃっ!」
 またも朔の声が上がり、が小さくなるという遣り取りとなる。
 今回は知盛も朔からお叱りを頂戴する。

「知盛殿もですわ。あまりを甘やかさないで下さい。は・・・付け上がりますから」
 笑い出す知盛と、悲鳴を上げる

「・・・・・・畏まりました。お言いつけ、守らせていただきますよ」
 軽くの背を撫でると、意地悪な笑いをへ向ける。
「だ、だめ!駄目だよ、朔。知盛の方がね、我侭なんだよ?そんな事言ったら、私が大変なんだからぁ!」
 必死に朔に本当の知盛を理解してもらおうと言葉を重ねる
 日頃の行いを考えれば、知盛の要領の良さに対し、まるで無防備な
 明らかにが不利だった。

。知盛殿が優しいからからと無理ばかり言っているのでしょう?まったく・・・少しこちらへ伺わないと、
皆様にどんなご迷惑をかけているのかと・・・・・・」
 朔はの暴れぶりを想像して、小さく身を震わせた。



「朔ぅ・・・・・・いくら私でも、ここのお邸は壊さないからぁ・・・・・・・・・・・・」
 部屋中の視線がに集まる。朔だけがその時を思い出したのか、目を伏せた。

「・・・は梶原殿の邸を壊したのか?」
 静かに知盛が尋ねると、がコクリと頷く。
「あのね、ちょっとだけだよ?その・・・あんまりよく力の使い方がわかってなくて・・・・・・そうしたら離れの廂が
ぽんっ!て飛んじゃった」
 にとっては、屋根の一部が破損したという程度のつもりなのだろう。
 言った後に軽く肩を持ち上げて、いかにも少しを強調した。

「・・・・・・クッ、クッ、クッ・・・・・・廂を・・・ね・・・・・・・・・・・・」
 その時の朔の顔を想像するだけで楽しめる。
 恐らくここでの遣り取りと同じく、普段冷静な朔が冷静さを欠き、にとってはたいした事ではないので
あっけらかんとしていたのだろう。
「うん。ちょこぉ〜っと。上からバラバラって木が落ちてきたの。危ないよね〜〜、屋根は丈夫に作らないと」

 周囲に控えていた女房たちは、笑いを堪えるのに必死。
 朔だけは別の理由で両肩が震え出していた。


っ!!!反省してなかったのね?!」
「うわぁ!!!は、反省してるよっ。したっ!したんだってばぁ〜〜〜」
 知盛にしがみ付き、朔の怒りから逃れるべく身を小さくする
 いよいよ堪えきれなくなった三条をはじめ、控えていた女房たちが小さく笑いを零しだした。



「ぶぅ〜だ。景時さんがいないと、私ばっか怒られちゃうよぅ・・・・・・」
 知盛の胸元でが小さく零す。

「ん?何か仰ったかな?北の方様は・・・・・・」
 の耳元で知盛が囁く。
「うぎゃっ!耳ダメぇ〜〜〜〜〜!!!」
 仰け反ろうとするの背は、知盛に支えられているため逃げ道は無い。





 結局は仲が良い二人を眺める事になるだけの話───






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 あとがき:望美ちゃんは・・・いい玩具ですね!知盛くんの。     (2005.12.21サイト掲載)




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